孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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予告した通り、今回はあとしまつ編。内容はさほど重くなりません。あくまで、第二章への軽い繋ぎです。

では、第閑話・壱、いおりさん@がんばらない。


第閑話・壱 「第一章あとしまつ」

【軍谷伊織】

 

 

  目を開けると、見たことのない天井が視界に飛び込んできた。

 

  知らない天井だ。

 

  どうやら、どこかの病院の個室のようだ。一般人の生活を送った事のない自分としては、白いタイル張りの無機質な天井というのは見慣れないものだ。また、衣服は脱がされて病衣に着替えさせられている。

 

  ふと視線を横にやると、

 

「……清秋院」

 

  イザナミとの戦闘において伊織が助けた少女、清秋院恵那が、パイプ椅子に腰掛けて眠っていた。

 

  伊織が半身を起こすと、清秋院は不意に目を開け、瞼を擦り、

 

「……あ、王さ――軍谷さん。起きたんだ」

 

  ほわぁと可愛らしくあくびをしてから、伊織に笑いかけてきた。

 

「どう、体の調子は?どっか具合の悪いとことか、ない?」

 

「……ああ、大丈夫だ。……ここは?」

 

「あ、正史編纂委員会の傘下の病院だよ。あの事件の後、恵那が編纂委員会の人に連絡して連れてきてもらったんだ」

 

  なるほど、彼女は頼んだ通りにやってくれたようだ。これでまた一つ、この少女に借りが出来てしまった。

 

「俺は何日くらい寝てた?」

 

「丸一日かな。身体の方に目立った怪我は無かったから、とりあえず寝かせておこうって」

 

「なるほどな」

 

  消耗し尽くした呪力も、今はほとんど快復している。簡単な霊薬さえ飲んでおけば大丈夫だろう。

 

「あ、それでね軍谷さん?恵那、軍谷さんの戦いをみてすごく興奮しちゃった。やっぱり王様達の戦いって、本当に凄いんだねェ!」

 

「なんか前にも聞いた覚えのある言葉だな……。しかしまあ、俺もさすがに諦めがついたよ。清秋院、君は恐ろしいまでの常識外れだ。だから俺達の戦いに危機感を覚えろなんて、もう言うのはやめにした」

 

  こうも『自分達』と感覚が適合する『一般人』など、危険で危険で仕方が無い。伊織としては放っておき難い存在だ。

 

  (……まあ、こいつみたいな人間も、たまにはいても良いのかもしれないけどな)

 

  心の中でそう呟いてみる。しかし、清秋院にはそれが伝わらなかったようで、

 

「あ、そうだ。今、編纂委員会の偉い人で、恵那の幼馴染の人が来てるんだけど、もし眠かったら――」

 

「いや、通してくれ」

 

  正史編纂委員会の幹部職というなら、会わない訳にはいかない。これからしばらくの間、羽休めの場として利用する事になる国なのだ。その国の魔術管理者には、話を通しておく必要がある――それが伊織の考えだった。

 

「解った。じゃあ、ちょっと待っててね」

 

  椅子から立ち上がり、恵那は個室から出て行く。程なくしてスライド式のドアが開き、恵那ともう一人が入ってきた。

 

  黒いブレザーを着た、細身の青年――いや、

 

  (『氣』の属性が陰……女性か?)

 

  氣というのは、陰陽術における呪力の事だ。陰陽術においては、他の魔術や呪術の派がさほど重視しない呪力の陰陽に重きを置き、それらの状態や組み合わせによって様々なバリエーションを生み出す。

 

「お初にお目に掛かります、軍谷伊織様。正史編纂委員会東京分室室長、沙耶宮馨と申します。以後、お見知り置きを」

 

  男装の少女――沙耶宮馨は、そう名乗ると恭しく一礼して見せた。

 

「ああ、そう畏まらないでくれ。普通に話してくれ……なるほど、沙耶宮ね。現状、四家では沙耶宮がトップに立っているんだったか。じゃ、君が沙耶宮の媛巫女だな」

 

  確認を取るように問うと、沙耶宮馨は意外そうな表情になった。

 

「……僕が女性だと、お気づきになったのですか?」

 

「陰陽道での観念上、男性の氣は陽、女性は陰。君の氣は陰だったからそうだと思っただけさ」

 

  率直に、自分の見解を述べる。これはカンピオーネとしての能力など関係ない、一介の魔術師としての純粋な発言だ。

 

  とはいえ、人の氣を視るのは割と難しい事で、伊織とて教わった当時は思うように使いこなせなかった。それに、陰陽術を学び、一定域まで極めた者ならば、自分の氣の陰陽をごまかし、性別を偽ってしまう事も容易だ。

 

  とはいえ目の前の少女は巫女、陰陽術を学んでいる可能性は低い。そういった着眼からの判断である。

 

「……お見事です。さすがは魔導の王とも呼ばれる御方、感服致しました」

 

「世辞はいい。本題に入ろうじゃないか。俺も色々、頼みたい事があるしな」

 

「………は」

 

  また恭しく一礼すると、沙耶宮馨は伊織のそばまで歩いてきた。「失礼」とまた一礼してから、パイプ椅子に腰掛ける。

 

「此度の一件、誠に感謝しています。偶然とはいえ、かの"万勝の王"軍谷伊織様に御協力して頂けた事、光栄に思いますよ」

 

「そこまでありがたく思う事――なんだったな。君達にとっては。……まあ、神と戦うのが俺達の存在意義だし、俺の知覚出来る範囲内で起きた以上、俺が動かない訳にもいかない」

 

  それと、

 

「現状、日本にはカンピオーネはいない。中国から招来するならまだしも、他に対応する方法もないはずだからな。自分の故郷だ、放って置くわけにもいかないさ」

 

  これは暗に、「自分はこの国のカンピオーネにはならない」という意味を含ませているのだが、どうやら相手はその意図を悟ったようで、微妙そうな表情をした。

 

 

  ともあれ、その後は簡単な事後処理の話が続き、それらを伊織が承諾して沙耶宮馨の話が終わったところで、

 

「……さて、じゃあここからは俺の話をさせて欲しいんだが、いいか?」

 

「承知しました」

 

「……そうだな、まずは、俺の今後の身の振り方についての話だ」

 

  途端、沙耶宮馨の後ろにいた清秋院が身を乗り出してきた。

 

「……どうした?」

 

「……え、えっ?あ、いや、ごめん」

 

  無意識だったらしい。思わずへの字口になってジト見すると、清秋院は顔を真っ赤にして引っ込んだ。

 

「「?」」

 

  よく解らなかったので、そのまま話を続ける事にした。

 

「俺はしばらく、この国に『滞在』させてもらおうと思う。故郷でもあるし、ここから東は太平洋。先立つものも必要だからな。――そこで、君達に幾つか頼みたい事がある」

 

  そう言って、伊織は指を二本立てた。

 

「まず一つ、滞在場所だが、俺が昔住んでいた家に決めてある。その方が、色々使い勝手が楽でいいからね」

 

  とはいえ周りは民家なので、一般人の生活に紛れる必要がある。恐らく世間一般では自分は死亡かそれに近い扱いだろうから、その辺りを片付けておかないといけない。

 

「それで、その辺に必要なものについて、用意を頼みたいんだ。具体的には、恐らく死亡扱いになっている俺の身分証明や住民登の工作を」

 

「了解しました。その程度なら、今すぐにでも何とか出来ますね」

 

「ありがたい。……ああ、一応、生活費も含める事になるんだが……それについては提案がある」

 

「と言われますと……」

 

「可能性としてだが、これから先、まつろわぬ神は何度か顕現するはずだ。周りの同族との小競り合いだって、起きないとは限らない――最近、面白い噂(・・・・)も出回っている事だしな。そこで」

 

  ベッドに半身横たえたリラックスした体勢のまま、伊織は真剣な表情で沙耶宮馨を見据えた。

 

「そういった事件での俺の働きに見合った分の金額を、生活費として供出してくれ。――ああ、そんな大金を盛る必要はない。君らの給料とか、そういうレベルで充分だ。働きに見合うってのは俺が判断する、さすがに君らに判断は任せないよ」

 

「し、承知しました……」

 

  さすがに沙耶宮馨も清秋院も、唖然としている。噂に聞く魔王カンピオーネとはまるで違う、やたら『庶民的』な発言に少々驚いているようだ。

 

  だが、それより大きい衝撃が直後に控えていた。

 

 

「二つ目。君達は、俺の戦歴については、少なからず聞いてるよな?――そこでどういう被害が出るのか、も」

 

  目の前の二人が、息を呑んだ。

 

  彼女らが頭の中に浮かべているものは容易に想像出来る。二年前の“災厄”――魔術の歴史に色濃く刻まれた、最悪の事件。

 

  伊織とて、これを視界から外すわけにはいかない。何より、今の伊織の原動力である、あの日の事を――。

 

  目の前の二人の反応を受けても、大して気にした風もない伊織の様子に、沙耶宮馨も清秋院も少し意外そうな顔になる。だがそれすらも、伊織は気に留めなかった。

 

「俺とて好んでる訳じゃない。が、戦場じゃ基本的に本能で戦うのが俺だから、保証が出来ない。――だから、誰か一人、俺に監視役を付けてくれ」

 

「――――」

 

  一拍、

 

「……か、監視役ですか?」

 

「ああ、俺の動向を逐一君達に報告する役割だ、俺はこれから先、日本にいる間はその監視役を連れ歩く事を誓約しよう。……といってもまあ、信憑性はないだろうが……」

 

  さすがに、この要望は頷きにくいものがあるのだろう、沙耶宮馨の反応は微妙だった。

 

「その点は構いませんが……軍谷さんのような智恵のある方相手に、監視が務まる者は――」

 

「ああ、それなら問題ない。――おい清秋院、そんな珍妙過ぎるアピールはいいから、話を聞け」

 

  さっきから、沙耶宮馨の後ろで「私!私!」みたいな仕草をしている清秋院が視界の端で鬱陶しかったので、伊織は彼女に視線を向けないまま呆れ声で指摘した。

 

  ビクぅ!!と肩を跳ねさせ、また再び顔を赤らめる清秋院。やれやれと首を振り、伊織は沙耶宮馨に顔を近づけた。彼女が同じように顔を近づけて来たので小さな声で(清秋院には聞こえないように、傍受妨害の雑音付きでだ)、

 

「……この()は、いつもこうなのか?」

 

「え?……ああ、自己主張が強いのはいつもの事なんですが、ここまで前に出てくるのは珍しいですね」

 

  伊織と同じく微妙な表情の沙耶宮馨。

 

  はーー、とため息にも似た声を漏らし、伊織は改めて清秋院を見た。伊織の視線を受け、清秋院は何やらうぇぅとかぁうぅとか奇妙な声を漏らしている。清秋院に興味を向けた伊織の内心を、やはり見抜いているからだろうか?

 

「沙耶宮馨。俺の監視役だが――清秋院に近い感覚を持ってるやつはいるか?」

 

「恵那と同じ、ですか?」

 

  うーん、と唸る沙耶宮馨。

 

「いえ、僕の知る限りではいませんね……。神がかりの素質を持っているのも、この国では恵那一人ですし」

 

「そうかー……」

 

  じゃあ仕方ないか、と伊織は腕を組んだ。そして彼女から顔を離すと、

 

「沙耶宮馨、監視役は清秋院に任せたいんだが。構わないか?」

 

「………、は!?」

 

  今度こそ口を丸く開け、沙耶宮馨は絶句した。

 

「ええと、しかしですね、恵那の神がかりは、都会で生活するには色々制約を伴う能力なんですよ……」

 

「制約?」

 

「はい」

 

  それから、伊織は清秋院の『神がかり』についての軽いレクチャーを受けた。神がかりが、幽世に住まう『まつろわぬ神』の力を借り受けるものである事。清秋院がその身に呼び込めるのは、素戔嗚尊と天叢雲劍の御霊である事。そして、

 

「その身に神の御霊を呼び込む以上、恵那は身を清浄に保っていないといけません。人里の穢れから離れる必要があるんですよ」

 

「なるほどな……」

 

  確かに、自分の住んでいた場所は都内なのでアウトゾーン。しかし監視役なら付近で生活する必要がある。確かに厄介な制約だ。

 

  だが、

 

「うん、それなら問題ないな」

 

「え?」

 

「俺の家なら問題ない。だから心配要らないよ、沙耶宮馨」

 

  沙耶宮馨も清秋院も、ポカンとした顔になった。

 

「俺の家には、富士塚の改変型の装置があってな。出来たのが俺の曾々祖父様の頃だから、もう200年は経つ代物だよ」

 

「そんなものが……詳細を聞いても構いませんか?」

 

「ああ、まあ細かい説明をすると面倒なんだが……簡単に言うと、富士塚で得られる効果を家で暮らしているだけで得られるっていうアイテムだな」

 

 

  富士塚。それは、江戸時代において関東――特に江戸で流行した富士山信仰を象徴するものだ。

 

  富士山に登る余裕のなかった江戸の町民が、富士山の溶岩などを積み上げて(あるいは古墳をそのまま流用して)作った富士山のミニチュア。呪術的な意味合いを持つものは、地脈の流れる場所に作る事でその効果を高めている。

 

  その理論を、約200年前の軍谷家当主が改良して自家の屋敷に設置したのが、伊織の語る『装置』である。

 

  その装置の効果は、一定の範囲内を清浄な霊気で満たすというものだ。今回の問題には売ってつけである。

 

  何でも、曾々祖父の研究していた呪術では幽谷深山の霊気が不可欠とかで考案・開発されたものだが、そういった意図とは無関係に、伊織はこの『傑作』を好み、研究していた。

 

 

「今は放置状態で幾らかガタが来てるだろうが、俺が後で調整しとけば問題ないだろ。何なら俺の虎の子(・・・)を使って、もっと出力を高めてもいいな」

 

  久方ぶりにあの傑作を弄れるのかと思うと、思わず顔がニヤついてしまう。どういう風に改良を施そうか、どのように自分風のアレンジを加えてやろうか――考えただけで指先が勝手に動く。魔術の探求に関しては超が付く程に貪欲――伊織の昔からの悪癖である。

 

  明らかにおかしな様子になり始めた伊織を見てやや引き気味の沙耶宮馨は、咳払いを一つ、表情を引き締めた。

 

「失礼ながら、軍谷さん。貴方がそこまで恵那に拘る理由を、教えて頂けませんか」

 

  その言葉に、伊織は真顔に戻った。視界の端で、清秋院が喉を鳴らしている。沙耶宮馨も、伊織に視線をピッタリ固定してブレさせない。

 

  二つの強い眼差しを受けて、伊織は静かに息を漏らし、

 

「……いや、そいつの勘は、俺の心の内を読む事が出来るようだから、そいつが最適だと思っただけさ。他にさしたる理由は、ない」

 

  少しだけ視線を逸らして、そう答えた。

 

「……そう、ですか」

 

  微妙な反応の沙耶宮馨。ちょっとガッカリしたような清秋院。だがまあこれでいいだろう。下手に期待を持たせるのは、後々面倒に繋がる。

 

「ともあれ、神がかりの条件に関しては問題ないという訳だよ。他にもあるだろう制約も、呪術的な事なら俺がサポート出来るしね。――まあ別に、そちらがあまり乗り気でないなら撤回しても構わないんだ。そちらのやりたいようにやってくれていい」

 

「――いえ、解りました。全てご随意に致しましょう」

 

  そう言って、沙耶宮馨はあっさりと条件を承諾した。

 

「ん?渋った割には随分あっさりじゃないか」

 

「別に渋っていた訳では……。いえ、私としては問題のないように思われましたし、王ともあろう方の護衛――いえ、監視役に、生半可な実力者を付ける訳にも行きませんからね。軍谷さんが積極的に協力して下さるというだけで、こちらとしては充分な利益です」

 

「……そうか。なら、交渉成立という事で、いいかな?」

 

「はい。私共の可能な限りのご協力をさせて頂きましょう」

 

  お互い頷き合い、握手を交わし合う。交渉成立のサインだ。

 

「では、ご要望の件は早速取り掛からせて頂きます。明後日までには終わらせますので、それまではどうかご辛抱下さい。――では、私はこれで」

 

「ああ。これからしばらく、よろしく頼む」

 

  再び恭しく一礼すると、沙耶宮馨は病室を退出した。

 

 

  そして、また二人きりに戻る。

 

「軍谷さん」

 

「何だよ」

 

「ありがとう」

 

「……うん?」

 

  思わず首を傾げた。なぜ、礼を言われるのだろう?いや、自分を認められて嬉しいという事か?

 

「えへ、えへへ……あ、あのさ軍谷さん、これから王様って呼んでいいかな?なんかその方がしっくりする気がするんだ、うん」

 

  妙にテンションが高い。

 

「……随分嬉しそうだな」

 

「え?……そ、そんな風に見える?」

 

「いや、それ以外の何にも見えないんだが……」

 

  傍目から見てもかなりハイテンションだ。まさかこれが彼女の通常運転というはずはあるまい。

 

「やれやれ……騒がしくなりそうだな、これからしばらくは」

 

「え?何か言った今?」

 

「いや、何も」

 

  思わず言葉が漏れていたようだ。久々の一戦の後で少し気が緩んでいた――訳では、あるまい。

 

「ああ、そうだ、清秋院。呼び方だけど、『王様』はやめてくれ」

 

「え、なんで?」

 

「いや、呼び慣れないっていうかな……まあ、そういう呼び方するなら、それよりは名前で呼ばれた方がいい」

 

「え?じゃあ、今まで通りに――」

 

「……いや、伊織でいい」

 

  やけに残念そうな顔で清秋院が呟くので、伊織は深いため息を吐いてそう言った。

 

「俺は君の事を恵那と呼ぶ。君も俺の事を伊織と呼ぶ。それでいいだろ?」

 

「…………」

 

  ……ん?何故に黙り込む?

 

「……お、おーい、清しゅ――恵那?どうした?」

 

「……い、い、伊織さん」

 

「ああ」

 

「伊織さん、伊織さん、伊織さん」

 

「……何だよ?」

 

  また恵那の様子がおかしい。というか今日はおかしい恵那しか見ていない気がする。本当に彼女の自然体はこうなのではないかと、割と真剣に考えてしまう。

 

「……あ、ごめんね伊織さん。ちょ、ちょっと嬉しくって――」

 

  ……は?嬉しい?

 

「え、えと、伊織さん!これからよろしくお願いします!」

 

「あ、ああ……」

 

  よく解らない。やっぱり、この娘はよく解らない。出会った初めから振り回されっ放しで、結局今も振り回されている。

 

  だがこれでいいのかもしれない。こうやって振り回されていれば自分の思うようには動けなくなる。

 

  それに、悪くない。自分を疑い、恨み、嫌いながら過ごす日々よりは、たまに意識を余所に逸らす事の出来る生活の方が、まだしも気が楽だ。

 

  自分は許されてはならない。だが壊れてもならない。いつか戦場で死ぬその時まで、伊織は戦い続けねばならない。だからこそ、逆にこういう一時があってもいいのかもしれない。

 

「恵那、俺から幾つか頼んでおく事がある。何なら命令って事にしてもいいくらいの内容だから、心して聞けよ」

 

「うん」

 

「まず一つ。俺の利益は基本考えるな、正史編纂委員会とこの国の利益を考えて行動してくれ。いいな?」

 

「うん、監視役だもんね。解ってるよ」

 

  ……本当にそうなんだろうか。彼女なら、なんかその場のノリでこっちの味方をしてきそうな気がしないでもないんだが……。

 

「次、俺が必要としない限りは、俺の戦闘に首を突っ込むな。突っ込んだらどうなるか、解ってるよな?」

 

「……うん、さすがにね……。伊織さんの権能って、結構広範囲系が多いみたいだし」

 

  本当は、それを回避させる為の方法があるのだが……それを恵那にする気はない。それは、自分の法則(ルール)に反するのだから……。

 

「あと、最後」

 

  詰まる所この最後が一番重要で、そして恵那にとっては冷淡極まりないだろう。だから、表情は引き締め、声も真面目なそれに改めた。

 

「俺はあくまで、日本に滞在する身だ。この国の王になる訳じゃないし、影響力を持ちたいわけでもない。だから、俺がどんなに君に期待を持たせるような事をしても、絶対に勘違いしないでくれ」

 

  正史編纂委員会における、彼女の箔を上げる事もしない(もっともこれは上げるまでもないだろうが)、彼女の家に自分のネームバリューを貸すつもりもない。

 

  ましてや。彼女を自分の“臣下”として迎え入れる気も、全くない。

 

  下手に期待を持たせて、後から拒絶するのは後味が悪い。恵那の方もショックを受けないとも限らない。だからこそ、事前に告げておく。

 

「だがまあ、それ以外の事でなら俺はどんな要望にも応える。生活については何でも言ってくれ。同居人に不便な思いをさせるのは忍びないからな」

 

  表情を緩め、柔らかい笑みを浮かべると、恵那も強張っていた表情を緩めた。そして、「ちょっと楽しみだなあ」とにやけた笑顔になる。

 

「俺から頼みたい事はそれくらいだ。君からの要望は……まあ、向こうの準備が終わってからにしようか」

 

「うん。ありがとう伊織さん、それとよろしくね」

 

「こちらこそ」

 

  伊織が差し出した手を、恵那が握って握手を交わす。

 

  こうして、伊織と恵那の愉快で奇妙な関係が、始まった。




というわけで、第閑話・壱でした。
まああくまで第一章の締め、そこまで書くことがなかったのでこんな感じになっちゃいました。そこは平にご容赦を。

さて、先日感想の方で質問があったトトの権能についての一件について、少しここでお話とご報告をさせて頂きます。

まず、活動報告でも書かせて頂きましたが、似てない?と指摘のあった『智恵の王』の作者様、tsutinoko様には説明をさせて頂き、問題ないよとのお墨付きを頂きました。一応この場でもご報告させていただきます。

また、読者皆様への説明は、細かいところまでの説明となりますとややネタバレを伴う事になってしまいます。なので、後日投稿します伊織さんの権能一覧にて、その点の説明をさせて頂こうと思います。ネタバレを回避したい方は注意してくださいね。

尚、それでも自分はネタバレは嫌だという方は、メッセージなり感想なりで言って頂ければ考慮致します。数が多ければ、作中の中でゆっくりと語って行くという形になるかもしれません。その点は読者皆様の総意によります。

ともあれ、第一章も終わっていよいよ第二章、原作本編への突入となります。次回は時系列として護堂氏vsアテナの戦いが終わった辺りになるかと(要は伊織さんほぼ不干渉です)。
では、今回はこれにて……。

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