とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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目線

 

 

 

 

「えええええええぇぇぇぇぇぇええええエエエエ!?」

 

 佐天の叫びにより鼓膜をダイレクトに攻撃されたため、彼女の両脇に座る白井と初春は顔をしかめて耳を塞ぐ。

 このような聴覚への襲撃は一度ではなく、度重なっているため、むしろ彼女の喉が心配になるほどだ。

 三人の向かい側の席には御坂兄妹がついていて、この二人の、若しくはそのうちの一人である美影の話題で十数分費やされている。

 

「え!? ちょ、ちょっと待ってください、え、ぇーと……」

 

 驚倒の連続で思考回路がオーバーヒートしそうになり、現状の要約を果たせないようで、しどろもどろになっている佐天。

 今、彼女が言いたいこととなると、「半年前の初春の救世主は御坂さんのお兄さんでしかもお兄さんも御坂さんと同じ超能力者(レベル5)何ですか!?」である。

 

「さ、佐天さん、少し落ち着いてください……」

 

 目の前にある巨大なパフェには不釣り合いなほど細くて長いスプーンを片手にもつ初春は、店中から何度も大声を避雷針に注目されて恥ずかしく感じ、彼女を落ち着かせようと試みる。白井は呆れ気味で紅茶を一口すすり、美琴はこの場から一秒でも早く離脱したいという気持ちでいるところをみるとこの場に美影を連れてきた理由を忘れてしまっているのかもしれない。

 そして美影はというと、

 

「…………、」

 

 話題の中心になってはいるものの、女子中学生四人の中では自分は場違いなのではないかと10数回目の再確認を行うも脱走は不可能と諦めているため、とりあえずドリンクバーでミルクティのおかわりを取りにいこうかなと一時的に距離をとろうと美影は考えている。

 

「そういえば私、聞いたことがあります! 能力開発をすれば必ず超能力者(レベル5)になる一族が存在するという都市伝説を!」

 

「一族って……」

 

 無駄に膨らまされた噂に美琴は顔の筋肉が変に引き攣る。この調子では彼女の顔が変形する日も近いかもしれない。

 

「コホン、」

 

 このままでは佐天が敷いた話題のレールから外れることがないと思った白井はひとつ、咳ばらいをした。

 

「先ほど、佐天さんにもお話しした本題に戻りますが、」

 

 風紀委員としての自覚が薄れていなかったらしく、真剣みを帯びた口調で切りだし、

 

「虚空爆破事件について、今後どのように対処すればよいのか……」

 

 途端にこの場にいる美影を除いた4人の表情が引き締まった。

 美影とは初対面である佐天だが、初春の話を聞いた限りでは彼が犯人だとは考えられなくなり、気持ちは四人で一体となっていた。

 己の無実の証明に関して無頓着である美影だが、それを口にするのは四人に失礼であり、おそらく怒らせてしまうため、口はティカップのミルクティでふさぐ。

 

 この席で初めて沈黙が一分以上続いたため、偶々通りがかったウエイトレスが不思議に思った。首を小さく傾げたとき、別の席から呼ばれたため、我を取り戻して向かおうとしたとき、

 

「そうだ!」

 

 5人の席からの大声にびくりと反応してしまったのだが何とか誤魔化し仕事に集中する。

 

「どうしたんですか、佐天さん?」

 

 やはり発信源は佐天であり、初春を筆頭に四人は彼女に浮かんだらしいアイデアに耳を傾ける。

 

「事件が起こった時の美影さんのアリバイが必要なんですよね? なら私たちが証人になればいいじゃないですか!」

 

「んー……?」

 

 佐天の考えに初春が唸る。

 確かに、それは望ましいことではあるのだが、それを実現するためには『事件の発生』を待たなくてはならない。

 最良の状況は事前の回避である。

 それは誰もが重重承知の上ではあるが、

 

「それが今、唯一できることのようですね……」

 

 白井も初春と同じ考えであるが、佐天を否定するだけの案がない。

 案がないならそうするしかない。

 

「じゃあ、明日は土曜日だし、みんなでどこかに買い物に行かない?」

 

 堅苦しくなりつつあるこの場をほぐすつもりで美琴は言った。

 ただふらふらと歩くよりは明確に予定を立てておいたほうが万が一の証言も作りやすい。

 

「まあ、」「そうですね! 行きましょう!」「実は私、今欲しいものがあるんですよね」

 

 三人は満更でもないように賛成する。

 序でのショッピング、という口実ではありつつも女子中学生にとっては興味が絶えないイベントであるため、脳内では各々の予定が着々と膨れ上がっている。

 

(…………口を出すべきだろうか)

 

 これこそ男子高校生たる自分は不必要でいないほうが適当ではないかという主張は空しくも彼の心の内で留められ、荷物持ちないし一方通行の言葉通り財布として扱われるのではないか、と2,3歳差の若さに圧倒されつつある美影であった。

 その前座ともいうべきか、この場での5人分の飲み物と初春が注文した巨大パフェの代金は美影持ちとなり、お開きとなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その翌日。

 美影の連行先であったファミレス前が待ち合わせ場所となり、本日の主役(?)の美影、佐天、初春、そして美琴の四人はほぼ時間通りに集合していた。

 

「あれ、白井さんは?」

 

「風紀委員の仕事で朝早くから支部に行ったのよ」

 

 佐天の疑問に、早朝からルームメイトの絶叫気味の白井の対処に勤しんだ美琴が説明する。

 美影のアリバイの発見についての作戦を初春と白井が先輩である固法に報告したところ、万が一の事件発生時に現場へと向かいやすい白井が待機という形を提案されたのだ。それは美影が犯人ではないという信頼のもとでの案なのだが美琴との買い物を奪われて半分以上不貞腐れてしまった白井は初春では扱いきれないので、その分風紀委員として腕章を片腕に仕事を完遂しよう、と心掛けるのであるが。

 

「見えましたよ、セブンスミスト!」

 

「早く入ろ! 初春、おいていくよ!」

 

「ま、待ってくださいよ~」

 

「あ、ちょっと二人とも!」

 

 目的地であるアパレルショップ、『Seventh mist』が視界に入った瞬間、少女たちの内なるナニカが目覚め、小走りに突入した。三人とも先を急いでしまったため、唯一の男子学生、美影は取り残されてしまった。

 

(…………大丈夫か、これ)

 

 アリバイ確保が目的であるのに意識が商品に向けられては白井に向ける顔もない。初春が。

 風紀委員や警護員に睨まれても大して気にすることはないのだが、現状を客観的に見てみるとひとりで服屋に入っていく寂しい高校生のようでいたたまれない気がしなくもない。

 かと言ってここで方向転換する選択肢がある訳もなく、歩みつづけるのだが、

 

(ん?)

 

 美影の視界の端に、辺りと手元の紙を交互に見ながら進んでいる小学生ぐらいの少女が映り込んだ。迷子のように見え、危なっかしく思った彼は近づいて話しかけることにした。

 ここで美影が強面のぶおとこなら通報ものだが、彼はお兄さん系優男に近いため、通行人の中に嫌疑を抱いた者はいなかった。

 

 

 ◆

 

 

 一人の少年がいた。

 ヘッドホンと眼鏡を着用し、決してがたいが良いとは呼べない少年で、クレーンゲームと向き合っていた。

 彼の背後を三人の少女が通っていた。楽しく話を広げたどこにでもいるような少女たち。

 それに気づいた彼の視点は、一か所に向けられていた。

 

(――――!)

 

 風紀委員の腕章。

 学園都市では珍しくもなく、学校では少し歩けば拝める代物。

 治安を保証するためにあるその布を、彼は蝋燭の火のようにゆらりと笑みを浮かべて確認した。

 

(また一人、)

 

 彼が抱いた心は平和を望むものではあった。

 しかし、それにたどり着く過程は雨雲のように気味悪く、穏やかではない。

 

(―――僕が、)

 

 クレーンゲームで得た人形を持つ手には、確かな決意も握られていた。

 それは強く、先へとたどり着くためには躊躇を振り払い、野望の凍結を眼中に入れない。

 それを裏付けるのは、彼が得たこれまでにない大きな武器だった。

 

 

 ◆

 

 

「御坂さん、何か探し物あります?」

 

 下着売り場で初春をいじり倒していた佐天が美琴に尋ねる。

 美琴は身の回りのモノを頭の中で見渡し、

 

「そうねぇ、私はパジャマとか……」

 

「だったら、こっちですよ!」

 

 それにいち早く反応したのは初春で、その売場へと手招きする。元気に小走りで向かうのは大人向けのランジェリーショップから抜け出したかったからなのかもしれない。

 

「いろいろまわっているんだけど、あんまり良いのを置いてないのよねえ」

 

 見渡しながらそう呟いた彼女の視界に、一つの商品が飛び込んだ。

 目玉商品らしく、マネキンを着飾るよう展示されたそれは、明るいピンクをベースにカラフルな花の模様で彩られたパジャマであり、彼女の趣味に見事にかみ合い、購買意欲を持たせるのには数秒とかからなかった。

 その雨雲の隙間から差し込んだ日の光のように眩しく目覚めたパジャマを指さし、

 

「ねえねえねえ、これすっごくかわ」

 

「うっわ~~、見てよ初春このパジャマっ。こんな子供っぽいもの、今時着る人いないよね~」

 

「小学生の時までは、こういうの着てましたけど、流石に今は……」

 

 一つだけだが年下に子ども扱いされた商品を絶賛しようとした自分を見直し、何とか平生を保とうと引き攣ってしまった顔面を矯正する美琴。ショックで打ちひしがれそうになるものの、なるべく大人な評価を即興で構築する。

 

「そうよねえ! ちゅ、中学生にもなって、これはないわよねえ! うん、ないない」

 

 少し大げさな否定になってしまったからか、二人は驚いて美琴を見る。しかしその疑念は数秒で昇華し、

 

「あ、ちょっと私、水着見てきます」

 

「水着なら、あっちにありましたよ」

 

「え、ホント?」

 

 次なる区画へと立ち去った二人を確認し、美琴は目の前のお気に入りを見直す。

 

(……良いんだもん。パジャマなんだから、他人に見せるわけでもないんだし)

 

 不貞腐れながら実はルームメイトの白井に毎晩見せることになる少女趣味のカタマリと向かい合い、佐天と初春の二人の位置を把握する。

 佐天はまたしても初春に数年は早まった製品を勧め、それを初春は全力で拒んでいた。

 

(よっし、今のうちに――)

 

 棚に置かれた一着を手に取り、最短距離にある姿見の前に素早く音を立てずに移動する。

 襟元を掴み、広げたそれを体と重ね、まじまじと鏡の中の自分を見つめる。

 

「いいんじゃないのか?」

 

「そ、そう?」

 

「うん、似合ってる似合ってる」

 

「ならこれ――」

 

 はて、一体自分は誰と話している? と鏡に映る自分よりさらに奥に見える姿にピントを合わせるよりも前に美琴は一瞬で振り向いた。

 

「ん、買わないのそれ?」

 

「な、なな」

 

 少女趣味に打ち込む自分を他人に見られた、と頬を赤くしながら、評価を下してくれた人を確認したところ、それは美影だった。

 

「――なんだ美影じゃないの」

 

「またその台詞かい」

 

 美影の前なら構わないのか、美琴は不必要に慌てた自分に落胆した。

 再び体を180度回転し、鏡と向き合った美琴はパジャマを重ねなおして図々しく注文する。

 

「そんなに良いと思うならアンタが買ってくれてもいいんじゃないの?」

 

「別にそれぐらいいいんだけどさ、」

 

 美影は佐天と初春の方へと顔を向ける。

 ちょうど佐天が初春に、隠すことが目的なのか隠さないことが目的なのか不明な紐に近い水着を押し付けているところだった。

 

「お前ら、俺のアリバイを作るためにいるんじゃなかったっけ?」

 

「あっ……」

 

 忘れてました、という本音は口に出さずとも明らかで、美影はため息すら出ない。

 まあどうでもいいんだけど、という美影の本音も暗黙で届けられる。

 

「まあそれはとりあえず置いといて。欲しいんなら買おうか? 二人がいないうちに」

 

 妹の趣味が彼女の同年代に受け入れられないことも重々承知であるため、その点の配慮も十分できるらしい。

 そこで美影は同系統のパジャマが重なっている束を手にとった。

 

「ちょっと、さすがに一着でいいわよ」

 

 多少の遠慮を弁えているらしい美琴はサービス精神豊富な兄に一言入れた。

 すると美影は声色を変えることなく、

 

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……()()()()の誰に買ってあげるつもりなのよ」

 

「さあ? 適当に――」

 

 

「おにーーーちゃーーーん!!」

 

 

 突然、二人の会話の中に、少女の明るく大きな呼び声が飛び込んできた。

 美影は手に持っていたパジャマを置き、声の主へと振り向いた。

 

「え? 何なのこの子?」

 

 美影に懐いている年下の少女の登場に困惑する美琴は正直に疑問符を浮かべた。

 

「外で迷子になっていたから声をかけたんだよ。まったく、こういうのは初春の管轄じゃないのか?」

 

 愚痴をこぼした美影の手を少女は掴んで引っ張った。

 

「お兄ちゃん、あっちの方にいこっ!」

 

「ん、気に入ったのがあったのか?」

 

「うん!」

 

 元気よく眩しい笑顔で返事をした少女を見ると、美琴に古い情景が浮かんだ。

 美影の手を握っているほうとは逆の手を美琴に大きく振りながら歩いていく少女を見ると、意識的か無意識的かわからないが、一つの疑問が彼女に浮かんだ。

 

 

 

――――自分が、最後に彼を『お兄ちゃん』と呼んだのは、何時だっただろうか……

 

 

 

 ◆

 

 

 風紀委員第177支部。

 折れたスプーン。千切れた人形。砕けたストラップ。

 虚空爆破事件に利用され、凶器と化した物品がデスクの上に並べられていた。爆薬となるアルミニウムが利用された製品は無数にあり、また小物であれば人形などに隠せるため、起爆前に処理するのは難しいと言えよう。

 

「……はぁ、」

 

 コーヒーカップを片手にデスクに腰を掛ける白井はため息をついた。

 

「なぁに? もしかしてここに残るように言ったの、まだ根に持っているの?」

 

 事件に関して思案していた固法が白井の溜息の原因を自分と見なした。

 

「いえ、風紀委員として自分がすべきことは弁えていますの。お兄様が犯人でないと信じていますので監視役は初春一人で充分ですし……」

 

「じゃあ何が気に食わないのかしら?」

 

 牛乳が入ったカップを口元で傾けて再度問う固法。

 実際はこの質問の答えは彼女も分かっているのだが、会話を続けるだけでも気が楽になるものなのだ。

 

「ただ、何も進展がないというのが残念でならないのですの。被害者の中には同僚もいますのに」

 

「そうねぇ。何か他にも手がかりとなるものがあればいいんだけど……」

 

 そして二人はまた思考を始める。

 白井の言う通り、被害者の中には、GREEN MARTでの一件のように、彼女たちと同じ風紀委員の一員がいる。

 その数は9人に及び、二桁まではあと一人。

 

「……ん? 9人?」

 

「どうかした?」

 

 ふと呟いた白井に固法が声をかける。

 見ると白井の顔には異様な雲行きが浮かんでいた。

 

「いくらなんでも多すぎません?」

 

 その一言がカギとなり、二人の結論が一致した。

 

「まさか、ターゲットは……!!」

 

 確信に導かれるように、重力子の加速が観測された合図となる警報が支部内で響きだした。

 犯人の次なる活動場所は―――

 

 

 ◆

 

 

 セブンスミストで美琴、初春、佐天の三人はショッピングに打ち込み、全身に使われている衣類のほぼ全てを見て回っていた。

 

「初春、携帯鳴ってない?」

 

 佐天が連続的な機械音に気づき、教えてあげた。

 彼女の言う通り、初春のポケットに入っていた携帯電話が着信を発している。

 手に取り、ボタンを押し、耳に当てる。

 

「はい、もしも」

 

『初春!!』

 

 予想を遥かに上回る白井の呼びかけに耳を打たれ、咄嗟に耳から少し離してしまった。顔をしかめつつも何とか聞き取ろうと努力する。

 

『虚空爆破事件の続報ですの!』

 

「え?」

 

『学園都市の監視衛星が、重力子の爆発的加速を観測しましたの!』

 

「か、観測地点は……?」

 

『今、近くの警護員を急行させるよう手配してますの。あなたは速やかに―――』

 

「ですから、観測地点を!!」

 

 一度は聞き逃されても白井にも負けない大声で聞き直し、必要としている情報を得ようとする。

 

『あなたたちが今いる洋服店、セブンスミストですの!!』

 

「え!?」

 

 初春は耳を疑った。それと同時に辺りを見渡す。

 そこには、今いなければならない人物が欠けていることを鵜呑みにせざるを得なかった。

 

『ですからあなたはすぐに避難誘導、あとお兄様は今どうして―――』

 

「分かりました! 今すぐ避難誘導を開始します!」

 

 白井の言葉を最後まで聞くことなく初春は通話を切ってしまった。

 それは現状の報告からの逃げではなく、今やらなければならないことをはっきりと理解しているからであり、先を急いだ結果である。

 

「落ち着いて聞いてください」

 

 初春は美琴と佐天に報告する。

 

「犯人の次の標的がわかりました。――この店です!」

 

「え!?」

 

 反射的に美琴は初春と同じように辺りを見渡した。

 しかし、やはり美影の姿はない。

 そして彼をしっかりと見張っていなかったことに強く後悔した。

 

「御坂さん、すみませんが避難誘導に協力してください」

 

 成るべく落ち着いた口調で初春は言葉を続ける。

 

「わ、わかったわ」

 

「佐天さんは避難を、」

 

「う、うん……。初春も、気を付けてね」

 

 美琴には協力を求め、自分には安全を求める。

 その差は受け入れているつもりでも、いざ目の前に見せられると心に暗澹と残るように感じられた。

 そしてそれぞれが動きだし、解決へと向かう。

 

 しかし、三人の中では一人の少年の姿が浮かんでいた。

 そして願っていることも皆同じ。

 また、誰よりもそれを強く感じていたのは他でもない、美琴だった。

 

 

(――アンタじゃあないんでしょうね、美影!!)

 

 

 ◆

 

 

(……なーにが起こっているのやら、)

 

 美影はセブンスミストの従業員に従い、客の一人として避難を完了させていた。

 しかし、その原因は聞かされていないため、漏電で火災でも起こったのだろうか、と呑気に店を外から眺めていた。

 ぼんやりとしている中、誘導をあらかた終えた美琴と美影のように避難を済ませた佐天の姿が視界に入った。

 

「おーい、これいったい何が――」

 

 緩やかに問いかける美影とは対照的に、美琴は手荒に彼の胸ぐらを掴み上げた。

 

「え?」

 

「み、御坂さん!!」

 

 美影は目を丸くし、佐天は彼女を静めようと試みるが通用しそうにない。

 

「どうしてここで重力子の加速が観測されるのよ!!」

 

 その一言で美影はすべてを察し、美琴の力強い手をほどかせようと自分の手で応戦する。

 

「で?」

 

「アンタがやったんじゃないわよね!?」

 

 叫んで尋問する美琴は明らかに注目の的となっており、避難者の一部の視線が集中していた。

 ここでも美影の振る舞いは穏やかであり、感情も波打つことがない。

 

「――お前は、なんでここに俺を連れてきた?」

 

「え……?」

 

 美琴は手を離し、一歩下がった。

 ここでは美影の無実を証明しようとしていたのだが、いざ事件が起こって犯人と疑っていては本末転倒。

 しかし、自分の早とちりを恥じる前に彼女はあることに気づいた。

 

「……あれ、あの子は?」

 

 あの子とは美影がともに行動していたはずの小学生ぐらいの少女だ。

 美影とともに避難してるようではないことを不審に思う。

 

「ああ、あの子がトイレに行って待っている間に強引に避難させられたからさぁ」

 

 そして避難者の中から探してみるが見つからないため、二人の頭に最悪の展開かよぎった。

 

「まさかまだ中に!?」

 

 二人は走りだし、セブンスミストの中へと入って行った。

 しかしただ闇雲に探しても店は広いため、早急に発見することは難しい。そこで美影は走り出すのと同時に能力を発動させた。

 セブンスミスト内にある物体、またはまだ中に残っている人物全てに作用している重力を感知し、店中を正確に視渡す。10秒にも満たない時間のうちにそれを完了させた美影は、少女の位置を把握した。

 

「三階にいる。初春も近くに!」

 

「了解!!」

 

 美影は自分にかかる重力を操作することで階段を一歩で上り、美琴は周囲の金属と能力を用いた電磁力で浮遊し、移動を最小限に短縮させる。

 立ち止まり探しなおすことなく迷わず進む二人がたどり着いたとき、ちょうど初春と少女が合流するところだった。

 安堵した美琴はゆっくりと歩いて二人に近づく。

 だがしかし。

 美影の顔色はここで初めて悪化した。

 彼の注意は少女が手に持っているカエルの人形。それは美影と行動していた時は持っていないものだった。

 

「初春、その人形が爆弾だ!」

 

「えっ!?」

 

 重力子は質量がなく、美影が先ほど能力を使った際にも気づくことができなかったが、今目の前に実物を提示させられると視認でハッキリと危険性を捉えられた。

 その重力子から予想される被害は甚大。

 力のない少女にそれを持たせた犯人はいかに愚かで罪深いのか。

 

「!!」

 

 少女が人形を初春に手渡した瞬間、カエルの顔を中心に人形が歪む。

 それは風紀委員の情報にあった爆発直前の現象だった。

 初春は人形を掴み取り、すぐさま投げ捨て、爆発から守る盾となるべく少女を抱きしめた。

 人形の不可思議な捻れは止まることなく着々と力を蓄える。

 

(レールガンで爆弾ごと――)

 

 二人と人形の間に飛び込んだ美琴は能力で人形を外まで吹き飛ばそうと考え、ポケットからコインを取り出そうとする。

 しかし。

 神様というのは気まぐれが過ぎるのか。

 一枚のコインはするりと手から零れ落ち、拾い上げて能力を発動させるには目の前の悲劇は近づきすぎていた。

 

(しまっ――)

 

 重力によって手元から逃げるコインを見つめる美琴には悔いる暇もない。

 収縮されたエネルギーの枷は外され、爆弾は計画通りに作動した。

 

(―――まったく、)

 

 人形が捻れていても、美琴がコインをこぼしても、初春が人形を投げ捨てた瞬間から、一人の少年の精神状態はなだらかになっていた。

 

 

 ◆

 

 

(……いいぞお……!)

 

 遠くから届いた爆音に少年は歓喜に浸る。

 

(徐々に強い力を使いこなせるようになってきた……!)

 

 人は力を得るならより大きく。より大きな力を得ればそれを発揮したくなる。

 能力のように爆発した好奇心は何物にも抑えられることなく次なるターゲットを追い求め、彼の目は傲慢に埋め尽くされている。

 

「クッククク、もうすぐだぁ!」

 

 人のいない路地裏に入った少年は狂喜におぼれ、拳に加わる力も増大する。

 

「無能な風紀委員もぉ、あの不良どももぉ、みんなまとめてふっとば――」

 

 野望を言い切る前に、少年は背後から回し蹴りを決められて前方へ吹っ飛んだ。

 捨てられていたゴミがクッションとなり、地面との衝突は免れたものの思考が若干停止した。

 

「な、何が……?」

 

 振り返ったところにいたのは一人の少女。

 御坂美琴は先ほどまでの少年にも負けないほどの優越感に浸り、

 

「はあぁ~い♡」

 

 悪魔的な笑みを浮かべ、倒れた少年を見下ろしていた。

 

 

 ◆

 

 

(…………これは……、)

 

 現場に到着した白井は爆発が生み出した被害を見渡していた。

 初春は少女とともに外へと出ていて、この場には警護員の調査が開始されている。

 現場はとても不可解なもので、爆発により黒く焼け焦げた店内と、何事もなかったかのように保たれた店内が、一つの真っ直ぐな境界を隔てて二分割されていた。

 美琴の超電磁砲ではこうなるはずもなく、絶対的な『盾』が不可欠である。

 他でもない、美影の能力によって生み出された対局だ。

 ブラックホールで作られた壁は爆撃も爆風も爆熱も無へと変え、怪我人をゼロにするには容易いことだったのだ。

 

「……お兄様、」

 

 近くに残っていた彼に白井は話しかける。

 

「どうしてお姉様だけを、犯人のもとへと向かわせましたのですか?」

 

 彼女が言う通り、美琴以外は全員が店に残っている。

 美琴の実力は承知の上、爆弾魔と向き合っても無事ではあろうが美影と向かうこと以上に安全であるわけではない。

 

「……、」

 

 美影は多くを語ることなく一言だけ。

 

「……俺が行っても意味ないから、」

 

「え?」

 

 言外が多すぎるため、理解に苦しむ部分があるが、美影は既に歩き出していた。

 

「あ、あのお兄様!?」

 

「んじゃ、俺はもう必要ないみたいだから帰るね」

 

 無事であった非常階段の入り口を通過した美影を白井は追いかける。

 しかし、白井が非常階段に差し掛かったころには美影の姿はどこにもない。

 

「……お兄様……?」

 

 残された白井の声は誰にも届くことがなかった。

 

 

 

 

 





授業がつかれる……。
という言い訳でなんとか説得できれば、と思っています。
すみません。誤字があれば、教えていただけると嬉しいです。はい。

あと、オリキャラの名前はまだ募集していますので。
名前だけでも大歓迎ですから。はい。


あと今日中に活動報告を更新予定です。
なかなか大切な内容のつもりなので、どうか閲覧宜しくお願いします。

ではでは。

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