されど殺人者は魔法少女と踊る   作:お茶請け

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8話 血の祝祭・後編

 

 「……妙だな」

 

 白い髪を右手でかきながら、男性は同色の眉を顰めた。

 

 茶地の管理局制服を着こなし、唸り声を上げているのは四十代程の男性。

 黄色の肌。無駄の無いよう絞られた筋肉は実年齢よりも若い。

 がっしりとした体格は、威圧感よりも安心感を与える。

 

 眉間に寄る皺を指先でほぐしながら、情報端末を操作していく。

 

 ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐。時空管理局陸上警備隊第108部隊隊長。

 陸で長年現場で統率を続けた、歴戦の管理局員。

 その顔は何かを思い詰めているように見えた。

 

 「『カエストス魔法商会』なんて用心深い連中が、こんな信用取引の情報を流されるのか?罠とも考えられるが、あいつらが好きこのんで時空管理局に喧嘩を売るとは思えん」

 

 空中に映し出された映像を操作。

 管理局に納められた報告、及び第XXX管理世界に流れる電子情報を読み取っていく。

 

 「……上が入れ替わったというわけでもないか。なら何か動きがあったとして考えるべきだな」

 

 真剣な眼差しで情報を見聞していたゲンヤの無骨な手が、ある一つを見咎めた。

 穏和な目が細く、鋭くそれを読み上げる。

 

 「当たりだ。武闘派裏組織『アルタイル』が、『カエストス魔法商会』によって数週間前に壊滅している。調子に乗って脇を甘くしたところをつけ込まれた……。そんなところか?」

 

 違う、そうではない。

 長年勤め上げてきた時空管理局としての勘が、その結論は早急である事を告げている。

 何かある、何かこの裏に原因があるはずだ。

 

 第XXX管理世界のデータベースにアクセス。

 さらに第XXX管理世界でのみ流通する特有の情報共有スペースや、非合法に構築された情報スペースにまでアクセスをしかけていく。

 

 「……ん?」

 

 『アルタイル』の壊滅に関する詳しい情報は流れていない。当然といえばそういえるだろう。

 だがここにゲンヤは注目した。

 

 あまりにも何もなさ過ぎて、かえって不自然。

 僅かな情報でさえ、神経質なまでに消され尽くされている。

 普通は何らかの情報の一つや二つは流れているはず。どうしてここまで痕跡を徹底的に消したのであろうか。

 

 『カエストス魔法商会』が絡んでいる。彼らが情報を抹消した事に間違いはない。

 

 「何を臆病になった?何を知られたくなかったんだ?何に恐れた?」

 

 やはりこの件には何かある。

 それも裏組織の連中でさえ触れたくならないような何かが。

 さらに指を動かし、見極めようと椅子に座り直した。

 

 その時であった。

 扉がスライドして開く音、軽い靴の足音が室内に響く。

 侵入者に警戒。ゲンヤは椅子から立ち上がって背後に素早く振り返ろうとして。

 

 「師匠」

 

 かけられた声に小さくうめき声を上げた。

 

 聞き覚えがある声、しかし今は聞きたくなかった声でもある。

 しばらく逡巡していたゲンヤであったが、仕方なく椅子に再度座り込む。諦めて椅子を背後に回転。

 

 「おう、はやてか」

 

 「久しぶりやなぁ、師匠」

 

 いたずらっぽい微笑みを浮かべた、管理局の制服を身につけている十代後半の若い女性。

 ふっくらとした胸に、細い腰つき。百人中百人が美人と評するであろう、美しい顔立ち。

 

 肩当てには、副隊長以上の上級職を表す銀のメタリックパーツ。

 茶地の制服の襟には、黄金色の階級章が縫い付けられている。

 栗色の髪は、ショートボブは短く揃えられている。髪には装飾として黄色の二重螺旋と、赤いクロス型の髪留め。

 

 八神はやて二等陸佐。

 ゲンヤ・ナカジマの教え子であり、今管理局で活躍中の機動六課隊長。

 ランクSSの魔導師であり、ヴォルケンリッターの主である。

 

 自らの愛弟子の登場に、ゲンヤは意地悪げな顔で目を細める。

 

 「『ちびだぬき』がいったいどうして俺んところに来たんだ?また何か悪どい相談を偶然装って話しに来たのか?」

 

 「いつも悪巧みしとるみたいな言い方は勘弁やで。たまたま師匠に会いたくなって声かけた、本当にそれだけや」

 

 「本当か?」

 

 「もう、師匠の意地悪っ!」

 

 幼い子供のように頬を膨らませる教え子に、ゲンヤは肩を震わせて苦笑する。

 からかう素振りを見せるゲンヤに、はやては不満げにいじけ始めた。

 

 その最中、はやてはゲンヤの顔にどこか影があるように思えた。

 いつも何かを考えては頭を痛めている(はやての所業が三割)様子ではあったが、このように隠す素振りを見せる事はあまりない。

 

 二、三回は不満を並べ立てても良かったであろうが、それを諦めてゲンヤから憂慮する何かを聞き出す事を決意した。

 

 「それで、師匠は何をしてはったんや?」

 

 「俺の部隊で研修していたやつ、まぁお前みたいな後輩だ。そいつらが駆り出された件についてちょっとな」

 

 「何かあったん?」

 

 「第XXX管理世界、そこで行われる裏取引についてのタレコミがあったんだが……」

 

 はやては記憶を整理する。

 確か治安がそれほど良くはない世界であったはずだ。

 

 第XXX管理世界。大陸を二分にする国と国同士の争いが、約三十年前に終わった世界だ。

 

 戦争による影響で、未だ治安が行き届かぬ地域が多く、非合法組織が裏の世界に隠れながら利権を争っているのが現状だ。

 管理局側も治安維持として介入するべきだという案が上がったが、現地政府はそれを拒否。恐らく何らかの取引があると見ている。

 

 そのため、管理局側も他の管理世界に対して違法物質が流れぬよう。

 警戒を強めていた次元世界であったはずだ。

 

 ゲンヤは広いデスクの上に重なった資料のうち、ある資料の束を手に取った。

 

 「まぁ、そこにあいつらが武装局員として出動しているんだが……いまいち割り切れないところがあってな」

 

 「割り切れないところ?」

 

 「こいつを見てみろ」

 

 手渡された資料は、恐らくゲンヤ自身がまとめ上げたものだろう。

 記録された紙の媒体に、いくつもゲンヤ直筆のコメントが書かれている。

 読み進めていくうちに、はやての目がゆっくりと細まる。

 

 「……現地で交渉を行っていた管理局員三名が行方不明?ロストロギアと思われる魔力の巨大な反応捜査中に、事故に巻き込まれた可能性。現場には大量の血液と体液、局員達とは一致せず?」

 

 それだけでは無い。

 

 さらにページをめくっていくと、恐るべき事態が描かれていた。

 一定期間において民間人に行方不明者、及び奇妙な死因によって亡くなった者が四十名を越えて急増。

 それも同一都市において、局員が行方不明になった日を皮切りに起こり始めている。

 

 「あそこは裏組織同士のごたごたが耐えない。大陸を渡って来たいくつもの参入組織が、お互い利権を奪い合う状況がここ十五年続いているらしい」

 

 「その局員も市民も利権争いに巻き込まれて……。ちゃうな、それにしてはこれまでと比べて、この短期間あまりにも一般人の被害が大きい。組織同士の抗争?」

 

 「いや、ここ数年で落ち着きを見せている。妙に騒いでいるのは、既に確定した椅子をなんとか奪い取ろうとする連中だけだ」

 

 ゲンヤの言葉に相槌を打ちながら、はやてはページを手早く捲っていく。

 

 「そして妙な情報操作、隠蔽……。一番怪しいのは『アルタイル』を潰し、今回情報提供があった違法取引の疑いがある『カエストス魔法商会』。いろいろ臭うもんや」

 

 「今回、舞い込んだタレコミもおかしい。どうも自分の取引を自分で開示したらしいところがある」

 

 「『カエストス魔法商会』が?」

 

 「少なくとも、俺はそう見た」

 

 腕を組みながら、情報を整理。

 

 思考を深めて行くも、納得の出る答えに行き着く事が出来ない。

 何故、安定している立場を自ら崩すような動きをするのだ。

 ゲンヤが推測する通り、今回の出動には何かの思惑が絡んでいる。

 

 冗談めかしたように、はやてはため息を吐き出しながら手を振った。

 

 「お手上げや。改心して捕まえて欲しいっちゅう考えは笑い話やな。あそこの小ずるい連中がそんな事考えるわけはない」

 

 「そうだったら、どれほど幸せなんだろうなぁ。未だ管理局員の行方は掴めていない」

 

 一転、穏和な顔で教え子に接していたゲンヤの雰囲気が変わる。

 はやても何か重要な話だと感づいたのか、真剣な顔つきでゲンヤの所作を見つめる。

 

 「だが、彼らが最後に伝えたとされる通話の記録が残っている」

 

 神妙な顔でゲンヤが情報端末を操作。

 空中に浮かんだ一つの音声ファイルをタッチする。

 

 「それがこいつだ。どうも直前まで本部と通信を行っていたみたいでな。行方不明者の家族には伝えてはいないが、この音声ファイルの内容から恐らく全員死んでいる。遺体が発見されないために、行方不明となっているだけだ」

 

 衝撃がはやてを襲った。

 

 この仕事に就いている以上、人の生き死には決して無い事ではない。

 それでも管理局の死亡率は年に三パーセント未満。

 騒ぎになるが故に、管理局側も慎重になっているのだ。

 

 だがこれはロストロギアの事故に対しての対応とは言い難い。

 はやてはあまり考えたくない結論に辿り着く。

 

 「未だ発見されていないロストロギアが死因ではない。そういうことやな」

 

 「そうだ、局員の殺害は人為的なものだ。管理局側も捜索や調査を行ったが、これも情報操作や痕跡を消されていてな。情報がつかめない現状の最中に、今回の要領を得ない出動。気になりもする」

 

 聞くか、音声データを横目にゲンヤははやてに尋ねる。

 はやては迷うことなく、顎を僅かに引いた。

 

 ゲンヤの操作により、音声ファイルが室内に再生される。

 

 『大変だ……誰かが巻き込まれているぞ!酷い出血だっ!おい、しっかりしろッ』

 

 『ええ、重傷者が一人!下半身が消失、臓器が外部に露出しており、片腕は完全に潰されちまっているっ!残る手の甲もぐちゃぐちゃだっ!……ああくそったれっ!生きているのが不思議なぐらいだ!早く医療班を……早く!』

 

 『くそったれがぁっ!』

 

 『おい、しっかりしろっ!クリフっ!』

 

 『範囲から救出してもこの魔法の脅威は失われないというのか!?』

 

 はやては音声と、局員が行方不明になった場所から推理を行う。

 

 局員が辿り着いた時には、既に重傷をおった被害者がいたのだ。

 誰にも当てはまらない大量の血液は、その重傷を負った誰かのもの。

 だがそこまでの重傷をおった人間が、自分で動いてその場から消え去るとは考えがたい。

 

 これは管理局を狙った罠……。

 いや、他の魔導師が来る可能性もある。あそこに向かった局員は、偶然に近い形で巻き込まれたのでは。

 

 一体何が――――

 

 『マサカ、アンヘリオデハナク異ナル者ニ呼バレルトハ』

 

 「え?」

 

 突如発声された管理局員のものとは思えない声。

 

 『確かニ供儀ハ捧ゲラレタ。ダが二人デハマだソノ傷ハ癒セない』

 

 「ッ!」

 

 音声が一時中断される。

 ゲンヤがあえてその場面で停止させたのだ。

 

 なんだ、なんだ今の声は。

 

 はやては眉をしかめて唸る。

 高く、それでいて低い。少なくともこれが人の声だとは思えない。

 知らず知らずのうちに、はやての額から冷たい汗が流がれ落ちる。 

 

 「これが二人の遺体が見つからない理由じゃないか、俺はそう思う」

 

 ゲンヤは苦々しい顔に、はやてはようやく恐ろしい可能性に気が付いた。

 クリフ、トレミス両名はこの時点で死亡しており、謎の音声の言葉通りに贄となったのではないか。

 

 「先の声をデータに表したものがある、それがこれだ」

 

 「なんや……これ」

 

 「解るか、はやて。あれは人の声じゃない」

 

 表示された音声の波は、人間、もしくは人間が人工的に生み出したものでは無いことが見て取れた。

 どのデータにも当てはまらない。何故ならば、その声には未知のエネルギー反応が込められていたのだ。

 魔法ではなく、機械でもない。まったく未知のエネルギーだ。

 

 「続けるぞ」

 

 はやてが神妙に頷く事で、残り少ない音声記録が再生される。

 

 『この化け物めっ!』

 

 『サらニ供儀ヲ捧げヨ』

 

 『わかった~取り合えずこいつを殺しちゃえ♪』

 

 瞬間何か、まるで水が沸騰するような音と共に記録が途絶える。

 状況から察するに、最後の局員も生きてはいないだろう。決定的な殺人の証拠であった。

 

 「人外を操る召喚魔導師、それが犯人や」

 

 はやては歯を噛み締めながら、苦々しく吐き出すかのようにそう呟いた。

 最後の声はまだ幼さが残る人間の少女のもの。

 彼女こそが未知の声を従える魔導師であると思い至った。

 

 仲間であるキャロのように、召喚魔法により人と異なる生物を召喚。

 そして彼らを使う事で局員達を抹殺した。

 

 ロストロギアと思わしき膨大な魔力反応は、彼らを召喚する際に発生したものだろう。

 瀕死になっていた誰かは、恐らくその生物に重傷を負わされたのだ。そして管理局員達はその戦いに巻き込まれた。

 

 恐らくこの召喚魔導師は相当の実力者である事は間違いない。

 召喚魔法事態がレアスキルと等しく、未だ解析や理解が進んでいない魔法分野だ。

 召喚する生物も、扱いきれるだけの実力が必要である。

 

 あまつさえ未知の魔法を発動することで、瞬く間に局員を三人も屠った。

 

 はやては犯人の戦術に対する分析を開始する。

 だが一方でゲンヤはこの一連の流れを読み取り、殺人者の思考を想定していた。

 はやては未だ殺人者の真の脅威に気が付いてはいない。

 

 「それだけじゃない、はやて。お前は気が付いているのか?」

 

 「犯人は非殺傷を扱っている。このままやと一般市民にまで被害が――――」

 

 「違う、そうじゃないんだよ」

 

 解らないとばかりにはやてがゲンヤに振り向く。

 ゲンヤの顔は何かを恐れるかのようにこわばっていた。

 

 「この犯人は殺人を恐れてはいないんだ、管理局もな。そして殺人自体を楽しんでいる節がある」

 

 管理局を恐れぬ者は、これまではやては何十人も見てきた。

 ましてや手段を顧みない、指名手配された凶悪次元犯罪者は数多く潜伏している。

 この犯人もそういう連中の一人ということか。

 

 「だとしたら、はよう捕まえんと。他の連中と協力して潜伏されでもしていたら、さらに被害がでてしまうんやから」

 

 神妙な顔で情報を確認するはやてをよそに、ゲンヤは顔を顰めながら頭をかきむしる。

 だめだ、はやては理解できていない。

 

 違うのだ。はやては今回の犯人を凶悪な犯罪者とみている。

 だがゲンヤは今回の犯人を殺人者としてみていた。

 

 これは恐らく経験によるものが大きい。はやては確かに強大な魔導士で、頭もよく回る。

 しかしこういう手合いに対する経験が足りていない。まだ彼女は若い、あまりにも若すぎた。

 

 このままでは、はやては自らの優しき正義を持って対峙してしまう。

 それでは駄目なのだ。あまりにも危険すぎる。

 

 さらに忠告しようとゲンヤが口を開いたその時であった。

 

 けたたましく走る何人もの足跡が、部屋の外から聞こえてくる。

 向き合った二人は切迫した雰囲気を感じ取る。

 はやてとゲンヤが互いに目で意思を疎通。すぐさま椅子から立ち上がると部屋を飛び出る。

 

 スライドした自動ドアの先には、遅れてきたのであろう。必死な表情で走る医療魔導士局員の姿があった。

 はやてとゲンヤを見て医療局員は慌てながら敬礼する。

 だが目は二人を見ておらず、別の何かを必死に追い求めているように思えた。

 

 嫌な予感が二人の脳裏を過ぎる。

 

 「そうかしこまらなくていい。それで、一体どうしたんだこの騒ぎは?」

 

 「は、はいッ!第XXX管理世界に出動した武装局員達が――――」

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 「きゃはははははははははははははははははははははははははははははッ!」

 

 小さな魔女の哄笑が、響き渡る。

 

 腹を抱えて笑い転げるヒルダに目がけて、武装局員達が緊迫した表情で突撃。

 数十を超える赤や青の魔法弾がデバイスから放たれる。

 さらに武装局員達はバインドを発動し、ヒルダを完全に拘束しようと試みる。

 

 だがヒルダは魔法、咒式を発動することなく指に咒力を込める。

 決死の覚悟で自らを捕えんとする武装局員達を嘲笑いながら、ヒルダは咒力を込め終えた指で魔杖風琴を操作。

 

 魔法と共に突撃する武装局員達の前方に、青黒い巨大な『大喰らいボラー』が出現。

 洞窟と見間違わんばかりの口腔を開帳。武装局員達が放った魔法を全て口で受け止めた。

 

 轟音。

 

 巨大な唇が閉じられ、ヒルダに向かって放たれた魔法全てが食われる。

 唇の端からは魔法の粒子が零れ落ち、口内からは魔力弾が弾ける音が響く。

 咀嚼するボラーの唇から、食べ屑のよう零れ落ちた魔法の燐光が、きらきらと輝いてすぐに消えていった。

 

 「駄目だッ!あの化け物はAMFのような強い魔法無効化能力を持っている!」

 

 絶望に声を荒げ、顔を恐怖に染める武装局員達は何度も魔法を放つ。

 

 しかしその全てはボラーによって食われ、消滅。

 召喚者であるヒルダ本人を狙おうとも、すぐにヒルダの前に再召喚されてボラーが魔法を食らう。

 魔法攻撃がまったく通用しない!

 

 「本当にあいつらはお馬鹿さん、ボラーが持ってるのは無効化能力なんて生易しいものじゃ無いのにね~♪」

 

 ヒルダは『大喰らいボラー』に満足するかのように嗤った。

 

 武装局員達は、『大喰らいボラー』の魔法消失現象を魔法無効化によるものだと判断した。

 だが現実は、さらに彼らに強い絶望を与えるものであったのだ。

 

 ボラーは魔法無効などという次元ではなく、魔法により生み出された現象全てを、口内で魔力に還元したのだ。

 さらにその還元した魔力を自らの栄養素、つまり食料として吸収。

 あらゆる物体や現象、魔法を魔力や咒力に還元する変換炉。それが魔法無効化の正体だった。

 

 魔法は無効化されたわけではなく、ボラーに魔力として吸収。

 その魔力を咒力に変換し、さらにボラーは魔法吸収能力を発動している。

 食らうために食らう、まさに巨大な資源消費生物であった。

 

 「ほらほら♪生きの良い餌はまだまだたぁっくさんあるよ~♪」

 

 ヒルダの命令により、ボラーが武装局員達に向けて突撃。

 

 異形の首が全てを食べ尽くすかのように、武装局員達に伸びていく。

 迎撃するべく展開された防御魔法・攻撃魔法全てが、ボラーの口内で発生する魔法吸収能力で無効化。

 加速した大顎から零れ落ちた強酸性の涎が、床を溶かして煙を上げる。

 

 ボラーがさらに加速して魔導士達へと飛翔。

 さらに開かれた顎の大顎の前には、唖然とボラーを仰ぎ見る武装局員達。

 巨体からは想像もできない異常な速度と、視界を覆うような深淵の口腔は彼らの理解を超えていた。

 

 歴戦の魔導士としての感が、とっさに防御魔法を発動。

 だが発動した先から分解され、吸収されていく光景に武装局員達の顔には最大級の絶望が浮かんでいた。

 

 大顎が断頭台の速度で閉じられた。

 

 床を削り取る形でボラーは武装局員達を丸呑みにする。

 青黒い巨体がそのまま着地。空気を奮わせる程の爆音が響き渡る。

 

 ボラーは味を確かめるかのように咀嚼を開始。

 頭蓋骨の砕ける音、骨がひしゃげる音。水と肉が混ざり合う不快な交響曲。

 耳を塞ぎたくなる悲鳴が閉じられた口内から絶え間なく聞こえ続ける。

 人だけではなく、デバイスやバリアジャケットごとボラーは丹念に噛み砕く。

 

 一瞬、ボラーの口内に見えた地獄。

 それを偶然除いてしまった武装局員達は、恐怖のままに一歩、二歩と後ずさった。

 ボラーの咽が唸ると共に、悲鳴の合唱は終了。不自然な静寂が場に満ちる。

 

 それを切り裂いたのはヒルダの笑い声であった。

 ボラーと武装局員達を見ながら、これ以上に楽しいものは無いと口を隠して笑うヒルダ。

 ついには堪えきれないとばかりに声を張り上げて笑い始める。

 

 「さ、最高ッ!」

 

 目は喜色に満ち、頬は上気するかのように紅潮している。

 

 「何て、何て惨めで汚い最後!これ以上ないくらいに馬鹿で目障りな馬鹿共には相応しい最後ッ!もっと、もっと食べなさいボラーッ!」

 

 両手を振り上げるヒルダに呼応するかのように、ボラーは巨大な唇を開きながら突進。

 

 暴食の王、その貪欲な宴が始まった。

 武装局員達は必死にボラーを拘束するべく、バインドでボラーの胴体を固定しようと試みる。

 さらには妨害するべく攻撃魔法を連射するが、いずれも凄まじい力で突き進むボラーを止める事は出来ない。

 

 ボラーは『古き巨人』の一体であり、その力は人の数百倍。

 竜と等しい圧倒的な力を有しているのだ。

 並みの魔法力やバインド如きでは、ボラーの進撃を止める事は不可能だ。

 

 逃げようと飛行魔法を発動した武装局員の一人が、ボラーの舌に捕まり口腔に引きずり込まれる。

 絶叫と共に骨格を形成する肋骨や大腿骨が粉砕され、肉が磨り潰されながら嚥下されていく。

 

 飛行魔法が使えない武装局員が、数人掛かりで魔法による防壁を作り上げる。

 だがボラーの突撃により、木っ端微塵に粉砕及び分解されていく。

 魔法の粒子の霧散と共に武装局員達はボラーに跳ね飛ばされ、壁や床に激突。

 衝撃で腕や脚、首が歪に曲がる。体が耐えきれずに、破れた皮膚の下から臓器や血をまき散らす。

 

 食われるという原始的な恐怖に武装局員達の統制は、完全に崩壊してしまった。

 指揮官が念話により陣形や動きを指示しようにも、折れた心はそう簡単には戻らない。

 

 ボラーが死者を舌で掬いとりながら、新たな餌に向けて進撃を開始。

 

 ボラーの進行先には捕縛され、気絶した『カエストス魔法商会』の魔導師。

 悲鳴と轟音に目を覚ました魔導師が見た光景は、中に浮かぶ巨大な穴。

 

 「――――は?」

 

 同じく捕縛されていた同胞と共に、魔導師はボラーに食われる。

 唇からはみ出した腕や脚が空に飛び、血の五月雨が飛散した。

 酸性の涎を纏った舌でなめ回され、血や臓器を啜られる。気が違わんばかりの苦しみと絶望の合唱が、ボラーの咽の動きと共に飲み込まれていく。

 

 その光景を見て戦慄した周囲の魔導師達が、笑い続けるヒルダへ向けて叫ぶ。

 

 「お、お止めくださいッ!」

 

 「ヒルダ様ッ!?あれは味方です、どうかお気を確かにッ!」

 

 部下の必死な叫びにヒルダの笑い声は制止。緩慢な動きで魔導師達に向き直った。

 ヒルダの顔を見て魔導師達は絶句。

 

 自分に寄ってきた鬱陶しい蠅を見るかのような目。

 興味など無く、慈愛など無く、ただ邪魔でつまらない玩具を見るかのような目であった。

 

 「あ、まだお前らいたんだ」

 

 「何故、何故ヒルダ様は我らを、仲間をあの化け物に殺させたのですかッ!?」

 

 「はぁ~?仲間ってあんた達ゴミの事?」

 

 何を言っているのか本当に理解出来ないとばかりに、ヒルダは肺から息を全て吐き出した。

 そして輝かしい微笑みを浮かべながら、魔導師達へ労いの言葉をくれてやる。

 

 「うん、もう死んで良いよ。今までご苦労様。私にここまで言ってもらえたんだから、化けて出ないでよね♪」

 

 お化けは怖いのよね、だって殺せないとかマジでぶっ飛んでいる。

 そうケラケラとヒルダは楽しそうに笑った。

 

 「巫山戯るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 一歩前に進み出たのは、廊下でヒルダが去った後に悔恨の言葉を呟き続けた青年の魔導師であった。

 怒りのあまりに目は見開かれて血走り、こめかみには青い血管が浮かび上がっている。

 

 「俺達はお前に従ってきた。どんな理不尽な命令だろうが、八つ当たりのような暴力だろうが、無意味な死を与えられようが、俺達はお前に従ってきたッ!」

 

 手は爪が皮を突き破るほどに強く握りしめられて血が流れ出ているが、興奮により痛みを感じてはいない。

 ますます爪は肉に突き刺さっていく。

 

 「魔法の才能は無くても、犯罪や殺人を平然とやる碌でなしであっても、俺達はお前を信じてこれまで従ってきたんだッ!どうして、どうして平然と切り捨て、殺す事が出来るんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 「私はお願いしていない。はい、論破。目障りだからとっとと死ね」

 

 自分の中で何かの糸が千切れ飛ぶ音。

 音にならないはずの音を、魔導士達は確かに聞き取った。

 

 「お前が死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 青年の魔導師を筆頭として、次々と魔導師達が怒号を上げる。

 振り上げたデバイスは魔導士達の意思によって、魔法プログラムを起動。

 

 デバイスの先には非殺傷の魔法が放つ輝き。

 かつての部下、魔導師達全員がヒルダにデバイスの先を向けていく。

 しかしヒルダ自身は平然と冷めた目で彼らを見つめていた。

 

 魔導を発動しようとしたその時、激しい地響きが魔導師達を揺らす。

 怒りのままに青年の魔導師が魔力弾を放つものの、振動により狙いがそれてヒルダの横を通り過ぎる。 

 ヒルダはそれを見て呆れ返りながら、魔杖風琴の鍵盤をかるく咒力を込めた指で叩いた。

 

 その瞬間、魔導師達の下から床を突き破って大口を開けたボラーが出現。

 

 残る『カエストス魔法商会』の五人をまとめて喰らい尽くす。

 青年の魔導師は宙に浮いたために、ボラーに加えられる形で絶叫を上げ続ける。

 ボラーの口腔で発生した強酸性の唾液が、青年魔導師の肌と肉を焼き尽くしているのだ。

 

 顔から涙を流し、涎を飛ばし、鼻水を垂れ流しながら獣の如き悲鳴を響かせる。

 それをヒルダが愉快そうな目で嘲笑っていた。

 

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 「うわ、顔が愉快な事になっているけれどマジきもい。さっさと飲み込んじゃってよね、ボラー」

 

 顎に強大な力が込められることによって、青年魔導師の背骨が粉砕。

 腸が噛み千切られ、腰から下にかけて噛み千切られた。

 空中に放り出された青年魔導士の顔には、苦痛と絶望の死に化粧。

 

 ヒルダの前方に、落下した青年の魔導士の上半身が重なった瞬間。

 遠距離からの超高速の魔力弾が、落下する青年魔導士の背に命中。

 上半身の体が衝撃によって再度浮き上がった。

 

 ボラーが舌で上半身だけの体を絡め捕り、口腔に取り込んで噛み砕く。

 

 ヒルダはすぐさまその場を走り出し、狙撃地点から死角に転がるように滑り込む。

 歯噛みしながら、狙撃方向へ向けてエリアサーチ。

 魔力反応と生命反応を割出すことで、狙撃地点を特定する。さらに咒式による探知で詳しい範囲を割り出した。

 

 「一〇四二・三ニ九七メルトル、ビル群のN08-23地点四階。狙撃魔法による攻撃ッ!」

 

 初期狙撃地点から移動している。面倒くさい真似をする連中だ。

 エリダナにいた時点のヒルダであれば、対処しようがない範囲外からの攻撃である。

 放っておけば調子に乗って、ますますこちらを牽制し狙撃してくるだろう。

 

 だが非殺傷だ。脳を一撃で削り取られたり、体全体を一気に消し飛ばす咒式による狙撃とは違う。

 キヒーアによる回復で十分容認できる範囲だ。

 

 「だけど、見逃すのも癪よね」

 

 せっかくヒルダが開催した血の祝祭であるというのに。気持ちよく殺しているというのに。

 何であのような無粋極まりない連中に、私が踊ってやらないといけないのか。

 無様に無残に踊るのは武装局員とゴミ共であって、私であることは断じて許せない。

 

 苛立つヒルダに向けて、ボラーが涎を垂らして地面を溶かしながら接近。

 

 召喚者であるヒルダまで捕食しようと大口を開けるも、ボラーを封じたエミレオの書から一と〇で構成された数式の鎖が伸びる。

 ボラーを瞬く間に拘束。ボラーは抵抗しようともがくも、武装局員のバインドとは違って自由を完全に奪っていた。

 

 ヒルダは侮蔑を込めてボラーを睨み付けながら、咒力を込めた指でエミレオの書を操作。

 ボラーが粒子と共にエミレオの書に封じられ、空中に退避していた武装局員の上空に鳥居と共に再召喚。

 驚愕に身を竦ませた武装局員を、ボラーが食い殺して咀嚼しながら地面に地響きを立てて着地する。

 

 ヒルダはやっぱりこいつも凶暴な異貌のものどもの一体であり、隙さえあればエミレオの書を所持する自分を殺しにかかると再確認した。

 

 嫌な事が何度も続いたことで、ヒルダの嫌悪感が最高潮。

 湧き上がる怒りと殺意の元凶は狙撃主と断定

 ヒルダの中で満場一致の死刑判決が確定した。

 

 同時に一冊のエミレオの書を封じる鎖と錠前が、ヒルダの意思とは関係なく弾け飛ぶ。

 開きかけた書の中からは、絶え間なく鳴り続ける虫の羽音。

 

 制御すれば先ほどのボラーと同様に押さえつけることは容易であった。

 しかしヒルダはこのエミレオの書に封印された、異貌のものどもの激しい殺意を感じ取って微笑む。

 

 「ふ~ん、『射手なるスナルグ』は自分をご希望かぁ♪」

 

 そう、かつてのヒルダは長遠距離狙撃に為す術も無かった。

 だが今のヒルダは違う。エミレオの書に封じられた異貌のものどもは、実に多様な戦術と戦法を可能にした。

 

 そう、このエミレオの書は遠距離攻撃及び追尾攻撃を可能とする。

 ザッハドの使徒の中でも珍しい狙撃主が用いた『射手なるスナルグ』。

 

 スナルグの凶眼は、ヒルダには見えない狙撃主の姿を確かに捉えている。

 

 ヒルダは制する事無く、『射手なるスナルグ』を解放。

 高速の弾丸がエミレオの書から解き放たれ、僅かな量子を残して疾風と共に消え去った。

 

 「ザッハドの使徒は、いかなる敵も殺すッ!私に立ちふさがる馬鹿共は全員死ねッ!」

 

 ヒルダの声が風切り音に乗せられて、はるか遠方で狙撃型デバイスを構える武装局員に飛来。

 

 覗き込むスコープの視界を、何かが高速で過った。

 そう武装局員が感じ取った刹那。

 

 狙撃を行っていた武装局員の胸板が破裂。

 肋骨、背骨を砕きながら心臓を貫通。砕け散った骨が肺や胃、肝臓などといった臓器に突き刺さる。

 さらに何かが突き抜けた烈風と共に、後方に体が吹き飛んだ。

 

 血の雨と共に体は壁に激突。重力にしたがって、どす黒い血を壁に塗りたくりながら床にずり落ちていく。歯の間からは絶え間なく流れる血液。

 何が起こったのか解らない。目を飛び出んばかりに見開きながら、武装局員は絶命していた。

 

 スナルグは強力な咒式装甲貫通能力を持っている。

 例え弾丸や大砲を防ぐ咒式装備であろうと、スナルグの高速弾丸は全てを穿ち貫通させる。

 

 魔力反応と生体反応の消失を確認。

 エミレオの書に浮かぶ殺害数が一つ増えた事で、ヒルダの頬が緩む。

 ヒルダは残り数人となった武装局員達へ向けて虐殺を再開。

 

 空中に飛翔する武装局員は、次々に『射手なるスナルグ』によって射殺。

 

 心臓を抉るように打ち抜かれる。

 弾丸が襲った軌道から、発射位置を予測して防御魔法を展開。

 だが弾丸は頭上、側面、背後から襲い掛かる。予測不可能、視認できずサーチャーでも早すぎて捉え切れない!

 

 バリアジャケットが堅固であろうと、何度も執拗に高速の弾丸に狙い打たれるのだ。

 ついには衝撃を抑えきれずに落下。及び壁や床に激突した武装局員から先に、ボラーが首や舌を伸ばして貪欲に貪り尽くしていく。

 

 「あ、そういえばこいつらって正義の管理局様なんだよね?うわ~正義が弱いとかマジであり得ない♪」

 

 桃色の髪、フリルが付いた黒いバリアジャケットが揺れる。

 管理局を嘲笑いながら、ヒルダは順調に増えていく殺害数に白い歯をこぼす。

 

 「ようするに、私みたいなのがあんた達の言う『悪』なわけ♪そういえば、正義って良い事をするから『善』?それとも悪い事をしないから『善』?」

 

 指で頬をかきながら、ヒルダは首を傾ける。

 ボラーに咀嚼され、肉と骨のミンチに酸で手心を加えられた武装局員の絶叫が心地よい。

 

 「だったら私って正義で『善』よね♪」

 

 破顔し、悦に入るヒルダは気分が高揚したのか。

 その場でドレスの裾を持ち上げながら、くるくると踊り始める。

 

 「だって馬鹿な偽物共をこうやってわざわざ掃除してあげている。世界にクリーンで良い事だらけ、悪い事なんて殺人には一つも無い。何より私はかわいい本物、私がすることは全部正しくて良い事だもの♪」

 

 ヒルダにとって『悪』と『善』の関係は対概念では無い。

 まして『善』は『正義』と結ばれていない。

 

 全てがヒルダを中心に殺され、ヒルダを中心に世界は回っていく。

 それこそ自らの妹を殺し、殺すことに楽しみを覚え、世界を祝福する殺人者の答えであった。

 

 「はい、魔法世界初の血の祝祭はヒルダちゃんの一人勝ち♪みんな~がんばりが全然足りないよ~?」

 

 不満げに周囲へ向かってふくれ面を見せる。

 だが誰一人としてヒルダに向けて声をかける者はいない。

 いくら待っても聞こえてくるのは、ボラーの巨大な口から発せられる吐息と、空から絶え間なく鳴り響く風切り音だけ。 

 

 「ま、武装局員といってもこんなもんか。う~ん、ちょっと肩すかしだったかな。実力が大体平均過ぎてすんごいつまんな~い、ヒルダちゃんつまんな~い♪」

 

 管理局は部隊毎に保有できる魔力ランクの総計規模が定められている。

 つまりどれだけ部隊が来ようが、その部隊の特色があまりにも薄く均一だ。

 結果的に質ではなく量で戦うに等しい。

 

 これは一部隊だけが力を蓄え、他の部隊に戦力が行き渡らない状態を防ぐためだという建前が用意されている。

 裏にいろいろと見て取れる建前だが、ヒルダにとっては実に都合が良い。

 

 なんせ、エミレオの書は数による力押し如きで敗れはしない。

 むしろそれらを餌として、さらに効力を発揮するような異貌のものどもが揃えらえている。

 

 ボラーにキヒーアなどは、まさにその典型的な例だ。

 ボラーは食らえば食らうほどに暴走し、大量に溢れ出る死者はキヒーアによってヒルダの咒力・魔力・損傷の回復材料になる。

 

 油断するわけではないが、Aランククラスの上級魔導士が集団で襲ってこない限りは自身の勝利は揺るがない。

 そして高ランクの魔導士であるほど、キヒーアの生贄にした際には効果が増す。

 

 「まぁ、次は流石にこんなには簡単にはいかないだろうなぁ。やっぱちょっと気を引き締めて殺していかないと」

 

 パンハイマ・アンヘリオ・カズフチなど、絶対強者を連想したヒルダの体が震える。

 世界には自分が想像できないような化け物が溢れている。そのためにも、ここで弱いまま満足するわけにはいかない。

 

 貪欲に強さを求めていく事で、私はさらに強くかわいくなっていくのだ。

 

 「問題は、私自身の魔力と咒力と実力……。ん?そういえばちょうどいい物が、情報の一つで有ったような無いような」

 

 漁り尽くしたといってもいい管理世界の表裏に流れる情報を、ヒルダは必死に思い出そうと頭を抱ええている。

 

 「ま、いっか。取りあえず、リカルドを遊んでぶっ殺してからゆっくり思い出そうっと♪」

 

 ヒルダの持つエミレオの書が開かれ、そこを着地点に何かが高速で飛来。

 あまりの速さにヒルダ自身それを視認できなかったが、それは確かにエミレオの書へ飛び込んだ。エミレオの書は厳重に鎖と錠前で閉じられていく。

 ヒルダは愛おしげにそのエミレオの書を撫でた後、魔杖風琴を構えなおす。

 

 ヒルダが魔杖風琴の鍵盤を鳴らすと、ボラーの顎が大きく開かれる。

 階段のように差し出された舌に乗ったヒルダが、ボラーの口腔へと歩を進める。

 

 途中振り返ると、ヒルダは華が咲くような笑顔で片手を振った。

 

 ボラーが唇を閉じると共に、召喚された巨大な双頭の建造物に向かって突進。

 四角い虹色の空間に飛び込む事で、ボラーの巨体が工場という空間から消失。

 残された鳥居も光り輝く粒子となって崩れ落ちた。

 

 この日、ヒルダ・ぺネロテによって殺害された武装局員側の死者は四十五名。重傷者は二名という大虐殺が行われた。

 ヒルダが去った僅か数分後に惨状を訪れた局員達は、全滅に等しい武装局員達の有様に茫然。

 臓物を外気に晒して息絶えた無残な仲間の姿を見て、中には耐え切れずその場で吐き出す局員もいた。

 

 この一報は時空管理局に伝わり、管理局のみならずミッドチルダ中を震撼させる。

 だがこの事件は、惨劇が始まる発端でしかなかった。

 この一件から管理局の存亡を決める重大な事件にまで発展するということを、誰もこの時点では想像もしていなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 「ドクター、失礼します」

 

 眼前に展開されたいくつもの立体光学映像。

 それを素早い手つきで同時操作を行っていた科学者らしき男は、予定外の来訪者にその目を細めた。

 膨大な数字と文字が絶え間なく流れていく演算結果から目を逸らして振り返る。

 

 「ウーノ、何か用かね」

 

 ウーノと呼ばれた秘書らしき女性。

 

 顔に集まる全てのパーツが、理想的な配置で整っている。しかしその顔に一切の感情はなく、まるでアンティークドールのような氷の表情であった。

 紫色の透き通るようなロングヘアーが、その魔貌をさらに引き立てている。

 

 頭部の両側面には特徴的な演算装置が取り付けられており、彼女が何らかの施術を受けた存在である事を示唆していた。

 

 「映像データ……。プロジェクトFの映像データかい?それともタイプゼロの新しいデータか」

 

 濃紫の髪を携え、白衣を纏う男は自らの研究成果を確認すべくウーノから目を逸らす。

 狂信的な瞳は不気味な光を放ちながら、瞬きすることなくデータを眺めていた。

 その程度であれば後で確認しよう、そう背中がウーノに語っている。

 

 だがウーノは憮然な態度を取る男に一切不満を感じることない。

 むしろこの男は興味が無ければ返答すら返す事のない。

 何よりも、己の創造主にして制作者に負の感情を抱くことなくありえないとすら考えていた。

 

 「いえ、何でも次元犯罪者と武装局員達の戦闘データだそうです」

 

 動きが止まる。

 緩慢な動きで金色の目はウーノを捉える。

 

 「時空管理局に潜入しているドゥーエから映像データが送られてきました。ドクターであればきっと気に入ってくださるだろう、と」

 

 「ドゥーエからか。ふむ、彼女が私に私事でこのようなデータを送るなど珍しい」

 

 興味が湧いたのか、顔を好奇心で歪めた科学者はすぐさま画面中央に巨大な光学スクリーンを表示。

 ウーノは手元にあるパネルを操作することで、映像を再生し始める。

 

 映し出されたのは、管理局にとって悪夢とも呼ばれる『ヒルダ・ペネロテ』の戦闘映像。

 ヒルダが嬉々として異貌のものどもを使役する姿が映し出される。

 

 「こ、これは……」

 

 管理局最新鋭の映像ですら捉える事の出来ない、謎の超高速弾丸。

 何人の局員を一度に喰らい、魔法すらも自らの糧とする巨体の化け物。

 次々と空中で苦悶の表情を浮かべて、血を吐き出しながら落下していく局員。

 

 その全ての中心に、ヒルダの姿が存在する。

 

 「はい、先日武装局員と遭遇。戦闘を行った次元犯罪者の映像です。死者が四十五名、重症が二名。両名復帰の見込みは薄いことから、全滅と言っても過言では――――」

 

 「素晴らしい……」

 

 科学者は体を震わせながら、映像を頑として見つめていた。

 

 一つのコマすら見逃さぬ、そう言わんばかりに見つめる金色の瞳は感動に打ち震えていた。

 くぐもった嗤いに含まれるのは、興味と感嘆と尽きる事のない喜び。

 顔全体は喜色満面、興奮を隠しきれないのだろう。愉悦による頬は限界までつり上がっていた。

 

 「ドクター?」

 

 「素晴らしい、何だこの技術はッ!?あの生物達はッ!?」

 

 堤防が決壊。

 溢れ出る狂気が室内を覆い尽くした。

 

 「魔力粒子ではない、魔素では無い。しかし物理法則を書き換えて発現させている。物理定数を変異させた時空領域を生み出しているのだッ!魔法とは異なる技術体系だッ!」

 

 男はすぐさま端末を操作し、一場面を何度も再生。

 途中再生速度を弛めながら、眼球が破裂・顔を青く染めて咽を掻き毟る局員を冷静に観察していく。

 

 「毒?酸素欠乏症の症状をこんな短時間で発生させる、決して不可能ではない。しかし直接毒を注ぎ込んでいた素振りはなかった。ガス系列か?しかし無臭、不可視の有害ガスではあのような奇妙な出血はありえない。そもそも眼球が破裂するなど……。いや待て、眼球が破裂ということはッ!」

 

 手を叩かんばかりに男は歓喜した。

 

 「気圧だ、気圧の変化だッ!酸素欠乏症は酸素の不足による血中酸素が引き出された結果だ!そして気圧の変化に耐えられない眼球は破裂、血液も体外に吸引される!舌があそこまで膨張していたのはそのためだッ!」

 

 もう一人ではこの楽しみを抑えきれない、科学者は狂気が籠もった顔で自らの助手へ笑いかけた。

 ウーノはここまで感極まり胸を弾ませる男の姿が珍しいのか。唖然といった様子であったが、直ぐさまその顔を常としている冷静な表情に戻す。

 

 「ウーノ、解るかい?あれは防ぎようが無い即死魔法だ。気圧の変化というバリアジャケットの穴を突いている。いや、魔法という呼称は正しくはない。まったく違うプロセスを得て彼女はあれを発現させているッ!」

 

 「魔法……ではない?ではどのようなものなのですか」

 

 「それがまったく解らないのだよッ!素晴らしい、世界に私が知ることのない領域が未だ存在していたとはッ!」

 

 未知なる遭遇。

 

 そんなものは私には訪れないという傲慢と退屈が木っ端微塵に打ち砕かれた。

 その感動に打ち拉がれた男が感じたのは、怒りでも恐怖でもなく歓喜。

 これ以上ない幸福がもたらされたと言っても過言では無い。

 

 「ウーノ」

 

 「はい」

 

 我慢などする必要は無い。

 知識欲をむき出しにしながら、喜びのままに科学者は笑う。嗤う。

 

 「彼女には是非、私の下へ御越しいただこう。私は彼女の技術を知りたくて仕方がないよ、ここまで私の興味が掻き立てられたのは久方ぶりだ」

 

 「了解しました」

 

 退室していくウーノを気にも止めずに、科学者はただただ映像を観察。分析し続けた。

 

 「ああ、楽しみだ。本当に楽しみだよ、ヒルダ君」

 

 恋い焦がれるように映像に映されたヒルダに笑いかける。

 科学者の名は『ジェイル・スカリエッティ』。

 失われた都、『アルハザード』の遺児にして『無限の欲望』というコードネームを持つマッドサイエンティスト。

 

 彼が持つ狂気のベクトルは、絶えることなくヒルダに向けられ続けていた。




関西弁が奇妙な言語に変化しているため、既に完成していたものを二日粘ったが断念。
英語とかドイツなら範囲内ですが、大阪王国言語は管轄外です。

次章から機動六課、リリカルメンバーが本格的に登場・活躍開始。

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