開会式を終え、歓声が高まる会場内。
間もなく記念すべき最初の試合が行われようとしていた。
黒田帝興高校VS桐皇学園高校。
観客席の上から黒子は静かにその時を待っていた。
「桐皇はウチが勝ったとはいえ、間違いなく全国屈指の強豪校よ」
「あいつらがどこまで『キセキの世代』とやり合えるか、だな」
監督、相田リコが注意深く眼前で行われる試合に眼を向けていると、その隣では日向が真剣な表情で呟く。
桐皇と誠凛は互角の実力である。
彼らがどれだけ黒田帝興高校―――キセキの世代に渡り合えるかは、誠凛
がどれほどまで渡り合えるかということを知るには好都合な試合だった。
真剣に試合を見守る日向達と同様に、火神も真剣な表情で目の前の試合が始まるのを待っていた。
「まあな、あいつらが簡単にやられるとは思えねぇよ」
自信に満ちた言葉で火神は、桐皇ベンチを見る。
昨日の敵は、今日の友。 というわけではないが、それでも互いに全力を出してぶつかり合った仲だからこそ、火神は彼らの勝利を願っていた。
だが、隣の黒子は複雑そうな表情でコートを見る。
「桃井さん、ビデオの準備をお願いします」
「うん」
黒子の言葉通り、桃井は今から始まろうとする試合に向かってビデオをまわし始める。
ビデオを持つ桃井の表情は黒子同様表情を曇らせており、まるで試合の結果が解っているかのような素振りで赤司達の動きを収めていた。
「東京三大王者に変わる東京の新鋭、桐皇学園高校っ!!」
アップをし始めた桐皇メンバーに歓声が上がる。
新たな新星に観客も熱を上げていた。
「王者、洛山高校を下した新世紀の王者、黒田帝興高校っ!!」
「史上最強の帝光メンバーと謳われる奴らに、高校バスケの恐ろしさを見せてつけてやれ!!!」
桐皇とは違い、赤司達黒帝も初の全国だったが、観客の声は厳しかった。
これは帝光時代の悪名とも言えた。
そんな歓声に、黄瀬は残念そうに呟く。
「うお、なんかアウェーって感じじゃないっすか」
「人とは優れたものを蹴落としたくなる生き物さ」
「つまりは弱ぇやつの戯言かよ」
黄瀬とは違い、赤司は会場内に巻き起こるブーイングを何処か楽しんでいるかのように笑い、青峰は面倒くさそうに欠伸をする。
ブーイングが収まることはなく、赤司達はアップを終えると、そのままセンターラインへと向かう。
「ほんまよろしく頼むわ」
そう言って笑みを浮かべて、手を差し出したのは桐皇のキャプテン今吉である。
黒ぶちの眼鏡の向こうの笑みは何処か胡散臭そうで、間違いなく腹に何か黒いものを抱えている曲者だった。
そんな今吉に対し、赤司も友好的な笑みを張り付けて、手を握り返した。
「こちらこそ、ようやくの全国だ。 全力で擦り潰してあげるよ」
「は、ははは、こわいやっちゃな」
赤司の眼に少し動揺したのか今吉は少しだけ視線を逸らした。
その隣では、緑間がいつも以上に不機嫌そうな顔をして、桐皇の9番の選手を睨みつけていた。
「ふん、同じ一年でシューター。 どちらが上か教えてやるのだよ」
「ええええっ!! 何故か僕が喧嘩を売ったような感じになってるんですけど……」
どういうわけか緑間に敵愾心を抱かれた哀れなシューター桜井は、助けを求めるように隣に視線を向けると、そこはこちら以上に殺伐とした空気が流れていた。
「ああ? さっきからなにみてやがる?」
「ああっ!? そっちこそ口の聞き方を教えてやろうかっ!?」
「やってみろよ雑魚」
今にも殴り合いをしそうな青峰と桐皇の5番若松である。
青峰もそうだが、若松もガラの悪そうな容姿だったため、まるでチンピラ同士の喧嘩のようなガンつけが行われていた。
「うわ……何か影薄そうな人っすね」
「……」
その隣では黄瀬が、桐皇の残る選手二人に思わず本音を溢していた。
ガヤガヤと会話をし始めていた両チームだが、審判の制止の声を聞いて、両陣営が配置につく。
ジャンパーは紫原と若松。
二人は審判の笛と同時に上空へ放たれたボールに向かって手を伸ばす。
「おらっ!!!」
「ん……」
気合いの入った若松のジャンプの遥か上を紫原の右手がいく。
弾かれたボールを取ったのは、完全にボールの落下地点を読んでいた赤司である。
「って、若松っ! 気合いは良いけど取られてるやないか」
「気を取られるのはいいけど、そんな余裕はあるのかい?」
赤司についた今吉だったが、次の瞬間、その場に崩れ込むようにして倒れた。
「な、んやこれ」
「頭が高いぞ」
『アンクルブレイク』で今吉を倒した赤司の目の前に諏佐と若松の二人がカバーに入る。
「させっか!!」
「止める」
隙のないディフェンスで、赤司の進路を阻むが、赤司の『アンクルブレイク』の前には意味は為さない。
だがしかし、赤司が選んだ行動は、コートサイドを横断するようなロングパスだった。
矢のような鋭いパスの先には、緑間が既にシュート態勢で待ち構えていた。
「真太郎」
「ふん、まずは一本なのだよ」
緑間がシュートを放つようにその場で飛ぶ。
赤司のパスは、緑間の左手に収まり、そのまま―――ボールは放たれた。
「えええっ!!」
「なっ!!」
桜井と今吉の驚く声と共に、ボールはリングを易々と通過した。
開始5秒の出来事であった。
・ ・ ・ ・ ・
緑間の凄技に会場内がどよめく中、黒子達誠凛も驚きを隠せなかった。
「なんだあれは!!」
「空中で撃ちやがったぞ!!」
「しかもあの距離で、リングすら掠めないとは……」
「これがキセキの世代……最強シューター緑間真太郎!!」
誠凛二年生と火神が声を上げる中、黒子は静かに緑間の姿を確認していた。
「これが新技のようですね」
「うん、帝光時代はこんなことしていなかったし」
冷静な口調の桃井ですら、驚きを隠せずにいた。
「名をつけると絶対領域狙撃(エアリアル・バリア・ショット)と言ったところでしょうか」
「テツくん……」
時折何を言っているかわからない黒子の言動。
そんなミステリアスさが桃井は大好きだった。
完全に二人だけの世界を気づいてる隣では、真剣な表情の日向達が試合の経過を眺めていた。
「桜井のスリーが完全に止められてやがる」
「それに対し……」
桜井のシュートは、緑間に止められ、赤司を経由して再び緑間の手に戻り、そして―――
「また決めやがった!!」
「どうやって撃ってやがるんだあのシュートは!!」
「それに今のはハーフライン前だったぞ!!」
緑間が再びスリーを決める。
既に10本のシュートが決められていた。
しかし動揺しているのは、日向達観客だけではない。
プレーをする目の前の選手達も同様であった。
桜井は、目の前の怪物に完全に呑まれていた。
「ふん、この程度か。 早撃ちには自信があったようだが決まらなければ意味がないのだよ」
「ううう」
緑間の言葉に焦らせるように桜井は、クイックモーションからのスリーを放つ。
だが、それは誰がどう見ても見当違いのシュートで、リングに触れることすらなく、ボードに叩きつけられた。
「桜井、あせんじゃねぇ!!!」
「はい、ゲットー」
リバウンドで若松と紫原が飛ぶが、この戦いも誰がどう見ても勝敗が明らかだった。
ワンハンドでボールを掴み取った紫原は、まるでハンドボールのシュートを放つような勢いで、相手コートへ駆ける青峰にパスを送る。
「うしっ!!」
紫原からボールを受け取った青峰の前に今吉が立ちはだかる。
「はぁはぁはぁ……悪いけどここは行かせれんな」
「ああ? どいてろウスノロ」
フェイントすら入れない一回の切り返しで、青峰は今吉を抜き去っていく。
だがゴール前には諏佐と田中の二人の壁が立ちふさがっていた。
「はいはい、邪魔だ」
しかし、青峰は体を逸らすようにして二人の脇をすり抜けると、そのままボール裏からのシュートで得点を奪う。
「何だあのスピードは!!」
「それに諏佐と田中を空中でかわしたぞっ!!」
「何だあのシュート!?」
「緑間と違ってめちゃくちゃのくせに何でアレが入るんだっ!!」
青峰の超絶プレーに観客からのブーイングは消え、驚きの声が上がり始める。
『型のない(フォームレス)シュート』。
セオリーのない青峰の動きとシュートは、キセキ世代の人間ですら、絶対的な眼を持つ赤司とコピーを行うことができた黄瀬以外止めることを許されない。
故に三年であり、全国有数のプレイヤーだろうが、青峰の敵ではなかった。
愕然とした表情で青峰の背を見る諏佐と田中に、今吉が声をかける。
「くっ、落ち着け!! ここは一本……」
「一瞬、意識が途切れたようだね」
「くっ!!」
リスタートしたボールは一瞬のうちに赤司に奪われ、攻守が逆転する。
奪われた今吉はすぐさま赤司の前に迫るが、赤司は既にボールを横へと放とうとしていた。
「そう何度も決められてたまるかっ!!」
「今度こそっ!!」
パスの先――緑間と赤司の間には若松が滑り込み、桜井が必死の形相で緑間を抑えにかかる。
緑間へのパスが潰れたことにより、今吉はチャンスといわんばかりに赤司へと手を伸ばす。
が、それも全て赤司の掌の出来事だった。
「ふ、僕がそう何度もありふれた手を何度も打つはずがないだろう」
一瞬のうちにパスの相手を切り替えた赤司は後方へと放るようにパスを出す。
センターラインギリギリのところでボールを受け取った黄瀬は、ゆっくりと体を沈めて溜めを作る。
「やっとっすか」
『鏡の中の貴方』。
緑間のシュートを完全にコピーした黄瀬の超ロングスリーポイントがリングを撃ち抜いた。
「ふぅ、やっぱり緑間っちよりは溜めの時間が長くなるっすよね」
「当たり前なのだよ」
黄瀬の一撃に完全に動揺した桐皇を見て、赤司が四人に指示を出す。
「動揺を隠せないようだね。 ここで一気に叩くぞっ!!」
「「「「おおっ!!」」」」
赤司の檄により、四人の集中力が跳ね上がる。
相手の進軍を許さないオールコートディフェンス。
そこからは黒帝の完全なる支配時間だった。
桐皇はハーフラインすら超えることが許されず、残る三分をただひたすら殴られ続けた。
そうして長い第一クォーターが終わり、スコアは72対0。
眼を覆いたくなるような凄惨な試合の幕開けであった。