孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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いおりさん@まあまあがんばる。

テスト三連撃との戦いで一ヶ月も経ってしまいました!!ホントにごめんなさい!!

(※)この話は、2014年3月12日に修正したものです。


第三話 「冥府の女王と神翼の王」

 

 戦闘の幕が上がった。

 

 先手を取ったのはイザナミである。

 

「妾が下僕にして写し身たる死よ!かの者は汝が捕らえるべきヒトの仔、誓約に従い呑み込みなさい!」

 

 イザナミが周囲に従える黒い靄――"死"の呪力が、主人の言霊に反応して蠢いた。そしてそのまま、津波の如く押し寄せる。

 

「馬鹿の一つ覚えか」

 

 それは、すでに見た技だ。

 

 そう吐き捨てると、伊織は右手で刀印を結ぶ。その切っ先(ゆびさき)に白銀の輝きが充溢し――

 

 ――ザンッ!!

 

 振り下ろした軌道に沿って、銀光が死の闇を捉え、両断した。

 

「何だ?死の権化たるイザナミにしては、随分虚弱な力だな。さっさと本気で掛かって来い」

 

 あからさまな挑発。しかしイザナミは、余裕の態度を崩さない。その身は、天地の何よりも尊き女王であるが故に、神殺しの王であろうが恐怖を覚える対象ではない。

 

「仕方ありませんわね……いくさとはいえ、妾は女王。無粋な武技の嗜みなどありませんの。故に軍谷王よ、貴方の相手は我が眷属共に任せると致しますわ。良いですね?」

 

 殺気を剥き出しにする伊織を前に、冥府の女王は余裕綽々にそう(のたま)う。

 

 そして伊織が答えるのも待たず、彼女の周囲に新たな気配が集い始めた。

 

「さあ、お出でなさい我が真なる眷属よ。敵は神殺しの王、万夫不踏の大戦士。汝らの全てを賭して、その務めを果たしなさい」

 

 イザナミの言霊と共に現れたのは、新たな鬼の軍勢だった。総数100体前後、皆その手に剣や矛、戈などの武器を携えている。これで充分な驚きだが、さらなる驚愕は他にもあった。その姿形はこれまでとあまりに違い過ぎていたのだ。

 

 今までの鬼達は五メートル〜十メートル、筋骨粒々で牛角を持つ魔人であった。だが目の前の姿は、普通の人間とまるで変わりない。

 

 体躯は一メートル強、角はない。服装は腰布ではなく簡素な衣服で、肌も赤黒くはない。死体同然の青白さだ。

 

「なるほどな。お前の力が最大限に及ぶ範囲でなら、原型に近いものを呼び出せる訳か」

 

 

 元々、日本神話の形成された頃の日本に、今で言う“鬼”はいなかった。

 

 鬼の語源は“隠”、即ち正体が解らないもの――死霊や悪霊の類を指す。彼らは通常冥府に巣食い、稀に地上に現れる存在だ。それが、仏教の伝来と共に、大陸の鬼の要素を取り入れ、牛角、赤黒い肌に巨体、金棒を持った現代まで伝わる“鬼”の一つとなったのだ。

 

 

 今まで古い形の鬼を放たず、新しい形の鬼を呼び出していた事を考えると、どうやらイザナミは自分の傍でしか「幽鬼」を召喚できないらしい。

 

 伊織はイザナミの周囲に視線をやり、

 

「それが自分からは動かなかった理由か?見た所、お前が放った“死”が通過した場所はお前の支配下にあるようだが……すると、お前はこういう形で地上に冥府をもたらす訳か」

 

 無表情のまま淡々と考察結果を述べる伊織に、イザナミは美麗な眉を吊り上げた。

 

「ほう。軍谷王よ、どうやら貴方は、噂で聞いていた神殺しとは違うようですね。我が冥府の秘儀をこうも容易く見抜くとは……」

 

「別に頭を使った訳じゃないけどな。今ある情報と状況を鑑みれば一発で解る」

 

 といっても、こんな状況下で冷静な判断を下せる人間など、カンピオーネ以外にはいないのだが。

 

 それに、伊織には気にかかっている事があった。まつろわぬ神が顕現した副作用である、周辺地帯への影響力。それがこのイザナミの場合、若干ながら弱い気がするのだ。

 

 この一帯が人里離れた山地である為に、その規模が解りにくいというのはある。しかし、何度もまつろわぬ神の“影響”を目にしてきた伊織としては、見逃してはおけぬ事実であった。

 

「ふふ……。御託を並べた所で、我が眷属共には何の意味も持ちませんわよ。そ奴らは死者、妾以外の声には耳も貸しません。――さあ、では始めると致しましょうか」

 

 イザナミがスッと腕を上げる。それを合図として、幽鬼達が一斉に武器を構えた。伊織も視線を鋭くし、わずかな動きも見逃さぬ構えだ。

 

 いよいよ、神と神殺しが矛を交えし時。両者の間に緊張が走る。それは一瞬のようであり、永遠のようであり―――

 

「行きなさい!」

 

 イザナミの号令が、それを破った。

 

 幽鬼の軍勢が一斉に疾駆する。伊織の長身を切り裂き、突き刺し、砕かんと殺到する。しかも意外に素早い。霊である為か、地表を滑るように移動してくるのだ。神をも殺す豪胆者でなければ、その光景を見ただけで自失しかねないだろう。

 

 これに対し伊織も無反応ではなかった。右手を幽鬼軍にかざし、先程放った衝撃波を放つ。一瞬にして、前衛の30体が掻き消えた。そこに容赦無く、天よりの稲妻を落とす。20体程の気配が消え去った。

 

 だがまだ削り取れたのは半分程度。残りの50体は健在だ。あっという間に距離を詰められた。先頭の一体が、携えた剣を振り下ろす。

 

 精緻な軌道で放たれた斬撃は、伊織の脳天をかち割る唐竹割り。伊織が回避する間もなく、彼の頭頂を捉え――

 

 ガキンッ!

 

 ――剣が中程から折れた(・・・・・・・・・)

 

「む……?」

 

 幽鬼達の向こう側で、イザナミが怪訝そうな声を漏らす。だが幽鬼達には驚きという感情はないらしく、今の現象を無視して次々に武器を突き立てた。

 

 が、結局結果は変わらなかった。

 

 矛で突けば穂先が砕け、戈で打てば柄の中程から折れ、斧で殴れば粉々に粉砕される。あたかも、木の棒で鋼鉄の塊を殴り付けているかのように……!

 

 やがて、幽鬼の武器が全損した。彼らが一瞬動きを止め、すぐさま飛びかかろうとした直後、

 

「――もういいか?」

 

 うんざりしたような伊織の声。そして直後、幽鬼50体が一斉に消え去った。

 

「――!」

 

 わずかに目を見開くイザナミ。

 

 そして、幽鬼の猛攻を無傷で凌いだ伊織は、燃える血の瞳でイザナミを睨み据えた。

 

「ガルダの権能を持つ俺に対して、愚策もいい所だな、女王。ただの武器で、俺を傷付けられる訳がないだろうが」

 

「……ああ、そうでした。失念していましたわ………」

 

 合点のいったらしいイザナミが、忌々しそうに顔を歪めた。

 

「ガルダ……倭や唐国では迦楼羅天と呼ばれし聖鳥。かの鳥王は、いかなる攻撃をも受け付けぬ《鋼》の身体を持つのでした……!」

 

 

 

 ガルダ。ヒンドゥー教の神話に現れる神鳥である。救済神ヴィシュヌの騎獣であり、蛇族ナーガや邪悪なる者を喰らう存在として信仰されている、現在でもメジャーな神格だ。

 

 ガルダが《鋼》である所以。それは“彼”の神話にある。

 

 ガルダは、創造主プラジャーパティの娘ヴィナターの卵から生まれた。彼は生まれるとすぐに成長し、その全身は炎のように光り輝いていた。神々はその輝きに震え上がり、ガルダを賛美する事でその光と熱を収めさせたという。

 

 ある時ガルダは、宿敵ナーガ達から母を解放する条件として、天界にある乳海攪拌から生まれた不死の聖水アムリタを力ずくで奪ってくるように言われ、天界に侵攻した。

 

 天界において、ガルダは様々な神と戦い、そして圧倒。アムリタを奪い飛び去った。そしてナーガ族の元へと向かう際、後の主たるヴィシュヌと出会った。両者は激しく争ったが決着は付かず、結局ガルダはヴィシュヌの騎獣となる事を条件にアムリタを得、さらにアムリタを用いずに不死を得た。

 

 

 ガルダが《鋼》である事を物語るのは、ガルダの出生時の項である。

 

 ガルダの「炎のように光り輝いていた」という様子は溶鉱炉の中で煮えたぎる溶鉄を表す。またガルダへの賛美によってガルダの輝きを収めたという行為は、讃歌を司る女神サラスヴァティーが川の女神である事、インドに置いて言葉や歌は水同様に「流れるもの」である事などから、水による「引き締め」の工程を表していると考えられる。

 

 そして、鍛えられたガルダの身体をさらに磨き上げ、不滅のものとしたのが、ヴィシュヌより与えられた「アムリタを用いない不死」だった。

 

 また、彼が竜蛇を下し喰らう存在である事も合間って、ガルダは《鋼》の神格を持つと考えられるのだ。

 

 

 さて、完成したガルダの「不滅の身体」の強大さを物語るのが、ヴィシュヌと出会った後の物語、神々の王インドラとの戦いである。

 

 インドラはヴェーダの時代において最強を誇った雷神。決して殺し得ない筈の蛇竜ヴリトラを討った、不倶戴天の大英雄である。そんなインドラは、最強の武器ヴァジュラを扱い容赦無くガルダを攻めた。しかし驚く事に、ガルダの不滅の身体はそれを弾き返した。ヴリトラを討つ程の破壊力でも、ガルダには敵わなかったのだ。

 

 そんな強大な神鳥の権能―――賢人議会は、この権能に『劫火纏う不滅の聖鳥(ザ・ラプター・オブ・イモータルフェザー)』なる名称を付けた―――を、伊織は四番目に簒奪した。その内容は、「ガルダの力を身に纏う」というもの。全部で三段階あり、第一段階の今はガルダの"不滅の身体"だ。

 

 

 

「地母神たる妾の前で、一度ならず二度までもそのような力を振りかざすなど、なんという非礼!ああ忌々しい、このような形で意趣返しをなさるなど、なんと恨み深いのですか、我が夫よ!」

 

 恨めしげな表情で天を睨み、この世の終わりでも見たかのように悲痛な声で叫ぶ。

 

 どうやら、イザナミは未だに伊織の事を「夫・イザナギの遣わした刺客」と考えているようだ。だがまあ、それもさしたる事ではない。

 

「何にせよ、お前はここで死ぬ。好きに妄想するがいいさ……その妄想ごと、俺が全て砕き去ってやる」

 

 冷徹に告げた伊織が、前へ、イザナミのいる方へ一歩、右足を踏み出した。

 

 守勢から攻勢への転換。イザナミがわずかに身を強張らせ、眉間に皺を寄せる―――何らかの魔術を行使する予備動作だ――刹那。

 

「―――せぁッ!!」

 

 爆発的な加速により一瞬でイザナミの寸前に迫った伊織が、女王の胸部に容赦ない蹴撃を見舞った。

 

 人間の脚力とは思えない、異常な速度と距離の縮地。その勢いが丸ごとハイキックに乗せられ叩きつけられる。

 

 ドガ――ッッ!!

 

 爆発にも似た音と共に、イザナミの細身が吹っ飛ばされる。同時に、蹴りを食らった彼女の胸部が、派手に爆散した。

 

「マッハの脚力強化、プラス ガルダの"鋼の加護"。お前自体の強度が弱いせいで、中身だけ粉々に砕くはずが吹っ飛ばしてしまったが……これで“一回分”か?」

 

 賢人議会が『魔術統べる神馬の女王(アイリッシュ・トライアッド)』と命名した、ケルトの三位一体の女神マッハから簒奪した権能。この権能には『神馬』『魔女』『王権』の三種類の能力があり、その一つ『神馬』の能力たる"脚力強化"を、伊織は今の縮地と蹴撃に活用していた。

 

 マッハは馬の女神。その加護で強化された伊織の脚力は、神馬のそれに匹敵する。移動速度も蹴りの破壊力も、人間の常識など容易く踏み砕けるのだ。

 

 さらに、鋼の硬度を得るガルダの権能。それにより繰り出された蹴撃は、さながら破城槌である。

 

 それだけの攻撃を放ったにも関わらず、伊織は油断無くイザナミを睨み据えた。そして、

 

「………いいえ……まだ、その半分も行っておりませんわよ。地母の生命力は、こんなものでは揺るぎもしませぬ」

 

 胸に大穴を開けられ、地面に転がっていたイザナミの『骸』。それが口を開き、喋った。それだけではなく、ゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。その胸は、蹴撃を食らい吹っ飛ばされる前同然に戻っていた。

 

「異常なまでの生命力と再生力……さすがは大地の権化たる地母神だな。やはり、ただの物理攻撃じゃ時間がかかりすぎるか」

 

「当然ですわ……妾は数多の神を産み落とした母なのですから。いかに凄まじき一撃であろうと、人の技である以上、妾には何の脅威でもありません。――そして軍谷王よ」

 

 ゆっくりと(こうべ)を上げ、イザナミが無表情に伊織を見据える。あまりの怒りに、全ての感情が凍りついたらしい。

 

「女王たる妾に対し、足蹴を放つ……。野蛮なるヒトの王よ、その非礼は、万死に値すると知りなさい!!」

 

 イザナミの視点からすれば、軍谷伊織は夫・イザナギの放った刺客。例え自分の命を狙っているとはいえ、自分に対しては礼を尽くしてしかるべきはずだ。

 

 だが、これまでの不遜な態度に加え、己を足蹴にして傷つけるという二重の大罪まで為した。女王のプライドをズタズタにするには充分だ。

 

 ――それが、伊織の狙いでもあるのだが。

 

「……良いでしょう。出し惜しみは無しと致します。神殺しよ、我が侍女にして分身たる者達、その姿と力を目にする事を許しましょう」

 

 イザナミの静かなる怒りを込めた宣言。そして直後、イザナミの呪力が膨れ上がった。

 

 一帯を包み込んでいた闇が、さらに増幅し拡大する。二キロ圏内は、この闇に飲まれたろう。

 

「お出でなさい、妾の侍女達よ。黄泉比良坂を駆け上がり、我が元へ馳せ参ずるのです。妾に無礼を働いた神殺しを、お前達の手で引き裂いておやりなさい!」

 

 新たな言霊が紡がれる。今度はより親しみを込めた、しかし恥辱と怒りで震える声で。

 

 さあ、今度は何が来る……?

 

 わずかに身構え、眼光鋭く敵を見据える伊織。その視線の先で、闇が再び蠢いた。だがそれは、先程のように、伊織を呑み込まんとする動きではない。何箇所かに集まって、何かを形作っている。

 

 ここで、伊織はふと思い当たった。

 

 冥府の女王たるイザナミ。彼女が従えるとされる侍女達は、古事記においてこのような役割を持つ。

 

 ――曰く。彼女らはイザナミの姿を覗き見てしまったイザナギを捕らえんと放たれ、かの創造神を逃走させしめた、という。

 

「これは……厄介なのが出て来たな」

 

 闇がヒトガタを取り終え、色を変えて人間に近いそれへと変貌していく。それに伴い、鼻腔を焼くように刺激する、強烈な腐臭が漂い始めた。

 

 腐臭。それも、一種類のそれではない。肉の腐る臭い、植物の腐る臭い、その他諸々の“腐る”と定義される全てを凝縮したような臭いだ。

 

「さすがに冥府の女王……。ここまでのモノを使役するだけの馬力はあるわけか」

 

 想像を絶する悪臭に、嗅覚をカットする魔術を発動しながらも伊織は身構えた。不遜な態度は崩れていないが、もう泰然としてはいない。正真正銘の臨戦態勢だ。

 

 そして、闇が完全なるヒトの形を取り終える。

 

 

 ソレは、灰色の亡者であった。

 

 

 ボサボサで白髪の混じった、顔を完全に覆い隠す長い髪。纏う衣服は、所々が黒ずんだ簡素な衣。そして、全身より溢れる毒色の瘴気――。

 

 数は30。皆一様に俯き気味に、こちらを直視している……と、伊織は感じた。“彼女ら”の目元は、伸び切った前髪でよく見えないのだ。

 

 彼女らは、単なる神獣ではない。彼女らは死に付随して生み出される死体、その穢れを司る、イザナミの一側面でもある神格だ。

 

 その数と自我の薄さ故に、まつろわぬ神として顕現は出来ない。だが、その危険度は神獣の比ではなく、カンピオーネといえども手は抜けない程の脅威となる――

 

「――黄泉醜女、死と穢れの神霊!ようやく本気になったか、女王!」

 

 今までの冷然とした様子から一変し、猛々しく黄泉醜女を見据える伊織。臨戦体制に入ったからだろう、その対応速度も比べ物にならないものだった。

 

「清浄なる我が主の前に、邪悪なる者は抗う事能わず!」

 

 これまでも多用してきた雷撃。それを何倍にも強化したものが、雨霰と降り注ぐ。しかも立て続けに五発、ほんのわずかな言霊を紡いだだけで生み出して見せる。

 

 最早稲妻の大河とでも言うべき怒涛の連撃は、容赦無く黄泉醜女の群に喰らいつき、周囲の木々や地面諸共噛み砕いた――

 

 かのように見えた、が。

 

「………!」

 

 伊織がわずかに瞠目する。

 

 彼の視線の先、先程まで鬼女の軍勢がいた辺りから、再びヒトガタが立ち上がった。

 

 影は総じて30。つまり数が減っていない。どうやらダメージを与える事は出来たらしいが、全滅させるつもりで撃った側としては忸怩たるものがある。

 

「神罰の稲妻すら食い尽くすとは、とんでもなく貪欲な“不浄”だな……もはや神使の域を超えてるぞ」

 

 伊織が使う稲妻の魔術は、「天主の鉄槌」というキリスト教由来の儀式魔術。邪の属性を持つ者達に対しては、一撃必殺とでも言うべき魔術だ。それを伊織は権能で強化し、神獣にも充分ダメージを与えられるものへと昇華させている。つまりは、この魔術相手に冥府の眷属が対抗し得るはずはない……本来ならば。

 

 黄泉醜女の纏う不浄の呪力は、恐らく物質のみならず呪力をも侵し、朽ち果てさせるのだろう。あくまで“権能で強化された魔術”だったからなのか、それとも権能ですらそうだったのか――ともあれ、想像していた以上にあっさりと、伊織の術は破られてしまった。

 

「体内に込められた不浄の瘴気を全身から噴き出しての体当たり……。防波堤みたく自分の身を楯に、後続の連中、引いては女王を護った訳か」

 

 イザナミの周囲の地面が隆起した。そしてそこからゾンビ映画宜しく、黄泉醜女の群が再出現した。15体、さらに追加。

 

 今度は彼女達が攻勢に出る番だった。

 

 先頭の一体が、ふらついた足取りで前に一歩。それに従って全体が顔をもたげ、

 

 

 ―――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

 甲高い悲鳴(バインドボイス)。大音量かつ何らかの呪詛を含んだ奇声には、伊織ですらわずかに気圧される。

 

 その間に、黄泉醜女が一斉に腕を振り上げた。その手に握られているのは、古ぼけて錆び付いた槍だ。

 

 皆一様に槍を掴み、拳を顎まで引き、半身になって槍を構える――

 

「っ!」

 

 伊織は反射的に右に飛び退く。直後、その場に何本もの槍が降り注ぎ、突き刺さった。

 

 穂先が貫いた地面が、一瞬にして黒ずみに染まる。さらには黒い瘴気が噴き出し、周囲の木々を瞬く間に腐らせた。

 

 生命を奪う穢れ。その凄まじさを目の当たりにして、伊織もさすがに笑みを消す。だがそれは、敗北を悟った訳では決してない。

 

 黄泉醜女が一斉に動いた。雪崩のように、灰色の鬼女が押し寄せる。異様に尽きる光景だ。並の人間なら微動だにする事も敵わず、呑み込まれてしまっているだろう。

 

 しかも、黄泉醜女の軍勢が通った後の地面は、闇の如き黒に染め上げられていた。恐らくは足で地面に触れているために、彼女らの宿す不浄が染み込み汚染しているのだ。

 

 間違いなく、あの怒涛の突撃に巻き込まれれば死ぬ。カンピオーネといえどもそれは例外ではないだろう。

 

 

 ただし。彼女達が敵とする相手は、数多の戦いを潜り抜けてきた万勝者である。

 

 

「命ず、黄泉醜女よ、其の場に直れ!」

 

 トトの権能が一つ、"強制命令の言霊"。対象の精神に直接命令し、従わせる言霊だ。魔術耐性の高い神やカンピオーネにはほとんど効かない力だが、“神に近い”神使相手なら充分。

 

 黄泉醜女の動きが、一斉に停止した。

 

 それはほんの一瞬の事で、すぐに彼女達は動き出したのだが……伊織はさらにもう一手重ねる。

 

「東海の神、名は阿明。西海の神、名は祝良。南海の神、名は巨乗。北海の神、名は愚強。四海の大神、百鬼を避け凶災を蕩う!急々如律令!」

 

 素早く印を組みながらの、百鬼夜行避けの呪法。呪力を注ぎ込んで権能強化した呪術防壁が、黄泉醜女を真正面から弾き返す。

 

「ほう、災いを避ける呪法ですか。確か外つ国より伝来したものですね。ですが、そのようなものに頼っていても無駄ですわよ」

 

「解っているさ。そいつはあくまで時間稼ぎだ」

 

 不敵に笑った伊織の口が、新たな言霊を解き放つ。

 

「――翼の王、天を舞う全ての頂点たる者よ」

 

 荘厳な聖句が紡がれる。それに従い、伊織の纏う火燐が燃え盛った。塵と変わらぬ大きさの火の粉が、凄まじい早さで増幅していく。

 

「我が身に纏いし汝に命ず。汝、我に大いなる翼を授けよ。何者よりも疾く天を駆け、何者よりも硬く鋭き焔の双翼を、我に授けよ!」

 

 最早光の飛沫となった火燐が、伊織の背後に集中を始めた。それは一瞬で凝集すると、一つのカタチを作り出す。

 

 

 それは、黄金に輝く焔翼だった。

 

 

 太陽にも似た光輪。それを軸に、全長4メートル越えの翼が伸びる。その輝きは荘厳にして凄絶、頂点に立つ者に相応しき覇気を放っていた。

 

「神鳥の加護――第二段階」

 

 軍谷伊織の権能の中で、彼の象徴とされる二つの権能――その片割れ、『劫火纏う不滅の聖鳥(ザ・ラプター・オブ・イモータルフェザー)』。その象徴とされる所以を、伊織は解き放った。

 

「聖鳥の焔翼ですか!?ですが無駄です、如何に速く飛ぼうと妾からは逃げ切れませぬわ!」

 

 わずかに顔を引きつらせつつも余裕を崩さぬイザナミ。それに応えるように、黄泉醜女がもがきながら疾走を再開する。百鬼夜行避けの呪法を不浄にて侵し、防壁に無数の虫食い穴を開けてそこから飛び出す。

 

 しかし、それら全てを伊織は嗤った。

 

 背の翼を羽ばたかせ、勢い良く天に飛翔する。

 

 この権能を獲得してから四年。初めは勝手の解らなかったこの翼も、今では自由自在に使いこなせる。

 

「逃げるつもりなんてないさ。どっちかというと、この第二段階は攻撃特化がコンセプトでな」

 

 高所からイザナミとその侍女達を睥睨し、輝ける翼の王が宣言する。

 

「お前達を殲滅するには、最適の権能だ」

 

 

 直後。光芒が二閃、漆黒の大地を斬り裂いた。

 

 

 斜めに一閃された神鳥の焔翼。目にも止まらぬ速さで振り抜かれたそれが、黄泉醜女の立っている場所を切り裂き、衝撃波で粉砕したのだ。その全長を、一瞬で20メートルまで伸長させて。

 

 後を追うように、超高熱による空気の瞬間膨張が発生し、さらに爆風を極大化させる。

 

 轟音が、天地を揺らした。

 

「これで、十回分か?女王」

 

 空に座する伊織が、土煙の立ち込める眼下に問いを投げる。

 

 それに答えるように、土煙が一気に払われた。

 

「………っ、この、次から次へと、無礼な……っ」

 

 冥府の女王は、未だ健在だった。

 

 間違いなく翼で斬った感触があったが、伊織が推察した通り、数回分の命を削ったに過ぎないらしい。体にも衣服にも、損傷らしきものは見受けられなかった。

 

 だが間違いなく消耗している。彼女から感じ取れる呪力の実に一割が、先程の攻撃によって削り取られていた。

 

「この翼は、ガルダの蛇殺しの力を宿した権能だ。地母神たるお前にとっては、最悪の一撃だろう?」

 

 心中の嘲笑をさらけ出し、伊織は傲然とイザナミを見下ろす。彼女は怒りに震えつつも、怒りに任せて暴走するような事はなかった。

 

 イザナミがサッと腕を振るい、黄泉醜女を再度召喚する。今度は50体、生まれ出でるが早いか伊織目掛けて跳躍してきた。

 

「オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ!」

 

 唱えるは大威徳明王の真言。衆生を苦しめる悪魔を討つ呪法が、真正面から鬼女達を粉々に砕く。第二、三波はガルダの焔翼で薙ぎ払う。

 

 邪を祓われた空間、そこに散らされた聖なる火燐。それら二条件を以て、伊織はさらなる大術を放つ――

 

「――ノウマク・サラバ・タタギャテイビャク・サラバ・ボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダマカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバ・ビキナン・ウンタラタ・カンマン!!!」

 

 不動明王の背負う焔は、迦楼羅天――ガルダの吐く焔であると言われている。

 

 伊織が唱えたのは不動明王の火界咒。それを唱える事によってガルダの火燐に意思を通し、自在に操る。さらに呪力を注ぎ込んで火勢を増幅させる。

 

「聖浄なる金焔よ、万象一切を焼尽せよ!!」

 

 伊織の周囲に荒れ狂う黄金の焔。それが蛇の如く鎌首をもたげ、上から大地を呑み込んだ。

 

 焔が飲み込んだモノを一緒くたに焼き尽くす。イザナミも黄泉醜女も、邪を祓う焔にもまれ侵食される。黄泉醜女の方は、一瞬で全身を浄化され、塵となって果てた。

 

「この……程度ォ!」

 

 身体を蹂躙する灼熱に抗い、イザナミはドス黒い死の呪力を全身から放出する。片や冥府の女王がもたらす死、片や蛇殺しの焔の残り滓(・・・)。競り合うまでもなく、瞬きする間に黒が金を塗り潰した。

 

「ここまでの無礼を働いたのです……覚悟は出来ているのでしょうね!?」

 

 イザナミの体に絡みつくように、黒い靄のような死の呪力が彼女自身からにじみ出る。ある程度の距離を取っていても感じられる圧力感に、伊織は目を細めつつ、おもむろに口を開いた。

 

「覚悟なら出来ている、というか俺達カンピオーネは意識して覚悟する必要すらない。俺達は闘争する獣だからな」

 

 自虐的にも聞こえる独白を漏らし、伊織は気だるげに首を振る。――直後、イザナミに顔を向け直した彼の眼には、射殺さんばかりの輝きがあった。

 

「蛇喰らう翼は、その羽根に至るまでも剣なり。その鋭さは鉄を裂き、その熱故に全てを溶かす」

 

 新たな言霊を唱える――直後、焔翼が爆散した。無数にばら撒かれるのは、黄金色の羽根。焔翼を構成していた焔が分散し変形した状態だ。

 

「陽光の如き翼よ。焔矢の雨を放ち、地を払え!」

 

 聖句を口ずさみながら右手を掲げ上げた伊織が、砲撃の合図を取るように腕を振り下ろし、大地に向け翳す。

 

 それを合図に、宙を舞う羽根の鏃が一斉に撃ち出された。

 

 降り注ぐそれらは金色の雨の如し。だが大地を穿ち、爆発で粉々に吹き飛ばすそれは絨毯爆撃と何ら変わらない。一瞬で、およそ300メートル範囲が焼き払われた。

 

「……っ、こ、これは……!まさか軍谷王よ、気づいていたというのですか!?」

 

 爆風の嵐の中で、闇の膜を張って凌いでいるイザナミ、彼女が驚愕の叫びを上げた。その視線は、自分に降り注ぐ羽根矢ではなく、大地に降り注ぐそれに向いている。

 

「いや、気づいてなどいないさ。ただ予測を立てただけ……だが当たったみたいだな?ーー黄泉醜女の強さの原因、それが何なのか」

 

 羽根矢を撃ち出して翼を失い、しかし宙に浮かび続ける伊織がニヤリと笑う。その笑みは、獰猛さではなく知性を感じさせるものだ。

 

「黄泉醜女は、地母神たるイザナミの侍女にして穢れの神格。大地に埋めた死体がやがて腐っていくように、彼女達は土に宿り、大地の穢れを糧として力を蓄えている………そうだろう?」

 

 なら、後は簡単な事。イザナミが干渉可能な領域の大地から、穢れを祓ってしまえばいい。この爆撃はその為の攻撃なのだ。

 

「ガルダは蛇を喰らう聖鳥であり、仏教においては迦楼羅天と呼ばれ降魔の権能を持つ守護神となる。だからこの羽根にも、その属性が宿っているんだ。どうだ女王、感じるか?俺が灼いた大地が清められ、穢れが消えていくのを」

 

 黄泉醜女は、地位こそ神使神獣であれ、偽神並の力を持つ存在だ。さらにはそれを統率するイザナミがおり、カンピオーネからしても崩し辛い布陣が組み上がっている。

 

 そして、伊織の権能はどちらかと言うと、極端と極端によるバランス型という奇妙極まりないもの。真正面からぶつかっていくのは最善とは言えないし、何より性に合わない。

 

 ならば、相手の土台から崩してしまうのが上策。何も相手の土俵で戦ってやる事はないのだ。自分は自分のやりやすいように、状況を変えてしまえばいい。

 

 そして、黄泉醜女の属性やこれまでの出来事、イザナミから感じる呪力の動きなどから予測を立て、黄泉醜女の復活のサイクルが大地の穢れにあると想定。その想定を基に、自分の持つ力の中で使えそうなものを絞り出した。

 

 伊織は生来勘が鋭い。少なくとも自分ではそう認識している。その特質が、カンピオーネとなった事で引き上げられ、長きにわたる戦いの日々によって鍛えられた。

 

 似たような事は、他にいる全ての同族にも当てはまる事。だが、伊織は特にこういった、相手の手の内を予測して戦うという状況において、滅法力を発揮出来るのだ。

 

「この状況を覆すのはそう難しい事じゃあない。大地の穢れがないなら自分の死を削って、穢れに変換してやればいいんだからな。とはいえ……果たしてそれにはどの程度の時間が掛かる?俺が浄化した大地をもう一回穢れに染めなきゃならないんだ、一分二分の領域じゃあるまい。酷けりゃ一時間は掛かるんじゃないのか?」

 

 そして、そんな時間を掛けている間に、伊織は難なく黄泉醜女を無力化出来る。黄泉醜女という強力な敵を、封殺してしまえるのだ。

 

「蛇喰らう翼よ、地を薙ぎ、全てを払う風を撃て。かの風神すら凌いだ力を、今ここに顕せ」

 

 伊織の背に再び"翼"が現れる。伊織はそれを大きく広げ、呪力を一気に充填。

 

「――黄金の焔風よ!!」

 

 羽ばたきを以て、撃ち出した。

 

 

 ―――ズガッッ!!!

 

 

 黄金の衝撃波が、前面の全てを消し飛ばす。

 

 それは、伊織が度々放っていた衝撃波を何十倍にも収斂し強化したもの。炎熱を宿すそれは、イザナミも黄泉醜女の残骸も、何もかもまとめて焼却する。

 

「これで、50回分」

 

 神翼の王が、冷たき声で宣告する。

 

「さあ、お前の底を見せてもらおうか」

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 

【清秋院 恵那】

 

 

 伊織とイザナミが矛を交える戦場から、100メートル以上離れた木の上で、恵那は二人の戦いを観戦していた。

 

 黄金の翼を背負った伊織が、容赦なく爆風を撃ち、羽根の豪雨を降らせてイザナミを攻め立てる。時折イザナミや黄泉醜女の方から黒い瘴気が放たれ、錆び付いた剣や槍などの武器が投擲されるが、その全てを伊織は安々と回避していた。

 

「凄い……あれが神殺しの王様達の戦いなんだ……!」

 

 驚愕と羨望の入り混じった瞳で、食い入るように戦況を観察する。ちなみに、遠方を見渡せるのは"鷹の目"という魔術で視力を強化している為だ。

 

 軍谷伊織。恵那が始めて出会った神殺し。出会ってからは謎めいた存在という印象が強かったが、今ここで、彼への感情はハッキリと"憧憬"に変わった。

 

 ――あの人と共に戦いたい。あの人の隣にいて、さらなる興奮を味わいたい。

 

 野生児として、この世の何よりも奇想天外を欲する少女。彼女は、目の前の光景に自分の求めていたものを感じた。

 

 一切の恐怖も、その胸には抱かずに。

 

「……決めた。恵那、軍谷さんの家来になろう」

 

 ……この決断が、軍谷伊織に大きな影響をもたらす事になる奇妙な関係の要因となる一幕なのだが、これを知る者は、恵那ただ一人を除いて他にはいない。

 

 と、唐突に、伊織の連撃が吹き散らされた。

 

 およそ三分間も黄金の輝きにさらされた視界が、不意に戻ってきた闇をより一層黒く染め上げる。――それで、彼女は気づかなかった。

 

 まず、伊織の連撃を吹き散らしたのが、イザナミが操った死の闇である事に。

 

 そして、それを放ったイザナミの肌が、死体の如く所々黒ずんだ青白色に染まっている事に。

 

 

 伊織とイザナミの戦いは、まだ終わっていない。

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 

【イザナミ】

 

 

 イザナミの総身は、煮えたぎる怒りによって震えが止まらなかった。

 

 夫・伊邪那岐が遣わした(と、彼女は思い込んでいる)神殺し。その非礼さは彼女にとって許し難いものであり、またそこから続けて何度も我が身を痛めつけ、侍女達を“浄化”された事に対する怒りも込み上げてきた。

 

 最早捨て置かない。捨て置けない。この大罪人は殺さねばならない。

 

 だが、忌々しい事に今の自分ではあの神殺しには勝てない。“中途半端な”死を操るのみでは、蛇喰らいの力を持つあの神殺しは容易く挫いてしまう。

 

 

 ――そう、『今までの自分』では。

 

 

 軍谷伊織が降らせる怒涛の黄金。間違いなく、自分を葬る為に全火力を注ぎ込んでいるはずだ。

 

 それを、イザナミは浴び続けた。防御を取る事なく、肉体を破壊させ続ける。

 

 ――20回。――50回。――80回。次々に己の命が破壊されて行く。

 

 やがて、もう100回以上『殺された』かという所で、

 

 

 ようやく、己の内のナニカが目を覚ました。

 

 

 体内の"死"を体外に放出し、漆黒の闇と為す。そして、それを手に纏わせ、

 

「―――――!!」

 

 黄金の連撃を、打ち払った。

 

 爆風も、羽根の豪雨も、その他の全てを弾き飛ばし、爆散させる。それで、軍谷伊織の連撃は止んだ。

 

「…………」

 

 いきなりの変容。己の攻撃を打ち払われた事に対し、しかし軍谷伊織は動揺していないようだった。冷静に自分を見据え、その一切も逃さぬと注視する。

 

 何となくで、自分の身体を見てみた。

 

 肌の色が変わっていた。やや黒ずみが目立つようになった、蒼白の肌に。

 

 自分の中の『比率』が変わった為だろう。あまり望ましくはないのだが、仕方あるまい。

 

「底を見せろと……、そう言いましたか、神殺しよ」

 

 静かな憤怒を込めた瞳で、軍谷伊織を睨み据える。

 

「良いでしょう、見せて差し上げます。妾の底を。ただし――」

 

 己が命の一部を削り取り、とある魔術を発動する。それは並のまつろわぬ神でも容易には成せない大魔術だ。

 

「妾が従える将達を相手に、生き残った時の話ですが」

 

 身体の内で、膨大を上回る呪力が爆発する。それは大火山の噴火にも似た、強烈過ぎる力の波動だ。

 

「………!!」

 

 伊織が瞠目する。予想を遥かに上回る力に、ついに余裕を吹き飛ばされたのだ。

 

「さあ、お出でなさい我が将よ……。黄泉の軍を率い、雷鳴を呼ぶ蛇達、我が身より生まれ出でた子等よ」

 

 彼女の身体から黒い呪力が噴き出し、虚空で八つの塊に分かれる。

 

 そこに天から稲妻が墜ちた。それは伊織の放ったものではない。

 

「ふふ……、さあ、蹂躙を始めなさい。貴方達の牙を以てあの神殺しめを地に堕とすのです」

 

 闇が細長いカタチを取り、彼女の全身に巻き付く。それをイザナミは愛おしいと思いながら、さらに呪力を振り絞った。

 

 稲妻を帯びた闇が放電を始める。それに伴って、紐のようにも見えた闇が確固たる形状を得た。

 

 

 体長80メートル程の、長大な大蛇であった。蒼白い鱗が、迸る電光で銀色に輝き神々しさを漂わせている。

 

 それが、八体。伊織の目がわずかに見開かれた。

 

「従属神……ここで呼び出したか!」

 

 そう。イザナミは、自分の存在を変容させた結果として、従属神を召喚する事を可能としたのだ。

 

 無論それは代償無しに出来る事ではない。イザナミは、この従属神を呼び出す為に内なる生命力の実に七割を消費したのだ。

 

「八雷神……冥府の女王となった妾より生まれ出でた雷の蛇です。一体にして八体、八体にして一体である我が冥府の将達……その実力は折り紙付きですわよ?」

 

 雷電を纏い、自身も雷電と化した八体の竜蛇が、蒼く光る目で伊織を見据える。獲物の品定めをするように。

 

「――さあ、軍谷王よ、存分にお楽しみを」

 

 その言葉を皮切りに。八の雷光が、漆黒の闇を引き裂いた。

 

 




という訳で、第三話でした。

いやー、何か内容うっすいわいつも言ってるけど……。
あとガルダ《鋼》説はゴリ押したかな(冷汗)。

さて、作中で出た権能のご紹介を。


【名前】ガルダ
【出典】ヒンドゥー教神話
【属性】蛇喰らい、《鋼》の聖鳥
【権能名】『劫火纏う不滅の聖鳥(ザ・ラプター・オブ・イモータルフェザー)』
【内容】ガルダの力を三段階に分けて纏う能力

・第一段階 : 鋼の加護、耐熱能力有り、衝撃波を操る

・第二段階 : ガルダの焔翼を展開、限定的神速飛行可能

・第三段階 : ガルダそのものと一体化

注:この権能は事前に呪力で構築した『羽根』を消費して行使する為、維持時間や強度は枚数に依存する。


第三段階の内容はまだ秘密です。しばらくお待ちを。

さて、こっからイザナミさんが本領発揮!もう噛ませじゃないぞ!

ご意見質問あればどんどんどうぞ。それでは!


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