九月一日、夜。
学園都市第十五学区。
学園都市最大の繁華街があり、レジャー施設も集中している。また、土地代も学園都市で最も高いため、住人よりも遊覧目的でやってくる人間が多い。
そしてこの学区にはもう一つ、ある分野を活動理念にしている分野がある。
不特定多数の大衆に情報を伝達するマスコミュニケーション、略してマスコミ。
出版活動の拠点とするビルディングの一つ。『See Vision』と書かれた看板を構える十数階建てのビルの一角。
そのオフィスに、一人の女性が入っていった。
ミディアムの黒髪。長い睫に縁なし眼鏡。女として魅力的なスリーサイズを誇示するようなカラダに密着気味のアクアブルーのシャツと大腿の中ほどまでの長さの黒のスカート。
二十代中ほどで若々しさも溢れているが、艶やかな色気もある大人の女。
彼女はこの出版社で、若いながらも数々のスクープをものにしてきた敏腕記者だ。
「やあ、蒼石君、まだいたのか」
「いいえ、一度戻っただけでまたすぐ出ます」
編集長と思われる頭部が寂しくなり始めた漢に声をかけられ、女性は微笑む。
「そういえば、」編集長は思い出したように天井を見上げて、「今日から、また新しいこと、始めたんだって?」
「はい。といっても本格的に動くのは明日からですが」
そう丁寧に受け応えて蒼石は自分のデスクの場所に向かう。
デスクは天板の両端は資料等が積み重なっているが中央は何かしらの仕事がこなせるだけのスペースが確保されている。
空きスペースに彼女は愛用のショルダーバッグから取り出した四枚の写真を並べていく。それらにはどれも高校生が一人ずつ撮られている。
一枚には、ホスト風の少年がカラオケで熱唱している姿。
一枚には、男気溢れる少年が不良たちに拳を向けている姿。
一枚には、白髪の少年がコンビニの袋を片手に歩いている姿。
一枚には、栗色の髪と瞳を持つ少年が子猫を撫でている姿。
「…………、」
蒼石は口の端を吊り上げる。
眼鏡を整え鋭い目を写真に配る。
潤った厚い唇を人差し指で撫で、期待を膨らませて今後の作戦を組み立てていく。
◆
長点上機学園は学園都市の五本指に入る名門校であり、能力開発においてはナンバーワンを誇る超エリート校である。
その実力は前年度の大覇星祭での優勝という経歴が如実に物語っている。
そして今年度は学園都市に七人しかいない超能力者の内、四人を獲得し、輝かしい歴史の続行はほぼ確定的だと予見されている。
「先生、頭が痛いので保健室に行って来まーす!」
「そうか、言って来い」
学園都市トップクラスのお嬢様学校、常盤台中学の『礼儀作法等を含めた総合的な教育』といった方針とは違い、徹底した能力至上主義が敷かれている。
そのため、実質的に学園の目標とされる超能力者という称号を既に与えられている四人は周囲から羨望と共に嫉妬を内包した一瞥を受けることが多々ある。
中には感情を暴力で表現した挑戦者が多々いたが、その全てが見事な返り討ちにあったのは言うまでもない。
「せんせー、手にシャー芯が刺さったので保健室に行って来まーす」
「おう、気をつけろよ」
そして学内の設備にも力を入れており、教室内には外部からの騒音が入ることも、また外部に漏れだすこともない。セキュリティは万全で、軍事施設にも引けを取らないクオリティを持つ。
勉学も捗り、それにより養われる集中力は他の活動にも大いに活用されるであろう。
「先生、腹痛がするので保健室に行っても良いですか?」
「ん、ああいいが、」
とある男性学生がお腹をわざとらしく押さえながら退出した。
それにこの時間の授業を担当している、超能力者四人の担任である有澤は首を傾げる。
「……なんか保健室に向かう生徒が男子限定で多い気がするが、」
ざっと見渡しても空いている席は二桁はある。
そしてそこにいるはずの生徒は全員が男子であり、残された生徒の内、女子生徒の中では有澤の言葉を聞いてどこか不貞腐れているように頬を膨らめる者がちらほらと。
「まあ、いいか」
大して生徒に興味を示さない有澤は言葉に人並みの抑揚を付けつつも無表情でマイペースに授業を再開する。
「まったく、皆根性が足りねえな」
授業に正面から向かっている削板は退場していった生徒たちを評価した。
その隣に席を構える美影は削板の方に目を向ける。因みにさらに美影の隣にはぐっすりと眠っている一方通行がいて、その向こうは垣根の席だが彼も保健室組に加わっているため不在だ。
「そういうお前の腹から何やら奇妙な音が聞こえるのは、何故?」
「朝飲んだ牛乳が古かったらしくてな、残りを全部根性で飲みきったら腹ぁ壊した!」
数秒後、彼は真っ白ピカピカに掃除された便器に腰を下ろすことになるのは言うまでもない。
「おい、御坂」
授業が終わり、しばらくは昼休みのため学食なり弁当なりを食する時間になったとき、美影は担任有澤に声をかけられた。
「何ですか?」
「垣根を呼んできてくれ。大覇星祭の打ちあわせとか色々面倒なこと押し付けっから」
教師として不適切な文脈だが美影にとってはどうでもいい。
垣根はこのクラスでも学級委員なる役職についているため、面倒事も多いのだ。
目覚めた一方通行に一言かけて、教室から出ようとしたとき、
「御坂君」
「ん?」
不意に声をかけられたため振り向いたところ、そこには女子のクラスメイトが三人ほど迫って来た。
美影より頭一つ分低い彼女たちは上目づかいで見上げながら心の底から警鐘を鳴らす。
「――――――御坂君は、
省略された意があまりにも重要な修飾を施してくれような一言により美影が返したことがはたった一文字。
「…………………………ん……?」
◆
長点上機の保健室という空間も、病院といったその学問での専門施設と同等の設備を所持していると言っても過言ではない。
広く清潔で機材も豊富。
治療を必要とするなら時を移さずして臨機応変に措置を施してくれるはずなのだが、
(…………なんじゃこりゃ、)
行列のできるラーメン屋、テーマパークの新アトラクションの如くその先に目指すものを心待ちにして列を創作する人々。
学年問わずに混合して一列を構築しているが、美影のクラスの退席者ように男子しかいない。
保健室とはそもそも病気の予兆が観測された生徒や、何らかの学内活動において負傷してしまった生徒、例外としては授業をサボタージュする目的の生徒が訪れる場であるはずなのだが、昼食時間を割いて並ぶ男子学生の表情はどこか緩んでおり、ニヤケ顔が多い。
とにかく、美影は保健室の入り口に向かおうとすると、
「おい御坂、気持ちはわかるが並べよ」
見知ったクラスメイトが謎な茶々を入れてくるが、
「ナニ言ってんのか知らないけど、俺は垣根を呼びに来ただけだって」
軽くあしらい入室をする。
見渡したところ、やはり何故か鼻の下を伸ばしている男子学生が大量発生している。
「おーい、垣根どこにいるか知らないか?」
適当に近くにいた他のクラスメイトに質問する。
すると、その男子学生はどこか不服そうに答えた。
「あぁ、あそこのベッドだよ。ったくレベル5だからって調子に乗んなよなぁ」
訳も分からない愚痴を聞かされて鬱屈というよりは訝しさを抱いた美影は指さされた場所を向く。
そのベッドは安眠用のカーテンに囲まれており、中の様子はこのままでは窺えない。
まさか寝ているのでは、と男を起こす趣味などない美影は嫌々ながらも仕方なく担任から与えられた任務を遂行しようとカーテンに手をかけスライドさせたところ、
――――――ベッドにうつぶせになっている上半身裸の垣根の上に、白衣を着た女性が膝立ちで跨がっていた。
「…………、」
笑わず怒らず悲しまず喜ばず呆れず疑わず、美影はカーテンに手をかけた瞬間の表情を液体窒素で凍結させたように維持し続ける。
「あ、テメ御坂――――――」
カーテンが開けられたことに気づいた垣根が首だけ振り向き美影の存在に気づく。
かける言葉が検索不可な美影の脳内信号はただ手を元に戻すことを命令し、視界から現場はシャットアウトされる。
そのまま街路のタイルを数えながら歩くように食堂にでも向かおうとするが、それほどかからない内にカーテンの中からシャツを羽織りながら出てきた垣根に肩を掴まれ阻害されてしまった。
「オイ待て御坂! テメエこれから何とした!?」
「お前がナニしようとしていたと言いふらしに」
チンピラに絡まれた世界チャンピオンボクサーのようなジト目を美影は向けながら垣根の手をほどく。
「テメエ!!」
「まあ、落ち着けよ。俺はお前がどこでナニしようと、ねぇ? お前は常識が通用しないって自分で豪語するほどなんだから」
「常識が通じねえのは俺の能力だ!」
今にも演算を開始して有言実行しそうな垣根を彼の背後から優しくなだめようとする女性が降臨した。
「だめよ、垣根くん。喧嘩なんてしたら」
艶のある声をかけたのは、先ほど彼にまたがっていたと思われる女性。ミディアムの黒髪、縁なしの眼鏡、異性を誘惑する体型を見せつけるようにボタンを三つほど外したシャツに短めのスカート。そしてその上に白衣を着用していて艶やかな雰囲気を醸し出している。
「…………、」
美影は学内の男子生徒がこの保険医目当てであるということを確信した。
同級生にはない大人の魅力を凝縮したようなこの女性は美影をみて近づいて来る。
「あら、もしかしてアナタが御坂美影くん?」
「ええ、そうですけど。何故名前を?」
「さっき垣根くんが呼んでいたし、その前に彼からちょっと話を聞いたからね」
潤った唇を動かして保健室の女先生は言う。
下手に不必要なことを伝えていないだろうか、と美影は垣根を睨んだが彼はシャツのボタンを付けていたため目が合わない。
「先生は新任の方でしたっけ」
「ええ、……もしかして御坂くん、私の名前、知らないのかな?」
小悪魔的な意地悪さを兼ね備えた首のかたぶきに、美影は微笑みで返しながら彼女の望みをかなえる。
昨日の始業式において、一時だけ全校生徒が騒がしくなったとき、美影は意識を式の進行に移したため小耳には挟んでいた。
「いいえ覚えていますよ。たしか、『
「憶えていてくれたのね!」
ほっといたように、子供っぽさも合わせた笑顔で喜びを
「で、何でお前は覗きにきたんだよ」
制服を着終えた垣根は不服そうに尋ねる。
垣根は肩が凝ったというオジサンのような口実で保健室の入場切符を獲得し、それをわざとらしく赤石に報告したところマッサージをするという結論に至ったから先ほどの光景が誕生したらしい。
「有澤先生がお前を呼んでいたから呼びに来たんだっての。誰が好き好んで野郎を覗くかよ」
そんな超能力者二人の会話を赤石は外面上は天然林のような安らぎ溢れる微笑みを浮かべながら眺めていた。
しかし、内面では異なる。
小鹿を見つけた空腹な肉食動物のように、地図を手にしたトレジャーハンターのように、鋭く研ぎ澄まされた目で二人を捉えつづけ、舌なめずりをして待ち受けているであろう快感の規模を量り取る。
(……ふふふ、)
本名、
偽名でここにいる理由は他でもなく、潜入捜査。敏腕記者として、学園都市に七人しかいない超能力者の四人に関する、世に出ていない隠された彼等の本性を探るためにここにいる。
(――――――絶対に、あなたたちを丸裸にしてあげるわぁ……)
恍惚な内なる破顔からは今にも涎が落ちそうである。
それを外には出さず、自他ともに認める異性を魅了するテクニックで彼らに近づくことを願い、今は伏竜する。
◆
数日後、美影は一人街中を歩いていた。
今日のような土曜日など、休日は彼は何も予定を立てることなく街をフラフラと気の向くままに放浪することが多々ある。その中で生活品の不足を発見すれば購入するし、本屋で興味を持った書籍があったならそれを立ち読みしたり、と肩書に反して割と一般的と呼べる。
彼は自分から他人の予定を自分に合わせることを好まないため、娯楽や遊戯的な外出は殆ど誰かに声をかけられて受け入れる形をとることになる。
美影自身としては、それで何の苦労も不便もないのだが、彼の後方に先ほどからいるとある女性は嘆きたい衝動に駆られている。
(あー、もう何でこの子はこんなにも普通なのかしらっ!!)
蒼石は会社で借用した車の中でイラつく。
今は彼が歩いている街路の脇にあるコンビニの駐車場に止まりながら双眼鏡片手に観察していた。
彼が程よく移動したら、その度駐車場を梯子する、といった具合に追跡を続けている。
もし、彼の姿を見失いつつあったら、
「今、あの子は何している?」
『コンビニで立ち読みしています』
外で歩いて尾行している彼女の部下に連絡を取る。
部下は微小のマイクが備え付けられたイヤホンを耳に装着し、あたかも音楽を聴いているかのように街を歩いている。
彼女はこうした部下が何人かいて、九月一日に受け取った超能力者四人の写真も彼等に撮影させたものだなのだ。
「…………はぁ、」
蒼石はため息をし、鞄から煙草を取り出して一服する。
煙草を持つ手とは逆の手で資料を一枚一枚めくって、美影に関する情報を再確認する。
(……御坂美影……レベル5序列第六位……妹は同じくレベル5で序列は第三位の御坂美琴、)
大して奥深くまで潜り切れてはいないものの、それだけで彼女の意識は彼に向けられている。
(なぁーんでこんなに
兄妹そろって学園都市の財産に認定されているのに妹の輝かしい人物像しか世間には流れていないのは明らかに不自然で不可思議だ。
そこには、つまり御坂美影という人物にはナニカある、と蒼石は確信して自らの矛先は彼に集中させているのだ。
(……書類上では柵川中学を卒業だけどそこの教師たちには何も知られていない。他の超能力者にも、籍だけがいくつもの学校を転々としている傾向があるわねぇ)
それは彼女の調査結果の一部。
そして彼女はここ数日の彼の学園生活を思い起こす。
御坂美影という生徒は、一方通行のように不愛想でもなく、垣根帝督のように女タラシでもなく、削板軍覇のように厚かましくもない、珍しい個性を持っていることもない普通の優等生のようだった。別け隔てず平等に振る舞うその様はどこか保護者のそれに類似している気もするが、他者に対する彼の配慮と受け取るのが正しいだろう。
しかし。
上辺では、当たり障りのない振る舞いをしていて、本質はやはり奇怪千万、といった予測が浮かんでやまない。
白い煙を吐きながら外を眺めていると脇においてあるスピーカーから尾行を任せている部下から連絡が聞こえた。
『ターゲットが立ち止まりました』
「! どこに?」
車の駐車位置からは見えない位置であるため、彼女は耳に集中した。
『ファミレスの前です。ガラス越しに店内の人物と目を合わせて何かジェスチャーしているようです』
と、周りには聞こえないであろう声量と、この職で習得した腹話術で尾行担当の男は報告し続けると、
『あ、ファミレスに入りました』
「アナタはイヤホンをはずして近くの席を確保しなさい。会話はアナタのノーパソに仕込んだマイクで拾って通信はメールで」
店内などでは小声でも店員やほかの客に独り言として聞かれ、不審に思われる危険性があるため、彼女の言葉に従えばターゲットの会話を聞き取りつつも無言で指示が出せる。
「私はそのファミレスの駐車場に移るから」
吹かしていた煙草を灰皿に押し付け、車を発進させる。
パーキングエリアに入りながら美影の姿を確認したところ、彼の前には四人の少女がいた。
駐車を終え、エンジンを切る。
この車も会社で独自に改造してあるため、例えエンジンを切ったとしても空調管理機能は稼働できる。まだ暑さは厳しいが、この車なら長期監視も問題ない。
缶コーヒーを開けてから、彼女はスピーカーの通信相手を部下のノートパソコンに切り替え、彼女も通信できるようスマートフォンのメールアプリを起動させ、店内に意識を向ける。
(……彼の妹、御坂美琴。その後輩、白井黒子。そして柵川中学の初春飾利、佐天涙子)
美影の人間関係を可能な限り徹底的に洗い出して得た情報は全て頭の中にも手元の紙束にも収められている。
彼の席の近くに陣取り、あたかも残業をしてるかのようにキーボードを緩やかにたたき続ける部下の姿を確認しながら、缶コーヒーを口に含み、部下が所持するマイクが拾う美影の会話に耳を集中させると、
『――――――
「ブフッ!!」
『ブフッ!!』
確信を付かれた一言がいきなり届き、蒼石はコーヒーを盛大に吹き出す。ほぼ同時にスピーカーからも同じような効果音が響いたところを見ると、部下も飲料を吹いたらしい。
「ちょ、ま! まさかバレたんじゃ――――――」
ここで正体が知られては雑誌記者失格でありクビもありえるため、焦りに焦りながら車に備え付けられているティッシュで噴射されたコーヒーを拭き取りながら片手でスマートフォンで連絡を取ろうとしていると、
『そうです! ちょっと前に巷で噂だった都市伝説です!』
少女の元気溌剌な説明が耳に入ったので、メールの送信は止めた。
(……ああ、あの都市伝説ね。何で今更……)
独自の情報網を持つ蒼石もその手の話は自然と耳に入る。
しかし、その事件は夏休み中に彼の妹である御坂美琴の手によって解決したはずである。
彼女はコーヒーを拭き終え、耳に集中し続ける。
『私の活躍、美影さんにも見せたかったなぁ!』
『えぇ~、佐天さんそんなに力になっていましたっけ?』
いつまで経っても彼女が求める特大スクープの影すら見据えない。
美影は殆ど聞き手を担当していたため、彼に関して得た新しい情報といえば、
『あ、私ドリンクバー行ってきますけど、美影さんのも汲んで来ましょうか?』
『おーサンキュー』
『何にしますか? コーラとか?』
『俺コーラ飲めないんだけど。アイスコーヒー頼むわ』
『へぇ、意外ですね。美影さんにも苦手なものがあるなんて』
『アンタ学園都市に来る前は好んで飲んでいたのにね』
『苦手なものは苦手なの』
(…………御坂美影はコーラが苦手、と)
希少な超能力者と言えど、誰が男子高校生の苦手なドリンクを雑誌に掲載するだろうか。
鬱憤が六割ほどたまって来た彼女は、そんな細々たる内容だけをメモ帳に記録した。
自分の仕事には根気が何より求められると分かりつつも、憂さ晴らしの喫煙は止まらない。
◆
ファミレスで妹含む女子中学生にドリンクや軽食代を奢らされて店の前で別れたのを確認した蒼石は彼が自宅に到着するまでは追跡すると固く誓った。
車は会社が所有するものだが先ほどとは異なる色、形状のものに入れ替えた。
無意識のうちでも人間は環境に散らばる情報を吸収しているため、このような転換は仕事を円滑に行うためには不可欠なのだ。
(…………なぁ~んにも、ないわね~この子、)
日常系漫画ももう少しは人を引き付ける魅力があると蒼石は思う。
まさに平々凡々な休日を満喫している彼にはまだカメラのシャッターが下ろされない。
尾行を任せていた部下もそろそろ彼に気づかれる危険性が予想されるため帰らせ、今美影を追跡しているのは彼女一人だ。
専門の業者に頼んで車のヘッドライトに仕込んだマイクは百メートル先の会話もピンポイントで盗聴できるため、数十メートル後方に今はいるが問題はない。
諦めかけたその時、
『み~か~げ~さぁ~~んっ!』
突如車内に備え付けられたスピーカーから女子の声が聞こえた。
それを合図に彼女は双眼鏡を手に取り、彼がいる座標を注視する。
◆
「み~か~げ~さぁ~~んっ!」
「げ、」
背後から大声で呼ばれたため、美影は顔を引き攣らせながら振り向いた。
そこにはブロンドの髪をなびかせ、星の入った瞳を輝かせて小走りしてくる少女、食蜂操祈の姿が迫ってきている。
逃がしまいと美影の腕に飛び込むように掴まってきた彼女はすぐさま自慢の胸を押し付けた。
「偶然ですねぇ、こんなところで会うなんてぇ☆」
「あーそうだね、いい天気だ」
上目遣いと上の空はかみ合うわけもなく、美影は視力回復に努めるように明後日の方向を眺めていた。
そんな彼の顔に食蜂は背伸びをして主に唇辺りを近づける。
「これからぁ、どこかに行きませんかぁ?」
「俺もう帰るとこなんだけど」
「えぇ!?」
食蜂が何故か驚いたことに美影は小首を傾げるが、
「ま、まさか……お持ち帰りですか? 私をお持ち帰りなんですかぁ!? ……わ、私ぃまだ、心の準備力がぁ……」
ナニ言ってんだコイツ、と美影は口をポカンと開けている。
両手をピンクに染めた頬に添えてくねくねと体を動かす少女の対処法を、美影は『裏』でも学んでいない。
◆
(……な、なんてことなの……!?)
少年少女から数十メートル距離を置いた位置で、蒼石は双眼鏡のレンズを割る勢いで目を見開いて凝視していた。
これまでの苦労が一気に吹っ飛ぶほどの爽快感を覚え、蒼石は手に汗を滲ませる。
(――――――御坂美影は、妹の同級生と恋愛関係にあるッ!!)
刹那、蒼石は脳内で雑誌の見開きのレイアウト、写真の大きさと角度、見出しの文字などを組み立てていく。
この記事を出版したら間違いなく売り上げの新記録を更新できると確信するが、
(…………なんか、一気に彼に対するイメージが崩れ落ちそうなアブナイ内容ね、)
ホスピタリティ溢れる彼に対する善良な印象が裏返させる鍵になりそうだが、
(…………てか、御坂くんあからさまに彼女を避けようとしているし)
事実でないことは仮に社会を動かしそうな記事でも書かないことが彼女の信条であり、また会社の行動指針でもあるため、即ボツの判子を脳内記事に押し付けた。
『お前を部屋に入れたらなにされるかわっかんねーだろうが』
『ナニされるかって、……美影さんのエッチぃ!』
『暴走してんじゃねーよ』
『大丈夫ですよぉ、美影さんに能力使ったりしませんからぁ』
(……食蜂操祈はたしか、精神系の能力者だったわね)
超能力者の能力の情報も大まかには頭に入れているため直ぐに連想できる。
(何か、知られたくないことがあるのか……)
人間だれしも他言したくない私事ぐらい持っているものではあるのだが、
「――――――だから
ついにイラつきが頂点に達した彼女は、双眼鏡を脇に置いて拳をハンドルに打ち付けた。
直後、道路わきを歩いている通行人が彼女が乗っている車から不意に鳴り響いたクラクションに体をビクつかせたことを、彼女は気づいていなかった。
美影の前に現れた新たな敵は、雑誌記者。
さらりとだけど、久しぶりに登場した少女たちがちらほらと。
『See Vision』という名はどこから考えたかは分かりますかね?
……………食蜂との熱愛報道があったら、美影は発狂しそう(笑)
◆
今回使わせていただいた名前。
蒼石宇宙
SAKULOVEさん、ありがとうございました!
……申し訳ありませんが、大人なので折角考えていただいた能力は登場しないのでごめんなさい。
優しく見守っていただけるとありがたいです。
◆
明日からは三連休!
活動も大いにできる…………と、思いきや、私、サークルの秋合宿があるので申し訳ありませんがちょっとの間、投稿は不可です。
ごめんなさい。
感想等は大歓迎ですので。
来週の平日から、また頑張ります!