とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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Improvement

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい一方通行。ドアは壊さずともキミのIDはまだ九十日ほど有効だから」

 

「もう壊しちまったよ」

 

「そう」

 

 研究所に入り、その中の人の気配がした部屋で一方通行を迎えたのは芳川桔梗という女性の研究者だ。

 化粧っ気もなく、こだわりの無い服装の上から新品のような白衣が輝いているようだ。

 膨大な資料に目を通しているらしく、床にも紙が散らばっている。

 

「ったく、こンなところで、ンなにデータ眺めていて楽しいのか?」

 

「楽しくはないわね。出来ればアナタの力も借りたいぐらいよ」

 

 超能力者を絶対能力者に進化させる実験。

 それは膨大なデータと資金、施設、演算を駆使して計画、実行しなければ成り立たないものであり、後片付けといえど蔑ろに扱うことはできない。

 困ってはいるがのんびりとしているようにも見える芳川は無視して、一方通行は部屋中にある資料を物色し始めた。

 

「なァ、妹達の検体調整用マニュアルってどれだ? あとそれに必要な設備を一式借りるぞ」

 

「……ちょっと待って。どうしてアナタがそれを? 私もついさっき気づいて、まだバグを洗い出している途中なのに。……いえ、これはむしろウイルスと言うべきかしら」

 

 芳川は手に持っている資料をひらりと見せる。

 そこにはところどころが赤ペンによりチェックされており、またそれは資料の最後まで及んでいないようだ。

 

「……、待て。オマエ、一体ナニ言ってンだ?」

 

 芳川は少し俯き目を閉じ、このことを一方通行に言うべきかどうかを判断する。

 そして顔をあげ、

 

「―――アナタにはまだ離していなかったわね。……『最終信号(ラストオーダー)』と呼ばれる特別な個体があることを」

 

 ラストオーダー。

 その個体名が唯一の存在を示しているだけでなく、他に任せられない枢要な役割を担っていることは簡単に読み取れた。

 

「アイツが、……ナンだって?」

 

「やっぱり会ったのね。……そうね、あの子のことを説明する前に確かめておくけど、あの実験(・・・・)に必要な妹達は一体、何体だったっけ?」

 

「ジャスト二万だ」

 

 そこで一方通行は気づき、思い出した。

 あの少女は自分の検体番号をその数字以下ではなく、プラス一、すなわち二万一と告げていた。

 

「そう。……まあ、あの子(・・・)のおかげで生み出された個体数が凡そ半分ほどで止められたけど、それでも打ち止めは予定通り生み出された」

 

 芳川は息を吐く。

 自分も所詮、あの少年に助けられた一人にすぎないと今更ながらも再思考する。

 

「最終信号の役割は妹達の安全装置。あの子一人を制御することで、今世界中に散らばっている妹達全員の裏切りとかを防ぐことが出来るのよ」

 

「あのクソガキはストッパーって訳か。ンで、あのガキの頭ン中にぶち込まれたウイルスってなァどンなモンだ?」

 

「恐らく、妹達の暴走。タイムリミットは今夜零時。

――――――そしてそれを仕掛けた犯人は、天井亜雄」

 

「!」

 

「今考えてみると、あの子が逃げ出したのも一種の防衛反応だったのかもね。あの子自身はどうして研究所から離れようとしたのか、その理由には気づいていないみたいだけど」

 

 それに気づき、いち早く緊急会議でも開きたくなったのだが、連絡が取れる関係者は殆どいなかった。

 この実験に関わったという事実すら消し去りたいようで、実験が終わってから経った半年という時間はそれには十分すぎた。

 

「けどよォ、あのガキは逃げているようには見えなかったぜ? むしろ研究員とコンタクトが取りたいっつって俺に話しかけてきたんだからよォ」

 

「何ですって? ……それは何時のこと? そもそも何であなたと出会ったのかしら?」

 

「知るかよ。向こうが俺に助けを求めたみてェなんだからよォ。俺が道端で困っているガキに構うように見えンのか?」

 

 芳川は顎に手を当て思考する。

 ハッキリ言って、一方通行は彼女にとって、また彼女たちにとっては加害者のようなもので、進んで話しかけるような相手ではないのだ。

 もし、仮にもし手を差し伸べてほしいと考えるなら―――

 

「ねえ、このことはあの子(・・・)は知っているの?」

 

「……テメエが伝えてねェなら知らねェンじゃァねェのか? ガキ一人構うのにわざわざアイツに声をかけるなンざ呆れられるだろォがな」

 

 二人はとある少年の姿を思い浮かべた。

 彼の力を借りれば解決に一気に導けるかもしれない。明確に彼の手段を予想できるわけではないが、そう信じてしまう。

 

「…………まあいいわ。もしアナタが手を貸してくれればいいだろうから」

 

「俺に従えっていうのか?」

 

「いやならいいわ。それこそ、あの子に今すぐ連絡をとるだけよ」

 

 一方通行は芳川の目を見る。

 睨んでも顔色を変えず、そのまま佇んでいる。彼女がそれだけ精神的な力が強い訳ではなく、むしろ追い込まれているからだろう。

 

「……クソったれがァ、」

 

 一方通行は目を細める。

 この女の甘さは前々から知っている。そして何もかも背負うような力が無いからこそそれは優しさに変わることなく未熟な気遣いに留まっている。

 しかし、それは自分も同じなのではないか、と考えた。

 

「アナタにできるのは二つ。一つは天井亜雄を捕まえてウイルスの消去方法を聞き出すこと。もう一つは起動前のウイルスを抱えた最終信号を保護すること」

 

 彼女の両手には、その二択が形として現れていた。

 右手にはおそらく、天井の行動の予測結果がインプットされたメモリ。

 左手にはデータスティックと電子ブック。こちらには打ち止めの人格データが記録されているのだろう。打ち止めの行動を予測して先回りをしろと言いたいのだろうが、あの調子では一人でファミレスの外に出ることすらできそうにもない。

 

 一方通行は目を閉じた。

 どちらを選んだとしても、誰よりも確実に成功させられる人物は自分ではないことは明言できる。

 いち早く彼の力を借りることが最善であり、先決なはずだ。

 それでも、今の自分にあるのは二択だけである。

 なぜなら、三つ目を選んだ瞬間、一方通行はこの先も何も変わらないと宣言することになるからだ。

 

 手を借り、手を出してもらい、片づける。

 これほど簡単なことはない。これほど確実なことはない。

 

 でも。

 それでも。

 

 半年以上抱えていた、心に佇む吐き気にも似た朧気な違和感を消し去るのは今しかできない。

 彼の隣に立つ資格は無い。

 所詮、今の自分は彼が望んだから共にいるだけに過ぎない。

 自分の本心とは調和せず、自分に嘘をつき続けた矮小な詐欺師のままだ。

 

 ほんの少し。

 取るに足りないことだけでも、彼の望みをかなえられるのなら喜んで頭を下げられる。

 命を代償にしても手に入れられない恩を与えられたのだ。

 

 だからこそ。

 今度こそ。

 

 

「――――――どっちを取りゃァイイかなンざ誰でも分かンじゃねェか」

 

 

 一方通行は、芳川の左手に握られているモノを受け取った。

 

 破壊するのではなく、一掃するのではなく、救う。

 たった一人の少女を保護する。

 

「笑えよ。どォやら俺は、この期に及んで救いが欲しいみてェだぜ」

 

 自らを嘲るように言うが、芳川は塵ほども馬鹿にしない。

 

「……アナタが見たいのは、私たちの嘲笑よりも、あの少年の笑顔でしょ?」

 

「うるせェ。テメエはテメエがやンねェといけねェことだけに集中しろ」

 

「そうね。だからこちらは任せなさい。何としてもあの子を再調整してやるわ」

 

 一方通行は部屋から立ち去ろうとする。

 しかし、入り口付近で立ち止まり、また芳川の方へと振り向いた。

 

「テメエにもう一つ、命令しておく」

 

「何かしら?」

 

 何でも引き受けるといったように芳川は寛容な気持ちで受け応える。

 そして一方通行は過去ではなく、未来を望む。

 

「―――俺の制服を今日中に用意しておけ。バカに破られだが、明日からまた着ねェといけねェからなァ」

 

 今日は八月三十一日。

 そして明日は九月一日。それは一方通行にとって、暴走する妹達によって血まみれの世界が生み出される日ではない。彼にも光が当たる、希望に満ち、喜びがあふれる日々の再開なのだ。

 

「―――分かったわ。なら、何としても今日中に仕事を終えないとね」

 

 立ち去る直前、一方通行は短く同意する。

 

 

 

 

「――――――あァ、」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方通行は広い空間に一人たたずんでいた。

 障害物と呼べる物体がないにも関わらず、彼は周囲のほとんどが見渡せない。

 なぜなら、彼がいうのはクレーターの中心だからだ。

 

 

「…………ッ……」

 

 

 彼はなにもしていない。

 ただ、足を止めて立っているだけでこうなってしまったのだ。

 引き金が何だったかは忘れてしまった。しかし、気づけば警備員が動きだし、駆動鎧(パワードスーツ)を起動され、爆撃が撃ち込まれ、鉄塊をぶつけられた。

 そして、それらすべてを反射しただけでこのありさまだ。

 意思もなく、理想もなく、暴力を向けられただけで血が降り出す。

 

「……クソッタレがァ、」

 

 少しでも弱ければ、どこにでもいる月並みな学生の輪に入れただろうか。

 罪もない人々を血で汚すこともなかっただろうか。

 

「チッ、」

 

 仮定したところで現実へと裏返る訳ではない。

 無い物をねだっても仕方がないが、在り続けるものを払拭することはそれよりも在り得ない。

 このままクレーターの中心に突っ立っていても何も始まりはしないし、終わりもしない。

 

 そして立ち去ろうと一歩目を踏み出したとき、彼を影が覆った。

 

「?」

 

 一方通行は見上げた。

 距離的に影が一方通行を余すことなく光から遮っているが、その人影は駆動鎧ほどの全長もない。

 機械類に頼ることを辞め、能力者で取り押さえるつもりなのか、と気後れすることなく眺めていると、その影が跳んだ。

 

 その影は地球上の投射運動とは水平速度と鉛直速度が釣り合っていない。

 緩やかにパラシュートでもついているかのように低速度で落下し、丁度一方通行の真横に衝撃音と巻き起こる砂埃を最小限に抑えて着地した。

 

「オマエ……、」

 

 一方通行はその少年に見覚えがあった。

 だが先ほどのような超自然的な現象を引き起こす力はつい先日まで持っていなかったはずだ。

 

「やあ、一方通行」

 

 御坂美影は偶然街の通りで出会ったかのように挨拶した。

 

「御坂、オマエ能力者になったのか」

 

「ああ、」

 

 なだらかな口調で美影は肯定する。

 無能力者ではないのは明らかだった。しかし、幾分の力では一方通行との距離は変わらないに等しい。

 一方通行は両手を大きく広げた。

 

「御坂、これが俺だ(・・・・・)。ほんの数十分、誰かが俺に構うだけで街は砕けちまう」

 

「…………」

 

「だからオマエも、俺なんかといたらそこら辺に転がっている瓦礫の下敷きになっちまう」

 

「…………一方通行、」

 

 今すぐにも美影にはこの場から離れてほしかった。

 拳を交わすことなく一方通行と会話する現状を警備員にでも見られて、共犯とでも勘違いされたら一方通行は庇いきれない。

 

「分かったらサッサと」

 

「一方通行、」

 

 だが美影は聞く耳を持たないと言いたげに一方通行の言葉を遮る。

 彼の目には恐怖も緊張も落胆も闘志も悲哀も憤怒も鬱憤も卒爾も警戒も集中も殺気も映っていない。

 対等に向かい合い、報告したい事実があったのだ。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()辿()()()()()()

 

 

 

 

「あァ?」

 

 

 一方通行は美影の顔を見る。

 彼は今、微笑んでいた。その目に映っていたのは、喜び。

 

「…………そォか、」

 

「ああ、」

 

「オマエも、レベル5になったのか」

 

「ああ、」

 

 一方通行は、その称号を持った人間に今まであったことが無く、孤独だった。

 だが今、ついに対等に並べる人物が目の前に現れてくれた。

 一方通行はチーズのように口の両端を割く。

 

 

――――――あァ、

 

 

 一方通行は、今まで味わったことがない喜びに浸っていた。

 その笑みも自然に出てきたのだ。

 

 

 

――――――そォか、

 

 

 

 しかし。

 それ以上に。

 彼の中から湧き出た感情は。

 

 

 

 

 

 

 

――――――コイツも、化け物(オレみてェ)になっちまったのかよ……

 

 

 

 

 

 もし、この世界に神様という存在があるのなら、一方通行はソイツの顔を潰したくなった。

 始めて『友』と呼んでくれた少年が、自分と同じ世界に幽閉されるかもしれない。

 

 世界を覆う強大な力が、己の内すらも蝕んでしまうような、この街の『地獄』に。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 誰もいなくなった研究所で、芳川桔梗はため息をつく。

 それはもしかしたら、後悔を示していたのかもしれない。

 最終信号の調整方法を調べるのはそう時間がかかることではなかった。

 そして、あの少女を見つけ、保護するのには一方通行だけではなく、あの少年の力も借りた方が確実なのは明らかだった。連絡方法は、あの実験後、関係者すべてに知れ渡っている。

 

 それでも、芳川はそうしなかった。

 

 一方通行と同じだ。

 我儘かもしれないが、彼の力を借りず、彼の役に立ち、罪を少しでも償いたかった。

 でも一人ではできないから一方通行の力を借りた。

 

 

――――――私も、御坂美影のような『優しさ』が欲しかった。

 

 

 全てを背負えるだけの力を。

 全てに立ち向かえるだけの度胸を。

 

 それらが無いからこそ、まだまだ自分は『甘いまま』なのだ。

 思想をもって、理想を抱いても行動に移せない。恐怖を前には全身が硬直してしまう。

 

 

「――――――それでも、」

 

 

 今は。

 今だけは。

 今だけでも、今までの自分を裏切り、自分を嘲笑っても本心に向かい合いたかった。

 

 芳川は決意した。

 一方通行と共に、僅かでも恩を返すよう尽くすことを。

 自分らしくない行動を、正々堂々とすることを。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 美影は夜の街を歩いていた。

 肌寒くなってきたため、グレーのコートを羽織り、吐く息は時折白に染まっていく。

 そして未知の先に見慣れた人物が歩いているのが見えた。

 

「お、一方通行」

 

「ン? ……御坂か」

 

 コンビニの帰りなのか、缶コーヒーがバーゲンのように詰め込まれており今破り落ちてもおかしくない。

 

「コーヒーもーらい」

 

 ありがたいことにホットであったため取り出して手の悴みが治まり、飲むことにより体が中から温まっていく。

 一方通行は度々新しい銘柄を購入しているためこうして一本貰っていると口にしたことのない味が体験できるのだ。

 

「勝手に奪ってンじゃねェよ」

 

「いいじゃん、そんなにあるんだから」

 

「チッ」

 

 舌を打ってまた歩き出した一方通行に美影はついて行く。

 

「あ? テメエの寮はこっちじゃねェだろ?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ」

 

 また一口苦い液体をすすって美影は言う。

 

「一年前くらいに学校は止めたんだけど」

 

「……初耳だぞ、ンなこと」

 

 二人とも、今は一般的には中学三年生の年齢に位置する。

 そして一年前に学校を辞めたということは美影が中学二年生の時点ということだ。

 小学生の時から美影は学校では無能力者と偽り続け、その設定は中学生活でも続行されたはずだがまさか何らかの事情でばれてしまったのだろうか。

 学校には籍だけを置いて、今はとあるマンションに部屋を持っていると美影は言った。

 

「なンで辞めたンだ? まァまァ学校は気に入ってたンだろ?」

 

「ちょっと、実験の都合でね。表に出続けるわけにはいかなくなったんだよ」

 

「…………そォか、」

 

 彼が超能力者になったときに危惧した状況に叩き込まれたのか。

 しかし、一方通行のように学園都市の『裏』に入った美影は傍から見れば普通の学生のように穏やかな表情をしている。

 

「んじゃ、俺はこっちだから。気が向いたら部屋に呼ぶかも」

 

「あァ、そォ」

 

 愛想悪く一方通行は美影と別れた。

 一本コーヒーを袋から取り出し、飲んだところぬるくなっていたことに舌を打った。

 

 

 ◇

 

 

 美影は一方通行と別れてひとり街を歩いていた。

 そのままマンションの部屋に向かうつもりであったのだが、諸事情により順調にはいかなくなった。

 何故なら、

 

 

「よお、そこのお前」

 

 

 道の横にある建物の間から、冬なのにタンクトップを着た筋肉が分厚い男を筆頭に、4人ほど不良と思われる男たちが現れたため、美影は立ち止まった。

 後ろをみたところ、前よりも大勢の不良たちがいた。

 ついさきほどから気配を感じたため、一応住所を知られないためにも使用する道をずらしていたのだ。

 

「…………何か用?」

 

 白い息を吐きながら美影は不愛想に尋ねた。

 美影は今、大して追い込まれているとは思っていない。例えるなら、登校に毎日使用している道路が突如工事中になってしまってほんの少し回り道しなければならなくなった感じだった。

 

「お前、あの第一位と仲がいいらしいな」

 

 タンクトップの男が言った。

 その筋肉からすらも湯気が上がりそうなほど暑苦しい印象だった。

 

「だったら?」

 

「ワリいがちょーっと人質になってくんねえか?」

 

 美影は理解した。

 この街の頂点に君臨している一方通行を打ち負かして名をあげようと目論む馬鹿たちなのだと確信する。

 しかし不運なことに、美影自身も一方通行と同じ超能力者であることを不良たちは知らない。

 

 

 ◇

 

 

 結果だけ言うと、一分もたたぬうちに十人ほどの不良たちは全員が冷え切ったアスファルトに倒れることになった。

 美影はコートのポケットに両手を突っ込んだままであり、白い息も乱れていない。

 そして立ち去ろうとしたとき、ふと背後から気配がした。

 

 

「?」

 

 

 振り向いたところ、そこには黒いスーツを着用した男たちがいた。

 その者たちは美影の姿を確認しただけで、立ち去った。

 

 

「…………」

 

 

 男たちに働く重力を感知して尾行することは簡単だが、純粋に面倒になったためそれは止め、自宅に帰って風呂に入って寝ようと計画を立てた。

 首を上に向け、大きく息を吐き、白く埋め尽くされた視界が晴れた時、黒い闇夜には輝く星が散らばっていた。

 

 

 例えキャンバスが暗くても、光り続ける星々はとても魅力的なものだと美影は感じた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ナンだァ、テメエらは?」

 

 コンビニの袋を片手に持つ一方通行は、自宅に帰る途中黒いスーツを着用したと男たちに声をかけられた。

 一方通行の足元には不良たちが倒れていた。

 美影を捕獲しようとした者とは違う集団のようで、ナイフやスタンガンなどの武器を利用したがやはり傷一つ付けられず返り討ちにされたらしい。

 

「少し、君と話がしたくなっただけだよ」

 

 男達の内の一人が言い出した。

 

「まさか、俺の能力(チカラ)を利用してバカげたことをやるバカじゃァねェだろォな」

 

「いいや。私たちが君に相談したいのは、君のためになることだ」

 

「あァ?」

 

 男たちの落ち着きぶりに一方通行は眉をひそめる。

 一方通行と相対する『裏』の住人は、十中八九警戒心をむき出しにしているのだが、目の前の男たちは構えもない。

 そして、一人の男が言い出したことは、

 

 

 

「君は今の自分に、満足しているか?」

 

 

 

「あァ?」

 

 一方通行の頭脳をもってしても疑問を持たせる台詞だった。

 

「君は今も、スキルアウト達の襲撃にあったようだが、なぜそんなことにあうと思う?」

 

「ンなこと決まってンだろォが。俺がこの街で『最強』だからだ」

 

「いいや、それではまだ不正解(・・・・・)だ」

 

 多少なりともその言葉で一方通行はイラついた。

 歯を閉じ男を睨む。

 

「君が、()()()()()だからだ」

 

「……、」

 

 一方通行は何も言わないが、男は言葉を止めない。

 

「君は、誰もが挑戦しようと考えることすらバカバカしいと思えるほどの、『無敵』に、前人未到の絶対能力者(レベル6)に興味はないか?」

 

「『無敵(レベル6)』、だァ?」

 

「そうだ」

 

 男の目には自信が満ち溢れていた。

 一方通行の心を動かせられることに微塵にも疑いを抱いていない。

 

「…………くっだらねェ。今でも不良なンざ突っ立っていても勝手にぶっ倒れていく。苦労もねェし、疲労もねェ。不意打ちだろォがデフォで『反射』されンだからなァ」

 

()()()()()()()()

 

「ンだとォ?」

 

 一方通行は、今だこの男が言いたいことがつかみ切れていなかった。

 男は顎に手を添えて、思い出すように空を見上げる。

 

「たしか、御坂美影くん(・・・・・・)、だったかな」

 

「! ……アイツには手ェだすな」

 

 やっとできた繋がり。

 それを壊されるのは一方通行にとって何よりも耐え難いものであった。

 男はそれを完全に分かり切ったような顔をする。

 

「ああ、私たちはね(・・・・・)

 

「……どォいうことだ」

 

 一方通行は、何時でもこの男たちの首を刈れるよう構えた。

 しかし目の前の男たちは誰も怖気づくことはない。

 

「先ほど、御坂君がスキルアウト達の襲撃を受けた。理由は、君に対抗するための人質としてだ」

 

「ハッ! アイツも俺と同じレベル5だ。レベル0の雑魚共が何百人集まろォともアイツは何ともねェだろォが」

 

「ああ、御坂君は無傷で返り討ちにしたよ。今回は(・・・)()

 

 最後を不自然なまでに強調して男は言った。

 

「……」

 

「彼は君のように、不意打ちには対応できない。そして『最強』止まりの君と関わっている内は今日のようなことに何度も合うだろう」

 

 一方通行は黙り込んだまま、ただ男を睨む。

 話し続けた男はポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「なにも今、レベル6への道を歩み始める必要はない。じっくり考えて決めるといい」

 

 そしてその紙を一方通行の手に握られているコンビニのビニール袋の中に入れた。

 

「そこに、私たちの研究所の場所が記されている。いつでも待っているよ」

 

 そう言い残して男たちは立ち去った。

 背が見えなくなってから、数分経っても一方通行は動かない。

 

 缶コーヒーは、完全に冷え切ってしまった。

 

 

「…………、」

 

 

 一方通行は考えた。

 同じ超能力者でも、美影は一方通行のようにその頂点に位置しているわけではない。

 不良たちが手に入れたいのは『最強』の称号。

 そのために、今回は実質『最強』には無関係な美影に手を出そうとした。

 武装無能力集団ごときに、美影がどうにかできるとは思わない。

 何度でも、何度でも何度でも返り討ちにできると信じている。

 

 でも。

 あの少年は『最強』とも呼ばれていない、超能力者の一人に過ぎない。

 万が一、億が一にも傷つけられることがあれば、それは一方通行が原因であることに誰も疑いは持たない。

 

 

「…………ッ、」

 

 

 一方通行は空を見た。

 そこには無数の星がちりばめられている。

 しかし。

 その光を取り囲んでいるのは、『闇』。

 どれだけ輝こうとも、その隣には黒く、暗い影が、闇が必ず存在している。

 

 一方通行にとって、星空の輝きは『闇』を際立たせているようにしか感じられなかった。

 

 

 

 

 

―――――自分のような、避けられるべき暗闇を、

 

 

 

 





狙って書いているけど、暗いストーリーですねぇ。


今更説明するのもなんですが、

◆は現在の時系列で、

◇は過去の時系列のつもりです。


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