孤高の王と巫女への讃歌   作:grotaka

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第一話、いおりさん@がんばらない


第一章
第一話 「王が来たれり」


【清秋院恵那】

 

 

  石川県南部にそびえる名山・白山。山頂に白山比売神社があり、北陸有数の霊峰として古くより崇められてきたこの山は、麓に広大なブナ林を抱えている。

 

  その森の中を、清秋院恵那は駆け抜けていた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

  わずかに乱れた呼吸のペースを、呼吸法自体を変える事で安定させる。

 

  恵那は、自身の持つ資質故に人里に長く留まる事が出来ない。彼女は一年の大半を霊峰のあるような山奥で過ごしている。だから、本来ならこの程度の山路、何時間駆け回ろうが疲労など覚えはしない。が、今回ばかりは息を切らしていた。

 

  まあ、今回は状況が状況なので目をつぶって欲しい所だ。なぜなら、

 

  グルオオオオオオアアアアアアアアアアッッ!!

 

  ゴオオオオオオオウウウウウウッッ!!

 

「うわあああああああああああああっっ!!」

 

  文字通りの、リアル鬼ごっこの真っ最中なのだから。

 

  鬼。冥府などにまつわる神格に仕える神獣である。七メートル越えの巨体に、衝角(ラム)の如く鋭利な牛角。その姿は、人を恐怖させるのに充分な迫力がある。

 

  鬼というのは、最下位は神獣以下の単なる悪霊、最上位はまつろわぬ神クラスという幅広い種類のある魔獣だ。が、妖怪の跋扈する平安時代において、出没したのが中級以下であろうと陰陽師が大騒ぎしたのだから侮れない。

 

  で、目の前の個体は、そのサイズから考えて上位のそれであるはずだ。それが七体。さすがの恵那も、これだけの敵を前には逃げる他なかった。

 

「でも……もう、さすがに逃げ切れないか……!」

 

  リアル鬼ごっこを始めてから、もう20分は経っただろうか。敏捷さが売りの恵那でも振り切れないとなると、もはや取る行動は一つしかない。即ち、

 

「――倭は国のまほろば……たなづく青垣山ごもれる、倭しうるわし……!」

 

  決死の覚悟での、抵抗だ。

 

  呼び込んだのはスサノオの神気。周囲に暴風を纏い、鬼達を牽制する。微弱ながら神の気配を感じ取ったからだろうか、神獣であるはずの鬼がたじろぎ、疾走を緩めた。

 

  そして彼らが怯んだ隙に、恵那は背中に背負った刀を素早く抜き放った。黒く焼を入れた、三尺三寸五分の豪刀。恵那の相棒にして劍神、天叢雲劍を!

 

「爰に須佐之男命、国を取らんとて軍を起こし、小蠅なす一千の悪神を率す……!」

 

  言霊を唱え、“相棒”を揺り起こす。霊峰の麓だからだろうか、いつもより低い負担で神がかりをする事が出来た。体の調子も良い。これなら、大物殺し(ジャイアントキリング)も期待出来るかもしれない。

 

「行くよ、天叢雲……!清秋院恵那、一太刀馳走仕る!」

 

  暴風を纏いながら、低い姿勢で疾走。鬼の懐へ潜り込む。そして劍を一閃。分厚い筋肉の鎧を切り裂いた。

 

  グオオオッッ!?

 

  傷の痛みと格下の人間如きに傷つけられた事への驚愕から、鬼の巨体がわずかに揺らぐ。そこを狙ってさらに追撃を掛けるが、

 

「――ッ!?」

 

  後続の鬼が、恵那と交戦する仲間を放り上げた。

 

  跳躍の為、右足を踏み込んでいたタイミングだ。姿勢を落とした状態で回避など出来ず、慌てて横に転がる。そこを鬼の足裏が豪快にストンプし、粉砕した。巻き上がる爆風と衝撃波に吹っ飛ばされ、恵那はさらに地面を転がる羽目になる。

 

「メチャクチャ過ぎるよあーもー……神獣の相手はホントに疲れるなあ」

 

  愚痴らなければやってられない。おまけに、戦闘を開始してまだ五分も経っていないというのに、さらに鬼が増えた。プラス六体……泣きそうになる。

 

「……まあでも、やるしかないよね!」

 

  ただでは転ばないのが人間というものだ。せめて目の前の鬼に一矢報いて、“幼馴染”の指令に応えねば――。

 

  そんな恵那の覚悟を、

 

「おーい、そこの君無事かー?ちょっとごめんなー」

 

  という気の抜けた声と、無理矢理地面に押さえつける感触が霧散させた。

 

「え、ちょ、うわっ」

 

  結構な力で押さえつけられ、半ば倒れ込むような態勢でしゃがむ恵那。その頭上を、“何か”が飛び越える気配がした。

 

  直後、

 

  ――GOAAAAAAAAAAAAAAAAN!!

 

  鬼五体分の、凄まじい断末魔が響き渡った。

 

「………、……え!?」

 

  “神獣五体分の断末魔”という事実に、恵那はサッと頭を上げ、そして見た。

 

  見上げんばかりの鬼の巨体。それが五体皆一様に、唐竹割に両断され。そして、それら信じ難い光景の前に、一人の青年が立っているのを。

 

  黒髪の、17歳程の日本人だった。鋭い目元、知性を感じさせる顔立ち。スラリとした長身に黒コートと同色の綿ズボンを着た、一見普通の青年だ。

 

  だが、彼には常人には有り得ない特徴が幾つかあった。

 

  まず、瞳の色。普通日本人は黒目か茶色か、あるいはそれに近似の色をしている。しかし、青年のそれは、色鮮やかなワインレッドだ。紅玉(ルビー)を連想させるその美しさは、およそ日本人には有り得ない。

 

  次に、首元や手首からわずかに覗く、幾つもの傷跡。日常では登場しようもない鋭利過ぎる刃物……それも、刀剣や槍のような「殺し合いに使う刃物」に付けられたとしか思えない、細く鮮やかな傷跡だ。

 

  そして最後に、その纏う雰囲気。これもまた常人には有り得ない、“鞘に収められた刀”のような気配だ。迂闊に彼に近づこうものなら、一瞬で両断されてしまいそうな……静かで強烈な威圧感。

 

「全く、久々に故郷に帰って来てみれば、いきなり神の顕現と出くわすとは……。そろそろ勘弁して欲しいんだけどな」

 

  纏う雰囲気とは真反対に、怠惰な口ぶりの青年。恵那が彼を唖然として見つめていると、彼が不意に表情を一変させ、微笑でこちらを振り向いた。

 

「君、名前は?」

 

「え?な、名前?」

 

「そ、名前。初対面だから簡単に自己紹介を、さ」

 

  それを聞いて、恵那は目を大きく見開いた。だがそれは、「なにこの人、キチガイ?」というニュアンスのものでもなければ、言っている意味が理解できなかったという訳でもない。

 

  普通の人間なら、目の前に敵がいる状況で自己紹介などしない。だから、相手が同じ事をしてきた場合、間違いなく正気を疑うだろう。

 

  だが、残念ながら、恵那も普通の人間とは程遠い(別にキチガイという訳でもないが)。だから、理解してしまった。彼は決しておかしいのではなく。単純に、現在の状況ーー「鬼八体を前にしている」という状況を、危機として捉えていないのだ。

 

「えーと……清秋院恵那、です」

 

  ややぎこちない恵那の自己紹介を聞いて、しかし青年は目を丸くした。

 

「へぇ、清秋院か……というと、君は『四家』の人間だね?しかも降臨術師とは……沙耶宮は涙目じゃないのか?」

 

  日本呪術界の内部について随分と知っているようだ。なら、彼は日本の魔術師という事になるが……神獣五体を瞬時に、しかも片手間で倒してしまえる人間など、恵那は聞いた事がない……たった一人を除いては。

 

「さて、じゃあ次は俺が名乗る番だな。……多分、聞いたら凄く驚くだろうが、下手に喚いて状況を悪化させないでくれよ」

 

  そう前置いてから、青年は全身をこちらに向け、恵那に正対した。そして、どこか自虐的にも見える表情で、その名を名乗る――

 

「俺の名は軍谷伊織。ご存知、災厄を運ぶ神殺しだ」

 

  現時点において、ヴォバン侯爵と並び恐れられる魔王。かつての"万勝の王"、軍谷伊織――降臨。

 

 

 

  /◯/

 

 

 

  【軍谷伊織】

 

 

  少女(清秋院恵那とかいったか?)に対し名乗り終えた所で、伊織は改めて鬼に向き直った。

 

「総数八体か……さっき五体も削ったってのに、まだこれだけいるとはね。一体どうしたら、ここまで神獣を呼び集められるのさ」

 

  呆れたとばかりに嘆息すると、背後でうぐっという呻き声。それにまた嘆息を漏らしながら、伊織は冷静に周囲を観察した。鬼八体の他に、こちらに近づいて来る気配はない。強いて言うなら、この状況の“元凶”がいるが……まだあちらが動く気配は無い。それなら、

 

  (わざわざ集中することもないか)

 

  そう内心で結論を出して。直後、伊織は殺気を完全に無くした。

 

「え……ええ!?」

 

  恵那の動揺した声。前方の鬼達も不審そうに伊織を注視する。だが伊織はそれを意に介する事なく、物思いに耽っていた。

 

  即ち、――まつろわぬ神とは何か?

 

  一般的に、それは物語の(いましめ)より抜け出した神話の神々であるという。人類がこの星に誕生した頃より、彼らは地上に顕現し、我々に様々な災厄を齎す。

 

  火の神が降臨すれば、その一体は灼熱の業火に呑まれる。

 

  雨の神が降臨すれば、何日もの間豪雨が降り続け、大洪水が全てを押し流す。

 

  冥府の神が降臨すれば、地上に冥府が具現化し、あらゆる生命は死に絶える。

 

  その他にも様々な神と様々な影響があるが、全ての実例を紹介させようとすれば切りが無い。それ程に、まつろわぬ神はこの世に顕現しているのだ。

 

  昔は、どういう要因によってまつろわぬ神が降臨するのかについての研究に、熱を入れていた時もあった。思い出せば、あの頃はまだまだ子供だったなと苦笑してしまう。

 

  そこまで考え込んだ所で、

 

  GOOOOOOUUAAAAAAAAAAAAAA!!

 

  痺れを切らしたらしい鬼が、一斉に襲いかかってきた。

 

  先頭の鬼が丸太のような剛腕を振り上げ、呑気にため息をついている伊織に豪快な振り下ろし(ハンマー)を見舞う。いかに頑強なカンピオーネと言えど、喰らえば容易く潰されよう。

 

  が、

 

「…………」

 

  驚くことに。伊織は、それに対し何のアクションも起こさなかった。ただ、どうでもいい物を見るような表情で、迫る拳を眺めている。

 

  恵那がとっさに飛び出すが、間に合わない。鬼の放った一撃が地面を砕き、衝撃波を撒き散らした。

 

「………ッッ」

 

  恵那が息を呑む。だが、それは伊織が潰れるという悲惨な光景を見たからではない。

 

「……考え事してるんだ、邪魔するなよ」

 

  静かな怒りを込めた、伊織の声(・・・・)。直後、ベキバキという異音と共に、鬼の拳がひしゃげ砕けた。

 

  青い鮮血が飛び散り、絶叫が大気を震わす。対して全く無傷の伊織は、鬼の苦悶に対してさらに苛ついた顔になり、

 

「うるさい木偶が!」

 

  跳躍からのハイキックで、鬼の顔面を両断した。

 

  今度は物も言う間もなく、先鋒の鬼は消滅した。突然の仲間の死に、残りの七体は一瞬たじろぎ、しかしすぐに牙を剥いて伊織に襲いかかる。

 

  だが、伊織相手には遅過ぎた。彼は着地から再度跳躍、いつの間にか呼び出していた大剣を握ると、

 

退()け」

 

  の一言と共に、一閃。三体の首が宙を舞う。

 

  さらに伊織は、空中にいる状態のまま大剣を投擲。一体の頭を串刺しにする。

 

  だが、これで伊織は無手になった。すかさず残りの三体が追撃する。不可解な伊織の防御力を考慮してか、打撃ではなく掴み取り。拡げられた掌は岩盤の如し、回避しようにも五指が行く手を阻んで来る。

 

  だが、哀しいかな、彼らの運命は決しているのだ。初めの一体を瞬殺されて、それでも逃げなかったその時点で。

 

  前方から襲い来る掌壁(・・)に向かって、伊織は同じく掌を突き出した。それは鬼の掌を押し留めるためではなく、

 

「――奔れ」

 

  銃口(てのひら)から迸った雷電が、素早く敵に絡みついて焼き尽くした。鬼の赤茶けた肉体が一瞬で黒灰色となり、消滅する。

 

「―――ッ」

 

  背後で聞こえる無音の絶句。目の前で起こった事を、上手く飲み込めていないらしい。

 

  高位の神獣を、片手間の雷魔術一つで殺す。これが、かつて"万勝の王"と呼ばれた神殺し、軍谷伊織の技量である。

 

 

  ◯ ◯ ◯

 

 

「無駄な呪力使わされたなぁ……まあいいか、“獲物”に近づいてる証拠な訳だし」

 

  退屈そうにそう呟くと、伊織は大義そうに背伸びをした。

 

  それからゆっくりと体を反転させ、彼は恵那に向き直った。その表情は、親しい友人を前にしているかのように穏やかだ。

 

「じゃあ、清秋院。早速だけど状況説明を頼めるか?こっちでもある程度は把握してるつもりだが、食い違いがあっちゃいけないからな」

 

  恵那の方は、まだ先程の衝撃が抜け切っていないようだが。伊織はあまり気にしていなかった。神獣がウヨウヨいるような場所に一人で潜り込んでいる時点で、並の精神でないのは明白なのだから。

 

「しょ、承知致しました。現在、この一帯で――」

 

「ああ、そう畏まらなくていいよ。楽な話し方で、手短にな」

 

「あ、う、うん。――今、この辺一帯は鬼の神獣が大量発生してるんだ。原因は、この白山でまつろわぬ神が顕現したから……どういう神様か解らないし、あっちはまだ寝ぼけてるみたいだから、そう目立った被害もないんだよね」

 

  なるほど、と伊織は頷いた。自分の見解に間違いは無かったらしい。問題は次だ。

 

「鬼が神獣として召喚されるならある程度は把握出来るけれど。白山に祀られてる神で、鬼と縁があるというと――」

 

「思い当たる節は、無くは無いけども…」

 

  この霊峰・白山において顕現する可能性のある神の中で、鬼、あるいは冥府と縁のある神について、思い当たる節が非常に少ないのだ。

 

  まつろわぬ神が降臨した場所は、その神と何らかの縁があるというパターンが多い。ギリシアの天空神ゼウスなら、オリンピックで有名なオリンピア。牛頭神ミノスならクレタ島。天照大神なら、神社のある伊勢や天岩戸のある高千穂峰など……。その神を崇めていた神殿の遺跡や、神話上で関わりを持った土地では、まつろわぬ神が顕現する要因が揃いやすいのでは、というのが一般的な見解だ。

 

  が、それを踏まえようとすると、この白山は発生している現象と正確に適合する神がいないのだ。

 

「他の可能性としては、元々この場所で眠りについていた、といったところか……。清秋院、この2、300年間でこの国に降臨した、鬼や冥府と関連する神に心当たりは?」

 

「ううん、ない。この国じゃ、まつろわぬ神が顕現したら“おじいちゃま”達が動くんだけど……そういう神様が出たって話は、聞いてないよ」

 

  おじいちゃまとは一体誰の事だろうか。清秋院家の当主は、恐るべき権威を持つかの老女傑。そして、彼らの組織『正史編纂委員会』に、まつろわぬ神に対抗し得る力は無かったはず――。

 

  恵那の無意識の発言で思わず横道に逸れてしまう。が、伊織の思考は、突如天で弾けた呪力の気配によって破られた。

 

「………!?」

 

  空が、闇に染まり始めたのだ。夕暮の斜陽も、東の空に現れていた星々も、全て黒で覆われて行く。ほんの一瞬で、朱色の空は闇に閉ざされた。それは、夜よりも昏い、闇。

 

  言葉もなく、恵那が隣で息を呑む。そして伊織は、

 

「―――!!」

 

  穏やかだった眼光を、一瞬で変貌させた。

 

  恵那が初めに感じていた、刃物のような威圧感。それが露骨に発され、眼光を冷たく輝かせる。その色は、もはや紅玉(ルビー)ではなく……血の如き深紅だ。

 

「……え、い、軍谷、さん……?」

 

「清秋院恵那、奴が何者か、これでハッキリした。俺が殺すに足る、大物だ」

 

  一歩。自然な所作で、しかし溢れる感情を込めて、一歩を踏み出す。

 

  地面が、蜘蛛の巣のようにひび割れた。

 

「天を呑み込む程の闇。冥府の眷属たる鬼を統べる者。そして気づいたか?ここから少し行った先で蠢く、"死"の気配……。となれば、当てはまるのは一柱だけだ」

 

  国土を産んだ母。天と分かたれ、そして天と敵対する地母神……。その名は、

 

「太母神イザナミ。またの名を黄泉大神。かの冥府の女王こそ、今ここに顕現した神であり……俺が今より、裁く相手だ」

 

  真に敵とする存在の降臨。それを前に、ついに神殺しが本性を露わにした。

 

「待っていろ、イザナミ……今日、この俺がお前を殺す」

 

 

 

 




桜さんBB愛してるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!

………失礼しました。fate extra ccc最高です。

さて、という訳で、第一話でした。

長らく時期を開けてすみません、勇者glotakaは宿題という名の魔王と戦っていました(笑)

伊織さんのヤバ目能力の説明については、次からの話で少しずつ紹介することにします。現段階で訳の解らん力が多いのは勘弁してくださいm(_ _)m

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