とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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「だめですねぇ、

 

 

 

「へぇ、長点上機学園に潜入してあの四人について調査をぉ」

 

 蒼石は食蜂に話を持ち掛け、とあるケーキ屋に連れ込んだ。自己紹介は本名で、そして目的を誑かすことなく簡明直截を意識したつもりで述べた。

 

「ええ」

 

 笑顔で蒼石は対峙する。

 この少女に対して少しでも真実を嘘で覆い隠して機嫌を損ねられては不体裁な結果を捏造される、と内心では綱渡りならぬ糸渡りを意識した警戒心を張っている。

 

「それでぇ、あなたは私に一体何をしてほしいんですかぁ?」

 

 パンケーキにナイフを通しながら食蜂は尋ねる。

 

「どんなことでもいいんだけど、御坂くんについて何か知っていることはないかしら?」

 

「美影さんについて、ですかぁ?」

 

 意中の男子の顔を思い浮かべ思い焦がれながら一口パンケーキを食べる。

 味が気に入ったらしく、すぐさま次の一口を切り分ける。

 

「勿論、タダとは言わないわ」

 

 蒼石はショルダーバッグから封筒を一つ取り出した。ミリ単位での計測から抜け出した厚みを持つそれをテーブルの中央に置く。食蜂はナイフとフォークを置いてそれを手に取り、覗き込む。

 すると朝顔が朝日を浴びた瞬間のように笑顔が咲き誇り、中身の束を取り出して一枚一枚捲っていく。

 

「わぁ! 美影さんがいっぱいだぁ☆」

 

 それは蒼石がここ二週間ほどで長点上機学園に仕掛けた隠しカメラが撮影した美影の画像だ。学食を利用する光景、体育で汗をかく雄姿、授業中にうたた寝する無邪気な顔。食蜂が今まで見たことのない美影の一面がそれらに収められていた。

 

「それを全部あげるわ」

 

「ありがとうございますぅ!」

 

 気持ちを小躍りさせて食蜂はそれを鞄に間違いなく入れる。この写真を今後何時どうしようとも彼女の自由で他言は無用であるということは確定された。

 

「だからね、あなたには――――――!?」

 

 催促するように言葉を付け加えようとしたが、蒼石の口が苺はすっぽりと嵌りそうはほど開いたまま彼女の意志に妨害するように固まった。

 

 

 

「……、へぇ、美影さんってコーラが苦手なんですかぁ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 封筒を仕舞い込んだ手には、交代するようにリモコンが握られている。既に食蜂の指はボタンを押しており、彼女の声にはわずかに冷淡な寒色が混ぜ込めらえれていた。食蜂は蒼石のこの二週間ほどの行動を全て読み取り、そこから自分にとっては初めての情報を一つ口にする。

 食蜂の口が心なし程度に吊り上がった後、関節に異物が挟み込まれたように固定された蒼石の顎に自由が戻る。

 

「あ、あなた……」

 

 手に汗を握って蒼石は目を大きく開け、テーブルを隔てた少女の本質に怯える。

 

「確かにこの贈り物には感謝してますけどぉ、ちょっと理解力が足りないんじゃないですかぁ?」

 

「……ッ、」

 

「私は本気で美影さんを私だけのものにしたいのに、どうしてアナタに美影さんのことを打ち明けないといけないんですか?」

 

 伸びの効いた口調も無くなった彼女の目つきは鋭くなっている。

 甘かった、と蒼石は己の迂闊さを呪った。

 あの少年の名を出せば波風立てずに交渉を進めると予想していたが、実際は逆効果。今、蒼石が行っているのは、少女の恋路の邪魔(・・・・・)に過ぎない。

 特異な略歴を持つ彼女も、超能力者である以前に一人の少女なのだ。そして彼女の努力を業務的な欲に塗れながらのぞき見ていたことを知られれば憤りを感じるのは至極真っ当だ。

 

「そ、そうねごめんなさい。ちょっと我儘が過ぎたみたいね」

 

「解ればいいんですよぉ☆」

 

 焦る様に詫びを入れた蒼石を是認した食蜂はまた嬉しそうにパンケーキにナイフを入れる。

 その純乎たる表情に一変した少女を前に、蒼石は超能力者の脅威を初めて実感した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 美影は放課後いつも通り帰宅ルートの街路を歩いている。一方通行とは既に別れたため、今は一人だ。

 特に予定もなく、コンビニでの立ち読みを経由するか考えていると、前方に見知った顔の人物がいた。

 

「初春はっけーん」

 

「あ、美影さん」

 

 頭にお花畑を乗せた、飴玉を転がしたような甘ったるい声の持ち主がいた。

 いつもは礼儀正しく律儀な振る舞いを見せるのだが、今はどこか曇天のような湿っぽさが加えられていた。それを見逃さなかった美影は事情を尋ねてみることにした。

 

「どうした? なんか元気ないみたいだけど」

 

 思いなしか彼女の頭部に咲き誇る花々も萎れているかのように見えるのは実に不思議だ。

 

「……実はですね、昨日貯水池で事故があったらしく、今日だけ私たちの寮で断水になったんです」

 

「…………、」

 

「私も佐天さんも、今日どうやって過ごそうかって学校で話していたんですよ。急な話だったので水の蓄えもありませんし……」

 

 美影の表情が凍り付いたのは、若干俯き気味だった初春には気づかれていない。

 昨日、学園都市の貯水池がある学区での乱闘の当事者の一人である美影は本気でかける言葉を失ってしまった。最後の一時間は日向ぼっこ兼昼寝に捧げていた美影ではあるが、事情を告げれば九分九厘初春に睨まれる。

 おそらく、一方通行やら垣根やら削板による天災に巻き込まれた貯水池が偶々彼女たちの学生寮の源水であったのだろう。

 無実を説くことすら首を絞めることに繋がってしまうと察した美影に、ふととある二人の姿が飛び込んだ。

 

 

(…………ん?)

 

 

 それは視力が働く距離にあるケーキ屋であり、窓の傍の席には美影には見慣れた姿があった。

 一人は彼と同じ超能力者の少女、食蜂操祈。

 一人は彼と同じ長点上機学園で職を果たす、赤石宇宙。

 

(なんであの二人が……?)

 

 接点などないと思われる二人。

 二人っきりで仲良くケーキ屋でお茶するなんてとてもと付け加えられるほど考えられない。

 初春への返答に対する困惑から二人の相席の疑問へと延長された美影の沈黙を、ただ純粋な無言として不思議に思った初春は美影の顔を見上げ、そして彼の視線をたどって彼女も二人の姿を視界に入れた。

 

 

「あれ、あの人……、」

 

 と、見覚えのある姿に気づいた初春は声に出す。

 

「ああ、アイツも俺と同じレベル5で」

 

「え? あ、いえそちらの方ではなく、」

 

 食蜂に見覚えでもあったのか、と意をくみ取ったつもりの美影は多分初春も知っているであろう項目を述べたのだが、初春の様子をみたところ思慮にずれが生じたらしい。

 ずっとケーキ屋の方向を見ていた美影は一度瞬きをして初春を見た。

 

あの大人の女性(・・・・・・・)先日柵川中学に来たんですよ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「え?」

 

 思わぬ目撃証言に美影は目を丸くした。

 彼女は九月に入って突然長点上機学園にやって来た保健室の先生程度にしか扱っていなかったため、何故そのような訪問が行われたのかはこの時の美影には見当もつかなかった。

 

「警備員の捜査とかなんとかで。風紀委員ということもあって、私が案内とかしたんですけど。……たしか、『白石(・・)』さん、だったと思いますけど」

 

シライシ(・・・・)? ……アカイシ(・・・・)じゃなくて?」

 

「え? 美影さん、一体誰のことを話しているんですか?」

 

 初春が首を傾げる。

 やはりどこか会話がかみ合っておらず、難色の見せ合いになっているのは二人の中で明らかだった。

 同じ心情になったのち、美影は眉間に小さく皺を寄せて思考を働かせ始める。

 

――――――何故あの女性(・・・・)が柵川中学を訪れたのか、

――――――何故、『白石』と『赤石』の二つの名を使い分けたのか、

――――――何故、現在彼女は食蜂と対談しているのか、

 

 

「……、初春、あの人が柵川中学で何をしていたのか覚えているか?」

 

 気づけば美影は腕を組んでいた。そのまま初春に詳細を求める。

 

「あ、いえ、直ぐに先生たちと相手を変わったので。ただ沢山質問をしていたと思いますよ」

 

「……、質問された教師はどんな顔してた?」

 

 初春の言葉を文節ごとに吟味しながら、美影は慎重に次の質問を選ぶ。

 

「何に対してかは分かりませんが、とても驚いていましたよ?」

 

「……驚いて、いた。ね」

 

 滝のように新たな事項が流れる途中で漏れ出したように歯切れ悪く美影は唸る。脳内に意識が集中しているのか、視点が宙に漂って空漠となっている。

 自分の世界に塞ぎこんだ美影をどう取り扱えばいいか心得ていない初春はとりあえず見守ることにした。

 それは十秒ほどで終わり、美影の口が動き出す。

 

「初春、さっきの話だけど、断水で困っているなら俺の部屋使うか?」

 

「え?」

 

 突如話題が逆戻りしたことを不思議に思った。しかしその提供は彼女にとってはとても助力になることであった。

 

「いいんですか?」

 

 一度訪れたが、一般的な寮とは数段格上な高級マンションの一室を一晩でも利用できるならこれ以上在りがたいことはないだろう。

 

「ああ、序でに佐天にも言っておくといいよ」

 

 と、誰も知らぬ罪滅ぼしを提案した後、

 

 

 

「ただし、ちょっと頼みごと(・・・・)があるんだけど」

 

 

 

「えぇ!?」

 

 男子生徒が女子生徒を部屋に一晩泊める機会に求める頼み事なんて一つのジャンルに関してしか思い浮かばなかったため、ちょっと頭が熱暴走気味の初春は一人真っ赤に顔を高揚させて大声を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ケーキと写真、ありがとうございましたぁ☆」

 

 年相応の笑顔で感謝を示した食蜂に、蒼石は軽く挨拶をして立ち去る。

 雑誌の一面を飾るであろう決め手を手に入れるつもりで彼女に断腸の思いで声をかけたのだが、心理的に追い込まれる結果となったのは記者として頂けない部分があった。

 多少の情報の漏洩は許容範囲内であったのだが、恐らく彼女の様子から察するに蒼石宇宙という人物の全てを見透かされた。

 

 

(…………チッ!)

 

 

 色気にあふれた振る舞いが長点上機学園で好評の蒼石は、その声望に背いた舌打ちを心の中でする。歯が外から見えるほど強張った表情をしているが既に背を向けた食蜂には見えないだろう、と高を括る。

 しかし、

 

 

(あーぁ、随分と荒れちゃってぇ)

 

 

 食蜂の右手にはリモコンがあり、蒼石には何も知覚されないながらも心情を読み取るよう演算をしていた。使い道旺盛な写真をいただいたのだから、ちょっとぐらい助言しても良かったのでは、と反省は皆無で先ほどの会話の中での他の対応を浮かべる。

 

(でもぉ、)

 

 食蜂は空いた左手を開いた状態から、人差し指と親指だけを曲げて輪を作り、右目を閉じて左目でその穴から蒼石の背を覗き込んだ。

 

 

「――――――あんまり捜査力が優秀だとぉ、消されちゃいますよぉ(・・・・・・・・・・)♪」

 

 

 人差し指で親指の指先から根元までなぞるようにしてその輪を潰した。そしてリモコンを仕舞い、鞄の肩紐の位置を整える。

 鞄の口を覗いて笑顔になった食蜂は気持ちをスキップさせて上機嫌なまま常盤台の寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「どう? 初春」

 

 風紀委員第一七七支部。

 美影のお願いというのは勿論男女の色事に関してではなく、初春の『守護神(ゴールキーパー)』としての達観した腕を借りるというものだった。

 画面と向かい合ってブラインドタッチで数か所へのハッキングを成功させた初春は手を止めた。

 

 

「はい、確かに『白石宇宙』という人物は学園都市にはいませんね。あと『赤石宇宙』という名に関しても同様です」

 

「……一体あなた達は何をしているのかしら?」

 

 支部にいた固法が口を出す。

 突然初春が美影を連れてきたことから不可解に思い、そして来てすぐさま初春が違法行為を始めたので無視出来なくなってしまった。

 

「ちょーっと俺にストーキングしているかもしれない奴がいただけ」

 

「ストーカー?」

 

 夏休みの事例で美影の印象を固めた固法にとっては、そのような事件であっても美影が当事者というだけで何故か清閑寄りに思えてしまう。そして風紀委員の一人として手を貸すのが凡常なはずなのだが、その気も起らないのは良い意味か悪い意味かは有耶無耶でも彼を特別扱いしているからだろう。

 美影が視線は画面からずらさずに適当に言葉を返すと、初春はついに真に迫る情報を表示させた。

 

「これが、あの人の本名ですね」

 

 それは間違いなく、先ほど食蜂とケーキ屋にいた女性であり、長点上機学園の保健室を根城にしている人物だった。

 

 

 

 

「――――――『蒼石宇宙(・・・・)』、ね」

 

 

 

 ついに美影は彼女の本名を手に入れることに成功した。

 そして美影は初春と交代して彼女のプロフィールを模索し始める。初春には劣るが、美影にもハッキングの心得は得ているため多少のブロックは問題ない。

 

 

(……、『See Vision』。あぁ、なるほど雑誌記者かー……)

 

 赤石改め蒼石の本性は、美影が考え付いた予想の一つに当てはまった。

 時期的に他校が大覇星祭のために超能力者に関する情報を入手すべく偵察目的に潜りこんできたのではないか、という考えもあったのだが、それでは美影が戸籍上卒業した中学校に探りを入れる必要などない。

 美影は一通り目を通した後、再び思考を働かせる。

 

(……、しっかし、)

 

 雑誌記者といえど、特別な権限をもつことのない一般人のはずだ。しかし蒼石の行動にはどこか現実から飛躍したようなニュアンスが含まれている。一例として、偽名で職を採用されることなど通常はあり得ない。

 

(……誰かに、力を借りているねぇ……これは)

 

 プライベートでの人物関係などハッキングで入手できる情報ではないため、そこで美影はキーボードから手を引いた。

 そして手元にあった、恐らく風紀委員の誰かが使用しているのであろうメモ用紙を一枚はがし、同じ場所にあったボールペンで数字を四つ書き込んだ。それにポケットから取り出したカードキーを挟んで初春に渡した。

 

「これ、俺の部屋の鍵とエントランスの暗証番号。家の中のものはパソコン以外なら自由に使っていいから。冷蔵庫の中とかも」

 

「え? 美影さんはこれからどちらに?」

 

「ちょっと調べ事などなど」

 

 そういって美影は支部から出ていった。

 初春は手に押し込むように渡された紙切れと鍵を一瞥していると固法が好奇の目を向けて賀するような情調で問いただし始めた。

 

 

「え? え? 初春さん、御坂君とそういう関係だったの!?」

 

「ち、ちち違いますよー!」

 

 真っ赤に顔を染めた初春を攻撃し続ける、女子モードにスイッチを切り替えた固法に対しては、寮の断水による言い分の効果は八割減で、彼女の興奮を抑えるのには小一時間かかってしまったことを美影は知らない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 蒼石は警備員のとある支部に来ていた。

 その中の待合室のような場所におり、中央には二つのソファで一つのテーブルを挟むように置かれている。その片側に彼女は腰を下ろしており、仕事の途中でここにきているのか資料らしき紙束に目を通している一人の男性の警備員と向かい合っている。男は三十代前半程度で堅い髪質を持ち、着崩したシャツも渋く思わせる色男だ。

 煙草を吸いながら蒼石は不満を漏らした。

 

「ねえ、あれから何か面白いデータ手に入った? 出来れば大覇星祭前には一誌作りたいんだけど」

 

「んなこと言われてもなぁ、レベル5の調査なんて俺でもそう簡単にはできやしねえんだよ」

 

 ソファで足を組みながら男は資料を一枚捲る。

 この男は蒼石と数年前まで男女関係にあり、実質別れた今でも度々彼女に力を貸すよう高姿勢で注文されるのだ。彼の力により、蒼石は偽名による活動が成り立っている。警備員でも高い地位に就いている彼はアクセスが困難なデータベースの閲覧も可能なのだ。

 そしてそんな彼の力を借りても超能力者四人に関する情報は精々友達程度が手に入れられるほどしか得ていない。

 

「てか何回俺を使うんだよ。別れてもう二年だってのに」

 

「三年よ。こっちも警備員に不利な記事は最低限に抑えてんだからそれぐらいいいじゃない」

 

「ならさあ、」

 

 男は資料をテーブルにおいて立ち上がった。そして蒼石の左隣に過剰なほど勢いよく腰を下ろし、腕を回して彼女の右肩に右手を置く。

 

「いいネタをゲットしたら、俺たち縒り戻さねえか?」

 

 顎を僅かに引いて強い眼差しを向ける。しかし蒼石は粘り付くようなジト目で向かいうち、加えている煙草を右手の人差し指と親指で摘まんで男に近づけた。危険であるため男は手を離して距離を置いたが、追い打ちのように白い煙を吐かれて噎せ返ってしまう。

 テーブルの上にある灰皿に煙草を押し付けて蒼石は立ち上がった。

 

「学園都市中を驚かせるようなネタを見つけたら、ね」

 

「フッ、なら楽しみにしてくれ」

 

 蒼石はカバンを肩にかけてから退室する。

 先ほどの蒼石の言葉は完全に嘘だった。教師であるあの男は女子生徒に手を出した前科があるためはっきり言って彼女にとって感情を動かしてくれる対象ではなくは単なる駒に過ぎない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「へェ、あの女がねェ……」

 

 美影は黄泉川の自宅に来ていた。

 もちろん目的は一方通行にも蒼石の素性を明かすためであり、それを聞いた一方通行は少し興味深そうにニヤリ笑った。

 

「なになに何なの? ってミサカはミサカはお兄様の背中に抱き付いてみたり!」

 

 美影が来たことに大いに喜んだ打ち止めはさっきから美影にくっついて離れてくれない。頭を撫でてあげると猫のように目を細めて気持ちよさそうに微笑む姿を見ると、美影も和んでいた。

 

「調べたけど、警備員に昔の男がいたらしくってソイツに戸籍を偽造させているらしい」

 

「どっから引っ張って来たンだその情報?」

 

「それは企業秘密。いつか教えるかもね」

 

 そういって美影は先ほどテーブルに置いた、一方通行が購入して冷蔵庫に入れていた缶コーヒーを開け、飲む。

 

「ミサカも飲みたい飲みたいってミサカはミサカはお兄様の缶コーヒーに手を伸ばしてみたりっ」

 

 しかし美影の背中から手を伸ばしても届かないらしく、仮に手が届いても危なっかしいと思った美影は缶を手に取って打ち止めに渡した。

 

「ンで、オマエはどうすンだ? まさかこのまま見過ごすわけにもいかねェだろ」

 

「そうだよなー。下手したらヤバい情報掴まれるし……、」

 

 目を細めて眉間に皺を寄せて思考をし、美影は蒼石に対する対応を模索する。

 超能力者というのは一般的には羨望の対象であるが、実際には公的にも法的にも罰せられるべき過去を抱えている少年少女の集団なのだ。美影にしても一方通行にしても万が一、報道という情報の爆発的漏洩が行われれば『表』からの退場を余儀なくされるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「に、にがいっ……、てミサカはミサカはお兄様と一方通行の味覚の安否を心配してみたり……」

 

 妹としての駄々っ子攻撃により兄との関接キスを成し遂げた打ち止めではあるが、まだまだ彼女の舌はその苦味を受けとめてくれる準備ができていないらしく、唇を横に広げて舌をどこにも触れないようにして出している。

 

「無糖はまだ早いみたいだね」

 

 美影は打ち止めの手にある缶を受け取ってテーブルに置いた。

 

「………………!」

 

 そして打ち止めのしかめっ面と萎れたアホ毛を見た美影に、頭上に電球が浮かぶような閃きが起こった。

 

「どォした?」

 

 覚束ない視点が定まったことで一方通行は美影の考えが纏まったことを察した。

 

「思いついた」

 

「……、何をだ?」

 

 コーヒーを喉に流し込んだ美影はファストフードでハンバーガーを注文するような柔らかくさらりとした口調で述べた。

 

 

 

「ヤり方」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 蒼石は長点上機の保健室の椅子に座り、今まで手に入れた資料を全て見直していた。

 見逃した内容はないか、軽視した事実はないか。一度、目に焼き付けたことでも数日たてば忘れ、またその間に対象への印象が変わるもので、再び頭に入れなおすとその情報の取扱い方も変わる場合もある。

 

「…………、」

 

 下唇を噛む。

 やはり取り止めのない事柄にあふれており、とても記事には書けないことを再確認しただけだった。余計に自分の神経に悪影響を及ぼしただけに終わり、憂さ晴らしに煙草に火をつけた。

 

「……、はぁ」

 

 ため息で煙を吐く。

 学内は全面喫煙であると思い出したが後で換気をすればいいだろう、と措置を考えた。今は完全下校時刻を過ぎているためいつも鼻の下を伸ばして近づいてくる生徒(ガキ)たちもいない。

 そして帰宅しようかと考えた瞬間、蒼石の携帯電話が鳴りだした。

 画面に表示された名は警備員の男のものであった。

 

「何?」

 

 煙草を灰皿に置き、気怠い声で蒼石は通話を迎えた。

 

『ソラ、見つけたぞ』

 

 対して男の声は不思議と興奮気味だった。

 

「何を?」

 

極上のネタだ(・・・・・・)

 

「何ですって!?」

 

 目を大きく開け、気持ちが一変した蒼石は思わず立ち上がった。

 

『一方通行の情報だ。今すぐソラのパソコンに資料を送るから一旦電話切るぞ』

 

 携帯をデスクに置いた蒼石はすぐさまノートパソコンを起動させた。

 数秒後、彼からのメールが受信される。そして添付された画像を開くとそれは文字のみが連なった紙の資料をカメラで撮影したらしく、画質が好ましくない。

 拡大させると、文字を読み取ることに成功した。

 

 

「――――――!?」

 

 

 そこに書かれていた内容とは、

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対能力進化(レベル6シフト)

 

 

 

 

 

 

「な、なん、なの……!?」

 

 流れる様に可能な限り速く視点で文をなぞっていく。

 そこには学園都市の『裏』のほんの一部が映り出されており、『表』では決して巡り合えない事実を蒼石は脳に刻んでいく。

 鳥肌が立ち、脂汗をかき、瞬きを忘れてマウスでドラッグして資料を上から下まで隅々まで一文字も逃さず黙読していく。

 そしてこれを送信してきた男にこの情報源を聞き出すべく、携帯電話の通話記録から彼の名を選択して着信を待つと、

 

 

 

 

 

 

『pppppppppppppp』

 

 

 

 

 

「!?」

 

 突如携帯電話の着信音が背後から鳴り響いたことで一瞬肩を跳ね上げて素早く振り向いた。

 つい先ほどまでは誰もいなかったはずなのだが、そこには一人の少年の姿があった。

 

「あ、あなた……!?」

 

 少年の手には確かにあの男の携帯電話があった。そしてその少年は馬鹿にした口調で言う。

 

「おかけになった電話番号は」少年は手にある携帯を両手で二つに折って割り、「只今無くなりました。なんつって」

 

 廃棄物となった携帯電話の残骸を美影は蒼石の前の床に放り投げた。

 それに目をやると、赤黒い汚れ(・・・・・)がこびりついていたのに気づき、電撃が走ったような衝撃を受ける。

 

「まさか……!?」

 

「だめですねぇ、蒼石さん(・・・・)

 

 聞き間違いではなく、この少年は自分の名を呼んだ。

 完全に素性がばれたことを彼女は確信し、また今さっき開けてはならないパンドラの箱の蓋を持ち上げてしまったことを理解した蒼石は全てを納得した(・・・・)

 

「世の中には、カメラに収めちゃいけないモンが、あるんですから」

 

 穏やかに美影は真実を述べた。

 今まで、井の中の蛙でしかなかったことを理解した蒼石は次第に呼吸を整える。

 

「…………………………、そうね」

 

 自分でも不思議なほど落ち着いた口調で返事ができた、と蒼石は思った。

 美影の目は今までの学園生活では見たことがないほど冷たいもので、声に込められた感情は全て偽りのものではないかと思わせるほど酷薄な含意が込められていた。

 それ程、異界の住人のような身構えをしたニンゲンが前に立っているのに、蒼石は心の荒波が消えつつあった。

 

「……、それでアナタは私をどうする気?」

 

 それだけ、記者として最上の情報を入手したことに『満足』したのかもしれない。

 

「そうですね。……、俺としても知られたくないもの(・・・・・・・・・・・・・・)を知られましたし、学園都市としても今あなたは『異分子』として認定されましたから」

 

 そう聞いた蒼石は小さく笑った。それは普段学校で生徒たちに見せている小悪魔的な笑みだった。

 

「最後に一つ聞いてもいいかしら」

 

「何ですか?」

 

 最後に蒼石が知りたかったことは、

 

 

アナタ(・・・)何者なの(・・・・)?」

 

 

「――――――何者か、ですか……」

 

 

 

 短く、簡潔で素朴な疑問を美影は新鮮に感じた。

 そしてほんの少しだけ、今までの自分の経歴を振り返り、答えを模索する。

 美影が選んだ、自分を表す言葉は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は只の、糞餓鬼(・・・)ですよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、……」

 

 蒼石は静かに目を閉じ、目の前の少年による判決を受け入れた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日の朝。

 一方通行は美影と長点上機学園付近で会って共に登校の最終段階を迎えていた。

 

「ンで、ちゃーんと処分したのか?」

 

「ああ、あんなもん知られたんだから仕方ないでしょ」

 

 朝に強くない美影は欠伸をして如何にも睡魔に勧誘されている真っ最中な声で言った。

 

「なァーにが知られた(・・・・)だァ」

 

 実は、警備員の男に絶対能力進化の情報の『一部』を漏らしたのは他でもない、美影だ。いずれ『裏』の情報を掴まれるのは目に見えるほど彼女の情報網は広いものだった。知られて処分するのは何時でもよかったのだが、情報の捌け口になり得る場所に通じてしまった場合は処分する相手が不特定多数になってしまう危険があるため、早い段階に手を加えることを最善としたのだ。

 二人は長点上機学園の門を通り、校舎内に入ろうと進む。

 

「あ、御坂くんと一方通行くん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 日課となっている花の水やりをしている赤石が白百合のように爽やかな朝の挨拶をしてきたため、美影はそれに穏やかな声色で挨拶をして返した。

 一方通行は挨拶などしないため、素通りする。

 素通りした。

 素通りして三秒後、

 

 

 

「はァ!?」

 

 

 歩行途中で偶々前に出た右足を踏み込んでまわれ左をした一方通行には確かに蒼石宇宙の笑顔が見えていた。

 

「あら、どうしたのかしら一方通行くん?」

 

 子供のように首を傾げる彼女を確認した一方通行は美影の方へと顔を向ける。美影はまだまだ眠そうに欠伸をして歩調を変えずに歩き続けていた。

 

「お、オイ美影!」

 

 すぐさま美影の元へ向かって肩を乱暴に掴んで振り向かせるが、美影は一方通行に落ち着くよう宥める。しかし迷惑なことに一方通行は問いただすのを辞めなかった。

 

「テメエ処分したンじゃねェのか!?」

 

「ちゃんとヤったから大丈夫だって。アレ(・・)がバレることなんてないよ」

 

 果たして昨日美影が彼女に対してどう措置を施したのか、一方通行は最後まで詳細を聞き出すことを成功することが出来なかった。

 

 

 

 

――――――大覇星祭まで、五日を切った。

 

 

 




 美影が蒼石に何をしたのかはいずれ分かります。

 そして第参章はこれで終了です。

 次は大覇星祭編。


 ◆



――――――次章、 ()予告――――――



美影&食蜂『『宣誓!』』

美影『僕たち!』

食蜂『私たちは結婚しまぁすっ!』

美影『は?』


 大覇星祭選手宣誓。
 食蜂によって精神が掌握された役員は会場中にウエディングソングを流す!!



美琴(……借り物競争のお題は、『禁断の愛』、)

美影「で、ついてきたけどお題はなんだったんだ?」

美琴「な、何でも良いでしょ///!」


 隠れブラコンの美琴に巻き込まれた美影は見事に妹とゴールイン!?



妹達『お兄様、ミサカと一緒にフォークダンスをしましょう、とミサカはお兄様に迫ります』

美影「え、……誰とやれと?」


 一万ものオープンブラコン全員とのフォークダンスを強要された美影。
 果たして妹全員と平等に踊れるのか!?





美影「にゃはははぁ~~♪」



 ウイスキーボンボンを完食した美影が常盤台に襲い掛かる!!



 総勢一万オーバーの少女たちに振り回される美影は大覇星祭終了時には無事でいられるのか!?
 そして最後に美影の心を掴むのは!!


 第肆章、『打胃破性災』

――――――Coming Sinai !!――――――



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