とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

26 / 44
Notion

 ◇

 

 

 とある男がソファに座りながら電話をしている。

 

「いいのか? んなことしちまって」

 

『ああ、構わないよ。だがくれぐれも誤ったことをしないようにしてくれ』

 

「ハッ! レベル5っつってもアンタにとっては駒にしかなんねえんだな」

 

『肯定も否定もしないでおくよ』

 

「そうかい。だが悪いが部下の捨て駒にでもやらせるぞ。俺ァそんな綱渡りすんのもメンドくせえし、あの化け物相手にすんのもお断りだ」

 

『構わないよ。仕事を正確にやってくれるなら他のことは好きにしてくれ』

 

「好きにやらせてもらうよ」

 

 そこで男は電話を切った。

 ソファに携帯を放り投げて背もたれに体重をかけて楽な態勢を取る。

 天井をぼんやりと眺め、この顔の左側に刺青を入れた男は呟いた。

 

 

「――――――御坂美影、ねぇ……」

 

 

 この男は、誰よりも一方通行の能力開発に関わってきた。

 だからこそ、御坂美影に興味がわいた。

 誰もが畏怖する学園都市最強を『友達』という生暖かい枠組みに組み込んだ少年が、一方通行を敵と見なした時に如何なる行動に出るのか。

 その能力(チカラ)でどのような戦略を組み立てるのかではなく、どんな目的のために行使するのか。

 

 先ほどの電話の相手は何もかもを見据えているかのように『仕事』を与えてきた。

 しかし、上手くは説明できないが、何か異物が混入されたような違和感をこの男は覚えた。

 あえて言葉に転換させたとしたら、それはあの人物には無縁の感情であると考えていた。

 

 この街の最高権力者であるあの人物にとって、それは記号であって、その人物の中では概念としても成り立たないと言ってもおそらく誰も否定しないだろう。

 

 

 

 

「――――――アレイスター、テメエはあのガキの何を恐れてんだ(・・・・・)?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 打ち止めの姿を確認した一方通行は緊張が少しだが解けるのを感じた。

 顔は赤く、息は薄いが外傷もない。これなら芳川の手によって安静にできるであろう、と

 見覚えのない電極が打ち止めに装着されていたが、芳川曰く、打ち止めの健康状態を察知するためのものであるだけで、在っても無くても支障はないらしい。

 今後の対応を考えていると、携帯からエンジン音と風を切る音が一方通行の耳に届いた。

 

「オイ、オマエ今、」

 

『ええ、今私はそちらに車で向かっているわ。これに乗るほどの手頃な大きさの培養器も積んでね』

 

 だからあなたはそこで待っていなさい、と芳川は念を押した。

 万が一打ち止めがここで目覚め、無意識の防衛本能で逃げ出したとしても一方通行の運動能力なら少女一人抑え込むのはそう苦労しない。

 

 仕方なく、あとどれほどで到着が完了するのかわからないが一方通行は何にも手を加えることもなく待とうとしたのだが、

 

 

「み、サ――――――」

 

 と、不意に打ち止めの口が動き出した。

 何かに飢えるかのように、要求するかのように、訴えるかのように、讃えるかのように唇だけが暴走し始めた。

 

「み、サ――――――…カ、ミサ。カはミサ、カはミサ! カはミサカはミサカはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカミサカミサカミサカミサミサミサミサミサミサミサミサミサm<jju0058@Misagrミサqw0014codeLLGミサかミサカieuvbeydla9――――――」

 

「あァ?」

 

 その異様な姿に一方通は思わず声をあげた。

 骨か肉か、体を軋ませて暴れるが、顔に苦痛の色はない。むしろ聖歌でも唄うかのように歓喜に満たされているようだった。

 しかし、ただ一点。この少女の閉ざされた瞼の隙間から涙が流れてきており、そこだけが激痛に彩られていた。

 

「おい芳川!!」

 

『待って! よく聞かせて…………、ま、間違いないわね』

 

「何なンだよこれはッ!?」

 

『ウイルスコードよ。まだ時間があると思っていたけど、ダミー情報だったようね』

 

「なッ!!」

 

 一方通行に焦りが芽生える。

 ウイルス起動時間が知られているなんてそもそもおかしな話で、甘い話だった。

 そんな重要事項は隠しきるか、今回のように偽るのが条理。

 つかの間の安堵は裏返り、電話の向こうからでも緊張感が感じ取れる。

 

『聞きなさい、一方通行! 嘆くのはまだ早いわ。アナタには手を打ってもらわなければならないの』

 

「あ!? まだ手はあンのか!?」

 

 芳川が今どこを走っているのかは知らないが、彼女の言葉からしてまだそう近くには来ていない。

 それでも一方通行にまだ打開策が残っているなら、彼はなんでもするつもりだ。

 だが、この一秒を争う中で芳川が間をおいて告げた現実は、

 

 

 

 

『――――――処分しなさい。アナタの手でその子を殺して、世界を守るのよ!』

 

 

 

 

「!!」

 

 

 芳川の決断は、少数の犠牲で多数を守るものだった。

 緊急事態において、それは決して間違っているモノではない。否定し論破し返すものなどいないだろう。

 だが。

 一方通行にとっては。

 それは『不完全』に他ならない結果だった。

 一年間心に内在し続ける違和感を取り除くには、到底力不足な結論だ。

 

 

――――――あの少年の力を借りなければ、この程度なのか

 

 

「クソッタレがァ……」

 

 一方通行は最強の無力さを呪う。

 全てを滅ぼすことが造作もなくても、たった一人を救うのには歯を食いしばっても及ばない。

 

 

「くそったれがああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 胸の奥に激痛が走った。

 守ろうとした命が消えさっていくことの痛み。

 灼ける様に、融けるように苦しい。

 

 たった一人でこの苦痛。

 一年ほど前、自分はこれを彼に二万人分与えようとしていたのだ。

 それは考えるだけで震えるほどの寒気に襲われる。

 人間一人に背負いきれる苦しみを遥かに超越していると容易に予想できる。

 

 どれほど罪深いかを今理解しても遅すぎた。

 手を加えるにはどうあがいても手遅れだ。

 

 

 

――――――握られた力は、マクロでもミクロでも、破壊しか経由も到達もできない。

 

 

 

(…………?)

 

 そこまで考えて、ふと一方通行に何かが引っかかった。

 彼の中の時間が急激に収束し、思考速度を極限まで速める。

 

「オイ、脳内の電気信号さえ制御できりゃァこのガキの人格データを弄ることが出来るンだな?」

 

『なにを―――』

 

 言いかけて芳川は気づいた。

 脳内の信号は微弱な電気によるもので、学習装置(テスタメント)も電気的なベクトルの操作によって脳内に入力する装置だ。

 

『まさか、あなた自身が学習装置になるっていうの!? 出来っこないわ』

 

「ンなこたァ分かンねェだろ。『反射』が出来ンなら、その先も出来てもおかしくはねェ」

 

 一方通行は、芳川から渡されたものを見る。

 片方はデータスティック。こちらは打ち止めの初期データが内蔵されており、ここに描かれていない情報全てを打ち消せば文字通り元通りになる。

 

 出来るかなんて、やらなければわからない。

 かといって、何もしないままではそれこそ何も打開されない。

 そして、何もしないことほど罪深いことなんてないのだから。

 

(――――――ハッ!)

 

 一方通行は心の内で笑った。

 この力を始めて人の命を救うことに役立てられるかもしれないのだから。

 

 一方通行はそのデータスティックを、もう一つ渡された電子ブックに差し込む。

 直後、画面には膨大な量のテキストが滝のように流れていった。

 自動的にスクロールされるデータ全てを一方通行は読破し、記憶していく。

 それはたった一文字でも間違えればこの少女が壊れるほどの重大事項だ。それでも一方通行の記憶力はその心配を覆す。

 問題は、その次の段階。

 

『やめなさい一方通行! すこしでも間違えれば、あの子の妹全員が大量殺人犯に―――』

 

 耳障りになったため、一方通行は携帯電話をそのまま投げ捨てた。

 フェンスに当たり、落下したが目もくれずに集中し続ける。

 

「――――――俺を、誰だと思ってンだ」

 

 全て記憶し終えた一方通行は電子ブックを割る。少女の心の設計図は手から崩れ落ち、機械屑と化した。

 一方通行は反射を断ち切った。

 夏休み最終日に、一方通行に初めて夏の暑さが襲い、彼を薄い汗が覆う。

 そしてその手が、その指が、少女の額に触れた。

 

 

 

 

「――――――俺はアイツの、英雄(ヒーロー)の、『親友』だ……!!」

 

 

 

 

 一方通行の頭の中に一人の少年の姿が現れ、そして少女の脳内構造が、思考回路が表れた。

 『能力(チカラ)』をそそぎ、少女の『思い(チカラ)』に触れ、一方通行は一切失敗が許されない演算を開始した。

 

――――――タイムリミットは一分を切った。

 

――――――上書修正すべきコード数は三十五万七千八十一。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今この施設を始めてみて、これを学園都市でもトップクラスの技術を持つ研究所と判断する人物はいないだろう。

 あるところは灼け、あるところは砕け、あるところは斬れ、あるところは抉れている。

 研究者と呼べる人々はとうに逃げ去ってしまった。

 今、このドーム状の施設にいるのは三人。

 

――――――一人は、妹達の第一号。

 

 一方通行に反射された銃弾を受けた位置からセンチ単位で動いていない。

 片手は上半身の支えに用いられ、片手は傷口を抑え続けている。

 

――――――一人は、一方通行。

 

 血を一滴も流さず、衣服に汚れ一つ付けることなく地に膝を付けることもない。

 

――――――一人は、御坂美影。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………チッ」

 

 一方通行は舌を打った。

 そして意気消沈となりそうだった。

 同じ超能力者の称号をもつ美影を相手に、あきれ果てるほど手ごたえがないのだ。

 

 そして呆然としているクローンに目をやった。

 出血は殆ど治まったらしいが、まだ痛みがあるようで手で押さえているのが見て取れる。

 しかし、視野を広くとったとき、

 

「――――――!」

 

 一方通行は気づいた。気づいてしまった。

 妹達第一号を中心に、円を描いたような範囲の床が綺麗なことに。

 そこらじゅうに転がっている瓦礫どころか、石ころすら、砂埃すら落ちていない。

 まるで隔絶された空間のように、あらかじめ敷かれていた絨毯を除いたかのようにハッキリと明暗の境界線が彼女を取り囲んでいたのだ。

 

「…………ッ……」

 

 どれだけ血を流しても。

 肉を割かれても。

 骨が砕けても。

 この少女を一方通行から守ることには遠慮がない。正しく完璧と呼べる乖離だった。

 それを一方通行は疎ましく思う。

 学園都市最強を目の前に、敵として取り捌いたとしても、彼の行動の前提はたった一人の少女をこれ以上傷つけないことなのだから。

 

 

 

 

――――――そして、その聖域を初めて汚したのは、あろうことか美影の流血だった。

 

 

 

 

「…………ッ、……ぁ」

 

 美影の体が起き上がった。

 だがいつ倒れても不思議ではない負傷だ。五体それぞれが血に染まっている。右目は血が流れて塞がれており、左目も瞳が朧で一方通行を捉えきれているかすら怪しい。

 

「……、」

 

 一方通行は、その惨めな姿から背かない。

 嗤うことすらも放棄してしまうほど、今の美影は醜くもあった。

 血の落下が遅いことから、自分の体重を小さくしなければ腹か背が床に付けられるのであろうと予想できる。

 辛うじてまだ使える喉を振り絞って美影は挑発する。

 

 

「……ど、どうした、んだよ…………一方通行……? 俺、はまだ……生きてん、ぞ……」

 

 虚勢という単語は今の彼のために作られたのだろう、と一方通行は思った。

 血は止まらず、息は不安定。

 これほど追い込まれていても彼を奮い立たせている原動力が一方通行には理解できなかった。

 

「……ふざけてンのか?」

 

 一方通行は呆れる。

 命を懸けて宣戦布告してきたが、一方通行の命を奪う覚悟はできていないようだった。

 

 思えば美影の初めの攻撃。

 今となっては一方通行は自分にかかる重力は完全に制御しつつあるが、美影が彼を吹っ飛ばしたときは違った。十倍にも満たない重力で壁に押し付けられたが、もしその時一方通行に百倍の重力を与えていればどうなったか。

 血管が血液の重量に、筋肉が骨の重量に、皮膚が内臓の重量に耐えられなくなり、忽ち彼の五体は肉塊へと変容していたに違いない。

 そして彼の十八番であるブラックホールは防御にしか用いられていない。美影の力の中でも演算の複雑性はトップクラスで、一方通行ですらその解析を終えていないのだ。

 万が一、それを一方通行にぶつけられればどうなるか。

 不明確な力の制御は曖昧な結果しか生み出せず、もしかしたらブラックホールの強大なベクトル全てが反射されるかもしれない。そうなれば森羅万象を吸い込む引力が反転し、森羅万象を吹き飛ばす斥力が誕生するかもしれない。

 

 そうなれば、一方通行は確実に命を落とす。

 

「……なぁーに、言ってんだよ、おまえは……」美影は今にも消え去りそうな声量で「俺は、お前を……『止め』に、来たんだ。……『殺す』なんて、……何の意味が、ある…………?」

 

 そうなれば、一方通行は確実に命を落とすから(・・)絶対にしない(・・・・・・)

 

 おそらく美影にとっては、一方通行は今でも『友』なのだ。

 その存在を消し去ることは、美影にとっても禁忌でしかない。

 だからこそ彼は一人で悲痛を浴び続け、防戦に力を注ぎ、中途半端な暴力を一方通行に注ぎ込む。

 

 

「……何なンだよ、テメエは…………?」

 

 そんな彼に、一方通行は生まれて初めて『恐怖』を抱いた。

 無意識に一歩、たった一歩退いた。

 

 

「――――――『友達』だ……!!」

 

 

 臆することなく、恥じることなく美影は言明した。

 妹を背後に、美影は今だ交渉を求めるように睨み続ける。このままでは、本当に一方通行を殺しにかかると言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 イケる、と一方通行は確信していた。

 ウイルス起動準備に追い越されていた分はすでに追いついていた。

 残るウイルスコードは初めの二割弱。

 モニタの警告ウインドウが次々と消えていく。この調子でいけば時間内ギリギリだが確実にウイルスコードを修正、上書できる。

 

 それはこの少女に刻まれたこの一日も削れていっているということだ。

 

 

(――――――なァに考えてンだ、俺は、)

 

 

 半日にも満たないこの少女との会話が浮かんでくる。

 数えるほどしか見ていないこの少女の笑顔は一方通行の中からは一つも消えていない。

 

(馬鹿馬鹿しい、)

 

 

 この少女の笑顔を守れる人物は、自分ではない。

 

 

『――――――うーん、それでもやっぱりミサカはお世話になりたいかなってミサカはミサカは頼み込んでみたり』

 

(――――――このガキを寝かしつけンのも、)

 

『――――――お腹がすいたってミサカはミサカはカロリータンパク質ビタミンなどなどを要求してみたり』

 

(――――――このガキに飯食わせンのも、)

 

 

 

 

 

『――――――ならさ、俺たち、「友達」になろうよ』

 

 

 

 

 相応しいのはあの少年であり、自分にはその資格は無い。

 でも。

 零れ落ちそうなこの少女の命を汲み取ることぐらい、自分にも許されてもいいはずだ。

 この少女の笑顔を見る権利ぐらいは、自分も持ってもいいはずだ。

 

 あの少年のように全てを背負う度胸がなくても、守りたい人々を包み込む手がなくても、たった一人の『親友』に裨益を返したいという我儘だけは、誰にも否定させない。

 

 

(悪ィな美影、俺ァこンな形でしかこのガキを救えねェンだよ)

 

 瞭然たる予想はできないが、不思議とあの少年ならこの場をもっとスマートに乗り切れると信じてしまう。

 綱渡りに追い込まれることなんてないと推し量ってしまう。

 

 その時。

 がさり、という物音が一方通行の耳に入った。

 ウイルスコードの上書をしながら目を向けると倒れていたはずの天井が何時の間にか一方通行のすぐそばに近づいてきた。

 

「邪魔を……す、るな」

 

 血走った眼で睨む彼が握っているのは一丁の拳銃。

 今、一方通行の『反射』が断ち切られていると知るはずもないのだが唯一殺傷能力を孕んだ武器に縋っている。

 ウイルスコードはまだある。手を離すわけにはいかない。

 

「くッ…………!」

 

 今の一方通行は打ち止めの脳内に流れる電子信号の捜査に全演算能力を注いでいる。

 力を反射に割いてしまえばこの少女の脳内を焼き切る惨事を引き起こす。

 

(ふ、ふざけンなよ……! あとちょっと、あとほんの少しで終わるンだ……。そうすりゃ核を持って来られても無傷でいられるっつゥのに……!!)

 

 一方通行の頬を嫌な汗が流れる。

 天井と彼の距離は数メートル。混乱している天井でも銃弾を外す距離ではない。

 全てをたった指一本で弾き飛ばすはずの彼が、たった一本の指を動かされるだけで紛れもない死に追い込まれるのだ。

 それでも一方通行は手を離さない。

 鉛玉を避ける術などないが、打ち止めから背くことなど在り得ない。

 あの時、あの少年が逃げなかったように。あの少年が自分の前に立ち続けたように。

 

 ウイルスコードも数えるほどしかない。

 警告ウインドウはあとたった一つ。

 

 

「邪、ば、を……ごァああ!!」

 

 天井の叫びと共に、彼の指が数センチ後退した。

 たったそれだけ。

 それだけで学園都市最強を撃墜できる一発の銃弾が真っ直ぐ放出される。

 

 

(――――――チッ、やっぱりか(・・・・・))

 

 

 最後まで打ち止めから手を離さなかった一方通行は、

 

 

 

(――――――俺なンかじゃァ、)

 

 

 宙を進む銃弾を眺めながら、

 

 

 

(――――――アイツ見てェに、成れねえンだ)

 

 

 

 たった一人の『親友』に、心の底から詫び入った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 一方通行の拳が固められた。

 しかしそれとは逆に、彼の心は揺らぎ続ける。

 目の前の少年の姿が、声が、動きが胸に突き刺さって痛み続ける。

 

 

(……クソッタレがァ、)

 

 

 自分の目的はなにか。

 本当に『無敵』と呼べる力だったのか。

 何者の挑戦すらも呼び寄せない絶対的は存在だったのか。

 

 

「なん、でだよ……!?」

 

 

 目の前の少年の顔が下を向いた。

 そこからは血が垂れ続ける。床に打ち付けられた紅の液体は弾けて広がる。

 

 その中で、濃い血液とは対照的に、色のない雫が落ちてきた。

 それは何より彼の意志を反映しており、何より強い『チカラ』を有している。

 

 

「……なんで、こんな実験に加担したんだよ……!?」

 

 

「……ッ……」

 

 

 一歩、また一歩と美影は一方通行にゆっくりと、だが確実に近づいていく。

 折れた足で辛うじて軽量化した肉体を支え、許す限りの力で拳を握り、軋むカラダが悲鳴を上げても美影は足を止めることはない。

 

 

「どんなことにも、……やる気を見せねえテメエが、」

 

 一方通行は今すぐこの場から逃げ出したくなった。

 

「何でも他人に、押し付けるようなお前が、」

 

 それでも、一方通行の体は硬直し続ける。

 

「初めて、……士気を高めて、その気になって、身を委ねたことが、」

 

 一方通行の顔が揺らぐ。

 歯を食いしばる。

 拳にさらに力が込められる。

 それでも彼の視点は固定され、足は一歩も進むことも、退くことも出来なかった。

 

 

「――――――どうしてこんな事なんだよ!? そんなにも『無敵』が魅力的か!?」

 

 

――――――違う。

 

 全身全霊で否定したい衝動に駆られた。

 しかし彼の口は動かない。

 

 

「――――――そんなにも『最強(いま)』じゃ不満か!? 関係ない命を奪ってでも手に入れたいモノなのか!?」

 

 

―――――違う。

 

 一方通行が本当に欲しかったのは、そんなフザケた称号ではない。

 自分の平穏なんてどうだってイイはずだ。

 

 

「なんで俺に何も言わなかった!? どうして一人で背負いこんじまった!!」

 

 

 血と共に不満を吐き続ける彼を、一方通行は今すぐ止めたかった。

 寿命を縮めてまで自分に本音をぶつけて欲しくなかった。

 

 

 

「――――――応えろよ!! 一方通行!!」

 

 

 

「…………ッ!!」

 

 一方通行は歯を食いしばる。

 この少年はまだ自分を重宝しているという事実が学園都市最高の頭脳の理解の範疇を超えていた。

 彼が助けようとしているのは、後方にいる妹だけではないのだ。

 彼にとっては一方通行の存在はその少女に匹敵する。クローンが彼の妹ではなくて、赤の他人でも御坂美影は確実にここに来たに違いない。

 

 だからこそ、一方通行(・・・・)は苦しみ続ける。

 

 そして。

 一方通行の決心が固まりつつあった。これ以上彼の血を流したくなかった。

 

「――――――俺は―――」 

 

 

 そして、一方通行が何か言うのを遮るように、この場にいる一人の人物が叫んだ。

 それは、美影ではない。

 美影の後方、一方通行の遥か前方。

 

 この実験の最初の実験体として生み出された、妹達の第一号。

 

 

 

 

「――――――お兄様!!」

 

 

 

 彼女がその位置に座り込んでいるから他の二人よりも早く察知した。

 美影から見て右方。

 一方通行から見て左方。

 

 ドーム状のこの空間を囲むように設計された通路のほんの一部。

 本来は壁に隔絶されているはずだが、二人の超能力者によって破壊されたため遮るものなどなくなっていた。

 

 そこにいたのは。

 

 

――――――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 男か女すらも分からない武装兵が、その人物の半身ほどの丈のあるライフルを構えていた。

 少女の叫びは手遅れで、二人の少年が振り向く前に、引き金がひかれた。

 

 一発の乾いた音。

 

 そして撃ち出された弾丸。

 限りなく直線に近似する放物線を描いて、それは一人の人物に到達した。

 

 

「――――――ッ――――――!?」

 

 

 美影の右腹の僅か上から彼の体に侵入し、背の左から抜け出した。

 銃弾に引き込まれて大量の血液が背から噴出する。

 一方通行によって散々抉られた彼の生命力の残りを根こそぎ奪うかのように、美影の体中に残っていた力が抜けだした。

 抵抗なく、彼が支配するはずの重力に服従して膝から腹、腹から頭へと、廃墟になった研究所の床に打ち付けられた。

 

 

 一方通行の頭の中が真っ白になる。

 

 

「…………ァ、……み、さか……?」

 

 名を呼んでも彼は返事をしない。立ち上がるための足掻きもない。指一本動かない。血は流れ続ける。

 

 

「…………ァ、あああ、」

 

 直後、今度は彼の思考回路が暴走した。

 制御を放棄した脳内信号は断続的に走り続ける。

 

 

―――なぜ彼が倒れているのか

―――何故彼から血が流れているのか

―――御坂美影とは自分にとってなんなのか

―――絶対能力者とはなんなのか

―――無敵が生み出すのはなんなのか

―――得たかったのはなんなのか

―――失ったものはなんなのか

 

 

――――――何故

―――どうして

 

――――――自分には傷一つついていないのか

 

 

 

 

 

 

「――――――ァ、ァ、ァァあああああああああああああああああアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 頭を抱え、首を唸らせ、視点を放浪させ、喉を破裂させる。

 我を失い、世界を恨み、全てを否定したくなった。

 

 そして、彼の背から、一対の黒い翼(・・・・・・)が爆発的に噴射する。

 

 一方通行(・・・・)が覚醒する。

 

 

 

「――――――ihbf殺wq(・・・・・・・)

 

 

 ノイズの掛かった音が一方通行の口から出てきた。

 彼の瞳から光が消えた。

 頭を掻き毟っていた両手が下に垂れる。

 ガクンと首の力が抜ける。

 

 そして、せき止めるものがなく噴出し続ける黒い翼は名も性も顔も分からぬ武装兵へと襲い掛かった。

 

 

 

「――――――ッ―――」

 

 

 悲鳴を上げることも許されず、抵抗する間も奪われ、武装兵は血も肉も骨も灰も塵もこの世に残されることなく消滅させられた。

 

 

 

 




活動報告更新予定なので、そちらもお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。