漢を目指して   作:2Pカラー

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27.邂逅

 ――戦場へと向かう道すがら――

 

 闇の福音(ダークエヴァンジェル)。それは麻帆良に来ることが決まってから楽しみにしていたモノの一つでもある。

 吸血鬼であるというだけで悪だと決めつけられ、六百年もの間狙われ続けてきたその生に対して同情はあるが、それはそれ。『原作』を知る身として呪いから解放してやりたいとも思うが、それ以上に戦ってみたいという思いの方が強い。

『最強』というものが手の届くところにいるというのなら、挑戦しないと男じゃないだろう。

 ……なんだか俺も一端の戦闘狂(バトルマニア)になっちまったようだが、まあいいか。ドラゴン相手に逃げ惑ってた頃と比べて、成長したと言えるのかね?

 

「おい! ちょっと待てよ! なんだよ吸血鬼って!?」

 

 とは引きずられるようにして連れて来られた千雨。フィオはと言えば、呆れて物も言えないとでも言いたげな視線を向けてくる。

 

「麻帆良にはとんでもないのがいるのさ。伝説級の吸血鬼。お伽噺で語られ続けているほどの魔王。六百万ドルの賞金首。敗北が死を意味する世界で六百年生き続けてる飛び切りのバケモノがな」

 

「なんだってそんなのが麻帆良に……。ってかそんなヤバいのが居るってんなら近づかない方が良いだろ! なんで私まで」

 

「言ったろ? 選択してもらうためには千雨の置かれてる立場に何の力も持たずにいることの危険さを分かってもらうのが一番いい」

 

 自分がどれだけ危ない綱渡りをさせられているのかを知れば、魔法と言う超常を手にする覚悟も決まるだろう。もっともアレ相手には生半可な力じゃ通用しないだろうし、綱渡りが吊り橋渡りにグレードアップするくらいだとは思うが。

 

「だからってわざわざこっちから行く必要が無いだろ! フィオレンティーナもなんか言ってくれよ。さわらぬ神に祟りなしって諺がこの国にはあるんだよ」

 

「フィオでいいわよ、千雨。それと、こちらから近づかない限りは無関係なんて甘いことも言ってられないわ。アイカの言う吸血鬼は女子中等部に在籍しているそうだから」

 

「……はい?」

 

 フィオはエヴァンジェリンについて既に知っている。麻帆良に来ることが決まって一月。あらかたの情報は集めていたのだから。

 もっともそういうフィオもこの時点でエヴァとの戦闘というのには反対のようだが。

 

『もう少し根回ししておきたかったのだけれどね。はっきり言って今のアイカに勝てる相手じゃないわよ? どうせ封印状態との戦闘なんて嫌なんでしょ?』

 

『良くわかってらっしゃる。味わうなら最強の闇の福音じゃねぇとな。だから呪いに関しては頼んだぜ、フィオえもん』

 

『その呼び方はやめなさい。……ハァ。ヘルマンはどうするの? 肉壁くらいにはなるでしょうけど』

 

『あいつが来ると高畑まで来そうだしな。こっちに監視が無いってのはあっちに監視が行ってるってことだろ? ならあいつの役目は目を惹きつけるってことで』

 

 と、そろそろ見えてきそうだ。

 強力な魔力の気配。無理矢理封じているのだろう呪いの気配。よくもまぁ今まで外部にバレて来なかったものだと不思議に思えるほどの力の波動。

 それを辿るだけで『原作』で見慣れたログハウスが見えてきた。

 

「さって、と。行くぜ、千雨? 相手は最強の吸血鬼。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

「クラスメートじゃねぇか!? なんだよこの展開!!」

 

 頭を抱える千雨をよそに、俺は両手をゴキリと鳴らす。

 

 さぁ、楽しい楽しい殺し合いだ。

 

 

 

 ――麻帆良の外れ 森の中――

 

 いつものことながら、良くもまあ後先考えずに行動できるものだ。そうフィオは呆れ混じりにため息をこぼす。

 彼女たちが立つのは洋風のログハウスの前。既に闇の福音は目の前だ。

 かの闇の福音が麻帆良にいることを知った時から、こうなることは分かっていた。アイカならば必ず彼女に挑むだろうことは想像に難くないのだから。だが、叶うことならば時期を図りたかった。

 真祖に挑むともなればそれなりの準備が必要だし、一時でも封印を外すとなれば対外工作もするべきだろう。戦場となる場所に仕掛けを施すことも出来なければ、保険を掛けることも出来ない現状は、フィオにとっては頭の痛い所。

 

 もっとも、だからといってアイカを死なせるつもりなど毛頭ないが。

 

「さてと」

 

 そう言ってフィオは懐から魔法具を取り出す。

 結界を構築するためのマジックアイテム。ナイフを模したそれを四つ手にし、

 

「結界範囲は二百メートル四方くらいでいいかしら?」

 

「それぐらいが妥当だろうな。広範囲殲滅魔法の平均射程が百から百五十フィート。それ以下だと殺してくれっていうようなもんだ」

 

 百五十フィートは約四十六メートル。千雨もいることだし『戦場』は少し広めにとっておくべきだろう。

 フィオは頷くとナイフを投げる。自分を中心に離れて行ったそれらは、結界範囲を指定するための標。

 それらが大地に突き刺さると同時に、足を一踏み。一つ目(・・・)の結界が展開された。

 空間に描かれるのは青色の四角錐。急造とはいえ、抜けるものなどいないだろう。旧世界の魔法使いともなればなおさらに。

 

「これで外からの邪魔は入らないわ」

 

「闇の福音は解放されたのか? 呪いが届かなくなった的な感じで?」

 

「まさか。それはこれからよ。千雨、もう少し私のそばに。どうやら怖い魔法使いがお出ましのようだからね」

 

 千雨を背後にかばい目を向ければ、ログハウスから現れたのは憮然とした表情の少女の姿。

 

(数百年ぶりね。闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)

 

 

 

 

「貴様らか。私の庭で好き放題やってくれたのは。……ん? そこの貴様は長谷川千雨か? 関係者ではないと思っていたが」

 

 ログハウスの入口、一段高い場所から睥睨するのは幼女姿のエヴァンジェリン。幻術を纏った手配書の姿とはまるで違う姿ではあるが、放つプレッシャーは本物。今更ながらにフィオはアイカを止められなかったことを後悔していた。

 

「千雨は見学だよ。ちょっとしたワケアリでな。テメェに用があるのは俺だ」

 

「……ふん。まあいい。何処の誰が関わることになろうが、関わろうとして記憶を奪われることになろうが、私には関係ないしな。それで、私に用があるとか言う貴様は、何処の誰だ?」

 

「ああ、こいつぁ失礼。名乗り忘れるたぁうっかりしてた」

 

 アイカの顔は後ろに立つフィオには見えない。しかしその表情は、容易に想像できるというもの。

 アイカは笑みを浮かべているのだろう。牙を見せるように、全てをあざ笑うかのように。その暴力的な笑みこそが、アイカの本質。物心がつくより早くに家を飛び出し、ひたすらに生き残るための力を磨き続けたゆえ到達した彼女の野生。

 

「俺の名はアイカ・スプリングフィールド。よろしく頼むぜ、エヴァンジェリン」

 

「スプリング……フィールドだと? ……クッ、ククク、そうか。貴様がジジイの言っていたナギの娘か」

 

 対するエヴァンジェリンも笑みを見せる。凄惨な笑み。見るものに恐怖を与える笑み。血に飢えた獣の笑みを。

 

「そちらから出向いてくるとは予想外だったぞ。だが手間が省けた。貴様の血を啜り力を貰おう。この身を縛る呪いを解くための力をな」

 

「そういやテメェを縛ってんのはあの赤毛の呪いだったな。いいぜ。好きなだけ持ってけよ。ただし、俺に勝てたらだけどな」

 

 アイカの言葉とともに不可視の風が荒れ狂う。

 魔法でも気でもないそれは、膨大なるフィオの知識をもってしても解析不可能なアイカの固有技法。『念』の唸りだった。

 

「フィオ!」

 

「はいはい」

 

 アイカが臨戦態勢に入るとともにフィオも魔術を紡ぐ。

 上位古代呪文に必要な魔力量の、さらに遥かに超えるソレを、大地へと打ち付ける。

 

 瞬間、アイカの不可思議な能力に言葉を失っていたエヴァンジェリンの両目が見開かれた。

 それもそのはず。その瞬間、十五年もの間、最強の魔法使いを縛り続けてきた呪いが消え去っていたのだから。

 

「……貴様ら、いったい何を?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に取り合わず、ただフィオは微笑を浮かべるのみ。

 彼女の行ったことは言葉にすれば簡単な物。

 周囲に展開された一つ目の結界。それを世界から切り離す。ただそれだけ。

 今ここにある空間は、麻帆良であって麻帆良でない。地球にあって地球にない。宇宙にあって宇宙でない、新たな世界。呪いなど彼方の向こうのことでしかなくなった、異空間。位相の異なる亜空間。

 それこそすなわち、火星に存在する魔法世界をどこにも存在しない魔法世界足らしめる、最古の大魔法の顕現だった。

 

 

「おーおー。いい感じじゃねぇか。これが闇の福音か」

 

「いったい何なんだ、貴様らは。人の庭を結界で覆ったかと思えば私の呪いを無効化したり」

 

「言ってなかったか? 喧嘩しに来たんだよ。ちょうどいいことに俺の血をご所望らしいじゃねぇか。さっさとやろうぜ?」

 

 同時にフィオへと念話が届く。

 

『この結界、どれくらい持つ?』

 

『触媒も満足に用意できなかったからね。せいぜい五分。私が戦闘に参加するともなれば三分持てばいい方よ』

 

『オーライ。初っ端からMAXで行くわ。フォローヨロシク』

 

『はいはい。それと、上』

 

「上?」

 

 フィオの念話を聞いてアイカは上を向き、ギリギリのところで間に合った。

 空から降る巨大な刃を、否、巨大な刃物を振り回す人形を受け止めることに。

 

「ケケケ! 楽シソウナコトシテルジャネェカ! 俺モ混ゼロヨ、御主人!!」

 

「ハッハー! 従者の方は物分りが良いな! 最高だぜ、人形!!」

 

 狂ったように笑い声を上げるのは、人形遣い(ドールマスター)が誇る最強の従者。チャチャゼロ。エヴァンジェリンが呪いから解放されたことで自由を取り戻した殺戮人形だった。

 

 

 

 ここに、戦端が開かれた。

 

「チッ。チャチャゼロめ。勝手なことを。まあいい。この闇の福音に喧嘩を売ったことの愚かしさ、存分に教えてやろう」

 

 舞台に上がるは二人の魔女と二人の戦士。そして一人の傍観者。

 

「千雨、アナタは私の後ろに。あまり顔を出さないようにね。首が飛ぶわよ」

 

 サウザンドマスターの娘が麻帆良入りしてすぐに起こしたこの騒動は、のちに大きな影響を及ぼすことになる。

 

「ってかなんなんだよ、これは!? 私は何でこんなとこにいるんだよ!! いきなり魔法だのと言われて、そのうえクラスメートが吸血鬼だって!? わけわかんねぇんだよ!!」

 

 それは人の運命を変え、街の在り方へと響き、そして歴史を狂わせる。

 

「ケケケケケ!! 久シブリニ肉ガ斬レルゼ! 骨ガ断テルゼ!! 人ガ刻メルゼェ!!! ケケケケケケ!!!」

 

 アイカしか知らない正史は既に無限の彼方の向こう。乖離は進み、世界は捩れ、

 

「やって見ろや人形が! ぶっ殺すのは俺の方だってのを教えてやるよ!!」

 

 笑う二人と嗤う二人の戦争が、たった一人の観客のための戦場(ショー)が、今、幕を上げた。

 




最近サイトが異様に重いのは私だけなのだろうか
おかげで書いて保存→しかしエラー
修正して保存→しかしエラーの連続で
書いたつもりが書いてなかったなんて部分が無いといいんだけど
文章の整合性が無い箇所等あれば報告いただきたいです

さてvsエヴァ編 おそらく四話ほど続きます
ヘルマンは蚊帳の外。茶々丸も今頃はバイトしてます
それがどう響くのかは追々ということで

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