とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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春休みだ―――!!

自由だ――!!

活動再開だ――――!!


スペース

 

 

 

 

 

 長点上機学園が参加した大玉転がしは、長点上機学園にとっては無事に、その他の参加校にとってはとてつもなく有事に終了した。

 学園都市最強の一方通行が参加したことに他校の学生たちは警戒アンテナを立て続けていたのだが、そもそも長点上機学園は超能力者といった称号を持たない一般生徒が持つ力すらも他を突き放している。

 もはや勝利など参加に追随しているとでも言わんばかりに一方通行ないし長点上機の生徒達は感情移入が無いに等しくなっている。

 

(……美影の方はどォなってンだ?)

 

 基本、競技には私物は持ち込み禁止となっているため彼の携帯電話もロッカーに放り込まれている。

 そそくさと足を運んで携帯電話を開いてみるが、予想通り美影からの着信は無かった。

 

(…………、)

 

 一度息を吸って吐くだけの思考時間を設けて一方通行は通話をかけてみる。

 今も幾つかの研究所を巡っている途中であるのならば繋がるだろう。が、何度コールしても美影の声は携帯電話を押し付けられた片耳に入ってはこない。

 

(……アイツ、)

 

 美影が普段、携帯電話やスマートフォンの着信音量をゼロに設定しているのは一方通行も承知のことではあるのだが、バイブ機能で着信を訴えかけるようにはなっているはずだ。

 コール音が続いているのは美影の携帯電話の電源が入っている、そして何らかの衝撃による破損や機能停止がないことの証拠となる。

 思惟から導き出されることといえば、現在美影は敵対勢力との戦闘に追い込まれ、携帯電話を手にする余裕がないといったもの。

 

「……チッ、」

 

 小さく舌を打ち、少々乱暴に携帯電話を閉じた。

 忌々しくも一定のリズムのコール音が続いているということは美影が何者かに捕えられたり倒伏させられてはいないということの裏付けにもなる。万が一これらのような危機に追い込まれていれば何者かが美影の携帯に対してなんらかのリアクションを起こすのだから。

 とはいえ、またしても美影一人が背負うことに戻ってしまったことに、一方通行は歯を強くかみ合わせることで不快さを表に出す。

 周囲には競技の勝利に浮かれている『表』の住人であふれかえっており、一方通行の心境は場違いも甚だしい。それを自覚しつつも一方通行の自制はさほど上手ではなく、緩やかとは程遠い歩行で更衣室から抜け出した。

 そんな美影の捜索手段が手にはない一方通行が競技場の通路を歩いている時、

 

 

 

 

 

「――――――美影くんの居場所、教えましょうか?」

 

 

 

 

 長点上機学園の生徒が競技で怪我をした際の治療を一任されている、学園都市の『表』と『裏』の中間に身を置く、男子生徒の憧れの保険医が、他の生徒に聞こえない声量で妖しく囁いた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

(……、一方通行か?)

 

 

 携帯が震えるのを腿で感じたことで、天井に足をつけて逆さに立っている美影は意識のほんの一部をそちらに割いた。だが、片手であってもポケットにいれることを美影は決してしない。目の前の『アイテム』の四人への警戒心をほどくことは致命的だ。

 

「携帯、でないのかい?」

 

 静寂に包まれたこの空間において、バイブレーションの音というのは思いの外大きなものだったらしく、美影を見上げている麦野が奨めてきた。

 

「んー、電話が終わるまで待ってくれるのか?」

 

「待つわけねーだろーが」

 

 さも自明であるかのように、配慮の精神が皆無な麦野は仕事に取り掛かり始める。

 彼女が美影に向けた右の手の平の前方に現れた光る球体から、直線状の光線が放出された。

 

「だよな」

 

 短く反応した美影は天井を蹴る。

 重力を掌握する美影は空間を最大限に利用できる。着地点はこの広い空間の壁。だが、美影の回避方向をあらかじめ知っていたかのように、麦野の二撃目は的確に美影の着地点を彼が到着するよりも早く直撃していた。

 

「!」

 

 壁への降下の危険性を感じた美影は、直撃を免れるために手を打つ。

 だが、重力の操作、つまり加速度の変化による軌道は鋭いものとは程遠い放物線を描くため、機動力は優秀とはいいがたく即座の転回は不可能に近い。身体への影響を考慮すると極端な重力の変化は激しいジェットコースター以上に自分の身体を苦しめることに他ないのだから。

 そのため、美影は落下方向にワームホールを創り出した。

 絹旗の拳から避けるために彼女がワームホールを通過するよう施したのと同然に、自分が空間を跨ぐ。

 速度を抑えることなく美影は麦野の攻撃を躱した。

 美影は逃げ切ったものの、原子崩し(メルトダウナー)という超能力者の称号に恥じず、またその文字の如く瞬く間に研究所には塵も残されない風穴が大きく開けられた。

 

(……マズいなーこりゃ)

 

 天井と壁、それぞれ一つずつ開けられた穴の円周はドロドロに溶かされている。腕に当たれば腕が、足に当たれば足が消えてなくなるのは明らかだ。

 美影の行動が先読みされた。滝壺の能力で美影の無限重力が検知出来るからだ。

 美影はそれを疑懼する。美影の最終的な目的はこの研究所の調査であり、そのためにも『アイテム』に遭遇する前はモニター室に向かおうとしていたのだが、絹旗とは違い、麦野の攻撃には障害となる物はないため、モニター室まで先ほどのような光線が届けば瞬時に美影には不首尾の判を押される。美影が処置を取れば無事なのだが、百発百中でできる保障などない。

 

(……、厄介だな)

 

 麦野の後ろで守られているように立っている滝壺を軽く睨む。

 先日であった時のような眠たげな半開きの瞼は、今は全開といってもいいほどの刮目になっていた。

 

「――――――っと、」

 

 美影に休む間を与えないつもりなのか、麦野の攻撃は続く。

 超能力者同士の戦いにおいて、たった一発の攻撃が致命傷に繋がるというのは珍しくもないといえよう。攻撃性に特化している麦野の原子崩しが相手となれば尚のこと。

 

「そっちはさぁ、今までレベル5と戦ったことってあんの?」

 

 紙一重で交わし続けながら美影は麦野に尋ねた。

 

「あぁ!? 長点上機(そっち)の第二位と何回かねッ!」

 

 何か嫌な思い出に触れたのか、眉間に皺を寄せながらイラついた声で返事をするのと同時に原子崩しを放った。

 

「そういうアンタは? まさか第三位(いもうと)と何度も遊んでるとかしてんのか? 趣味の悪りぃ奴だッ!」

 

 中々両手に挟まってくれない蚊を追跡し続けるような焦燥に駆られながら攻撃を二秒と止めない。

 

「美琴がレベル5になってからは相手したことないねっ! あるのは一方通行とのケンカぐらいだ」

 

 壁を蹴って光線と数十センチの間合いで交わし切りながら、一年前のことを少々思い出す。

 

「へぇ、…………まさか勝ったっていうのか?」

 

 茶化すように麦野は聞いた。

 意外な戦闘経験に興味を持ちつつも、正直な話、まさかあの学園都市最強と呼ばれる怪物に目の前の逃げ腰の能力者が勝てるとは思えなかった。

 

「まさか」

 

 天井でスライディングしながらブレーキをかけた美影は言う。「

 

 骨折一七か所、内臓損傷五か所、脱臼二か所、筋肉断絶四か所、出血多量、奥歯一本エトセトラ―――」

 

 軽くため息を吐きながら、当時の自分の不甲斐無さを忌々しく思う。

 

 

「――――――冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に俺がお世話になったのは、あれが三回目だったよ」

 

 

「そうかい」

 

 このままでは拉致が明かない、と判断した麦野はポケットからとあるモノを取り出す。

 拡散支援半導体(シリコンバーン)。三角形のパネルが組み合わさったカード上の形状をしたそれを、麦野は己の前方のやや斜め上に放り投げた。

 そしてそのカード上の武器に、原子崩しを放出した。

 

「――――――!」

 

 シリコンバーンに打ち込まれた一本の光線は、吹き出し花火のように分散された。

 一本一本の光線の太さは褪せたとしても、人間を貫通させるのは申し分ないのに変わりはない。速度は衰えず、射程圏は数十倍に格上げした。

 

「――――――っ、」

 

 三角プリズムのようなものか、と適当に推量して足元にワームホールを創った。そこに入った美影は、この大きな空間の床から出てきた。天井に立っていた彼を狙ったからか、枝分かれした光線は天井を主に攻撃していたため、床へと空間を跨いだ美影には当たることはなかった。

 だが、美影にとっての危険人物は他にもいる。

 

「超隙だらけです!!」

 

 主に天井や壁での跳躍を続けていたため手出ししにくかった美影が床に足をつけたことにより、絹旗の間合いに入った。

 窒素でコーティングされた彼女は、身体的なリーチに僅かに上乗せされたことにより、美影へ暴挙が到達するのが僅かに早まったことで、ワームホールによる回避が遅れてしまった。

 

「超当たっ――――――!?」

 

 今度こそ直撃した、と絹旗が確信したのとほぼ同時に、ある異変を感じ取った。

 拳によって美影のカラダが前方へ跳んだのは確かだが、彼女の拳にはあるはずの手ごたえがあまりにも極微なものだったのだ。

 

(……どういうことですか、確かに当たったはずなのですが……)

 

 ふわり、と風に靡く紙切れの様に美影は壁に足を付けた。

 絹旗は困惑してあらゆる可能性を見出そうとするが、美影が行ったことは至極単純なことであり、ただ単に自分の体重を限りなくゼロに近づけた、というものだった。

 それは彼の能力の中で最も簡単なものの一つであった。正しく空気と変わりない重さになった美影は、ささやかな風にも靡かれる。絹旗の能力は空気中の窒素を操るもの。つまり能力の発動には空気の流れの変動が伴う。

 つまり美影は、絹旗の能力の余波で、彼女の拳が届く直前に飛ばされたということだ。それを彼女は攻撃が直撃したと錯覚したに過ぎない。

 

「っ!」

 

 壁に着地した美影を即座にフレンダの小型ミサイルが襲う。

 速度は原子崩しよりは遅いものであったため、美影は回避に失敗することはなかった。ワームホールを通ることもなく、ただ単に天井へ飛び移ることで爆撃からは免れた。

 そして、二人に連なるように麦野のメルトダウナーが再来する。またしてもシリコンバーンを利用することで既に多数の穴が開けられた天井に更に穴が開けられた。

 

(……、面倒だな)

 

 美影が意識を集中させたのは、攻撃してきた三人ではなくサポートに徹している滝壺。能力追跡(AIMストーカー)というピースが嵌まっていることで上手く連携が取れているのだ。それを見逃す美影ではない。

 

(仕方ねえか……)

 

 美影は体操服の上から着用しているパーカーのポケットからとあるモノを掴む。それは携帯電話やスマートフォンではなかった。

 

 黒く暗いボディを持つ、拳銃だ。

 

 それをポケットから取り出して彼女たちに見られないようにしながら、美影は天井で走り出した。

 

「ちょこまかとゴキブリみてーにッ!!」

 

 麦野は光線を放出し続けるが美影には当たらない。

 彼は天井をジグサグに躱しながら麦野と彼女の後ろに立っている滝壺のほぼ真上にたどり着いた瞬間、ポケットから拳銃を引き抜き、真上(・・)に構え、引き金を引いた。

 

「――――――ぁ―――っ、」

 

 乾いた破裂音を伴うそれは滝壺の左肩に直撃し、彼女は全身の力を失って床に倒れこんだ。

 

 

「滝壺さん!!」「滝壺っ!」「ッ!!」

 

 距離を置いていた絹旗とフレンダは彼女の元へ一散に向かう。

 学園都市の中でトップの能力を持つ少年がまさか銃器などに頼るとは予想できるはずもなく、二人と同様の心情の麦野は滝壺を仰向けへと動かし、銃弾が当たったであろう彼女の肩を見る。

 命の危険すら懸念せざるを得なかったのだが、不思議なことに滝壺の肩からは出血していなかった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 四人の真上で直立している美影は、用いた拳銃をヒラヒラと見せびらかしながら言う。

 

「この麻酔弾、当たったとこから血もでないし、後遺症もない。ま、一発十三万もするくせに効き目は三時間しか持たないんだけどね」

 

 見てみると、彼の手にある拳銃の銃口は通常のモノよりも遥かに遅い。

 一般の金属製の弾丸に薬物を内蔵させているのではなく、これは固形の麻酔薬そのもののみを打ち出し、空気抵抗で生じる熱でそれが溶解するのとほぼ同時に対象に注入させるものだ。そのため、射程距離はさほど余裕もないのだが、美影の重力操作によって落下速度を高めるのと同時に四方八方へのズレも制限できたからこそ成し遂げられたということだ。

 

「きたねえ手段()を使いやがるなあ、第六位」

 

 安全を仄めかすような美影の一言が更に麦野を苛立たせた。

 反対に美影は滝壺の戦線離脱の確信からか少々の安堵を得た。

 

「どんなチカラであっても、何時でも満足に使える保障なんか無いからな。それに超能力者(オレ)が拳銃使うと結構不意を付けるんだよ」

 

 今みたいにな、と挑発気味に付け加えて美影は特注の拳銃をまたポケットに入れた。何度も同じ武器が通用するほど簡便な相手とも思えないからだ。そして距離を置くべく四人の真上から移動する。

 

「絹旗、フレンダ。滝壺を連れて行け」

 

「む、麦野はどうするって訳よ!?」

 

 慌てるフレンダに麦野は胸糞悪くも詮方なく表明する。

 

「私一人で相手してやるよ」

 

 相手は第六位。自分は第四位。

 戦力のランキングではないということは承知の上だが、それを誇りや力の糧にし、斜め上に逆さに立つ無限重力を強く睨む。

 

 絹旗とフレンダは二人で滝壺を抱えてこの空間の最寄りの出口へと向かった。

 

 

 

「なぁ――んだ、」

 

 

 美影は一人の少女を抱える二人の少女を朧に眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

「――――――()()()()()()()

 

 

 

 

 

 次の瞬間、『アイテム』の四人とは反対側の壁がビスケットのように脆く砕け、爆発にも似た腹に響く轟音を一気に拡散させた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 目を見開いた麦野は反射的に手を前に構えた。それは原子崩しを放出するため、というよりは単に彼女の元まで飛来する小さな瓦礫や巻き起こる土煙から顔を守るようなしぐさだった。

 これは明らかに美影の能力によるものではないと麦野は直感した。

 

 灰色の煙が晴れた底にいたのは、

 

――――――髪も肌も真っ白に染まった最強の超能力者、一方通行だ。

 

 

「ったく、ナニに電話にでれねェほど苦戦してるのかと思って来てみれば……()()第四位じゃァねェか」

 

 雑に大穴が開けられた壁を踏み越えて入ってきた一方通行を確認した麦野は歯を強くかみ、絹旗とフレンダは自分たちに気づかないよう退散を急いだ。

 

「よお一方通行、大玉転がしはどうだった?」

 

「あン? ンなとこにいたのか、美影」ほぼ真上に彼を確認して「あンなお遊戯、楽勝に決まってンだろ」

 

「それは何より」

 

 美影は天井から足を離した。羽毛のように緩やかに、上下に半回転しながら美影は床へ着地する。

 蒼石に自分の居場所を伝えたのは他でもなく美影自身であったため、なぜ一方通行がここへとやってこれたのか言及するという作業は省く以前にあるものでもなかった。

 

「チッ、第一位なんざ呼ぶとは反則どころじゃねーだろ」

 

 下手に攻撃することも出来なくなった麦野は減らず口のように不平を言う。

 対して優越感に浸るような表情へと変えることもなく、美影はただただ本音を再び伝えた。

 

「だーからコッチはソッチが邪魔しなければ別に危害加えることもないって。今退いてくれても有り難いんだけど」

 

「テメエ……」

 

 頭に来ていながらも前にいるのは超能力者が二人。ついさっき離脱していった三人が例えいたとしても真面に対抗できるとも思えないのが事実だ。

 

 次の一手を思案している麦野に、不意に電話の着信が入った。

 

 一定の着信リズムが鳴り響き始めると、美影は手の平を上に向けながら左手を前に出した。

 

「どーぞ、出ても構わないよ」

 

 こちらにはその暇を与えてくれなかったことを気にしているのか気にしていないのかわからないが、やけに丁寧な仕草で美影は勧めた。

 舌打ちをして麦野は渋々携帯電話を取り出して着信ボタンを押して耳に当てた。

 

「あ? 何の用だ?」

 

 彼女が乱暴に呼びかけた相手は、『アイテム』の『電話相手』だった。

 

『もしかして今戦闘中だった?』

 

「んなこたどうでもいいからサッサと要件を言え」

 

 そのターゲットに時間を与えられているという屈辱的な状況だというのに『電話相手』の女性は悠長な口調だったことが気にくわなかったらしい。

 

()()()

 

「あ?」

 

『たった今クライアントから要請がきたわ。依頼料は払うから今回の仕事は中止、無かったことにしろって』

 

「はぁ!? どういうことだよそりゃ!?」

 

『私にもわかんないわよ。だからとりあえずそこからは退散! お金はちゃーんとふりこんでおくからそういうことで』

 

 無責任にもそれだけで通話は途切れてしまった。

 

「チッ」

 

 今度は強めに舌を打ちながら携帯電話をしまったところをみて、美影は大体の予想はついたが、一応尋ねてみることにした。

 

「どした?」

 

「……、今回の依頼を中断しろっつう命令が来ただけだ」

 

「ハッ! そりゃァ命拾いしたなァオイ」

 

 来たばかりの学園都市最強は煽るような言葉をぶつけるが、麦野には一方通行と真っ向からぶつかり合うような力は持ち合わせていないため反抗を己の内で押し殺した。

 滝壺の容態も気にかかっている麦野は柄にもなく大人しく身を引くことを選び、研究所から出ていった。

 

 不自然なほど人の形跡が残されていなかった研究所は、大小さまざまな風穴が開けられた状態で、美影と一方通行の二人が残るようになった。

 

「で、テメエはなンでここに来たンだよ?」

 

「俺を捕まえた後に配送するはずだったとこがここだったから、何か残ってないか調べに来たんだよ。まあ、取りあえずいくつかの部屋を見たけどなんにもなかったから最後に監視カメラの映像とかに誰か映っていないか見に行こうとしたときに『アイテム』が来たってわけだ」

 

「モニター室の場所は把握してンのか?」

 

「もちろん」

 

 断言した美影は、一方通行を連れて向かっていく。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 研究所のモニター室というのは然程大きなものではなかった。研究所の至る所に設置された監視カメラの数とは明らかに釣り合わないであろう比較的少ない数のモニターが広くない部屋の壁一面に設置されていた。

 電源は生きているようで、監視カメラも稼働し続けていたらしく、探ることが出来なくはなかった。

 

「そンなに昔の映像は残っていねェみたいだな」

 

 二人で部屋に設置されているキーボードを叩いて片っ端からデータを洗っていくが、一方通行の言う通り記録されていたのはつい最近、しかもほとんどの容量がつい先ほどまでの美影や『アイテム』の面々の映像だけで占められていた。

 

「でも、どうやら今日以外の映像もあるみたい、だ……っと」

 

 最後に美影はエンターキーを押して、彼の目の前の画面に映し出されたのは、つい昨日の記録映像だ。

 この研究所を使っているのであろう白衣の研究者が映っているのでは、と予想していた彼の目に飛び込んできたのは、地味な色の作業服に身を包んだどこかの清掃業者のような人々と。

 

 

 

 

 

 

 

――――――その業者に何やら話している、見た目高校生ぐらいの男。そしてその男の横に立っている、小学生か中学生か見分けにくい少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ン? 誰だァこいつら?」

 

 同じ服装をしている業者の面々がいるせいか、男と少女の姿は際立っているため、一方通行の注意はその二人に向いていた。

 

「おい美影、コイツら――――――」

 

 その映像を探し出した彼の方に顔を向け、考えをきこうとしたのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――…………っ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 黒目の円の全体が見えるほど瞼を開け、全身の力が抜けているようにも放心しているようにも見える美影が、その二人から目を離せないでいた。

 奇妙ともとれる彼の姿を不審に思った一方通行は、眉を曲げた。

 

「……どォした?」

 

「……あ、……いや…………」

 

 どこか心ここにあらずといった不安定な心境を隠せずにいる美影は、左手をキーボードが置かれていたデスクにつき、右手で己の顔を覆った。

 丁度親指を押し付けた彼の横顔には、焦りからなのか脂汗が浮かんでいた。

 

「…………、」

 

 覆っている右手の内では、歯を閉じながらゆっくりと息を吸っている口が細く開いていた。

 嵐のように脳を激しく働かせて何かを思案し続けているからか、眉間に皺が寄っていた。

 

 

――――――()()している

 

 

 美影がここまで感情を正直に表に出したのは、一年前の一方通行の実験の時以来だ。それを見過ごす一方通行ではない。

 美影によって作られた沈黙は、どれほど続いたのか定かではないが、それは美影によって止められた。

 

 

「……、悪りい、一方通行。……どうやら俺は()()()()()()、勘違いしてたみてーだ」

 

「? ……どォいうことだ?」

 

 

 

 

 美影はモニターに映っている男の姿を睨むように見つめる。

 

 

 

(――――――()()()の仕業でしたか……)

 

 

 

 続いて、その男の隣に立っている少女を見つめる。

 

 

 

(――――――()()()も、元気そうでなによりだよ……)

 

 

 

 

 顔を覆っていた右手、前かがみの体を支えていた左手を下ろして、諦めにも似た感情を得た彼が導き出した結論は、

 

 

 

 

「――――――俺が今携わっている実験のデータは、()()()()()()()()()

 

 

 

「あ?」

 

 

 彼が改めたのは、ここまでたどり着いた根本の原因。

 そこまで導き出した鍵となったのは、今も一つのモニターに映し出されている一人の男と一人の少女。

 つまり、美影はこの二人を知っている。

 

 

 

「……誰なンだ? この二人は……?」

 

 

 

 美影は息を整えた。

 

「……、この二人は―――――」

 

 彼の脳裏を埋め尽くしていたのは、彼の過去。この二人のことを考慮すれば、美影にとって彼が出した結論にたどり着くのは容易過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――『スペース』の、()()()()だよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 学園都市のどこか。

 とある建物。とある部屋。そこに、一人の男と一人の少女がいた。

 テーブルを挟むように置かれた二つのソファの片方に、男は仰向けになりながらノートサイズのタブレット端末を操作しており、少女は反対側のソファに座ってハサミで何かを切っていた。

 

「美影くんは、わざわざ残しておいた俺たちが映っている映像にたどり着いただろうなー」

 

 他人事のようなのんびりとした口調で少女に報告した。

 

「ふーん」

 

 気にかけていないように少女はハサミを閉じた。

 気にかけていることといえば、美影が『アイテム』と交戦した研究所のこと。あれはつい最近廃屋のようになっていた研究所跡を買い取って、つい先日清掃業者に依頼して綺麗にしたただのハリボテに過ぎないもので、その使い捨ての道具を作るのに多額の金を要したのだ。それがこの男のポケットマネーのみで支払われていればいいのだが。

 

「どうでもいいように言うね」

 

「だって、元々『アイテム』に殺されるとは思っていなかったんでしょ?」

 

「そりゃそうだ。美影くんはあれぐらいの相手にやられるわけないからね」

 

 男がそこまで信頼している理由は、かつて彼の()()であったから。

 彼については、一方通行が知らないことも、この二人は知っている。

 だからこそ、今美影が携わっている実験の内容は、盗むまでもなく知っていたのだ。

 

 そして唐突に男は言明した。

 

 

 

「――――――美影くんは、大きな勘違いを()()している」

 

 

 

 その事実は、美影本人の改めを上回っていた。

 

 

「二つ? アイツの研究所からデータを盗んだっていうのが私たちのミスリードっていうの以外にもなにかしたの?」

 

 

 少女にも伝えられていなかったことらしく、先ほどまでどこか遠いところに向けていた意識を男に向けた。

 

 

 

 

「――――――垣根帝督に与えたデータは、今も美影くんがやってる実験のものじゃあない」

 

 

「え? ……じゃあ何のデータを渡したの?」

 

「これだよ」

 

 男はタブレット端末の画面を少女に向けた。

 それは数年前のもので、少女にも見覚えのあるデータで、そして決して忘れることのないであろう実験のものであった。

 その内容は、

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――絶対能力者計画(レベル6シフト)

            被験者 御坂美影』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 第七学区のとある病院。

 妹達第一号が目を覚ました。美琴と話をし、彼女が病院から立ち去った後、特にすることもない彼女に必要なのはいち早く回復することであるということにたどり着いたため、再び眠りについていたのだ。

 時刻は分からないが、部屋に明るい日光が差し込んでいなくても天井を確認できるところから察するに夕方ぐらいであろう、と彼女は思った。

 意識が明確になっていくにつれ、直ぐに兄の身を案じてしまった。あの人物のチカラは信じているが、だからといって危険な場へと踏み込んでいくのを完全に安心しながら見届ける身内などいるはずもない。

 かと言って、出来ることなどやはりない御坂妹は緩やかに息を吐き、外の薄暗い空でも見ようかと窓側へと寝返ったところ、

 

 

 

――――――目の前に兄の顔があった。

 

 

 

「!? ~~~ッお、お兄様!?」

 

「ん、おはよ。ていうかこんばんは?」

 

 行き成りの対面に御坂妹は完全に戸惑った。

 眠っていた彼女の真横に顔を置いていたらしい彼は、御坂妹の起床を確認するとベッドに横向けになっていた上半身を起こして立ち上がった。

 

「お、お兄様、大丈夫だったのですか? とミサカはお兄様の身を心配します……」

 

「うん、傷一つないよ。それに多分もう危険なことは起こんないから安心しな」

 

 優しくぬくもりのある声で美影は伝えた。

 何はともあれ美影が無事であったことに御坂妹は安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろした。

 

「まだ、眠い?」

 

 唐突に美影は尋ねたことを疑問に思いながらも、御坂妹は正直に自分の容態を答えた。

 

「いえ、もう大丈夫です、とミサカは先ほどまでの睡眠で元気になったことを伝えます」

 

「そっか、……なら」

 

 一度微笑んだ美影は、不意を衝く様に御坂妹にかけられている布団を一気に剥がした。

 彼女は目を丸くするが、それに構うことなく美影は妹のひざの裏と背に腕を通して、いわゆるお姫様抱っこの要領で彼女を抱えた。

 

「お、お兄様!? 一体何を……!?」

 

 薄暗いため確認しづらいが、彼女の頬はピンクに染まっていた。

 そして美影は予め用意しておいた車椅子に彼女を優しく座らせ、ご丁寧にもこれまた用意しておいたひざ掛けをかぶせてマイペースに車椅子を押して出発しだのだ。

 

 

 

「これから、お兄ちゃんとちょっとそこまでデートだよー」

 

 

 病院の廊下を進みながら、彼女の後ろから暖かい声で囁いた。

 

 

「……お兄様と……、で、でーと……?」

 

 いきなりすぎる提案に戸惑いつつも、サプライズ的なイベントに御坂妹は僅かに心を躍らせて、兄のなすがままに身を委ねることにした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 美影が車椅子を押しながらやって来たのは、この病院の屋上だった。

 大した目的をもって設計されてはいないからか、殺風景に見え、夕方という日照的にも中途半端な時間帯はその評価に拍車をかけていた。

 

「お兄様、ここでなにを? とミサカはお兄様の意図が解りません」

 

「んー……、ちょっと待ってねー」

 

 左手の腕時計の針の角度を確かめながら片手で車椅子を押して屋上のほぼ中心まで移動し、止まったと思えば車椅子の向きを変えられた。

 その御坂妹の視線の先には多くの学生たちでにぎわう街並みが遠目でも見えた。

 

「?」

 

 御坂妹が疑問符を頭の中で浮かべながら取りあえず下方に広がる通りを眺める。

 大覇星祭の一日目の競技が終了し、最終下校時間が通常よりも遅い大覇星祭の夜を満喫している学生であふれていた。

 

「さて、」

 

 御坂妹の後ろに立つ美影が、

 

 

「5、4、3、2、1、」

 

 

 カウントダウンを始め、

 

 

 

「0、」

 

 

 

――――――午後、六時半になった。

 

 

 

 

 

 その瞬間、学園都市の街から、空から、闇が消え去った。

 

 学園都市の至る所に飾られていた電球、ネオンサイン、レーザーアートが一斉に稼働してカラフルな光で街を埋め尽くし、

 

 不安定な口笛のような伸びた高音の後に響き渡る破裂音と同時に、空には鮮やかな花火が数えきれないほど広がった。

 

 

 電飾に彩られ、どこかのテーマパークのような明るい音楽を引きつれた、動物を模したパレードフロートが街の通りをなぞっていく。

 

 見るにも聴くにも美しく、楽しくもある催しが、御坂妹の心を埋め尽くした。

 

 

 

「綺麗だろ?」

 

 

 美影は妹の頭にポン、と手を置いた。

 

「は、はい……」

 

 ナイトパレードに魅了された御坂妹は、僅かに気持ちを高揚させて、今までにない喜びに浸っていた。

 

「……、今度は、一緒に街の中の屋台でも廻ろうか」

 

 美影も街を見渡しながら、自然と笑顔になっていた。

 美影の提案を、御坂妹が否定するわけもなかった。

 

 

 

「…………はいっ!」

 

 

 

 






幾つもの次話投稿の催促を受けつつも忙しくて活動できなかったのはごめんなさい。

多分、これからコタツでのんびりする時間も増えるので多分活動できます多分。

アンケートの方は、ちょっと前に新しい活動報告したのですが、ここでも報告。
⑬が少ないですね……。まあ、あまりネタの提案が無かったら①から⑫のみで書くことになりますが、もし何か面白いネタが思いついたら一度投票した人でも是非投稿してください。お願いします!



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