とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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「ああ、思い出した

 

 

 

 第二十一学区。

 

 貯水用のダムが多数あり、学園都市の水源ともいえる学区。平坦な地形が多い学園都市において、例外的に山岳地帯になっている。

 この学区に造られた自然公園に、学園都市の五本指に入るエリート校、長点上機学園の生徒が体操服姿で集結していた。

 クラスごとに成立しているが、例外的な数人が集団と向かい合うように立たされている。

 片足重心で気が緩んでいる一方通行、前に連なる生徒を観察している垣根帝督、特に頭を働かせず長閑に手を後ろで軽く組む御坂美影、湯が沸きそうなほど熱く根性を溜めこむ削板軍覇。学園都市が誇る超能力者の四人だ。

 

 そしてもう一人、とある女子生徒がマイク片手に号令を出す。

 

 

『これより、長点上機学園全校生徒による、大覇星祭の合同訓練を開始します』

 

 

 生徒会長、光原虹音。

 靴底の高度は全校生徒と同じでも、凛と立つ彼女に対して、注目している生徒は見上げるような錯覚を覚える。

 

『前年度までとは違い、今回は今皆さんの前に立っているレベル5の四人の力をお借りさせていただきます』

 

 今年度獲得した学園都市一貴重な人材を使わない手もなく、これは長点上機学園理事長のご提案である。

 平等に視線を配りながら、光原は問題なく聴取してもらえるよう心掛ける。

 

『では、ルールを説明します』

 

 そして彼女は四人のほうに柔らかく開いた手を向ける。

 超能力者四人の頭には、普段はない帽子が被られていた。彼等だけではなく、全校生徒の手にも帽子が一人一つずつ握られている。

 

『彼等には、皆さんが今手に持っている赤い帽子とは違う、青い帽子を被ってもらっています』

 

 根幹を為すルールは単純明快。

 

『皆さんには、彼等の帽子を奪って頂きます』

 

 つまりは『鬼ごっこ』。但し参加者全員が鬼であり、ターゲット四人の青鬼を全校生徒が赤鬼となって追いかけ追い詰める。

 そして彼女は補足事項を追加していき、それらを途中までを要約すると、次のようになる。

 

 ・青鬼以外は超能力者の帽子を取ることが目的ではあるが、自分の帽子を頭から外された場合鬼としての権利を剥奪され、退場を義務付けられる。

 ・超能力者四人の逃走可能範囲は第二十一学区の山岳地帯全域。そこから体を半分以上出した時点で敗北が決定される。

 ・青鬼の帽子へ不可視の能力を使用すること(帽子を念動力で持ち上げる、帽子を空間移動させる等)は禁止。

 ・制限時間は200分。青鬼四人が逃走し始めた十分後から計り始め、同時に他の生徒が捜索開始。

 ・自然はなるべく大切に。

 

『ただし青鬼の四人の勝利条件は、逃げ切ること以外にもう一つ存在します』

 

 そして光原はとあるものを手に持ち、それを皆の視線が当てられるよう上へ掲げる。

 それは黄色の帽子だった。

 

『青鬼はこの黄色の帽子を手に入れた時点で、勝利が確定します。そしてこの黄色の帽子はここにいる生徒の内の四人の誰かが被っています。レベル5の方々は探して手に入れるよう頑張ってください』

 

 つまり、青鬼がいち早く身を引く権利を得るためには同数存在する黄鬼を撃破しなくてはならないということだ。

 超能力者の四人はつい先ほどこのルールの全てを耳に入れられ、覚えるよう担任に言いつけられたため、ここで説明が終わったと想察して何時でも逃走を開始できるよう心の準備を開始したところで、意想外な最終事項が生徒会長光原の口から流れ出した。

 

『そして、開始から200分後に青い帽子を手にしていた者は、

 

――――――その帽子の持ち主であった青鬼に一つ、どんなことでも命令できる権利(・・・・・・・・・・・・・・)を手に入れることが出来ます!』

 

 この事項だけ、彼女の声に力が込められていた。

 何故ならこれが全校生徒の士気を高める鍵となり、予想通り生徒の群れの中の所々でどよめきが起こり、歓声を起こす者も現れた。

 そして異例として前に立つ四人の少年の顔つきが険しくなり、代表するかのように垣根が講義の声を上げた。

 

「ちょ、ちょい待て生徒会長!」

 

『なんですか、垣根君?』

 

 光原はマイクとスピーカーの経由を保って丁寧に受け答えした。

 

「何だその成功報酬!? 俺らの人権はどうなってんだよ!」

 

『また可笑しなことを言いますねあなたは』

 

 光原は聖母のような微笑みを浮かべて告げる。

 

『あなた方は今は鬼です。「人」権なんてある訳がないじゃないですか』

 

「テメエのほうがよっぽど鬼じゃねえか!?」

 

『ええ、そうです。ここにいる皆が「鬼」です。あ、その帽子を奪われないために消し去った場合、抽選によってこの権利を誰か一人に与えますので帽子を守り抜くようお願いします』

 

 謎の論破と後付設定を遂行した彼女に打つ手なしの垣根はそこで顔を引き攣らせて闘争心を掻き立てる。

 何としても黄色の帽子を手に入れることを目標に、頭の上にある青い帽子を深くかぶった。

 

「……フザケた事になっちまったなァ」

 

 一方通行は美影に聞こえる程度に呟いた。

 初めからやる気のやの字の一画目すら頭の中で描かれていなかった彼もこれでは堕落に身をやつして訓練を流すわけにもいかなくなってしまった。

 

「ま、俺らが手ぇ抜いたらまるで意味ないからな」

 

 美影はスイッチが入った生徒たちを眺める。

 普段から羨望のほか嫉妬してきた生徒が如何なる願いを押し付けてくるのか分かったものではないため、訓練中だけではなく訓練後の身の危険も予兆してしまう。一食驕るといった穏便な注文で済む生徒に帽子が渡ればありがたいのだがそのような生徒は必死になってかかってこないだろう。

 

「根性出せよ、お前ら」

 

 鉢巻を巻いた熱血ド根性バカ、削板は赤鬼共にも負けない熱意を引き出しそれを美影と一方通行の二人にも分け与えるよう拳を見せつける。

 しかしまるで拳が二人の意力を吸い取っていくかのように二人はため息を同時に付いた。

 

 

 

『では、

 

――――――スタートですっ!』

 

 光原の合図で四人は走り出した。

 各々の持つ特異な能力を生かして肉体的には不可能な速度で逃走した四人を全校生徒は非道い眼差しで見送った。

 

 そして十分後、正しく血が湧き高揚した『赤鬼』と化した学園都市トップクラスのエリート生徒たちが捜索を開始する。

 

 

 

――――――0 minutes――――――

 

 

 

 ◆

 

 

 

――――――3 minutes―――――― 

 

 

 山岳地帯のどこか。

 上と下以外に顔を向けると木々に視界が埋め尽くされる、森林の一本の木のほぼ水平に伸びた枝に腰を下ろした美影は、直ぐそばの木の上に立つ一方通行と難儀な気持ちを共有していた。

 垣根と削板の現在位置は知らないが、どちらも今はまだ走り続けているだろう。

 

「200分か、…………長いな」

 

 愛用の腕時計の針の角度を確かめながら美影はため息をついた。

 

「なァーンで大覇星祭っつゥお遊びにこんな面倒な企画が行われてンだよ」

 

「昨年度優勝したし、俺らを獲得したのに成績が下がったら笑いもんだからだろ?」

 

「獲得したからこそやンなくていいだろォが」

 

 首をゴキゴキと鳴らしながら一方通行もため息をつく。

 すると、遠くから大人数の足音が肥大化してきた。速度も申し分ないようで、十秒と満たずにこの場にたどり着くだろう。

 

「早いな」

 

 開始から約五分。逃げ続けずに立ち止まってはいたものの、人が隠れるために利用可能な物影が十分すぎるほどあるこの土地柄でこの短時間でここにたどり着くのは一般の学園の生徒では不可能だろう。

 感心せず、驚かず、美影はただ事実を無感情に述べて枝の上に立ち上がった。

 

「捜索に向いてる能力者もいンだろ。エリート気取った三下の集まりなンだからよォ」

 

 二人はまったく恐れない。

 美影は極力控えたが、長点上機学園の生徒からの挑戦を幾度も受け取り跳ね返してきたのだから。

 既に目が届く範囲に赤い帽子が迫ってきた。中には能力を発動している者もいるらしく、炎や水や雷や岩石や大木が飛来してくる。

 慌てることなくゆっくりと、二人は背を向けあい口の端を吊り上げる。

 

 

 

「ンじゃ、」

 

「二手に分かれて」

 

 二人は共に足に力を込め、

 

 

 

「「また帽子かぶったまま会おうか」」

 

 

 

 真逆の方角へと跳び、各々の宣戦を体現していく。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

――――――15 minutes――――――

 

 

 

「一、二、三……、あーこれ幾つ目だっつーの」

 

 垣根は指を折りながら今まで取り外してきた赤い帽子を数えていくが、指が足りるわけもなく、また一々数えて記憶してきたわけでもないため放棄する。

 彼の周りには帽子を外されて無念に悔しがって泣く泣く退場を余儀なくされた生徒たちがいた。

 垣根は日頃女子達と遊びまくっていくつものカップルを破局に追い込んできたため、男子生徒の多くが恨みと妬みを材料に怒りを向上させて真っ先に彼を襲撃に来た。

 しかし彼は学園都市の超能力者の序列第二位。

 絶対的な力の差を目や耳でも実感させ、更に悔しがる体力を残させるためにも赤鬼が負傷する攻撃を最小限に抑えたが、たかが帽子一つを跳ね飛ばすことなど造作もない。

 いくつもの集団が作戦を練ってきても垣根にとっては薄っぺらい壁しか出来上がらない。

 

「おっ」

 

 そしてまた次の集団がやって来た。

 今度のは今までのとは違い落ち着きがあるのか、足音が荒々しくもなく、また不意打ちを狙った襲撃もない。

 垣根はポケットに手を突っ込んでその集団を看取する。すると直ぐにとあるモノが目に入った。

 

「!」

 

 群れの上端が赤色に埋め尽くされるはずが、たった一か所は他の色に飾られていた。

 黄色の帽子。

 先頭に立ち、垣根を真正面から見ている男子生徒には垣根も見覚えがあった。

 

「へぇ、あんた(・・・)が黄鬼の一人か」

 

「ああ、覚悟しろよ優等生」

 

 垣根に怖気づくことなく宣戦布告したのは、『生徒会書記(・・・・・)』の少年。

 香月(かげつ)勇樹(ゆうき)

 背は高身長にカテゴリーされる垣根よりも更に高く、肩まで伸ばした長めの黒髪を真ん中で分けており、また鋭く切れ長の目が特徴的だ。

 後ろには彼に従い集った学生たち。

 同級生の友達のみならず、部活で共に喜びを分かち合う後輩たちもいる。

 

 そして直後。

 

 香月の背後にいる能力者たちが投げられた砂利のように同時に散らばって垣根を取り囲み、三百六十度から彼を確実に視界に入れ続ける。

 

「退路を絶ったつもりか?」

 

 嘲笑うように垣根は片眉を曲げる。

 元来逃げることなく何百分でも面白おかしく相手をし続けるチカラを持っているのだからその戦術は徒爾そのものである。

 

「いんや、」

 

 香月は目を細める。

 そして彼は高みの見物でもするつもりなのか、垣根を背にして離れていった。香月を見ていた垣根の視線上にはすぐさま能力者たちが立ちはだかり、彼らの手からは各々の能力が生み出す現象が具現化していく。

 香月は顔を向けずに確かに断言した。

 

 

 

先手を打っただけだ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 彼が引き連れた先鋭達の挑戦が始まった。

 垣根に初めに到達したのは電撃。

 彼は雷に匹敵する速度で背から出した一対の翼でまるで飛翔準備をする鳥類が行う羽の廓大を行い、そのついでのように電撃を弾きとばした。

 連なって来襲するはずの多色の災害はその翼によってご丁寧にも一つ一つ蚊をはたく様に翼で打ち消していく。

 

「甘ぇよ」

 

 舌打ちがどこからか聞こえた。食いしばられて剥き出しになった歯茎を視界の端が捉えた。

 それを蔑むように垣根は鼻で笑い、一気に足に力を込めて大地を蹴り出した。初速で既に人智を超え、一対の白い翼による加速は絶望を強化して垣根が大きく左右に開いた両手が生徒たちに襲い掛かる。

 

 いくつもの叫喚がハモるように数か所から響いた。

 それらの大声は結果に対する驚嘆を形にしたものであり、喉を震わせたときには既に生徒たちの頭から赤い帽子は消え去っていた。

 

「――――――あらよっと、」

 

 滑翔速度とは対を為すように柔らかく急減速し、手頃に丈夫な枝の上に、舞い落ちるティッシュペーパーのように物柔かに足をのせた。

 

 彼の両手にはいくつもの帽子があり、まるで扇子のように几帳面に一枚ずつずらしながら重ねられていた。

 帽子を持ったまま、両手を腰に当てて垣根は香月を見下ろす。

 

「おいおい、ちょっと考えが甘すぎたんじゃねーの生徒会書記さんよお」

 

「なんのことかな」

 

 とぼけるように香月は切れ長の目に力を込めて口の端を伸ばした。

 しかし垣根の言う通り、今の垣根の一蹴で香月が連れてきた集団の半分強が戦闘不能の宣告を受けたのだ。しかも能力の差を見せつけられて戦意を梳るられた者もいるであろう。

 

「あーそうかい」

 

 垣根は背の翼を丸める。

 それは陸上におけるクラウチングスタートの四肢のようなもので、空気を瞬時に叩き前進する膳立なのだ。

 

「これで終わりだ」

 

 終戦を宣言した垣根は香月へ直線を伝うように瞬く間に高速で飛び出した。

 そして香月にたどり着く直前に両手の帽子を前方に投げ飛ばし、彼の目隠しへの乱用を試みた。そしてフリーになった右手を彼が被る黄色の帽子へと伸ばす。

 

 開始からわずか三十分。

 物足りなさすぎるゲームを終えるのに、ほんの僅かに悲壮感をチラつかせながらも赤い帽子の壁に手を突っ込んだ。

 

 

「――――――だから言ったろ(・・・・・・・)

 

 

 暴風に煽られたような急停止がかけられて、垣根の体が止められた(・・・・・・・・・・)

 触覚で認知したところ、弾力性を持つ何かが腕を蛇のように戸愚呂に巻き付けブレーキをかけられたらしい。

 

「あぁ!?」

 

 このゲームで初めて垣根が取り乱した。

 腕に圧迫感を感じたがその原因と思しき物体をすぐさま切り裂いて翼で空気を叩いて後ろに跳ぶ。

 自分が投げた帽子によって視界が遮られた為、それ(・・)を視認するのには時間がかかった。

 香月は言う。

 

「――――――もう先手(・・)は打ったんだよ、優等生」

 

 香月の足元から、うねる様に樹木(・・)が揺れていた。

 そこだけではない。垣根の背後にも、右にも、左にも、至る所からあらゆる植物がまるで動物のような生命力を宿して動いて(・・・)いるのだ。

 それが先ほど垣根の腕を捉えた正体。

 香月の仲間が初めに散らばったとき、この近辺一帯に植物の『種』をまき散らしたのだ。

 

 『未歩樹海(アナザーガーデン)』。

 

 香月の植物を操る能力。

 彼の手にかかれば、植物の成長期間を急激に短縮させ、また意のままに操ることが可能なのだ。

 先ほどまでの戦闘は植物を成長させるための時間稼ぎにしかすぎず、ここからが本場である。

 

 

「…………はッ!」

 

 

 垣根は嗤う。

 それは今までの冷めた失笑ではなく、好奇心によって構成された感情の小さな爆発だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

――――――45 minutes――――――

 

 

 

「すごいパーンチ!」

 

 ナンバーセブン、削板の叫びと共に彼の拳から衝撃波が繰り出されて複数の生徒が吹っ飛ぶ。

 直前に彼を目指して撃ち出された電撃や暴風すらもまるでバレーボールをスパイクするように撃ち落とされるため、彼に届いた攻撃はまだない。

 

「はははッ! 根性がたりねえなあ!」

 

 高笑いする彼の周りには立ち上がれないほどのダメージを与えられた生徒たちが大勢いる。気を失うものもいるが、命の危険が浮上している生徒はおそらくいない。過剰な流血もないが、何故か煙を上げている者がいて、それはおそらく削板の能力の余波みたいなものだろう。

 

「ん!」

 

 次の相手を探していると、今度は左方から突如球体に凝縮された炎が急接近してきた。

 

「よっしゃ!」

 

 また拳で打ち砕こうと、拳を構えてお約束の掛け声を唱える。

 

「すごいパーンチ―――――」

 

 しかし、彼の未解析の能力が繰り出されることはなかった。

 本来彼が弾き返すはずであった炎弾は彼の拳に直撃する直前に消え去り、またその消失と同時に削板の体が後方に跳んだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

「おう!?」

 

 後ろ跳びの原因は彼の腹部に突如衝撃が撃ち込まれたからである。

 数値的にはその威力は鉄板に風穴を開ける威力があったのだが、削板にとっては彼の体が飛ばされたにも関わらずせいぜいドッジボールが投げ込まれた程度のダメージだった。

 だが、彼にとっては目に見えない攻撃を受けたことが何よりの問題である。

 転倒を持ち前の運動能力で回避した彼の前に、とある男子生徒が姿を見せた。

 

 

「相変わらず規格外なチカラだなあ、削板」

 

 

 野太い声でその男は削板を評価する。

 

「今の根性ある攻撃はやっぱりあんたのものだったか、朱鳥(あかどり)先輩」

 

 『生徒会副会長(・・・・・・)』、朱鳥小雀(こがら)

 大柄で彫刻のように逞しい肉体を作り上げた角刈りの漢。

 副会長という役職についていながらも、風紀委員(ジャッジメント)としても日々尽くしており、夏休み中に垣根と削板が一週間限定で風紀委員になった際に二人の世話係を任された張本人だ。

 当時、朱鳥は削板を気に入ったのと同時に、削板も朱鳥の漢気に惚れたのだ。

 

 そして、朱鳥の能力は『衝撃転移(ダイレクト)』。

 

 周囲のエネルギーを衝撃に変え、好きな座標に転移させられる能力。先ほどは削板の正面に迫った炎の熱エネルギーを衝撃に変え、それを彼の腹部に打ち込んだのだ。

 

「!」

 

 削板は朱鳥の頭を見た。

 そこには、不行儀な話まったくと言っていいほど似合ってはいないのだが黄色の帽子が被せられていた。

 

「……そうか、根性ある先輩がそれを持っていたか」

 

「ああ、そうだ」

 

 そして朱鳥は両足を土が陥没するほど力強く踏み込んだ。

 黄鬼の彼は、青鬼の削板に廉直な志で向かい合い、筋肉に覆われた太い胴体で増長させた声で大喝する。

 

 

「――――――掛かって来いッ!!」

 

「よっしゃあああ!!」

 

 

 削板は大地を蹴り、一瞬で朱鳥に急接近した。

 距離にして削板の拳が直撃する間合いであり、同時に朱鳥の間合いでもある。

 彼が踏み込んだとほぼ同時に、朱鳥の背後にあたかも彼を焼き殺さんとする炎が幾つも投射された。そして削板が拳を構えるのを合図に、炎が全て消え去った。

 朱鳥の能力は衝撃へと転換するエネルギーが己に近ければ近いほど、そして転移先も近ければ近いほど、より正確に惜しみなく衝撃を叩き込むことが可能になる。そしてこの瞬間、ゼロ距離に限りなく迫った炎は、朱鳥の拳そのものから火山の噴火のように奔出された。

 

 

「――――――超すごいパーンチッ(・・・・・・・・・)!!」

 

 

 それを削板は、逃げず、避けず、往なさず、ずれることなく真っ向から拳で交戦した、

 直後、二人の拳の接点から、二人の腕とは垂直の面に円となって広がる様に、何物も押しのける衝戟が拡散した。

 余波として嵐のような暴風が周囲の生徒や植物を跳ね除ける、地盤ごと震えさせる轟音が山岳地帯全域に木霊した。

 

 朱鳥は体が飛ばされないよう、巻き起こる暴風や音を転換して足から衝撃を押し出して堪える。また反作用として拳に到達し砕かんとする損害を、同じ原理でまるで肉体が大気圧に耐えるように力を放出して削板の攻撃から身を守った。

 

 

「はっはぁ!! やっぱあんたは根性があるなぁ!!」

 

 歓喜した削板は白い歯を見せて笑顔を咲かせる。

 応える様に全身に力を入れた朱鳥は叫んだ。

 

 

「ドンドン来いやあああアアア!!」

 

 

 漢と漢もぶつかり合いは溶岩よりも熱い。周囲へ漏れだす影響を完全に無視したぶつかり合いは、何物にも止められない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

――――――75 mitutes――――――

 

 

 一方通行は目の前にある黄色い帽子に手を伸ばした。

 しかし、あと数センチというところで黄色の帽子は持ち主と同時に空間移動されてしまう。

 

「チッ」

 

 舌打ちをした一方通行は、転送先を探して辺りを見渡す。

 すると黄鬼は一本の木の上で座り込んでいた。その人物の隣には彼が連れてきた少女の一人がいる。

 

「ふむ。あとちょっとのところだったが惜しいね。いや惜しい」

 

 七三分けで丸い眼鏡をかけた小柄なその少年は腕を組みながら教科書の音読のような棒読みで学園都市最強を評価した。

 

「あァ面倒くせェ! ちょこまかと何度も何度も空間移動しやがってよォ」

 

 一方通行が言う文句のように、彼はこうして座標を転移することで何度も一方通行の魔の手から逃げ続けている。

 

 『生徒会会計(・・・・・)』、進藤(しんどう)拓哉(たくや)

 

 彼の体にはけが一つついていない。

 そしてその成因である空間移動は彼の能力ではない。彼が連れてきた空間移動(アポート)の能力者五人によって、一人の手元から手元へ、キャッチボールのように進藤は移動を繰り返している。

 

「……α班BLUC、ε班BRUC」

 

 顔に備わる筋肉で口の筋肉のみを動かしたように進藤はこの場で一方通行にだけ理解不能な信号を片耳に装着された無線機に唱えた。

 進藤だけではなく、彼が連れてきたこの場にいる長点上機の学生全員が無線機を一つずつ装備しており、命令を受けた数人は一方通行への襲撃を試みる。

 この場には、発火能力や電撃使いや水流操作など、能力による飛道具を攻撃の主体とする能力者は一人もいない。なぜならそれらは全て一方通行によって反射されて逆効果で終わってしまうからだ。主に彼に近づくのは、念動能力(テレキネシス)。操作する対象は自分自身であり、多くの生徒が舞空して青鬼の冠を奪うことに力を注ぐ。

 

「ω班SS」

 

 進藤の命令により、とある能力者が土を巻き上げて一方通行の視界を奪った。

 学園都市最強と言えど、一方通行も一人の人間。不意に五感の一つが機能しなくなれば取り乱すことは必須であり、反射的にまき散らされた土砂から逃れようと、そして背後から迫る能力者から青帽子を守ろうと地を蹴って上方へと飛び出した。

 

「βγ班、ED」

 

 進藤も一方通行を視認できるはずもないのにもかかわらず、彼の動きを完全に予測して次なる命令を出した。

 そして、空中で姿を現した一方通行の全方位から能力者たちが襲い掛かり、彼の帽子に手を伸ばす。

 

「あァうぜェ!!」

 

 一方通行は両手を大きく左右に伸ばし、地面とは垂直に竜巻を起こした。

 台風目にいる自分は突風に煽られることはなく、彼の盾となった渦巻く壁は進藤の命令を受けた赤鬼全員を吹き飛ばし、その内数人は赤帽子を吹き飛ばされた。

 

 

「……うーん。あと少し。もうちょっと。青帽子ゲットはすぐ目前」

 

 

 腕を組んで先ほどの戦略を見直す進藤に、一方通行は構わず突っ込んだ。真っ白な手を伸ばして黄色の帽子を奪おうとするが、

 

「δ2」

 

 進藤の呟きのような合図に従った空間移動(アポート)の能力者の一人は彼を手元に呼び寄せて一方通行の手からの回避を達成する。

 

 領域観測(エリアオブザーバー)

 

 進藤の能力で、自信を中心に数百メートルに引き起こされた超能力を感知する能力。

 これによって彼は一方通行の動きを見切り、それに対応した命令を赤鬼達に出し続ける。美影にも周囲の感知は可能であるが、それは単なる重力を掴み取ることだけであり、大して進藤の能力は一方通行が繰り出すベクトル全てを視ることが可能だ。

 しかし、進藤には直接的な攻撃力はないため、こうしてあくまで司令塔に位置づけて青帽子の奪取は他に任せている。

 

 

「…………あァもォうぜェえええ!!」

 

 

 思うように試行できない一方通行の堪忍袋の緒には亀裂が入り、いつ千切れても可笑しくはない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

――――――90 mitutes――――――

 

 

 

 御坂美影は全方位を、正確には自分を中心とした半径100メートルの球体内全てを能力で視渡しているが、虫や小動物の観察しか出来ず、人間と呼べる生命は観測できない。

 

 

「…………………………暇だ、」

 

 

 一本の大樹の枝の上にしゃがみ込み、膝の上に左腕を被せて右ひじをそこに添え、右の手の平に頬を乗せて欠伸をする彼に襲い掛かる赤鬼もしくは黄鬼は一人もいない。

 耳をすませば大きな衝突音が聞こえ、立って見渡せば竜巻や見慣れない植物の幹が伺えるがそれら全ては他の超能力者にしか軌道を示さない。

 

 

「やい御坂美影っ!」

 

 すると不意に名を呼ぶものが下に現れた。

 見下ろすと赤鬼だったため、お呼びでないと木から木へと移ろうとするが、

 

 

「この俺を覚えているか!!」

 

「ん?」

 

 何やら拳の語り合いではなく、言葉のキャッチボールを求める言葉が跳んできたため美影は木から飛び降りた。能力で足にかかる衝撃を殺して声の主を見ると、そこにいたのは一人の少年。

 

「学校では全然気づいてくれなかったが、久しぶりだなああ!!」

 

 その少年は無駄に大きな声で美影に叫ぶ。

 

「……、」

 

 美影は両腕を組む。

 

「…………、」

 

 そして両手を腰に当て、

 

「………………、」

 

 眉間に皺を寄せて空を見上げ、

 

「……………………、」

 

 右手を傍の木に当てて右足を左足に絡め、

 

「…………………………、」

 

 足を戻して右手を腰に当て、左手で顔を覆い、

 

「………………………………、」

 

 左手を固定しながら右手の人差し指を前に立っている少年に向け、

 

「……………………………………久しぶり……?」

 

 

「畜生おおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 美影の一連の動作が、少年との再会を喜びを表しているわけもなく、涙を流しながら少年は近くの鳥類が飛び立つほどの大声を上げた。

 

「テメエ絶対忘れてんだろおおお!!」

 

「あ、いや。うん思い出した。…………佐藤……?」

 

「違ええええよ!!」

 

「……、鈴木高橋田中渡辺伊藤山本中村小林斎藤加藤吉田山田佐々木山口m―――」

 

「何ポピュラーネーム並べてんだよ!? ふざけてんな!? ふざけてんだろ!!」

 

「いえ、別にナニガシさんをバカにするつもりは……」

 

「誰が某だ! 俺だよ、小野町(このまち)だ! お前と小学六年生の時に同じクラスだった小野町(じん)だッ!!」

 

 ついに名乗ってしまった小野町を美影は頭から足までじっくりと眺める。

 すると美影は左手のひらを右手の拳でポンと叩く。

 

「ああ、思い出した思い出した。あの毎回学級委員に立候補していたやつか」

 

「違えええよ!! 誰だそれは!?」

 

「ああ、女は日替わり定食、とか言ってたやつか?」

 

「誰だよ!? 小学生がそんなこというか普通!?」

 

「女の子のスカートを捲って帰りの会で土下座していたやつか」

 

「それだああああああああああっ!! うるせええええええええええええ!!」

 

 美影に自分と関連する情報を引き出すことに成功したが、それはあろうことか黒歴史であったため打ち消すように大声を上げる。

 

「お前がうるさい」

 

「テメエ絶対俺のこと覚えていたろ!?」

 

「小学校でも五月蠅かったからな、小野小町は」

 

「小野町だッ!!」

 

 平安時代の女流歌人ではない小野町が再び大声で自分の名前を叫んだ瞬間、美影の姿がカメラでズームしたかのように視界で巨大化する。それは勿論、彼が急接近してきたからであり、気づいたときには既に小野町の赤帽子は宙へと弾かれていた。

 

「ほな、さいなら」

 

 似非関西弁で別れを告げた美影を赤鬼の権利を奪われた小野町は涙をのんで見送るしかできない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

――――――105 mitutes――――――

 

 

「…………、」

 

 生徒会長の光原はとあるキャンピングカーの中にいた。

 それは山岳地帯から少々離れたところにあり、車の内部にはモニターが多く設置されている。

 そこに映し出されているのは山岳地帯の中。四人の超能力者の行動を把握するために、あらかじめ至る所に小型カメラを設置しておいたのだ。

 

「生徒会長なのに、随分卑怯な真似をするのね」

 

 キャンピングカーに蒼石が入って来た。否、ここでは赤石と名を偽っている。

 今日はけが人の治療のために同行してきた教師の一人だ。

 

「……生徒の安全を確認するためです」

 

 光原は静かに弁明する。

 

「そこじゃなく、」赤石は指摘する。「レベル5が山岳地帯から出てはいけないのに、あなたがここにいるのがどうかってことよ」

 

 光原の頭には黄色の帽子が被せられていた。

 ルール上では青鬼は山岳地帯から抜け出せないが、他の鬼、つまり黄鬼と赤鬼はどこにいてもいい。即ち、青鬼のターゲットであるのにもかかわらず、完全な安全地帯に留まっていてもいいというわけだ。

 

「ですが、」

 

 光原はモニターから視線を赤石に移す。

 

 

 

「アナタがやっていることに比べれば、随分可愛いことだと思いませんか、蒼石記者さん(・・・・・・)?」

 

 

 

「!!」

 

 蒼石は心臓が飛び出るような衝撃を受けた。

 

「な、なにを……?」

 

「ああ、安心してください。レベル5の四人にはあなたのことは何も言ってはいませんから」

 

 赤石の正体など念頭に置く価値のない瑣事であるかのように光原は告げた。それを在りがたく受け取るべき蒼石は何より光原へ意識を集中させた。

 偽名を使い、部下を利用して尾行してきた超能力者に違和感を覚えられる程度ならまだ想定の範疇に入るが、警戒をしないで、それこそ一人の保険医として接してきた生徒に藪から棒に本名を口にされたのだから、怪奇と思わずにはいられない。

 しかし、

 

「…………、負けたわ、」

 

「あら? 意外と潔いんですね」

 

「でも私はあの四人の調査を辞めないわよ」

 

「構いませんよ。何もしませんが、心の中では応援しています」

 

「そう」

 

 冷戦にも発展しなかった会話の直後、モニターの幾つかの画面が黒く染まった。

 おそらく監視カメラが破壊されたのだろう。思い返すとそこに先ほどまで映っていたのは削板であった。

 蒼石はショルダーバッグから紙の束を取り出す。それは夏休みに行われた超能力者四人の風紀委員活動について入手した資料だった。

 

(……削板軍覇。『原石』と呼べる特異な能力者の中で頂点に立つ。風紀委員活動では四人の中で最も多くのスキルアウトを取り押さえた。……暑苦しい子、ね)

 

 最後にこの十数日における学園内で得た彼の人間性についての感想を心の中で述べた。

 意外なことに削板は学校を休むことも多々あり、その日の彼の行動を部下に追跡させて調べたところ、人助けのようなことを行っていることが分かった。まだ生きているカメラの映像でも生徒会副会長と拳で語っているのは彼女にとっては見るに堪えないのは内緒だ。

 

「……そういえば、アナタは彼らの帽子を取りにはいかないのかしら?」

 

 確かにここに留まっていれば光原の安全は保障されるが、同時に戦いを放棄していると主張するものだ。

 

「いえ、私の能力は今回の訓練には不向きですし、彼らに私の分を取ってきてもらうよう頼みましたので」

 

 彼女が向けた指の先には生徒会の三人の闘いの風景が映し出されていた。

 

「一体あなたは誰の帽子が欲しいのかしら」

 

「それは勿論、」

 

 光原は指を動かし、とある人物に向ける。

 

「――――――彼です」

 

 そこには超能力者序列第六位、御坂美影の眠そうな顔がドアップで映し出されていた。

 蒼石は首を傾げる。

 

「あら? ならどうして他の三人にしか生徒を向かわせていないのかしら」

 

「作戦ですよ。まだ一時間以上もありますから」

 

 ふうん、と蒼石は感嘆の息を吐く。

 何を企んでいるのかは知らないが、彼女にはもう一つ聞き出したいことがあった。

 

「……、それで、あなたは御坂くんに何を命令するのかしら?」

 

 すると光原の表情の色が変わった。先ほどまでは生徒会長らしく凛とした頼りがいのある顔つきをしていたのだが、今は捕食者のように鋭い目つきをしていた。

 

「それは勿論、」

 

 光原は目をつぶり、

 

「私は彼を、」

 

 拳を次第に固めていき、

 

 

 

 

 

 

「――――――私の『弟』にしたいっ!!」

 

 

 

 

 覚醒したようにカッと瞼を開けて恥じることなく言い切った彼女を、蒼石は台所で一週間放置した三角コーナーを見るような目で眺めた。

 

 

 

(…………学校の新聞部にでも教えちゃいましょうか)

 

 

 公的に扱われる雑誌ではなく、たった数百人だけが閲覧するメディアなら大うけするであろう、とその道のプロである蒼石宇宙は思った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

――――――120 minutes――――――

 

 現在残存する鬼の数

 

 青 4

 黄 4

 赤 139

 

 

 

 




 レベル5 vs 生徒会

 オリキャラ多い(泣)。
 いえ、この大覇星祭訓練の話は次で終わりますが、その後は登場させない予定ですので(笑)。
 あと、最後変態発言した生徒会長がヒロインになることはありませんから(笑)。


 ◆

 今回使わせていただいた名前。

 進藤拓哉   from グラキエースさん
 香月勇樹   from lightさん
 朱鳥小雀   from まるきゅーさん
 小野町仁   from 夜遊さん

 皆さん本当にありがとうございました!
 今回は考えていただいた能力も使わせていただきました!




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