とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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タイム

 

 

 

 

 

 美影は妹達第一号を冥土帰しの病院に、人目に付かれれば何かと不都合が起こるためワームホールを利用して運び、容態を見てもらった。

 冥土帰しによると、何らかの薬物が左脹脛から投与され、それが神経を通じて全身を蝕んでいったらしい。

 幸い、薬物の効果が出てから美影が早期対応したため治療もそれほど困難ではないとのことだ。そもそも冥土帰しに困難な治療があるのかすら怪しいのだが、そんな超現実的な腕前に何度も世話になったため敢えて美影は口にしなかったが。

 

「よォ、美影」

 

 病室のドアを開けて一言声をかけて入って来たのは一方通行だ。ここに来るよう言ったのは美影であり、美琴にも報告しておいたから後々来るだろう。

 

「ん、来たか」

 

 病室のベッドですやすやと眠る妹の傍にパイプ椅子を置いて腰かけていた美影は小さく返事をした。

 

「お兄様だ~、ってミサカはミサカは飛びついてみたりっ」

 

 一方通行についてきた打ち止めは美影の顔を見るやカエルのようにジャンプして座っていた美影の背に飛び乗った。微笑んでわざわざ前に傾いて乗りやすくした美影は背に乗った打ち止めの頭を優しく撫でた。

 そういえば大覇星祭始まって一方通行と顔を合わせるのはこれが初めてだ、と美影はふと思った。

 

「で、なァンでコイツが襲われてンだよ」

 

「……、お前には言っておくが、俺が今やっている実験の試料の一部が何者かに盗まれたらしくてな、おそらくソイツがその成果を横取りするためにこうなった」

 

「……人質(・・)か」

 

「だろうな。この子を御坂美琴(オリジナル)と勘違いしたのか、それとも妹達(シスターズ)と確信してたかは分っかんねーけど」

 

 規則が無用な『裏』の世界で御坂美影に対抗するにおいて、最も有効的でリスクが少ない悪業は他でもなく『人質』だ。

 美影に厄介な弊害を起こされないために掲げられるその絶対的な『盾』が一つでもあれば、彼の動きは自然と封じることが出来る。

 そして何故、美影との相対で特別に効果があるのかというと、彼の人質になりえる少女が学園都市には数十人、世界中を視野にいれば一万もいるからだ。その内のたった一人の首にナイフでも当てればそれでチェックメイトだ。

 だからこそ(・・・・・)、美影は『裏』での活動を嫌いつつも続けているのだが。

 

「……正面からでも不意打ちでも、俺に薬物なり火薬なり乱用してくれれば楽だったんだがなー……」

 

 覇気のない呟きをし、小さくため息を吐いて、美影は後悔した。

 不本意ながらも選手宣誓を受け持ち、無理にでも競技で一位を獲得し、カメラに映って居場所を晒して意識を自分に向けさせるつもりだったのだが、『敵』の作戦の一段目は美影本人への干渉なんかではなかった。

 

「なあ、打ち止め」

 

「どうしたのお兄様? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

 

「学園都市にいるほかの妹達の居場所って分かるか?」

 

「勿論ミサカはわかるよってミサカはミサカは胸をはってみたり」

 

 美影の背に覆いかぶさっているため、打ち止めは胸を張ることなどできないのだが気持ち的にはそうらしい。

 

「なら、ミサカネットワークを通して全員に大人しくしているよう、伝えておいてくれ」

 

「らじゃーっ! ってミサカはミサカは下位個体との通信スタートっ!」

 

 正直な話、美影一人が妹達の全員を目の届く位置に留めていくことは不可能だ。だからこそ、最終信号という妹達の司令塔というのは妹達を守る上での大切な鍵である。

 打ち止めを下ろさせた美影は自分が座っていた椅子に乗せる。

 これから動き出すのだろう、と思った一方通行は迷わず力を貸すことを決心した。

 

「で、どォするつもりだ? 『お相手』が誰なのか分かってンならまだ話は早いが」

 

 美影は病室から出て行ったため、一方通行は並走するようについて行く。

 周りには人の姿はないが、一応一方通行にしか届かない小声で美影は説明する。

 

「あの子が競技に参加していた時、相手校に『暗部』の奴がいた」

 

「! ならソイツがテメエの能力を狙ってンのか?」

 

「さぁな、単に俺を捕まえるために雇われただけかもしんねえ。何にせよ、そいつはあの子を人質にするのが失敗したと知ったらすぐに身を潜めただろうな」

 

「ならどォやって探す? 大抵の暗部は学園都市中に『隠れ家』を持ってンだろ」

 

 

手はある(・・・・)

 

 

 迷いも偽りもなく、美影は宣言した。

 エレベーターのボタンを押し、少々待つことになった美影は一方通行に顔を向けて加えて言う。

 

 

 

お前に面白いものを見せてやるよ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 美影について行ってたどり着いたのは、病院の屋上だった。

 勿論そこには誰もいない。そもそも立ち入り自体禁止されているかもしれないが、そんなことを気にする一方通行でもなかった。

 

「さて、」

 

 小さく意気込んで、美影は傍に彼の胴体ほどの直系のワームホールを創り出した。

 彼が通り抜けるには不十分な規模のそれに、美影は腕を突っ込んだ。

 

「?」

 

 彼の意図することの目星はつかないが、一方通行は黙って見続ける。

 構わず美影は腕を切り裂かれた空間のこちら側に引きもどした。そこには、彼のノートパソコンが掴まれている。おそらくワームホールは彼の部屋とでも繋がれていたのだろう、と一方通行は予想した。

 美影は病院の屋上のど真ん中に腰を下ろし、ノートパソコンを目の前に置き、それの電源を入れた美影は、起動し終えるまでにとある行動に出た。

 その突飛な行動に、一方通行は目を丸くしてしまった。

 

 美影は、右手の人差し指と親指を(・・・・・・・・・・・)自分の口に突っ込んだのだ(・・・・・・・・・・・・)

 

「…………ハ?」

 

 思わず声を立てた一方通行の目の前で、美影は二本の指を口から出した。そこには、一本の歯が摘ままれていた(・・・・・・・・・・・・)

 

「な、ナニしてンだオマエ!?」

 

 異様すぎる光景に言語化して聞き出した一方通行に、美影は説明することにした。

 

これ(・・)、あの時お前に折られたから差し歯にしたんだよ」

 

 あの時というのはおそらく絶対能力進化(レベル6シフト)の時なのだろうが、一方通行が聞きたいのはそんな治療方法ではない。

 

「知らねェよ!? あン時は俺が悪かったが差し歯なンざ知らねェよ!?」

 

 構わず美影は差し歯を左手に持ち替え、右手でまるでペットボトルのふたを開けるかのようにそれの上端を回した。

 上半分が横に一回転して二分割された差し歯の中には空洞があった。そしてその中にはスポンジ状のクッションがあり、長方形に近い形状を持ったマイクロチップが収められていた。

 マイクロチップを抜き取った美影はそれを起動し終えたノートパソコンにセットし、差し歯はしっかりと蓋を閉めて口の中のあるべき配置に差し戻される。

 

「いい加減、ナニしてェのか教えてくンねェか? テメエがイカレた奴にしか見えねェンだが……」

 

「まあ見てろって、すぐ分かるから」

 

 マイクロチップに保存されたデータを読み取り終えると、画面に表示されたのはアルファベットや数字や記号が並べられた、数百にも及ぶ文字列だった。

 

「……、こりゃァ、URLか?」

 

 始めの数文字から一方通行はそう読み取った。だが、それにしては文字数が膨大すぎる。

 

「ん、正解」

 

 そう答えた美影はそのURLをクリックした。そして直ぐに、そのURLが示す、一般的な検索では絶対にたどり着くことが出来ない特殊なサイトの画面が映し出される。

 そこに書かれていたのは、

 

 

 

『――――――Welcome_to_《TIME》――――――』

 

 

 

 

「ア? なンだァ、こりゃァ……?」

 

 画面をのぞき込んだ一方通行は顔を顰めた。

 対して、美影は口の右端を吊り上げており、これが彼の持つ『手札』の一つなのであろう、と一方通行は予想した。

 

「俺が創った組織、『タイム(・・・)』。……俺の情報源(・・・)だよ」

 

「情報源だァ?」

 

「ああ、」

 

 そういって美影は、画面の下半分にある二つの枠組みに、それぞれAからZを一つずつ使った二十六桁のIDと、0から9を一つずつ使った十桁のパスワードを入力してログインを完了させた。

 

「世の中には、『情報通』ってのがいる」美影は懇切丁寧に説明しだした。「学園都市においては風紀委員警備員スキルアウトの他にも、医者看護師タクシードライバー喫茶店経営者キャバ嬢ホスト経営者ハッカー泥棒等々で、それぞれの専門分野を利用して必要以上に情報を食い尽くしている奴らがいるが、俺はそいつらの捕まえて『タイム』に引き込んでいるんだよ。んで、そいつらから情報を俺は時々買っている」

 

 つまり、『タイム』というのは情報屋のカタログということなのだろう、と一方通行は察する。

 美影は言わないが、『タイム』の構成員には御坂美影の情報はどんなことであってもを外部に広めない、という命令を受けている。そうやって情報のハブ空港に制限をかけたからこそ、今年度に入るまで美影の情報は『表』の住人の殆どに掴まれなかったのだ。

 

「……、理屈は解らなくもねェが、どォやって引き込ンでンだ? そォ安々とお前の命令に従うわけでもねェだろ」

 

 一方通行の疑問も道理にかなっている。何かしらの報酬を与えるにしても、情報通が簡単に美影の手の届く位置に留まる保障なんてどこにもないのだから。

 

「いんや、俺は狙った情報通(ヤツ)は百発百中で手中に収めているよ」

 

「だからどォやって?」

 

 『タイム』のサイトにあるのはいわゆるチャット機能らしく、美影がログインをした途端、次々と何者かのログインが立て続けに完了していく。

 

 

「――――――そいつ等に(・・・・・)暗部の情報を掴ませる(・・・・・・・・・・)

 

 

「!」

 

「暗部の情報を掴んじまった『表』の奴は無差別に『処分』されるが、俺がそれを防ぐ代わりにこうして『タイム』に勧誘しているんだよ」

 

 この美影の説明に、一方通行は一人の女性が思い浮かんだ。

 その人物は『裏』の情報を掴んだのだが、処分されることなく平和に暮らし続けている。

 

「気づいただろうが、」美影は彼の意をくみ取り、「蒼石先生は『タイム』の一番の新人。あ、今ログインしたみたいだな」

 

 二十人ほどのログインを確認した美影は、今回の『依頼』をキーボードを叩いて入力し、『タイム』の構成員に呼びかける。

 

 

――――――『馬場芳郎の居場所を教えてくれ』、と。

 

 

「あー、お前が知っている中じゃ、夏休みに風紀委員をした時に会わせた狭間ってヤツいたろ? アイツも『タイム』の一員だよ」

 

 一方通行は武装無能力集団の襲撃にあった際のことを想起する。確かに、武装無能力集団の一人である狭間指導はかなりの情報収集力を持っていたのだ。

 

「あと、長点上機学園の生徒にもいるね」

 

「誰がだ?」

 

 一方通行は学校の生徒を可能な限り思い出すが、美影や垣根や削板と比べて大して顔が広くない一方通行は思い当たるそれらしき不審人物が浮かんでこなかった。

 

「生徒会の――――――」

 

 美影の言葉に一方通行は先日の大覇星祭訓練で対面した生徒会会計の進藤拓哉の顔を思い出す。

 だが、真実は彼の予想を上回った。

 

 

 

 

「――――――四人全員(・・・・)だ」

 

 

 

「全員だァ!?」

 

「ああ、あの四人も結構な情報通で、引き込んだ。まあ、あの四人が長点上機の生徒会をやってたなんてのは入学して初めて知ったんだけどねー」

 

 美影と一方通行は知らないが、彼等よりも早い段階に生徒会長の光原虹音は彼女のチカラを使って蒼石の正体に気づいていた。

 付け加えるなら、美影が彼女を『タイム』に引き込む際、異常なほど美影のことを気に入ったため、先日の大覇星祭の訓練に追加事項があったというわけだ。

 ここで一方通行に一つの疑問が生じた。

 

「……、何でオマエはこンな組織を作った?」

 

 話を聞いた限り、この組織は美影が個人的に作り、使っているもののようで、美影の暗部組織である『スペース』とは全く関係がないように思える。

 先述の通り、美影の個人情報を過剰なまでに保護することは目的の一つなのだが、

 

 

 

 

 

「――――――欲しい情報(・・・・・)が、あってね」

 

 

 

 

「?」

 

 またしても彼に疑問が生まれたが、それを言及する前に、美影の両手の指十本が動き出す。

 

「お、捕まった(・・・・)

 

 そう呟いた美影が操作するノートパソコンの画面には、『報酬次第で教える』といった内容の文章がアップされていた。誰かが馬場の情報を掴んでいるのだろう。

 キーボードを叩いてチャット機能を停止させ、その人物とのマンツーマンのコミュニケーションを取り始めた。

 『タイム』では基本、美影以外の情報通がコミュニケーションをとることはまずない。何故なら美影の『タイム』のサイトへのログインと同時に構成員全員に連絡が行き渡り、そこで初めて構成員に『タイム』のサイトへのログインの許可がおりるからだ。

 

 そして美影の依頼に対応できるのであれば望む報酬や情報を受け渡し場所の指定が行われる。情報の受け渡しは電子メールでは行わず、美影が出向くことになっている。この『タイム』のサイトは書庫(バンク)よりも厚いセキュリティに守られているが、念のための措置である。

 

 

「…………、よし、行くか」

 

「どこへだ?」

 

 情報の売り渡し条件を暗記した美影はログアウトし、パソコンを閉じてまたワームホールを通して自身の部屋に片づけ、ワームホールを消し去って立ち上がった。

 

 

「行ってからのお楽しみ」

 

 

 向かう先は、情報屋から指定された、受け渡し場所だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 大型トレーラーが何台も並んでいる駐車場に馬場はいた。

 『メンバー』が所持するトレーラーの中で、彼は仕事の『依頼者』と通信していた。

 

「……まさか、T(タイプ):MQ(モスキート)で薬を打ち込んだのが、妹達の方だったとはね。万が一御坂美琴を捕獲できなかったときに保険として妹達のデータは入手しておいたけど、あまり必要がなかったみたいだ」

 

『だが、御坂美影に保護されて失敗に終わったじゃないか。そういえば、君は一度彼に会ったことがあるんだろ?』

 

「まあね、だからこそそちらは僕に依頼したんだろ? もし僕に関して調べられても問題はないさ。捕まえに行くか、捕まえられに来るかの違いだ」

 

 どこまでも馬場にとっては美影は超能力者であるのにも関わらず完全に見下している。『人質』という絶対的な盾を手に入れられれば脅威に値しないと考えているからだ。

 

『ならいいが、他にも手はあるのか?』

 

「まあね、」

 

 トレーラーの中で、馬場は荷台に並べられた複数のロボットを眺める。全て、『メンバー』のリーダーである博士と名乗る変人から譲渡された兵器だ。

 

「……、これなら直接本人と交渉し始めても、いいだろうね」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 美影に案内されて、一方通行と二人でたどり着いたのは、とある店。

 ピンクのレースのカーテンが大型ウインドウに飾られ、色とりどりのチョークでおすすめメニューが描かれた小さな黒板が入り口に置かれており、入り口が開けばそこにいる従業員は全員が黒と白を基調とした、フリル付の衣装で飾られている女学生たちだ。

 概していえば、二人が入った店とは、

 

「「「おかえりなさいませ、ご主人様♡」」」

 

 二人は知らないが、土御門元春が常連である、『メイド喫茶』だった。

 一方通行は顔を引き攣らせ鳥肌が立ちそうになるが、美影は少しも尻込みすることなくメイド達に注文する。

 

「ねえ、『くるみちゃん』いない?」

 

 その名はこの店でのみ使われる愛称である。ここで本名を言えば回りくどい営業妨害になるに違いないため、不服ではあるがまるでここが行きつけの者であるかのように美影は振る舞った。

 一人のメイドが、眉の両端を下げㇵの字にしながら、

 

「大変申しわけありませんが~、現在くるみは他のご主人様のご奉仕をしているのですぅ」

 

 甘ったるい口調で事務的な謝罪をする。

 しかし美影は諦めることはない。この展開も考慮して、この場にいるのだから。

 

時間が来たから(・・・・・・・)って言ってくれると多分大丈夫だから、伝えてくれない?」

 

 それは公共の場などにおいて『タイム』の一員の間で用いられる暗号のようなものだ。

 美影の言葉に首を傾げ、彼に対応していたメイドは二人から離れ、奥の席で太った眼鏡男を接客していた見た目高校生のメイドに告げる。

 するとそのメイド、くるみちゃんは目の色を変え、太った眼鏡男に食べさせていたケーキにフォークを勢いよく突き刺して飛び上がる様に立ち上がって入り口付近で待っていた美影の姿を確認して競歩並の速度で近づいてきた。あまりの豹変にその男は口を半開きにして呆然としていたが、くるみちゃんは構わない。

 そしてひまわりのような笑みを満開にして、

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♡ こちらのVIPルームにどうぞ♡」

 

 美影を手招きし、特別なご主人様しか入れない豪華な個室に案内する。

 

「あ、一方通行はここで待ってろよ」

 

「はァ!? なンで俺がこンな気持ち悪ィとこで――――――」

 

「コイツに『堕天使の純血』をお願いねー」

 

 一方通行の意志などお構いなしに、初入店の客には理解不能な注文をした。

 

「かしこまりましたご主人様! あ、ここあちゃん、このご主人様をお願いね」

 

 くるみちゃんに指示された通りがかりであるここあちゃんというメイドは見た目小学生高学年の明るい色の髪を持つ幼女メイドだった。

 一方通行を適当な席に押し込んで美影は個室に入って行く。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 個室というのは他の席とは違い、思いの外高貴なつくりになっている。

 床や壁は大理石で、敷かれた絨毯はファンシーな模様など一切なく、置かれているソファは皮製で、テーブルは光沢のある樹脂に覆われた木製だ。

 美影は部屋に入るとソファにではなく、部屋のど真ん中に置かれたテーブルに不躾に座って足を組む。

 扉を閉めたくるみちゃんはすぐさまメイドとしての礼儀作法を一瞬で灰へと変えるような野太いため息を吐いた。

 

「あ゛ぁ゛~~」

 

 と、溜まった鬱憤が口から流れ始めた。

 

「ったくよおお! 何なのあのデブッ!? 競技の後なのか若禿げ頭の髪が汗でべっとりの癖に偉そうに匂いを気にして制汗スプレーぶち撒けすぎてんのかシトラス臭えええってのおおおお!!」

 

 先ほどの客に対しての苦情なのか、大声を吐き出して愚痴を滝のように吹き出し始めた。

 美影はその間、黙って手をポケットに突っ込みながらボーっとしている。

 

「あ゛あ゛あ゛もォおおお! 何であんなキモイ豚を店に入れてんの!? 豚小屋か!? ここは豚小屋だったのか!?」

 

 床に向かって吐くだけ吐いて、くるみちゃんは荒い息で呼吸して精神を整える。

 

「……、落ち着いたか?」

 

 美影は目を細めて心理的安否を尋ねた。彼女は、素ではかなり乱暴であり、メイドの仮面はかなり疲労に直結しているらしい。ならなぜメイド喫茶で働いているかというと、時給がいいからというかなりノーマルな行動原理だった。

 

「んん、ああ悪いね御坂」

 

 背筋と喉を整え、くるみはテーブルの奥のソファに両手を広げてデカい態度で座った。

 美影はクルリと百八十度まわってテーブルの上に胡坐をかいてくるみちゃんと向かい合う。そして彼から話題を切り出した。

 

「で、頼んだものは?」

 

「ああ、これ」

 

 予め用意していたのか、元々ソファには封筒が置かれていたため、それを手に取って美影に差し出した。

 

「馬場の行動パターンとか、潜伏先とか、いろいろと入れておいた」

 

「サンキュー、さっすが守護神(ゴールキーパー)に匹敵する凄腕ハッカー」

 

「その守護神を家に泊めたっつう情報も入ったんだがロリコンさん?」

 

 意地悪な笑みを浮かべて首を揺らしながらくるみちゃんはからかうが、どこから情報を仕入れたのかは不明な点には無表情で舌を巻く美影は封筒の中に入れられていた資料を一枚一枚読みながら特に感情が込められていない、平常運転な口調で言う。

 

「んなこと言ってると、ご褒美やらねーぞー」

 

「え!? ご、ごめんなさーいーご主人様ー!」

 

 情報の交換条件を得られないと思ったくるみちゃんはソファから飛び上がり美影にご奉仕のハグをしようとする。

 が、美影は手に資料を持ちながらテーブルから飛び降りたため、くるみちゃんのカラダがテーブルの天板に覆い被さる結果となった。

 

「ぅ、う~~」

 

 腹をうったくるみちゃんは痛みで起き上がれないらしい。

 テーブルの上に倒れた彼女の目の前に、美影はパーカのポケットから取り出した小さな紙袋を親指を人差し指で摘まんでぶらぶらと見せびらかす。

 

「ほれ、」

 

「ん!! んにゃぁ!!」

 

 くるみちゃんは変な掛け声で腹筋や背筋を使って飛び上がり、両手で挟み込むようにその紙袋を捕獲した。

 そして紙袋を開け、覗き込むと、そこには望みの品が入っていた。

 

「や、やったぁ! 大覇星祭限定、『鉢巻を巻いた学ラン姿のゲコ太ストラップ』!! ご主人様ぁ、愛してますぅ!」

 

 うつ伏せのまま、念願のストラップを手に入れたことの感謝の意を、実はゲコラーであるくるみちゃんは示す。

 このメイド喫茶に来る際、美影が大覇星祭の期間だけ行われている福引きにおいて、重力操作という反則技を使って見事手に入れた賞品だった。

 

「んじゃ、また宜しくね」

 

 資料を封筒に仕舞いながら、美影はVIPルームから出ていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 髪や肌が真っ白な一方通行は、彼にも負けない純白さが売りなテーブルクロスの上に置かれたピンク色のマグカップを見つめる。

 『堕天使の純血』というのは見た目や味から単なるブラックコーヒーとすぐに分かった。因みに、『堕天使の混血』を注文するとそこにミルクが加えられる。

 

「ご、ごひゅじんさま、おかわりはいかかでしゅか?」

 

 整っていない丸まった声色で、見た目小学生のメイドは一方通行に接待する。涙目の上目づかいでぎこちなく仕事をするこの幼女のファンはかなり多いのだが、一方通行にとってはどうでもいい瑣事なのだ。

 そんな幼女を一瞥して、一方通行は心の底から思う。

 

 

 

(…………、ナニやってンだ、俺?)

 

 

 

 

 

 

 





 伏線の定義がいまいち解りませんが、蒼石や狭間や生徒会などなどオリキャラの伏線回収。



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