とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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時系列が原作と違う、なんていうのは目を瞑ってください。





ショウブ

 

 

 

 綺麗な薔薇には棘がある、と誰かが言った。

 人の目と心を引きつける優美な蠱惑ほど、後に引き起こす傷は深いもので、衆人には警戒心と見極める力が必要であろう。

 だからこそ、今の美影が置かれている状況というのはギロチン台に首と手首が据え付けられている、死への秒読みに限りなく近いのかもしれない。

 

「…………、」

 

 今彼の目は絶世と修飾しても誰も反論してこないであろう少女にくぎ付けである。その少女は今まで美影に向けたことのないほどの魅力的な笑顔で何かと訴えようとしているように見える。

 

「あら、どうかしたの美影ちゃん?」

 

 唐突な硬直を不思議に思った彼の母、美鈴は首を傾ける。

 注視すると、美影の視点は恋話を提起した自分ではなく、その先、つまりガラス窓の外にピントを調節しているようだったので、美鈴は後ろを振り替えようとすると、

 

「あ、母さんそういえば飲み物が何もなかったから俺買ってくるよ」

 

「あら、そう? ならお願いね」

 

 可能な限り、今の沈黙を飲料の発意に誤魔化して美影は立ち上がった。

 窓側を振り向くことが不発に終わった美鈴が何も疑うことなくチーズの熔解の再開に意識を向けたところを見ると、上手くいったのであろう、と美影は安堵の息を無音で吐いた。

 

「? …………、!!」

 

 対して、向かい合う席に座る兄と母の会話の終始を眺めていた美琴が先ほどまで美影の意識の矛先であったであろう窓の向こう側を向いたところ、そこには自分の同級生である食蜂操祈がいたため、一瞬鳥肌が立ちかけたが何とか堪えて平常心を保つことに力を注いだ。

 

(な、なんでアイツが!?)

 

 内心では溺れるほど冷や汗をかいている美琴は兄の意をくみ取り、また彼の泰平を祈りつづけた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あ、美影さぁん!」

 

 喫茶店から出てくるのを彼が店内にいるときから余すところなく見ていた食蜂は、あえてその場から動くことなく美影に声をかけた。

 

「……、何やってんの? こんなところで」

 

 ため息交じりに美影は尋ねるが、

 

「あの人、誰ですかぁ? もしかして美影さんのお姉さん?」

 

 美鈴を指さして興奮気味に問い始めた。確かに彼女は年齢に不相応に若々しい容姿をしているため食蜂の勘違いは妥当とも呼べるのかもしれない。

 

「いんや、母さん」

 

「お義母様! ならご挨拶をぉ、」

 

「何でも良いからこっちに来なさい」

 

 数時間前の美琴の借り物競争のように美影は食蜂の首の後ろ辺りを掴んで彼女の母への接近を食い止める。ずるずると引きずられ気味で美影の腕力には逆らえない食蜂の心の温度は下がらない。

 

「あ、ちょっと美影さぁん? 服破れちゃう! 街中で破れちゃうぅううっ!」

 

 喧しくて顔を引き攣らせた美影は食蜂の体重をリンゴほどに低下させると引っ張られる彼女の足がアスファルトとの接点を度々失い、何度も緩やかにバウンドしながら美影に連行されていった。

 

「あらっ? 軽い! 美影さん私軽ぅいっ!」

 

「お前ちょっとでいいから口閉じてくんない?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ミサカはリンゴ飴も食べたい! ってミサカはミサカは次なる屋台に進撃してみたりっ!」

 

「あーテメ、ちょこまかと動くンじゃねェ!」

 

 一方通行は昼休憩中、打ち止めの相手を黄泉川と芳川に押し付けられていた。

 打ち止めは次から次へと屋台を梯子して完全にお祭りを満喫している。

 

「むー、ミサカはお兄様と一緒に歩きたかったってミサカはミサカはずっと面倒くさそうにしている一方通行にクレームを言ってみたり」

 

「知るか、万が一テメエがアイツの身内に会ったらそれこそメンド臭ェじゃねェか」

 

「だからミサカはこうして一方通行をこき使っているの! ってミサカはミサカはお兄様から貰った特権をフルに生かしてベビーカステラの屋台へレッツゴー!」

 

 美影に言われた一方通行を自由にしていいという権利を乱用しながら、次なる新境地の準備として涎を生成する。

 

「つゥか、ンなに食ってるとテメエ太るぞ?」

 

 ピキリ、と打ち止めの体内で何かが鳴った。

 女子に対しては強大な力を有する魔法のワードを告げた一方通行に、打ち止めはどこか悲しそうに尋ねる。

 

 

「……、もしミサカが太ったら、……お兄様に嫌われるかな? って、ミサカは、ミサカは……」

 

 

(……大人しくはなったが、これはこれでうぜェな、)

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 途中で重力操作を停止させて彼女の足も利用して移動した先にあったのはとある公園。

 お昼時というのもあり、 公園のベンチや芝生の上で食事をしている家族も数組おり、美影は空いていたベンチに腰を下ろした。

 食蜂は美影の隣に座るとすぐに身を寄せる様に横移動した。抵抗する気すら失せた美影は諦めを主張するかのように大きなため息をついた。

 

「美影さぁん、ため息をついたら幸せが一つ逃げますよぉ?」

 

「……、ならため息を覚える前の俺はさぞ幸せ者だったんだろうなぁ」

 

 遠い星を鑑賞するような目を名も知らない家族に向けながら美影は呟いた。

 やはり意識を向けてくれない、と今の今まで笑顔で御坂美影という少年と相対してきた食蜂の目つきが変わった。

 それはどこか冷たく物淋しく、輝きに欠ける瞳だった。

 

「……、美影さん、」

 

 そして彼女の口調からはいつもある独特な抑揚も消散していた。

 

「どうして、そんなにも私に冷たいんですか?」

 

 食蜂と美影の間にはいつの間にかわずかな距離が作られていた。

 

「……、」

 

 美影はこの少女の影が出来た顔を一瞥し、少し視線を下ろした。

 彼女の手には、知らぬ間に一つのリモコンが握られていた。そしてそれは美影の横腹に当てられる。二人のカラダで周囲の一般人の視界には入らなくて、まさに賊徒が静かな脅迫に使う拳銃のような役割を果たしている。だが、彼女の武器から生み出される被害は化学兵器のものとは形様が異質である。

 

「そんなに意地悪だと、()っちゃいますよ?」

 

 彼女は今まで、過剰と自覚できるほどのアプローチを仕掛けてきた。しかし彼はそのどれにも向き合ってくれず、また間に大きな『壁』を作って来た。

 それが、彼女に少しずつストレスを蓄積させてきたのかもしれない。そして今のように決して使わないと誓った能力(チカラ)で脅すという、ジレンマを打ち破る結果になってしまった。

 

「…………、」

 

 それでも美影はあからさまな抵抗を示すことなく、

 

やりたいならやれば(・・・・・・・・・)?」

 

「! ……、」

 

 彼は居竦まることなく、冷静な面持ちで誘発ともとれる言葉を選択した。

 

「良いんですか?」

 

 食蜂はほんの少し、リモコンを押し付ける力を増した。

 それでも美影は取り乱すことはない。

 

「そもそも、そうやって許可を取ることが変じゃないのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 俺はお前の能力に先制攻撃(フライング)以外で逆らうことは出来ないし、やられているっつう意識も無いんだから」

 

「私は、読心力以外も持っているんですよ? 自由自在に美影さんを動かせるんですよ?」

 

 明らかに兼てから彼が知っている事実を述べたのは、確認なのか威嚇なのか。

 

「……、」美影は少し間を開けて「今、俺はお前に一番知られたくない情報を(・・・・・・・・・・・)思い浮かべているから、真っ先にそれ(・・)を読み取れるだろうね」

 

「?」

 

 食蜂は少し、首を傾けて眉をひそめた。

 美影の口調に悲壮のニュアンスが含まれている気がしたからだ。まだ能力を使っていない彼女でも根拠はないがそれは察知できた。

 

「今は自由に口を動かせるから、今の内に言っておくけど、」

 

 そして次第に、静かにだが確実に、溶岩のような重い熱が込み上げてくるように声に力を蔵してきた。

 

 

 

 

 

「もしそれを他言したら、俺は絶対にお前を許さない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「!」

 

 そして美影は食蜂の目を真っ直ぐに見つめ、それに彼女は威圧された。

 乱暴に睨まれたわけじゃない。

 別段目を大きく開いていたわけでもない。

 しかし、彼のその目に、表情に、確固たる『決意』や、底知れぬ『排斥』が表れていたからだ。

 

「…………、」

 

 食蜂は思考した。

 この少年は、たかが『精神系能力者』という肩書だけで人を差別するような安直で陳腐な区画をするような人種には見えない。

 何か一つ、決して譲れない、無視できない『要素』があるのではないか、と思わずにはいられなかった。それが何かは、それこそ能力を使わないことには読み取れないのだが、そうすればそれこそ彼を完全に裏切るようなものなのだ。

 

「美影さん、」

 

 食蜂は、重々しく口を開く。

 そして一つ提案する。

 

 

「私とぉ、勝負(・・)しませんかぁ?」

 

 

 その時、彼女の緊張感が少し緩んでいた。

 態度やペースを強引に戻して彼女は握っていたリモコンをバッグに仕舞い込み、美影の首に巻きつくように軽く抱きしめだした。

 

「勝負?」

 

 不意の話題提起に美影は眉間を少し持ち上げた。

 

「うん☆」

 

 食蜂は更に顔を彼の顔へと近づける。

 

「お互いの学校がぁ、大覇星祭でどっちのほうが優秀な成績を残せるのか、です」

 

 そして彼女は目的を付け加える。

 

 

「そして、勝った方はぁ、負けた方にぃ、何でも一つ命令できる(・・・・・・・・・・)

 

 

「!」

 

 

 美影は少し、驚いた。

 これが、彼女なりの新しいアプローチなのだろう。先ほどのような蔑ろのような承諾では満足するわけもないため、強引にでも首を縦に振らせるための、手段。

 

 

「いいよ」

 

 

 美影はリンゴ一個分しか間に挟めないほどの至近距離で、目を逸らすことなく微笑んだ。それは彼女が好きな彼の一面の一つだ。

 美影は食蜂の腕を優しくほどいて立ち上がった。それにつられて彼女も腰を上げる。

 

 

「但し、一つ条件がある」

 

「何ですか?」

 

「誰にもこの勝負について話さないこと」

 

「……、いいですよぉ!」

 

 

 食蜂は間を置いたが、笑顔で受け入れた。そしてここでの用事は済んだからなのか、

 

 

「じゃ、お互いに頑張りましょうっ☆」

 

 

 最後に明るく生気を高めあうために励まし、美影に背を向けた。だが、立ち去ろうとした彼女に美影は最後に一言言いたいことがあった。

 

「食蜂、」

 

 

「はい?」

 

 

 首を傾げながら食蜂は振り向いた。そこには、彼の柔らかくもあり、どこか寂しげな笑顔があった。

 

 

 

 

 

「――――――ごめんな(・・・・)

 

 

 

 

 自分でも、彼女には無礼だと解りきっていた。

 それでも、彼は彼女の能力が怖ろしい。何時か自分に使われるのではないか、怖くて逃げ出したいという衝動に駆られるのも少なくなかった。

 だからこそ、何度も自分は『臆病』であると感取した。

 そんな自分が甚だ情けなくて、不甲斐なくて、彼女に対しての申し訳なさが著しくあった。

 自分の手を開けばそこには生温い汗が溜まっており、意識しないと足が震えそうでもあった。それだけ、先ほどの脅迫とも取れる彼女の投げ掛けは彼には大きな打撃を与えていた。

 彼女の怒りは、仕方がないものだと美影は悟っていた。

 

 

 

「…………、なんのことですかぁ?」

 

 

 そんな愚かな自分を、愚弄しない彼女が、彼はとてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……、何であなたは今ここにいるのかしら?」

 

 

 第四学区にある『スクール』の隠れ家に置かれたソファに、垣根は横になっていた。

 大覇星祭であるため、彼も競技には勿論参加しているが、今は昼休憩である。心理定規はてっきり彼はどこかで女の尻でも追いかけてランチに誘い込んでいると思ったのだが、アジトに入って彼の姿を見つけてほんのちょっと驚いた。

 

「あー……、心理定規かぁ」寝ていたのか、のんびりとした口調で、「ちょーっと報告があってな」

 

 垣根はゆっくりと起き上がり、ソファに座る。

 

「報告? 何を?」

 

「ああ、」少し口調にメリハリが戻り、「無限重力(ブラックホール)の情報を掴んだことが、御坂にバレたかも」

 

「! でも、あなたは大して捜査を続けなかったでしょ?」

 

「だから御坂のやつも俺になーんも言わずにいるんだろうけど、俺らと同時期に情報をつかんだらしい組織は美影の捕縛を企んでいるとかいないとか」

 

 どこか興味がないような口ぶりだが、その口から流れてくる言葉はかなりの重要事項だ。

 

「他がそんなに力を入れているのに、どうしてアナタは何も手を出さなくなったのかしら?」

 

 心理定規も、無限重力を利用した『実験』に関する資料の一部に目を通したが、科学の最先端を誇る学園都市においてもかなり異質な、恐らくオンリーワンな内容だった。

 欲の深い垣根なら我が物にしたいと考えるであろうが、無欲になってしまったことが彼女にとっては不可解だった。

 

 垣根は大きく息を吐いて、断言する。

 

 

「――――――もしかしたら第六位は俺じゃ太刀打ちできない、本物の『化け物』かもしんねえからだ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 食蜂と別れ、口実の通り飲料を人数分、序でに上条一家の分も購入してこじんまりとした喫茶店に戻って食事は終えた。

 そしてまた行動を別々にして美影はまたしても一人で街を歩いていた。

 食後に参加した競技は長点上機学園の完勝で修めたため、食蜂との勝負は彼にとっては順調と呼べるであろう。

 

 

『御坂選手、二人目を撃破! 残り時間で常盤台巻き返しなるかぁ――!?』

 

 

(お、)

 

 偶々近くに設置された大型ビジョンからエコーの効いたアナウンスが耳に入って来た。

 振り向けば常盤台中学が、競技名『バルーンハンター』で奮闘していた。相手は一般の学校のようではあるが、策士でもいるのか名門常盤台中学が劣勢であり、それを返上させようとしているのが他でもない、彼の妹であるのだが、

 

 

(…………、んん?)

 

 

 美影は眉間に皺を寄せる。

 活躍しているのが彼の妹であるのは間違いないのだが、彼女の表情は変化に乏しく、目つきからも感情が薄れているかのように見て取れた。

 その姿に、美影は見覚えがあった。

 『妹達』。

 彼の妹に変わりはないが、御坂美琴のクローンで間違いない、と美影は確信した。その中の一部と美影は面識があるが、画面越しに観察するとおそらく今競技で活躍しているのは妹達00001号であると予想する。僅かだが、彼女たちの兄である美影は見分けがつくのだ。

 

 そこまで脳を働かせて美影は携帯電話を取り出した。そして、アドレスで検索して妹の番号を選択する。

 

 コールが四回ほどで、通話に成功した。もし、今生放送で映し出されている競技に参加しているのが御坂美琴(オリジナル)であったならこうはならない。

 

「美琴ちゃーん?」

 

『何? 今ちょっといいところなんだけど』

 

 美影が常盤台の観戦をしているとは知らない美琴は邪険に扱う。

 

「今、俺たちの妹が頑張っちゃってんのが見えているんだけど」

 

『……なんだ、見てたのね』

 

「どーいうことなのこれ?」

 

『私がちょっと集合時間に遅れたら、常盤台(ウチ)の生徒にあの子が見つかっちゃって勘違いされたみたいなのよ。それで今は任せているってわけ』

 

 事情を聴いたところ、一応あの子の正体がばれているわけではない、と美影は安堵する。もし『妹達』のことが世間に知られれば美影でも対処できない一大事になるのだから。

 

「ふーん、結構たのしそうじゃん」

 

『分かるの? 私にはあの子たちが何考えているのかほどんど読み取れないのに』

 

「お前たちのお兄ちゃんですから」

 

 誇らしげに揺るぐ可能性が零の事実を根拠に論破したら、バーカと言われて電話が切られた。

 携帯電話をポケットに突っこんで美影は妹の勇ましい姿を網膜に焼き付け続ける。予期せぬことだったが、普通の生活を送れないあの子がこうして学園都市の学生らしく行事に参加してくれていることがとても嬉しいのだ。

 

(……、あん?)

 

 美影は目を細めた。

 度々カメラは切り替えられるが、その中で常盤台の対戦相手の学校の生徒の姿が映ったとき、その中に見覚えのある姿があったのだ。

 それはとても穏やかとは言えない場所、光が当たらず血肉の腐敗臭が漂う影の世界で、敵としてではなく不意のエンカウントだった。大したコミュニケーションをした記憶はないが、『暗部』として顔を合わせていたため、印象は強かった。

 

(アイツは確か……、)

 

 美影の意識は、やや小太りで、映像上では優しい顔で同じ学校の仲間に指示を出している少年に向けられている。

 

(確か……)

 

 遠くもない過去に顔を合わせた時の後日、美影は情報を集めて彼の個人情報を可能な限り集めたりもした。

 

 

(…………、誰だっけ?)

 

 

 美影と言えど、度忘れはある。

 その対象が注意するべき脅威を保持していないのなら、尚のこと。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 妹達第一号は、大覇星祭の競技に参加できて少なからず満足していた。

 結果として、常盤台中学の初めての黒星となってしまったが、姉である御坂美琴(オリジナル)は心底賞賛してくれた。

 勘違いから起こったことだが、常盤台の生徒と協力して動いたのはとても新鮮で、心弾ませた。

 そして自分が姉のクローンであることを自覚して、直ぐにでもこの場を立ち去ろう、と一歩踏み出したとき、何故か体がグラついた。

 

(?)

 

 足に灼けるような痛みを感じ、全身が血液が沸騰するような熱に覆われ、四肢の自由が奪われて前方に傾き、地面の砂利に顔が近づく。

 

 が、彼女の体はとある少年によって支えられていた。

 

 少女の頭は彼の肩に乗り、胴体は彼によって抱きしめられ、常盤台の生徒から借りた体操服に土がつくことは免れた。

 

「ぁ、……」

 

――――――この温もりを、少女は覚えていた。

 

 ただ肌に感じ取るだけで尽きることのない安らぎに身を委ねることができる、類のない愛情。

 初めから冷え切っていた少女達の心を温めてくれた、底のない恩情。

 

 

「……お、兄様…………?」

 

 

 自分の、自分達の兄が、確かに自分を抱擁していた。

 

 

「――――――ゴメンな、巻き込んじまって」

 

 

 

「――――――?」

 

 

 

 少女が意識を失う前に最後に聴いた彼の言葉は、節理の解らぬ謝罪だった。

 

 

 

 






 やっとシリアス展開に。



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