突然現れた結界。内部へ入ろうとするものを拒絶するソレに私の中の何かが警戒を促していた。
何かがある。ソレは簡単にわかった。この公園を包む結界の中にいたのはコウ君が一人だけ。
コウ君に何かが。
そして私が結界の内部に入って最初に見たものはおかしなものだった。
結界の中心にソレは立っていた。
コウ君の形をしたナニカ。
それは結界の中に入ってきた私を笑顔で見ていた。
「貴方はナニ?」
地面におりて問う私にそれは少し驚いたような顔をした。
「俺が偽物だってわかるんだ?さすがというかなんというか」
可笑しなを言う。目の前の人物のどこがコウ君と一緒と言えるのだろうか。
お前のようなのが千人いてもその中からコウ君を見つけられる。
「それで、貴方はナニ?」
「まぁ、待てよ。そんなことより」
「貴方はナニ?」
思わずレイジングハートを突きつける。焦り出すそれに少しだけすっとした。
あのニヤニヤとした笑い方はコウ君の顔でしていいものではない。
しかたないなぁ、なんてそれは頭を掻いてこちらを見た。
「俺、七峰紅助のクローン」
え?
「プロジェクトFって知ってるだろ?あの技術で作られた人造魔導師」
頭の中が白くなった。
コウ君の、クローン?
困惑する私にそれはニヤリと笑う。
「なんでどうしてって顔だな?特別に教えてやるよ」
ククク、そう喉を鳴らす音が響く。
それは私を指差した。
「お前のせいなんだよ」
何を言われたのかがわからなかった。
「セルジオ、って名前に聞き覚えがあるよな?」
先生の名前が出るまでは。
「まさかっ!?」
「そのまさかだよ。そいつが俺の生みの親。その名前は偽名なんだけどな」
「本名は教えてやらねぇ」と笑うそれ。
膝の力が抜けた。目の前のこれが先生に造られて、そしてコウ君のクローンだと言うのなら、
「お前が勧めてくれたおかげで俺は生まれた。感謝してるよ。お前がいてくれたからオリジナルのことを親父が知れて、簡単に身体データまで採取できて、そして俺が生まれて」
それが吐き出す言葉が胸に突き刺さる。
どれもこれも私のせいだった?
先生と出会ったから?先生にコウ君を教えたから?
コウ君にクローニングを勧めたから?
私がコウ君に両腕をなくさせたから?
私がコウ君と出会ったから?
「そうだ。あれを見ろよ」
それは横を指して言った。
首を動かす。
嫌な予感はしていた。
コウ君はどこに行ったの、とか。
コウ君になにをしたの、とか。
だから私は後悔した。
こんなやつと話している場合じゃなかった。
コウ君の心配だけをしていればよかった。
コウ君を探していれば良かった。
だってそこには、
コウ君が倒れていた。
左腕がなく右腕はおかしな方向に曲がっていた。
「コウ、君?」
口から出たのは心配の声や悲鳴じゃなく疑問だった。
コウ君のそんな姿を想像した事がなかった。
どこかでコウ君は誰にも負けないと思っていた自分がいた。
だから、フェイトちゃんやはやてちゃん、ヴィータちゃんにだって本当は負けないんだって、思っていた。
いつも私を守ろうとするから、
私が足を引っ張ってるから、
私がいたからコウ君は、
なんて、
「中々歯ごたえはあったよ。やる気が無いようだったからお前を殺す、なんて言ってやったら本気になってさ。そのくせがむしゃらになりすぎてあの様だ。戦闘中に冷静にってのの良い見本だな」
「ま、俺が煽り方を間違えたんだけどさ」そう言ったそれに血の気が引くのがわかった。
また、私のせいだ。
コウ君がああなったのは全部私のせいだった。
私が、いたから。
コウ君はいつも私のせいで。
私は、私は、
「でさぁ」
それが口を開く。
「流れ的にお前を殺さなければいけないわけなんだが」
振り上げた腕が私に向けられている。
あれが私を殺すのだろう。
体が震える。
怖い。
死にたくない。
嫌だ。
だけど、
私のせいでコウ君が苦しむのなら。
私がいなくなれば、コウ君は、
目を閉じる。
ため息が聞こえた。
「お前たちは自殺願望者かなにかなのか?」
意味がわからない。そう首を振るそれ。
「これから殺す俺が言うのも可笑しいがお前ら馬鹿だな。自分の命を投げるとか馬鹿だよ」
確かに馬鹿だ。
さすがはコウ君のクローンだ。言うことだけは正しい。
だけどその言葉は正しい人に向けるべき言葉だ。
私は馬鹿だから。
馬鹿だからコウ君のために死ねる。
怖い、死ぬほど怖い。
それでもコウ君のためにと思うだけで私は。
「言って聞く馬鹿じゃないってやつだ」
空気の質が変わったのがわかった。
瞼越しからそれの腕が引き絞られる様がなんとなくわかった。
「じゃあな」
何かが風を切る音がした。
肉を穿つ嫌な音。
痛みは、無い。
目を開く。
コウ君がいた。
お腹を貫かれたコウ君が私を見て笑った。
涙が流れる。
なんで?
なんで私を助けてくれるの?
「コウ、君」
コウ君の腹からあいつの腕が生えているように見える。
「結局こうなるのか」
それはつまらなそうにそう言って腕を引き抜いた。
途端にコウ君は倒れ、多くの血が地面の上を流れる。
同時、コウ君が首にかけていたチェーンが千切れお揃いと言って渡した指輪が転がる。
「あ、あぁ」
コウ君に伸ばそうとした手が遮られる。
それの腕がコウ君を抱き上げた。
「任務完了っと」
それに先ほどみた嫌な笑顔はない。
何を考えているのか全くわからない無表情。
「じゃあ、こいつはもらってくから。こいつとはそう言う話だったから」
淡々と話すそれに私は目を見開いた。
「わ、私は!」
「あん?」
それは不思議そうな顔でこちらを見た。
「私は殺さないの!」
「はあ?なんで殺さないといけないんだよ」
「だ、だって!」
叫ぶ私に酷く面倒臭そうにため息を吐いて私を指差す。
「俺の任務は七峰紅助を殺してでも親父のもとに連れて行くことだ。お前を殺す理由がない」
というか、とそれは続けて口を開いた。
「お前って殺すほどの価値も無い。オリジナルがいないと何も出来ないくせに」
言葉も出なかった。
確かに私はコウ君がいないと何も出来ない。
だって、コウ君は私の全てだから。
コウ君を担いだそれはゆっくりと浮かび上がる。
「じゃあ、次こそ行くから」
伸ばした手は空をきった。
立ち上がろうとして力が入らず転ぶ。
やっぱりコウ君がいないと私は何も出来ない。
「ま、待って」
這うように近づく。
そんな私をそれはため息を吐く。
「待たねぇよ。いい加減人に頼るな」
二人が消える。
私は全てを失ったようだ。