俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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番外1.私の私

 

私が彼を好きになったのはいつの事だっただろうか。

 

たしかあれは闇の書による一連の事件が落ち着いてコースケが目を覚ました頃。

私がなのはの代わりに入院中のコースケを看ていた時が始まりだったのかな。

 

 

「…………あっ」

 

 

パチリと目を開いたコースケを見て、そんな間の抜けた声が漏れた。

思ったことは本当に目を覚ましたんだ。そんなことだったと思う。

都合上、私がコースケの目覚める姿を見たのはこれが初めてで少し驚いたこともあった。

 

「……テスタ、ロッサ?」

 

少し枯れた、しかし聞き覚えのある声が響く。

まだ眠たそうな瞳をこちらに向ける彼を見て安心した。

 

目覚めない彼を何度も見たから。

 

涙を流す友達と一緒に。

 

それを目にする度に彼はもう目覚めないのではないだろうか、と思った。思ってしまった。

自分の無力さに嘆いた。あと少し早ければ、なんて数え切れないほど後悔した。

 

 

しかし、涙は流せなかった。

 

涙を流したところで、なんて考えもあったけれどそれが本心と言うわけではなかっただろう。

 

 

なのはやコースケと私は違うから。

 

 

胸の中で燻っていた闇。

皆に言ってしまえば怒られるだろうけど私は私が一番信じられない。

 

母に貰った記憶だったり。

 

この身体だったり。

 

どこまでが私で、どこからが私ではないのか。

 

不安で仕方なかった。

 

だからなのは達が泣く分だけ違う私が、なんて考えもあった。

 

真っ当な人間では無いのは確かにコンプレックスではあったし何故なのはと同じように産まれなかったのかともよく考える。

 

だけれどもその時だけはソレに感謝した。

 

皆とは違う自分に、

 

泣かない自分に、

 

コースケのために動ける自分に、

 

 

なんて風に。

 

今になってみると恥ずかしい。

 

まあ、だけど私も少しは成長していたようだ。

闇を超えて、私は少しだけ強くなったんだと思う。

 

 

だから、

 

 

気が付けば頬に涙が伝っていた。

 

 

コースケが目覚めてくれたのが嬉しくて、名前を呼んでくれたのが懐かしくて。

 

 

本当のことを言うと彼に聞きなれるほど名前を呼んでもらった覚えは無い。

当時の私は彼と仲がよかったわけではないし私が彼を友達と思っていても彼が私にそう思っているとは考えていなかった。

出会った頃からどこか避けられているようにも感じていたしなのはとのビデオレターにも彼が出てくることは稀だった。

 

だけど私の名前を呼ぶ彼の声が聞きなれていると思ったのは気のせいではないのだろう。

 

 

彼の声は私の耳によく響く。

 

 

別に特別なことでもないだろうし、他の人もそうなのかもしれない。

だけど私にはとても特別に気がして涙が止まらなかった。

 

 

「泣くんだ……」

 

どこか面白くなさそうなコースケが呟く。

 

「嬉しいん、だもん」

 

拭っても拭っても絶えない涙を流す私に彼はため息を吐いた。

 

 

「見飽きた」

 

 

そういう彼は私の頬に手を伸ばし流れる涙を拭う。

 

「高町にユーノ、バニングスや月村だって泣いたし、初めて顔を合わせた八神もそうだった」

 

しかたないよ、そう思う。

なのはは勿論すずかやアリサ、あのクロノだってコースケを心配してた。結局のところ、私も。

だから心配させた分だけ当然。そう思っていた。

 

 

「笑ってくれたっていいのに」

 

 

小さく、本当に小さく呟かれた言葉が耳に届くまでは。

 

彼の弱いところを始めて見た。

初めて出会った時からなのはを守っていたし今回だってそう。

彼に聞いたら違うって否定するだろうけど私から見たコースケは優しくて強い人。

 

ふと、『私ってコースケの何を知っているのだろう?』なんて疑問が頭に浮かぶ。

 

何も知らない。

 

私は彼の事を『よくわからない男の子』なんて言ってわかろうとする事を止めていた。

なのはみたいに話をしたわでもなく、ただ完結していた。

 

 

だから

 

 

引きつる頬を無理やり持ち上げる。

 

 

涙は止まらなかったけどそれは仕方がない。

 

 

 

「あ、ありがとうっ。ありがとう、コースケ」

 

 

 

笑顔。

 

 

 

しっかりと笑えているなんて思えない。

もしかしたらただの泣き顔になっているかもしれない。

 

そんな私に彼は大きく息を吐いてみせる。

 

 

「……コースケじゃなくてこうすけだ」

 

 

言われた言葉にびくりと肩が震えた。

しかしコースケはしっかりと私を見据え、

 

 

 

「でも、まあ」

 

 

ゆっくりと、

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

苦笑した。

 

 

それが、私のコースケに対する『知りたい』の一歩目で、

 

 

私の【好き】の始まり。

 

 

 

 

 

 

それから私の『知りたい』は日に日に大きくなっていったんだと思う。

 

コースケが退院した後はよく彼の後ろについて歩くようになっていた。

そんな私にコースケは少しだけ不思議そうにしていたけど引き離そうとはしなかった。

そういうところがコースケの優しさなんだって気が付くのにはさほど時間はかからなかった。

 

「甘いものが好き」

 

そのコースケの言葉を聞いてなのはからクッキーの焼き方を教えてもらったことがあった

 

「おいしかった、ありがとう」

 

その言葉が嬉しくて何度も焼いて持っていったり違うお菓子の作り方を習ったりしたのを覚えている。

そのたびに見せる彼の笑顔がとても綺麗でいつの間にか目的が『コースケの事を知る』から『コースケの笑顔がみたい』に変わっていた。

この頃から私はコースケのことが完全に好きになっていたのだろう。

思い出してみるとなんて単純。

 

そしてこの頃の私はコースケを中心に回っていた。

コースケといるときはどうやったら笑ってくれるのだろうと考えて一緒にいない時は、やっぱりどうやったら笑ってくれるのだろうと考えていた。

そんな日々が続いて私の彼への想いが特別なものなんだって気付いたのは簡単な事だった。

 

たしかなのはが管理局の仕事でいなかった日。

私はこっそりとコースケの家に遊びに行った。

 

彼が気に入ってくれたクッキーを片手に彼のもとに向かう。

今日はどんな笑顔を見せてくれるだろう、なんて考えると頬が緩んだ。

 

だから、つまらなさそうな顔をしていたコースケを見て思わずムッとしてしまった。

なのはがいないせい、ということがわかったってこともあったからだと思う。

ぼんやりと庭の木を見つめているコースケの隣に腰を下ろす。

 

「テスタロッサ?」

 

突然現れた私に彼は驚き目を丸くする。

そんな彼に対し無言でクッキーを一枚差し出す。それを見たコースケが困っていることもわかった。

いきなり、どうして、なんで、といったところだ。

何も言おうとしない私にコースケは仕方なくクッキーを口に運ぶ。

頬が密かに緩むのが見えた。同じように私の頬も緩む。

一枚食べ終えるごとにもう一枚、もう一枚と手渡していく。

文句も言わず黙々とクッキーを口にするコースケに優しさを感じた。

彼には私が不機嫌な事なんてわかっていたんだろう。

ちょうどクッキーが最後の一枚になったころコースケが口を開いた。

 

「俺はテスタロッサの作るお菓子、好きだな」

 

言われた言葉に胸が痺れる。

 

「ずっと食べているから美味しくなっていくのもよくわかったしね。テスタロッサって周りにいる奴ことばかり考える癖があるからさ人の為の料理とか得意なのかな?」

 

首を傾げるコースケに目を奪われる。

彼の一挙一動が気になってしまう。

元々は彼が気になっただけだ、今でもそうなのだが。

だけどこんな気持ちになったことは無い。

胸が締め付けられるように痛む。だけどそれが心地よくておかしくなりそう、そんな不思議な気持ち。

 

なのは達、友達に向けるものとは違う。

 

コースケが私の事を口にすると、私の事を考えてくれていると思うと。

 

何なのだろう、この気持ちは?

 

もしかして、私は。

 

「だから、別に俺だけにくれるんじゃなくて…でも俺にくれるのは嬉しいんだよ。その、味とか好きだし。美味しいし。あー、なにが言いたいかと、いうとだな。えっと…その」

 

 

私はコースケが?

 

 

「その……ありがとう」

 

 

好き?

 

 

思わず握っていたコースケの手は暖かく、すぐそこにコースケがいてくれる事を感じさせてくれた。

 

 

 

 

 

 

そうだ、私はそうやって恋をしたんだっけ。

 

目を開き思い出を断ち切る。

 

時計を見ると思っていたより時間がたっていた。

張り切りすぎて待ち合わせ時間よりかなり早く来てしまったけれど丁度よかったのかもしれない。

 

「来るならそろそろ、かな?」

 

口元がにやける。

 

自分の姿を見直す。

 

うん、変なところは無い。

 

久しぶりにクッキーも焼いてみた。

 

腰を下ろしていた噴水の縁から立ち上がる。

 

「よし!」

 

なんて意味も無く気合を入れて拳を握り締めた。

 

 

あとは、

 

 

「悪いフェイト。遅くなった、かな?」

 

 

そう言って現れた彼に微笑んであげるだけ。

 

 

胸がトクンと跳ねたけど、やがて静かに収まった。

 


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