最近の私は調子がいい。
あの紅助さんの偽物が現れた一件以来私の調子は上り傾向にあった。
オークション会場の警備やロストロギアの回収等、数回の任務はあったけどこれといったアクシデントもなく終えている。
慢心なのかもしれないが今更円盤タイプのガジェットには負ける気はしない。飛行タイプには空戦適性が低い私一人では怪しいがスバルとならば一緒ならば。
球状タイプはデータが少ないので微妙だがちびっ子達の話から高火力のキャロ、触手をかいくぐれるだけのスピードをもつスバルかエリオさえいれば…………ん? となると私の必要性は?
……んん、訓練もいい感じだ。
最近はなのはさんも厳しくなってきているけれどその分だけ力が付いてきている実感もある。
そう言えば気になっている事が一つ。
なのはさんの視線だ。
まあ、私の気のせいの可能性もあるわけだが……彼女は私を見るときだけ目つきが悪くなるような気がする。
憎い、と言う感じではない。
……嫉妬?
これでも訓練校ではいい成績をとっているからそういった視線には慣れているつもりだ。
とは言ったものの、私がなのはさんに嫉妬されているものとは何なのだろう?
情けない話ではあるが、私がなのはさんに勝っている所など一つとして無い。と言うか勝つ想像すら出来ない。
彼女は管理局の顔とも言ってもいいエースオブエースに対して私は「努力が得意です」がキャッチコピーな平凡魔導師だ。
どちらかと言えば私が嫉妬していい位のはずなのだけれど。
まあ、私にはエースなんて立ち位置に興味は無いのだが。
私は、まあ、兄の夢を叶え紅助さんの隣に立ちたいだけ。
…………なんて言うのは嘘。
本当は紅助さんに色々してほしいし色々したい。
恋する乙女ですから。なんて。
と、そう言えばもう一つ気になる事がある。
紅助さんとなのはさんの関係。
恋人同士では無いらしい。
フェイトさんの話ではあるが。
話を聞いた時のフェイトさんは格好いいフェイトさん状態ではなくぽややんとしたフェイトさんだったので信憑性が若干薄め。本人に聞いてみれば済んでしまう話ではあるが、そうもいかないのが乙女だったりするわけで。
もし紅助さんの口から恋人だと聞いてしまった場合、
泣く。
ただでさえ彼の前では涙腺が緩くなってしまううえに泣き虫だなんて思われているのだ。出来るだけ私のイメージ改善のため避けていきたい。
なのはさんに聞いた場合では、
まず聞くことが出来ない。
目が怖いし、近付き難いし……
恋人じゃないって言うのが当たっていれば一番なんだけれど……
なるようにならないのが人生だったりして。
…………さて、そろそろ現実から目をそらすのは止めよう。
現在、私が立っている場所は六課の訓練所。
隣にいるスバルと共になのはさんと向き合っている。
訓練が一段落し次の段階に行く前に各隊長との模擬戦を行い自分の実力をしろう、と言うのが今回の簡単な経緯。
つまり、
私&スバルVSなのはさん。
というわけだ。
自信がないわくではない。
しかし、
「やっぱり、睨まれてる……」
なのはさんの視線が怖い。
何故私ばかり見つめられているのだろうか……
何事も無ければいいのだけれど。
※
「そろそろ始めようか」
丁度、心の準備が整った頃、なのはさんから声がかかった。
「はいっ!」
「はい……」
相変わらず元気のいいスバルの声に掻き消されつつ返事をする。
なのはさんはそんな様子の私達を見て笑……わない。私だけ睨まれた。
「それじゃあ」
なのはさんが手を振り上げる。納得のいかない所はあるが何とか気を引き締める。
「スタート!」
《PhonixWing》
振り下ろされ、私とスバルが飛び出した。
同時、
私が飛び込もうとしたビルがなのはさんの魔法で真っ二つに割れた。
「ずっ、るい!!」
文句を言いながら落ちてくる瓦礫を避けビル群の中へ隠れる。
今回の訓練所の環境設定はビル街、隠れられる箇所は多々ある。
こちらの作戦はいつも通りスバルが相手を引きつけつつ私は状況管理と援護、ついでに隙を見て攻めるといった所。
ビルの隙間を駆けつけつつ幻影系の魔法を使うのも忘れない。
マーカーを付けた場所に私の姿が浮かび上がる程度であるがサーチャーを騙す程度には使えるはず。
こちらのサーチャーを確認するとスバルがウイングロードを駆使して駆け回っている。
つかず離れずなのはさんを牽制し魔力弾に捕まらないようビルの影を使って動き回っている。
「こっちも負けてられないっ」
そう意気込んで更に一歩踏み出した、瞬間。
仕掛けていた幻影が全て墜とされた。
「なっ!?」
思わず後ろを振り向いたと同時、私の背中を追うサーチャーを発見する。
サーチャーの後方には追随するように数個の魔力弾が飛んでいる。
恐らく私との接触と同時に幻影を墜とすようコントロールしたのだろう。
幻影を墜とした理由は、
こちらのサーチャーが映す。
なのはさんの口角が持ち上がるのを。
私を脅かす為か。
「性格、悪いっ!!」
吐き捨てるように言って飛来する魔力弾にクロスミラージュを向ける。
迎撃に放った魔力弾、それが相手側の魔力弾に避けられるのを見て舌を打つ。
ただの追尾型じゃ無い。一発一発をなのはさん自身がコントロールしている。
スバルが同様の魔力弾に追われている事を頭の端で捉えて更に舌を打った。
あの人はいったい何発の魔力弾を操れるのかっ。
ステップを踏み魔力弾を避ける。
幸い急な制動は出来ないようで避けた魔力弾は円を描くような軌道で再度私に向かってきた。
「相手が避けるなら!」
再度二発の魔力弾を射出、一発は一拍遅らせて。
一発目の魔力弾がぶつかる瞬間、案の定先ほどと同じ様に避けられる。
が、同時に避けた軌道に二発目の魔力弾が炸裂した。
甲高い音をもって破裂する両者の魔力弾。
回避先の算出、基本の基本といったところか。
やはり数がある分だけ動きは緩慢だ。一発ずつ対処すれば。
「だいじょう」
ぶ、と呟こうとしたその時、背後からの魔力反応。
高速で接近する魔力弾。
だからどれだけ操ることができんのよ!?
そう、文句を口にするより速く、その魔力弾が背中に炸裂した。
サーチャーでなのはさんの口角が更に持ち上がるのを確認して、
「ふふっ」
思わず、笑ってしまった。
魔力弾にぶつかった私の体がぶれる。
そして皮が剥がれるように形を変え、辺り一帯にオレンジの魔力弾をバラまいた。
その光景を少し離れたビルの影で確認し内心ガッツポーズ。
魔力弾との攻防の中で幻影と入れ替わったかいがあった。
私の使う幻影の魔法は何も『見せる』だけではない。
その気になれば『見せない』ことだって出来る。
だから一度目の魔力弾を回避したステップで私は姿を消し変わりに魔力弾が詰まった幻影を置いてきたわけだ。
この幻影は中に詰まった魔力弾をコントロールする事で打ち出せるのでわりと便利だったりする。
まあ、今の私では一体作るので精一杯だが。
とりあえず今のうちとスバルとなのはさんが目視できる位置に移動する。
どうやら接近戦も出来るなのはさんにスバルはまだ牽制で止まってはいるが
、
「状況を崩すとしたら、私か」
とは言ったものの、出来ることといったら隙をつくくらいか。
クロスミラージュに魔力を貯めつつその機を待つ。
スバルが何時までもつか、それを考える。
使い潰す訳ではないが私のポジションでのアイツの扱いを悪く言うなら『駒』なのだ。
アイツをどうあつかい、勝利まで持って行くか、私はそれを考えなければいけない。ただ、冷静に。
しかし、勝利の前に最小限の犠牲で、とは付くのだが。
ゆっくりと魔力の動きを悟られないように魔力を溜めると同時に頭を回転させる。
と、この時点で私は考えておくべきだったのは、
『邪魔』
『スバルが何時までもつか』ではなく『なのはさんの我慢がいつまでもつか』だったのだろう。
『邪魔、邪魔邪魔邪魔邪魔ッ』
サーチャーにのってなのはさんの声が耳に響く。
その声は苛立ったもので彼女のデバイスに注がれていく魔力を感じ取り思わず目を見開いた。
「スバルっ、離れて!!」
叫ぶと同時、溜めていた魔力を解放する。
《DivineBuster》
が、遅かった。
放たれる光がビル群を薙払っていく。
私の放った魔法を飲み込むようにかき消してなのはさんの砲撃はスバルのウイングロードを滅茶苦茶に破壊していった。
瓦礫達と共に埋もれていきスバルを視界にとらえるながら、砲撃から逃れていた私のサーチャーはしっかりと映し出していた。
彼女の涙と、言葉を。
『…………邪魔、しないで』
この声音は聞き覚えがある。
私が、兄さんを失った時の。
『私とコウ君の、邪魔、しないでよ』
あっ。
欠片が、揃った。
私への視線とか、態度とか、彼女の涙とか、
まったく、あの人は。
吐き出しそうになる溜め息を飲み込む。
(スバル、大丈夫?)
(な、何とか大丈夫かな)
念話を飛ばし状況を確認し、
「見つけた」
声を聞いた。
(こっちが大丈夫じゃないっ!!)
《CalamityEnd》
手刀一閃。
半月状の魔力刃が飛来し私のいたビルを切り裂く。
とっさにビルから飛び出し魔力で構成したアンカーで隣のビルに飛び移った。
うるさい心臓の音を無視、なのはさんを見て、
思わず、息をのんだ。
相変わらずなのはさんは私を鋭い目で睨んでいて、
「みんな、私の邪魔して」
相変わらず怖くて、
「私達を、遠ざけて」
だけど、何故か、
「返して」
その顔が、
「ねぇ、ティアナ」
あの、祈るようなフェイトさんと被って見えた。
「返してよ」
それはやっぱり、
「私のコウ君を、返してよ」
彼女も、あの人を。
私と同じ。
納得して、苦笑する。
「本当に、紅助さんは」
まるで子供のように顔をくしゃくしゃにして泣くなのはさんを見る。
(スバル)
(ちょっと待って)
「ディバイン、バスターッ!!」
叫び声と共に青い閃光が瓦礫の山を貫いた。
ぽっかりと空いた穴から飛び出してくるスバル。
こちらも変わらず元気だ。
笑顔を見せる彼女に近づく。
「なに、ティア」
「今回は、私がもらっていい」
「うん?」
「今のなのはさんは私じゃないと駄目なの」
いや、違うか。
「私がそうしたいから、私にちょうだい」
「……ふぅん」
スバルは目を細めるとなのはさんを見た。
「紅助さん、だね」
よくわかってるようで。
「いいよ、ティアに任せる」
「ありがと」
「いやぁ、恋する乙女には勝てないよ」
「う、うっさい!」
「あははっ、それで私は?」
「まったく……私を、なのはさんの前までつれてって」
「了解!!」
姿勢を低く、スバルはクラウチングスタートで構える。
「それじゃあ、始めようか!」
飛び出す。ウイングロードを伴って空へと駆け上がった。
すかさず迎撃の魔力弾が飛来、それを弾き飛ばしスバルは笑う。
「軽い! 集中出来てませんよ、なのはさん!」
「うる、さいっ。スバルには、関係無いのに!」
「私はティアの親友ですから関係ありありですよ!」
笑みをこぼしながら空を駆け回るスバルにつられ頬が緩んだ。
私は兄妹に恵まれたと思っていたけど、友人にも恵まれていたようだ。
「よしっ」
緩む頬を引き締めスバルが残していったウイングロードを登る。
当然、魔力弾が飛んでくるが先行しているスバルがそれを弾く。
「行って、ティア!」
「わかった!」
迫り来る魔力弾、魔力刃、砲撃。
弾き、逸らし、避ける。
正直に言うと怖い、馬鹿みたいに怖い。
でも私の前にスバルがいてくれるから、
笑顔だって浮かべられる。
「ぁあ」
もう少し、
「ぁああ」
もう少し、
「ぁあああ」
もう、少し、
「ぁああああ」
もう、少しで、
「ぁあああああああああああああああっ!!!!!!」
届く、はずなのに。
なのはさんが膨大な魔力が籠もる腕を振るった。
まるで津波のような魔力の壁が視界一杯に広がる。
恐怖が、体を縛られる。
落ち着け、落ち、着け!
あれは見たところ前面に魔力の衝撃波を放つタイプの魔法。
この距離と私達の速さでは回避は無理。
防ぐしか、ない。しかしあの威力の魔法に私が防御魔法を張ったところで焼け石に水。
防ぐ事は、出来ない。
どうする。
どうする。
どうすれば、
心臓がうるさい。
一秒が長く感じる。
頭が馬鹿みたいに回転する。
防ぐ方法なんて、
「ティア!!」
ない?
「みんなみんなみんな、消えっろぉおおおおおおおお!!!!」
《CalamityWall》
私の目の前に飛び出したのはスバルだった。
なのはさんの放った衝撃波によって全てが吹き飛ばされる。
歯を食いしばるスバルが見えた。
私を、守るため、
私の、盾になって、
「ティ、アッ」
スバルがなのはさんを指す。
そこには一直線にウイングロードが構成されていて、
「あとは、任せた……から」
胸が熱くなった。
駆ける。
すぐ目の前にはなのはさんがいてレイジングハートをこちらに向けている。
「ティア、ナァアアアアッ!!」
咆哮。
同時、砲撃魔法が視界を覆う。
「こっのぉおおおお!!」
返すように吼えてクロスミラージュに構成した魔力刃を振るう。
重、い。
想像以上の威力で砲撃魔法は私を押し返そうとする。
だけど、
歯を食いしばる。
魔力を振り絞る。
スバルがそうしたように。
私は、止まれない。
止まらない。
「スバルにっ、背中押されたんだからぁああああっ!!」
一閃。
砲撃を斬り割き一歩前にでる。
「っ、止ま、れぇっ!」
レイジングハートを捨て、振り下ろされる手刀の一閃。
「なっ!?」
それが、私の幻影を切り裂いた。
「二度目、ですよっ!」
更に一歩。
同時に右腕を振り上げ魔力刃をなのはさんに向けた。
「まだ片手が残ってるっ!!」
追撃の手刀が私の右腕を切り裂き痺れるような痛みが右腕に走り抜けクロスミラージュが手からこぼれる。
だけど、
「私も、ですよ」
勝利を、確信した。
両腕を振り切ったなのはさんに魔力が溜まりきった左手のクロスミラージュを突きつける。
時が止まったような感覚だった。
今までの出来事が嘘のように静まり返った空間がそこにあった。
私はなのはさんを見つめて。
なのはさんは涙を零した。
「なのはさん」
私の言葉はやけに響いて、
「私は、紅助さんを愛しています」
少し、恥ずかしかった。
「なのはさんも、ですよね」
なのはさんの瞳が見開かれる。
可笑しな顔に少しだけ笑みがこぼれた。
「私も、みんなも、同じなんです。誰かを好きになったり、愛したり」
だから、
「焦らなくてもいいんですよ」
涙の一滴が落ちる。
私は笑った。
「少し、頭を冷やしましょうか?」
《PhantomBlazer》
つくづく思う。
私は損な性格のようだ。