とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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Enemy

 ◇

 

 

 一方通行は後日、紙に書かれた地図に従いとある研究所に訪れていた。

 規模は殊の外秀逸でドーム状の屋根を持つ施設がまず目に入り、それに隣り合って直方体の堂舎が建てられている。

 直方体のビルに足を運んだ一方通行は白衣の研究者に案内された。

 その者の態度は歓迎そのもので、この先得られるであろう成果に涎を垂らしているようだった。

 

 説明を受けたところ、絶対能力者実験(レベル6シフト)とは、学園都市の科学技術によって急激に成長させられたクローンと二万通りの戦闘を行うというものらしい。

 

 そう聞かされながら歩き、たどり着いたのは一枚のドアの前。

 金属性のそれが横にスライドした瞬間、一方通行の視界に壮大な情景が飛び込んだ。

 

 

「――――――!」

 

 

 そこにあったのは、無数の培養器。

 円柱状で液体に満たされたそれ一台の中に浮かんでいるのは、一人の少女。

 年齢は一方通行よりも少し下ほどと思われる少女たちは、まさしく生まれたままの姿で創り出されていた。

 

「――――――ハァ!」

 

 一方通行は嗤った。

 壊れたように、生まれ変わったように。

 学園都市に未だ誕生していない絶対能力者(レベル6)の領域を開拓するには、それ相応に、過去に類を見ない質と量の『材料』が求められるとは予想していたが、生物の倫理をここまで崩壊させたことは想定を完全に裏切っていた。

 

「――――――イイねェ、イイ感じに頭のネジぶっ飛ンでンじゃァねェかテメエら」

 

 口を開け、歯と歯茎を露わにして愉快に悦楽に浸る彼を、研究者達は逸楽の境地に突入して凝視していた。

 

 

 

 ◆

 

 

 一方通行が戻ってきたとき、ファミレスの姿は一変していた。

 街路に面したショーウインドーが砕け、床には亀裂が走り、テーブルとイスが転がっている。

 

(あァ? 何なンだァ、こりゃァ……)

 

 この動地にまさか打ち止めが関わっているのではないか、と焦った一方通行は入り口からではなく、開けられたガラス窓の穴から入った。

 店員はほどんどいなくなっており、また客というカテゴリーに入りうる人物は一人もいない(・・・・・・)

 

(まさか本当に追い出されたンじゃァねェだろォなァ……)

 

 営業は停止しているようなので客に外に出るよう勧めるのは当たり前ではあるが、動けないはずの打ち止めを無碍に扱うのは如何なるものか。

 すると、まだ店に残っている店員の中に、一方通行にが見覚えのある、打ち止めを見ておくよう命令しておいたウエイトレスが残っているのに気付いた。

 

「オイ、ここにいたはずのガキはどうした?」

 

「え? あ、その方でしたら身内と名乗った白衣を着た方がお連れになりましたけど……」

 

 一方通行が睨んだため、弱気になりながらも事情を説明した。

 見たところ嘘ではないようで、追求しても無意味だと判断した一方通行は、今後の行動について考える。

 ウエイトレスは小さな声で、恐る恐る尋ねる。

 

「あの、……その方に見覚えは……?」

 

 一方通行はウエイトレスを一瞥し、小さく息を吐く。

 思い返しても良い思い出など出てこない。

 その人物単体に押し付けても使いきれない憎悪が彼には溜められている。

 

「……、まァ、嫌ってほどにな」

 

 天井亜雄以外考えられない。

 昼食時にうろついているのを一方通行は確かに目撃し、また打ち止めの『身内』を名乗れる人物などあの少年以外はあり得ないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 ファミレスから今度は出入口を利用して出た一方通行はすぐさま芳川に連絡を取った。

 

『何ですって? 天井が最終信号を連れて行った?』

 

 つい先ほど耳に入れたわずかな情報を告げる。

 車を所持している天井にとっては身動きの取れない少女一人を動かすのは簡単で、学園都市には隠れる場所は腐るほどあるため捜索し、そして発見するには学園都市中にある監視カメラ等のセキュリティへの侵入が不可欠とも思えたが、芳川によると状況は一方通行の予想とはかなり異なっている。

 

 まず、学園都市のセキュリティは評判ほど頼れるものでもない。それほど完全なら、あの『実験』を行おうとも考えられていなかっただろう。

 

 そして、今学園都市には『外部』から何者が侵入してきた。そのため学園都市内外の出入りはおろか、学区を跨ぐことすら検問に引っかかるのが現状だ。

 

『裸に毛布を一枚被った少女を連れているのを見つかったら大問題だから、一晩過ごせるような施設を利用することもないでしょうね』

 

「知り合いの家に泊めてもらうとかはねェのか?」

 

『そもそも彼に、知り合いと呼べる人物なんていたのかしらね』

 

「……、そりゃまた、俺みてェな屑だな」

 

昔のアナタ(・・・・・)ならそうかもしれないけど、今は(・・)違うでしょ?』

 

 キーボードをカタカタ鳴らしながら特別抑揚をつけることなく芳川はあっさりと言った。

 

「うるせェ」

 

 素っ気なく一言返して一方通行は考えた。今の天井ならどこへ行くか。動き続けても限られた範囲から抜け出すことはできない。交通に便利な道路わきに停車し続けてもいつ警備員に声をかけられるかもわからない。

 そして

 

『彼は研究所の閉鎖に伴い、多額の負債を抱えているの。まあ、金の切れ目が縁の切れ目ってやつかしらね』

 

「ふゥ~ン、ならヤツはまだこの街にいるって訳だ。人間ってのは、余裕を失うたびにドンドン行動が単純になってくモンなンだぜ」

 

 ニヤニヤと笑いながら一方通行は大通りを歩く。

 目的地は決まった。

 かつて、『超電磁砲』の量産型能力者(レディオノイズ)の開発を行っていた施設。

 

 

――――――あの日あの時、一方通行が今までの中で唯一、あの少年が憤懣に身を任せた姿を目にした場所だ。

 

 

 ◇

 

 

(――――――何なんだよ、これは…………!?)

 

 御坂美影は過去類を見ないほど動揺していた。

 彼が向かい合っているのは一台のパソコン。

 そこには『絶対能力進化』に関する資料が映し出されていた。

 

 この情報に至る発端は、最近の一方通行の様子がおかしいことを感じ取ったからだ。

 

――――――もしかしたら当分会えなくなるかもしれない。

 

 そんなことを一方通行は言っていた。 

 その時の一方通行の顔には、迷い、焦り、そしてほんのわずかな期待が含有されていた。

 近々何か行われる。

 それも一方通行を大きく動かす、異変とも取れる出来事が。

 

 そして一方通行に関係する研究施設に片っ端からハッキングをかけ、ついにこれにたどり着いた。

 

―――被験者は学園都市最強の能力者、一方通行

―――第三位、超電磁砲のクローンを二万体利用する

―――二万通りの戦闘後、一方通行は学園都市発の絶対能力者に進化するだろう

 

(……レベル6!? …………クローン……!? なんで……こんなことが……!?)

 

 無我夢中でキーボードをたたき続け、次々と情報を獲得していくにつれ、美影の顔がこわばる。

 息が乱れる。

 瞬きを忘れる。

 涙が出そうになる。

 

 一方通行はこの実験をどこまで知っているのか。少なくとも、クローンの遺伝子元が美影の妹であることは伝えられていないだろう。

 美影は一方通行に妹のことは何も教えていなかった。孤独だった彼に家族の話題を持ち掛けるのが無粋だと判断したからだ。

 常盤台の超電磁砲という噂を聞いたことはあるかもしれないが、御坂美琴の名を聞いたことなどないだろう。あれば彼女も超能力者なのだから一方通行から何か話題を提示されていたに違いない。

 

(…………ふざけんな……!)

 

 御坂美影が学園都市の『裏』へと飛び込んだ理由。

 それは、()()()()()『裏』()()()()()()()()という条件があったから。 

 御坂美琴(オリジナル)でなければ関係ないのか。『妹達(シスターズ)』ならどうなっても構わないというのか。

 

「ふざけんな……!!」

 

 思わず声が出た。

 怒りに任せて指を動かす。

 キーボードが悲鳴を上げようが関係なくハッキングを辞めない。

 そして最後に得た情報は。

 

 

――――――実験の開始は今日。時間はつい先ほど。

 

 

「…………」

 

 

 美影は立ち上がった。

 脳でこの後の行動を整理する前に、カラダが動き出す。

 目的は一つ。

 たった一つ。

 

 

――――――どんな手を使っても、学園都市最強である一方通行を、止める

 

 

 

 ◆

 

 

 

(―――くそっ! なんでこんなことに!?)

 

 天井亜雄はスポーツカーの中で拳を握り、一人後悔していた。

 その手にはぐっしょりと汗が浮かび、視点は空中を泳ぎ、胃は痛む。

 助手席には眠る最終信号が、全身汗だくで、浅い息で眠り続けている。

 何者かの学園都市への侵入により、学園都市の外に用意していた避難場所へと向かうこともできない。

 

(―――!!)

 

 ふと顔をあげた時、視界の端に入っていたフロントガラスに人影が映り込んだ、

 後方を反射する小さな鏡をみて、天井は血の気が一気に引くのを感じ取った。眼球の黒い瞳が揺らぎ、全身を薄い膜が覆うように汗が湧き出す。

 黄色いスポーツカーの後ろから、ゆっくりと一人の少年が歩いて近づいてきた。

 

 白濁し白熱し白狂したような、純白の超能力者が。

 

「……、ぃ、ひ!」

 

 天井の口から変な音が漏れた。

 ここで一方通行が何をしようかは分からないが、彼が一歩一歩近づくたびに天井の寿命は激減していくように思えた。

 

 そして。

 

(―――逃げるしかない!!)

 

 戦闘に追い込んで女神がこちらに微笑んでくれるわけもない。ポケットに内在する拳銃なんて鉄屑と同等以下で、間違えれば自分に牙をむく。

 震える右手を同じく震える左手で抑え、必死にキーを差し込んでエンジンをかける。

 唸るエンジンを駆動力に変えようとするも、緊張のあまりクラッチ操作を間違え、スポーツカーは勢いよく尻を蹴られたように走り出した。

 

「――ひっ!!」

 

 ハンドル操作も上手くいかず、黄色いスポーツカーは真っ白な超能力者に一直線で向かう。

 破裂しそうなエンジン音を響かせ、全速力で暴走するそれを、一方通行は右手一本で受けとめた。

 向かってくるベクトルを真下へと向けることで車内の打ち止めへの衝撃を拡散させ、無傷に留める。流された衝撃によりスポーツカーの四つのタイヤは破裂してまたアスファルトの地面にひびが入った。

 

「ぃ、ぎ……く、くそぉ!」

 

 天井は泣きそうな顔でドアを開けて抜け出そうとするがひん曲がった車のドアは数十センチ開いたところで止まってしまう。

 

「落ち着けよ中年。みっともねェ」

 

 一方通行は車のバンパーを軽く蹴った。

 どうベクトルを変化したかは不明だが、それによりこじ開けられようとしたドアが勢いよくしまり、抜け出そうとした天井の胴体が挟まれてずるずると地に落ちていった。

 一方通行は天井を無視して助手席へと回り、ドアを開ける。

 打ち止めの姿を確認した彼は芳川に電話をかけた。

 

「芳川か? ああ、ガキなら保護したぜ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 一方通行は少なからず落胆していた。

 こんなことで本当に絶対能力者になることが出来るのか、と。

 ドーム状の広い空間に入れられ、武装した少女と対面され、戦闘を開始させられた。

 自分と同じ超能力者のクローンと聞かされたが、実際は遥かに格下の能力者であり、武器を主体とした戦闘を行われた。

 そして一方通行は、ほんの少し、撫でるように少女に触れることで床に倒して戦闘不能にまで陥らせてしまった。

 

「オイ、終わったンだからサッサと出せ」

 

 重厚な入口まで歩いてもドアが開かないことに一方通行はいらだつ。

 まさかこれも実験の内か、と叩いてへこませたがその予想は違うらしく、

 

『まだ実験は終わっていない』

 

 どこからか、スピーカーを通して男の声がドーム状の施設に響いた。

 スピーカーの位置は見つからないが、施設の壁とドーム型の屋根の境ほどに窓が横長に広がっており、そこから数人の研究者たちが嫌らしく笑みを浮かべているのが見えた。

 

「あ?」

 

『実験は、そこにいる「妹達」を再起不能にして初めて終わる』

 

「……」

 

『それはつまり、そのモルモットを殺すことが必要事項だ』

 

「何だと?」

 

 そういったところで、背後から銃声が聞こえた。

 もちろん無傷で一方通行が振り向いたところ、先ほどまでなかった銃痕が床に尻を付けていた少女の腹に刻まれていた。

 少女は目を丸くして驚いたように傷を見る。

 単なる『反射』による結果なのだが、一方通行の能力に関して脳に入力されていない少女にとっては未知の産物だった。

 

「…………、」

 

 一方通行は少女を見る。

 痛みに喚き、悶えてもおかしくはないのに、人間らしい感情が奪われたその表情は放心に近い。

 はたしてこの光景には人間が内蔵されているのか。

 もしくは、薬物投与に利用されるハムスターのような単なるモルモットなのか。

 

 そして。

 

「…………チッ、」

 

 一方通行は舌を打つ。

 彼には目的がある、

 そのためには、何があっても構わない覚悟でここに立っている。

 目の前に倒れこんでいるのは、名も知らない、そしてIDもない科学が生み出したモルモット。

 命を奪うわけではなく、機械のコードを引き抜くようなものだ。

 

 

 そう自分に訴えて歩み出したとき、()()()()()()()()()()

 

 

「あン?」

 

 絵の具を混ぜ合わせ始めたように半径一メートルほどの円が何もないところで捻れ、円の中心に収束されるように『色』が固まり、中心に発生した黒い円が今度は反対にゆっくりと広がる。

 気づけばそれは黒い塊ではなく、ここにない他の景色を切り取ったように整っていった。

 

「――――――!」

 

 

 

 空間隧道(ワームホール)

 

 離れた二か所の空間をそれぞれ引き裂いてつなぎ合わせる能力(チカラ)

 こんなことが出来る人物を、一方通行は一人しか知らない。

 

 

「――――――アナタは……」

 

 その人物がワームホールを通り過ぎた時、その変容の後ろで誰にも聞こえない大きさで妹達の第一号は呟くように言う。

 直接会ったことはなかったが、情報は研究者たちによって脳にインプットされていた。

 

 

 御坂美影。

 一方通行を『友』と呼び、妹達の兄にあたる少年が、文字通り空間を跨いで現れた。

 

 

「……御坂、テメエなンでこンなとこに出てきた?」

 

 一方通行は静かに尋ねた。

 美影はワームホールを消し去り、肩の上から後ろを一瞥して妹のクローンを確認した。

 そこから視点を上へと向けると、驚愕に染まった研究者たちがこちらをにらんでいるのが見えた。

 そして美影は一方通行を睨む。

 

 

「――――――お前を止めに来た」

 

 

「あァ?」

 

 込み上げてくる怒りを押し殺して美影は何とか平静を保つ。

 一方通行は足りない言葉に眉をひそめたが、次に言葉を投げかけたのは美影だった。

 

「お前、今何しようとしているのか分かっているのか?」

 

「……そこにいる第三位のクローンを二万回ブッ殺して俺はレベル6になる。テメエには関係ねェだろォが」

 

「いいや関係あるねぇ!」

 

 僅かに、だが確実に美影の声に力が込められた。

 拳は握られ小さく震えている。

 その理由(ワケ)を一方通行はまだ分かっていない。

 

「一方通行、」美影は小さく生暖かい息を吐き、「レベル5の第三位が誰か、……知ってんのか?」

 

「あァ?」

 

 知らない。

 教えられていない。

 尋ねたわけではないが、意図的に耳に入れるのを避けられたような印象はあった。

 美影は息を整え、ハッキリと届くことを意識する。

 

 

 

 

「――――――御坂美琴。俺の妹だ」

 

 

 

「!!」

 

 金縛りにあったよう衝撃が一方通行を襲う。

 そして美影の後ろで床に四肢で体を支えているクローンを見て、さらに美影を見る。

 

「分かるか一方通行。お前は俺の妹を二万回殺そうとしたんだ」

 

「…………ッ……」

 

「サッサとこんな馬鹿げた実験から身を引け」

 

 諭すように、美影は学園都市最強に命令する。

 一方通行は口を閉じたままだ。

 沈黙が流れ、美影の目が鋭くなる。

 一方通行はつばを飲み込む。

 そして、この沈黙を破ったのは、美影でも一方通行でも、まして妹達でもなかった。

 

 

 

 

『何をしている一方通行!!』

 

 

 スピーカーから男の声が聞こえてきた。

 見ると、先ほどまでは優雅に語るように口を動かしていたが、今はマイクを離しまいと言わんばかりに強く握り、焦るように叫んだ。

 

『ソイツは侵入者だ!! 今すぐ追い出せ! お前は「最強」を超越し、「無敵」を我が物にしたいんだろ!!』

 

 男は美影を指さしながら、喉を張り上げ訴える。

 美影にこの実験を知られることは何より避けたい事項であった。

 研究所のデータは彼らが誇るハッカーによって外部からの侵入は完全にブロックできるはずだったのだが、何者かの手によって剥がされているのがつい先ほど明らかになった。

 

『分かったら早くその害虫を―――』

 

 男の声が途絶えた。

 彼の視界が黒く染まったことによる、驚愕のせいだ。震えながら美影に指を向けていたが、肘辺りから見えなくなった。

 まるで黒い滝に突っ込んだように視界から途切れている。

 そしてその黒い壁が消え去ったとき、肘から上が存在していなかった(・・・・・・・・・)

 

『なっ―――』

 

 直後、腕から赤黒い血が噴出し、目の前のガラスを汚した。

 斬られたのは腕だけではない。

 その断面を延長させたところにある、機器、人間、そして施設そのものに亀裂が走っていた。

 人間の断面からは血が、機材の断面からは火花が、施設の断面からは外気が噴出して混乱を生み出した。

 

 

 

 

『――――――五月蠅い(・・・・)

 

 

 

 

 それが、故障した機器が最後に拾った言葉だった。暗く低く、淀んだ感情に埋め尽くされた声だった。

 全てを壊す序でに腕が切れたのか、腕を切る序でに施設が壊れたのか。

 構うことなく美影は一方通行を睨み続ける。

 

「一方通行、分かったか(・・・・・)?」

 

 忠告なのか、脅迫なのか、尋問なのか、質問なのか。

 何としても後ろにいる少女を守り切りたい美影はいつ一方通行に刃を向けてもおかしくはない。

 

「…………、」

 

 一方通行は息を吸う。

 ゆっくり、長く、肺に空気を溜め、そして同じくらい時間をかけて吐き出した。

 絶対能力者。

 無敵。

 それは一方通行にとって何としても手に入れなければならない代物だ。

 自分を変えようと、世界を変えようと意気込んでここに立っている。

 そして目の前の少年は、少女を助けるためだけに学園都市『最強』の前に立ちはだかる。 

 それは一方通行にとっては意味のない行為に思えた。

 

 これから一方通行が目指す存在に比べれば、ちっぽけなものだ。

 ちっぽけな、ものだ。

 

 

「御坂、」

 

 

 整った口調で、全てを覚悟したように一方通行は決断する。

 

 

「―――悪ィが、俺はもう戻れねェンだよ」

 

 

 一方通行が選んだのは、称号。

 この街に、まだ無い地位。

 

 

「そうか、」

 

 

 美影は吐き出すように、落胆して言う。

 一方通行が次の言葉を待っていると、足の裏にある感覚が消え去っていた。

 

「!」

 

 全てのベクトルを操れる一方通行にも、『反射』に取り込まないベクトルがある。

 そのひとつが重力。

 仮にそれを『反射』すれば、一方通行の体はとうに宇宙へと飛び去っているだろう。

 そして美影が操るのはそのベクトル。

 

「―――残念だよ」

 

 一方通行の体が、物体の落下速度よりも遥かに速く、壁へと落ちる(・・・・・・)

 その衝撃は彼の体重ではあり得ないもので、壁にはクレーターができた。

 しかし、一方通行の背にはけがはない。

 衝突のベクトルは完全に反射したからだ。

 

 

「―――そんなにもこんな実験をやりてえっつうなら」

 

 

 美影は右手を天へと向けた。

 手の平を水平に、五本の指には力を込めて演算を開始した。

 

 

「―――俺を殺してからにしろ」

 

 

 その手の真上に、青白い光源が出現した。

 高エネルギー体であるそれは、高電離気体(プラズマ)だった。

 美影の能力で空気を甚大な力で圧縮することにより、原子核と電子の結合が維持できなくなり、原子が陽イオンと電子に分解されることで生成に成功した。

 

 数千度にも及ぶそれを、美影は一方通行に真正面から衝突させる。

 

 轟音と爆熱が一方通行を中心に拡散する。

 美影はブラックホールを彼と一方通行の間に作りだし、壁とするべく広げた。

 音は地面などを通して響いていくが、熱は完全に断ち切る。

 自分と後ろにいる妹を守りながら、一方通行を数千、数万度で攻め続ける。

 

 一方通行の状態を知るために彼にかかる重力を感知していると、美影は後ろから声をかけられた。

 

「――――――お兄様、」

 

 それは他でもない、彼の妹であった。

 

「なんだ?」

 

 美影は振り向くことなく受け応える。

 

「み、ミサカ達は今すでに五百体ほど製造されています」

 

「…………、」

 

 弱弱しい声で妹達第一号は自分たちについて説明し始め、美影は黙って耳を傾ける。

 

「単価は十八万で、設備を整えればいつでも作り出せます、とミサカは報告します」

 

(――――――なんで、だ…………!?)

 

 自分の命は一つの研究機器にしか値しないかのように、感情が皆無なように話し続ける妹の言葉を、否定したいという衝動に駆られた。

 美影は歯を食いしばる。拳を力いっぱい握りこむ。

 

「ここは危険です、ですからお兄様は―――」

 

 

「黙れ」

 

 

 美影は怒りを可能な限り殺して妹の口を塞ぐ。

 

 

「お前が何人いようが構わない」

 

 

 気づけば、彼の声は次第に落ち着きを取り戻していた。

 

 

「何百回だろうが何千回だろうが、何万回だろうが俺はお前を助けてやるよ」

 

 

 そして美影は妹の方へと振り向いた。

 

 

「だからさ、」

 

 

 少女は、物心を与えられて世界を見た時より、学園都市最強の力を見せつけられた時よりも驚愕した。

 

 

 

 

「――――――お前は(オレ)に、何度でも助けられてくれ」

 

 

 

 

 美影の表情に浮かんでいたのは、『笑み』だった。

 優しく、温かく、全てを安心させるような微笑み。

 他に妹に向ける顔を、美影は見つけることが出来なかった。

 

 

 

 

――――――御坂美琴には、いつまでも笑っていてほしいから 

 

 

 

 

 

 

「――――――!」

 

 美影は正面を向いた。

 そこには黒い壁があり続けているが、その先の景色が変わった。

 能力で視続けていたが、一方通行に動きがあったらしい。

 

 超高温により空気中の酸素を消し去ろうとしたのだが、壁を破壊されて新鮮な空気を取り込もうとしたようだ。

 そうと分かれば美影はブラックホールを維持し続ける理由はないため、それを消し去った。

 

「…………」

 

 黒い壁が消え去った先の施設は荒れ果てていた。

 床や壁は融け、一方通行により巨大な穴があけられている。

 

「あ~ァ、死ぬかと思った」

 

 一方通行は欠伸をするかのように評価する。

 

「さァすが御坂だァ。俺が認めただけのことはある」

 

 外気が入り込んでまた固まった施設内に一方通行は足を入れた。

 首をゴキゴキと鳴らして美影に近づき、先ほど対面した距離ほどで止まった。

 

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 特別感情を込めることのない瞳を向け、一方通行は尋ねた。

 美影は動揺することなく、驚愕することなく、困惑することなく答える。

 

 

「何年お前と一緒にいると思ってんだ」

 

 

――――――理解(ワカ)っている。

 

 仮にここで一方通行の肌に傷一つついていれば、片膝を地に付けて入れば、彼は『最強』には成りえない。

 

 彼が武装無能力集団に狙われることも無いだろう。

 

 無数の研究者に目を付けられることは無いだろう。

 

 

――――――こんな実験が行われることも、無い。

 

 

 




過去と現在の往復が多くて分かりにくかったらすいません。

美影のようにあたたかい目で見ていただけると嬉しいです。



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