孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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……本当に申し訳ありませんでした。

では、第五話、いおりさん@結局がんばらない。


第五話 「魔術王の白銀、豊穣王の黄金」

【軍谷伊織】

 

 

「――だからな!助かったのは確かだが、なぜ近づいて来たと言ってるんだ!どれだけ危険なのか解っていたのか!?」

 

「でも!恵那がいなかったら、軍谷さんだってタダじゃすまなかったでしょ!」

 

「……ッ、い、いや、俺にはまだ策があったぞ!それを見せる間がなかっただけだ!」

 

「あ、今嘘ついたよね軍谷さん!恵那には解るんだから!」

 

「な、何を根拠のない事を……っ」

 

  ――木々の生い茂る中を風の如く疾駆しながら、伊織は腕に抱え上げている清秋院と不毛過ぎる口論を繰り広げていた。

 

  まつろわぬ神の追跡から逃れながら(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「そもそも、さっきのだって、神がかりが出来るからとはいえ危険過ぎだ!俺が身動き出来ない状態だったら、君は間違いなく殺されてたんだぞ!?」

 

「でも、軍谷さんは多分大丈夫だって何と無く思ってたし、実際そうだったでしょーっ!?」

 

「それはそうだが………って、ああ全く、話を逸らすな!なぜ近づいて来たんだ!500メートル以上近づくなと言っただろうが!」

 

「だからぁ!恵那は軍谷さんの役に立ちたかったの!軍谷さんだけ頑張って、恵那が何もしないなんて嫌だもん……!」

 

「な……ッ、常識はずれにも程があるぞ君!君のようなただの人間が、俺達の戦場に首を突っ込めばどうなるかーー」

 

  勢いで言って、伊織はすぐ口をつぐんだ。

 

「――いや、そんな事言ってる暇はないか。とにかく今は、この状況を何とかしなきゃいけないんだからな」

 

  ガルダの権能で負の感情を爆発させ切ったからだろうか?不思議と簡単に落ち着く事が出来た。そして思考もスッキリして、「今何をすべきか」という根本的なことに関しても、最善の答えを出す事が出来た。

 

「……、軍谷さん……?」

 

「清秋院、本当に悪いが、君を安全圏に逃がすのは難しそうだ。だから、なるべく君の方に攻撃が飛ばないよう、注意して戦うことにする。それでいいか?」

 

  地面を、木々を、人一人抱えて軽々と駆け抜けながら、伊織は真剣な目で清秋院を見つめ問いかける。清秋院は不安そうな表情になり、

 

「軍谷さん、大丈夫なの?なんかあの時、凄くピンチって感じだったけど……」

 

「まあ、な……。でも、駄目元でやってみれば何とかなるかもしれない、そういう手は残ってるんだ。発動に時間とそこそこの呪力を食うのとか、『俺の主力』の一つを使い潰さなきゃならないのとか」

 

「け、結構ヤバいよね、それ……」

 

  まあな、と伊織は苦笑した。

 

「他にも、俺はバガっていうインドの太陽神を倒しているんだが……そっちの権能はハッキリしないな。まだ掌握し切れていないんだろう」

 

「へ、へえ……なんかよくわかんないけど、そういうものなんだね」

 

  顔を引きつらせながら頷く清秋院。どうも彼女らしからぬ(こちらの勝手な見解ではあるが)反応だが、反応自体は伊織にとっては慣れたものだ。カンピオーネの権能に対して、カンピオーネ本人と普通の人間とでは考え方が大いに違う。

 

  まあ、今はそんな事はさておいて、だ。

 

「せめて、イザナミが顕現した要因さえ解れば確証が持てる事なんだが……俺の記憶が正しければだけど、この辺にイザナミ縁の神社というと、白山比咩神社くらいだよな?」

 

「うん。この辺にあるのはね。でも、あそこはどっちかっていうと祭神はククリヒメで――」

 

  そこまで言って、彼女はハッとしたように伊織を見上げた。

 

「思い出した。『菊理縄(くくりなわ)』って関係あるかも!」

 

「菊理縄……?」

 

  聞いた事のない名前だ。菊理とはククリヒメの事だろうが、縄とはあの縄か?注連縄状の魔術的な物品と見ていいのだろうか。

 

「あ、菊理縄っていうのはね、昔白山比咩神社に預けられてた神具なんだ。絶対に破っちゃいけない約束事をする時、その縄の前で誓約して約束を破れないようにする効果があるんだけど」

 

  なるほど、どうやら『官』お得意の人間用(?)神具の話らしい。

 

  その後も続いた清秋院の話を逐一聞き取り、頭の中で整理していく。その内に、伊織の脳内である答えが生まれた。

 

  ――白山比咩神社の祭神ククリヒメ。そこにあった神具『菊理縄』。イザナミノミコト。冥府。天地を別つ誓約。生死の始まり。

 

  様々な単語が伊織の脳裏に木霊し、その度に方程式(・・・)が組み上がっていく。

 

  よし、いける。これなら己の『隠し球』を、遺憾無く発揮出来る――!

 

  脚を止める。イザナミの気配は割と近くにあり、あと数分も待てば接敵するだろう。

 

「清秋院」

 

「え、うん」

 

「ちょっと行って来る。ああ、それと」

 

  その場にゆっくりと清秋院を下ろしながら、伊織は真っ直ぐに彼女を見据えた。

 

「ありがとう。君のおかげで武器が出来た。これで思う存分、戦える」

 

「え、えっ、えと……」

 

  この少女に本心を隠しても意味がない。そう結論付けた伊織が口にした素直な気持ちに、清秋院は何やら、え、とか、あ、とか言って硬直していたが。やがて、大きく深呼吸をして、

 

「うん、お役に立てて何よりだよ、軍谷さん」

 

  眩しいくらいの満面の笑顔で、応えてくれた。

 

  それを見て、なぜか伊織も安心した。それは、恵那の笑顔が、自分にとって大切だった彼女(・・)のそれにそっくりだったからで――

 

  (……ッ、いけないいけない)

 

  集中を乱すような場面ではないのだ、今は。だから、伊織は表情を引き締め、

 

「俺は、全力であれを倒しに行く。だから、終わった後は呪力切れで倒れるかもしれないが……」

 

「解ってるよ。恵那が色々やっておくから、心配しないで」

 

「……ありがとう」

 

  やれやれ、やはりこの()は苦手だ。やけに、自分の精神(こころ)を揺さぶってくるから――。

 

「……じゃ、また後で」

 

  そう言って、伊織は前を向く。頭の中を、再び戦闘状態に切り替え――

 

  ――ダンッ!!

 

  強く、跳躍した。

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

【イザナミ】

 

 

  イザナミは、既にその怒りの限界を越え、逆に冷静そのものであった。

 

  度し難い行為を幾度となく繰り返された結果、最早彼女にとってはそんな事はどうでも良くなった。何よりも優先されるべきは、あくまで冷徹に、女王としての威厳を損なう事なくかの王を断罪する事だ。あの人間はその次いででいい。

 

  ともあれ、イザナミは軍谷伊織を追跡していた。

 

  彼女の歩に付随して、冥府の瘴気がそこいら中に蔓延し、全ての生を刈り取って行く。冥府より溢れ出した“死”が、抗い様のない滅びを撒き散らしていた。

 

  と、不意に、前方に気配が現れた。軍谷伊織だ!

 

「死よ、呵責無き断罪を行いなさい」

 

  周囲を漂う死の呪力が、鎌のような形状を取って前方を一息に薙ぐ。今のイザナミにとって、かの王との会話など無意味。故に何の反応もさせぬままに、叩き潰す。

 

  漆黒の刃が木々を薙ぎ切り、腐食させていく。そのリーチは300メートルに渡り、軍谷伊織のいるであろう場所も一気に両断――

 

 

  ――する直前。白銀の輝きが闇を貫いて奔り、闇の大鎌を砕き散らした。

 

 

「!」

 

  死の呪力を破壊された。今の軍谷伊織には、そんな力はないはずだが……?

 

  驚きに目を細めつつも、イザナミは容赦無く連撃した。今のが偶然であったらという可能性を考えての、死の闇の重ね撃ちだ。

 

  雨霰と放たれ軍谷伊織を襲う闇の槍。しかし、白銀の光は片っ端からそれらを砕き、雲散霧消させる。

 

  ここに来てこのような力を見せるとは、一体どうした事か?そんな疑問がイザナミの脳裏に膨れ上がる。

 

  その耳朶を、言霊を紡ぐ声が打った。

 

「――総ての神話は、言の葉にて産み落とされしもの。言の葉にて紡がれ、伝えられしもの也」

 

  軍谷伊織の言霊。それに呼応するように白銀の輝きが満ちていく。闇を銀光が押し流す。イザナミが薙いだ木々が一斉に崩れ落ち、前方が一気に開けた。

 

  そして、目の当たりにした。

 

  イザナミの前に、堂々と立ちはだかる軍谷伊織。銀色に輝く(・・・・・)その瞳。そして彼の周囲に舞う、輝く白銀の聖刻文字(ヒエログリフ)を。

 

「神は神話にて生まれし者、故に神は言の葉にて生まれし者也」

 

  光の文字は、軍谷伊織の詠唱に伴ってその数を増やし、天に地に舞い踊る。ほんの数秒で、文字は銀色の飛沫と化し、軍谷伊織の背後に舞い踊った。

 

  闇を掻き消し塗り潰し、白銀が天地を占拠する。軍谷伊織の放った言霊によって、イザナミの力が無力化されていくのだ。

 

「我は言の葉を紡ぎし者。言の葉にて邪なる蛇を切り裂く者。言の葉にて、世の総てを創りし者也」

 

「そして我は、あらゆる記憶を記す者。故に総てを識り、総てを刻む者也」

 

「――故に」

 

  通りの良い声で紡がれる言霊が、最早大海のような規模にまで膨れ上がった時。白銀の海は、新たな動きを見せた。

 

  複数の光文字が一箇所に集まり、何かを形取り始める。存在として、物質としてのカタチを得て行く。

 

  ジャキン!!という音が複数、一斉に鳴り響いた。

 

 

  それは、刃であった。

 

 

  剣、刀、槍、矢、斧、鎌、その他刃を持つ武器全てが、白銀の輝きに形作られる。刃は銀製で同色の輝きを放ち、夜天に輝く星の如く映えていた。

 

「我は言の葉にて、神を切り裂く刃を創らん!我を恐れよ我が主の仇よ、我が振るうは最強の刃――汝を切り裂く無敵の刃也!!」

 

  合計数百にも及ぶ武器の軍勢(綺羅星)が、ヒトの王の背後に整然と輝いた。

 

  本能的に悟った。これは、闇を祓う言霊ではない。もっと根本の――イザナミという存在そのものを切り裂く言霊(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ。

 

  全身を巡る高揚に、突き動かされるように、軍谷伊織が声を高らかに張り上げる。

 

「さあイザナミ、最後の戦いだ!――正真正銘の全力で、行くぞ!!」

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

【軍谷伊織】

 

 

  宣言に割り込ませるように、死の呪力が地を這い襲い掛かってきた。

 

「切り裂け、言の葉」

 

  言霊に従って、曲刀が飛ぶ。斧が飛ぶ。それらは高速回転しながら闇目掛け襲い掛かり、微塵に切り裂いた。

 

「さあ、そろそろ本題に入ろうかイザナミ。この武器化した言霊は使用回数制限付き、俺が言霊を紡いでいかないと保たないんでな」

 

  ニヤリ、と笑む伊織に対し、イザナミの表情に苛立ちが混ざる。それを見抜き、伊織はさらに笑みを深めた。

 

「癇に障ったか?だが、これから俺はもっと容赦ない事をする。覚悟しておけよ、イザナミ――」

 

  と、そこで一旦口をつぐむと、伊織は不意に笑みを嘲笑のそれに変えた。

 

  そして、

 

「いや。それともこう呼ぼうか?――黄泉津大神(ヨモツオオミカミ)と」

 

  イザナミの双眼が、見開かれた。

 

「おいおい何を驚いている?己の名前だろうが……といっても、呼ばれたくない名前なのは解るけどな」

 

「……ッ、何を……ッ」

 

「ヨモツオオミカミ……地母神イザナミノミコトの冥府神としての相を顕す神格だ。冥府の女王、死者の支配者、そして死にまつわる様々な神話を生み出した存在」

 

  伊織が朗々と言霊を紡ぐ度、次々に光文字が飛沫を上げ、白銀の"刃器"が作り出されて行く。

 

「清秋院に聞いたんだが、お前がここにヨモツオオミカミとして現界した所以は、この白山――そこにある白山比咩神社にあるらしいな?」

 

「そこに預けられていたという、ククリヒメの力を宿した神具『菊理縄』。その効力は絶対の誓約だそうだが……同時に、『境界を引く力』もあったそうだ」

 

  伊織の語りは、誰かに神話のレクチャーをするかのような調子で進んで行く。

 

  しかし、その言霊に合わせ、剣が飛ぶ。槍が飛ぶ。斧が飛ぶ。イザナミの闇を次々に切り裂く。

 

  ――武術や魔術よりも、伊織にとってはこちらが本領。知恵をそのまま力に変換する、自分好みの権能だ。

 

「ククリヒメは、イザナミとイザナギが人間の生死においての誓約を交わした際、何らかの祝言を以てイザナギを喜ばせ、誓約を成立させたそうだが――ここにはもう一つの意味がある」

 

「それは、現世と冥府の世界に境界を引く事だ」

 

  イザナミが地面を力強く踏み鳴らし、漆黒が地面を染め上げて行く。そしてそこから、大量の死霊が飛び出してきた。初めに呼び出された際とは比べものにならない、何千もの大軍勢として。

 

  しかし、

 

「イザナミが冥府へ降る要因となったのは、火神カグツチを産み落とした際にその火によって焼け死んだ事。これは他の地域でも見られる『火による天地開闢』を表していて、『天』のイザナギと『地』のイザナミが分かたれた事を示す」

 

  上空に配置された何千丁もの槍が、一斉に降り注いで地面に縫い止めた。そのまま、白銀の輝きが死霊達を消滅させる。

 

「く……ッ!」

 

  イザナミが自暴自棄的に冥府の門を開き、極寒の暴風を放つ。それに対し三丁の大鎌と斧槍(ハルバード)が投射され、真正面から風を断ち消滅させた。

 

  そして返す刀で放たれる五丁の槍が、イザナミの背後に殺到。“門”を貫通し、崩壊させる。“門”を維持していた呪力が行き場を失って、周囲に衝撃波を撒き散らした。

 

「さて、イザナギがイザナミを追って黄泉に降り、最終的に黄泉と地上の繋がりを塞ぐ神話。そこでイザナギは黄泉比良坂の入り口を塞ぎ、両界を分断し境界を引く訳だが――その締めくくりを担ったのが、ククリヒメなんだ」

 

「故にククリヒメは境界の権能を持ち、その神具たる菊理縄も同様の力を持つ訳だ」

 

「だが、その神具が、100年前破壊された。いや、自壊したんだ。抑え込んでいたモノの圧に耐え切れずに、な」

 

「恐らく、菊理縄が封じ込めていたのは、冥府の瘴気――死を撒き散らす呪力、その間欠泉みたいなものだったんだろう。その抑えが消えた事により、この地に冥府の気が充溢し始め――そして、お前が降臨した」

 

  そこまで語り終え、伊織は初めて訝しげな顔になった。

 

「別にここまでなら大した驚きはない。ヨモツオオミカミはイザナミノミコトと同存在、お前がイザナミノミコトと名乗るのにも違和感はないよな。死者の軍勢やら黄泉醜女やら、そして八雷神やら、冥府の眷属達を呼び出せたのにも納得だ。――だが」

 

  長剣と槍が、その切っ先をイザナミに向け矢のように放たれる。イザナミは自分を覆うように、“死”の呪力の膜を張るが、

 

「イザナミ、お前は地母神の化け物じみた生命力を持っていた。既に死して生命力を喪った冥府神であるに関わらず、だ」

 

  ――斬斬斬斬斬!!

 

  白銀の刃は、容赦無く膜を貫き切り破り、イザナミに殺到した。

 

「く……ッ、おのれェ……!!」

 

  今までとは比べものにならない莫大量の“死”が、大地を貫いて噴出する。しかし、

 

「ああ、無駄だぞイザナミ。その刃はお前の全てを切り裂く。どれだけ威力を高めようが、そいつらには関係無い」

 

  伊織の宣言通り。白銀の剣槍(りゅうせい)は死の噴火すらも切り裂き消し去った。そして、唖然と立ち尽くすイザナミの痩身へと、次々に降り注いだ。

 

「ーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

  初めて、イザナミが痛みに絶叫した。いや、この神格破りの刃が与えるのは痛みではない。己の存在そのものを切り裂かれる事。それによってもたらされる精神の苦痛だ。

 

「さて、さっきの話の続きだが――」

 

  低く呻きを上げるイザナミに対し、伊織はまるで構わず言霊を詠唱し続ける(神話を紡ぎ続ける)

 

「お前は冥府の神格として現界した。だが地母神の属性も持っていた――現界してしばらくはな」

 

  それが変質したのは、イザナミが唐突に力を増幅させた瞬間。伊織がガルダの焔を以て、彼女の命を半分以上削り落としてからだ。

 

「命を削り落とす度“死”に近づく――生と同時に死を内包する、普通の地母神なら有り得ない事だ。いや、バビロニアのイシュタル女神なら有り得たか?……まあとにかく、お前は明らかに異常だ。――その理由。お前は自覚しているか?」

 

  その一言で、イザナミの表情が怒りに塗り潰された。

 

「き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

  イザナミを中心に、ドス黒い死の呪力が噴出する。漆黒の闇靄は柱のように天を突き、天地を轟かせた。

 

  その一部が蛇の如く鎌首をもたげ、上空から食らいつくように襲いかかってくる。目測で太さ20メートル。八雷神や神猪グリンブスティをも超える超弩級の呪力攻撃(へび)を前にして、伊織は短く「お」とだけ反応し、サッと腕を横に伸ばした。

 

  そこに白銀の光が充溢し、両刃の剣を造り上げる。しかし、そのサイズが桁外れだった。

 

  刃渡り10メートル、幅70センチ、柄一メートル。巨人が振るうが如き、こちらも超弩級の得物だ。

 

  とはいえ、これは伊織が紡いだ言霊で構築された武器。実際の重量がどうであれ、伊織が感じる重さは並の長剣と何ら変わらない。

 

  その超大剣を以て、上空の蛇を一閃。莫大な呪力の塊は斬られた面から消滅し、宙に溶け込むように消えていく。

 

「くぅ……っ、まだです!」

 

  イザナミはさらに動いた。今度は上空からの攻撃でなく、前面から死の蛇を五体、差し向ける。

 

  地響きと共に襲い来る、津波じみた蛇の突撃。そこに伊織は白銀の"刃器"を雨霰と降らせるが、

 

「へえ……」

 

  白銀の豪雨が命中する寸前。死の蛇がその身を分裂させた。全長百メートルはあろうかという巨体から、自然界において大蛇と呼ばれる全長4メートル程の蛇に。

 

  何十尾も、上から降り注ぐ白銀の刃に切り裂き貫かれ、消滅していく。しかし中にはそれを辛うじてすり抜けるものもあり、そういった個体が20尾程、伊織本人に喰らい掛かった。

 

  しかし、それも伊織からすれば無駄な足掻きだ。

 

「潰し斬れ」

 

  その一言で、伊織の前面に三連ギロチンが落ちた。それは、襲い掛かってきた大蛇のほとんどを諸共にブツ切りにする。

 

「そういや、蛇食ったのは去年の春か……。あの爺さん、元気かな」

 

  そんな事を言いながら、あぶれた数匹は伊織が直々に始末した。呼び寄せた長剣で、微塵に切り裂く。

 

「まだまだぁ!!」

 

  再三死の呪力が溢れ出す。しかし、今度は派手に解き放つ事はして来ない。

 

「冥府の誘いに、従いなさい……!!」

 

  イザナミの足踏みが地面を打つ。それを合図に、地の底より死の呪力が噴出した。

 

  それは先のものとは違った。噴き出した呪力は人間の腕の形で、その手が掴んだものはあっという間に朽ち果てて行く。それが一気に500メートル範囲を埋め尽くした。恐らくは、伊織の退避場所を無くす為。

 

「やれやれ……いい加減、理解したらどうだ?」

 

  死の腕に掴まれる寸前で宙に跳び、伊織は携えた大剣を逆手に振りかぶった。分厚く、しかし鋭い切っ先を地面に向け、

 

「お前の呪力である以上、お前の攻撃は全て通じない」

 

  一息、大地を深く突き刺した。そして周囲の武器の何本かを光文字に戻し、大剣に吸収。

 

「刃よ、月の輝きにて闇を斬れ!」

 

  突き立てられた大剣の切っ先から白銀の光が迸った。地中に放出された神格破りの力は、土に一切影響を与える事なくイザナミの呪力のみを喰らい、消滅させる。

 

  強烈な一撃を放ち終え、軽やかに地面に着地しながら、伊織はイザナミを見据えて嘆息した。

 

「やれやれ……自分の醜態を他人から言われるのがそこまで嫌か?自分が為した事を否定するのは、王者にあるまじき事だぞ」

 

  その言葉には、妙なまでの重みがあった。――それも、

 

「ああ、醜態というのは二重の意味合いだぞ?お前の行った行為、そして――お前の本来の姿への言葉だ」

 

  嘲り切った挑発に隠れ、目立つ事はなかったが。

 

「ッ、語らせるものですか!!そのような穢らわしい、忌々しい言霊を……!!」

 

「忌々しい?――何を当然の事を」

 

  さらに呪力を振り絞るイザナミに対し、伊織はあくまで冷淡に受け答えした。相手がどう思おうが構わぬという、突き放す傲慢を以て。

 

「この世界の害悪、俺達人間にとって忌々しいお前達を殺すこの俺にとって、お前達の誇りや主義主張など塵芥も同然だ」

 

  ああ、いくらガルダで爆発させたからといって、自分の憎悪は消えないらしい。心の内から湧き上がってくる、このドス黒いモノ――

 

「冥府の女王だの何だのと、下らない。そんなものはただの記号だ。お前達がお前達を満足させるだけのもので、この人間の世界では何の意味も為さない。――弁えろ塵芥、ここではお前は、ただの異物だ」

 

  冷たき憎悪を塗り固めた、伊織の言葉。神を神とも思わず、ただ大罪人として見なすだけの、絶冷の紅き瞳。

 

  イザナミの怒りが、頂点に達した。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

  最早咆哮紛いの怒声。凶相を浮かべたイザナミが、憤怒の咆哮(ことだま)を唱える。それに従って、彼女の姿が著しい変貌を遂げた。

 

  今までは、死人のように青白かった女神の痩身。

 

  その素肌が、徐々に黒くくすみ始めたのだ。それも、噎せ返るような臭気と共に(・・・・・・・・・・・・)

 

  それは、最早腐敗を始めた遺骸も同然の変容ぶりであった。

 

「ああ……理性が飛んで、最早誇りも消え失せたか。自ら本地に立ち戻るとはな」

 

  イザナミの変貌はまだ止まらない。彼女の内で、イザナミのものとは違う呪力が生成されたのを伊織は感じ取った。――八雷神だ。

 

  いや、正確には違う。神格としての召喚ではなく、あくまでその精髄(エッセンス)を己と切り離した状態に過ぎない。伊織はそう判断した。

 

  切り離された八雷神の精髄が具現化し、蛇体がイザナミの身体に絡み付く。伊織は断定した。最早あれは、地母神としてのイザナミの相を喪った、と。

 

「まあ、何にせよ俺のやる事は変わらない。容赦無く解体させて(かたらせて)もらうぞ、イザナミ!!」

 

  伊織を中心として、白銀の飛沫が爆発する。

 

 

  /◯/

 

 

  闇と青白を、白銀が穿ち切り裂く暴風圏。その中央に在って、軍谷伊織は朗々と言霊を紡いだ。

 

「まつろわぬ神というのは、その知名度では強さは決まらない。まあ元々持ち合わせる性質の問題もあるにはあるが、基本的に共通する事だ。もちろんお前もな、イザナミ」

 

  イザナミは、八雷神から取り込んだ呪力の精髄を実体化させる事により、雷撃を操る能力を得ている。それは基本的に八雷神の呪力を基としているため、イザナミ破りの言霊では斬る事は出来ない。

 

  しかし、劣化しているとはいえ、雷神の放つ雷だ。カンピオーネといえど、まともに食らえばただでは済まない。

 

  だから、伊織は抜け道(・・・)を使った。

 

  幾ら自分の身より生み出された呪力とはいえ、それそのものは八雷神の力。イザナミが扱うには、まずイザナミ自身の呪力で制御する必要がある。

 

  そこを刃器で切り裂く。

 

  イザナミが呪力を励起させた瞬間に精密に切り裂けるよう、放つ武器は速度と精密性に優れるローマ軍団式投槍(ピルム)。穂先が錐のように鋭く、金属部分が長い作りだ。

 

  イザナミから呪力の巡りを感知した瞬間に、伊織は事前に待機させていたピルムを一斉投射。痩身に絡みつく蛇を刺し貫く。

 

  だが、それで全ての稲妻を事前無効化する事は出来なかった。そこは当然回避せざるを得ず、

 

「――ッ!!」

 

  強化した脚力で、全力で横に跳ぶ。雷速の稲妻を回避する。先程からずっとこの繰り返しだった。

 

  無論、八雷神の精髄から紡がれた蛇は、刃器での破壊は不可能だ。イザナミが呪力を通せば稲妻は発される。

 

  だから、伊織は畳み掛けた。

 

「イザナミノミコト――否、ヨモツオオミカミ。お前は神話にて、夫イザナギに己の正体を見られ、それを恥じた。つまりは己の姿――己の属性を忌々しく思ってたって事だ」

 

  周囲に待機させている刃器のみならず、光文字も全て武器に錬成する。そして、雨霰と撃ち放つ。

 

「そして、お前はこの世界にて現界した際も同様だった。ヨモツオオミカミとして現界したお前は、ほぼ無意識下で自分を“イザナミノミコト”であると認識したんだ。冥府の女王という、己の地位だけは忘れずにな」

 

  殺到する白銀が、全ての"死"を消滅させる。いかにイザナミが怒り狂おうが、その力を爆発させようが御構い無し。切っ先に触れた瞬間に、それら一切は真っ二つに断ち切られた。

 

「ーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

  激昂状態のイザナギから、お返しとばかりに雷撃が放たれる。

 

「ッ、連続召喚……!!」

 

  異空間より武器を召喚する魔術を、一気に30回連続で発動。鉄板がそのまま武器になったような分厚さの大剣を30振り、雷撃の軌道上に一直線に突き立てる。そうして出来るのは、15メートルは下らぬ即席の鋼壁だ。

 

  それに稲妻が正面から衝突。熱量で以て大剣を溶解させ、貫かんとする。だが、大剣は大剣で魔術による強化を受けた魔剣。少しずつだが雷撃の威力を削っていく。最終的には、最後の一振りの中程まで溶かし尽くして、雷撃は消滅した。

 

「はぁ……景気良くやってくれるなあ、全く……。また打ち直すか……」

 

  盾代わりにした大剣の破損ぶりに、伊織はやれやれと頭を振った。

 

  追撃として、イザナミは即座に紫電を迸らせる。しかし次なる雷撃が放たれるより速く、伊織が新たな一手を打った。

 

  イザナミの横四方から、白銀の刃が彼女を襲った。一瞬蛇のようにも見えたそれは、銀製の鎖を持つ鎖鎌だ。柄を持たず、刃に直接鎖が取り付けられたそれは、実際蛇のようなモーションでイザナミの四肢に食らい付き、貫いた。そして、無限に伸びる銀鎖がイザナミを拘束、磔にするようにして宙に浮かばせた。

 

「………ゥう……あアあ……ァアァアアアァアアアああああアアァアアアアあアアアアアあああアアアアあああああああアアああああアアアアああアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー!!!」

 

  もがくイザナミが、全身から“死”を撒き散らして鎖を破らんとする。その濃度は、もはや冥府に充溢するそれをも上回る濃度。本来なら、地上に漏れ出せば半日で日本列島が死の大地と化す程だ。

 

  しかし、彼女を貫き封じる白銀の刃器が、それらを一瞬の内に消滅させる。鎌が、銀鎖が、そして天より降り注ぐ無数の武器群が、純粋過ぎる“死”を無へと還す。

 

  「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

「煩い黙れ」

 

  暴れ狂うイザナミの顔面を、大斧が容赦無くかち割った。

 

  今まで、イザナミに屈辱を与える為に狙わなかった顔面。そこに攻撃を加える事は、イザナミの激昂を解くと同時に、一時的に視界を塞ぐ事を意味する(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「………っ、きさ、ま……何を………」

 

  激痛に顔を歪ませ、頭に手を当てながら、イザナミは伊織を睨み据えた。そこには、憤怒と憎悪のみならず、怪訝の色もある。

 

  しかし、伊織は気に留めなかった。ただ冷たい表情で、次の一手を思案する。

 

「クライマックスだ、静かにしていろ。お前の真実を、今語り終えてやる」

 

  伊織の冷たい声が、この時ばかりは一瞬熱を帯びた。一度頂点にまで高まった己の呪力が、また再び最高潮に達しようとするのを感じる。

 

  その昂りをそのままに、伊織は全ての刃器に意識を通した。イザナミを拘束する鎖鎌はそのままに、それ以外の刃器は全て伊織の背後に集結させる。

 

  あのまつろわぬ死神は、神格を切り裂くトトの刃器を以てしても容易には無力化出来ない程の莫大な呪力を誇っている。もっとも、この力は神格そのものを切り裂く言霊であり、完全に切り裂いたところで、イザナミが持つ何らかの相としてのカタチは残るのだが。

 

  ともあれ、そこまで持っていければこちらの勝ちは決定だ。故に、今ここで確実に仕留める為に、伊織は呪力を振り絞った。今の己の呪力総量も残りわずか、今よりの一手と最後の決定打の一手で、おそらく完全に使い尽くすだろう。その後の事は清秋院に任せてあるので、気兼ね無く全力を振るうことが出来る。

 

「先の続きだ――女王、お前は己の自我(エゴ)に従い、自ら己の属性を混雑化させてしまった。大いなる地母と冥府の女王――並の地母神なら至極真っ当な、しかしヨモツオオミカミとしては確実に有り得ない状態にな。そしてそれは、自分で自分の首を絞める事に繋がった」

 

  まず、伊織は数百丁もある刃器の中から数十丁を選び出し、それ以外の刃器を白銀の光文字へと還した。そして、それらを刃器に吸収させ、その威力を最大限にまで高める。先の大剣と同じ運用法だ。

 

  さらに、伊織は一手加えた。

 

  手元に白銀の矢を呼び寄せ、左手に剛弓を召喚してつがえる。それは、背後に控える刃器群のガイドの役割を担う刃器だ。この矢の軌道に従って真実を切り裂く刃は降り注ぎ、イザナミを穿つだろう。

 

「相反するものを内包しながらそれを『正しい』とした結果、お前は己を確固とし、まつろわぬ神として充分な力を得た。強い自我が強大さを決定する、それがまつろわぬ神。故に、お前は俺に数百回殺されるまで自覚していなかった訳だ。己の存在の不格好さをな」

 

  迫る滅びの予感に、意識を取り戻したイザナミの表情が歪む。それを正面から見据え、伊織は少しだけ哀れむような視線を向けた。

 

  だが、それも一瞬にして掻き消える。月光にも似た銀色の眼差しは、次の瞬間には戦いの終局しか見ていなかった。

 

「俺の攻撃を幾度となく喰らい、地母神の力を削り落とされた結果、お前は本分に立ち戻った。逆に言うなら、そうでもしなければ戻れない程に、お前の思い込みは強かった訳だ」

 

  言霊を唱えながら、伊織は矢に呪力を込める。そしてその狙いをイザナミ――ではなく天に定め、放った。鋭い軌道を描き飛ぶ白銀の矢。それを追随して刃器が次々に天へと撃ち出され――

 

「存在が確固たるものであろうが、その本質は結局相反するものを内包した不安定な存在だ。ヨモツオオミカミでありながらイザナミノミコトである。死そのものでありながら生命の象徴である。お前のその在り方こそが、お前を弱体化させていたんだよ。――これがお前の真実だ、女王!!」

 

 

  直後。天空より白銀の光雨が降り注ぎ、地上の色全てを一色白銀に塗り潰した。

 

 

  夜の帳が、白銀の輝きによって払われた。あたかも、満月が夜を照らし出すように。

 

  イザナミや地面に着弾し、そして爆ぜるように拡散していく光の聖刻文字。それらを浴びたものは全て、イザナミの死から解放される。黒ずんだ世界が一瞬にして晴れ、土も木々も正常な色を取り戻した。

 

  そして、閃光の標的であるイザナミ本体の状況は、正に凄絶の一言に尽きた。

 

  全身を隙間無く白銀の光が切り裂き、その存在そのものを消滅させる。一発分で刃器数十本分の破壊力を有する閃光が、数十発。それを喰らって、無事でいられる訳がない。

 

「――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーー!!!!」

 

  絶叫する。己の存在そのものを微塵に割かれ、女王が断末魔の叫びを上げる。そして、

 

 

  ――ガカッッ!!!

 

 

  彼女を中心として、黒が弾けた。

 

  木々が吹き飛ばされ、空が鳴動する。伊織の髪を、衣服を、風が激しくはためかせる。

 

  呪力の爆発――イザナミという存在が、勢い良く解けていく。それは、イザナミの消滅を意味するのだが――

 

  ――否、そうではない。

 

「……まあ、さすがにこれで終わりじゃないよな?」

 

 

  果たして、まだイザナミは立っていた。

 

 

「………ゥ……アぁ………」

 

  最早それは、ヒトと呼べるものではなかった。

 

  ヒトガタの黒い闇――正常な理性も何も削り落として、完全かつ純粋なる“死”だけの状態になった存在。それが、今のイザナミの姿であった。

 

  周囲の大気が歪み、朽ちる。地獄の瘴気が、空気中そのものを侵し死に染め上げて行く。それは正に、地上に顕現した冥府だ。

 

  伊織が刃器にて破壊したのは、ヨモツオオミカミの死神としての相。実際それがヨモツオオミカミの全てと言えるのだが、

 

「ああ、やっぱり切れ味が甘かったか……不完全なヨモツオオミカミを斬る刃であってはな」

 

  伊織としても、完全な刃を振るいたくはあったのだが、ああも完全かつ不完全な神を相手にした事などそうそうない。故に、不完全なヨモツオオミカミを切り裂く刃を打ち、振るうしかなかった訳だ。

 

  結果として、イザナミはその核のみをカタチとして残した。今の状態では最早自然消滅していくだけだろうが、自分一人を道連れにしていくには充分だろう。

 

  しかし、伊織とてこの事態を想像していなかった訳では、ない。むしろそうなるはずだと確信していた。大した根拠があった訳ではないが、自分はいつだってそうやって生きてきた。

 

「こういう時は、『計画通り』と言って笑うのがお約束なんだったか……。はは、悪いけどなイザナミ、お前が完全な死ーー殺せない存在(・・・・・・)になったおかげで、俺はお前を完全に殺せる(・・・・・・)んだよ」

 

  ――伊織の背後に、黄金の“門”が開いた。それは、神猪(グリンブスティ)が召喚された“門”と全く同じものだ。

 

  しかし、それは神猪を呼び出すものではない。

 

「――来たれ、輝ける絶対の勝利よ。日輪の如き黄金の剣よ」

 

  それは、宝物庫の扉。伊織が有する"四宝具"の内の一つを呼び出す為のプロセスだ。

 

「汝は豊穣を司る王者の至宝。如何なる存在をも断ち殺し、王に勝利をもたらす絶対の刃なり」

 

  黄金の“門”は、神猪の時と違いその規模を拡げない。ただ、その揺らぎが大きくなる。それによる煌めきも荘厳さを増す。

 

  そして、その中心より、剣の柄が顔を覗かせた。

 

「我が手に来たれ、王の至宝よ。汝の主に絶対の勝利をもたらすために――勝利の"宝剣"よ!!」

 

  柄を握り、"宝剣"を抜き放つ――その瞬間、天地が黄金一色に染め上げられた。夜空も、森を覆う夜闇も、イザナミの纏う闇も。全て黄金に消し去られる。

 

  伊織が引き抜いたのは、黄金に輝く一振りの長剣だった。

 

  刃渡りは一メートルと少々長め、それ以外は普通の長剣と変わらない。しかし、それは世に二つとない荘厳さを有する、至高の宝剣であった。

 

  剣腹は焔の如き濃い橙色で、鍔は牡鹿の角か樹木の枝のような意匠。目を見張るような装飾が施され、また剣腹には現代には存在しない最古のルーン文字が刻印されている。

 

  ――これが、軍谷伊織の象徴たる権能の片割れ。そして、伊織が最初に簒奪した権能『豊穣王の財宝(ユングヴィ・フレイ・イン・フロージ)』――その一つ、"勝利の宝剣"である。

 

「――さあ、もう終わりにしよう、女王」

 

「ーーッ……アアアアアアァァァァァァァァァァッッ!!」

 

  その輝きは、絶対の勝利――。神秘的な輝きに威圧され、死の女王が、凄まじい勢いで突撃を敢行する。それは正に、黄泉比良坂の再現のようで――

 

「イザナミノミコト。お前は己の腐敗した姿を見た夫、イザナギノミコトに怒り狂った。だが、その激しい憎悪は――イザナギノミコトを愛するが故のものだろう?」

 

  "宝剣"を高く掲げ、迫るイザナミを静かに見据える。その目に憎悪の色は、ない。

 

「見られたくない己を、見られたくない者に見られた。だから追い掛けた。相手を失わせる事で、自分を愛する事を止められない為に。そして、ククリヒメの取り持ちを機に、憎悪する事を止めた。が――お互いを愛する事を止めなかった」

 

  イザナミが間合いに入る。それを、伊織はただ静かな瞳で見つめ続ける。

 

「これは、あくまで俺の想像に過ぎないがな……イザナミ、お前の愛憎がまつろわぬ神の呪縛で歪められずに、そっくりそのままだったなら――俺はお前を殺せなかっただろうな」

 

  自分が憎むのは、人の世界に害を為す存在。伊織がまつろわぬ神の殺戮を誓う理由はそれに尽きる。

 

  逆に言えば、そうでない存在を伊織は憎悪しない。余程で無ければ、負の感情を向けない。だから、伊織がイザナミに語り掛けるのは――

 

「終わりだ、イザナミノミコト。――今度はつまらん呪縛なんぞに縛られず、眠れ」

 

  眼前に迫ったイザナミに、全く動揺する事なく――

 

 

  ――黄金の斬光が、闇を真っ二つに両断した。

 

 

  今のイザナミは“死”そのもの。並の攻撃では殺す事の出来ない存在だ。ただの斬撃では全く効き目がない。

 

  しかし、この"宝剣"は絶対の勝利を授ける剣。北欧神話において、世界を焼き尽くした焔の巨人スルトを唯一殺せる武器として登場する武器だ。

 

  故に、この刃は“死”すら切り裂く。

 

 

  ――ァァアアァアァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアァアアアアァアアァァァアア――!!!

 

 

  大気が鳴動するような、イザナミの悲鳴。そして、ヒトガタの闇が、溶けるように消えていく。

 

  黒い粒子が宙に消えていくのを、伊織はただ静かに眺めていた。

 

  見れば、既に空も明るくなり始めていた。ほぼ一晩、伊織とイザナミは戦いを繰り広げていたのだ。

 

  しばらくして、背中に重みが増す感覚。新たな権能――イザナミの権能が、伊織に与えられたのだ。

 

  『二年前』から数えて二度目、久方ぶりの長期戦闘だ。心身共に消耗し尽くしたし、呪力も先の一撃で完全に使い尽くした。

 

「あー……疲れた」

 

  そう呟いて、伊織は倒れ込むように、その場に仰向けに寝転がった。途端、一気に意識が薄れ始める。

 

  白み始めた空を眺める伊織の目に最後に映ったのは、伊織にとって一番大切な、“彼女”の姿だった――。




というわけで、第五話でした。
本当に申し訳ありません、ペース上がりませんでした……。
理由としては、活動報告にあげた通りなのですが……ともかく申し訳ありませんでした!!

さて、内容についてですが、伊織さんの主力がこれで出尽くした事になります。では、詳細を軽ーくあげときましょう。



【名前】フレイ
【出展】北欧神話
【属性】豊穣神
【権能名】『豊穣王の財宝(ユングヴィ・フレイ・イン・フロージ)
【内容】フレイの四神具を召喚/召喚時、呪力を消費して“門”を開く必要がある

・"勝利の宝剣"/???(全てに勝利する宝剣)/制約:一日一回/伊織の象徴的権能

・"魔法の舟"/???/制約:無し

・"黄金の猪"/巨大な黄金の猪。季節によって破壊力が変化し、最盛期の春には護堂の"猪"すら圧倒/制約:一日一回、標的のサイズ制限有り

・"豊穣の装身具"/???/???


【名前】マッハ
【出展】ケルト神話
【属性】馬、死、魔術、王権の女神
【権能名】『魔術統べる神馬の女王(アイリッシュ・トライアッド)
【内容】

・"神馬" : 強化脚力

・"魔女" : 魔術強化

・"女王" : ???

といった具合です。

さてまあ、今回の神話解体は自分でも「え、これっていいのかな」とか思いましたが、フツーに解体するには面白くない素材でしたのでこんな感じに……なんかホントすいませんでした。

次の話は、第一章のあとしまつ的なお話です、量は少なめですがご了承を……

今回は本当に申し訳ありませんでした……!!

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