――イギリスのゲートより数十キロ――
俺、ヘルマン、フィオの三人は二週間ほどの旅程を経て旧世界、即ち地球へとたどり着いた。高畑の案内という名の監視をつけられたままだったのはなんだか窮屈だったが、そこそこ快適な旅だったとは思う。(ったく、監視されなくても逃げたりしないっての。……タブンネ)
「にしても二週間とはねぇ」
「疲れたかい? 高速船が使えればもっと早く到着することも出来たんだが」
「逆だよ、高畑さん」
この二週間、タカミチと呼んでくれという要望を無視した結果、今では何も言わなくなった高畑に笑って見せる。フィオも『逆』の意味が分からなかったのか首を傾げていたが、ヘルマンの方は得心が行ったという風に笑っていた。
「俺がグラニクスまで行くのにかかった時間は約三年。だっていうのに今度はたった二週間で同じ距離を移動したんだぜ? 今の俺なら三年もかからないだろうとはいえ、ちょっとなぁ」
そして正直言えば、少しだけだが……
「飛行船と競争でもしてみようとか考えてない? 私は嫌よ。旧世界まで来たというのにまたグラニクスを目指すなんて」
何故分かったし?
「分かるわよ。五年も付き合いがあるのだから。私の考えの及ぶ事の中で一番無茶なことを、アイカはいつも考えているだろうなんてことはね」
「無茶……かなぁ。今の俺なら飛行船に負けることはないと思うんだけど」
その言葉にフィオは呆れたようにため息を一つ。ヘルマンは楽しげに笑い、高畑の顔は引き攣っていた。
「ま、いいや。フィオの言うとおり、やっと旧世界に着いたんだからな。今は大人しく凱旋帰国ってことで」
俺はそう言って足を進める。
向かう先は故郷の村、ではなく、メルディアナ魔法学校。姉代わりやら兄やらが待っているらしんでね。
と、どうやら本当に待っていたようだ。
魔法使いは隠れるものだという考えを真っ向から否定するかのような馬鹿でかい学校の校門に人影が三つ。
七年前から少し大人びた感じのネカネさんに、勝気な瞳が印象的だったアーニャ。
そして、
「アイ、カ?」
その二人に挟まれて立っているのが……まぁ間違えようがないわなぁ。
「お前がネギか。大きくなったな」
いや、まぁ俺の方が大きいんだけどね。なんだか言っておかないといけない気がしたから。
と、なにやら考え込んでいるような(多分自分より背の高い妹に混乱でもしてるんだろう)目の色をさせたネギを見ていて思いついた。
「お、そうだ。お前に」
そこで一度言葉を区切って、俺の隣でネギを観察しているフィオの耳元に口を寄せる。
小声でヒソヒソと。まぁ他の奴に聞かせたくないわけではなかったんだけど。一応ね。
フィオは数瞬考え込むようなそぶりを見せたが、すぐに納得してくれたようで魔法球の中に外から物の出し入れが可能なよう改造した『倉庫』からそれを取り出してくれた。
「お前にこの杖をやろう」
フィオの取り出した杖を見て高畑の息をのむ音が聞こえたが無視。そうだよ、赤毛の杖だよ。
ぶっちゃけ使わないしな。売ろうとしても贋作のあふれている『英雄の杖』なんて正当な評価を受けられないし、材木にしようにも魔法的保護がかかりまくってるせいで傷一つつけられねぇし。つか薪にしようとしたらヘルマンに怒られたこともあったっけ。
いい思い出なんてかけらもないし、やっちまってもいいだろう。
「あー、アイツはなんて言ってたかなぁ」
確か原作では、
「確か、『俺の形見だ。お前にやろう』だったか。それと、『元気に育て』そんなところか」
ネギまは立ち読みしかしてなかったからかなりうろ覚えだけど、まぁそんなところだろう。間違っててもかまわないだろう。正解を言える人間なんてこの世界にはいないんだから。
と、俺の言葉がどういう意味か思い至ったのか、ネギはそれまで受け取った杖を見つめていた顔を勢いよく上げた。
「ア、アイカ! これって!!」
「ま、高畑さんにでも聞いてくれ。俺はここの校長に呼ばれてるらしくってな」
そう残してネギらの横を通り過ぎる。ヘルマン、フィオらとともに。
説明は面倒だからな。っつかアレを『親父の形見』と説明することは、あの赤毛を俺の親父と認めるようで癪なんだよ。
しばらく校内を歩いたところで、それまで無言だったヘルマンが口を開いた。
「よかったのか? アレはアイカへと渡された物だろうに」
「いいんだよ。俺が持ってても使わねぇし。それにネギもアイツの子供だ」
それに、原作同様ネギがファザコンだとしたら、『殺してでも奪い取る』な展開にもなりかねないしなぁ。
闇の素養が高い奴の相手は面倒なもんだ。
ところでジイさんはどこにいるんだ? 無難に校長室の場所を探せばいいんだろうけど。
――メルディアナ魔法学校校門前――
悠久の風に所属する紅き翼の一員、高畑・T・タカミチによるアイカ発見の知らせは、瞬く間に旧世界中に広がり、魔法使いたちを歓喜に沸かせた。
しかし一方でアイカの発見に対して困惑している者もいた。
アイカに最も近い存在でありながら、しかし現在、アイカとは血のつながり以外の一切の関係のない少年、ネギ・スプリングフィールドである。
(アイカが見つかったって言われても……)
ネギは嬉しそうに知らせを持ってきたネカネに何と答えればいいかもわからず、ただそう思っていた。
アイカが行方不明になってから七年。言葉にすればたった二文字であるが、しかし七年は長い。それこそたった一人の肉親を家族とも思えなくなるほどに。
その上アイカの顔を最後に見たのはネギが二歳の時なのだ。顔もよく思い出せない妹。様々な話を故郷の村人が話してくれる父親以上に、ネギにとってアイカは遠い存在となっていた。
(それにアイカは勝手に家出したんじゃないか。みんなに迷惑かけて、今更……)
ネギはアイカの失踪が『家出』なのだと信じていた。もっともそれはアイカならばという行動の理解があったわけではなく、『アイカが誘拐されたのかもしれない』という疑惑が徹底して秘匿されていたが故に、『家出』以外の可能性を考えられなかっただけであるのだが。
しかし理由はどうあれネギはアイカの失踪が『家出』であると知っていた。だからこそ『無事に発見されたこと』を心から喜べなかったわけではあるのだが。
(ううん。アイカは僕の妹なんだ。アイカが帰ってくるというなら僕は喜ばなくちゃならないんだ。そして、お兄さんとして『家出』なんてダメだってちゃんと教えてあげないと)
嬉しそうにアイカのことを話すネカネを見ながら、それが『立派な魔法使い』のあるべき姿なんだと、ネギは自分に言い聞かせる。
そして、二週間後アイカがウェールズへと帰還した。
まずはなんと言うべきだろうか。やはり『おかえり』という言葉だろうか。それとも『無事で良かった』と言う方がいいのだろうか。そんなことをネギはとりとめもなく考えていたが、しかし高畑とともに現れたアイカを見たとき、そんな考えは霧散していた。
メルディアナ魔法学校の校門前でアイカと高畑を待っていたネギらの前に現れたのは、高畑と、そして三人。
一人は立派な髭をたくわえた初老の紳士。一人は濃紺のローブに身を包んだ魔法使い然とした少女。
そしてその二人を両脇に従えるようにして中心に立っているのが、
「アイ、カ?」
ネギの口から声が漏れる。本人すら意図しないうちに。
アイカはネギよりも頭一つ分ほど背が高くなっていた。それこそ姉代わりであったネカネと同じくらいに。
だがそれ以上にネギに気になったのはアイカの表情だ。
久しぶりに会う妹はパーカーのような軽装に身を包んでおり、フードで顔を隠してはいたが、そこから覗く表情は力強さを感じさせる笑みをたたえており。
そしてその立ち姿は、何故かネギに長年抱き続けてきた父親の姿を思わせていた。
(違う。村のみんなが話してくれる父さんはもっと立派な人だ。なのになんで、スタンさんの話に出てくる父さんとアイカが重なるんだろう)
アイカは知らないことではあるが、そして『原作』を知るはずのないアイカ以外の者には気づけないことではあるが、ここでも『原作』との差異が存在していた。
悪魔による村の襲撃が無くなった『この世界』において、ネギの聞いた『英雄譚』の数は原作のそれよりも多い。
当然であろう。ネギは今も山間の隠れ里を家としており、メルディアナ魔法学校が長期休暇に入るたびに、村人たちから『サウザンドマスター』の話を聞いているのだから。
だが一方、『サウザンドマスター』ではなく『ナギ』の話をしてくれる者もいる。スタン老である。
彼の話す悪ガキとしての『ナギ』は、他の者の話す『サウザンドマスター』とはどこか違う人の話のようではあったが、しかし親しみを込めて語られる『ナギ』の像はネギの心には強く響いていた。
ゆえにネギは困惑する。『英雄』ではなく『父親』として思い描いていた『ナギ』の姿に、アイカが重なるような気がして。
その困惑はネギの裡に一つの感情を生まれさせた。
その感情はかつてアイカが『家出』をしたばかりのころによく感じたものであり……
「お前がネギか。大きくなったな」
と、ネギの困惑をよそにアイカはカラカラと笑ってそう言った。
まるで肉親に対する言葉だとは思えない物言いであり、さらに自分よりも背の高くなっているアイカの言葉なため、ともすれば馬鹿にしているようにも取れそうなものだが、しかしフードから覗くアイカの瞳に曇りはない。
なんと答えていいか分からずネギが沈黙を守っていると(ネカネ、アーニャもネギ同様予想以上に大人びていたアイカになんと言っていいか分からなかった)、
「お、そうだ。お前に」
そう言ってアイカは、自分の隣でじっとネギを見ていた少女に耳打ちした。
それを受けて少女が虚空から取り出したのは、ネギの背丈ほどもある長い杖。
「お前にこの杖をやろう」
思わずネギは受け取るが、しかし意味が分からない。
家出先から帰ってきたというのにお土産のつもりだろうか。
「あー、アイツはなんて言ってたかなぁ」
しかしネギは次のアイカの言葉で得心に至る。
「確か、『俺の形見だ。お前にやろう』だったか。それと、『元気に育て』そんなところか」
「ア、アイカ! これって!!」
「ま、高畑さんにでも聞いてくれ。俺はここの校長に呼ばれてるらしくってな」
そうとだけ言うと、アイカは一緒に現れた二人を連れて校舎の中へと入って行ってしまった。
そしてネギは高畑から杖の話を聞く。
その杖はきっとネギの父が使っていた杖と同じものだと。
死んでいるはずの父の杖を何故アイカが持っているのかは知らないが、しかしアイカの言葉が真実なのだとするならば、アイカは父から言葉を受け取ったことがあるということなのだろう。
そしてそれは父が十年前に死んだのではなかったということ。
父が『自分』へ杖を残してくれたことは嬉しく思う。父の『自分』への伝言もうれしかった。
しかし……
しかし、アイカだけが父と会っていた。
「アイカ……」
ネギはアイカ以外の温もりを探すように、きゅっと杖を握りしめていた。
というわけで新章突入です。テンポよく行きたかったんですけど、何故か杖回になることに
杖に対する意見は多かったですからねぇ。アイカに使ってもらいたいという意見をくださった方には申し訳ないとしか言えませんが
元々杖ありきでの戦闘を想定していればそういう『発』を作らせたのですが
にしてもネギの思考はトレースしにくかったです
ファザコンって何考えているのか、どうにも理解しにくくて
原作を見る限り麻帆良では教師であろうとしている様子もありましたから、アイカに対しても兄らしくあろうとするのではないかとも思うんですが
むーん
次回は校長との対話ですかね
なんとかして麻帆良行きをさせましょう
修正)なんでもメルディアナの校長がネギの祖父というのは二次設定だったらしく、そこんところを修正しました