インターハイ三日目。
赤司達は、秋田代表陽泉高校を251対0で粉砕し、黒子達も接戦の末勝利する。
試合を終えた黒子達は、帰りに近くのファミレスに寄ることにした。
「お、誠凛の皆さんじゃないっすか?」
「高尾……」
案内されたテーブルの隣で、高尾がご飯を食べていた。
その傍らには求人雑誌などが置かれており、バスケ用の鞄は置いてはいなかった。
そんな彼の向かい席に火神と黒子が座る。
「インターハイの帰りのようっすね」
「それより、何でバスケを辞めたんだよ?」
飄々とした態度は変わらず、気安い態度で声をかけてくる高尾に思わず火神は問いかけた。
それでも高尾の態度は変わらなかった。
「へぇ、どこで仕入れたの、その情報」
「そんなことどうでもいいんだよっ!! それよりリベンジするんじゃなかったのかよっ!!」
「火神君、落ち着きなさい。 お店の中よ」
怒鳴り声を上げる火神に対し、リコが肩を叩いて注意した。
しかし、彼女も理由は気になるのだろうか、視線を高尾に固定したままだった。
「すんません……」
「火神君の真似をするわけじゃないんですが、どうして?」
大人しく椅子に座る火神に変わり、今度は黒子が問いかけた。
そんな黒子を見て、高尾は初めて笑みを崩した。
「それをお前が聞くんだ?」
笑みが崩れ、ため息をついた高尾はゆっくりと説明を始めた。
「俺さ、中学の時、帝光にボコボコにされたのね」
その事実は黒子も初めて知った。
しかし、帝光は全国で猛威を振るっていた中学最強である。
ゆえに、珍しいことでもなかった。
高尾も黒子や桃井が覚えていなかったことに、特に気にした様子もなく話を続けた。
「で、高校に入ってさ、いつかリベンジしてやろうと思ってたわけ」
―――けどあいつら、全員京都行ったんじゃん?
そう言った高尾の声はどこか安心したようで悔しそうに聞こえた。
「なら全国で、って誠凛に負けたんだけど、まあ、それはいいんだけど、で、五日前に何故か練習試合することになったんだよ、正邦と合同で」
合同練習については今吉から聞いていた。
その試合が原因で、高尾がバスケ部を辞めたことも。
「連続でかかってこいっていうから、まあこっちも本気で潰してやろうと思ってたんだけど、な」
確かに癪に障る話だろう。
秀徳も正邦も東京三大王者である。
プライドも自負も持ち合わせていた。
「始めは正邦だった。 最初は静か―――なんて甘いものじゃなかった。 試合開始早々、緑間のスリーが決まり、リスタートの際、一瞬で青峰がボールを奪ってダンク。 その後タコ殴りで第一クォーターは62対0だったかな?」
ほぼその時点で試合は終わっていたのだろう。
赤司達の試合運びは、第一クォーターで心を折るほどのエグイものだった。
「第二クォーターに入っても勢いは収まらなかった。 途中、紫原がダンクでゴールを壊したりしてたけど、終始キセキの世代のペースだった」
紫原のゴールの下りで日向がウーロン茶を吐き出していたが、特に誰も気に留めることなく話は続く。
「で、100点くらい取られた頃だったかな。 黄瀬が津川についたんだ」
―――で、ご自慢だった古武術バスケをパクられて、そのまま瞬殺されたってわけ。
高尾の言葉に、誠凛バスケ部全員が息を呑んだ。
そして、同時に津川が辞めた理由、そして正邦が潰れた理由も理解した。
津川にしてみれば中学の時、競っていた黄瀬に瞬殺されたうえ、苦労して習得した古武術バスケも模倣されたのだろう。
彼の性格上、心が折れたに違いはなかった。
残る正邦部員、特に三年や二年は、数分で全てを模倣され、上回れたことがショックだったのだろう。
「その後、取り乱した津川がファールを連発して、ファールトラブルで退場。 で、目出度く250対0のキセキのゲームが終わりってわけ」
250対0。
間違いなく赤司が設定した試合プランそのものだったのだろう。
実際、予選の試合は全て250対0で終えていた。
「で、ウチも同じようにぼこられて、終わった時に聞いたんだよ」
―――また、負けた。 次こそリベンジしてやるって。
高尾のことだから笑みを浮かべてそう言ったのだろう。
内心、腹が煮えかえるほどの悔しさを秘めて。
「そしたら、緑間の野郎――――きょとんとした顔で『何の話なのだよ』って、その後、緑間が他の四人にも聞いて、誰も俺のことは覚えてなかった」
忘れられていたのは別によかった。
実際、何百もの戦ってきた相手を覚えるのは困難だっただろう。
しかし、高尾が折れた言葉は次に発せられた。
「最後に赤司が『次は覚えておくよ、鷲尾君』だってさ」
名前を間違えた。
そうではないのだろう。
赤司や他の四人は覚える気も興味もなかった。
正邦と秀徳と戦ったのも、恐らく黒子達が戦った相手だったからだろう。
「そしたら思わず笑えてきてさ、何かどうでもよくなった」
気が抜けたような声で高尾は説明を終えた。
笑みを浮かべてはいたが、右手は震えていた。
それ見た火神は尋ねるしかなかった。
「バスケは……嫌いになったのかよ?」
「嫌いになったんじゃない、どうでもよくなったんだよ」
説明が終わり、用も終えていたのだろう。
立ちあがった高尾は、レシートを取るとそのままレジの方へと歩き出す。
「まあ、俺から言えることは一つ。 アイツラと試合する前に負けた方がいいってこと」
立ち止まり、振り返ることもなく、高尾は最後にそう言った。
ファミレスを去ろうとする高尾の後ろ姿に火神は叫ぶ。
「っ!! 高尾っ!! 俺達とアイツラは決勝で当たるっ!! 絶対に勝つからお前も見にこいっ!!」
火神の張り上げるような声に、高尾は右手だけを上げた。
そして、誠凛高校バスケ部はファミレスから追い出された。
次の日。
赤司達黒帝は、福田総合学園を281対0で破った。
黒子達誠凛との戦いの日は近い。