――砂礫の上で――
それはただの拳圧だった。
拳を突きだすことでわずかに生まれる微かな風。本来武器になどとてもならないただの拳圧。
しかしそれが、これほどまでに肉体の芯に響く。
「ぐぅッ!」
腕を交差させて衝撃を受け止めるが、しかしダメージはガードを超えて肺にまで突き刺さる。
だがまだだ。まだ戦える。人体など容易く破壊可能な攻撃にさらされてはいるが、しかしマバリアを展開している俺にとっては致命的なものは皆無。この程度のダメージならば、マバリアによって発動している
だから、
「この程度で、俺が止まるわきゃねぇだろうがあああ!!」
心を染める赤い感情を咆哮に乗せ、地面を踏みしめ拳圧の弾幕の中へと突っ込んだ。
足元で砂礫が爆ぜる。かつては立派に整備された石畳だったのだろう。しかし幾度も繰り返された戦闘で最早見る影もなくなってしまったそれがさらに弾ける。
が、そんなこと今の俺には関係ない。余計なことなど考えるな。今はただ、目の前の敵に拳を叩き込むことだけを目指し突っ走れ。
拳圧の暴風が集中する。俺が一直線に突っ込んで来たからだろう。顔の前で交差させた腕に攻撃が集中して当たり、その衝撃は脳を揺さぶるほど。
しかし俺は止まらない。ただ愚直に突き進み、
そしてついに、拳圧の弾雨が晴れた。
「ッシャァッ!!」
頭を守っていたガードを解き、突進の勢いのままに右腕を振りかぶる。防御にはマバリアの維持に必要な最低限のオーラのみを残し、残る全身に纏っていたオーラの九割以上を右腕に。十年以上も休むことなく練磨してきたオーラを、すでにそれに触れるのみで人体など容易く破壊する域に至っているソレを些かの躊躇もなく拳に乗せ奴の頭部へと疾走らせる。
「クッ!!」
俺が『凝』を行うのとほぼ同時に奴が顔をゆがめたのは感覚的に危険であると察したからか。それとも経験則から
しかし俺の攻撃の危険性を理解しながらも、相手が選択したのは退避でも防御でもなくカウンター。俺の拳を避けつつ俺に更なるダメージを加えるつもりなのだろう。
(舐めんなボケがっ!!)
互いの拳が交差する瞬間という刹那の時の中であっても、いや、本来ならば思考することなど許されない刹那の時の中であるからこそ俺の
相手の狙いを瞬時に理解し、しかし俺はさらに前進。アッパー気味に放たれようとしている奴の拳に体を晒すように突進し、
顔面へと繰り出そうとしていた右腕を、奴の胴の中心へと振り下ろした。
轟音と共に打ち付けられた。背に当たるのは周囲への被害を封じるため俺たちを閉じ込めるように張られた結界。それにブチ当てられたのだ。
「カハッ」
とはいえそれは相手も同じだった。見れば奴は腹を押さえ片膝をついている。痛み分けというわけではないが、一方的にカウンターをもらうだけという展開はどうやら叩き潰せたらしい。
しかし今のではお互い決め手にはならないだろう。奴の攻撃は拳に速度を乗せる前に俺が当たりに行ったために不完全。俺の方は拳の軌道を無理やり曲げたせいで威力を殺してしまった。
俺と奴、お互いがお互いに肉を切らせて骨を断とうとした結果がこれだ。しかしまだ負けてはいない。まだ終わってなどいない。
だが、俺がマバリアの強度を上げるためにオーラを腹部へと集中しつつも両腕を上げて構えようとしていた時だ。戦闘の続行に水を差すように奴が口を開いたのは。
そろそろ何故そんなに怒っているのか教えてほしいのだが。奴は立ち上がりながらそう言った。
オイ。オイオイオイ! テメェ、今の今まで分かってなかったわけかよ!!
「俺がキレてるワケだぁ?」
なら教えてやるよ!!
「テメェがのどかにフラグ立てやがったからに決まってるだろうが、ヘルマーーーーーン!!!」
そう、今もなお俺と戦闘中のこの男、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンは本屋ちゃんこと宮崎のどかとフラグ立てやがったのだ。
俺がそのことを知ったのはネギの歓迎会の後。なにやら顔を赤く染めたのどかがヘルマンへお礼として渡してほしいと図書券を渡してきたのだ。なんでも朝倉からヘルマンは俺の知人だと聞いたらしいが。
俺はその時になってやっと思い出したが、たしか階段から落ちたのどかがネギに助けられるイベントがあったはず。そしてのどかがお礼を渡す相手はネギだったはずなのだ。
なのにどこをどう捻じ曲がったかのどかはヘルマンへと礼をしようとしていた。それはつまりネギではなくヘルマンがのどかを助けたということだろう。
そしてそれは、明日菜に続き(というか見方によっては明日菜より早く)ヒロインとなり、原作ではラストまでメインを張り続けたのどかに下手すりゃヘルマンがフラグを立てているということ。
というかその時ののどかの様子を見る限り、フラグ話はネタで済ませそうにない。
夕映の話じゃ男性恐怖症ののどかが普通に話せるのは性差が顕著でない子供か、あるいは男くささを感じさせない老人くらいなものらしいし。
ハルナが騒いでいなかったところを見るに、ラブ臭云々はないのだろうがしかし安心はできない。
もしも、もしも仮にだ、のどかがオジコンすっ飛ばして枯れ専になりヘルマンと親密になりでもしたら、
「羨ましすぎるだろうがボケェッ!!」
「スマン。さっぱり意味が分からんのだが」
やれやれといった風に肩をすくめるヘルマンだが、
「理解する必要なんざねぇ! ……ってかテメェが理解しちまうと逆にヤベェ気がするし」
そう吐き捨てて構える。ヘルマンとの問答はわずかな時間でしかなかったが、全開のマバリアによってダメージは確実に回復できていた。
それはヘルマンも似たようなものなのだろう。苦痛により悪化していた顔色は元に戻り、闘争を前にした悪魔らしく笑みさえ見せている。
「それによぉ」
オーラを漲らせる。腕が、足が、燃え盛るように熱くなる。ついでにエヴァとの睨み合いで溜まった鬱憤も八つ当たり気味に載せて、
「今から俺にぶっ殺される奴が、理解しても意味ねえことだしなっ!!」
弾けるように突進。同様に駆け出していたヘルマンとぶつかり合った。
――千雨のアトリエ――
フィオによって造り上げられたダイオラマ魔法球『アトリエ』の一角で、千雨は呆れたように遠方を眺めていた。
千雨が目を向ける方向にあるのは拳闘士たちが試合を行うコロシアムを模して建てられた闘技場。アイカとヘルマンの喧嘩が派手になり始めた数年前に、周囲への被害を出さないようにとフィオが用意したらしい。ちなみに今の千雨ではとても理解できない超高度な結界が何重にも張られている。
しかしアイカとヘルマンの全力のぶつかり合いでも揺るぎもしない結界ではあるが、千雨には一つだけ不満に思うところがあった。
(どうせなら音も閉じ込めてくれりゃいいのに)
そう。フィオの結界は確かに素晴らしいのだが、しかし内部の音までは防がないのだ。
もともとコロシアムを参考に作ったからなのかもしれないと千雨は思っている。拳闘を見に行く人間の気持ちなど理解できない千雨ではあるが、しかし想像はつく。もしも観客に試合の音が一切聞こえてこなかったとしたらどう思うか。おそらく物足りなく思うのだろう。何せ観客たちは、武器で打ち合い魔法を撃ち合う
とはいえまるで空爆にでも晒されているかのような戦闘音を轟かせられてはたまったものではない。同じダイオラマ魔法球の中とは言え、千雨がいる場所とアイカ達が戦っている闘技場はかなり離れているはずなのだが。
「よそ見とは感心しないわね、千雨」
「ああ、悪い」
窓の外へと向けていた視線を切って千雨はフィオへと向き直る。彼女の知識を、技術を少しでも己のものにするために。
魔法の脅威から逃げ切れる、あるいは身を守れるだけの力を身に付ける。そのような意識で魔法の世界へと足を踏み入れた千雨だが、現在彼女の学んでいる内容は多岐にわたっていた。
危険に巻き込まれる以前にそれを回避するために魔法社会の知識を叩き込まれ(その時にアイカがエヴァに喧嘩を吹っ掛けたことがどれだけ命知らずなことかも理解した)、魔力の効率的な運用を学び、初歩ではあるが戦闘にも使える魔法を習い、魔法使いの戦闘に巻き込まれた際の対処法を覚え、気を使う戦士や魔法剣士に襲われた際の自衛術を教わった。
初めて目にした魔法使い同士の戦闘がアイカとエヴァのそれだったせいもあるだろう。巻き込まれかねないという危機感からか、千雨は貪欲に知識を吸収していった。
しかしここで問題があった。千雨の魔力量である。
アイカのような英雄の娘という血筋があるわけでもない。フィオのように長久の年月を研鑽に当てられるわけでもない。ヘルマンのような種族としての人間の上位者であるわけでもない。
旧世界の、日本ならばさして珍しくもない中流家庭に生まれた千雨には、当然のように魔法使いとして大成するだけの下地がなかったのである。
いつだったかフィオが話していたことがある。魔法使いは血統を重んじる傾向があると。
なるほどそれも頷けるというもの。魔力量という生まれ持った才能が魔法使いとしての力量に大きく影響するというのなら、優秀な魔法使いの血統というだけで期待されるのだろう。そして魔法使いなど家系図のどこを探してもいなかっただろう千雨のような一般人に魔法使いとしての才能を期待することもないのだろう。もっともそのことに対する不満など欠片もないが。
しかし不満はなかった千雨ではあるが不安ではあった。魔力量において一般的な魔法使いにすら劣る自分では、エヴァンジェリンのような規格外クラスはもちろんのこと、高位の魔法使いから自衛できるかどうかすら怪しい。
これでは魔法関係は知識だけ学ぶに抑えて、ほかの時間は銃の練習でもしていたほうがマシなんじゃないか? アレなら魔力量関係なく同じ威力出せるし。自身の魔力量を把握できるようになり、ため息交じりにそうこぼした時のことだ。
「あら? なかなかいいアイデアね」
そうフィオに同意されてしまったのだ。
唖然としていた千雨にフィオは続けた。
「銃をつかうという点ではないわよ? 魔力量関係なしに同じ威力の出せるモノを用意するというところが面白いと言ったの」
そしてフィオは一つの学問の名を提示した。
その学問の名こそ錬金術。卑金属を黄金へと変え、人間に不老不死をもたらす『賢者の石』を目指した自然科学の前身。
「それは旧世界の認識ね。魔法世界では錬金術師とは高位のマジックアイテムを作れる者に対する敬称のようなものなのよ」
そう言ってフィオは実際に千雨の前に並べてみせる。魔力の足りないものでも発動できる魔法符やスクロール、様々な魔法薬、魔法の力を込められた魔法剣や魔法銃。本当に多種多様なものを。
「魔法具の製作者はあくまで製作者、売り物を使う者はいない。私もそう思い込んでいたけど、千雨には合っているかもしれないわ。数日かけてスクロールを作ることは、戦闘になった際千雨の数日分の魔力を一気に使えるということを意味しているし」
魔力量の足りなさをカバーできるかもね。そうフィオは言った。
確かに。千雨も頷いた。
それに、だ。千雨としては自衛の力があればいいのだ。その力を付けるため、修行と称してアイカやフィオの魔法から逃げ回るよりも、コツコツ道具を作っていく方が気持ち的にも楽だろう。あれは初めてソレを見たさよがガン泣きしたほどキツイし。
そしてその日から千雨の学ぶ内容に錬金術の名が加わった。
ダイオラマ魔法球に一角に千雨のための工房が用意され、数々の調合機材や材料が持ち込まれた。
魔力をブーストするための魔法薬や比較的簡単な魔法符の作成技術などは、細かい作業が苦にならない性格なためかそれほど時間をかけることなく習得でき、また人払いの符などが龍宮に女子中学生にとっては小遣いの範疇を超える額で買い取ってもらえるという嬉しい誤算もあったりした(ちなみに渡りをつけたのがアイカで、以前エヴァとの戦いを強制的に見せられたと龍宮に知られて同情されたりもした)。
ただ、本来の目的である自衛手段として魔法薬や魔法符を作るより、防御術式をありったけ編み込んだ衣服(というか衣装、……というかぶっちゃけコス衣装)の作成に最も力を割いている辺りは千雨らしいのかもしれないが。
「さて、概要は理解できたかしら? まあ今の千雨に完璧な理解は無理でしょうけど、この経験は大きなものとして残るからしっかり見ていなさい」
遠くから響く戦闘音をBGMにしながらではあるが、フィオはかねてから予定されていた錬金術の説明を終わらせ、実践の準備を始めた。
今日に予定されていた(というより準備に今日までかかってしまったという言い方の方が正しいが)錬金術は一説によれば錬金術師たちの到達点ともされるもの。
『ホムンクルス』。かつてパラケルススが生み出したとされる人工生命体。それを作り出そうというのである。千雨たちの友人となった相坂さよのために。
肉体を失った幽霊に体を用意し憑依させる。フィオにして興味深いと言わせる実験らしい。それを行うに至った切っ掛けが、いつまでもさよに慣れないアイカのためというのがフィオらしくはあったが。
にしても、だ。
「ホムンクルス自体は作ったことがあるって。フィオっていったい何者なんだよ」
あまりに複雑すぎて眺めているだけで頭の痛くなるノートを見直しながらぼやく。
「あら。ホムンクルスは特に珍しいものではないわよ? マホネットで高級品の魔法球を注文すれば大抵ついてくるもの。まあ三流術士の作ったものがほとんどだけどね」
「は? じゃ、じゃあもしかしてこの『アトリエ』のなかで働いてるあいつらって人形とかじゃなく……」
視線を向けるのは工房の外、せっせと薬草畑を耕していたり破損した建物を修理したりしている千雨の半分以下しか身長のない小人たち。
てっきりエヴァの連れていた
「ええ。人形じゃなくホムンクルスよ」
作業する手を止め、フィオはいたずらっぽく笑って千雨を見返した。
この魔法球の形を思い出して御覧なさい。彼らは正真正銘『
前半は勘違い物を目指してみました。キャラが勘違いするのではなく読者を勘違いさせる、いわゆる叙述トリックというやつですかね。『あれ? 居合拳? これ高畑とやってんの? 39話の後書き案採用したの?』と思わせられたのなら成功です。『いや、いつも通りヘルマンとやり合ってんじゃね?』と分かった方、指摘しないでください。枕を濡らしたくないんです。
……まぁ勘違いさせるなんてどうせ無理だろうなぁとは作者も思ってるんですが。40話挟んじゃいましたし。せめて39話じゃなく40話の後書きで高畑戦のことを仄めかしていれば……いや、でも惚れ薬イベフラグ壊したの39話だったし……
うがぁー。なんだか読みにくい話になっただけのような気も
あ、それとアイカ対ヘルマン戦ですが普通にヘルマンの勝ちで終わってます。悪魔ジャブからの悪魔アッパー、悪魔ガゼルパンチを決めて止めは悪魔チョッピングライトでKOってとこですかね
さて後半ですが、千雨の方向性が見えてきましたね。彼女には錬金術師兼アイテム士のようなポジションになってもらいます。親が魔法使いですらない一般人の千雨の魔力量でアイカと肩を並べて魔法をぶっ放すというのはどうにも不自然ですし。
参考にしたのは型月のアトラス院だったりします。魔術回路の数を重要視せず、「最強になる必要はない。最強であるものを作ればいいのだから」がモットーの兵器製造者集団だそうです。魔力量の少ない千雨には合ってるんじゃないかと。最強を目指すような子でもないですし。
……ただ魔法符などが結構な値段で売れるので、原作ラストのガチ引きこもりになる未来にまっしぐらな気も。貯金が尽きるたびに魔法符やスクロールを作って売り、得た金銭でまた引きこもり続ける、そんな生活を送っているイメージが。
まぁ、というわけですので千雨は純粋な戦闘者にはなりそうもないですね。にじファン時代の感想で闇の魔法を使う千雨を見たいという方がいたのですが、おそらく無理です。すいません。戦闘力もラカン表で言う100を超えるかどうかといったところになりそうです。戦車が200だったりすることを考えればそれでもかなり強いはずなんですが(なにせ千雨が二人いれば戦車とガチンコ出来るということになるわけですし)。
あとはホムンクルスについても少し。
もともとダイオラマ魔法球ってフラスコっぽくね? なら中を管理してる存在(エヴァの別荘で言う茶々シリーズ)はホムンクルスなんじゃね? というのは考えていて、いつか出そうとは思っていたんですが。
ホムンクルス案は二転三転しまして。
最初に浮かんだのはハガレンのホムンクルスでしたね。施設を壊すなとアイカに文句言って殴り飛ばされるエンヴィーやグリード、栽培している薬草を勝手に食べてフィオから折檻されるグラトニー、ヘルマンと酒を酌み交わすブラッドレイなんかを書くつもりでした。
次に浮かんだのはプリニー隊。イワシ一尾で一日20時間労働させられるペンギンっぽいナマモノ。主人がイライラした時には投げられて爆発します。これを採用した場合、ホムンクルスに憑依したさよはフーカの如くプリニーパーカーを着ていたことでしょう。
で、結局決定稿となったのが本話。イメージ的にはアーランドのアトリエシリーズのホムンクルスです。小人はちむちゃんズ。それらを管理するほむちゃんもちゃんといます。
多分三案のなかでは一番いいと思うのですが。プリニー隊を採用して魔法球内に常にアイカの熱唱する『戦友よ』を流すというのも面白そうではあるんですけどね
次回はドッヂボールかなぁ。それともバカレンジャーの居残り授業?
とりあえずD2やりながら考えますか