とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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第零章、最終話です。



Determination

 

 ◇

 

 

 

 一方通行はとある病室の入り口付近、廊下に置かれた椅子に腰かけていた。

 どれほどいたのか覚えていない。

 考えることは山よりも積み上げられていた。

 

「――――――…………、」

 

 一方通行は自分の手を見る。

 血により赤黒く染め上げられており、もうすでに乾きつつあった。

 

 その中に、自分のものはない。あの少年のものか、彼の妹のものだ。

 

 自我を取り戻した一方通行はあの少年と少女の血流を制御しながら病院に運んだ。

 そして、まるであらかじめ彼がやってくることを知っていたかのように、カエル顔の医者が出迎え、彼らの治療を始めた。

 その時、一方通行は自分がどんな顔をしていたのか、どんな言葉を発して二人を引き渡したのかを憶えていない。

 

 きっとこの世の中で最も賤しく哀れだったのだろう、と思う。

 

 一方通行は手を柔らかく握る。

 固まったそれ(・・)は、パキパキと彼の手から零れ落ち、まだ潤いを保っていた一部は彼の手の皺を埋めていった。

 

 

――――――これが、血か

 

 

 返り血も『反射』してきた彼にとって、その感触は新規のものだった。

 手や衣服の染みは洗えば落ちるであろうが、彼の心に染みついたそれは、拭うことも落とすことも抉り取ることも出来やしない。

 

 決して忘れることはない。

 

 決して隠せることはない。

 

 決して償えることはない。

 

 

 右手を握り、左手で包み、額につけ、歯を食いしばり、体を震わせる。

 何時から間違えたのか、どこから後悔すればいいのか、どれが贖罪できるのか。

 自分の生き方を見失い、自分の存在価値を滅絶し、ただただ彼はあの少年の命が消え去らないことを願い続ける。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「コード000001からコード357081までは不正な処理により中断されました。現在通常記述に従い再覚醒中です。繰り返します、コード000001から――――――」

 

 最終信号の口から機械的な言葉が天井の耳に届いた。

 それすなわち、彼が最終信号に打ち込んだウイルスの不発を証明するということだ。

 しかし、彼の聴覚は他の感覚によって阻害されている。音として認識していても、言語として彼の脳が吸収してくれたのかは怪しい。

 

 

 

 そして、その終戦宣言が聞こえたのは、天井だけではなかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

「――――――ア……?」

 

 一方通行は(・・・・・)打ち止めの無事を確認して手を離した。

 否、意識的に手を離せた(・・・・・・・・)

 彼の全身を覆っていた汗が次第にひいていく。今の彼の身体的コンディションはまったくと言っていいほど悪くない。

 意識も鮮明にある。

 そして一瞬ほど前の銃声を頭の中で繰り返し流すが、間違いなくその音は存在していた。

 

 しかし、今の彼には痛みと呼べるものはない。

 痛覚の麻痺を引き起こすほどの負傷もなく、彼の体内の血液は一滴も減っていない。

 

 天井の顔を見ても、憐れな大人の末路のような無様な絵面しかない。驚愕よりも虚脱により占められている。

 

 

「…………な、なんで……?」

 

 

 空砲なはずはない。銃弾が意識外に消費し尽くすほど彼は乱用しない。

 しかし、一方通行に風穴はない。

 彼の後方にもそれらしき跡はない。

 

 

「――――――!」

 

 

 一方通行は気づいた。

 只でさえ夜により光源は限られていて、その上一方通行が車を強制的に停止させた際に車内の照明は故障している。

 そんな中、一方通行が彼自身と天井の丁度中間に目を凝らした。

 

 そこには、暗闇よりも黒く(・・・・・・・)黒よりも暗い(・・・・・・)、固体でも液体でも気体でもないモノが宙に浮いていた。

 

 捕えた者は離さず、最強の矛にも最高の盾にもなる、一方通行が戦闘において唯一恐れた存在。

 

 

 超重力玉(ブラックホール)

 

 

 一方通行がそれを確認した直後、天井の体が水平に落ちた(・・・・・・)

 

「がァッ!?」

 

 道路わきのフェンスに体を打ち付けられ、肺の中の空気を搾り取られて一瞬苦しんだ。

 そして二人の耳に、とある人物の声が行着いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――視ーつけた(・・・・・)、」

 

 

 

 

 聞き間違えるはずがない。

 この声質を忘れるわけがない。

 迷うことなく一方通行は声の主を判断した。

 

 一方通行と打ち止めと距離を取らされた天井と彼のスポーツカーの間に一人の人間が降り立った。

 自然界の重力加速度を裏切って柔らかく地に足を付けたのは、一方通行の最初で最高の『友』。

 

 

 

 

 

 御坂美影がポケットに手を突っ込んで、天井亜雄を心底見下すように微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 御坂美影の意識が戻った。

 アルコール類の匂いが鼻腔を刺激し、掛け布団の温もりを受け取り、点滴の冷ややかな流れを感じ取って、ここが病院であり、『あちら側』に逝っていないことを理解した。

 そして彼の視界が整っていき、すぐ横にカエル顔の医者の姿があることに気づいた。

 

 そして、

 

 

『――――――お兄様!!』

 

 

「!!」

 

 意識を失う前に最後に耳にした声が頭の中に流れ、なぜここにいるのかを瞬時に理解した美影は急速にベッドから体を起こしてカエル顔の医者の胸ぐらを掴んだ。

 

「あいつは!? あいつはどうなっ――――ッッ~~~!!」

 

 明らかな無理をしたために腹の右上に刺さるような激痛が走り、カエル顔の医者を掴んでいた手で押さえる。

 乱された白衣をカエル顔の医者は整え、飄々とした声で報告する。

 

「ふぅ、あの子は大丈夫だよ。君の怪我の半分にも満たないんだから。……まったく、君にはもう少し自分の心配をしてほしいものだねえ?」

 

「そ、うですか…………、」

 

 ゆっくりと、今度は傷に響かないようゆっくりと背をベッドにつけて安堵の息を漏らす。

 落ち着きを取り戻していくと、抑えている腹は何者かに撃たれたのだと思い出した。

 

 

――――――最後に聞こえたのは銃声だった。

 

――――――最後の痛みは腹を貫かれたものだった。

 

 

――――――最後に目に入ったのは、一方通行の眼から落ちた一滴の雫だった。

 

 

「あの実験は終了した。もう君の妹達が同じような目にあうことはないだろうねえ?」

 

 その言葉を聞いて、美影は心の底から安らぎが湧いてくるのを感じた。

 

「――――――よかった……、」

 

 あれほど血を流し、あれほど魂で訴えたのが無駄にならなかったのがなにより嬉しかった。

 痛みは忘れ去られ、涙が流れるほど美影は心が満たされたのだ。

 

 

 

「あと、もう一つ君に伝えることがあるんだけど」

 

 

 カエル顔の医者は、病室の入り口をゆっくり開けた。

 

 

「―――彼はずっと、君の目覚めを待っていたんだよ」

 

 

 真っ白な髪と肌を持つ学園都市最強、一方通行の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 美影は優雅に天井を見下していた。

 一秒すら彼から目を離せないでいる天井を無視して美影は後ろを振り向き、腰を曲げて車の中を覗き込んだ。

 

「ふーん、この子が最終信号(ラストオーダー)ね。……何年か前の美琴にそっくりだ」

 

 すやすやと眠っている打ち止めに美影は優しく微笑んで体の向きを戻して、天井を強く睨んだ。

 

「あ、ああああ……」

 

 ガチガチと歯を鳴らして天井は恐怖に溺れる。

 そして聞き手に拳銃を持っていたことを思い出した彼は美影に銃口を向けた。

 それが何に役立つのかは分からないが、完全に理性を失った天井は引き金に人差し指をひっかける。

 

 しかし、美影は悪あがきすら許さない。

 彼は右手をポケットから抜き、軽く横に振るう。

 そよ風しか生み出さないはずのそれはブラックホールを操作し、天井の拳銃の半身を消し去った。

 

「ッ~~~~~!!」

 

 カチカチと指を動かすが何も出てこない。

 無意味に残った鉄屑を投げ捨て、腹を上に向けながらも這うように美影から距離を取ろうと必死に手を、足を動かした。

 そのとき、近くに車が停められた。

 出てきたのは勿論、芳川桔梗。

 姿を現して美影の姿を見た瞬間、目を丸くして尋ねる。

 

「ど、どうしてアナタがここに……?」

 

 その言葉で一方通行は理解した。てっきり彼女が最終手段として美影を呼んだのだと思っていたのだが、それは勘違いだったらしい。

 近づきながら尋ねた彼女に美影は微笑み、左手をポケットから出す。

 それには彼の携帯電話が握られていた。

 見せびらかすように手を動かして美影は経緯を説明し始める。

 

「電話があったんです」

 

「電話……? いったい誰から……?」

 

 

布束先輩(・・・・)からです」

 

 

 

 布束砥信。

 美影や一方通行のように長点上機学園に籍を置く高校三年生。

 彼女は量産型能力者計画に参加していた研究者の一人で、今は美影の計らいでかなり高い地位についている。

 

「彼女が……!?」

 

 布束は芳川が最終信号の対処のために連絡がとれた研究者の一人であり、信用できる人物でもあった。

 そして彼女が美影に事態を説明することは想定外であった。

 

 

「さて、」

 

 

 美影は携帯をポケットにしまい、両手をフリーにしてから表情を一変させ、また天井を睨む。

 

 

「ひぃ!!」

 

 

 天井は情けなく悲鳴を上げるが彼に美影を操る武器も術もない。

 そして一秒後に首を切り落とされても文句の一つも言えないほどの悪行をしたのだ。

 

 

「アナタをどうしましょうか、ね」

 

 残酷なまでに暗い声を出しながら美影は近づく。

 芳川も、一方通行も口を出せない。

 それほどまで彼の全身から万物を畏怖させるような情調を撒き散らせていた。

 

 

「一年ほど前、言いましたよね? 妹に手ぇ出すなって」

 

 

「ッッ!!」

 

 もはや悲鳴も出てこないのか、天井はただ汗と鼻水で顔を汚す。

 

 

テメエはそれを破った(・・・・・・・・・・)

 

 

 鬼のような形相でいるわけではない。

 能力で肉体を蝕んでいるわけでもない。

 ただ、天井には美影と共に生と死の境界線が迫っているようにしか見えなかった。

 

 そして、

 

 

 

「選べ。

 今すぐここでその首を切り落とすか。

 

 

 

 

 

 

 ――――――これからも(・・・・・)あの子達の世話を(・・・・・・・・)続けるのか(・・・・・)

 

 

 

 

「…………………え……?」

 

 天井は耳を疑った。

 頭を疑った。

 

――――――この少年は今なんて言った?

――――――この少年は今なにを考えている?

 

 

「布束先輩に嘆かれたんだが、今はどうも人手不足らしい」

 

 気づけば彼の両手はまたポケットに入れられていた。

 

幸運なことに(・・・・・・)、アンタは優秀な科学者で、あの子達の体にも詳しい」

 

 彼の目つきも少なからず柔らかくなっていた。

 

「環境と機会は与えてやる。借金とやらは一生働くなら何とかしてやる。そうすりゃ今は(・・)この手は振るわないでおいてやる」

 

 一瞬で楽になるか。

 一生を捧げるか。

 対の選択肢。

 どちらが地獄で天国なのかは一目瞭然だった。

 

 

「…………ぁ……、」

 

 

 聞き直したいかのように天井は首を傾げるが、

 

 

 

 

 

「――――――どっちなんだハッキリしろ!!」

 

 

 

 

 

「はいっ!! 喜んで働かせていただきます!!」

 

 銃声のように唐突に絶大な威力を誇る大声を浴びて天井はプライドを完全に捨て去り、夏の夜のアスファルトの上で誠心誠意を込めて土下座をした。

 

 

 

「……そーいうわけだ、」

 

 美影は平淡な声と、安らぎを誘い込むような目を一方通行に向けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方通行は美影のベッドのすぐ脇に立っている。

 直立に近い姿勢で彼は口を閉じ続ける。

 カエル顔の医者は席をはずし、今この病室にいるのは美影と彼の二人だけだ。

 

「…………、」

 

 美影は無表情にも近い目を一方通行に向け続ける。

 沈黙が流れていくが、一方通行から一言発した。

 

「……怪我は、大丈夫なのか?」

 

「うーん、治療してもらったから大丈夫だろうけど、奥歯が一本抜けているのがちょっと変な感じかな?」

 

 口の奥を舐めて美影は容態を述べた。

 そしてまた沈黙が続く。

 一方通行はつばを飲み込んだ。

 

 許しを貰えるとは思っていなかった。

 殴られる準備はできていた。

 罵倒される覚悟はできていた。

 

 それでも、一方通行は孤独を拒絶したかった。

 

 化け物と蔑まれ、モルモットとして扱われ、温もりの無い視線だけを受け続けてただ時の流れに乗る。

 美影に声をかけられる前のように、流した涙も見てもらえない。

 生を自覚しない日々。

 

 美影との繋がりを断ち切れば元に戻るのは明らかだった。断ち切れば美影はまた平穏な日々を送れるのも明らかだった。償いと呼べる前提条件は、理解しているつもりだ。

 

 ただ、云えない。

 自分には望む資格もないと理解しても。

 

 

「――――――御坂、」

 

 でも、

 

「――――――俺は、もうオマエの妹を傷つけない」

 

 『覚悟』だけは、伝えたかった。

 

「――――――二度と、だ」

 

 そして一方通行は口を閉じた。

 それ以上はこだわらない。

 その先は望んではいけない。

 これでも調子のいい話だと一方通行は自虐する。傷つけ、直させ、薄っぺらい口で誓いをつくる。人間として失格だと誰もが言い切るだろう。

 

 

 

「――――――そっか、」

 

 でも、

 

「――――――なら、いいよ」

 

 世界でたった一人だけ、

 

「――――――許してやる」

 

 この少年は、一方通行を決して見捨てなかった。

 

 

 

 

「………………はァ……?」

 

 一方通行は今すぐ尋問したい衝動に駆られた。

 この少年の中では『人間』の区分はどうなっているのか、どこまでが『味方』で、どこからが『敵』なのか。

 今、彼の中では『一方通行』はどのように扱われているのか。

 

 

「ナニ、言ってんだよ、……テメエは……?」

 

 震える声で一方通行は美影に呼びかける。

 対する彼の表情は穏やかなままで、出てくる声も平穏なものだった。

 

「俺はお前を『止め』に行ったんだ。……お前が辞めてくれるなら、俺はそれで満足だよ」

 

 

 

「……フ、ザケンなよ……」

 

 

 

 筋違いと分かっていても、資格が無いと分かっていても、

 

 

「――――――ふざけンじゃねェ!!」

 

 

 可能な限り、喉を張り上げ、

 

 

「なンでだ!? 何でテメエはそォ(・・)なンだ!?」

 

 

 震えるほど、手の平に爪が食い込むほど拳を握り、

 

 

「俺はテメエをそこまで傷つけた!! 殺そうとさえした!!」

 

 

 鬼のように紅い瞳で睨み続け、

 

 

「それなのに、何でテメエは俺を許せる!?」

 

 

 怒りに任せ、本心を偽ることなく剥き出しにして、

 

 

「拒絶しろよ!! 憎めよ!! 今すぐ俺を殺しに来やがれ!!」

 

 

 蔑むように、軽蔑するかのように一方通行は叫び続けた。

 

 腹と肺の空気を取り戻すために一方通行の息が荒くなる。

 逃げることなく背くことなく全てを聞ききった美影の無言により、一方通行の呼吸は病室で顕著だった。

 一方通行の息が整い静寂が戻りつつあったとき、美影の口がゆっくり開いた。

 

 

「――――――勘違いするな」

 

 どこまでも、何が起こっても美影の声は冷静だった。

 

「俺とお前は『友達』だ。それ以外の何でもないだろ」

 

 そして、彼から暖かみが薄れることもなかった。

 

「傷つけるのも、それを許すのも『友達』だ」

 

 

 美影は微笑み、右手を前に差し出す。

 

 

 

 

「――――――だからさ、俺たちが最後にやるのは、『仲直り(・・・)』だ」

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

 一方通行の胸が痛んだ。

 視界が揺らいだ。

 頬が湿った。

 

 この少年にとって、一方通行はやはり『友』でしかなく、『友』としてあり続ける。

 今回だけでなく、何度でも一方通行の手で苦しめられても最後にはこうして笑って終わらせてくれるだろう。

 

 一方通行は顔をぐしゃぐしゃにした。

 どれだけ瞼に力を込めても止まることはない。

 袖で拭いても乾くことはない。

 

 そして、一方通行は右手を差し出した。

 彼の手を握りしめた。

 強く、強く握り続けた。

 

 

「これからも宜しくな、一方通行、」

 

 

 彼の笑顔も見えないほど涙を流し続け、一方通行は何とか声を出して彼を『友』として受けとめる。

 

 

 

「―――――――――あァ、」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 まだ脳内に危険が残っているかもしれない打ち止めを、運んできた培養器に収めて芳川は研究施設へと向かった。

 天井も同じで、これからやるべき仕事は数えきれないほどある。

 夏休み最終日が終わるまであと数時間、美影は一方通行に笑顔を向けた。

 

「ありがとうな、一方通行」

 

「あァ、」

 

 その言葉を一方通行は喜んで受け取った。

 これだけでは償いきれていないと分かっていても、僅かに彼は会心した。

 そして二人は歩き出した。

 隣り合って進む彼らは『親友』以外で表されることはない。

 

「まさか、お前があんなに手を貸してくれるとは思わなかった」

 

「うるせェ、単なる気まぐれだ」

 

 直ぐに素直でない一方通行に戻ったのを見て、美影はまた微笑む。

 

 

 

 

 

(――――――やっぱ、テメエには敵わねえや)

 

 

 

 先ほどまでの天井とのやり取りを思い出して、一方通行は確信した。

 

 

 

「そういやァ、」

 

 一方通行はふと思った。

 

「俺が反射出来ねェって、よく分かったな」

 

 

 天井に向けられた銃口や、飛び出してきた弾丸による光景を思い出して一方通行は感心した。

 大して美影は誇る訳ではないが、ほんのちょっと得意げな顔と声で云う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――何年お前と一緒にいると思ってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 美影は一方通行と別れ、とある研究施設に来ていた。

 迷わず進んで行った彼を一人の少女が見つけた。

 

「Dear me ここに来るなんて、珍しいわね」

 

 ウェーブのかかった髪とジト目が特徴的な彼女こそが布束砥信。

 美影に緊急事態の報告をした張本人だ。

 

「あの子、どうですか?」

 

 美影が視線を向けた先には大きな培養器があり、その中の液体には電極を付けられた打ち止めが浸かっていた。

 

「絶対とは言い切れないけど、そう時間がかからずに完治すると思うわよ。よほど彼の電子的操作が正確だったようね」

 

 一方通行の偉業を素直に感心しながらデータから考察した。

 美影は打ち止めを眺め続ける。

 その彼の脳裏にどのような感情が浮かんで、どのような思考が行われているかは彼女には到底つかみ切れなかった。

 

「……By the way, アナタちょっとあの子たちに関して過保護すぎじゃない? いえ、御坂美琴(オリジナル)に関しても」

 

 仕事として美影と向き合ってきたが、人間としての評価もしてきたつもりだった。

 彼は大切なものを守るためなら自分を犠牲にしすぎている。

 

「……布束先輩、」

 

「?」

 

 そんな彼は、表情を変えることなく彼女に呼びかけた。

 

 

 

 

 

「俺はね、別に妹がいつまでも笑顔で居つづけられるとは思ってはいないんですよ」

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 その言葉は御坂美影の『弱音』のように聞こえた。

 彼のそんな感情が垣間見れたのは、彼女の中ではこれが初めてだった。

 

 

「ですけど、」

 

 

 そして美影は打ち止めから布束に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あの子が泣いているところ(・・・・・・・・・・・・)は、もう二度と見たくないんです」

 

 

 

 

「!」

 

 

 その表情は御坂美影の『悲哀』のように見えた。

 すぐ平常な顔に戻った彼は、研究所から立ち去り始める。

 布束砥信は、その背中を見続けることしかできなかった。その背中が負い続けるものを量りきることは、彼女には到底できることではなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 美影は病室から抜け出した。

 軋む体をトンファー型の杖でなんとか支え、病院の壁には必ず付けられている手すりを掴んで彼は進み続ける。

 冥土帰しに場所は聞いた。

 時折痛みで止まっても、迷うことなくその場所に近づいていく。

 

 それは一般人がうっかりたどり着く場所ではなかった。

 病院の地下。

 暗い廊下を歩いて重厚なドアをこじ開ける。

 

 

「――――――……、」

 

 

 そこには、美影の背丈を遥かに上回る巨大な培養器があった。

 中の液体には妹達第一号が浸っている。

 美影が入ってきたことに気づき、その中で小さく一礼した。

 

「……もう、怪我は大丈夫か?」

 

 少女はまた一礼した。

 

「……よかった、……本当によかった、」

 

 美影は培養器に近づき、杖を掴んでいない方の手を培養器に当てる。

 

「もう、大丈夫だから」

 

 消えそうな、弱弱しい声で美影は断言する。

 

「一方通行も、お前たちに危害は加えない。むしろ、何かあったらアイツを頼ってやってもいい」

 

 この言葉が、打ち止めを一方通行に引き合わせたことを、この時は誰も知らない。

 否、打ち止めが助かった後でも明確に理解していた人物はいないだろう。

 

「それに、」

 

 美影は顔を下に向ける。

 その顔(・・・)を、美影は妹に見せたくはなかった。

 

「それに、……何があっても、」

 

 しかし、少女は己の兄を見つめ続け、彼の意志を真摯に受け止める。

 

 

 

 

「何があっても、俺が、……お前たちを、絶対に守るから……」

 

 

 

 視界が揺らぎ、鼻水が垂れ、少女に付いた傷を想起して美影は深く深く決心した。

 

 





 第零章、終了。

 活動報告で出した問題ですが、答えは見ての通りです。

 理由は、簡単な話、第零章のタイトルを『縦読み』していただくとお分かりいただけるかと。

 ……これ、結構頑張りました。

 ◆


 次回は四つ目の章。
 にじファン時代はここで活動を辞めたので今回は何とか頑張ります!

 今後とも、宜しくお願いします。


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