孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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テストなんて大ッ嫌いだーーーーーーー

第四話、いおりさん@がんばる……?


第四話 「怒れる王者」

 

 

【軍谷伊織】

 

 

 吹き荒れる稲妻が、天と地を舐めるように駆け巡る。周囲には強烈なイオン臭が立ち込めている。

 

 その中を、伊織は舞うようにして飛び交っていた。

 

「ちぃ……っ、次から次に、忙しないな……!」

 

 伊織が相手取っているのは、八雷神(やくさのいかづちのかみ)。雷と死を司る、冥府の眷属たる神格だ。

 

 八雷神は、イザナミが従える八柱の雷神を一柱の神として数える時の名称だ。正確な彼らの名は、大雷神、火雷神、黒雷神、咲雷神、若雷神、土雷神、鳴雷神、伏雷神。

 

 それぞれが雷が起こす現象を現す神々であり、大雷神は強烈な雷の威力を、火雷神は雷が起こす炎を、黒雷神は雷が起こる時に天地を呑み込む暗闇を、咲雷神は雷によって引き裂かれた物体を、若雷神は嵐の後の豊かな土壌を、土雷神は雷が地上に戻る様を、鳴雷神は鳴り響く雷鳴を、伏雷神は雲に潜伏して光る雷光を司る。

 

 本来の手法で召喚するなら八柱の神。だが、イザナミは『八雷神』として大きな括りで呼んだらしい。その為に、

 

「確固たる自我は薄く、イザナミの指示に従って行動する、獣程度の状態か……。それでよく現界していられるものだ」

 

 言葉を話す様子はない。こちらを見る目は、自然界の蛇と大差ない。神獣と何ら大差ない知能のようだ。

 

 とはいえ、その事を瑣末な事だと感じてしまう程に、その破壊力は甚大だった。

 

 蒼白い雷光が奔り、大地を穿つ。それは、時に白蛇が口腔から放ったものであり、時に“白蛇そのもの”であった。

 

 八雷神の一体が、その身から放電を開始する。それは一瞬で全身を覆い、三秒もすれば、白蛇は生ける雷光と化した。

 

 そして、

 

 ――シュアアアアアアアアッッ!!

 

 巨大な稲妻が、大口を開けて突っ込んでくる。

 

 八雷神が召喚されてから、伊織はこの二種類の雷撃相手に立ち回っていた。

 

「……ッ!!」

 

 稲妻のブレスを焔翼で防ぎ、稲妻形態の白蛇を回避する。

 

 神鳥ガルダは、かのヴァジュラすら防ぐ耐電性を持つ。伊織の権能もそれを受け継いでおり、第二段階の今の状態でも打ち破る事が出来た。

 

 だが、白蛇はいわば属性効果付きの物理攻撃。焔翼で防ぐには突破力が強過ぎる。それ故伊織は回避をしながら攻撃を行う方式で立ち回っていた。

 

「オン・ガルダヤ・ソワカ……ッ!」

 

 白蛇の帯電突撃(スパークチャージ)を翼の飛行制御で急上昇して回避。同時に迦楼羅天の真言を唱え、蛇殺しの力を強化した羽根矢を白蛇の背にぶち込み負傷を与える。

 

 が、相手は八体。矢継ぎ早に、しかも様々な方位から攻撃が来るので、決定打になりそうな一撃を見舞っている暇がない。すぐに防御・回避行動に移る事になる。

 

「このままじゃ埒が明かないな……!」

 

 ガルダの権能を第三段階に移行させるか。だが、今の"羽根"の枚数では維持が難しい。保って三分が限界だろう。三分で八雷神を倒したとしても、その次に来るイザナミは、ガルダ無しでは乗り越えるのは困難。

 

 さらに、伊織は懸念している事があった。

 

 前述したように、八雷神は八柱の蛇神を一柱として括った名称。八柱自身はそれぞれ個々の神としての性質を持っている。例えば火雷神の丹塗矢伝説などのように。

 

 それ故に、可能性としてだが、

 

(あいつら……個々の能力を使うことが、可能なのか……?)

 

 さすがに、一柱分の能力を完全に使いこなす事は不可能だろう。大幅に弱体化した状態で八体全部が能力を使えるか、或いは劣化は無しだが一度に一柱しか使えないか、といった辺りが予測される。

 

 だが、そうであるなら脅威だ。能力の内容は正確には解らないが、厄介である事は間違いない。

 

 とは言っても、高い可能性なのは明白。なので、

 

「ちょっとばかり無理してやるよ……!」

 

 まだ物質化させていない“羽根”の一部を、両脚に集中させる。黄金の輝きがそこに充溢し、

 

「神鳥の加護・部分展開――脚甲!」

 

 太陽の如き黄金の脚甲(グリーブ)が、両脚に現れた。

 

 ガルダの権能の第三段階は、全身にガルダの“羽根”を纏う権能。その一部分だけを、伊織は展開して見せたのだ。

 

 無論容易く出来る事ではない。この脚甲を構築した事で、少なくとも第三段階には移行出来なくなった。

 

 だが、

 

 シュアアアアアアアアッッ!!

 

 雷撃を纏った白蛇が三体、前、右、左から襲い来る。伊織はその内の一体、前方から迫るそれを標的として突撃し、

 

「――せぁッ!!」

 

 マッハの脚力強化を付随した、右脚での踵落としを放った。

 

 ガルダの脚甲は、ガルダそのものと同等の硬度。今までの"鋼の加護"とは比べものにならない。故に、そんな脚甲で放たれる一撃は、

 

 ギュアアアアアアアアアアンン!!

 

 肉を千切り、骨を砕く感触が伝わってくる。白蛇が頭部より紅い大輪の花(ちしぶき)を花開かせた。芯まで通した――その確信に歯を剝いて笑う。

 

 一体、撃破。

 

「残り七体……気の遠くなりそうな作業だ……!」

 

 だが、今の瞬間で八雷神に隙が出来た。その間に、焔翼に呪力を流し込む。

 

「吹き飛べ!!」

 

 黄金の爆風を撃ち出した。

 

 

 ――直後。伊織は、己が放った一撃の向こうに、それを見た。

 

 七体に減らされた白蛇。その中の一体が、人間でいう眉間の部分に蒼白い光球を冠しているのを。

 

 あれは、なんだ。

 

 そう思った時には、炎熱の衝撃波が八雷神を呑み込んでいて。

 

 ――そして、 青ざめた白金色の雷光(・・・・・・・・・・)がそれを真正面から貫き、搔き散らした。

 

 

「………ッ!」

 

 とっさに焔翼で宙を叩き、強引に身を飛ばして回避する。

 

 そして雷撃が衝突したであろう背後に目をやり、眉を潜めた。

 

「……なんだ、これは?」

 

 砕け散った大岩。薙ぎ倒され、吹き散らされた木々。だがそこにはある条件が足りない。雷が落ちたなら必ず生じるであろうある条件が。

 

 それは、超高圧の電流が衝突した事によって出来るはずの焦げ跡。地面すら灼いて黒炭化させる超高熱が衝突した証拠である。

 

 それが一切見当たらない。となれば、あの雷撃は、

 

「雷による攻撃じゃない……!?」

 

 見た限り、背後の木々や岩は純粋に破壊(・・)されたようだ。つまり、あの一撃は純粋な"破壊力"そのものを稲妻の形で顕したものなのだろう。

 

 シンプルだが、故に強力。黄金の爆風を真正面から砕く威力は、充分過ぎる脅威だ。

 

 仮説を立てて早速これか、と伊織は内心で毒づいた。

 

 今の一撃は、雷の有する強力な“破壊力”。つまり、先程あれを撃ったあの蛇が、

 

「大雷神――八雷神の司令塔!」

 

 大雷神は、先程の一撃で消耗したのか、宙でとぐろを巻きながら防御態勢(?)を取っている。その頭部には、雷球が王冠の如く座して輝いていた。

 

 今ので、八雷神は個々の能力を使用可能なのが解った。あとは、使用条件や同時召喚による劣化の内容を探る必要がある。

 

 脚部に装備している脚甲の"羽根"を、敢えて分解。そして、

 

「神鳥の加護・部分展開――腕部!」

 

 肩から腕までを"羽根"が包み込み、脚甲と同様のデザインをした、これまた黄金の腕甲(ガンドレット)を構築した。

 

 部分展開の中でも、とりわけ攻防の一体性に優れた装備だ。これから襲い来るだろう八雷神の攻撃を凌ぎ切り、隙あらば反撃を行う為の布石だった。

 

 伊織がカウンターの構えを取ると同時、八雷神も動いた。大雷神の戴く雷球が、唐突に消えたのだ。

 

 同時に、全方位を囲んだ白蛇の雷撃斉射。これはあくまで注意を逸らす目的のはずなので、焔翼で次々に散らしながら注視を怠らない。

 

 ――来た。伊織から見て右側、上の一体から雷球が現れる。

 

「そこかッ!!」

 

 間髪入れずに、羽根矢の掃射を叩き込む。正体不明の力を使わせない為に、だ。

 

 これは勘でしかないが、個々の能力を使う時の八雷神は発動する一体以外は移動以外の全行動を行えないと伊織は踏んでいた。そこで、一体が能力を使ってくるタイミングで攻撃。相手が攻撃を無効化してきても、その一体と能力を覚えてマークしておけば次に対応が可能だ。

 

 黄金の雨が白蛇目掛け降り注ぐ。それより半歩早く、その一体が口を開き――

 

 不意に込み上げた嫌な予感に従って、両腕で頭と胴をカバーした直後。

 

 

 雷鳴の轟音と共に、凄まじい衝撃がぶち当たり、腕の防御を貫いて突き抜けた。

 

 

 かは、という短い吐息を漏らし、伊織の身がくの字に折れる。

 

 (今のは、音波の衝撃波か……となると、撃ったあいつは……)

 

 鳴雷神。稲妻の落ちる轟音を司る八雷神の一柱だ。能力は、先程のように雷鳴による音波と、それに付随する衝撃波の攻撃だろう。

 

 追撃を避けるため、伊織はその場から素早く退避。全身に入ったダメージを確かめる。

 

  (そこまでのダメージじゃない、が……間違いなく一瞬呼吸が止まったな。ガルダの腕甲で防いだ上であの威力とは……)

 

 ガルダの権能は「身に纏う」もの。鎧を装備するのに近い。それ故、強過ぎる力を食らうとダメージが抜けるのだ。

 

 無論伊織も対策を練っていない訳ではない。だが、先の衝撃波は反応するのが遅かったので、腕の防御程度しか出来なかった。

 

 恐らく、と伊織は想起する。

 

  (イザナミは、連中の権能をごく一部に削り落としているな……。雷神と個々の司る能力だけ。それでこの破壊力を出しているんだ)

 

 能力の分かっていない残りの雷神は五体。その内容易に想像出来るのは、

 

 

 火雷神 : 雷火?

 

 黒雷神 : 暗闇?

 

 咲雷神 : 何らかの手段による切断力?

 

 

 といった所だろうか。他の若雷神、土雷神、伏雷神は、その性質的に様々なパターンがあるので容易には言えない(実際、伊織も似たような神と戦った経験があるのだ)。一体を速攻で潰したから、能力の一つは使われないと見ていいが……。

 

 いずれにせよ、一点集中による強力な威力は馬鹿にならない。そろそろ頃合いだろう。

 

「蛇喰らう翼よ、風よりも疾く駆けよ……!」

 

 体内でさらに呪力を燃やし、焔翼に一気に送り込む。金色の焔がさらに激しく燃え盛り、太陽の如く輝きを放った。

 

「行くぞ、最高速度……!」

 

 宣言し、直後。

 

 銃声にも似た破裂音と共に、黄金の閃光が蛇達の合間を貫いた。

 

 果たしてそれが黄金色のヒトガタだと、誰が気づけるだろうか。発射点にいた伊織を見ていなければ、それが超高速で宙を突っ切った彼だとは気づけないだろう。

 

 ――神速。神々の中でも速さに特化した者達だけが至れる速度で、伊織は一直線に飛行したのだ。

 

 とはいえ、容易くこれを成せる訳ではない。あくまで第二段階、神速飛行は一直線にしか出来ない。

 

 だが、その代わりとして、突破力は馬鹿にならない。現に、伊織は八雷神の包囲を抜けるにあたり、網目のように張り巡らされていた稲妻をブチ抜いて突破した。

 

 さらに、

 

「――ああ!!」

 

 着地点からの折り返しでブチ込んだ突撃で、白蛇の一体が頭部から貫通された。

 

 神速の突撃(チャージ)に、重ねてマッハの脚力強化による蹴撃。その威力は、最早神の投槍に等しい。

 

 

 黄金の槍閃が、連続で十条奔った。

 

 

 基本的にはフェイントを繰り返し撹乱、 全体の動きが乱れた所を狙って本命の一撃を放つ。

 

 当然それで簡単に倒せる相手でもなく、命中した蹴撃も身をくねらせる動きでダメージを逃がされ、一撃必殺には至らない。だが、攻守の入れ替えは完了した。ここからは、またこちらが圧倒する番だ……!

 

 左方の白蛇の額に雷球が現れる。そして間髪入れず、口腔から放たれるのは漆黒の霧(スモッグ)。恐らくは目眩ましだ。

 

 今の個体は黒雷神、暗闇を司る神格。頭の中で冷静に判断しながら、伊織も素早く動いた。

 

「焔よ、風よ、舞い踊れ……!」

 

 焔翼より羽根を散らし、宙にばら撒く。そして焔翼で風を起こし、羽根矢が描くは黄金の大渦。羽根を構築する金焔はお互いが接触すると融合して勢いを増して行き、周囲の黒霧を巻き込み掻き散らす形で渦は広がる。

 

「荒れ狂え、天空を席巻せし者よ!!」

 

 言霊と共に、焔の大竜巻が爆ぜた。

 

 爆散同然の勢いで黄金の爆風が180度全方位にブチ撒かれ、黒霧を完全に除去。白蛇を呑み込んで焼き尽くさんとする。

 

 ――ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!!

 

 八雷神の蛇の苦悶。それを聞き、伊織は勝利を確信――

 

「――ちィッ!」

 

 ――する間もなく、横に大きく飛び退いた(・・・・・)

 

 直後。

 

 

 漆黒の放射線が、先程までいた場所を大竜巻ごと貫き、塗り潰した。

 

 

「―――ッッ!!」

 

 イザナミの、死の呪力だ。

 

 今まで八雷神に充分な呪力を供給する為、彼らの護りの中で鎮座していたのだが、ようやく重い腰を上げたのだ。

 

「さすがと言っておきましょう、軍谷王よ。我が将を前に一歩も譲らぬとは、大したものです」

 

「この程度で、限界だと思うなよ……!」

 

「その減らず口がどこまで続くでしょうね?試して進ぜましょう」

 

 地に立つイザナミの前に白蛇の一体が滑り込み、頭を垂れる。その上にイザナミは登り、腰掛けた。白蛇は即座に飛び、再び伊織と対峙する。

 

 沈黙は永遠の如く、されど一瞬。

 

 わずかに視線を交わし、次の瞬間には黄金と漆黒が鬩ぎ合った。

 

 冥府の闇を黄金の焔が焼き尽くし、漆黒の死が煌めく焔を呑み込む。そしてそこに割り込む青白の稲妻六条。それぞれがぶつかり合う事によって発生する衝撃波は、既に充分破壊し尽くされていた周辺をさらに蹂躙し粉砕していく。

 

 一見拮抗しているように見える戦況。しかし、伊織は圧倒的に不利だった。

 

 当然だ。一対二、しかもこちらが消耗しているのに対し、あちらはほとんど無傷のイザナミと六体生き残っている八雷神。後者はそこそこに消耗していそうだが、イザナミの呪力供給があるので問題なく動いていられる。

 

  (巻き返すには、火力が足りないか……)

 

 片方だけを崩す手なら、ない訳ではない。それは、伊織にとって切り札とも言える強力な力であり、使えれば一気にこの状況を塗り替えるであろう権能だ。

 

 だが、それは敵が単体で動いている場合の話。今連中は連携して――というかイザナミが操る事によって、一切の乱れも無い。その状況でその権能を使うのは自殺行為に等しい。

 

 厄介過ぎる状況だ。先の展開を一々考えている暇はもうないだろう……。

 

「なら、腹を括ってやるか!」

 

 ガルダの権能発動と同時に休息させていた呪力を、一気に励起させる。そして、新たに言霊を紡ぐ――。

 

「来たれ、戦の王よ。眩き黄金の獣王よ」

 

 伊織の背後に、黄金の光が差した。それは、円状に広がり、波紋を揺らしながら来たるべき者への道を開く。

 

「必勝の槍、絶滅の鎚と共に生み出されし神造の獣よ!汝の牙は最強の剣槍、汝の蹄は最強の棍鎚。我が命に従い、あらゆる障害を薙ぎ払え!」

 

 力強い言霊に応じ、“門”より黄金の獣が飛び出す。

 

 それは、黄金の剛毛を持つ巨大な猪だった。

 

 体長は実に30メートル。反った二本の牙は金色の刀のように鋭く、蹄は柱と見間違う程の威容である。

 

「行くぞ"神猪(グリンブスティ)"!今はお前の大好きな春、豊穣の季節だ!好きなように暴れていい、散々場を乱して休む間を与えるな!」

 

 ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!

 

 猛々しい咆哮を上げ、黄金の猪は主の命に応える。そして、

 

 ――ドンッッ!!!

 

 砲弾のような速さで宙を爆走。一瞬で八雷神に接近すると、そのまま強烈な突撃をかました。

 

 ギュアアアアアアアアアアッ!!

 

 肉と骨が砕け引き千切れる異音、そして白蛇の断末魔。桁外れな破壊力をモロに喰らった白蛇は、成す術なく絶命する。さらに、幸運にも軌道から外れていた白蛇達に対し追い打ちを掛けるように、

 

 ルオオオオオオオオオオオオンン!!

 

 衝撃波を発生させる大咆哮が、波状に八雷神を打撃した。面で攻撃する衝撃波では蛇体でも打撃を逃がしようが無く、容赦無く白蛇達は打ちのめされていく。

 

 ――『豊穣王の財宝(ユングヴィ・フレイ・イン・フロージ)』。伊織が最初に殺めた、豊穣神フレイの権能。その内容は、フレイが所有する四つの宝具を呼び出す力である。

 

 『宝剣』『神猪』『帆船』『装身具』。その一部、『神猪』を顕す黄金の猪、フレイの騎獣グリンブスティを、伊織は自身の神獣として召喚したのだ。

 

 その能力は、季節によって変化する凶猛さ。豊穣の春に最大となり、冬に最低となる。

 

 今の季節は、春。故に、今の神猪の戦闘能力は、従属神にも匹敵する。

 

 白蛇六体が、一斉に散開した。イザナミを乗せる一体は伊織に並ぶように飛び、五体は神猪を取り囲むように五方から迫る。

 

 シュアアアアアアアアアッッ!!

 

 稲妻の奔流が五条奔る。それを神猪は一直線の突撃で回避、同時に突撃をかます。それを白蛇はくねる動きで回避した。

 

 背を見せた神猪に三体が背後から襲いかかり、縄のように絡み付く。白蛇がその身から稲妻を放ち、黄金の巨体を苛む。

 

 ルオオオオオオオオオオン!!

 

 咆哮を放ちながら、神猪は大きく身を震わせて束縛を強引に解いた。そして身体ごと牙を横薙ぎ、刃のような切っ先で蛇体を抉る。

 

 拮抗状態だ。両者の能力は同程度と見ていいだろう。

 

 だが、それでも伊織は勝てるとは思っていなかった。

 

 フレイの騎獣たる神猪は大地と豊穣の属性を持つ。対して八雷神は、大地の豊穣を破壊する嵐と雷の神格。相性は最悪だ。神猪の最大破壊力で以ても、圧せるのは初めの内だろう。

 

「余所見している場合ですか、軍谷王よ!」

 

 イザナミの叱声と共に、闇より昏き漆黒が奔る。それを翼の一打ちで回避して、伊織はイザナミに向き直った。

 

 そして、交差。それはあたかも先の交差を再生しているかのようで、しかし周囲へ撒き散らす破壊はさらに激化する。最早大地は細切れに引き千切れ、天は軋みの悲鳴を上げた。

 

 時折、衝突によって発生した衝撃波が双方に牙を剥き、若干態勢を崩させる。が、そんな事は些末なもの、一瞬で態勢を立て直し激突は続く。

 

 それを退屈と見たか、イザナミが新たな動きを見せた。彼女の従える白蛇の一体が、額に雷球を冠したのだ。

 

「!させるか!」

 

 みすみす逃す伊織ではない。即座に白蛇へと血紅の眼光を飛ばす。

 

 そこから放つのは、中国仙術の代表的な術の一つ、三昧真火。呪力によって発生させた炎を、目や口などから放つ術だ。

 

 伊織はこの術をさらに改良し、視認するモノを直接燃やすという術を構築していた。それを、『魔女』の魔術強化も込みで容赦無く放つ。

 

 が、伊織の視線が標的となる白蛇を捉えるより先に、そこに割り込むものがあった。――三体の内の、他の一体だ。

 

 ――キュアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ!!!

 

 業火に焼かれ、白蛇がうねり苦しむ。だが、伊織はわずかに動揺した。

 

 なぜ、他の一体があの一体を庇った?どちらにせよ削られるのは同じ一体、結果は変わらないはずなのに――。

 

「――まさかッ!?」

 

 伊織が顔を引きつらせ、身構えると同時。雷球を戴いた八雷神が、能力を発動した。

 

 純白の稲妻が、全方位へ――否、他の八雷神へと放たれる!

 

 一見同士討ち。だがそうでないと即座に理解出来た。――稲妻を浴びた白蛇の負傷が、凄まじい速度で癒えていくからだ。

 

 

「治癒の稲妻……!?いや、これは生命力を与える稲妻か!」

 

 なら、あの白蛇は若雷神。嵐の後の豊かな土壌を司る蛇だろう。

 

 そして蛇は元々生命力の高い生物。そこにブーストを加えられるならば、脅威的な再生力を得る事になる。

 

 戦闘中の白蛇のみならず、業火に焼かれる白蛇も、神猪に踏み潰された白蛇も、そして伊織が倒した二体すらも傷を癒し、空へ舞い上がる。

 

 八雷神八体が、完全に復活した。

 

「…………ッッ!!!!」

 

 戦慄した。厄介なのは解っていたが、ここまでとは想定外だった。

 

 即座に神猪を呼び戻し、突撃の構えを取らせるが、この状況では神猪の破壊力もどこまで通じるか解らない。現状の伊織の力でも、数と勢いで押し切られれば終わりだ。

 

 ハッキリ言って、今のままではどうしようもない。覆すにはピースが足りず、自力で埋めようとするなら、文字通り命を削りかねない。

 

 

 だから、足掻く。

 

 

 この敵を逃がしてはならない。こいつを逃せば、間違い無く何処かの誰かが苦痛を得る。恐怖を得る。絶望を得る。

 

 まつろわぬ神はこの人間の世界を破壊する害悪だ。それをハッキリしたカタチで知っているカンピオーネは、間違い無く自分のみ。それに。

 

 

 “あの時の感情”を、伊織は今も忘れてはいない。

 

 

「―――――ッッ!!!」

 

 

 獣の如き怒りの咆哮を上げ、伊織はイザナミを睨めつける。その眼光は、血の如く紅く、そして殺意に濡れている。

 

「蛇を喰らい、邪を破る焔の翼よ……!我が身を糧に燃え盛り、我と一体となれ……!!」

 

 ガルダの言霊。それは、今の第二段階をさらに上に押し上げる際のものだ。

 

 だが、第三段階は、“羽根”の枚数が足りなくて使えない。だから、捨て身の策として、

 

  (自身の呪力を、燃料として燃やす……!)

 

 呪力消費はバカにならない。下手をすれば全呪力を使い尽くすだろう。

 

 危険な賭けだ。成功すればこの状況を打開し得るが、失敗すれば待つのは十中八九に死のみ。フィフティフィフティを通り越して、こちらに部が悪いのは明白だ。

 

 だが伊織は躊躇わない。やるのだ。己は神の討伐者、人類の守護者たるカンピオーネ故に……!

 

「あああああああああああ……!!」

 

 吼える。ここまでの戦闘で、初めて伊織が憤怒の感情を発露する。それを火種に、伊織の全身が火に包まれた(・・・・・・・・・・・・)

 

 黄金の焔は、焔翼や腕甲から勢い良く吹き出しては宙に舞い、伊織の全身を覆っていく。その様子は、さながら焔の巨鳥が伊織を包み込むようでもあった。

 

「来たれ、翼の王よ……我が身と一つとなり……全ての怨敵を打ち破れ……!!」

 

 今や黄金の焔と化した伊織が、最後の言霊を紡ぐ。そして、焔はそのカタチを変容させた。

 

 全長5メートルの翼。腕、脚を鎧のように焔が覆い、顔の上半分を焔の仮面が隠す。胸部には焔の輪が掛けられ、腰部には焔の尾羽が幾筋も下がって風になびいていた。

 

 ――神鳥の加護番外、第2.5段階。

 

 これは、伊織とて使う事を躊躇う奥の手。冗談抜きの代償を伴う、自滅覚悟の力だ。

 

 何故なら、

 

「お………ぁあぁああぁああああああああ……!!」

 

 ――中途半端にガルダと一体化する(・・・・・・・・・・・・・・)ために、攻撃本能が意識を占拠し、暴走一歩手前の状態になるからだ。

 

 脳裏が猛りに染まり、猛りが怒りを増幅させる。ほとんど何も考えられない状態でありながら、その感情だけは鮮明に伊織の意識を灼いた。

 

 まつろわぬ神。俺の全てを奪った存在。赦せない。殺してやりたい。この自分の手で!

 

 殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――

 

「ーーーーーーーーー!!」

 

 声無き咆哮。そして直後、その姿がかき消えた。

 

 

  ◯  ◯  ◯

 

 

【イザナミ】

 

 

 軍谷伊織が消えた直後には、イザナミは前面に死の呪力を展開した。恐らく襲いかかるであろう神速の突撃を捕らえるべく、呪力の性質は触れたものを停滞させる呪いだ。

 

 しかし、

 

「!?」

 

 来ない。気配すら感じ取れない。

 

 イザナミは目を見開き、八雷神に周囲を警戒させる。蛇の感覚器は熱量を感知する、今の伊織なら容易に捉えられるはずだ。

 

 しかし、その暇を与えぬ者がいる。

 

 ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!

 

 黄金の神猪が、大気を揺らす咆哮を放つ。その声音には完全に解放されたーー否、増幅された破壊衝動が伺える。恐らく、主人の精神状態にトランスする形でこちらも攻撃本能を完全解放されているのだ。

 

 仕方なく、イザナミは八雷神の三体を送り込んだ。生命を与える若雷神がいる限り、八雷神は不滅にして無敵。如何にあちらが攻撃を重ねようが、若雷神さえ守り切ればこちらのものだ。

 

 ――ルオオオオオオオオオン!!

 

 ――シュアアアアアアアアッ!!

 

 四体の巨獣が入り乱れ、周囲に破壊を撒き散らす。その様は怪獣映画宜しくアバウトかつ破壊的だ。

 

 だが、イザナミは神猪の動きに違和感を感じた。どうしてかは解らないが、あの獣は力を温存している……?

 

「なら探りを入れますか」

 

 そう呟き、イザナミは神猪の相手をする白蛇の内の一体、火雷神に能力解放を命じた。

 

 火雷神の放つ炎は自然の生命を刈り取る破壊の顕現。大地の属性を持つあの神猪との相性は八雷神の中で最高だ。間違いなく何らかの手を打って対抗してくるはず――。

 

 神猪の正面にいた白蛇が、額に雷球を戴く。果たして、神猪も今までにない動きを見せた。神猪の頭上に黄金の光が充溢し、王冠を象ったのだ。

 

 神猪グリンブスティは、『戦いの王』なる異名を持つ神獣。あの王冠はそれを具象化したものなのだろう。ならあれが、神猪の温存していた“力”ということか……!?

 

「ならば全力で焼き払いなさい、我が将よ!」

 

 シュアアアアアアアアアアアッッ!!

 

 女王にして母の命に応え、火雷神が呪力を最大限にまで絞り切る。白い蛇身が内側から赤く輝き、口の端から炎が漏れ出す。

 

 そして、解放。紅蓮の業火が口腔より放たれ、蛇の舌のように宙を舐めながら神猪目掛け奔る。

 

 生命を焼き尽くす破壊の炎。眼前に迫る脅威に対し、無論神猪も無反応では無かった。

 

 まず、暴風を堪えるように四股を踏み、身を低くする。そして何かの準備運動のように身を震わせ、大きく口腔を開いた。

 

「ッ!!」

 

 そこから漏れ出す呪力の濃密さを見て取ったイザナミは、とっさに八雷神に指示を飛ばした。己を守れ、と。それに従い、火雷神以外の白蛇が一斉に動く――より早く。

 

 

 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!!!

 

 

 神猪グリンブスティが、今までとは比較にならない、大咆哮をぶっ放した。

 

 天が揺れる、どころではない。神猪の前方の大地は半円状に抉れ、木々は吹き飛ぶ前に粉々に砕ける。火雷神の放った炎など目ではない。容赦無く掻き散らされ、消滅する。さらには八雷神も衝撃波の呵責なき強打撃に苛まれ、苦悶のうねりを繰り返した。

 

 そして、咆哮の暴威はこれに留まらない。

 

「こ、これは……!?」

 

 咆哮によって発生する衝撃波。それがイザナミの纏う死の呪力に触れた瞬間、死の呪力が消滅した。イザナミの意思とは無関係に、だ。

 

 もしや、とイザナミは思い当たった。火雷神の炎のみならず己の“死”すら消し去る力。もしやこれは、

 

「禍祓いの力……!?我が国の巫女が稀に持つという、呪力を消し去る力ですか!」

 

 答える者はいない。軍谷伊織は消えたまま現れず、神猪は言葉を持たない。それどころか、先の一撃を放った反動か、消耗し切ったように弱々しかった。

 

 とはいえ、充分に厄介な存在であるのに変わりはない。すぐさま排除せねば!

 

「我が将達よ……!」

 

 白蛇達は、かなりダメージを食らっているようだがまだ充分に動ける。若雷神がいる以上はその力に揺るぎはない。

 

 一言命じ、彼らに神猪を再び包囲・襲撃させる。彼らの最大出力で以て即座にこの神獣を潰さねば、何を起こされるか解ったものではない。

 

 その為に、イザナミは白蛇達に熱感知の能力をカットさせていた。

 

 

 ――故に。遥か天上より迫る、燃え盛る黄金の存在に、すぐさま気づく事は出来なかった。

 

 

 /◯/

 

 

 それは、黄金色に輝く隕石(メテオ)だった。

 

 黄金の焔を纏い、天より一直線に墜落してくる物体。それは、

 

「――軍谷王!?」

 

 どこかに消えたと思っていたが、何と遥か頭上まで飛び続けていたとは!イザナミはくっと歯を食いしばった。

 

「我が写し身、大いなる死よ!」

 

 消滅した死の呪力を体内で生成し、周囲の“死”を根こそぎ混ぜ合わせて強化する。

 

 あの黄金隕石は、間違いなく恐るべき威力を誇る一撃だ。今の自分とて、最大限の力で以て迎え撃たねば命はない。

 

 八雷神は動かせない。神猪を放置する訳にもいかないからだ。

 

「死よ、我が楯となり、かの王の進撃を阻みなさい……!」

 

 死の呪力を前面に集中させ、漆黒の膜を展開。同時に周囲からの“死”も供給させ、密度と厚さを増強する。

 

 見た目はただ黒い闇が壁を作っているだけだが、この障壁に重きを置くのは「防御力」ではなく「減衰と停滞の呪い」。隕石墜落(メテオストライク)の破壊力と速度を消し去る力だ。

 

 障壁が完成する頃には、黄金の隕石はすぐ頭上に来ていた。その威圧感と熱量が、手に取るように伝わってくる。

 

「さあ、来なさい軍谷王……!!」

 

 天より降る神鳥の突撃。それはあたかも黄金の焔剣だ。己を捉えるその切っ先を、イザナミは強く睨み据え――

 

 

 その切っ先が、不意に横に逸れた。

 

 

 軍谷伊織が標的を変えたと、そう理解するのに半秒掛かった。その為に、理解した時には、大地が深くまで抉られめくれ上がる轟音と、己が将達の断末魔(・・・・・・・・)を耳にしていた。

 

 そう。軍谷伊織は激突の一秒手前という所で、標的をイザナミから八雷神に変更。そして、自分の下僕たる神猪を消し、八雷神の中央に墜落、爆熱と衝撃波を以て攻撃したのだ。

 

 しかし、超高速で降下する状況下から正確に敵の位置を捉え、直前で軌道を変更するなど難しいでは済まされない。まして暴走したような状態にある彼なら尚更だ。つまり、彼は事前に標的の位置を決めていた事になる……。

 

「な――ッ、まさか、そのように気を触れさせておきながら、そこまでの判断力を……!?」

 

 何という戦闘本能。 何という執念。初めて、軍谷伊織という存在に恐怖した。

 

「ーーーーーッッ!!!!」

 

 叫びと共に、爆煙を吹き飛ばして伊織が現れた。黄金の焔を纏い、翼を生やし、仮面を嵌めたその姿は、怒りに狂っていながらも天使の如く神々しい。

 

 背後には、ズタズタに引き裂かれた白蛇の残骸。数からして生き耐えたのは六体のようだが、残りの三体も全身をメチャクチャに切り裂かれ、最早戦闘は望めない。頼みの綱の若雷神も、一撃で砕かれ容赦無く消し去られていた。

 

「ーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 言葉ではない、ただ声を発するだけの咆哮。しかしそこには明確な戦意があり、敵意があり、殺意がある。戦闘本能のみでも、明確にそれらを感じ取れる。

 

 神殺し。人間にして人間ならざる戦士。神をも殺す理法外の存在……!

 

「……我が将達よ、良く妾の為に戦いました……後は妾に任せ、妾の胎内(なか)に帰りなさいな」

 

 生き残った二体の八雷神を、実体を解かせ、精髄のみに戻して吸収する。これで、また己を本地たる死に近づける事となった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 それを待っていたかのように、軍谷伊織が声も無く前に出た。翼を展開し、滑るような超低空飛行でイザナミに迫る。

 

 対しイザナミは地面に浸透させた“死”を操り、勢い良く噴出させた。間欠泉のように天まで伸びる死の柱が、軍谷伊織を空に打ち上げ――るより早く、軍谷伊織は右翼を打って回避。そして鋭い軌道を描いてイザナミに迫る。

 

「――ぁッ!!」

 

 右から繰り出される手刀。黄金の焔を纏ったそれは、地上の如何なる刃より鋭い剣だ。

 

「死の楯よ!」

 

 対空用に展開していた黒の大楯を前面に再展開。軍谷伊織の焔手刀と激突させる。『減衰と停滞の呪い』は伊織の右手を絡め取り、その破壊力を封じ込めた。

 

「……ッ!」

 

 勢い良く軍谷伊織が手を抜く。その腕には外傷はなかったが、黄金が漆黒に侵食され、焔の勢いが弱まっていた。

 

「ほう……その姿、どうやら破壊力を代償に防御力のほとんどを捨てていますね。乾坤一擲、と来ましたか」

 

 思い切った真似をするものだ。いや、こうせざるを得なかったのだろうか?まあ何にせよ、神をも殺めるような人間の心理など図りようがないだろう。

 

 軍谷伊織は、わずかに右腕を見た後、目にも止まらぬ素早さで第二撃を放った。ただしそれは先の手刀ではない。

 

 黄金が奔り、漆黒が弾け飛んだ。イザナミが展開していた大楯が、真正面から貫かれたのだ。

 

「く……っ、何と強引な……!」

 

 守りを破られたイザナミが、とっさに発した死の呪力で牽制を放ちながら下がる。

 

 軍谷伊織が放った一撃。それは、背の焔翼を大剣として、その羽先(きっさき)を何撃も叩き込み、障壁を突破したのだ。障壁を構成する呪いを無理矢理削る形で。

 

 破られた障壁を翼の一薙ぎで掻き散らし、軍谷伊織がさらに迫る。今度は両の掌に炎熱を凝縮し、腕を引いた構えを取って。

 

 イザナミもここで新たな手を使った。

 

「盟約を取り持ちし巫女神・ククリヒメよ……今、盟約は果たされようとしています。我が夫が閉ざした冥府の門を、開きなさい……!」

 

 彼女の背後が揺らめいたかと思うと、次の瞬間には黒い孔が生じていた。――冥府の門だ。内にある呪力の二割を消費し、吸収した八雷神からも援助を得て、冥府の門を開いたのだ。

 

 軍谷伊織が一瞬そこに気を取られた隙に、イザナミは門より呪力を引き出した。そしてそれを以て発生させるのは――

 

「吹き荒れなさい、冥府の風よ!」

 

 冥府に吹く風。それは死者にとっては何でもないものだが、生者である地上の存在にとっては全てを凍てつかせる極寒の凍風(ブリザード)となる。

 

 邪を破る炎熱を操る魔王に対し、女王たる己は死をもたらす絶冷を操る。面白いほどに、対称だ。

 

 黄金と漆黒に代わり、黄金と純白が衝突した。

 

 イザナミが放った極寒風。それを、軍谷伊織は両掌から発する熱波で受け止め、拮抗する。さらに、再び翼剣の二連突で極寒風に隙間を作り、そして焔翼の焔を叩き込んで押し広げた。

 

 左右に押し開かれた絶冷が、軍谷伊織を素通りしてその背後を通り抜ける。炎熱によって黒く燻っていた光景が、一気に白く染め上げられた。

 

 そんな恐るべき威力にも構わずに、軍谷伊織がさらに前進する。今度はイザナミも前に出た。極寒風を面で放ち前進を遅滞させておいて、門によって強化された死の呪力を、槍のように凝縮する。それも、一気に30本。

 

 そして、軍谷伊織が白の風壁を破るのと同時に、一斉投射。漆黒の槍襖が、黄金の焔王目掛け襲い掛かる。

 

 軍谷伊織の、仮面に隠れていない口元がわずかに歪み。次の瞬間、黄金の乱舞が始まった。

 

 ――斬、斬、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!

 

 矢継ぎ早に繰り出される黄金斬閃が、黒槍の群を次々に切断し、粉砕し、霧散させる。

 

 両腕、両翼その四本を四振りの剣として、軍谷伊織は斬撃を次々に放ち、イザナミの攻撃を迎え撃ったのだ。その軌跡の精緻さは、戦闘本能に突き動かされた状態とは思えない程である。

 

 イザナミは次々に死の槍を放ち、軍谷伊織はそれを悉く切り裂きながら歩を緩めない。黄金と漆黒の交差は、もう既に四桁に達しようとしていた。

 

「命ある全てのものよ、我が前に平伏しなさい。冥府の女王たる妾の誘いに、全てを委ね従うのです……!」

 

 昂然たるイザナミの命令(ことだま)、それに従い何もかもが朽ち果てていく。これは冥府の門を完全に開く言霊。軍谷伊織を確実に仕留める為の布石だ。時間は掛かるが、それさえ稼げれば――

 

「――ッッ!!!」

 

 不意に、黄金が飛んだ。今までただ斬撃を放っていただけの軍谷伊織の焔翼が、一瞬にして三メートルまで伸張し、イザナミのすぐ横の宙を貫いたのだ。

 

 即座に“死”の呪力を放ち、牽制する。しかし、黄金の王はそれすらも断ち切った。

 

 今までとは明らかに火力が違う。ここに出て勝負に出たというのか……!?

 

 翼を振り抜いた態勢のまま、軍谷伊織が前に跳ぶ。剣のように一直線に、貫く眼光でイザナミを縫い止め、空を切り裂いて襲撃する。

 

 動けない。硬直したイザナミの寸前に軍谷伊織が迫り――直後。

 

 

 ――黄金の焔が、溶けるように消滅した。

 

 

 /○/

 

 

【軍谷伊織】

 

 

 唐突に意識が明瞭になるのを、伊織は自覚した。

 

 体が前に進む感覚の中で、瞬時に状況を理解する。

 

 (――"羽根"が切れたか……!)

 

 第2.5段階は己の呪力も消費して発動する力だが、"羽根"を核に形成されるため、"羽根"が尽きてしまえば権能自体を維持できない。

 

 そして、"羽根"が消滅したという事は、ガルダの権能が使えなくなったという事だ。

 

 イザナミを目前にして、空中で急激に失速する。それは敵の前で浮かんでいるような態勢となり、

 

 (まずい……!!)

 

 イザナミが、その手に死の呪力を集中させる。恐らく、飛び込んできた自分を確実に仕留める為だろう。

 

 条件反射で、足元に呪力を込めて魔術を発動する。一時的に虚空を蹴り、跳躍する『猿飛・応用編』。左脚の踏み切りで軌道を大きく右に逸らすが、

 

  (間に合わないか……!)

 

 ガルダの加護による化け物じみた身軽さが無い現状では、自分の跳躍はあくまで人間の範疇にしかない。その遅さを逃す事なく、死神の手が迫る。

 

 

 この瞬間。伊織もイザナミも、己と相手しか認識に入れていなかった。伊織は完全に忘れていたし、イザナミはそも存在を知らなかった。

 

 故に、どちらも気づかなかった。伊織の横合いに、人間サイズの巨大な風塊が飛来している(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)事に。

 

 

「「ッッ!?」」

 

 両者同時に、唐突の介入に反応する。しかしそれは回避するにも妨害を排除するにも遅く、伊織は風塊の打撃で弾き飛ばされ、イザナミは狙いを大きく逸らされた。

 

「なん、だ……?」

 

 辛うじて空中で態勢を立て直し、危なげなく着地しながら、伊織は攻撃兼救援(?)の発射元を見据える。そして、絶句した。

 

「あ、ははは……良かった、間に合ったね、軍谷さん……」

 

 黒い大太刀を杖にし、息を荒げながらもニヤッと笑う制服姿。

 

 伊織が先刻助けた少女、清秋院恵那が、そこに立っていた。

 

「な……ッ、清秋院!?お前、何して――」

 

 驚愕に目を見開くが、生憎そんな場合ではなかった。

 

「貴様……ッ、民草の分際で……ッッ!!!」

 

 たかだか人間風情に邪魔立てされて、完全に頭に来たようだ。語気も荒々しく、イザナミが清秋院を睨み据えた。

 

「まずい……っ!」

 

 自身の消耗も構わず、伊織は強化魔術を発動した。先刻同様に、三眛真火を視線に乗せて放つ。伊織が放った業火はイザナミの足下を爆発させ、イザナミの視界を炎と煙、爆発閃光で塞いだ。

 

 そしてイザナミが動きを止めた隙に、『神馬』の脚力強化で大跳躍。清秋院のすぐ横に着地すると、彼女を抱き上げ再度大跳躍を行う。

 

「ちょ、うわっ、軍谷さん……!?」

 

 清秋院が何やら騒いでいるが、気にかけている暇はない。取り敢えず、この命知らずを安全な場所まで退避させなければ……!

 

 消耗した全身に鞭打ち、伊織は大木の幹を全力で蹴った。




というわけで、第四話「怒れる王者」でした。テストの連撃による亀更新……誠に申し訳ありません。これからは、もう少し速度をあげたいなと思っております(汗

さて、ちょっと早いですが予告を。第一章も次回でお終いとなり、第二章からようやく原作準拠となります。ただし、一巻内容は話の流れ上ガッツリ省く事になります。アテナ様ファンの方ごめんなさい。内容としては、一巻と二巻の間期間+二巻という感じに。少々お待ちくださいね。

さあ、次回は伊織vsイザナミラストバトル!恐らく今までよりは早く更新出来ると思います。乞うご期待!

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