――昼休み――
ネギが教師として麻帆良に来て五日が経ったらしい。らしいというのは俺が数えていたわけではなくクラスメートが話しているのを聞いたからなんだが。ってかダイオラマ魔法球にしょっちゅう出入りしているせいで日付の感覚があやふやになってるんだよな、コレが。
まぁ俺の話は置いておいてクラスメート達の話に戻るが、だいたい五日もあればネギの人となりも理解されているようで、現在絶賛評価されている最中だったり。
「やっぱりちょっと情けなかったよねぇ」
「でも十歳なんだししょうがないんじゃない?」
なんて話しているのは裕奈とまき絵。聞けば昼休み中にバレーをしていたところに高等部が現れ場所の取り合いになったとか。喧嘩に発展しそうだった睨み合いは結局高畑が収めたらしいが、その場にいたネギが何も出来なかったことから頼りにならない疑惑が出ているらしい。
いいんちょが反論したり亜子が会話に参加したりと盛り上がってるが、どうせ2-Aのことだ。『可愛いし、いっか』で纏まるんだろうと意識を切ろうとする。が、
「いろいろ言われているですね」
「んぁ?」
顔を上げれば既に体育着に着替えた夕映がこっちを見ていた。手には抹茶トマトなるジュース(?)のパックが。
「相変わらず訳わかんねぇチョイスだな。美味いの、ソレ?」
「なかなかイケるですよ。一口どうです?」
「……やめとく。ゴーヤコーラで懲りた」
キワモノというかゲテモノというか、夕映はそんなジュースの愛飲家だったりする。
そしてそのことを指摘するとこっちにも勧めてくるのだ。以前痛い目を見た。マジで。
ってか『間接キッスじゃん』とかはしゃぐんじゃねぇよ俺。俺ェ。
「そうですか。残念ですね。ところでアイカさんは思うところとかはないですか?」
「なにが?」
「ですから、ネギ先生に対してです」
ふと視線を感じた。見回せば何故か俺に注目しているクラスメート達。
ってアレか? ネギは俺の兄貴だし、それに対して情けないだのなんだの言っちまったことを気にでもしてんのか? いい子ちゃんたちめ。可愛いぞコノヤロー。
でも別に罪悪感とか感じてもらわなくても全然いいんだけどな。だって、
「どうでもいいかなぁ、ぶっちゃけ」
「そうなのですか? もっとしっかりしてもらいたいとか。もしくは頑張ってるんだから、とか十歳なんだし、とかそういう反論とかは?」
「ねぇな。頑張ってんなぁとは思うけど、実際頼りねぇのも事実だしなぁ」
子供に高畑みたいな頼りがいを要求すんのも酷ぇ話だとは思うし、一方で『頑張ってるんだから』の一言で現在のネギを許容するわけにもいかないだろうとも思う。なんといってもネギは生徒の人生に影響を与えまくる教師という職にあるのだから。まぁ重ねて言うことになるが、まだまだ子供のネギに全てを要求することも酷だとも思うんだけども。
しかしまあ、そんなネギが教師としてどうたらなんていう話は
「教師側が考えることなんじゃね? 学園長とか」
「確かにそうかもですね。ネギ先生が頼りないというのなら高畑先生が担任に戻ってネギ先生はその補佐にという形でもいいですし。というか教育実習生にいきなり担任を任せている時点でなんだかおかしいような気が」
「そーそー。で、そういうのを考えるのは俺の仕事じゃないわけで。つまり俺的には完璧どうでもいい話、なわけだわな。……くぁぁ」
「……眠そうですね」
「飯食ったばっかだしなぁ。アレだ、ムーミン、アギラオを唱えずってやつだ」
「春眠暁を覚えずですか。掠りもしていないことをツッコめばいいのか、英国人のアイカさんから孟浩然が出てきたことに驚けばいいのか、判断に迷いますね」
なんか夕映が言ってるが正直ほとんど聞こえてなかった。
というかマッハ行ってる眠気のせいで途中から適当に相槌打ってたけど、ツッコミがなかったってことは会話は成立していたんかね?
まぁいいや。なんかメッチャ眠いし。
――屋上 バレーコートにて――
何だか変なことになってるですね。綾瀬夕映は内心独りごちた。
事の起こりは自習のレクリエーションとしてバレーをやることになっていた2-Aがコートのある屋上まで出たところ、隣に校舎のあるはずのウルスラ高等部の生徒が先にコートを使っていたということだ。
ウルスラ生が言うには向こうもここで授業ということで、それを信用するならダブルブッキングということになるのだろうがどうにも怪しい。
(高等部には高等部のコートがありますし、ダブルブッキングが本当だとしても優先されるのは中等部のハズ。中等部の屋上コートなんですから当然ですね)
だというのにウルスラ生が居座っているのは元々2-Aと仲が悪いためか。聞いた話では昼休みにも一悶着あったようだし。
(おそらくはつまらない嫌がらせのようなものなのでしょう。ムキになって突っかかっている明日菜さんたちには悪いですが、下らないと思えてしまうです)
そしてどういうわけかコートの使用権をかけてドッヂボールで勝負する羽目に。ついでに勝負に負ければネギは景品よろしくウルスラに持って行かれるとか。
(生徒間での賭けで教師のやり取りなど不可能だと冷静に考えれば分かりそうなことですが、本来冷静にまとめ役になるべきいいんちょは、ネギ先生がらみのことになると途端に冷静さを失ってしまいますし)
あやかの他にストッパーになれそうなのは那覇千鶴があげられるが、その千鶴は何故かノリノリで、
(結局ドッジボールで勝負するということは決定事項のようです。まぁ元々バレーは授業が自習になったためのレクリエーションでしたし、これはこれでレクリエーションとも取れますが)
早々に夕映はコートから退散を決め込んだ。
体を動かすことが好きなわけでもないし、あやかやまき絵のように積極的にネギを守りたいわけでもない。アイカの言葉ではないが正直どうでもよかった。ドッジボールのメンバーに入れられる前に熱くなっている一団から外れ、審判役のようなポジションに付くことにする。
(ここなら試合に参戦することもないですし、サボっているともとられないです。極めて消極的ですが、授業に取り組んでいるという面目は立つでしょう)
似たようなことを考えたのだろうか審判ポジションに来ていた千雨と二人、二十対十一という変則ドッジボールの開始を眺めていた。
「やっぱ厳しいかもな」
ウルスラ生たちがドッジ部員であることをカミングアウトしたりトライアングルアタックなるものを披露したりとやりたい放題し始めたころだ。夕映の隣にいた千雨がぼそりと呟いたのは。
「やっぱり、と言うことはこの結果を予想していたですか? 相手がドッジ部で関東大会優勝チームだということを知っていたとか?」
「まさか。向こうからわざわざドッジボールで勝負なんて言い出した辺りはなんか引っかかったけどな」
「ですが先ほどの口ぶりではウチのクラスが劣勢であることを元々気づいていたようにも取れるのですが」
「そりゃアレだ。相手は高校生で私らは中学生。元から身体能力に差があって当然だろ。まぁウチのクラスには年齢差なんてものともしない様な奴らもいるっちゃいるが、そいつらはあの通りだし」
肩を竦めて千雨が視線を向けたのはドッジボールに参加せずに見学しているクラスメートの姿。特に武道四天王の龍宮、刹那、そして楓が見学者側に回っていることが目に付くが、中でもとりわけ異彩を放っているのが、
「爆睡してますね」
「ああ。アイカか」
フィオの膝枕で大の字になって寝こけているアイカの姿。それに比べれば体育だというのに制服姿で、湯呑みで茶を啜っているエヴァですらまともに見える。
「アイカは放っといて、だ。龍宮、桜咲、長瀬、それと絡繰もか、このうち半分でも参加してりゃあ、多分圧勝で終わってたぞ」
「そこまで言いますか。同じ四天王のクーフェさんは試合に入っていますが足りないですか?」
「いや、古菲もすげぇんだがあいつらとはちょっと違うというか」
一瞬千雨は言い淀んだ。そしてまるで慎重に言葉を選ぶように言う。
「……なんつうかな。そだ、分野が違うってのか? 中国拳法使いと忍者、どっちが球投げだの避けだのに向いてるかっつったら」
夕映には千雨の逡巡が些か気にかかったが、しかし千雨の言葉は納得できるもの。
「確かに言われてみればそうですね。楓さんなら飛んでくる手裏剣をキャッチしても不思議ではありませんし、ボールくらい軽いものですか」
忍者と言われれば即座に否定してくるのが楓ではあったが、しかし夕映からしても楓はどう見ても忍者なのだ。それもごっこ遊びやキャラ作りでは済まないような。実際に人並み外れた身体能力を何度も見せてくれているし
そして千雨の言葉には妙に説得力があった。おそらくは龍宮や刹那も古菲よりも楓寄りなのだろうとなんとなく納得できる程度には。茶々丸がこういう場面で頼りになるだろうというのは夕映にしてみれば初耳だったが。
にしても、
「クラスメートのことをよく見ているのですね。私は千雨さんはどこか周囲から距離をとってるような、自分と他人との間に壁を作っているような印象を持ってたですが」
「あー」
少し失礼な物言いだったかもしれないと夕映は口にした後で後悔したが、一方で千雨に気にした様子はなく。
むしろどこか恥ずかしそうに頭をガシガシと掻くのみ。
「確かに壁を作ってたかもな。よく見てんのはどっちだよ」
「席がずっと隣同士だったではないですか。なんとなく分かってしまうものですよ」
それに、と夕映は言葉にせず思う。千雨は麻帆良に入学したばかりの自分とよく似ていたのだ、と。
どこか斜に構え、傍観者の様に世界を眺めているその姿。それは二年前の自分に、大好きだった祖父を亡くしたばかりの世界が色褪せて見えていた自分に重なって見えていたのだ。
あの頃の自分は世界など下らないものに見えていた。周囲と何処か壁を作り、誰かと積極的にかかわろうとはしなかった。
その姿は、きっと最近までの千雨とよく似ていたのだろう、と。
(私の世界に色を取り戻してくれたのはのどか達でした。のどかやハルナ、木乃香がいてくれたから、世界はそれほど下らないものではないと思えたです)
きっと千雨さんにも私にとってののどか達のような人が現れたのでしょう。そう思って、ふと夕映は気づいた。きっと心のどこかで心配していたのかもしれない、と。かつての自分と似た、しかし自分とは違いずっと世界が色褪せて見えていたのだろう千雨のことを。
なんとなく嬉しいような気持ちになっているのも、きっとかつての自分と似た千雨が、かつての自分の様に誰かに助けられたからなんだろう、と。
そしてそれはおそらく、授業中だというのに幸せそうに太陽の光を浴びて眠っている年下の筈の少女。
「よかったですね」
それは自然と出てきた言葉だった。わずかな照れすらなく、そんな言葉を口に出来ていた。
「あ? 何がだ?」
「壁を壊してくれる人が現れてくれて、ですよ」
私にとってののどか達の様な人が現れてくれて、とはさすがに内心に留めておいたが。
「……分かった風に言ってるけどな、綾瀬が考えてるような楽なもんでもねぇぞ。アイツら、ってか特にアイカは、マジで遠慮なしに色々ぶっ壊してくれるんだからな」
苦笑と共に千雨は悪態じみたセリフを言うが、しかしその目元は笑っていた。
「ホント、壁作って距離とって、そうやって自分を守ってきた過去の私が馬鹿らしくなるほど色々見せつけてくれたからなぁ。悩んでいたのがアホらしいよ、ったく」
千雨の言った自分を守るとはなんなのか。夕映は些か気にはなりもしたが、しかしおそらく初めて見るだろう楽しげに話す千雨からあえて聞き出すような真似はしなかった。
「色々見せつけられた、ですか。アイカさんたちが何を見せてくれるのか、中々興味がわきますね」
「あー。……ま、もしアイカの被害に会ったら愚痴くらいは付き合ってやるよ。ちょうど席も隣同士だしな」
肩を竦めて見せる千雨に苦笑する。本当に、アイカは一体何を見せてくれるのだろう。
白熱するドッジボールの試合が終わるまで、夕映は千雨と二人、のんびりと肩を並べて立っていた。
一方そのころ見学者サイドでは
龍宮「おい、綾瀬にまで忍者だって言われてるぞ楓」
楓 「……拙者ってそんなに忍者っぽいでござるか? 一般生徒として溶け込めていると思っていたでござるに」
刹那「忍ぶと言うならまずその語尾から何とかしたらどうだ? ござるだのにんにんだの言っているうちは丸分かりだと思うが」
楓 (ストーカー紛いの方法で護衛をしている刹那殿に言われてしまったでござるよ。拙者に忍べというならそっちこそ片時も離れず護衛しろ、なんて言ったらやっぱりマズイでござるよねぇ)
茶々丸「マスター、お茶のお替りはいかがでしょうか?」
エヴァ「うむ。貰おう。にしても中々に良い羊羹だな。京から取り寄せたものか?」
茶々丸「いえ、アイカさんから頂いたものです。『学園長からかっぱらってきた』だそうで」
エヴァ「なにをやっとるんだ此奴は。まあジジイにはいい気味だがな」
アイカ「うへへ。はやてにシグナムにシャマルまでいるぞ。でもやっぱりぼくはヴィータちゃん。うへへへ。むにゃむにゃ」
フィオ「フフフ。一体誰の夢を見ているのかしらね、この子は。フフッ。フフフフフフ」
全員(……よくあの殺気を受けて爆睡していられる(でござる)な、アイカ(さん/殿)は)
さて後書きですが
ドッジボールとサブタイ付けときながらほぼ描写ナシとか……。
どうか勘弁してくだせぇ。アイカに参戦させとけば普通にドッジやってたんですけど……念能力者のドッジボールってどうしてもレイザーが出てきてしまって。
おそらくドッジの試合シーンを書いていたら衝動のままに要らんとこまで書いてたと思います。
さすがにそれはと思いまして、結局ドッジボールはお流れです。申し訳ない。
まぁそれはそれとして、ようやく一巻分が終わりましたね。……ホント、ようやくです。
……長かったなぁ