とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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第零章  最強の最初で最高の『友』
First contact


 

 

 

 

 

 八月三十一日 00:00

 

 学生寮に挟まれた、細く直線に近いコンクリートの道を、闇夜と正反対に真っ白な少年、一方通行は歩いていた。

 彼の手にはコンビニで購入された缶コーヒーが詰め込まれてビニールが所々伸びた袋が握られている。

 缶コーヒーの銘柄は統一されているが、それが彼のお気に入りというわけではない。大量購入、大量摂取を経て倦怠に巡り合い、他の銘柄に手を出す、という行為の循環の一段階なだけであり、これも飽きれば二度と手にすることはないだろう。

 

 彼の背後には、荒い息を吐き、目を血走らせ、手にある凶器を握りしめた不良たちが十人弱いた。

 ナイフ、警棒、スタンガン、と多様に揃えてはいるが、学園都市最強の白い肌から真っ赤な血を吐かせるには試行錯誤があまりにも疎かだ。

 

 ふと、一方通行は考えた。

 この夏休み、果ては学生生活は、自分にどのような影響を与えたのか、と。

 学生として一年を過ごすことはあろうとも、それは彼専用に用意されたカリキュラムをこなすものであり、それこそ異常というのは自覚していた。

 

――――――コミュニティが極端に狭かった彼にとって、クラスメイトというのは新鮮だった。

 

――――――研究者に縛られていた彼にとって、風紀委員になることは未知であった。

 

 コンビニにかけられていた時計から概算して、今はもう夏休みの最終日だろう、と自由な休日を名残惜しくも忙しくなり始める明日を心待ちにしている自分をこの時はまだ悟ってはいなかった。

 あの少年に出会うまで、自分に寄って来る人間は、成果に飢えた白衣の研究者達と称号を奪いに来た不良たち以外にいなかった。

 

「あン?」

 

 無自覚に適応される『反射』が発動しなくなったことに気づいた一方通行は、肩ごしに背後に目をやった。

 そこには腕を抑えたり、血を流したり、唸ったりなどと負傷に苦しみ地に伏せる不良たちがいた。

 少なくとも死者はいない、と確認した(・・・・)彼はまた前を向き帰宅を続ける。

 

「……なァ~ンか、違ェよなァー……」

 

 ふと口が動いた。

 無関係であり、無意味に牙をわざわざ折りに来るゴロツキの安否を気にかけた自分の変化に首をひねった。

 風紀委員の活動で、被害を最小限に留めるよう五月蠅く忠告してきたツインテールの少女の説教が耳に残っているのか、と現実逃避をするかのように音すらも反射の対象に入れた。

 そしてぼんやりと夜空を眺めて小さくも輝き続ける星の群れを一つ一つ辿るように視点をずらし続ける。

 彼の能力があれば障害物などない。

 足が進む先が道であり続ける。

 方向の微調整など気が付いたときにやればいい。

 

 そんな気味合いで歩調を崩さなかったからこそ、一方通行は気づくのが遅れた。

 

「―――――――ッ! ~~~~~!?」

 

 一方通行のすぐ後ろにぴったりとくっ付きながら、疲労で息を乱しながらも何かを叫び続ける人物がいたことに。

 

「あァ?」

 

 一方通行は先ほどと同じように歩みを止めずにその人物を視界に入れた。

 その姿恰好は奇妙であった。

 薄汚い毛布で頭から足まで隠しきり、表情も激しく動き続ける口以外窺えない。背丈は一方通行の腹ほどまでであり、見下ろし続けるのも首が疲れそうだった。

 

「……、――――!! ~~~~~~~ッ、――――――――!?」

 

 音も反射していたことを今思い出した一方通行は試しにそれを切ってみた。

 すると、

 

「――――いやーなんというかここまで完全完璧無反応だとむしろ清々しいというかでも悪意を持って無視をしているにしては歩いているペースとか普通っぽいしこれはもしかして究極の天然さんなのかなーってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

 

 そう、甲高くも平淡な少女の声が飛び込んできた。

 その少女はあと一歩だけでも早まれば一方通行の能力で命を飲まれるほどの距離で歩いていたが、害意が無いらしい少女から血ははじけ飛ばない。

 

「あれ? ミサカの存在を認知されても変わらぬペースで歩き続けられているところを見るともしかしてミサカは即座になかったことにされている? ってミサカはミサカは鬱気味になってみたり」

 

「待て、……、ミサカだと?」

 

 一方通行の足がようやく止まり、何が嬉しいのかその少女は彼の前へと回り込んできた。

 

「テメエ、その毛布取っ払ってよく顔見せてみろ」

 

「え? ま、まさかまさかこの往来の場で女性に衣服を脱げというのは常識的に考えて可笑しいというか無茶というかぁ~~、ってミサカはミサ」

 

 口のプレーキが故障しているこの少女を完全無視で、一方通行は少女の姿を隠し続けている毛布をガッシリリと掴み、強引に引きはがした。

 

 そして、少女の顔が目に入った。

 それは一方通行が知る『少女達』と同じモノだが、些か年齢が低いように判断できる。

 そして、肩、胸、腹、足、とあらわになっていくがそれらを隠す布は一切れもない。

 

 それはつまり、

 

「あァ? ―――――ってナンだァそりゃァ!?」

 

 その少女は毛布の下には何も身に着けていなくて、正真正銘素っ裸の少女は局部を隠そうとすぐに自分の体を抱きしめるようにしゃがみ込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 八月三十一日 00:00

 

(…………おぅ……)

 

 御坂美影はコンビニの飲料コーナーで立ち尽くしていた。

 つい先ほどまで特例の仕事をこなしていて、終了したのと同時に眠気に襲われ、帰宅までの息継ぎのつもりで眠気覚ましのコーヒーを購入しようとしたのだが、その一つの銘柄が占めるはずのスペースが冷風だけが通り抜ける穴となっていた。

 

 他の銘柄は既に毒見済みであり、まだ舌を潜らせていないコーヒーを含有する飲料には全てミルクが混在している。

 コーヒーに糖類は入れてもミルクなどで変色されたものは決して飲まないことをいつの間にか心情としていた彼は、どれのリピーターになろうかと悩みに悩んでいた。

 ふと、カフェインを配合する他の飲料がまだ他にあるではないか、と紅茶のペットボトルが並ぶ位置へと数歩進む。

 

(……『午前の紅茶』……か……、)

 

 たった今、午後から午前に裏返ったことに気づいた美影は、そう書かれたラベルを巻かれたミルクティを手に取った。

 ビニール袋を断ったエコな美影はコンビニから出て、ミルクティを飲みながら夜空に散らばる星々を眺める。

 大きな感動を得るわけでもないが、眠気が薄れるには十分な魅力だった。

 そして、もう夏休み最終日に突入していんだっけ、とコンビニの時計を思い出し、意気込む。

 

(……今日はゆっくりと寝よ)

 

 

――――――この時、彼が空に広がる星に負けない輝きを目にやどす少女によって睡眠を妨害されるということを、誰も知らなかった。

 

 

――――――この時、彼の夏休み最終日の序章が変態によって邪魔をされるということを、誰も知らなかった。

 

 

 ◆

 

 

 毛布を返して返して、と涙ながらに懇願する少女に毛布を投げ返した一方通行はまた歩き出していた。

 冷静を保っているかのようなこの真っ白な少年は、実は内心この上なく焦りに満たされているのは彼しか知らない。

 

(………………美影がいたら、……殺されていたな…………)

 

 この少女と同じ顔を持つ少女全員の兄であるとある少年の顔を浮かべながら、一方通行はビニール袋を握り直した。

 もしかしたら、あの画像(・・・・)をばら撒かれていたかもしれないと社会的生命の危険も感じて進む彼の足はほんのちょっと震えていたとか震えていなかったとか。

 その心の揺らぎを懸命に抑える一方通行の努力も知らず、少女はまだまだついて行く。

 

「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は二〇〇〇一で、妹達(シスターズ)の最終ロットとして製造されたんだけど、コードもまんま『打ち止め(ラストオーダー)』で本来はあの『実験』に使用されるはずだったんだけど、ってミサカはミサカは愚痴ってみたり」

 

「あァそォかい」

 

 一方通行は欠伸交じりに返事をして大通りを歩き続ける。

 

「でも『実験』はすぐに終わっちゃって、まだまだ調整が必要なミサカは突然培養器から放り出されちゃったんだってミサカはミサカは説明してみたり」

 

「困ってンならオレみてェな奴じゃなくて美影でも尋ねろっての」

 

 投げやりに一方通行は順調に自宅に近づいていく。

 

「何故かは分からないけどお兄様よりもアナタを頼りたいのってミサカはミサカはミサカに眠る無意識に従ってみたんだよーって……どうしたの?」

 

 一方通行がアパートの通路に入って少し経った時、彼の足がまたしても止まったことに打ち止めは首を傾げる。

 

「……ナンだこりゃァ……?」

 

 彼の視線の先には彼の部屋がある。

 だが彼の部屋の扉が開けられていた。否、こじ開けられていた。

 缶切りなしで開けられた缶詰の蓋のように曲がり、粗大ごみのように通路に放置されたのは間違いなく彼の部屋の扉だ。

 この被害をもたらした者がまだいるかもしれないが、警戒することなく、また土足で一方通行は部屋に入った。

 中も散々な状況で、テーブルは割れ窓ガラスは砕け、夏休みのはじめに美影に買わせた家電類も全滅だった。

 

 そしてゆらりと部屋を見回し、扉を引きはがされたクローゼットの中には、彼が明日からまた着るはずの長点上機学園の制服が、引き裂かれて単なる布切れとなっていた。

 

「…………くっだらねェ、」

 

 冷蔵庫も破壊されたためコーヒーをそのまま辛うじて態勢を保っているテーブルの上に置き、ベッドに横になった。

 ガラスなどの破片は一見してなかったと思ったが、どのみち一方通行なら反射するため危険性もない。

 彼の部屋は、路地裏の廃墟となんら差がない状態に陥っていた。

 

「うわぁ……、これって警備員とかに通報しなくてもいいの? ってミサカはミサカは提案してみたり……」

 

 一方通行が一方通行である限り、無防備に睡眠をとることに危険は孕まれていない。

 仮に通報して犯人が捕らえられたとしても同じ馬鹿をする役者が変わるだけだ。だからこそ彼は美影のようにセキュリティが万全の部屋を借りることはない。

 

「テメエはどうするンだ? こンなところに居続けるより路地裏にいたほうがまだ安全なンじゃァねェか?」

 

「うーん、それでもやっぱりミサカはお世話になりたいかなってミサカはミサカは頼み込んでみたり」

 

 今にも閉じそうな目で打ち止めを見つめた一方通行は、吐き捨てるように、

 

「……勝手にしろォ……」

 

 その少女を、受け入れた。

 喜んで笑顔になった打ち止めは毛布の上に、床に落ちていたシーツを被ってソファに寝そべった。

 今は夏。風邪をこじらせることもないだろう、とまたもや一方通行は他人に気を配ったことを自覚して目を閉じた。

 そして思う。

 

 

 

(―――――何年ぶりだ。初対面から邪気のねェ声をかけられるのなンざ)

 

 

 この少女の顔を始めてみた瞬間を思い出し、

 

 

(―――――まァ、アイツ以来、かァ……)

 

 

 とある一人の少年の顔を始めてみた瞬間に、たどり着き――――

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 一方通行にも人間らしい名はある。

 苗字は二文字で名前は三文字。特に珍しくもなく、特別な印象を与えるものでもない。

 でも気づけば彼を指す言葉は能力名で統一され、それを彼もいつのまにか受け入れていた。

 

 名を受け入れても、その名が示す力を受け入れるのは、そのずいぶん後であったが。

 

 幼いころの彼は、自分の力は周りを少しだけ上回っているとしか考えていなかった。

 その正体を明かされたときは、あまりにも日常からかけ離れていた。

 

 髪の色の違いに突っかかってきた少年の腕が、彼に触れた瞬間に折れた。

 悲鳴が大人を呼び、血が社会を狂わせ、気づけば彼は一人だった。

 

――――――次の日から、彼が公園に足を踏み入れた瞬間、大人たちが彼を睨みながら子供たちを連れ去った。

 

 その時の彼らの口は、一定のリズムで規則的に動いていた。

 直接耳に声が入らなくとも届いていた(・・・・・)

 耳を塞いでも目が聴いていた。

 目を閉じてもそれまでの光景が瞼の裏に映りだした。

 

――――――『化け物』、と。

 

 彼はもぬけの殻となった公園のベンチに腰を下ろした。

 両手で顔を覆った。

 瞼に力を込めた。

 

 それでも。

 

 それでも涙が頬を伝った。

 

 予期せず、願うことなく手に入れたこの街最強の力は、彼を身体的負傷から隔絶させる代償に、彼に深々と精神的苦痛を与え続けた。

 病院で治療を受ける人々のように意識を失うことなく、彼は絶え間なく苦しみ続けた。

 

 

「――――――なんで泣いているの?」

 

 

「!?」

 

 唐突に、背後から少年の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのない声だった。

 平淡な声だった。

 咄嗟に返事をした。

 

「な、何でもねェよ!!」

 

 急いで目を袖で拭い、大きな声で反論した。

 学園都市最強という称号に関係なく、一人の男としての羞恥心を感じて何とか誤魔化そうとしたのだ。

 

「そ、そう……?」

 

 押され気味にその少年は目を丸くした。

 一方通行は疑問に思ったことを口にする。

 

「何でオマエはここにいるンだよ? オレが怖くねェのか?」

 

 これ以上、意に反して血が流れることを一方通行は望んでいなかった。

 この少年が一秒でも自分から離れて、平穏な日常を送ってほしいと切実に願った。

 

「怖い? なんで?」

 

 するとその少年は首を傾げた。

 一方通行の言葉の意味が純粋に理解できなかったのだ。

 初見だったからか、一方通行の危険性が頭にインプットされていないのだろう、とわざわざ説明することにした。

 

「オレはこの街で最強の能力者だ。だから怪我しねェ内に帰れ」

 

「え? 能力者なの? 俺、この街に来たばっかりだったからなんにも知らないんだよね」

 

 どこまでも緊張感もないその少年は、一方通行の持つ力に興味を抱いたようで、おそれなど微塵にも抱いていないようだった。

 

「俺、御坂美影っていうんだ。君の名前は?」

 

 聞いてもいないのに女みたいな名前を自己紹介をされ、一方通行はちょっとひるんだ。

 どこにでもあるような、初対面の人物に対する言葉のキャッチボールなのだろうが一方通行はそれをするのが何時ぶりだろうか、とまだ大して長くない人生を見返した。

 

「オレは、一方通行だ」

 

「あくせられーた……? 能力名とかじゃなくって、本名はなんなの?」

 

 聞き慣れないフレーズにまたもや首を傾ける美影。

 美影が求めているのは称号や肩書ではなく、彼の本名に他ならない。

 

「皆そォ呼んでる」

 

「そうなの? ……なんか不思議だね」

 

 小学生ほどの少年の感想としては当たり前のものだった。

 それでも当の昔に受け入れた一方通行にとってはそれこそが非日常の産物のようであり、新鮮な感覚を覚えた。

 この少年と会話をし続けていて、もしこの少年がけがをしてしまったらまた大惨事であると想起した一方通行はまた突き放そうと試みる。

 

「分かったらサッサとどっかに行け」

 

「嫌だよ。まだ名前も聞いていないんだから」

 

 強情なまでに美影は一方通行の名を聞き出そうと詰め寄った。

 反射的にベンチから立ち上がった一方通行は美影と距離を置く。

 

「何なンだよテメエは……!? 初対面の人間にそこまで図々しくしやがって……」

 

 全身で拒絶したつもりだったのだが、目の前の少年は反省することなく、むしろ開き直ったかのように、

 

 

 

 

 

 

「――――――ならさ、俺たち、『友達』になろうよ」

 

 

 

 

 

「―――――!?」

 

 美影が発した『友達』という単語。

 それを一方通行はもちろん意味も知っていた。耳にしたこともあった。

 でも。

 それでも。

 自分に向けられて使われたのは初めてではないのか、とまるで異国の辞書を開いたかのような、未開拓の地に足を踏み入れたかのような、言語化しづらい感慨に浸った。

 

 美影は応えを心待ちにしているように目を輝かせている。

 応えが来てから、その後に届ける言葉を用意しているようにも見えた。

 

 

 

 

「――――――勝手にしろォ……」

 

 

 

「ならさ、友達になったから名前を教えてよ」

 

 

 ほォら見ろ、と一方通行は心の中で舌打ちをした。

 しかし不思議と不快には思わなかった。その感情が『喜び』であると悟るのは随分後だった。

 そして一方通行は、

 

――――――いや、この少年は、

 

 

 

 

「…………オレの名前は―――――」

 

 

 

 






ついに三つめの章に入りました。

一方通行が主役(?)の半分過去話です。


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