もし私が魔法を知ってしまうことがなかったら、なんて事を最近考えたことがある。
まあ、もしもの話だ。
もしも私が魔法を知ってしまわなければコウ君の腕は無事だったのではないだろうか? とか、そんなの。
馬鹿馬鹿しい、だろうか。そうなんだろうと思う。
過去は過ぎ去ったことで今から来るのは未来なのだ。どう悔やんだとしても時計は逆さまには進まない。
だからこそ、こんな気持ちが背中へ圧し掛かる。
もしかしてこんなことにはならなかったのでは?
コウ君がフェイトちゃんやはやてちゃん助けて、それで幸せになっていたのではないだろうか?
ずっと元気で、私のことなんかで悩まずにすんだのではないだろうか?
そうだとしたら、
もし、私が振り返ることができたなら……そうしたら。
私がコウ君と初めて手をつないだのは家の近くで花火大会が開催された時。
幼いころから私は大勢で騒いだりするのが苦手でお祭りだとかそういったものがあまり好きではなかった。
けれどそんな私をコウ君は連れ出してくれて。
「花火、見に行かないの?」って素っ気無い振りをして私を呼んでくれた。
彼と二人で見た花火はやっぱり綺麗だった。一度だけ両親と見たそれを思い出して頬が緩む。周りにいる大勢の人も気にならないくらいに私は目の前の光景を、二人で見た花火を目に焼き付けた。
花火が終わって皆が帰りだしたころ、大勢の人が動くのが波のように見えて困惑していたそのときだ。
コウ君が私に手を差し伸べたのは。
逸れると危ないからって、伸ばされた手に私は更に困惑した。
繋いでいいの? なんて風に。
誰かに触れるのが少し怖かった。邪魔にならないかな?迷惑じゃないかな?そんな疑問が頭の中をいっぱいにして、誰かに触れてそれが形になってしまうのが怖かった。
だから伸ばされた手は彼からしたら普通のことだったのかも知れないのだけれど私にとってはとても特別で、胸が跳ねるようにうるさくて、とてもうれしかった。
おっかなびっくりと言うようにコウ君の手の上に指を這わせた。そんな私に対してコウ君は強く手を握り返してきた。
暖かい。
それが最初の感想で、当時の私が一番好きだった感覚。
その夜は中々眠ることができなかった。私の手が覚えている彼の体温に胸が震えて。
また手を繋いで見たい、でもどうやったら、やっぱり恥ずかしい、そんなことを考えている内に意識が薄れて、
※
合わせた唇をゆっくりと離す。
相変わらず唇で感じる彼の体温は焼けるように熱く、溶けるように暖かい。
「あっ、はぁ……」
熱を逃がすように息を吐いて少しだけ手を繋いだときの暖かさを思い出した。
あの始めての夜もこんな彼の熱が忘れられなくて、次の日からよく手に目を向けていた。
彼が腕を失ったと同時に私はあの熱を忘れてしまった。
手の先が凍ったように冷たくてどれだけあの時のことを思い出してもあの熱だけは思い出せなかった。
先日、コウ君とまたお話をした。
私が何をしたいのかって、そう聞いてきたコウ君に私は恥ずかしくて本当の事を話せなかった。
私はコウ君の腕を元に戻したい。
また手を繋ぎたい。
あの熱を、思い出したい。
だから魔導師として私はその方法を探す。
コウ君はそれを反対するだろうと思う、どこまでいっても魔導師というのは危険なことっていうのはわかっている。
それでももう一度だけでいい、手を繋ぎたい。
それにあんなことがあっても私は魔法が嫌いになれなかった。
矢張り私は魔法が好きで。
私の好きになった魔法で彼のために何かをしてあげたい。
そしてその方法を私はすでに知っている。
もう少しでまた彼の手を……
…………………………
………………ま、まあ、でもこうやってキスで体温を感じるのも中々、うん。
つい緩んでしまう頬を引き締めようとして失敗する。
最近、こんなことをするために目覚めるのが早くなってしまった。
少し前までは朝食ギリギリに起床していた私であるが今では努力と根性、それと愛とか恋とかその他諸々の力によって朝早くにでも目覚めることができるようになった。
もちろんキスが本命ではない。ただコウ君を起こしてあげようと思っただけで……
ただ、まあ……コウ君より早く起きてみるとコウ君の寝顔が見れて……こう、無防備な唇が、その……ね?
とりあえずもう一度だけ……
そう、もう一度顔を近づけると、
顔を真っ赤にしたコウ君と目が合った。
「おはよう、コウ君」
笑った私にコウ君は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「も、もしかしてっ、まい、毎朝こんなことをしていたのか!?」
さらに真っ赤になりながら聞いてきたコウ君に私は微笑む。
「そんなことないよ?我慢できなかった時だけ」
「お願いだから、我慢、してくれよっ……」
コウ君はそう言うと短い腕をばたつかせて布団の中に潜り込んだ。
「コウ君、起きなきゃ」
「……あと五分」
「じゃああと五分ここで待つね?」
布団の中のコウ君がブルブルと震えた。
「―――――ッ、わかった!起きる、起きるから少し外で待っててくれ!」
布団から飛び出してきたコウ君は顔どころか体まで真っ赤に染めてまるで茹で蛸のようだった。
私はコウ君の頼みに従って部屋を出て扉に耳を押し付けた。
聞こえてくるのは押しつぶしたような呻き声で次にバタバタとベッドを叩いているだろう音が聞こえてきた。
「コウ君、なにしてるのー?」
言うと、音が止まる。
そんなことに頬が緩む。
やっぱりコウ君と二人でいる時間は幸せだ。
それこそ何をしていても、二人でいるだけで、今のようにからかっていても、私がからかわれるのも、お喋りをしたり、ただ黙って寄り添っているだけも私は十分に幸せだ。
二人いるのは、幸せだ。
だって、
一人じゃないでしょ?
と、部屋の扉が開かれてコウ君が顔を出した。
またぼんやりとしていた頭を振ってコウ君の姿を見る。
まだ少しだけ赤みが残っている顔でコウ君は私を睨む。
「高町」
「何、コウ君?」
「何であんな事をする」
思わず首を傾げた。
「あんな事って、キス?」
コウ君が真っ赤になる。少し面白い。
真っ赤な顔で頷いたコウ君は私を見つめた。
「なんで、って言うと……私がしたかったから?」
「お前っ!そんなことで!」
「そんなことじゃないよ?唇をあわせると凄く気持ちいいんだよ。胸がキュンとしてお腹のあたりからポカポカって暖かくなるの」
「バッ――――」
噴出すようにコウ君がおかしな声を上げるのを見て私はクスリと笑った。
矢張りコウ君はおかしな人だ。
強いんだか弱いんだか、私のために犠牲になるくらい勇気があるのにいつもはこんなに臆病で、すごく歪。
だから見ていて飽きない、声を聞き惹かれる、触れ合って恋をした。
「コウ君は、気持ちよくない?」
私はとても気持ちいい。唇を合わせ、触れ合い、その一瞬に恋をする、気持ちよすぎてどうにかなりそう。
「そういうっ……問題じゃないっ!!」
震える声に胸を打たれる。
「もう、勝手なことはするな!!」
怒られてるのにそれで満たされてしまう、なんておかしいのに。
「わかったな!」
おかしくなるほど、って事なのかな?
怒鳴りながら階段を降りていくコウ君に私は笑顔をむける。
「勝手じゃなかったらいいんだ?」
ペロリと舐めた唇はコウ君の味がした。
※
「なのはちゃんの今日の予定は?」
朝食、いつもと一緒でコウ君のお母さんがみんなの予定を聞く。
「午前中は特にありません。午後からはミッドの病院に行ってくるつもりです」
「病院?」
隣に座るコウ君が首を傾げる。
「通院中に仲良くなった先生がいてその人から頼まれたものを持って行くの」
「ふぅん?」
別段気にしていないような素振りをしてるのにこちらを何度も見ているコウ君。
心配されていることがわかって私は頬を緩める。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。少し変わった先生だけど面白い先生たよ」
「名前は?」
「名前?セルジオ先生、セルジオ・ピニンファリーナだけど」
それを聞いたコウ君は一度だけ目を細めて私から目線を外した。
どうやらコウ君の許しは出たようだ。
「病院に行くのはいいけど気を付けてね?」
「はい!」
「じゃあ、次はコウちゃん」
今日もいい日になるといいな。
※
歩く足の速さが次第に速くなっていくことを自覚する。
でもこれ以上早くなってしまうとまたナースの人に怒られてしまうのだろう。
でも、足が止まらなくて、速く速くと私を駆り立てる。
その日の午後、私は予定通り病院にいた。
目的も朝に言ったとおり先生に会いに行くため。
セルジオ先生、セルジオ・ピニンファリーナ先生。
先生とは私が病院に通っている間に偶々知り合った医師だ。
通院中にクローニングの文字を見つけ足を運んでみると彼がいた。
先生はとても変わった人で普通の人とは少し違った雰囲気を持った男性だ。
どこか不思議で捉えようがなくて、出会ったころのコウ君と少し似ているような気がする。
特徴を言うといつも不気味に笑っているだとか、少し大丈夫かな? って思うところはあるのだけれど、基本的には良い先生ではある。
そんな先生が口にした。
「私ならば治せる」
そう、口にした。
コウ君の様態を口にした私ににやりと先生は不気味に笑った。
「私ならばその少年を治せるだろう。例えまだ幼い体に通常の技術では危険だろうと、だ。私の技術ならば、出来る。そう、確信を持って言おう」
圧倒的な自信、とでも言えばいいのだろうか。
先生からはそれがあふれ出ているように見えた。
しかし、そう先生は言葉を続ける。
「私は患者を選ぶ、私が技術を振るうのだ。それに値する人物ではないと愉しくはないだろう?」
愉しい、愉しくないというのはよくわからないけれど、なんとなく言いたい事はわかる。
ようはコウ君を先生に認めさせればいいのか、って事だろう。
……でも、認めさせるってどうすれば?
そう、悩んで、悩みぬいた結果、私達は魔術師だったってことだった。
部屋に入ってきた私を見て先生はいつも通りニヤリと笑った。
「ふむ、よく来た。私が満足するだけの物を用意してきたかな?」
「はい!でも、今から見せる物は見たことを誰にも言わないでくださいね!」
私の言葉に先生が首を傾げる。
それに対し私は首にかけていたレイジングハートを取り出した。
「本当は許可が必要ですけど、すぐにでも認めてほしいから。お願い、レイジングハート」
私の言葉にレイジングハートが映像を流し始める。
「………ほぅ?」
先生が目を細めた。
その映像は私とコウ君がフェイトちゃんと初めて出会ったのあの日。
いまでもしっかりと覚えている、忘れられない憧れたあの瞬間の、
フェイトちゃんとコウ君の戦闘記録だ。