とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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キョウソウ

 

 

 

 

 

 

 美琴が借り物競争に臨場したことで一人になった美影はこの後の計画を立てる。

 長点上機学園の学生の群れの中に入りに行くのも構わないのだが、このあと美影が出場する個人競技を考慮したところ、今すぐ合流するよりもそれを終えてからのほうが効率的であると気づいた。

 そこでいつも通り朝御飯なるルーティンを取り込んでいない美影は、戦の前に軽く腹ごしらえでもしようかと思いつき、大覇星祭期間中限定の屋台エリアの内、最寄りの場所に足を運んでいる途中、

 

「お、上条」

 

「ん? 御坂、の兄の方か」

 

 半そで短パンの体操服姿のウニ頭の少年上条がいて、彼の足元には炎天下により熱々となったアスファルトにべったりと倒れこんでいるインデックスがおり、彼女の頭には生後数か月ほどの小さな三毛猫がコバンザメのように乗っかっていた。

 休んでいるのか苦しんでいるのかも外見では怪しい彼女に美影は語りかける。

 

「……、どーしたインデックス。そんなとこで寝てるとこんがりと焼きあがるぞ?」

 

 美影の声に反応して首から上だけを持ち上げて彼女は困苦を訴える。

 

「みかげー、おなかへったー」

 

 夏休み最終日のファミレスでの美影の太っ腹具合を思い出したのか、涎を垂らして彼の足元に匍匐前進をして近寄った。

 足が涎を浴びるのは勘弁したい美影は数歩動いて上条の肩に手を置く。

 

「かみじょーさん。君の家では俺をどういう位置において扱っているんだい?」

 

「ごめんなさいっ! ウチのインデックスは食べ物を与える人なら誰にでも心を開いちゃう子なんです」

 

 半分以上泣きかけている上条は顔を手で覆って揺るがない定義を述べる。

 目からではなく口から汁が流れ続けるインデックスを元気づけるためには現時点での美影の目的地であるエリアに向かうしかない。

 そこで上条は提案する。

 

「仕方ない、あっちにある屋台エリアに行けば食べ物なんて山ほどあるんだから」

 

「山ほどッ!?」

 

 後光を浴びたかのように全身が煌めきだしたインデックスは電池を入れ替えたおもちゃのようにキレのある動きで立ち上がった。

 

「いや、ちょっと待て!! 山ほどってのは店のものであって俺の手元に来てくれる量じゃ―――」

 

「たこ焼きいか焼き焼きそばお好み焼き焼きトウモロコシフランクフルトリンゴ飴!! 日本の食文化は常にわたしを苦しめているんだよ!」

 

 呪文のように屋台メニューの一部を並べて最後にちょっとずれた嘆きを発散する。

 短パンのポケットに突っこんでいた財布を覗き込んで上条は大覇星祭の一週間分の軍資金を確認し、今の彼女の勢いでは全てを序盤で使い果たしてしまうという危険性を予知した。

 そして三人は屋台エリア直前の大きな交差点に差し掛かる。

 インデックスは香ばしいソースなどの匂いに引き寄せられて天の川を凝縮したような輝きを持つ目で屋台の暖簾の一部を視界に収めた時、

 

「ッッ!?」

 

 ガラガラガラ、と警備員によって目の前に通行止めの看板を運ばれてきてしまった。

 

「あーごめんねぇ、もうすぐ吹奏楽部の複数校合同パレードが始まるじゃんよ。そろそろ人の流れをせき止めておかないと整備が間に合わないじゃん」

 

「ってあれ、黄泉川さん」

 

「おー御坂か。選手宣誓見てたじゃんよー」

 

 美影の姿に気づいた、黒を基調とした正規装備で身を固めた黄泉川は腰に手を当て賞賛する。

 

「そんなことより、向こうの屋台エリアに行きたいんですけど」

 

「んー、パレードのせいで前後八キロは通行止めじゃん。西に三キロ行ったところにある地下街を横断するしかないじゃん」

 

 その果てしないほどではないが動力となる燃料が不足しているインデックスにとっては拷問に近い距離に上条は絶句した。

 上条の胸ほどの高さにあったインデックスの頭は、いつの間にか膝ほどまで降下しており、萎んだ風船のように気力の無い顔をしている。

 

「あー、えーっとインデックスさん? 時間的に次の大玉転がしが終わるまで待ってはくれませ――――」

 

 インデックスに目を配った直後、可愛らしいはずの彼女の口に備わる歯が捕食者のものと化して煌めき、大きく開けられた口が上条の目の前まで迫っていた。

 焼きそばたこ焼きエトセトラの代わりに食される恐怖を直感した上条は思わず身構えたのだが、インデックスの上顎と下顎は血肉ではなく空気とかみしめるという結果になった。

 直前上条の姿がブレたことを疑問に思ったインデックスが彼を探したところ、

 

「あれ美琴?」

 

 美影がとある方向を向いており、そこには御坂美琴が上条の首の後ろを掴んで強引に引っ張り颯爽と走り去る雄姿があった。

 

 

「おっしゃーっ! つっかまえたわよ私の勝利条件! わははははーっ!!」

 

「ちょ、待……苦じィ! ひ、一言ぐらい説明とかあっても……ッ!!」

 

 顔面蒼白になる上条とは正反対に血が滾った絶好調な美琴は呆然としたシスターと兄を無視して走り続ける。

 そんな彼女の背中がダンゴムシほどまで小さくなったところで、インデックスのお腹から可愛らしい腹の音が聞こえてきた。

 

「ぅぅぅ……、もうしんじゃうかも……」

 

 そんな彼女を見かねた美影はため息をついた。

 

「わーったよ、俺が食いもん買ってやるから」

 

 聞こえているかすら怪しいほど弱り切ったインデックスの腹の下に腕を通して美影は彼女を抱える。彼女の頭の上に乗っかっていた三毛猫を美影は自分の方にの乗せて準備完了。無抵抗に美影の肩に乗った猫を見るところ、彼は動物に結構好かれているのかもしれない。

 いつの間にか黄泉川もいなくなっており、彼等の前には『通行禁止』の看板が立ちはだかるのだが、美影にとってはなんの意味も持たない。

 演算を開始し、美影は自身と看板の間の空間を切り裂いてワームホールを形成した。出口は丁度、大通りの反対側。

 道路ではなく空間を跨いだことにより、黄泉川の忠告を無視することなく横断を終える。

 

 

「――――――!!」

 

 

 刹那、インデックスの目の前に食の楽園が広がった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 もともとサッカーの競技場であった場所に、長点上機学園の生徒20人ほどが集結していた。

 大して対戦校の生徒の数は、数百人。もしかしたら千にも及んでいるのかもしれない。それほど数に絶対的な差が開いていたとしても、長点上機学園の精鋭たちを相手にしているという事実だけでその学校の生徒の顔色はよろしくない。

 

「はー、根性のねえ顔した奴らばっかだなあ!」

 

 そんな中、二十人の内の一人である削板は相手にがっかりしたような顔をする。鉢巻を撒いた彼の準備は心身ともに万全であり、半瞬後に開始のアナウンスが入っても即時対応できるであろう。

 

 競技内容は『棒倒し』

 

 それぞれの学校が守る大木を簡単に加工してできた一本の棒を守るというシンプルな競技だが、シンプルだからこそ小細工は大義を持たない。

 純粋に生徒が持つ力のぶつかり合いこそこの競技の本質であり、また観客が望む学園都市の体育祭の見処である。

 

 そして開始の合図が会場中に響き渡った。

 

 直後、ふんどしを締め直した相手校の生徒たちは津波のように一斉に全速力で走って来た。血走った目を開いてどうとでもなれといった反骨精神で強行突破を試みた数百人の波は、たった一発の拳によって打ちひしがれる。

 

 

「――――――すごいパーンチッ!!」

 

 

 突き出した削板の拳から吹き飛んできた台風並みの衝撃波は息をかけられた埃のように対戦相手たちを中央から広がる形で跳ね飛ばす。

 

 

 長点上機学園の本領発揮の狼煙が上がった瞬間を、観客たちは網膜に刻み込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『四校同時の借り物競争でしたが、やはりというか期待を裏切らないというか、常盤台中学の圧勝でした。中でもトップ選手は他に比べて七分以上も差をつけた状態でのゴールという快挙を成し遂げ――――――』

 

 屋台エリアに設置されたモニターの画面に、どこかの陸上競技場での戦いが映っていた。

 たこ焼きの爪楊枝を咥えながら美影は観覧する。

 

(へぇ、美琴ちゃん一位になったんだーすごいすごい)

 

 呑気に考えながら唇にはさまれている爪楊枝を抜き取り、たこ焼きの次の一玉に突き刺そうとしたのだが、容器は気づけば空になっていた。

 

「…………、」

 

 容器から視線を上げると、机に並べた屋台で購入した食べ物を飲むように食べる暴食シスターの屈託無い毅然とした姿があった。

 軽く仲良しパーティが行われるほど集結された食べ物はものの十分ほどでインデックスの腹の中に閉じ込められた。

 それなりに腹が満たされた美影は愛用の腕時計を見て気づく。

 

「インデックス、俺もうすぐ競技が始まるんだけど」

 

「えっ? わたしはまだ食べられるのにいなくなるなんてひどいんだよ!」

 

「いや意味がわかんねえ。ていうかまだ食べる気?」

 

「うーん、まだお腹いっぱいまで半分ぐらいかな」

 

(……、上条、お前いつも苦労してんだな……)

 

 金銭的に問題のない美影だからこそインデックスの前に食べものを山ほど並べられるのだが、無能力者で奨学金も比較的少ないであろう上条が日々どのようにやりくりしているのか彼は本気で気になった。

 行動として示さないが、時間が迫っていることに頭を抱えつつある美影が何気なく辺りを見回したところ、屋台の食べ物を大量に運んでいるピンクの髪を持ったランドセルがお似合いな教師がチアリーダー姿で歩いていた。

 美影の視線に気づいたのか、小萌先生は歩み寄って来る。

 

「あ、御坂ちゃん! 選手宣誓お疲れさまですー!」

 

 見知った人物にはまずそのことを話題提起されるらしいのか、美影はちょっとした既視感を感じた。

 

「どうもコドモせんせー」

 

「だから私の名前はコドモじゃなくてコモエなんですよーっ!」

 

 威厳のない叱り声をあげる小萌先生に美影はふと思いついたことを頼むことにした。

 

「コドモ先生、申し訳ありませんがこの子上条が来るまで預かってもらえませんかね」

 

「だから私は――――、あれシスターちゃん、何で御坂ちゃんと一緒に?」

 

「みかげがごちそうしてくれたんだよっ!」

 

 見ればテーブルの上には紙皿や発泡スチロールの容器が転がっている。

 ざっと見ても野口さんどころか樋口さん一人の金銭力を用いて集められるのかも怪しいほど山積みになっている。

 他校の生徒だが、教師として頼ってくれているのが嬉しいらしい小萌先生は子供っぽい純潔な笑顔を作り、

 

「わっかりましたー! では御坂ちゃんは競技頑張ってくださーい!」

 

 財布を過激に攻撃してきたシスターのお世話係を交代することに成功した美影は予定通りの時間に競技場へと入れるであろう、と安堵した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 御坂美影、大覇星祭における最初の競技は妹と同じ『借り物競争』だ。

 そして会場も美琴と同じ陸上競技場であり、役員も同様の手順を踏んで準備を完了させたようだ。

 出場校は五つあり、美影と同じ長点上機学園の生徒も数人いる。

 そしてその全員がスタートラインに立たされて、精神的に落ち着かせようと各々が自分と向かい合っている。

 

 つかの間の静寂。

 そして、アナウンスが入る。

 

『五校同時の借り物競争、スタートですっ!!』

 

 各々のペースで走り出した。

 まずは50メートルほど走らされ、その先には茶封筒が散りばめられており、たどり着いた生徒が拾うルールだ。選択権は早い者勝ちなのだが、ここで全速力を出して体力を使い果たす学生などいない。茶封筒の中に入れられた紙に書かれた『お題』によっては、何キロも走らされる可能性も十分あるのだから。

 美影はジョギング程度の脚力で封筒のエリアまで移動する。他の選手は一秒でも早く『お題』に応えて記録を残すことを目標としているため、結果的に美影は封筒を選ぶことなく最後に残されたひとつを拾うことになった。

 他の選手の一人が叫んだ。

 

「はぁ!? 『80歳以上の人間』!?」

 

 この競技では特殊な人間を要求する傾向があるのか、美影はなるべく理不尽でない『お題』を願う。

 

(さーて、)

 

 選手によっては既に会場から出て目的の品を追い求め始めている。

 ゆるりと拾い上げた茶封筒を破って、中に二つ折りにされて入れられた白い紙を取り出し、開く。

 

(『お題』は、)

 

 第一競技で一方通行と垣根のだらしない姿を世間にさらしてしまったため、尻拭いとして少しでも良い結果が残せれば、とガラにもない責任感を聊かほど持った美影に与えられた内容は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学舎(まなびや)(その)にある学校の生徒』

 

 

 

 

 

(………………………………………………………………………………あ、詰んだ)

 

 

 

 

 

 

 

 






 美琴の借り物競争でナニかあると思った人、残念でしたぁ。


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