コウ君の初恋は隣の家に住んでいたお姉さんだったらしい。
私の場合はコウ君で、今も変わってはいない。
別に嫉妬をしている訳じゃない。
今の彼が私を好いていてくれるならそれでいいと思っているから。
ともかく、そのお姉さんの話だ。
コウ君の話によるとお姉さんは面倒見のいい人でよくお世話になったそうだ。
好きになったのもそれが理由が大きかったとか。
優しかった、惚れる理由としては最もポピュラー何じゃないだろうか?
事実私もそうだったのだし。
優しさって言うのはかける側にとって軽くとも受ける側では重い時だってある。
それに軽くても優しさは積もる。
だから私がコウ君からの優しさで恋をしたようにコウ君にもそういうのがあったのだろう。
コウ君は子供っぽい好き嫌いって簡単な気持ちだったと言っていたが。
それに、その気持ちはお姉さんに向けて既に告白されたものらしい。
勿論それは断られている。
理由は簡単で、「子供だから」っていうわかりやすいもの。
でも自分達の場合は?
私やコウ君がまだ小さくて周りからは子供だと認識されるのはわかっている。
だから私の気持ちも、大人たちから見れば飯事のように思われているのだろう。
しかし自分の中ではとてもその気持ちは大きなものなのだ。
この気持ちがいつまでも色褪せないとは限らないし忘れてしまうことも今後あるかもしれない。
だけど私は認めてほしい、誰でも構わない
。
今、感じている気持ちが正しいものだと。
そう言ってくれれば私はもっと彼を好きになれる気がするから。
ちなみに、紫さん、コウ君のお母さんの話によれば隣の家に住んでいたいたお姉さんだが、コウ君が産まれる前に事故で亡くなっているらしい。
※
夢を見ている。
突然に開けた視界に何故かそう思った。
星空に浮かぶ小島、そんな場所に私はいた。
「や、元気?」
ふと気が付くと目の前にコウ君の形をした何かがこちらに手を振るっていた。
「貴方、は?」
コウ君によく似たそれに私は問う。
すると目の前の人物はにこりと笑い、
「僕は僕、七峰紅助」
そう言い切った。
我が夢ながら適当だ。
喋り方はかすりもしていないし見せる表情だってコウ君のものには程遠い。
そして何よりその身体だ。
身長は凄く高いし体つきもしっかりとしていて顔だって表情のわりに大人びている。
まるでコウ君が歳をとったかのような姿をしているのだ。
しかしそうまとめてみると本当にコウ君に程遠い。
面影こそあるものの、これじゃあ別人と大差ない。
「全然コウ君じゃないの」
ぼそり、こぼす言葉を耳にしたのかコウ君もどきが顔をしかめる。
「そんな酷いこと言うなよ。これでも君の要望には答えたんだから」
私の要望?
そんなの言った覚えはない、が。
これが夢だとすると確かにこれが私の無意識の現れとなるのだれうか?
「そう、僕は君が望んだ七峰紅助だよ」
「はあ?」
思わず間の抜けた声を返す。
そんな私に目の前の彼は変わらず笑いながら言う。
「僕がこんなに幼いのは君がそう望んだからなんだよ?」
「私が幼くって?」
「うん。君はもっと僕に頼られたい、そう思っているでしょ?」
…………まあ、そうだ。
私が甘えてるぶんくらいは頼られるのもいいかなぁ、なんて思ったことはある。
でもコウ君はなんだかんだ言ってしっかりしているからもっとコウ君が子供っぽかったらと……はっ!
「じゃ、じゃあ何でそんなに歳とってるの?」
「人を年寄りみたいにいわないでよ」
もう、と頬を膨らますのだが外見年齢的に少し厳しい。
アンバランスすぎて何かもう、怖い。
「アンバランス、そう思ったでしょ?」
「うっ……」
「やっぱりね。つまりそう言うことなんだよね」
「……どういう?」
「君は現実の僕にもアンバランスを感じていたんでしょ?」
わかってるから、そう私の夢のくせに当たり前の事を得意げに言う彼。
アンバランスに思っていたのもあるけど。
コウ君は周りの子と違って落ち着いているし雰囲気的には歳が近い子より兄の方がにているくらいだ。
だから感じてはいたんだろうけど、
「食べ合わせが悪いって規模じゃないよ」
「君の望みだから僕に責はないからね」
憎たらしいコウ君だな、こいつ。
しかしなんで私はこんな夢を見ているのだろう?
こんなにハッキリと夢を自覚しているのは初めて。まるで起きているのと変わりないくらいだ。
「それでなんで君は私の前に?」
「え?」
「こうやって貴方が私とお話をするのは何か意味があるんじゃないのかな」
「うん?」
「いや、たがら」
「あ、あー。もしかして君って自分の事を特別とか思っちゃう系の子?」
「え、えっ?」
「まあ、まだ若いからわかるよ。自分が漫画の主人公みたいに運命を持った人物だと思ってるんだよね?だから今のこの状況を一種のイベントだと思ってるわけだ。ゲーム世代って怖いなぁ、なんでもかんでもイベントとかフラグとかだと考えてるんでしょ?」
「ちょ、ちょっとまっ」
「でもさ。普通に、一般的に考えてみようよ。夢、これって夢だよ」
「う、うん。夢っていうのはわかるよ?」
「と言うわけはさ、これも君の脳内で行われているわけだ。それってつまり妄想でしょ」
「いや、そんな事ないんじゃないかな」
「いいや、あるね。僕は君の妄想の産物、つまりぼくのかんがえたパーフェクト七峰紅助なのはカスタムなわけだよ。本人が言うんだ間違いない」
「で、でもさそれだと、妄想だとしたら今の私って妄想に耽るただの可哀想な子になっちゃうんじゃ」
「うん。君は可哀想な子だ」
「真顔で言わないで!?」
「とにかくさ、この夢にはこれといった目的はないんだ。まあ、強いて言うなら本来の夢と同じで記憶の整理かな」
つ、つまりなんだ。
私はこんな夢にも馬鹿にされちゃうような可笑しな人間だったのか。
もしくは馬鹿にされたくて夢までみてしまうような変態なのか。
「君が馬鹿でも変態でもいいじゃん」
「そういうこと言わないでよ!」
「まあまあ、とりあえずさ何か話さない?」
「……なんで?」
「そう警戒しないでよ。ただ暇だからって思っただけだよ。僕が思ってるんだ、君もそう思ってるんでしょ?」
「……別に」
「素直じゃないなぁ。現実の僕にはあんなに素直なのに」
「それは、コウ君だから」
「僕もコウ君だよ?」
「違うよ、何もかも」
このコウ君は本当のコウ君とは正反対だ。
私の夢、妄想とはいえ出来損ないとしか言いようがない。
話す度にコウ君はもっととかコウ君ならばとか、違いが、目の前の彼の綻びが目に入る。
「だったらさ、君って実際の僕の何が好きなの?」
「それって貴方は私の妄想だから言わなくてもわかるんじゃないの?」
「まあね。でも声に出すからいいんじゃん。反芻だよ反芻」
「貴方がそれでいいって言うんなら私もそう思ってるんだろうけど」
「じゃあもう一度聞くよ。僕の何が好きなの?」
悪戯っぽく笑う彼。
一応言っておくが好きなのは君じゃない。
しかしコウ君の何が好きなのか、か。
簡単に言ってしまえば彼の全てが好きだ。頭の先から足の指先まで、優しいところや恥ずかしがり屋なところも。
月並みだけれど本当に好きなんだ、食べちゃいたいくらい。
「君が変態なのはいいけど、もう少し絞れないの?」
「か、勝手に考えてる事をよまないでよ!」
「はいはい、ごめんごめん、んで?」
「…………私、貴方は嫌い」
「そりゃどうも」
なんだかコウ君に申し訳なくなってきた。
目の前のコレがコウ君とよく似た姿をしてるだけでコウ君に対しての侮辱のような気がする。
とりあえず何かあげてよ、と続ける彼を睨みつけ仕方ないと口を開く。
「強いて言うなら、側にいてくれる事」
「ふぅん」
「そう言う全部わかってる、みたいな反応好きじゃない」
「実際に全部わかっているんだけどね、君のことは」
「それでも、だよ」
「はあ、じゃあ次は気をつけるよ。それで側にいてくれる事、本当にそれだけ?」
わかっている、と今言ったくせに一々聞き返すのが胡散臭い。
「本当はもっとあるよ。ただそれが一番ってだけ」
「理由は?」
「……そばに誰かがいるってのはそれだけで幸せなんだよ」
そう、小さい、本当に小さい頃から感じていた幸せだ。
私にとって孤独とは私の知る中で最も不幸な事だ。
それは初めて知った不幸だからであり最も私の深くにあるトラウマと言ってもいい事柄だ。
だからこそそこから救い出してくれたコウ君という存在は私にとって大きな存在であるし救い出してくれたその後も、コウ君は誰よりも私のそばにいてくれた。
そうだから私は彼を好きになった。
「例えば漫画とかで兄妹が恋に落ちる気持ち、私にはわかるよ?」
兄妹って本来は幼い頃には一番近くにいるものでしょ?だから好きになる事もあると私は思っている。
「でもそれって結局報われない恋だよね」
「そうだね。兄妹では一緒にはなれないよ。でも恋をするしないはさ、結果を求めるものじゃないから」
「後に引いたとしても?」
「後に引くとかは個人の問題だよ。それにそんな事は普通の恋愛にだってあるからね」
「まあ、そうか。君にとって恋をする前の僕は兄妹だったの?」
「にゃはは、それはないよ」
それだけは、決してない。
「最初は邪魔者だったかなぁ」
「あはは、邪魔者か」
「うん、人付き合いが苦手だった私にとっての世界って結局家族だけだったから。そこに割り込んできたのがコウ君で」
「信用ならないやつだったわけだ」
「まあね。それにその時の兄妹ってあまりいい感じじゃなかったし」
「ああ、そう言えば向こうから離れていったからね」
そう。別に兄のせい姉のせいと彼等に非を押し付けるわけではない。
私が何も出来なかったのが、家族の力になれるだけのものが無かったからだとわかっている。
しかし、だからといって負の感情を抑えられるというほど私は大人じゃない。
だから私にとってコウ君は兄妹になりえない。
私にとっての兄妹という認識が歪んでいるからというのもあるだろう。
「もしかして、君にとって僕は家族より大きいの?」
「かもね」
小さく笑う私に彼は初めて実際のコウ君によくにた苦笑を浮かべた。
「でも家族だって大切だよ。コウ君とは想いの方向が違うだけ」
「うん、知ってるよ」
「今は誰よりもコウ君だけどね」
「それも知ってる」
また共に笑う。
君は嫌いだけど、こんな空気は嫌いじゃないよ。
君は私を知っていていい、そう思う程度には。
※
目を覚ますと見慣れたコウ君の顔が目に入った。
ナツメ球で淡く照らされた彼の姿を私は何度か瞬きを挟み確かめる。
「……本物?」
初めに口に出たのはそんな言葉。
よく夢は目が覚めると忘れてしまっている、そんなことはあるけど今回に限っては何もかも、そっくりそのまま覚えていた。
そしてそんな言葉を向けられたコウ君は不思議そうに首を傾げる。
「偽物で無いことは確かだけど」
少し困ったように小さく笑うコウ君は私の頭を軽く撫でる。
確かに表情、背格好、どれも見ていた夢の彼とは違い実際の彼のものだ。
「夢でも見た?」
「……うん」
少量の間を置き頷く。
「どんな夢だったか聞きたい?」
「勿論」
頷いてみせるコウ君に満足し私は口を開く。
「コウ君みたいな誰かが出てくる夢」
「つまり俺の偽物?」
「かな。その人と二人でコウ君の事を話してたの」
「え、ん?」
なんでその二人で自分の事を、と思っているのだろう。
不思議な表情を浮かべるコウ君が可笑しくて笑みがこぼれる。
「私がコウ君のどんなところが好きなのかって」
彼の頬が赤く染まる。
まだ慣れないんだ、こういうの?
「あとね、ずっと思ってたけど言わなかったこと」
「何か、あるんだ?」
「うん」
夢の彼とは簡単にしか話さなかったけど、ずっと気にはなっていた事。
「コウ君ってアンバランスだよね?」
「アンバランス?」
「心と身体、て言えばいいのかな」
コウ君の表情は変わらない。
「コウ君って歳のわりに落ち着いてるよね」
コウ君の表情は変わらない。
「私達との差を感じるくらい」
コウ君の表情は変わらない。
「コウ君って」
コウ君が、
「本当は私より年上なんでしょ?」
困ったように苦笑した。
「そうだよ」
どこか面倒そうに頭を掻いて彼は続ける。
「って俺が答えたらなのはどうするの?」
彼の様子に焦りなどの負の感情はない。
だから私はとろけるように笑う。
「コウ君の秘密を聞けるんだよ?」
確かめるように彼の頬に指を這わせる。
その感覚に満足して私は囁く。
「もっと好きに、なっちゃうかも」
やっぱり彼は困ったように苦笑する。
こんな私でごめんね。
やっぱり私は、君が望むようには出来そうにない。
うん。
私には、君を笑顔に出来ないや。