孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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二ヶ月も開けてしまいました……申し訳ありません!!

まあ、申し開きはあとがきでする事にして、このお話から第二章突入です!

第六話、ゆっくりしていってね



第二章
第六話 「新たな王の凱旋」


{賢人議会議員、エリック・フローレンスのレポート "北の女帝"リーリス・ボレツカヤの項より抜粋}

 

 

  リーリス・ボレツカヤは、六番目に誕生した神殺しであり、故国であるロシアを拠点に北欧、アラスカなど北の大地を支配している若き"女王"だ。

 

  彼女が有する権能は、『命無き純白の氷海(ザ・クルーエルクィーン)』、『月女王の邪眼(イヴィル・アイ)』、『妖しき水姫の歌(ソングストレス・ザ・デッド)』など容赦無く全生命の命を奪い取るもの、恐ろしいまでの冷酷さを感じさせるものばかりだ。それ故、人は彼女を"北の女帝"と呼ぶ。

 

 

 〈中略〉

 

 

  さて、彼女は軍谷伊織の戦歴を語るにあたり忘れてはならない存在である。

 

  武術と魔術に秀で、強力な権能を有するという点、またある種のカリスマによって多くの魔術師達を従えるという点で、二人は類似点が多い。性格は似ても似つかないが、その本質は変わらないようだ。

 

  そして、似た者同士であるが故に、二人は強くお互いを意識し合う。他のカンピオーネとは比べ物にならない程に。

 

  彼らが矛を交える事、実に七回。"万勝の王"たる軍谷伊織も、彼女との戦いにおいては完全な勝利を掴んだ事はなく、その雌雄は未だ決していない。

 

  ここまで読むと彼らは激しく敵対しているように思われるだろう。だが、それは大きな間違いである。

 

  彼らは敵対し合ってなどいない。憎み合っても嫌い合ってもいない。彼らは、お互い近しい存在であるが故にお互いを深く理解し、お互いを認め合っている。

 

  ならばなぜ戦うのか――そのような問いは彼らの前では無意味だと、そう思って頂きたい。

 

  神をも殺すカンピオーネ、その心を真に理解出来るのはカンピオーネのみ。彼らがなぜ戦うのかは、彼らがなぜ神を殺せたのかと問うことに等しい。

 

  だが、彼らの思惑が何であれ、その繋がりは切っても切れないものであるはず。

 

  故に、彼女には解っているのかもしれない。あの“災厄”の後、彼が何を心に刻んだのか。何が彼を、孤独な放浪へと導いたのか。

 

  "万勝の王"が、何を以て敗北したのか――。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 

  東京都文京区、本駒込。高級住宅街として知られるこの街の一角に、その家はあった。

 

  南側を正面として、北、東、西の三方を木々で囲んだ日本屋敷。内装も純和風で、大部屋は無く十畳の部屋が複数あるばかり――それが軍谷家の邸宅である。

 

  約六年もの間主人不在で、たまに親類の者が掃除に訪れる程度のこの屋敷は、この数週間で昔通りの人気を取り戻した。

 

  そう、この家の主、軍谷伊織が帰ってきたのだ。

 

 

 /◯/

 

 

【軍谷伊織】

 

 

  台所に、野菜を切るサクサクという音が心地良く響く。一緒に、お湯が煮え立つフツフツという音もする。

 

「……こんなものかな」

 

  今しがた刻んでいたホウレンソウを鍋の中のお吸い物に入れて、伊織はふぅと一息ついた。

 

  日本式の台所で料理するのは本当に久しぶりだが、意外に体は手順を覚えているもので、思っていたよりスムーズに調理出来た。なので最近は料理をする事が楽しくなってきている。

 

  "万勝の王"やら何やらと呼ばれ、魔王カンピオーネとして崇め恐れられようと、結局の所自分は変わらないのだ。

 

「――さて」

 

  朝食の準備を終え、戸棚から器を取り出しながら、伊織は頭だけを振り向かせ、息を吸い、

 

「おーい、恵那!朝飯の時間だぞーー!」

 

  ここ数週間、生活を共にしている同居人の名前を呼んだ。

 

  まつろわぬイザナミとの戦いから、既に一ヶ月。もう一年ぶりになるであろう、伊織にとって平穏な休息の時である。

 

 

 /◯/

 

 

「(ズズーッ)……もう一ヶ月くらいになるけどさ、やっぱり(ムシャムシャ)……伊織さんの料理は最高だね(パリパリ)」

 

「食べながら喋るのはやめろよ、恵那。行儀が悪いだろ」

 

  台所と繋がっている居間で、伊織と恵那は朝食を食べながら会話を交わしていた。

 

「あ、ごめんなさい。……いや、でもね、恵那はすっごくビックリしちゃったよ。伊織さんって、本当に何でも出来るんだね!魔術はそれこそ神様みたいに扱い上手いし、武術だってデキるみたいだし、それにこんな風に料理だって上手いし――」

 

「おいおい、さりげなく武術とか魔術と料理を一緒の扱いにするなよ」

 

  なんかこの()はずいぶん他人を褒めちぎるなあ、とここ一ヶ月でもう何百回目かの呆れのため息をつき、伊織はお吸い物をすすった。

 

「武術とか魔術は、カンピオーネとして生きていくのに必要なものだが、料理とか家事とかはそれ以前の問題、一人の人間として生きていくのに必要なもの。出来て当然の事だろ、出来て」

 

「伊織さん伊織さん、そんな発言したら大抵の日本人男性を否定する事になるよ」

 

「あー……まあ、最近は料理好きの人も増えてるけどな」

 

  しかし恵那から聞くとやたら違和感のある発言だなあ、と内心で眉を潜める。

 

「まあ、料理は昔の仲間に教えてもらったんだよ。一人でも身の回りの世話が出来るようにしないと、ってな」

 

「仲間?」

 

「ああ、昔一緒にいた奴だ。俺の世話役をやってくれていたんだが、「身の回りの事を自分で出来ないのはニートですニート」って言って色々教え込まれた」

 

「……それまた大変だねえ」

 

「まあ、それで助かってるところも多いんだけどな」

 

  ――今の境遇になってからは、尚更に。

 

「まあ、そういう訳だから、身の回りの事はどうこう案じなくていい。食い物の事とかも、ちゃんと気に留めておくから」

 

「うん、ありがとう伊織さん。……ごめんね、恵那のせいで食べ物に偏りが出ちゃって……」

 

  恵那の神がかりは、その身を清浄に保たなければ使うことの出来ない力。軍谷家の『富士塚』で人里の俗気を絶つことは出来るが、それだけでは不十分。肉や魚などを断ち、時には五穀断ちも行わなければならないなど、食にも気を遣うのだ。

 

  だが、カンピオーネの監視役などという大役を押し付けている身だ。彼女に不自由があっては申し訳ないし、自分の不利益にもなるのだから、注心しなければ――というのが、伊織の考えである。

 

「気にしなくていいさ。こういうのもなかなかに楽しいし、それに俺が好きでやってるんだから、お前が気に病む事は何もない」

 

「……うん、ありがと」

 

  照れ臭そうにクスッと笑って、恵那はお吸い物に手をつけた。

 

 

  /◯/

 

 

「……さて、今日は何をするかな……」

 

  朝食もその片付けも終えて、いざ始まった一日。伊織は自分の部屋で書棚の整理をしながら、一息ついていた。

 

  伊織の部屋は、一見普通の寝室と大差ないように見える。布団を閉まってある押入れと箪笥、机や書棚。それくらいしか目に付くものはない。

 

  だが、それなりに腕を磨いた魔術師なら一目で看破するであろう、複雑極まりない魔術的措置がそこかしこに施されていた。

 

  それは、例えば彼の本棚に収められた数冊の魔導書の管理・保管のためであったり、侵入者を感知し防ぐ防犯のためであったり、あるいは冷暖房のためであったりと様々だ。

 

  これら全ては、伊織が幼少の頃暇を持て余して組み上げたもの。長年の間主が不在であっても、それらは機能を果たし続けていた。

 

「やらなきゃいけない事は粗方終わったけど……暇が出来ると途端に働きたくなるな。これがワーカーホリックの心境なのか……?」

 

  この家に戻ってからはまず術式の調整や大掃除に追われ、それが終わったと思えばいきなり発生した『とある事件』への対応に追われ、実際のところ本当に暇が出来たのはつい一昨日の事だ。ゆっくり出来る時間があるのはいいことだが、永らくそういう時間を過ごしていなかった分手持ち無沙汰な感がないでもなく、少し退屈ではある。

 

  とりあえず、この書棚にたまった本の読破でもしてみるか――そう思い、ズラリと並ぶ中の一冊に手を掛けたところで、

 

「伊織さーん、電話だよー」

 

  据え置き電話の子機を持って、恵那が部屋に入ってきた。

 

「ああ、ありがとう恵那。誰からだ?」

 

「甘粕さんからー」

 

  その名前を聞いた瞬間、伊織の思考回路が切り替わった。どうやら、久々の暇も潰れてしまったらしい。

 

「――もしもし、軍谷伊織だが」

 

『ああ、どうも軍谷さん、四日ぶりです。先日は御協力ありがとうございました。何かお変わりありませんか』

 

  甘粕冬馬。正史編纂委員会のエージェントであり、沙耶宮馨の部下として活動している男だ。伊織はこの家の管理や沙耶宮馨と交わした“契約”、その他諸々の件で彼とは何度か顔を合わせている。

 

「ああ、問題ないよ。――それで、要件は?」

 

『はい、唐突で申し訳ないのですが、今日御宅にお伺いしても構いませんかね?先日の件――まつろわぬアテナ襲撃の件、特に、あなたの御同族の事について、少々お話したい事があるんですよ』

 

  伊織の片眉が、微かに動いた。

 

「了承した。そっちの都合に合わせて構わない」

 

『痛み入ります。……ああ、そういえば先日御協力頂いた“後掃除”ですが、無事完遂致しましたよ。誠に感謝してますと、馨さんも仰ってました』

 

「ああ、そうか。それは良かった。……まあ、戦ったのは俺なんだから、後始末はきちんとしなけりゃと思ったんだ。むしろ手間をかけて悪かったね、君達には」

 

『いえいえ、お気になさらず。――そういえば、どうですか?恵那さんとの共同生活は』

 

  不意に声の調子が変わった。軽い話をする時の、軽薄な感じの声だ。

 

「……どう、とは?」

 

『いえいえ、なんかこうドキドキするタイミングとかあったりしませんか?』

 

「……は?」

 

  意味がよく分からない。毎度の事ではあるが、甘粕冬馬は何かとこういう不可解な話題を振ってくる。

 

  伊織が無反応なままでいると、甘粕冬馬はこちらがポカンとしているのを察したのか、絶対受話器の向こうでニヤニヤしているであろう声で、

 

『例えばそう――恵那さんがお風呂に入っていて、シャワーの音が聞こえてきた時とか……』

 

「……今本人が目の前にいるんだが、話しても構わないか?」

 

『うわっと、それは勘弁して下さいよ!』

 

  じゃあ言うなよ、とは思わないでもなかったが。伊織はとりあえず解った解ったと受け答えしておいた。

 

「……甘粕冬馬、別に俺はそこまでウブなガキじゃない。そういう期待はするだけ無駄だぞ」

 

『いやはや、申し訳ありません。私、そういう質なもので』

 

  ……それはそれでどうかと思うが、どうしようもないので黙っておいた。

 

「……まあ、ハッキリ言ってしまえば、大した差し障りは何もないよ。他所様が来た時の応対に恵那を出すわけにもいかないから、その辺は少し面倒だけどな」

 

『ふぅむ……そうですか』

 

  何やら残念そうな色を残しながら、ひとまずは納得したようだった。なぜ残念なのか良く分からないところだが、そも甘粕冬馬自体が良く分からないので仕方ない。

 

『まあ、そのおつもりなら一応言っておきますが、恵那さんは割と勘違いをしやすい人です。そのおつもりなら、そういうこと(・・・・・・)がないように、ご注意下さい』

 

「……解ったよ。忠告感謝する」

 

  疲れたような声で応じると、先程同様ニヤニヤ笑っているだろう声色で「それでは失礼します」と別れの挨拶、そして通話が切れる。

 

  子機を耳から離し、先程以上に深いため息をつく伊織に、恵那はこくんと首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

  甘粕冬馬といい、(自分は見抜いたとはいえ)端から見れば美青年にしか見えない沙耶宮馨といい、正史編纂委員会には変人しかいないのか――なんて、言える訳がない。

 

  とりあえず業務的な話をする事で、怪訝そうな恵那の気を逸らす事にした。

 

「恵那、今日は甘粕冬馬が来るらしいからそのつもりでな。色々と厄介な話をするみたいだ」

 

「厄介な話?」

 

  頷き、子機を返しながら伊織は再三ため息をついた。

 

「この日本に現れた一人目の(・・・・)カンピオーネ――草薙護堂についての、な」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

  二週間程前の事だった。

 

  その頃伊織は、以前イザナミと交戦した場所である白山にいた。

 

  ――かつて伊織との戦闘中、イザナミはその莫大な呪力を以て冥府の門を一時的に開き、潤沢な(?)冥府の瘴気を地上にもたらした。日本、ひいては世界中に撒き散らさんという目論見で。

 

  それは伊織によって阻まれ、イザナミも彼に討たれたが……その瘴気の残滓がわずかに残っており、数週間の内に増幅して地上を冒し始めたのだ。

 

  伊織はその対応の為に、恵那を伴って白山へと赴いていた。

 

  そこへ、東京へのまつろわぬ神の侵攻の一報が入ったのだ。

 

  さすがに伊織も動揺し、とって返そうとしたが、残念ながら現状を放置しておくわけにもいかない。様々な処置を施して瘴気を完全に消去し、結局、伊織が東京へと舞い戻ったのはその日の夕方だった。

 

  といっても、東京一帯は夜の闇に閉ざされ、街灯の灯り一つついていなかったが。

 

  そして、到着してすぐに伊織が正史編纂委員会のエージェントから受け取った情報は、「九人目の神殺しが襲来した神と戦っている」という内容だった。

 

  噂に聞いていた、九人目の同胞。その報せを聞くと、伊織はすぐさまに戦場へと飛んで行った。

 

  そして、そこで目にしたものとは、黄金の光球が宙を舞い、闇と大蛇を率いた女王が圧される光景だった――。

 

 

 

「あの時襲来したのは女神アテナ、そして迎撃していたのが新たなお仲間、草薙護堂……というわけか」

 

「そうなりますね。どうも、草薙氏がイタリアから持ち込んだ神具を目当てに、あの神様はやって来たようで」

 

「……なるほどね」

 

  甘粕冬馬の説明を受けて、伊織は気だるげに息をついた。

 

「要は自分の尻拭いか……まあ新人には良くある事だ。それ自体は珍しくも何もないんだがな」

 

「頻繁にあるというのも、それはそれで嫌ですねえ……」

 

  甘粕冬馬が地味に嫌そうな顔をして、湯飲みの茶をすする。伊織も肩をすくめ、お茶受けの菓子を口に放り込んだ。

 

「まあ、それはさして問題じゃない。この国にカンピオーネが生まれた以上、ああいう事態は何度だって起きるから、覚悟しておくんだな」

 

「一応、貴方もそうなんだという事を自覚して欲しいんですがねえ……」

 

「まあそういうなよ、俺は極力気をつけるから。それに、未然に対策を打つ為に恵那やら君やらが動いているんだろう?」

 

  さて、

 

「本題に入ろう。ーーようやくまつろわぬ神への対抗力(カンピオーネ)を得た君達が、一時の契約関係に過ぎない俺に情報を流してくる理由はなんだ?まさかとは思うが――」

 

「別に取り入ろうとか、そんな事は考えちゃいませんよ。ご心配なく」

 

  遮るように甘粕冬馬が言葉を挟んだ。へらへらした笑みはそのままだが、そこにこちらを化かそうというような色は見られない。

 

「まあ、本音を言いますと、後でこっちに潜入調査とかされるのが怖いんですよ。ほら、貴方が賢人議会にいた時みたいに」

 

「……あれは、潜入調査じゃなくて留学なんだけどな。まあどう解釈されようと構わないけど」

 

「ともあれ、ベテランの伊織さんに比べて草薙氏は情報が本当に少ない方です。公平さを求めるなら、こうした方がいいでしょうというのが、上の判断ですよ」

 

「……へえ」

 

  少しだけ、伊織は目を細めて甘粕冬馬を見据えた。

 

 

  大抵の魔術師は、カンピオーネの本質というのを充分に理解出来ていない。当然と言えば当然だが、人智を越えた力に惑わされるばかりで、カンピオーネが“獣”である事を解っている者はごくわずかだ。

 

  だが、このエージェントは、「カンピオーネに十年やそこらの経歴は関係ない」という前提で話している。

 

  その辺りの判断が、出来ているのか。

 

  だとすれば、甘粕冬馬かその上司(沙耶宮馨か、そのさらに上)は想像以上に切れ者ということになる。

 

 

「ちょっと君達の事、気になってきたかもな」

 

「いや、それはやめてくださいって今言ったんですけど」

 

「はは、冗談冗談」

 

「おや、冗談ですか」

 

「ああ、冗談さ」

 

「ああ、それは良かったです」

 

「そうだろ、良かっただろ」

 

「「はははははははは」」

 

「――なんか、狐の化かし合いしてるみたいな雰囲気だねぇ」

 

  声に振り向くと、薬缶を提げた恵那が引き笑いでやって来た。

 

「化かし合いとは失礼だな、ただの交渉だよ。あ、お茶ありがとうな」

 

「うん。……でもねえ、伊織さんも甘粕さんもそういうの得意そうだしさ。それにさっき、何か二人とも悪ーーい感じの笑う方してたよ」

 

「え?そうなのか?」

 

「うん」

 

  また思っている事が表情に出ていたようだ。どうやら、昔の癖が戻ってきているらしい――注意注意、と頬を叩き、伊織は甘粕冬馬に向き直った。

 

「まあ、情報提供の理由についてはそれでいい。いいという事にしとこう。――それで、この次は?」

 

「これからどうなさるのか、少しお聞きしたいなーと」

 

「うん?」

 

「いえ、草薙氏とコンタクトを取るのか取らないのか、取るならどういう風に取るのか、というような事を色々と。こちらで御協力出来る事も、色々とあると思いますし」

 

「なるほどな」

 

  確かに、放置は出来ないだろう。

 

  カンピオーネというのはお互いを意識し合うもの。伊織も休息地としてこの国にいる以上、あちらを無視は出来ない。あちらも伊織が今日本にいるとあれば何らかのアクションは起こしてくるはず。

 

  なら、敵意の有無に関わらず、先に動くのが先決だ。伊織は速攻で結論を出した。

 

「ああ、コンタクトなら取るさ。だが協力してくれるというならありがたいね、是非そうしてくれ」

 

「構いませんよ。……でも、やっぱり、私達が動かなきゃいけないような状況になりますか?」

 

「それは向こう次第だが、ゼロじゃあないな。何せ相手は、神すら殺すほどの理不尽だ。何が起こっても不思議じゃない。……まあ、それは俺もだけど」

 

  思わず、といった風に甘粕冬馬が顔を引きつらせた。「そうなったらまた面倒な事になりますね……」という心の声が聞こえてくるようだ。

 

「とりあえず、近いうちに草薙護堂と会談を開く。戦闘になってもいいように色々便宜を図ってもらいたいんだが、頼めるか?」

 

「微力を尽くしましょう。……が、出来れば戦わないで欲しいですけどね」

 

「それは保証しかねるな……。相手が比較的平和主義な奴だったら、不戦条約やら協力締結やらを結んでそれで終わりなんだが、血気盛んな奴なら勝負を挑んで来かねないし、それに……」

 

  甘粕冬馬は何かを――多分「それに?」とでも――言おうとしたが、すぐに凍りつく事になった。何故なら、

 

「あのヴォバン侯爵(老狗)のような、あるいは俺のような(・・・・・)奴が相手なら……俺の理性が持つかどうか、解らないからな」

 

  その冷ややかで不敵な笑みには、その場にいた二人に恐怖を抱かせるには充分過ぎる凄絶さがあった。

 

「よし、じゃあそういう方針で行くとしようか。日程はどうする?こっちで決めて構わないか?」

 

「あ、はい。構いませんよ。……ああ、でも根回しとかあるので明後日以降にして頂けると助かります。場所が決まり次第連絡致しますから、その際に言って頂ければ」

 

「解った。じゃあ細かい事はその時相談しよう」

 

「了解しました。そのように」

 

  二人して頷き合い、同時に腰を上げ立ち上がる。

 

「いい結果を期待しますよ、軍谷さん。いや本当に」

 

「分かった分かった、任せてくれ。君達に充分な利益が行くよう、しっかり配慮するよ」

 

  苦笑混じりに応じると、甘粕冬馬は疲れたような笑みを浮かべ、こちらに一礼してくるのだった。

 

 

  /◯/

 

 

  甘粕冬馬が退去した後、伊織は縁側で茶を飲みながら資料の束をめくり読みふけっていた。

 

  それは、先程甘粕冬馬がここに置いて行ったもの。――草薙護堂について記された、賢人議会のレポートである。

 

「へえ……こいつは一般人の出なのか。魔術も武術も知らない身、しかしそれで神殺しをやってのけるとなれば……相当な"獣"だな」

 

  その事実は、実のところ伊織にとっては非常に頭の痛いものだった。

 

  何せ、現在居るカンピオーネの中でも特筆して"獣"であるのは、かのサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。世界で最も恐れられる魔王であり、暴君として名高い老君だ。

 

  そして、伊織は侯爵を誰より憎み嫌っている。

 

  無論、本質が近い、あるいは同一のものであろうと、伊織はそれですぐ相手を嫌ったりしない。だが、侯爵を仇敵と見なすが故に、あの老人の厄介さを良く知っていた。

 

「現代日本の青少年なら、まさかあの老狗と同じようにはならないだろうが……いや、将来どう転ぶかによってはあり得なくも……」

 

  万一そうなってしまった時は本当に頭が痛い。自分が殺したくてたまらない相手(・・・・・・・・・・・・・・・)が二人に増えてしまうというのは、考えたくない将来だ。

 

  まあ、今すぐ問題になる話ではないし、こちらから戦闘を仕掛けるつもりはないのだから、後は会談での交渉次第だ。そこはその時の頑張りとして、伊織は別の問題に目を向けた。

 

「殺害した神は、ゾロアスター教の勝利の守護者(ヤザタ)ウルスラグナ……確か、サルデーニャ島で天空神メルカルトと共に目撃されたという話だったか」

 

  だとすると、アテナとの戦闘で使っていた権能にも大体予想がつく。黄金の光球は、おそらく『戦士』。最後にアテナに放ったあの太陽の焔は『白馬』だろう。

 

  どちらも、ウルスラグナが化身する姿の内の二つだ。その他にも、『暴風』『雄牛』『鳳』『駱駝』『猪』『山羊』『雄羊』『少年』の八つの化身を持つ、千変万化の軍神、それがウルスラグナだ。

 

  そういえば、草薙護堂はイタリアのローマにて、黒い猪の神獣を召喚しコロッセオを破壊したらしい。なら、『猪』の化身は神獣召喚か。

 

「全部獲得しているとなれば、相当厄介だな……まあ、一つの権能で複数の力を発揮する場合は制約が付き物。こいつの権能もそうなんだろうが……」

 

  戦う時には、その制約を突くのが得策だろう。いずれにせよ、初見で戦うには実に厄介な相手というのは間違いなかった。

 

「戦闘にならないように、気を遣わないとな……やる事は多そうだ」

 

  まだ、この男の性格や主義など、内面的な事は分かった訳ではない。その辺りは自分の目で確かめる必要がある。

 

  とりあえず、甘粕冬馬から連絡が来るまでは待機だ。伊織は資料をそばに置いてあった紙袋にしまい、ゆっくりと立ち上がった。

 

  ふと月を見上げる。今日は満月のようで、眩いばかりの銀光が夜闇を貫き照らしている。

 

  月。伊織にとっては二重の意味で重要な天体。

 

  しかし、その神秘的な輝きは何故か物悲しさを感じさせて、

 

「…………」

 

  伊織は目を細めると、静かに居間へと引き下がった。

 

 

 




というわけで、第六話でした。

さて、ではお詫びを。

本編入ると言った割には本編全然絡んでないですね。本当にごめんなさいm(_ _)m

そして、前回の投稿から二ヶ月も開けてしまって本当にごめんなさいm(_ _)m

言い訳をさせて頂くならば、やはり受験生だからですね……。活動報告でも言いましたが、二学期になるとテストの数が半端なくて……なかなか書く時間が作れませんでした。結果としてここまでズルズルと引きずってしまった訳です。

恐らく、次回からもこんな風に亀速投稿になるかと思われます。その点は許してください、本当に申し訳ないですm(_ _)m

さて、次回はようやく原作主人公登場。そして伊織さんとの会談です。

では、次回にご期待を!

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