俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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6.幸福

 

なぜ俺はこんなことになっているのだろう。

 

そんな言葉が頭に永遠と流れ続ける。

 

 

今、俺は初対面の男性と二人、誰もいない部屋で向かい合っていた。

 

 

何故!?

 

 

 

 

 

 

事の発端は高町にミッドの病院についてきて欲しいと頼まれたことからだ。

 

そして病院に着くと高町は耐えられないとばかりに走り出した。

看護士に走るな、と怒られてはすいませんと謝る高町と俺だったが高町は反省することはなくまた少しすると歩く速度を速め始める。

 

「おい!俺はどこに連れて行かれるんだ!?」

 

高町に「ついてきて!」なんて言われたからホイホイついてきてしまったのだが気が付けば病院の中、いったい高町は俺に何をさせるつもりなのだろう?

 

「そろそろ言ってくれたっていいだろ!」

 

半分叫ぶように言った俺に高町は足を止めた。

やけにニヤニヤとした笑顔で高町はこちらを見る。

最近の高町はニヤリと変な笑顔を浮かべるのは誰に影響を受けたのだろうか?

 

「教えてあげようか?」

 

 

思わず頭を叩いた。

 

 

「い、痛い!?何で叩くの!?」

 

「教えてあげようか?じゃない!教えろ!」

 

「叩かなくてもいいのに」と頭を抑える高町は涙目でこちらを見る。

 

「せ、先生に会わせようって…」

 

「先生って前に言ってた人か?えっと、セルジュニアだかなんだか、とかいう?」

 

「セルジオ・ピニンファリーナ先生だよ」

 

「でその先生がどうしたんだ?」

 

「えへへ、内緒!」

 

「この!」

 

高町は俺が振るった二度目の拳を軽いステップでよけてにこりと笑った。

 

 

 

 

 

「ついてからのお楽しみだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

その笑顔に騙された結果がこれだ。

連れて来られた先にいた男性となぜか二人っきりにされて個室の中に閉じ込められてしまった。

 

すいません何ですかこれ、何ですかこれ?

 

困惑中の俺に向かって目の前の男性がニヤリと不気味に笑った。

 

「始めまして、でいいかな。七峰紅助君?」

 

「は、はぁ。はじめ、まして……えっと、そちらは?」

 

「セルジオ・ピニンファリーナと名乗っている。なかなか気に入っている名前なのだか呼ぶ者が少なくてな」

 

セルジオ、ということはこの人物が高町の言っていた先生という人物なのだろう。

 

「それで、その先生が俺にどういう用件があるんですか? まさか何もないのに呼び出しただけってのはないでしょうし」

 

「ふむ、用件か。強いて言うならば『実際に君と会ってみたかった』となるだろうね」

 

「会って、みたかった?」

 

「ああ、君の話は高町君からよく聞いている。それで直接顔をあわせるのも良いかと思ってね」

 

「高町から……?」

 

いったい何の話をよく聞かせているのか。

軽く考えてみる。

ここが病院という事は彼も医師の一人なのだろう。それがどのような分科なのかは知らないが。

高町が俺の話をしている、そして今俺にこの人物を紹介された、ということは俺にも関係あること、か。

とすれば十中八九あれだ。

 

「この腕、の事ですか?」

 

「うん? そうだと言えばそうだが……まさか、聞いていないのかね?」

 

「聞いていないって、高町からですか?」

 

「ああ、私のことを」

 

「いや、名前と出会った経緯くらいしか聞いてませんが」

 

「ふむ、だから君は混乱していた、と」

 

「はぁ、まあ……」

 

「ならば都合がいい、今回君がここに呼ばれた理由は簡単だ」

 

「簡単、て言うと?」

 

「私が君に会ってみたかったから、だね」

 

本当に、簡単な理由ですね、といったところが俺の感想だろうか。

正直、高町がまだ俺の腕のことを気にしていたのかと今知って少しだけ胸に痛みが走った。

そりゃあ、もう腕のことなんて忘れていたなんて言われるよりは数倍マシなんだろうけどさ。

 

思うもの、ってのはある所にはあるもんだ。

 

それにこの腕もそれほど不便な物でもない。

付けているうちは魔力を使い続けるっていうのはあるがもともと魔導師をしていた俺からしてみると一度の戦闘訓練の方が辛いくらいだ。

最近になると義手ということ事態をあまり気にならなくなったところもある。

それこそ一度もこの腕のことを話さない日が続くくらいには。

だから高町がまだそんなことを、俺の腕を治そうなんて思っていたことを、俺は気づけずにいた。

 

何を見てたんだか。

 

そんな一人で落ち込む俺に先生は明るく声をかけた。

 

「では、質問といこうか?」

 

「え?」

 

「質問だよ。君という存在がどういうものなのか私は知りたい。ああ、知りたいんだ」

 

「は、はぁ……」

 

先生の剣幕に押されつつ背中に冷や汗が流れるのを感じた。

もしややばい人に捕まったのではないだろうか?

 

「ではまず一つ目の質問だ」

 

一本の指が持ち上がる。

身構える俺は息のを呑んで、

 

 

「私のことを、どう思う?」

 

 

「……はあ?」

 

思わず、吐き出した。

 

「なに、言葉通りの質問だよ。私に持った印象、それを話してくれるだけでいい」

 

愉しそうにニヤニヤと、頬を緩ませる先生に俺はため息を吐いた。

 

「正直、おかしな人だと思いましたよ」

 

失礼ですけど、なんてクッションはおかない。

この人物は俺をからかって楽しんでいるのだろう。

それか、根っからの変人だ。

 

「普通、俺をこの場に呼ぶならば高町にではなく俺に一言かけるべきですし普通の医者ならばこんな質問も無いでしょうね。だから、先生には自信があるんだなんて思っています。俺の腕をどうこうできるだけの自信が」

 

「ああ」

 

先生の口からそんな声がこぼれた。それが肯定だったのかは俺にはわからない、しかしその言葉には何か力のようなものを感じることが出来た。

それこそ自信か、少なくとも否定ではないのだろう。

 

「あまり好きな性格じゃないです。高町に俺を呼ばせたのだって彼女の言葉なら俺は絶対にここに来る、なんて考えたから何じゃないですか?」

 

勝手なことを言っているな、という自覚はあった。

初対面の人物になんて事をって思ってはいるが初対面の人物だからこそって言うのもある。

高町には悪いが別にこの腕が治らなくても俺はそれでいい。

そう思っているから目の前の人物も唯の他人としか感じられない。

腕を治してくれるかも?機械に頼らずともいい生活が送れるかもしれない?

それがどうした。

確かに直ってくれるのはうれしい、不自由の無い生活は楽かもしれない。

しかし、この腕は俺がそういう道を選んだ結果だから。

後悔は無い。

だから、この会話の結果で俺が目の前の人物に認められなくとも、それはそれでいい。

 

「先生は俺と顔を合わせてからまだ笑みしか見せてない、そんな余裕、自信、俺に無いものがあるから……すごく、羨ましい」

 

でも、それだけではない。

この人物にどこか親近感があった。

こう、押してくるような、覆うように潰してくる何かが。

 

「貪欲、か?」

 

ポツリとつぶやいて欠けたピースが合わさった。

 

そして目の前の人物が笑顔を崩すのも同時だった。

 

「うまくは言えませんけど先生って欲望に忠実、ですよね。多分。顔を合わせて数分のやつが何言ってんだか、って思うかもしれませんけどそういうところが一番嫌だ」

 

ああ、そうかそうか。

このどこから沸いてくるのかもわからない嫌悪感。

そしてそれと長く付き合ってきたかのような親密感。

 

「俺と、よく似てるから」

 

逃げるように多くのものを求めてきた俺。

ずっと高町の影に隠れて彼女の優しさだけに縋ってきた俺。

 

全てが自分のためで、

 

弱く、欲望に満ちて、溺れた。

 

しかし、目の前の人物は違う。

この人は自分の欲望を肯定するだけの力を持っているのだろう。

欲望の中で泳いでいくだけの力が。だからこその自信、余裕。

 

俺に近くて、どこまでも遠い。

 

 

「ああ、似てるからこそ、憎い」

 

 

「ほぉ」

 

俺の言葉に先生は小さく息を吐いた。

その口はまた三日月のように弧を描き、不気味に俺を見つめていた。

 

「面白い」

 

その口からこぼれる言葉はどこか悪寒を感じさせる。

 

「似ている、そうか。私と君が似ているか」

 

その顔はどこか狂気さえ思わせた。

 

 

 

「気に入ったよ」

 

 

 

 

 

 

「意味が、わからないんだけどさ」

 

 

病院からの帰り道、俺は吐き出すように言葉を口にした。

 

「えっと、何が?」

 

数歩ほど前を歩いていた高町が首をかしげる。

しかしその顔には笑みが張り付いていて隠し切れない喜びが漏れ出してきていることが容易くわかった。

 

「何であの先生は了承したんだ?」

 

それだ。

あの先生こと、セルジオ・ピニンファリーナ先生はあの後、もう話すことは無いとばかりに俺の腕を治すと明言した。

なぜそうなったのだろう。彼に好かれるようなことを口にした覚えはないし、むしろ嫌われて普通のことを口にした。

なのになぜ?

 

そんな疑問を頭の中で浮かべる俺に高町は優しく笑いかける。

 

「それは、コウ君だからだよ」

 

「……まるで意味がわからないんだが」

 

「私はコウ君と先生がどんな話をしたのかは知らないけど、コウ君ならきっと先生もわかってくれるって思っていたよ」

 

「何をわかるんだよ」

 

「私が何でコウ君を好きなのか、とかかな?」

 

少し恥ずかしそうにはにかむ高町にこちらの顔まで熱くなるのを感じた。

 

「お前のそれがわかって、どうにかなる問題じゃなかったはずだ」

 

「でも、私には自信があるよ」

 

「何、が?」

 

「もしも私の好きが世界中の人にわかってもらえたら、世界中のみんながコウ君を好きになってくれる。そういう自信」

 

「なっ……」

 

思わず言葉を失う。

馬鹿らしくて、意味は理解できないけど嬉しい、それだけはわかった。

 

「あのさ」

 

「なにかな?」

 

「俺の手、治るんだよな?」

 

「うん」

 

笑顔がなぜか眩しく感じる。

それが沁みたのだろう目が、潤んで。

 

「だ、大丈夫!?どうしたの!?」

 

心配する高町を手で制して彼女の顔をしっかりと見た。

 

「ありがとう、嬉しいんだ。元々両腕のことは諦めていたから、高町が助けられたなら両腕なんて安いもんだ、なんて理由をつけてさ」

 

でも、

俺は久しぶりに涙を流した。

 

 

「でも、嬉しいんだ。両腕が無いことに馴れてきて、機械の腕に馴れてきて、今更両腕が治るって言われてすごく嬉しい」

 

 

この手で触る高町はどんなものなんだろうか。

もう一度抱きしめて、手をつないで、いろいろなことをしたい。

 

今更になって気づいた。

 

自分がどれだけ強がっていたかを。

 

自分がどれだけ彼女に愛されているのかを。

 

 

でも、

 

「自分が情けない。お前に頼る事から卒業するって、お前の為に生きるって言って何も出来てない。お前に貰ってばっかりで、俺は」

 

涙を流す俺に高町は額を合わせて微笑んだ。

 

 

「前にも言ったよね?」

 

 

高町はそう言って思い出すように目を閉じた。

 

 

「コウ君はそんなのじゃないよ。コウ君は私にいっぱい素敵なものをくれてるよ?」

 

 

「そんなもの、俺は」

 

 

「くれてる。コウ君にはわかりにくいものかもしれないけど私の胸の中にはちゃんとあるんだよ?」

 

 

自分の胸を愛おしげに撫で下ろし高町は俺を見た。

 

 

「コウ君は私を幸せにしたいって言ってくれたよね?私は今、凄く幸せ」

 

 

微笑んだ高町はとても綺麗でその瞳に俺が映っているのが見えた。

 

 

「例えばコウ君とご飯を食べてる時、美味しそうに食べるコウ君を見て私もご飯が美味しくなる。コウ君とお話してる時、どんな些細な事でもコウ君の声が耳に響くと嬉しくなる。コウ君に朝起こして貰ったり起こしてあげたりする時、その日最初に見た人がコウ君だと一日が輝いて見える」

 

 

いつの間にか俺の目から流れる涙が止まっていた。

 

 

「コウ君はそんな幸せを毎日私にくれてるんだよ?いっぱい、本当にいっぱいの幸せをもらって、今の私がいるんだ」

 

 

何かが胸からあふれ出しそうになる。

 

 

「だから私はコウ君といられることがとても幸せ。お話をしても抱きしめてもキスをしても、全部幸せ。だから今回は幸せのお裾分け」

 

 

「素敵でしょ?」と微笑んだ高町に俺は涙を拭う。

 

 

「ありがとう」

 

 

「こちらこそ、幸せにしてくれてありがとう」

 

 

 

 

笑いあって俺は彼女に唇を合わせた。

 

 

 

 

赤くなる彼女の顔。

 

「コウ、君?」

 

「ありがとう、俺はお前を……お前と幸せになりたい。これからも、ずっと」

 

だから、

 

 

 

 

二度目の口付け、

 

 

 

 

初めてしっかりと感じた唇は熱くて少しだけ涙の味がした。

 

 

 

 

 

俺は彼女と幸せになりたいようだ。

 

 

 

 

 


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