漢を目指して   作:2Pカラー

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21.麻帆良での立ち位置 ~その1~

 

 ――麻帆良学園中央駅 駅前広場――

 

「やっと着いたなぁ。さすがは極東。遠かったぜ」

 

 俺はうーんと両手を伸ばしながらそう言った。

 現在地は既に麻帆良の敷地内。日本と呼ばれても違和感しかない西洋風な街並みに、かなりの距離があるというのに視界に入ってくる世界樹が印象的だが……なんにせよ、ここは日本だ。

 うん。帰ってきたって感じがするな。まぁ俺の『前世』にあった『日本』とココはまるで別物なんだが。

 だが別物だとは言ってもココは確かに日本だ。空港の案内板には日本語があふれ、麻帆良までの電車内では日本語を話す人ばかり。となればやはり嬉しさはこみあげてくるというもの。十年ぶりの『故郷』だものな。

 

「テンションも上がって来るってもんだぜ」

 

「……ハァ。元気ね。アイカは」

 

 どこか疲れたような声色でそう言ったのはフィオ。気だるげな表情が似合う彼女だが、疲れている姿というのは実は珍しい。

 

「さすがに飛行機で何時間もってのはキツかったか? それとも時差ボケ?」

 

「どっちも、と言いたいところだけどね。正直ココで暮らすということを舐めていたわ。何よ、この結界」

 

 結界? たしか麻帆良大結界だっけ? なんか認識阻害とかがかかるんだよな?

 

「私としてもフィオレンティーナと同意見だね。随分と強力な結界で囲われているじゃあないか」

 

「ヘルマンも? 俺は気づかないんだけど、そんなにヤバ気なわけ?」

 

「ヤバいなんてものじゃないわ。思想統一……とまではいかないみたいだけど、意識を操作されているのは確実。レジストしたというのに干渉は止んでない所からするとそういう(・・・・)結界ってことかしら。脳を直接指でまさぐられているようなものよ。不快だわ」

 

「私の方はもっとマズイね。どうやら此処の連中は悪魔を許容できないらしい。結界が私を封じ込めようとしているのだろうな。相当の負荷がかかっている」

 

「おいおい、マジかよ」

 

 それじゃあ今ヘルマンと戦えば、

 

「今ならアイカの圧勝に終わるだろう。試してみるかね?」

 

「ハッ。ふざけんじゃねえよ。初白星が『力を封印されてるヘルマン』なんて最悪だ」

 

「ハッハッハ。それでこそ、アイカだ」

 

「まったく。バカばっかりね。もう少し自分たちの放り込まれた環境に危機感を持ってもいいでしょうに」

 

 そう言われてもなぁ。俺自身は何も感じないし。

 

「ま、俺は気づかないしフィオはレジスト出来る。ヘルマンは戦闘にでもならなけりゃ問題ないんだろ? なら我慢するしかないさ」

 

「ふむ。まぁ旧世界の街中でそうそう物騒なことが起こるわけでもないだろう。私としては異論はない」

 

「ハァ。ま、いいわ。研究対象が増えたとでも思うわ。どうやらあの樹を利用した結界のようだし、調べてみるのも退屈しのぎくらいにはなるでしょう」

 

 と、俺たちがぐだぐだと話していると、ようやく迎えが。

 

「やぁ。待たせてしまったようだね。すまなかった」

 

 そう言ったのは白のオープンカーに白スーツという出で立ちの高畑。隣でフィオが『これに乗るの? 不快だわ』とぼそっと呟いたのは責められないだろう。俺も思ったもの。羞恥プレイかって。

 まぁ高畑が自身の遅刻を詫びてきたがそちらには気にしてないとだけ伝える。タイムスケジュールが厳格な飛行機はともかく、いくつもの電車を乗り継いできたから到着時刻に誤差など当然だものな。

 今はまだ冬休みなのだろう。私服姿の学生であふれた麻帆良の街を高畑の愛車に乗って進む。

 さて、こっからどうなるんだろうね。鬼が出るか蛇が出るか。

 

 ま、ぬらりひょんが出ることは既に知ってるんだけど。

 

 

 

 

 

 ――麻帆良女子中等部――

 

 麻帆良では恒例の年明け騒ぎから数日。新学期まであと二日となったその日、麻帆良を取り仕切る最高権力者である近衛近右衛門は、英国からの客人を迎えていた。

 学園長室の隣、応接室にて近右衛門の正面に座るのはアイカ・スプリングフィールド。室内だというのにパーカーのフードを被ったままというのには多少思うところが無いでもないが、

 

あの(・・)ナギの娘を相手にするというのに、その程度のことで振り回されていては体がいくつあっても足らんわい)

 

 と、近右衛門は注意などせずに茶を勧めるのみ。

 

 無遠慮に茶請けの最中を頬張るアイカは、なるほどメルディアナの校長からの手紙にあった通りの少女だった。

 無邪気に笑う表情は年相応。おそらく麻帆良女子中の子供たちともすぐに馴染めるだろう。だがその身に纏うのは百戦錬磨の戦士の空気。アイカ本人の纏うカリスマとでも呼ぶのが相応しいだろう空気のせいで気づきにくいが、それでも近右衛門や高畑クラスの者ならば嗅ぎ取ることが出来た。

 

 なるほど確かにアイカはナギの娘だ。そのことを嬉しく思うとともに、あの傍若無人が服を着て歩いているような男と同じ空気をまとった少女がはたして麻帆良の中に収まりきるかとの不安が、近右衛門の胸中に沸いていた。

 十年も前に姿を消したナギの面影に近右衛門は懐かしさを感じていた。とはいえいつまでも感傷に浸っているわけにもいかないと、近右衛門は挨拶もそこそこに話を進めることに。

 

「ふむ。それでは今後のことについて話そうかの。アイカ君とフランチェスカ君の二人には麻帆良女子中等部の二年A組に編入してもらうことになる。ネギ君が担当することになるクラスじゃな。その点に関して質問はあるかの?」

 

「俺は別になんもないぜ」

 

 アイカの口調に近右衛門と高畑は苦笑しそうになる。まるで女の子らしくない、ともすれば窘められるべき言葉遣いのはずなのに、なぜか妙に似合っている。その上『ナギらしさ』のあふれたセリフなのだ。

 アイカが麻帆良に来たことで最も影響を受けるのはエヴァンジェリンかもしれんのう、と目を細めながら近右衛門は考えていたが、

 

「中等部の二年生、ね。私の読んだ資料だと日本では十二歳から十五歳までの子供の通う場所だったはずだけど」

 

 とは顔を合わせた後の自己紹介から沈黙を守っていたフィオの言葉だった。

 

「ふむ。年のことなら平気じゃろう。外国の学校で飛び級したとでもすればのう」

 

「飛び級。旧世界の学校で優秀な生徒に認められている制度だったかしら?」

 

 うむ。と近右衛門は頷くが、フィオの視線を向けているのは隣に座るアイカ。

 じっと数秒考え込むかのようにアイカを見つめているフィオだったが、どこか心配そうにアイカに尋ねた。

 

「平気だと思う?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 自信満々に頷くアイカを見て、近右衛門もホッホッホと髭をなでつける。

 麻帆良には認識阻害の結界がある。大抵のことならスルーされるだろうと楽観視していたのだが、

 

「三ケタの足し算までなら自信あるし」

 

「……そうね。アイカがダメなのは掛け算からだものね」

 

 との二人の言葉に『ひょ』と声が漏れてしまう。隣を見やれば同席していた高畑の表情も引き攣っていた。

 

(ま、まぁなんとかなるじゃろ。国語はイギリス人ということで出来なくても不思議ではないわけじゃし、日本とは学ぶ内容が違うということで社会や理科でも言い訳は立つ。英語は母国語なわけじゃから出来るじゃろうし……一番不安なのが数学じゃったんじゃがのう)

 

 半ば強引に自分を納得させ、近右衛門は話題を変えるためにももう一人のアイカの連れ、出された紅茶のカップを優雅に傾けているヘルマンの話をすることに。

 

「ではアイカ君とフランチェスカ君の方は問題が無いとして、ヘルマン殿の件なのじゃが」

 

 それが近右衛門の抱えていた悩みの種。メルディアナからはアイカ他二名を麻帆良に寄越すとの連絡はあったものの、その詳細については送られてなかった。もっともメルディアナ側がヘルマンの情報を事前に渡さなかったのには理由があるのだが。

 とはいえ麻帆良側としてはメルディアナ側が何も言ってこないのならば安心などとふざけた結論を出すわけにはいかない。何故ならば、近右衛門には一目で見抜けてしまうのだから。ヘルマンが人ではないということなど。

 

「ぶっちゃけて聞くがの。お主、悪魔じゃろ?」

 

 故に近右衛門は尋ねるほかない。メルディアナの校長は彼の友人ではあるが、それだけで全てを信頼するわけにはいかない。ともすれば『英雄の娘の連れ』という名分で、メルディアナが麻帆良に悪魔を送り込んできたとの憶測が部下の魔法先生たちの間で飛ぶこともありえるのだから。

 

「ふむ。確かに。いや、失敬。自己紹介の折りに名乗っておくべきだったかな。しかしこの時代にワシは悪魔じゃと名乗っても鼻で笑われるケースの方が多くてね」

 

「あっさり認めるんじゃのう。ではもう一つの質問にもあっさり答えてもらいたいんじゃが、何故悪魔がアイカ君と共にいるのかね?」

 

「……それについては元雇い主の情報を守るためにも黙秘「あ、こいつ、俺を殺すために送られた刺客」……アイカ、勝手にばらされると困るのだが」

 

 ヘルマンが呆れたようにアイカにツッコミを入れるが、近右衛門と高畑にとってはそれどころではなかった。

 

(刺客……じゃと? そんな……まさか……)

 

 そして近右衛門は瞬時に理解してしまう。彼は仮にも関東魔法協会を束ねる長であり、本国メガロメセンブリアにおいても名の知れた人物である。組織というものへの理解もあるし、何よりMMの闇を知っている。アイカとネギの母親についても知っているのだ。

 しかしそれでもと思う。己の憶測が外れてくれていたら、と。

 

「刺客、のう。一体誰が何の目的でアイカ君を狙うというのかのう?」

 

 アイカの言葉で落ち着きをなくした高畑を手で制し、近右衛門は尋ねる。むしろ返答がないことを期待しながら。

 

「ふむ。それについては黙秘させてもらおう」

 

 とヘルマンは言うが、隣に座ったアイカがニヤニヤしながら、

 

「メガロだろ?」

 

「ノーコメントだ」

 

 あるいはそれは最善の答えだったのかもしれない。本国側が『アイカを狙った本人の証言』が出回ったと嗅ぎ付ければ、この場にいる五名のみならず、麻帆良全体を切り捨てるという選択すらとりかねない。少なくとも近右衛門の知るMMの元老院はそういう(・・・・)連中の巣窟なのだから。

 しかしヘルマンのその返答で全てが終わりかというと、そうではなかった。アイカは尚もニヤニヤと笑いながら、そしてフィオまでも話に加わってきた。

 

「ならヘラスか?」

 

「いや、それは違う」

 

「メガロじゃない。依頼主はメガロの元老院とか?」

 

「ノーコメントだ」

 

「つーことはメガロの下っ端か?」

 

「いや、それは違う」

 

「分かりやすすぎね。ま、というわけよ」

 

 どういうわけだ、と近右衛門はフィオに反応しそうになるが、しかしそれよりも早く、

 

「ヘルマンはメガロメセンブリア、貴方がたの本国と呼ぶ場所からアイカに差し向けられた刺客。今はアイカに契約で縛られているけど、それで全てが解決しているわけではないわ。MM側がヘルマンがこの世に留まっているという情報を掴めば、厄介なことになるのは確実。だからメルディアナは情報を渡さなかったのよ。この事実を認識される前にMM側に『アイカの連れとしてヘルマンという悪魔が同行して来る予定』なんて報告をされたらたまらないもの」

 

「むう。なるほどのう」

 

 そう言って近右衛門は黙り込んだ。ナギの娘と会ったことでいい気分だったのが台無しじゃわい、と。

 

 近右衛門が黙ってしまったのを皮切りに高畑が語調も荒くアイカらを問い詰め始めるが、当の本人たちは何でもない事のように笑うのみ。それを眺めつつ近右衛門は思考を巡らせる。ヘルマンの情報を隠したとしても本国がアイカに手を出してくるのは確実。それをどうやって躱したものか、と。

 

(次代の英雄に最も近い位置にこの子がいるというのは確実じゃ。しかし、叶うことならばこの子には笑っていて貰いたいのう。いつか必ず大きな試練が待ち受けているじゃろうとはいえ、命を狙われながら日々を過ごすなど、つらすぎるからのう)

 

 もっともアイカはあのナギの娘だ。狙われることすら笑いながら受け入れそうではあるが。

 まだまだ隠居は出来そうにないわいと、近右衛門は温くなってしまった緑茶に手を伸ばした。

 




あげるかどうか迷いましたが結局こんな感じに
ホントはもっとぬらりひょんの腹黒さを出したかったんですが、どうにも上手く行かず何故か好々爺な感じに
学園長はこの先タカミチ君と並んでアイカに振り回されるキャラになるっぽいので、なるべくならそうなった時にザマァwwと言われるようなキャラを目指したんですけどね

さて、麻帆良でのアイカパーティーのポジション説明はもう一話続きます
一話のうちに収めたかったんですけどねぇ
・・・オッサンとの会話が続くなぁ

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