とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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眼光

 

 

 

 

 学園都市中で夏服に完全移行して約一か月。

 目が眩むほど日光が照り続けるとある昼下がり。

 GREEN MARTという緑を基調としたコンビニに二人の男女が乗り込んだ。

 

「風紀委員です! 早急にこの場から避難してください!」

 

 そのうちの一人、体を守るには十分なほど大きな盾を持った女子学生の風紀委員が鋭い声で叫んだ。

 もう一人の風紀委員は店内で動き始める。

 

「あ、あの……ウチの店で何か……?」

 

 場違いなほど真摯な二人に戸惑った店員が恐る恐る尋ねる。

 

「重力子の加速が観測されました」

 

「じ、じゅう……?」

 

 聞きなれない単語に戸惑いが募るばかりな店員に、重苦しくなりつつも簡潔で簡素な言葉を選んだ。

 

「この店に、爆弾が仕掛けられた可能性があります」

 

「ば、爆弾!?」

 

 突如、店内は混乱に渦巻かれ、客として気楽に立ち寄っていた学生たちは避難を開始した。

 

「くそっ、どこに……!?」

 

 男の風紀委員は商品をかき分け、血眼になり捜索する。

 爆弾が店内にあるという警報を受けつつもその形状、規模は知らされていない。

 そして爆発される正確な時刻も未知であるため焦りは増す一方だ。

 

「うッ……!」

 

 商品棚を挟んで床に膝をついた少女が目につき、さらに切迫してすぐさま近づく。

 

「どうしました!?」

 

「すいません、足を……」

 

 急ぐあまりにひねってしまったのか、少女は足首を抑えて身動きが取れなくなってしまった。

 一秒でも遅れれば一大事となるこの状況。店をふっ飛ばされようが人命救助が最前線であるため、風紀委員は肩を貸して避難を手助けする。

 立ち上がった瞬間、彼の視界の端にとあるモノを捉えた。

 ウサギの人形。可愛らしいものではあるが、それが棚の下にあり、なおかつ形のわからぬ危険物の捜索中であるこの時、彼は急速に最悪の事態を想定した。

 次の瞬間、人形の中央部に奈落のような黒い穴が現れ、吸い込むように人形を捻じ曲げた。

 

「まさか―――」

 

 人形を極限まで収束させた力が一気に放出されるかのように爆音と爆撃をまき散らした。

 熱風で多数の商品が吹き飛ばされながら燃焼されて黒々と焼きただれる。

 間一髪、店員を盾の後ろへと強引に引っ張り抑え込んだ女子風紀委員は逃れることができた。

 しかし、

 

「大丈夫ですか!?」

 

 駆け寄ったのは爆発の発生源。

 万全の防備をしていなかった同僚は逃げ切ったのか。女子学生は無事なのか。

 薄汚い爆煙が晴れて始めに見えたのは少女の顔。埃で汚れてはいたものの、傷を負ったようには見えなかったが、彼女の恐怖に染まった視線の先には爆発の威力が物語る悲劇が現実のものとなっていた。

 少女の盾となった風紀委員の男子生徒の制服は焼き千切れ、皮膚は赤黒く染まり、鉄が焼けたような匂いを散らしていた。

 

 

 ◆

 

 

「―――という事件がありましたの」

 

 とある広場の自販機の前で、白井は美琴に一連の流れを説明していた。

 最初の変事から数日たって進展という進展がない分弱気になってしまいそうなのだが、こうして人に聞いてもらえるだけでも気が晴れるというものだ。

 

「今までは小規模で被害者という者は皆無でしたがついに一大事に……」

 

「手がかりとかはないの?」

 

 グビグビと喉を潤して尤もな質問をする。

 やはり今美琴が手に持つヤシの実サイダーは例の手法で手に入れたものだが、白井は事情を知っているからか目をつぶっている。

 

「お姉様、グラビトンってご存知ですか?」

 

「ぐらびとん……って、重力子のことだっけ?」

 

 記憶を頼りに最適な答えを導き出した。

 

「どのケースも、爆発の直前に重力子による急激な加速が衛星によって観測されましたの」

 

 白井は美琴の右手にある缶ジュースに、トン、と指を当て、

 

「アルミを起点に重力子の速度を爆発的に観測させ、一気に周囲にまき散らす。つまりアルミを爆弾に変えていた、ということですわ」

 

「ふーん。何でアルミなの?」

 

 またしても尤もな疑問を投げかけるが、白井も、さぁ? と専門外と主張したそうな口ぶりである。

 しかしまだ白井の話は終わっていないらしく、説明し続ける。

 

「また、今回の被害から分析するに大能力者(レベル4)以上のの能力者によるものと分かり、書庫(バンク)で検索してみたところ二人の能力者がヒットしましたの」

 

 意外と操作が進んでいることに感心する美琴はそのまま耳を傾け続ける。

 

「該当する一つ目の能力は量子変速(シンクロトロン)。……ですが、……」

 

 言葉が詰まってしまったことを美琴は不思議に思って首を傾げる。

 

「? そこまで絞り込んでいるのに事情徴収とかしていないの?」

 

「ええ、実はその方は数日前から入院中でして犯行は不可能とされていますの」

 

「ならもう一人の能力者が犯人で決まりじゃない」

 

 さも当然のことと述べるが白井の顔色の雲行きは一層怪しくなる。

 口も重たく感じてしまうがここまで来てはぐらかすのは美琴に失礼であると決断し、

 

「……もう一つの該当した能力は無限重力(ブラックホール)。……つまり、現在犯人としての最有力候補は、お兄様ですの」

 

 

 ◆

 

 

 場所は変わって第18学区。長点上機学園。

 

「―――失礼しました」

 

 美影はとある教室から姿を現した。

 その部屋のドアには生徒指導室という札がある。学校ではできるだけ目立たず健全に過ごすことを心がけている彼が訪れるような場所ではないはずだ。

 

「なァにやってンだァ? テメエは」

 

 首をゴキゴキならして眠たそうに今まで待ち続けていたのは一方通行だ。

 本来なら美影との立場が逆転しているのが彼ら自身でも納得できる状況なのだが現状を再確認した一方通行は顔をしかめた。

 

「どうやら俺がある事件の容疑者らしくて今の今まで尋問されてた」

 

「事件だァ?」

 

 まさか裏での活動が露見されてしまったのではないかという一方通行の考えを美影は表情から読み取る。

 

「違うよ。ちゃーんとした表の非常事態だって」

 

 そんな失敗(ヘマ)をする美影ではないと重々承知の上でそう断言されたら美影は無関係であると一方通行は確信した。

 

「にしても、美影の能力に関連しているとしたらどォして美影にたどり着く? オマエは自分の能力が風紀委員やら警護員やらにも閲覧不可能に手ェ打ってたじゃねェか」

 

「まぁ、去年まではね」

 

 可能な限り個人情報の流通を抑え込んでいたため、高度なハッカーでしか名前を入手することすらままならなかったのだが現状は明らかに美影の情報が学園都市最高峰の学園()()()にまで届いている。

 

「第六位()()()がお前や垣根以上の守秘だったらおかしいからほんの一部だけは開放状態にしておいた」

 

「……用意周到なことでェ」

 

 一方通行ですら舌を巻くほどの男である美影はどこか微笑んでいるように見えた。

 

(……コイツ、)

 

 長年の付き合いからしてその笑みの意味は理解できた。

 子供が玩具を買ってもらった時のような目。ひっかけ問題に見事かかった解答用紙を見つけた教師のような口元。

 彼は今、()()()()()()

 平凡な日常を構築してきて一人の高校生として演じてきたが、根っこの部分は異形であり、適応する現象も他とは違う。久しぶりに得た暇つぶしを彼は堪能しようとしているのかもしれない。

 

(……ったく)

 

 呆れるように心の内で舌打ちをする。

 手や口をだす権利は一方通行にない。まして容疑者として扱われる彼の無実を証明しようという気は更々ない。

 むしろその逆。

 見届け、事態の変容を確認していくのは興味深く、一方通行の暇も埋め尽くされる。

 入学前と大して変わらぬ空白が続く夏休みの前に、絶好のイベントが迷い込んできたことに二人は僅かだが潤っているのかもしれない。

 

 二人は学校に居残って勉強や部活に励む性分ではないため、二人の自宅がある第7学区へと進みだした。

 

 

 

 ◆

 

 

「……美影がやったって、黒子は本当にそう思っているの?」

 

 想定外の事態に心が揺らいでしまった美琴は白井に本音を求める。

 実の妹であるのにも関わらず、美琴が得ている兄の日常生活に関する情報は皆無に近く、謎も多い。

 しかし、能力を私欲の下で奮って混乱を生み出すような人間ではないと確信している。

 

「勿論、わたくしや初春、固法先輩もお兄様が犯人だとは思っていません。しかし、現状やはりお兄様への警戒が最優先とされていますので……」

 

「……っ、」

 

 歯痒く思った美琴は何かできることはないか模索し始める。

 しかし、今ここで悩み続けても得られることは何もなく、

 

「取りあえず、美影本人に話をするしかないみたいね」

 

「そうですわね、では連絡を―――」

 

 白井がポケットから携帯電話を取り出したとき、二人の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

 

「今日もゲーセン行くのかよ」

 

「ったりめェだろォが。勝ち逃げかましてンじゃねェぞコラ」

 

「総合的に勝敗は五分五分だろ?」

 

「うるせェ、五分五分だから気にくわねェンだっつゥの。てかサッサと行かねェとガラの悪ィ武装無能力集団(スキルアウト)共に先こされるぞ」

 

「ガラの悪さで一方通行の右に出るやつを俺は見たことが―――」

 

「美影!!」「お兄様!!」

 

「え?」

 

 のんびりと夕方のひと遊びへと向かっていたところ、背後から大声で呼ばれたことに驚いた美影は立ち止まった。

 声のしたほうへと顔を向けると只ならぬ気配を漂わせる美琴と白井の顔が迫ってきて若干ひいた。

 少女二人は言葉よりも先に行動へと移り、美琴が左肩、白井が右肩を掴み、完全に逃しはしないと固定する。

 

「ん? え? 何?」

 

「オイ美影、なァに餓鬼と戯れてンだ?」

 

 放心寸前の美影に一方通行は茶化す。しかし、美影の左肩を掴む少女の顔を見た瞬間、目が少し大きく開いた。彼女の顔に確かな見覚えがあったからだ。

 

「ああ、一方通行。コイツ、俺の妹」

 

 行動範囲が限られた左手で何とか指をさす。

 この時の一方通行の心情がわからないわけではないが、ここで何も言わないほうが返って混乱させてしまうかもしれない。

 

「美影、誰よそいつ」

 

 餓鬼呼ばわりされて不愉快に感じたのか、美琴は眉間に小さく力を入れた。

 手の力は衰え知らずのようで、美影の肩には痛みが走り続けている。

 

「一方通行だよ」

 

「! ……じゃあ、アンタが第一位……」

 

 予想外の大物だったため、驚きがあらわになる。

 ここで手の力が抜け、左肩が解放されたのにつられて白井も手を離した。

 

「だったらナンだってンだ、第三位?」

 

 皮肉を込めて言い返された美琴は先ほどまでの心配がどこかへ消え去ってしまっている。

 右手の人差し指を一方通行に向け、高らかに言い放った。

 

「アンタ、私と勝負しなさい!」

 

「止めておけ、美琴」

 

 口を出したのは美影だ。

 不機嫌になった美琴は顔をしかめる。

 

「……何でよ!?」

 

「お前じゃ一方通行の相手は絶対ムリ。俺に勝てないようじゃあね」

 

「だったら美影が相手しなさいよ! アンタここしばらく全力で拒否し続けているんだから」

 

 数年前までは美影は嫌々ではあったが適当に妹の相手をしていた。しかし美琴が超能力者にまで到達したときからその似非稽古はパッタリと止まり、以来美影は逃げ続けている。とある日の挑戦においては一晩中街中を鬼ごっこしたこともあったのは二人の(わる)い思い出である。

 

「いやでーす。ていうか何か用があったんじゃないの? 白井と二人で」

 

「そうですわお姉様。もう少し行動には責任を持っていただかないとお姉様はあらぬ方向へといってしまうのですから」

 

「そ、そうよ! 美影、アンタちょっと話があるからちょっと来なさい」

 

 顔を少し赤くなってどもりつつ再び強制送還を試みる。

 美琴と白井を見る限り大体の予想がついた美影は一方通行への勝ち逃げを予定に組み込んだ。

 

「……一方通行どうする? 俺これから誘拐されるけど」

 

「なら今日はオレの不戦勝決定だなァ」

 

「うわ、汚ねぇ」

 

「逃げてンのはテメエだ。愉快に餓鬼どもの財布にでもなってろ」

 

「はぁ、分かったよ。で、俺はどうすればいいのお二人サン?」

 

 逆に勝ち逃げされた美影は次回の奮闘を意気込んでその戦いの備えのように力のない声で二人に向かい合った。

 一方通行は一人帰宅ルートにつき、三人はゆっくり座れる場所へと向かう。

 最寄りのファミレスに入った三人はテーブルにつく。美影一人を片側に。美琴と白井は反対側に。適当に注文し、喉を飲み物で整えた白井から本題へと入る。

 

「お兄様、実は――」

 

 躊躇う気持ちを抑えつつ、責める意を示すことなくなるべく柔らかく現状を報告しようとする白井だが、

 

虚空爆破(グラビトン)事件の容疑者として取り調べでもしたいのか?」

 

「「!」」

 

 焦ることもなく滑らかに美影が本題に入ったことに白井と美琴の二人は驚愕する。

 その美影の振る舞いは世間話にのせるものと違いなどなく、場違いとも呼べるほどで、つい先ほどまで最善策を練っていた二人がばかばかしく思えてしまうほどだ。

 

「知っていらっしゃいましたの!?」

 

「そりゃ風紀委員のお前が知っているんだから長点上機(うち)の風紀委員も知ってるさ。あと学校の警護員の先生に取り調べみたいなことされたし」

 

「だったら何でそんなに落ち着いていられるのよ!?」

 

 机に身を乗り出さんと言わんばかりに美琴が食いついた。

 それは近くの席にいるほかの客が振り向くほどで、白井が小さな声で慎むよう口を出した。

 しかし美影はなお戸惑いを毛ほどもチラつかせることなく、コーヒーを一口すする。

 

「何でって、何にもやっていないから」

 

 あまりにもあっさりとした答えに二人は美影の人格を疑い始めるが、すぐに彼の心境を読み取る。

 何もしていないから何も恐れない。

 それすなわち、彼は身に覚えのない罪は疎略に扱う。取り立てて弁解すればするほど疑心というものは育てられるため、彼のマイペースを保持する力はもしかしたら二人が求めていた最善策に限りなく近いのかもしれない。

 

「んで、二人も俺を疑っているからこうして連れてきたの?」

 

「違いますの」

 

 間を開けない即答だった。

 それこそ疑いがかかっていることよりも美影を驚かせるほどに。

 

「私たちは美影の無実を証明するためにこうしているのよ」

 

「ですから、そのためにお兄様に話を伺いに来ましたの」

 

 真っ直ぐな四つの目に見詰められた美影は微笑む。

 

(……へえ、)

 

 少なからず喜びを感じる美影は二人から目を背けないよう心掛けた。

 紛れもなく本心からの言葉だと判断した美影は一つの質問を投げかける。

 

「ところでさ、」

 

 視線はずらさず、左手の人差し指を右に向ける。

 先ほどから四つの剽軽な目に見詰められていたことに耐えられなかったらしく、気づかないふりもここまでが限界だったらしい。

 美影から見て右側。ファミレスのガラス壁を挟んで二人の少女がこちらを観察していた。

 一人は美影にも見覚えのある少女、初春が少々ガラス壁から距離を置いている。そしてもう一人は美影には見覚えがなく、こちらはぴったりとガラスに張り付いていて街路の歩行者の注意をひいてしまうほどあり、美琴と白井が気づかなかったのはそれほどまでに美影の安否を心配していたからだろう。

 

「あれ、どうする?」

 

 素朴に取扱説明を要求された美琴と白井は初春と彼女のクラスメイト、佐天涙子に同席を勧めた。

 

 

 

 






物凄い間をあけてしまい、申し訳ないうえに、きりの悪い一話にしてしまったことをどうか許していただけると嬉しいです。
授業に疲れを感じ始めてしまい、このような結果になってしまいましたが、なんとか活動を続けようと思います。

オリキャラの名前はまだ募集中ですのでよろしくお願いします。

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