されど殺人者は魔法少女と踊る   作:お茶請け

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11話 正義の在処

 「ロストロギア……」

 

 「凶悪犯罪者がロストロギアを扱う魔導士だとッ!?」

 

 はやてはただアシルを見つめていた。

 大頬骨筋、眼輪筋、皺眉筋などの表情筋に動きは見られない。

 だが能面のように感情を表さない顔に反して、はやての内面は黒い何かが込み上げてくるかのような錯覚を覚えていた。

 

 無表情なままにアシルから視線を離さないはやて。

 重く息苦しさを感じ、歴戦の局員ですら竦む強烈な威圧感。

 表情が微動だにしないはやてに、周囲の局員達の顔に怯えが生じ始めた。

 ゲンヤがそれを悟ったのか、はやての肩を静かに叩き諭す。我に返ったはやてが、ゲンヤに目礼しつつ視線を正面に戻した。

 

 はやての威圧感が和らぎはするものの、いまだ彼女の表情はどこか固い。

 一瞬空気の流れを感じ取ったアシルがはやて達の方向へ顔を向けるも、すぐに説明に戻るべく資料を読み上げていく。

 

 「ヒルダの戦闘は、召喚魔導師が行う戦術と酷似している。戦いの核となる魔法生物を多重召喚。自らはその援護や補助に努め、魔法生物の戦闘に対してアシストを行う」

 

 通例の召喚魔導士は自らが持つ力量ではなく、召喚した魔法生物の戦闘能力を主軸として戦闘を展開する。

 召喚者である魔導士自身は魔法生物の操作、補助を基点とした魔法を発動。

 召喚魔導士は戦闘中に広い視野を持つことで戦術を考案し、魔法生物を統率する指揮官的役割を担っている。

 

 そのため召喚される魔法生物の戦闘力だけではなく、召喚魔導士側にも実力と経験は必須だ。

 召喚技能はただ所有するだけでは意味はなく、高い練度が要求されるレアスキル。極めて難易度が高い特殊技能といえる。

 

 だがその分、熟練の召喚魔導士が行う戦闘は『圧巻』の一言につきよう。

 

 戦場を一変させる強大な竜を使役、一個大隊並みの実力を有する召喚魔導士。

 一体一体の脅威は低いが、それを数百を率いる事で軍略に等しい戦闘を行う召喚魔導士も確認されている。

 知が無き暴勇の怪物を、一騎当千の英雄に。数だけが取り柄の弱者達を、獅子憤然の活躍をする一個大隊に変貌させる。

 

 個の実力が評価される魔導士の基準において、召喚魔導士は常識からかけ離れた異質さを備えているのだ。

 

 「ヒルダ・ペネロテの魔法生物は皆、彼女が所有する魔導書を介して召喚されている。この魔法生物は魔法書の防衛プログラムである可能性が調査班から示唆されているが、未だ判明してはいない」

 

 高度に発展した技術の遺産であるロストロギアを所有。あまつさえ使いこなしているなど悪夢としか思えない。

 

 それも管理局に敵対し、既に交渉の余地がない凶悪犯罪者であるとすればなおさらだ。

 失われた超技術と管理局は戦闘を余儀なくされている状況。そして局員側の死者は既に五十名近い。

 

 ヒルダを打倒すべく集った管理局員達の顔には苦渋の様が窺える。

 ここにいる者達全員が何らかの思惑はあるにしろ、ヒルダの脅威を改めて認識せざるを得なくなった。

 

 「ヒルダ・ペネロテが所有する魔導書。闇の書のように守護騎士プログラムなのか。それとも魔法生物を封印するためのものか。制御するためのものなのか。それは現段階では判断できない」

 

 アシルが手を振る。魔粒子情報端末が起動、空中に三つの立体映像が投影される。

 映像に映し出されたのは異形の魔法生物達。どれ一つとして同じ形はなく、ここに集った局員たちが知る魔法生物の系譜に当てはまらない化け物共の姿であった。

 

 「だがこいつらは全員が理解不能、無慈悲に人を殺害できる魔法生物だ。ヒルダ・ペネロテが使役する魔法生物についての情報を捜査中だが、結果は芳しくはない。ミッドチルダ及び管理世界や記録データ、無限書庫内の情報を調査しているものの、そもそも特殊な魔法生物自体の情報が稀有だ」

 

 厳しい表情を浮かべるアシル。同様に局員達の顔も険しい。

 

  「まず一体目だ」

 

 三つの映像のうち、一つの映像が拡大される。

 

 ヒルダ・ペネロテの肩に蹲る魔法生物の姿。

 毛むくじゃらの塊。よく見れば三角の耳と、四つの狸のような足を生やしている。

 一見すれば魔導師が作成し、使役する魔法生命体の一つである『使い魔』のような姿をしていた。

 

 使い魔とは動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で完成される魔法生物だ。

 肉体の生命を繋ぎ止め、なおかつ能力を設定して自らの駒として使役することができる。

 意思を持ち自立行動を可能としており、逆にそれらを封じて完璧な手駒にすることも可能だ。

 

 魔導師が使い魔を引き連れて行動すること自体は、そう珍しいことではない。

 だがこの魔法生物は、局員が知る通例の使い魔とはかけ離れていた。

 

 動物の顔が収まるべきところには、土気色の老人の顔。

 皺に埋もれた目には自立的な意思の光。ヒルダと共に戦場を見つめて無言の哄笑を行っているのか、口の形は三日月形。口の間からは黄ばみ、欠けた人間の歯がちらちらと確認できる。

 

 確かに使い魔は主人からの魔力供給、または自らが行う魔力の収集により人化が可能である。

 だが顔だけを人化、それも老人の顔に変えるなど聞いた事がない。頭のネジが飛んでいるとしか思えない発想だ。

 

 「魔法生物の詳細、能力は解っていない。この魔法生物自体には接近戦闘能力は無く、恐らくは支援型。もしくは後衛型の魔法を放つ魔法生物である事が考えられる」

 

 はやてはアシルを眺める。厳しい執務官としての目の輝き、策略の目だ。

 

 「問題は残る二体だ」

 

 老人の顔をした魔法生物の映像に重なるように、置くに位置した映像が拡大される。

 

 大型の竜種に匹敵する青黒い巨体。

 皮膚を覆う粘膜は恒星の光に反射して、鈍い輝きを放っている。

 目や鼻、耳などといった繊細な器官が存在しない流線型の体。

 

 最大の特徴は顔の位置に存在する洞窟のように大きな口。

 立ち並ぶ犬歯は鋭く口内に聳え立つ。歯を伝う酸性の涎は、床に転がる瓦礫を穿つ。まるで地獄の窯を開くかのような、底が見えない口腔の闇。

 

 「これは『大喰らいボラー』とヒルダ・ぺネロテが呼称する魔法生物だ。今回もっとも大きな被害を武装局員に与えたといってもいい。攻撃方法は単純極まりない」

 

 瞳が憎悪に揺れるアシルは、まるで毒を吐くかのように言葉を発する。

 

 「口で噛み砕き、喰らう。生物として原始的な行動であり、考えることも悍ましい攻撃方法だ」

 

 全員の顔が一様に嫌悪感を表す。

 食べるという行為は、生物として行う自然的な行動だ。生き物を捕食し、その栄養素を糧として行動する。文化や技術を発展させた人間はもちろん、動植物などが生きるために行う当然の行為。

 

 だがそれは常に『行う側』であった人間にとって恐怖そのものだ。

 殺し殺される闘争は未だこの世から消えてはいない。

 しかし魔法や銃器などの技術が発展するにつれて、人間が捕食されるという恐怖は次第に人々から消えていった。自らが食われる危機感を持つ人間など、この時代では皆無といっても過言ではない。

 

 だがこの魔法生物は『行われる側』の危機感を回帰させるのに十分な印象を与えた。

 

 「この生物の口腔内には非常に強力なAMF(アンチマギリンクフィールド)、またはそれに準ずる現象が発現している」

 

 AMF。高位防御魔法の一種だ。

 効果範囲内では攻撃魔法、移動魔法といった一切の魔法が妨害される。威力の減退、完全な無効化がされるのは魔法の発現現象に限られる。つまり魔力によって加速や強化された物体の無効化は不可能だ。

 AMFは魔導士殺しとも呼ばれる強力な魔法であり、並みの魔導士であれば完全に封殺。上級者であったとしても、弱体化からは逃れられない。

 

 「AMFの効果範囲は口内限定、胴体には効力が及んではいない。だが巨体通りの体力と耐久性は尋常ではない。複数の魔導士が行使したバインドを引きちぎり、攻撃魔法に耐え切れるだけの体力と耐久性」

 

 大きな体格を持つ竜種などの魔法生物は、その存在自体が脅威の塊だ。

 

 巨体から繰り出される爪は防御魔法ごと魔導師を粉砕。鱗に覆われた尾を叩きつければ体中の骨が砕け散る。

 魔法を発動せずとも、甚大な重量を保持する生物の力はただそれだけで恐ろしい。

 高い運動強度や運動エネルギーから生み出される力は、防御魔法など紙のように破って人体を回復不可能なまでに破壊する。

 

 彼らは容易に死体の山を築き上げる。

 竜種などの巨大魔法生物が行う肉弾戦。足や腕、尾など一撃は人族にとって強大な攻撃魔法に等しい。

 

 「加えて、この生物の魔法無効化能力は異常だ。エンチャントアップ・フィールド・インヴァリッドなどといった、対AMFの魔法が通用しない事が解っている」

 

 対AMFの魔法が通じない魔法無効化能力など悪夢に等しい。強大な生物との戦闘において、魔法での対抗以外の道筋は存在しない。

 さらに巨大な体力が持つ体力と耐久性は、並みの魔法では抑えつけられない。

 そんな魔法生物が魔導師によって率いられ、戦闘を行えるとなれば危険性が格段に上がる。

 

 苦悩する武装局員達を見て目を細めたアシルが端末を操作。残る最後の光学映像を正面に据えて拡大。

 

 映し出されたのは白い歯を見せて笑うヒルダの後方。浮遊する青く透明の塊。

 目をこらさなければ視認できないであろう奇妙な霧。

 

 「三体目の魔法生物だ。そもそもこれが生物なのかすら解っていない」

 

 眉を顰めて件の魔法生物を見定めるアシル。

 他の管理局の局員達も、半ば呆然とした様子で映像に瞠目していた。

 

 先ほどの異形の使い魔も異常な生態であったが、この魔法生物もそれに劣らぬ異体だ。

 

 空からの降りそそぐ日差しが、魔法生物の体を透過していた。

 薄青い肥満体は透明ではなく、薄青い霧状になっている。つまり物体ではなく気体でこの魔法生物の体は生成されているのだ。

 二つに浮かんだ金色の光点は光り輝き、霧状に構成された頭部に位置している。

 だがそれは眼球ではなく、あくまで光点として存在するのみ。

 

 消化器官、肺、心臓などといった臓器。骨格、筋組織といった生体を構成する器官が一切存在していない。

 

 「体は気体で構成されているが、魔法による生成現象ではなく確かに実体として存在している。現にこの生物は腕を奮う事で、ヒルダの部下であった魔導師を殺害した。気体を収束化させたのか、それとも透過させていた体を実体化させたのかは解らないが」

 

 端末を素早く操作。局員達へ資料が一斉に転送された。

 

 「ボラー以外の二体の魔法生物を召喚していた際。ヒルダによって複数の武装局員が殺害されている。これら二体の魔法生物のどちらか、もしくはヒルダ・ペネロテの魔法である可能性が極めて高い。司法解剖の結果は手元の資料通りだ」

 

 映像でいくつもの画面が表示。詳細な分析情報を読み取るに連れて、歴戦の局員達が静かな唸り声を上げていく。

 はやてとゲンヤも同様に、鋭い視線を手元へ向けていた。

 

 口腔・眼孔・鼻孔・耳孔から出血。遺体は舌が膨張しており、酸素欠乏症の症状が見られる。局員は魔法による酸素供給、繊細器官の治療を試みたが効果は見られず。

 奇跡的に無事だった治療者のデバイスの観測情報によれば、内臓に大きな損傷を確認。遺体の損傷が激しく、該当の臓器官については詳細不明。救出後、僅か十数秒で死亡。

 

 「完全な医療魔法を心得ている者のデバイスではないために、詳細な診断結果はわからない。だがこの魔法は人体を内側から破壊する」

 

 極限の恐怖に顔を強ばらせる遺体。眼球があるべき所に存在せず、赤黒い空洞が虚空を見つめていた。

 確実に殺すための魔法、それを躊躇いもなく使用する魔導師の存在。

 凶悪な魔法生物に目が行きがちだが、それらを使役するヒルダ・ぺネロテも十分に警戒すべき戦力だ。

 

 「恐らくは結界魔法、それに準ずるものだろう。結界内における限定効果魔法、つまりエリアタイプだ。だが通常空間から特定の空間を切り取るものとは違い、あくまで通常空間で発生させている」

 

 アシルの見解に全員が聞き入っていた。

 

 「だが結界の効果範囲は広くはない。さらに結界の座標を指定し、発動するのには数秒の余裕がある。加えて危険な結界魔法であるが故に、ヒルダ自身を範囲内に発動できないだろう」

 

 アシルが口を閉じる。

 はやてにはアシルが何かに呻吟しているかのように思えた。

 数秒の後に再度言葉を発したアシルの言葉は、そのはやてに大きな衝撃を与えた。

 

 「さて。この結界魔法は発動前に詠唱や魔法陣の形成、魔力の収束、魔力結合が観測できない。つまり完成次第ノーアクションで発動される。さらに対処法を掴んでいない以上、補足されればまず命は無い」

 

 アシルが放った言葉は、局員達の思考を止めるのに十分な意味を備えていた。

 多くの局員達は自らの耳を疑う。それぞれがアシルの言葉に納得と理解ができないといった面持ちであった。

 

 ノーアクションで発動される魔法はまだ理解が可能だ。しかし魔力の収束、魔力結合が観測できないとなると話は変わる。

 

 状況を察したであろうアシルが、局員達に見えるよう右腕を掲げた。まるでこの混乱を予想していたかのように、アシルは手を掲げることで局員達の喧騒を遮る。

 アシルは局員らの内心を察するかのよう、静かに頷く。

 

 「ボラーのAMFに似た魔法、そして結界魔法と疑わしき現象。これらは魔力反応と魔力結合が確認出来ない。我々が考えられる可能性は三つ」

 

 アシルは掲げた右手の人差し指を立てる。

 

 「一つ目はヒルダ自身が大魔法ともいえる隠蔽魔法を発動した可能性」

 

 アシルの独白に似た分析が並べられていく。

 

 「エリアタイプの結界魔法は、空間自体を改変するために多くの魔力を使う。発動だけではなく、魔力結合や魔力反応の隠蔽にまで魔力を割くのであれば、ヒルダ・ぺネロテはSSランクの超魔導士だ。しかし自身の持つ魔力反応の隠蔽を行ってはいない事は、誰もが疑問に思うほどに不自然。姿を隠す知恵がある魔導士が、自らの魔力を隠蔽を行わないことは考えられない。よってこの可能性は低い」

 

 続いて中指が立てられる。

 

 「二つ目、これがヒルダの自身の非常識極まりないレアスキルである可能性。しかしこれも先ほどと同じように、自身の魔力の隠蔽を行っていないため可能性は低い」

 

 薬指が立てられた。アシルの右手には三本目の指が掲げられ、最後の回答が述べられる。

 

 「三つ目、ヒルダが魔法とは隔絶した技術を用いている可能性だ」

 

 三つの指を立てた手が開かれ、横に振られる。

 それを確認したエミリアが携帯端末を取り出すと、パスワードを入力してロックを解除。

 フロアの公開ラインに情報を移していく。

 

 表示された情報にはやて、ゲンヤ、管理局員達が驚愕。

 時がまるで一瞬止まったかのように、彼らの思考の一切がその瞬間停止した。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 立ち並ぶ大型建造物。そのビルの屋上に一つの影。

 

 「うわ~無茶苦茶ッスね」

 

 濃いピンクの髪を一つに束ねた少女。その額から一筋の汗が流れ落ちていく。

 

 ボラーが巨体からは想像もできぬ速度で突撃を開始。

 壁や舗装された道路を大口で食い破りながら、標的へ向けて進撃する。

 

 ボラーが向かう先には複数の浮遊するガジェットドローンⅠ型。

 四つの黒点型のセンサーがすぐさまボラーの攻撃を察知。隊列を為すガジェットの中央部に位置する浅黄色のパーツが一斉に発光。

 射撃装置から十を超える熱線の閃光がボラーに向かって放たれる。

 

 ガジェットからの攻撃である流星群のような熱線。その全てはボラーの顔が隠れるほどに開かれた口腔に次々と吸い込まれる。そして着弾と共に瞬時に分解、吸収。

 微塵の障害も感じさせず、猛然と突き進んだボラーの大口がさらに開口。

 ボラーによって遮られた恒星の光。生まれた影がガジェット達を覆ったと思った瞬間。

 目にも留まらぬ速さでボラーの口が閉じられ、口内に捕らわれたガジェットが爆発と共に咀嚼されていく。

 

 数で押し、数で制圧するガジェット達。だが巨大な肉体を持つボラーにとって、彼らの力はまるでたった数十匹の蟻に等しい。

 圧倒的な暴力がガジェットを蹂躙し尽くすのは、もはや時間の問題に思われた。

 

 ボラーが新たにガジェットの集団へ突撃、補食を開始。

 また数体のガジェットがボラーの餌となったその時。片方に傾いた戦場の天秤に変化がもたらされた。

 

 戦場を囲むビル群の側面が一つ、また一つ。壁に反射して響き渡る爆音と共に崩壊。濛々と立ちこめる粉塵を突き破る。

 

 現れたのは舗装された街路を転がり、回転しながら瓦礫を乗り越える球体。

 数メートルという大きな球体が、ボラーへと勢いそのままに続々と迫る。

 ガジェットを噛み砕き、飲み込むボラーを完全に包囲。急停止、さらに内蔵されたアームを出現させて球体状の胴体を固定する。

 

 Ⅰ型と同じく球体である大型・重装甲型のガジェットドローンⅢ型が、暴食を続けるボラーへ向けて位置を演算し標準を固定。

 三門の射撃装置から、Ⅰ型の数倍もの威力がある熱線を同時射撃。

 

 無効化能力を持たない粘膜が鈍く輝くボラーの表皮へ命中。それに倣うように空中に浮遊するⅠ型、機体を転がって現れたⅢ型が、先を争って熱線を連射し続ける。

 

 ボラーの皮膚が焦がされ、唸るような苦悶の声と共に体から青い血が流れ落ちる。

 

 「おお、これはいけるんじゃないっスかッ!?」

 

 期待を込めた視線を戦場へと向ける。

 だがその言葉に反応するかのように、背後から進み出る女性型の戦闘機人。そのままガジェット達へエールを送る彼女の横に並び立つ。

 

 「ウェンディちゃん、それ本気で言っているの?」

 

 嘲りの意を感じさせる発言。

 二つに束ねたブラウンの後ろ髪を風に靡かせながら、下がり気味であった眼鏡を指で押し上げる。

 

 「ふぇ?だってメガ姉、どうみてもあの化け物をボッコボコにしてるじゃないッスか」

 

 「クアットロって呼びなさい、ウェンディちゃん。まったく、ウェンディちゃんは本当にお馬鹿さんなんだから」

 

 自らを小馬鹿しながら意地の悪い笑みを浮かべるクアットロ。ウェンディは顔を不満に顰めた。

 

 「む~、チンク姉も私の味方っスよね?」

 

 膝を立てながらボラーを観察していた戦闘機人へと問いかける。

 二人に比べて身長が低く小柄な体。機械に覆われた体が鈍い輝きを放つ。長い銀髪に隠れた右目には眼帯。

 

 「……いや、クアットロの言葉に間違いは無い」

 

 ウェンディに返答しつつも、一つしか無い瞳は常に戦場へ向けられていた。

 

 「あまりにも体格が大きすぎる。あの程度では大したダメージは与えられないだろう」

 

 チンクの回答から僅か数秒後。

 ボラーが天へ轟く咆哮を上げると共に、ガジェットⅢ型の一体へ熱線の嵐を浴びながら驀進。

 

 ガジェットⅢ型はベルト状の腕を突出。伸縮する重金属の触手でボラーの突撃を受け止めようと試みる。

 金属の壁すら突き破る触手を、ボラーは巨大な口で勢いそのままに引き千切る。

 完全に体勢を崩したガジェットⅢ型へ、ボラーは俊敏な動きで再突進。大地を蹴って飛翔したボラーの口が、数メートルのガジェットⅢ型を丸呑みにした。

 

 それを見ていたウェンディの口が、顎が抜けるのではないかと思うほどに大きく開かれる。

 未だ撃たれ続ける熱線を物ともせず、口内のガジェットⅢ型を噛み砕き吸収。

 食い終わるや他のガジェットⅢ型やⅠ型へ突撃し、次々とガジェットを喰らい破壊していく。

 

 流れ出る青い血をそのままに暴食を続けるボラー。

 生理的嫌悪感を催す姿、そして負傷すら躊躇わない貪欲な食欲を持つ怪物。

 次第にウェンディの顔色がボラーの血と同色に染まっていく。

 

 「……うわぁ、なんちゅう無茶苦茶な奴っスか」

 

 「耐久性が高すぎる。砲撃魔法、それに準ずる一撃でなければあいつは止まらないだろうな」

 

 ボラーの蹂躙を見つめるチンクの瞳が揺れる。

 

 「魔法無効化能力、巨体と甚大な耐久性と体力を有する。我々ですら苦戦は避けられない。加えて――――」

 

 チンクの視線がボラーから離れ、その僅か先の方向に移動。

 目線の先には風琴のようなデバイスを操作し、戦場を素早く駆け回る少女。

 黒真珠のように黒く上品なドレス状のバリアジェット。少女の後方に浮遊する革表紙の本。

 

 チンクの瞳に映るヒルダは、嬉々としながら戦場を踊るように走り抜く。

 

 ヒルダを追跡するガジェットⅢ型、上空から熱線を射撃するⅠ型。

 数十体のガジェットがヒルダへ熾烈な攻撃を浴びせる。絶望的な数の差がヒルダ一人を襲っていた。

 

 だがヒルダの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。

 口元が僅かに動いている。さらに視力を増強。拡大して口の動きを読み取るに、小唄を口ずさんでいる事が解った。

 チンク、クアットロ、ウェンディがそれぞれ不快な感情を顔に滲ませる。 

 

 ヒルダへ向けて熱線を放つべく、射撃装置を発光させたガジェットⅠ型が突如爆散。

 それに連なるように空中に浮かぶガジェットⅠ型が次々と爆発。

 一体が爆発したかと思いきや、次の瞬間には他のガジェットが破壊され爆発。まるで連鎖反応のように未知の攻撃を受け、急速に数を減らしていく。

 

 AIの処理領域を限界まで拡張、稼働。未知なる攻撃を観測するべくガジェットのセンサー状のパーツが絶え間なく点滅。

 しかし高速の弾丸はセンサーを完全に振り切り、次々とガジェットを打ち落としていく。

 稀代の天才と称されるドクターの検知機は、例え使い捨ての量産型に取り付けられた物であろうと一級品だ。

 にも関わらず空間情報、感知情報、魔力探知情報が完全なアンノウン。

 あのドクターの発明が、測定対象を識別できない。

 

 

 処理能力、耐久性に優れるガジェットⅢ型までもがⅠ型同様に射貫かれて破壊されていく。

 何重もの特殊金属装甲。対魔法のAMFを恒常的に発動。球体という避弾経始を目的としたガジェットⅢ型は、砲弾や物理攻撃の運動エネルギーを分散。高い防御力を兼ね備えている。

 

 だがヒルダが行う自動誘導射撃は、それら三つを尽く無視するかのようにガジェットⅢ型を破壊していく。

 いくら使い捨ての名もない雑魚。大量生産の発明品とはいえ、あそこまで抵抗無く破壊されれば気分が悪い。

 

 「クアットロ、あれの正体は掴めたか?」

 

 「何か小型の物体が高速移動している事はかろうじて解ったけれど……。それ以外はな~んにも解らないわ」

 

 クアットロの茶化すような言葉使い。しかしその言葉のノリはどこか芳しくない。

 

 「観測できたのは獲物を狙うため僅かに速度が落ちた状態のみ。それにしたって形状が一切識別出来ないんだもの。最高速になったらもうどうしようもないわね~」

 

 「それに加えてあのぬめぬめの化け物。絶対に戦いたくないっス」

 

 ウェンディが弱音を見せるが、チンクも内心は彼女に同意していた。

 

 戦闘機人は人の体と機会を融合させ、常人を越える肉体と能力を得た。

 頑丈な鋼の骨格と、強靱な人工筋肉。遺伝子調整やリンカーコアに干渉するプログラムユニット。

 人工骨格と人造臓器で構成された肉体は、戦闘で尋常ならぬ戦果を発揮する。

 

 だがヒルダが操る化け物共は異常過ぎた。

 

 あのアルハザード出身のドクター。スカリエッティですら興味を惹き付けて止まない化け物共は、戦闘機人集団ナンバーズにおいて既に最上の危険度に位置している。

 戦えと命令されれば戦う事に躊躇いがない。負けるつもりも無い。しかし何人の姉妹が破壊されることになるだろうか。 

 

 「クアットロ、それよりも例のデータは?」

 

 「大丈夫よ~。問題無く収集している最中だから」

 

 情報処理能力に優れるクアットロが、会話の最中に光学立体操作を実行。

 

 調査・収集されたデータを分析。いくつものグラフや測定情報が絶え間なく立体映像を流れていく。

 クアットロの周辺には七つもの立体光学映像が浮かび、重なっていた。多重思考(マルチタスク)により並列された情報を読み取り、端末へ打ち込みを絶え間なく行う。

 強化した動体視力を持つ他の戦闘機人でさえ、今の彼女の指裁きを完全に見切ることは難しい。

 数値や文字の羅列が何千も流れていく光景に、ウェンディは何故か頭痛がしてきた。

 

 「素晴らしいわね、ドクターの言う通りだわ」

 

 クアットロの艶やかな唇の端が、徐々に持ち上がっていく。

 

 「ねぇ、ウェンディちゃん。魔法ってどうやって発動するか解るかしら?」

 

 「あれっスね。魔力を込めて気合いで何とかすればどうにかなるっス」

 

 クアットロの中でウェンディの順位がさらに底を突き破って低下。

 既に二番底を突き破って三番底だ。ドクターが廃棄命令を出せば躊躇わずに破壊してもいい。

 ドクターは何故、このような思考分野に理解不能極まり無い遊びを持たせたのか。

 

 「魔法は魔導師が周辺に存在する魔力素をリンカーコアに取り込み、それを使用者が望むように調節した術式に沿って放出。詠唱や集中し、魔力結合を行うことで物理エネルギーに変換。空間に発現させるのが基本なわけ」

 

 解ったのか解らないのか、興味深そうに頷くウェンディは無視して言葉を続ける。

 馬鹿は馬鹿なりに解釈しているのだろう。もっとも、その解釈を知りたいとは到底思えないが。

 

 「つまりね、魔法を使うには魔力素の存在が必要不可欠なのよ。それをリンカーコアに貯め込むか、外部から魔力素の注入を受けない限りはどうがんばって魔法は発動できない」

 

 クアットロは光学立体映像の一つを、二人が見られるよう指先で操作。

 反転させ、チンクとウェンディの正面に同じ立体映像を投写する。

 

 「で、これがあのヒルダちゃんが現在戦闘している一帯の魔力素の流れ。最初のバリアジャケット装着以降は見ていて解ると思うけれど、魔力素の数値に一切の変化も無ければ空中に点在する魔力素の動きもない。あの素敵な化け物達が召喚された時でさえね」

 

 さらに光学立体映像の一つを拡大。

 

 「そしてこの情報がガジェットのAMFの情報よ。あの『大喰らいボラー』と『射手なるスナルグ』。後者は観測仕切れてはいない可能性があるけれど、どちらも魔力素の反応が一切無い。つまりあのボラーの魔法や熱線の無効化能力には、魔力素が一切使われていないという事」

 

 魔力書の吸収も放出も行われてはない。

 あとは言わなくても解るだろうと、クアットロは再度手元の作業に集中する。

 

 「え~と、つまりは……」

 

 「あのヒルダは魔法を一切使わない魔導師。そもそも魔導師である事自体が怪しいという事だ」

 

 言葉に詰まるウェンディの先を引き取る形でチンクが口を開く。

 

 「管理局、管理世界。我々戦闘機人においても、『魔法』という超科学の下に成立している。失われた都であるアルハザードでも魔法文化、魔法の技術が中心であった」

 

 「ドクターの故郷っスよね」

 

 「そうだ。だからこそドクターはヒルダ・ペネロテに注目しているのだ」

 

 既に収束しつつある戦場へ視界を戻す。

 ガジェットの残骸が山となって詰まれ、ヒルダが嗤い、ボラーが食い荒らし、スナルグの弾丸が掃討。この勝敗は誰が見ても明らかだ。

 

 「あれはまったく異なる技術系統。つまり管理外世界の人間だ。未知の世界、そこで発展した高度な超技術をドクターは欲している」

 

 「あんな化け物が闊歩する世界なのよ?その化け物をあんな感じで扱いこなしているということは、そこへ辿り着くまで戦闘技術の歴史があったはず。積み上げた技術の結晶が、彼女の世界には無数に散らばっていると言う事。ドクターでさえ知り合えない未知の技術が」

 

 クアットロが目を絶え間なく動かしながら、禍々しい笑みを浮かべる。

 

 「それはきっと素晴らしいものよ。ヒルダという存在がその世界を肯定している何よりの証拠。彼女が来た道を探り、辿りつくためにも彼女が私達には必要なの」

 

 もちろんそれが全てでは無い。

 それはあくまで過程の話であり、クアットロとスカリエッティの本心は別にある。

 だがウェンディはその応えに納得がいったのか、腕を組みながら感嘆の声を上げた。

 

 丁度その時、三人の戦闘機人の網膜に情報が透写される。

 

 ヒルダの戦闘が終了したことを告げる転送データだ。

 ガジェットドローンⅠ型三十体。ガジェットドローンⅢ型七体。共に壊滅。

 目的であったヒルダの戦闘情報と、未知の技術による発現データの収集は規定値に到達。

 

 髪をかきあげながら、立体光学映像の操作を終えたクアットロが満足げに微笑む。

 

 「さぁて、これで今回は終しま――――」

 

 瞬間、風の流れが引き裂かれた。

 

 「危ないっスッ!」

 

 ウェンディが奇跡とも呼べる高速反応。

 クアットロの正面に滑り込む。

 

 戦闘機人として強化されたはずの神経と筋肉が悲鳴を上げるが、刹那を争う危機に歯を食いしばりそれらを無視。

 さらに振り上げるようにしてウェンディの先天固有技能、エリアルレイヴと呼ばれるライディングボートを瞬時に床へ斜に構えて突き立てた。

 

 ウェンディ一人を完全に覆い隠し、なおかつガジェットⅢ型以上に堅固な大型プレート。

 自らを庇うかのように飛び込んだウェンディに、クアットロの顔は懐疑に染まる。

 

 金属と金属の激しい衝突音。同時に肉が潰れる鈍い音。

 疑念を抱いた顔のまま、ウェンディと共にクアットロは吹き飛ばされた。

 

 クアットロの体に吹き飛ばされたウェンディとエリアルレイヴが直撃。

 激しい衝撃に肺の中の空気が、涎の飛沫と共に一斉に吐き出される。

 あまりの瞬間的な力に頑強な骨が軋み、強剛な筋肉が耐えきれずに引きちぎられる感覚。

 

 クアットロが遅れてきた烈風を肌の感覚器官で感じた時には、二人の体は為すがままにビルの屋上から落下していた。

 

 「クアットロ、ウェンディッ!」

 

 チンクの叫びが遠くに聞こえると同時に現状を認識。

 クアットロは己が攻撃を受け、それをウェンディが庇ったのだと理解した。

 

 高速の風が空気の歪みと共に飛翔。

 音が去った事で結果論として弾丸の強襲が判明するのだ。なんて馬鹿げた攻撃ッ!

 

 「ヒル……ダの……狙撃……ッ!」

 

 戦闘型ではない自分では衝撃を受け流しきれない。

 焦りながらもウェンディを庇い、さらに緩衝材にするべくエリアルレイヴを吹き飛ばされながら引き寄せる。

 

 二人の体はビルの側面に直撃。側面に穴を穿ちながら転がり激突。砕け散ったガラスの破片が空中から耳障りな音を立てて床に散らばり落ちる。

 跳ねるようにして転がりながら壁に激突。クアットロとウェンディが床を回転しながら停止。衝撃で大きく損傷したエリアルレイヴが数瞬遅れて落下。

 

 視界は危機を告げる網膜映像で真っ赤に染まり、額から流れ落ちる血が眼球の上を通り過ぎる。

 両腕が捻れ曲がり、隣に身を投げだしたまま動かないウェンディからは弱い生体反応。どうやら悪運だけは強いらしい。

 幕が降りつつある意識の中で救援要請を発する。最後に開かれた立体映像に向かって指を操作した後、クアットロの意識は途切れた。

 

 チンクは姉と妹の生体反応を感知。無事を安堵すると同時に、歯を砕かんばかりに噛み締めた。

 

 「あははははははははッ!貴方も見た?あの不細工女二人が無様に吹き飛んでいくところ、ほんッとうに最高の見せ物だったわよねッ!」

 

 突如空中に出現した鳥居。そこから半身を出現させたボラーの頭上で、優雅に足を組みながら高笑いするヒルダ。

 愉快で仕方がないと、お腹を抱えてチンクを指を差す。目尻には笑いすぎたのか、涙が浮かんでいた。

 

 「……貴様、よくもクアットロとウェンディをッ!」

 

 咆えるように叫ぶチンクの手には抜き出した数本のナイフ。

 姉妹を傷つけられ怒るチンク嘲りながら、ヒルダは笑う事を止める様子はない。

 

 「馬鹿ねぇ、世界は等しく私の狩り場。お前達愚か者どもが安心して高みの見物出来るところなんて、ありはしないってーの」

 

 ヒルダの顔が僅かに曇る。

 

 「まさか魔法探知だけならまだしも、咒式探知まで逸らせるなんてね。吹き飛んだ連中か、お前の仕業か解らない。だけど面倒くさい奴を好き込んで生かすほど、私はあまあまのあまちゃんじゃないわけで――――」

 

 ヒルダが魔杖風琴の鍵盤へ咒力を込めて指を叩く。

 チンクを中心に高速不可視の弾丸が旋回。ボラーが酸性の涎を吹き飛ばしながら、空中に轟く咆哮。

 

 「――――死ね」

 

 

 ■ ■ ■

 

 「……ヒルダの存在自体が、既にロストロギアに近い。という事ですか」

 

 「ヒルダ・ペネロテは間違いなく管理外世界から訪れた人間。そして我々が知り得ない魔法とは異なる超技術を所有している。彼女の持つ魔導書、技術はロストロギアと呼称しても間違いはない」

 

 初老の局員が発した言葉にアシルが肯定。

 フロア全体を重苦しい空気が包み込んでいた。

 

 ヒルダ自体の情報があまりにも少ない。

 

 経歴も、戦闘手段も、使役される魔法生物の情報も満足に足りていない。

 そしてロストロギア級の技術が使用された、新体系の未知なる攻撃戦術。召喚され、率いられる未知の怪物達。

 

 「だが、ヒルダ・ペネロテが人間である限り我々に勝利の可能性は当然残されている」

 

 アシルが告げた言葉には、感情ではない確かな自信。

 

 「ヒルダ・ペネロテの性格は傲慢であり、自己敬愛が極めて強い。殺人者としての快楽を常に追い求め、一度自身の行動に酔ったならば人間ならば必ず隙を見せる」

 

 多くの事件を解決に導いてきた男の言葉は、集った正義の使徒達の胸に響く。

 

 「ヒルダは仲間を作り得ない。自己以外の人間を対等に見て、価値観を生み出せない怪物は、他者を利用できても活用する事は不可能だからだ。自己顕示欲が強く殺人を行い続け、カエストス魔法商会を滅ぼしたヒルダを好きこのんで取り込む人間はいない」

 

 アシルの冷徹な思考能力は、ヒルダの姿を既に捉えていた。

 勝利のために執念の炎を燃やす男に並び立つ部下達には、一切の怯えが見て取れない。 

 

 「既に各管理世界に指名手配の措置が行われている。ヒルダ・ペネロテが潜伏する管理世界は、管理局の介入が半ば強制的に行われる。現地の裏社会からすればヒルダ・ペネロテの存在は、自分達の領域を脅かす厄介者に過ぎない」

 

 ヒルダに対する裏社会の反応は決して良いものではない。ヒルダはやりすぎたのだ。

 管理局に対して敵対する者達の多くは、利権や利益を求めるが故にそのような姿勢を見せているに過ぎない。

 ヒルダの行動には利益がない。完全な個人の意思での行動であり、営利目的ではない。

 だからこそカエストス魔法商会はヒルダを切り捨てようとし、皆殺しの憂き目にあったのだ。

 

 扱えない駒に意味などない。かえって盤面を動かす上で邪魔にすらなる。

 ましてや利益が発生しない殺しなど、裏社会に生きる者にとっては完全に無意味だ。

 裏社会にとってヒルダという存在は、自らの利益圏を悪戯にかき回す害虫でしかない。

 

 「問題は時間だ。時間が経過する毎に管理局の威信は下がり、ヒルダへの協力者が現れる可能性が上がっていく」

 

 時間と共に俗物的な考えを働かせる人間が、ヒルダに手を貸すことは容易に想像できた。

 ヒルダを扱う事など不可能に近い。だが提示された利益が両者にとって有益であれば、彼女の方向性をカエストス魔法商会のように絞ることは可能だ。

 

 流れる血を啜ろうとする輩が現れる前に、この事件を解決しなければならない。

 ヒルダという一滴の水から生じた波紋が広がっていけばいくほどに、巻き込まれた罪なき人々の血が絶え間なく流れ続けることになる。

 管理局として、人としてこの事態は到底見過ごすことができるものではない。

 

 「時間も情報も足りないことは紛れもない純然たる事実。しかし管理局発足史上、そのような事件は数えきれぬほどに存在してきた。そして我々の先人は解決へと導いてきた。それは何故か」

 

 ゲンヤはアシルの言わんとする事を理解した。顔に思わず不快感を示す。

 だが現状ではアシルの行動は効果的だ。下手に時間を取られず、短時間で局員達の恐怖を取り除く事は間違いないだろう。

 

 しかし同じ人間として、それをやってのけようとするアシルに顔をしかめざるをえなかった。

 頭はそれが現在において最上の選択だと結論を出した。そうであっても胸に渦巻く濁った感情を認める事はできない。

 

 「正義と信念と誇り。この全てを胸に我々の先人は戦ってきたからだ。だからこそ現在、こうして管理局が百を超える次元世界に威厳を保ち、威徳を示して平和を保っている」

 

 ゲンヤの危惧通りに、言葉は恐れを抱いた局員達の胸に突き刺さった。

 淡々と述べていく言葉の裏側には、燃えたぎる熱き義心の炎が絶え間なく燃え続けていた。

 火はまるで燃え移るかのように、消えかけていた各々の心へと燃え広がっていく。

 

 「その我々が今、先人達と同じように大きな壁に立ち向かう時が来たのだ。時空管理局の未来を切り開き、後の世まで続く威信を繋げるべき機会が訪れたのだ」

 

 恐怖を殺すだけの建前が必要。

 だからこそアシルは追い立てるように局員達の逃げ道を塞いでいく。

 避ける事は許されない。戦わぬ道は無いと精神を追い込み、思考の幅を狭め、単純な結論に達せさせる。

 本人が自ずから選択したかのように思わせたのだ。

 

 「街を笑顔で歩く子供達。まだ幼い赤子。未来ある者達のために、私達は時空管理局の未来を紡がなければならない。私達の先を生きる子供達がヒルダの存在に怯え、嘆き、明日を見えぬ未来を生きる事は断じてあってはならない」

 

 アシルの思惑を理解したとして、彼の言葉には嘘が無い。反対など出来ようはずが無い。

 彼の言葉に否を唱えれば、それは管理局の存在理由に非を唱える事と変わらないからだ。

 

 「今一度、私は諸君にお願いしたい。時空管理局の未来のために、平和のために、どうか命を掛けて共に戦って欲しい」

 

 悩むだけ時間が無駄だ。決めろ。

 鷹の目のような鋭い視線が局員達を一舐めにする。

 

 懇願という脅迫に、局員達の意志は統一させられた。

 自らが掲げる題目を、誇りを提示され求められた今。彼らは戦う道を強制的に選択させられた。

 

 例えそれがヒルダの称える『祭り』を盛り立てることになろうとも。

 

 アシルの思惑通りにヒルダへの憎悪は最大限に高められた。

 後は彼らの目が覚めるまで、どれだけヒルダを追い詰める事が出来るのか。

 アシルが言ったように、時間との勝負に間違いない。

 

 だがゲンヤの勘は悲鳴を上げながら告げていた。この事件は早期の解決で終わるようなものではない。

 

 ゲンヤの静かな瞳は、正義の心を燃やす局員達を眺める。

 深い悲しみが彼の瞳には込められていた。

 柄ではないとは考えながらも、不確定な何かに心の中で祈らざるをえなかった。

 

 ここに決意を固めた局員達の翼を、どうかもがないで欲しい。

 子供達と同じように、未来を切り開く若人達の命を救って欲しいと。

 

 自らの妻の姿を知らず知らずに重ね合わせていた事に気が付く。

 ゲンヤは目蓋を一人閉じると、それ以降静かに瞑目を保ち続けた。

 

 

 




始めの五千字ぐらいは一日で書けるのですが、あとの一万字ぐらいで毎度躓きます。
あと友人からこの二次創作の題名、英語の部分の必要性を尋ねられました。

……特に無かったので消す事にしました。
いや、何か長すぎて題名が切れるとかえって不格好になっているので。

そしてナンバーズが登場。みなさんはどのキャラがお好きですか?
私はクアットロが好きですと言ったら、まったく同意が得られませんでした。

忙しいので、次回も更新はゆっくりになると思います。

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