とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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盛夏祭編です。


心機一転

 

 

 

 

 

 常盤台中学女子寮盛夏祭

 

 一般には開放されていない常盤台中学学生寮が、年に一度、外部に開放されるお祭りや文化祭的なイベントだ。

 といっても学校そのものの公開ではなく、寮で開催されるイベントであるため紹介されるのはほんの一部。

 いずれにせよ、学園都市の五本指に入る名門校であり、同時に世界有数のお嬢様学校である常盤台中学校の施設を見学できるため、この日を待ち焦がれている招待客もいるかもしれない。

 否、いるに違いない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あ、美影さーん! こっちです!」

 

 佐天に呼ばれ、美影は声がした方向へと歩く。

 待ち合わせは現地集合、つまり寮の前だ。

 二人は、特に佐天の隣にいる初春は美影が早く来てほしいと催促するように手招きしているところを見ると、この日を心待ちにしていたようだ。

 

「初春、テンション高すぎじゃない?」

 

 一秒でも早く中に入りたいと言わんばかりに目を輝かせている初春に無理だと分かりつつも感情表現を押さえるように一言かける。

 

「なに言っているんですか美影さん! 盛夏祭ですよ!? 常盤台中学ですよ!? きっと中はすごいことになっているに決まっているじゃありませんかッ!」

 

「あー、はいはいわかったから、中に入りましょーねー」

 

 迫りながら熱弁する彼女にからは今まで見たことがないほどの迫力と情熱が漏れだしている。彼女の小躍りを諌めるのを諦め、美影は棒読みで言葉を受け流し、前進を試みた。

 入り口には警護員の黄泉川と鉄装の二人が警備を固めていた。警備を学園都市の警察的組織に依頼するところは流石常盤台と言ったところか。

 入り口付近には常盤台中学の学生と思われる生徒が全員メイド服を着用しながらパンフレットを配布している。

 一部受け取り、美影は行われている、行われる催しを確認する。

 

「あ! いましたよ、美影さん、佐天さん」

 

 初春の声でパンフレットに向けていた視線を前方に向けると見慣れた二人がいた。

 片方はツインテールの少女。『記録係』と書かれた腕章をつけ、首からカメラを下げている。メイド服ではなく、常盤台の制服姿だ。

 もう片方は言わずと知れた常盤台中学のエースがメイド服姿でいる。そしてパンフレットを脇に挟みながら、……その記録係の頬を左右に思いっきりひっぱっていた。

 つまり、御坂美琴が白井黒子に体罰を与えている。

 

「こんにちはー!」

 

 初春は臆することなく声を掛ける。

 このような光景は見慣れているからだ。電撃がないだけマシなほうかもしれない。

 

「あぁ? あ!」

 

 チンピラのように声を太くし、不機嫌ですと言わんばかりの返しをする美琴。メイド服姿でその発言はあまりにも不自然(シュール)だ。

 だが振り向くと同時に表情は晴れやかになった。

 

「相変わらずやってますねー」

 

「美琴、メイドでそれは何か危ないぞ」

 

 彼女たちの招待客の3人の姿がそこにあった。

 美影は呆れ気味でパンフレットを持っていないほうの手を腰に当てている。

 

「うわぁ! 白井さん、ご招待ありがとうございます、盛夏祭!」

 

 飾りつけられた建物を見渡して感想を述べる初春。

 先ほどよりも目のカラットが大きくなっている。

 

「なんといっても常盤台中学の寮祭ですからね、これはきっと! 私たちの想像を遥かに超えたものが待ち受けているに違いありません!」

 

(……お前のはしゃぎぶりが想像を遥かに超えているよ、花瓶)

 

「どういたしまして。その期待に違わぬすばらしい催しがございますから、どうぞ楽しんでいって下さいな」

 

(……なんで記録係のお前が偉そうにしてんだよ、オセロ)

 

 美影が心の中で言葉に出したら失礼なツッコミを入れつつ二人の会話を聞いている。

 白井の誇らしげな発言の途中、横目で美琴を見ているところを見るとやはり彼女は何かしらするらしい。それを美影は見逃さなかった。

 彼も去年はとある事情により美琴の招待を断ったため、中に入ったことは実はない。

 少なくとも彼にとっても楽しみではある。

 

「では、早速ご案内を―――」

 

「ちょっと待てー、」

 

 白井が3人を連れて行こうとしたとき、横槍を入れられた。

 そこにいたのはカチューシャでおでこを全開にし、美琴とは違う型のメイド服に包まれた少女がいた。

 

「白井ー、ビュッフェの手伝いはどうするつもりだー?」

 

「あ、あぁー、忘れてましたの」

 

 重要な仕事を無視していたことに気づき、たじろぐ白井。

 

「あのー?」

 

 初春は見知らぬものが出てきたことに戸惑う。

 

「あー、紹介するわ」

 

 それに気づいた美琴がそのメイドに近づき、互いの橋渡しを買って出た。

 

「こちら、繚乱家政女学校の土御門舞夏。今回の寮祭の料理も彼女の彼女の学校に指導してもらったのよ」

 

「繚乱って、あのメイドスペシャリストを育成するっていう?」

 

 初春は知っているようだ。

 彼女は何か、普通とは違う学校に憧れを抱いているのかもしれない。

 

「土御門舞夏であるー」

 

 スカートの両端を少し持ち上げるようにしながら頭を下げ、丁寧に挨拶する土御門。

 

「で、こちらは私のお友達の初春飾利さんに、佐天涙子さん、それと―――」

 

「もしかして御坂の兄かー?」

 

 もう一人、背が高く、頭が飛び出ている男を美琴が紹介しようとしたとき、土御門舞夏が口を開く。

 

「ああ、アイツの妹か」

 

 以前、彼女の兄、土御門元春の部屋に訪れた時にすれ違った記憶が美影にはあった。

 

「そうだぞー、兄貴がいつもお世話になっている」

 

「美影、知っているの?」

 

 何かしらの接点を持っている二人に美琴は首を傾げる。

 

「ああ、コイツの兄とちょっとね」

 

 土御門元春は美影と知り合いだが、そのあたりの諸事情は公にできるわけもないため詳しくは言えない仲だ。

 丁寧に初春と佐天に困ったことがあれば寄与することを告げた後、土御門妹は白井の襟元を掴み、 

 

「さあ白井、来るのだ」

 

 お構いなしに手伝いを要求し、引っ張っていく。

 

「ちょ、っえ、ま、っ待って下さいまし、初春たちを放り出しては―――」「仕事は放り出してもいいのか?」「いえ、決してそんなことは……」

 

 一寮生としての義務について、この上ない正論を返され、何も言い返せなくなった白井は大人しく引きずり回されることとなった。

 

「変わりに私が案内するわ」

 

 メイド美琴が引率者に自薦した。

 随分経ったことで、パンフレットの配布時間も終わったのだろう。

 

「なあ、美琴」

 

「何よ」

 

 美影の声に反応して美影を真っ直ぐ見た瞬間、携帯のカメラ音が聞こえた。

 美琴は不機嫌そうに忠告する。

 

「ちょっと、カメラ撮影は禁止よ」

 

「堅いこと言うなよ、これくらいで」

 

「そんなもの、アンタが撮ってどうすんのよ?」

 

 

 

「母さんに送る」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「さてと、どこから回ろうか、」

 

 寮内といっても見学場所は多い。種類も様々。美琴が勝手に決めるわけにもいかないと判断し、3人に任せている。

 初春と佐天はパンフレットの隅から隅まで読み、目的地を決めている。

 美影はどこからでもいいので、パンフレットは閉じ、辺り一面を適当に見渡している。

 

 常盤台は改めて他の学校と違うと見せ付けられた。

 テーブルやイス一つにつけても通常のものとは素材も形状も違うと思われる。販売されているケーキも作りが丁寧で、高級店で取り扱われているものと差がない。

 

「行ってみたいところとか―――」

 

「はい! はいはい! あります。行きたいとこ、あります!!」

 

 美琴の質問に初春が全力で挙手し、自分の要望を訴える。

 

「ここと、こことここと、ここと、……あと、ここからここまで!」

 

 美琴に見えないくらいパンフレットを近づけ、指で辿りながら説明する。彼女の指はパンフレット上に書かれた項目を漏れなく一周していた。

 要するに彼女が行きたいところとは、

 

「初春、それ全部だぞ」

 

「美影さん、私、今だけはいつもの初春飾利ではありません。もう宣言しておきます。リミッター、解除です!!」

 

「……あーそぉ」

 

 効果音と強調線が付きそうなくらい意気揚々と言い張り、燃えるように熱くなった花瓶に美影は関心が薄い反応をした。

 

「まぁ、じゃあ順番に回って行きましょ」

 

 盛夏祭を楽しんでくれている初春に嬉しさ半分、戸惑い半分で美琴は案内を開始した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「うわぁ、こんな展示があるなんて、さすがお嬢様学校ですよ、ね、佐天さん」

 

 初めに訪れたのはシュガークラフトの展示。よくクリスマスケーキにサンタさんの形をしたものが乗っているがそれとはレベルがまったく違っていた。

 初春はあらゆる角度から凝視し、その完成度を隣にいる佐天と共感しようとするが、

 

「これ本当にお砂糖で出来ているの?よく出来ているなぁ、」

 

 佐天が見ているのは薔薇。

 葉っぱ一枚、花びら一枚まで細部まで精巧に作られているため、本物と言われても疑われないかもしれない。

 

「どれ、……あーん、」

 

 本当に砂糖製なのかという疑念から、佐天はなんと花弁を一枚引き剥がし、口へと入れた。

 丈夫に作られているらしく、一枚だけが綺麗に外れたが、万が一その衝撃で全壊したら申し訳ない、ではすまなかっただろう。

 だが作品に手をつけたため、初春が凄惨だと訴えかけるかのように手を振り回しながら騒いでいる。

 それに構わず、花弁を味わった結果、

 

「う~ん、果てしなく砂糖だね」

 

 甘味しか伝わってこなかったそれが、『シュガー』クラフトであることを確信した。

 

「当たり前だ」

 

 美影は呆れるようにため息をつく。

 

「食べちゃだめですよ! これ、展示品なんですから。ね? 御坂さん、」

 

 自分の作品であるかのように非難する気持ちを美琴にも伝えようと、振り向くが、

 

「宜しければ、御坂様もお一ついかがですか?」

 

 そこにはおそらく製作者である学生たちに囲まれながら甘い甘い人形を薦められている常盤台のエースがいた。

 美琴の常盤台での人気は美影の長点上機でのそれと同じぐらい高い。

 超能力者というのはどこにいてもそういうものだ。

 

「あー、ありがと。でも私は遠慮しとくわ、」

 

 だが、美琴はそれには慣れていない。

 彼女は特別視されることが苦手であり、嫌っていることは美影も知っている。

 

「人気だね、御坂様」

 

 人気者の妹に嬉しさ半分で美影が茶々を入れる。

 

「アンタも『御坂』でしょうが」

 

 その言葉の『意味』を理解しながら美琴は言い返し、その台詞に美影の表情が凍結した。

 口止めしておいた秘密をさらっとばらされてしまった。

 

「え!? もしかして、……御坂様のお兄様……ですか?」

 

 美琴を囲んでいた女子学生の一人がおそるおそる尋ねる。

 ここまできて誤魔化したり嘘をついたりすることは殆ど不可能だ。横には佐天と初春もいて、そもそも実の妹本人が困窮気味の美影をしてやったりとほくそ笑んでいるのだから。

 

「あー、うん、そうだよ」

 

 嘘をついても仕方がないと諦めた美影は正直に答えた。

 今後の展開を予想しながら。

 

「本当ですか!?」「さ、最近御坂様のお兄様のお噂を聞いているもので!」「は、初めまして!!」

 

 驚愕の事実で美影に対する興味が一気に高まり、美影に詰め寄り、騒ぎ出すお嬢様たち。

 美影はなるべく愛想のいい笑顔で相手をする。

 いずれ知られるだろうとは思ってはいたのだが、いざ現実になるとこうも波風が立つのか、と御坂美琴様パワーに舌を巻く。

 丁寧に対応している中、美影には聞き捨てならない台詞が聞こえてきたため、小さな声で美琴に一つ質問する。

 

「(俺のお噂って何!?)」

 

「(知らないわよ! どっかからかアンタの存在が知られたらしくてちょっと前に何人かに聞かれたのよ!)」

 

 美琴や白井には自分の存在はなるべく他言しないよう忠告していたため、美影なりの推理をしたところ、ある一人の人物が頭に浮かんだ。

 

(…………絶対あいつだな、これ)

 

 こうして気づけば十数人近いメイドを終結させてしまった美影のすぐ後ろには、立ち入れない別世界を目の前に疎外感を持ってしまった二人がいた。

 

「何かすごいことになっているね、初春」

 

「はい、流石美影さんですね……」

 

 二人は嫉妬や羨望はまったく抱くことはなく、ただただ流石という二文字で思いを協調させていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「へぇー、すっごい細かいなぁ」

 

 次に訪れたのはステッチの展示。

 廊下には大きな額縁に入れられたこれまた学生が作ったとは思えないほど完成度が高いものが壁に並んで飾られていた。

 美影は一応断ってはいたが、やむ終えず貰ってしまった人形のシュガークラフトを食べようかどうしようか迷いながらついて行っている。彼は砂糖単品で口に入れるほどの甘党でもなく、人形型の砂糖をコーヒーの加糖の糧にするのも気が引けてしまう。

 美影がゆるく悩んでいる中、初春がとあるものに気づく。

 

「佐天さん、佐天さん、体験できるみたいですよぉ」

 

 部屋の前には『ステッチ教室』と書かれた宣伝ボードが置かれていた。

 初心者でも常盤台の者が教えてくれるそうだ。

 

「わかった、わかった、わかったから、」

 

 おもちゃを目の前に駄々をこねる子供のような初春に佐天が賛意を表する。

 

「御坂さんと美影さんもご一緒にどうですか?」

 

「え? 私はいいわ、」

 

「男の俺がステッチってどうなん―――」

 

「はい! 決まりです、4名お願いしまーす!」

 

 初春はドアの前で待機していたメイドに大きく手を上げて注文する。

 リミッターを解除した初春はどうやら人の意見に耳を貸さないらしい、と美影は考察した。

 一人でうろうろしているのもある意味危険と感じた美影は仕方なく中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふぅ~、これは中々の出来ですよ~」

 

 糸を白い布に縫っていくこと十数分。達成感を感じながら初春は針を置く。

 彼女が作ったのは向日葵。向日葵のつくりは大きく分けて二つ、外輪に黄色い花びらをつけた花を舌状花、内側の花びらがない花を筒状花というが、初春の向日葵は舌状花では花弁は大きさがバラバラ、筒状花に至っては茶色の糸を網目状に縫うだけ、とスカスカの状態だ。

 それでもステッチに関しては経験不足な彼女にとっては上出来らしい。

 

「ほら! 佐天さん、うっ」

 

 右隣に座っている佐天に見せようとするが、彼女のを見て表情が固まった。

 そこに描かれていたのは水色のスポーツカー。歪みもなければズレもない、どこから見ても傑作と言えよう。

 

「う~ん、弟の鞄の時より、腕が落ちているかなぁ」

 

 彼女にとっては物足りないところがあるらしい。

 初春は自分のと見比べる。ジャンルは違えど差は歴然。素直に身を引き、体を九十度左回転。左にいる美琴のステッチを見る。

 美琴が描いたのは彼女が大好きなマスコットであるゲコ太。

 ゲコ太はケロヨンの隣に住んでいるおじさんで乗り物に弱くゲコゲコしてしまうからゲコ太と呼ばれていると言うキャラ設定であるらしいが、そんなことは今はどうでもいい。

 とにかく、彼女も初春より遥かに上手い。しかもゲコ太がきれいなピンク色の紫陽花あじさいに囲まれていて、その手の趣味の者が見たら欲しがりそうな出来栄えだ。

 

「どう? そっちは」

 

 美琴は純粋に初春の出来具合が気になり、尋ねるが、

 

「え!? あ、あはははは、」

 

 比べられることが恥ずかしくなり、咄嗟に背に隠してしまった。

 ならばこの手のことに一番関わったことが皆無に近いであろう男子高校生である美影の出来具合を視察しようと、前方で足を組み、優雅に見せつつもなぜか見苦しくない姿勢で針を動かしている彼のを見るため、机に身を乗り出す。

 そこにあったのは、鮮やかなお花畑。

 青、赤、黄、白、緑など、多数の色を巧みに扱い、一輪一輪丁寧に施されていた。

 

「お兄様、素晴らしいですわ」「本当、お上手です」「初めてとは思えませんわ、」

 

「そう? ありがと」

 

 いつも間にか美影の後ろにはメイドが集まり彼の作業の仕上がり振りをほほえましく観察していた。

 おそらく先ほどのシュガークラフトに携わっていた常盤台の生徒が広めたのだろう。入口の近くにも自分の学校のエースの兄を見に来たを思われる者がいる。

 彼女たちは白井と同じく『お兄様』と呼びながら、美影の出来に関心している。

 彼は笑顔で応えると、顔を赤らめる者も見られる。

だが、彼の心情はというと、

 

(…………帰りたい)

 

 どんな形であれ、大勢の人の視線が集まったり目立ったりするのは彼は生理的に苦手なのである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ステッチ体験を終えてから、次は生け花でも見に行こうと進んでいると、とある人物に声をかけられた。

 

「御坂、御坂ー。白井を見なかったかー?」

 

 声の主は先ほど別れた土御門舞夏。

 立場上、落ち着いた雰囲気を出しているが、どこか慌てていると見受けられる。

 

「黒子? アンタがさっき連れて行ったじゃない」

 

 美琴が言う様に、白井は土御門がビュッフェの手伝いのため、拘引したはずだ。

 だが、彼女は現在白井を探しているようだ。

 

「それが厨房にもいない。逃げられたみたいなんだ。悪いが御坂ー、お前が手伝ってくれないか? まだ全然出来あがっていないんだぞー」

 

「私? あー……でも、」

 

 美琴は後ろの三人を見る。

 料理は自信があるが、今、自分には仕事があるため、そちらに手を貸せない。

 それに気づいた土御門は、

 

「なら料理が得意なやついないかー?」

 

「料理が、……得意なやつ……?」

 

 美琴、初春、佐天はとある人物を見る。

 今、この場にいて料理が疑い無く上手な者。それを証明するのは手際良くオムライス五人前を作り上げたという事実。

 美影は後ろを向く。

 数秒で姿が見えなくなり新たな人へと変わっていく通行人しかいない。

 右に数歩動く。

 三人の視線が付いてくる。

 ならば、と左に数歩動く。

 やはり付いてくる。

 上に飛んでみようとしたがそれは自制することで不発に終わった。

 

「……なんでこっちを見る……?」

 

 六つの目が向けられた料理人(ではない)御坂美影は睨み返すように眉間に皺を寄せてジト目になる。

 そこにさらに土御門の二つの目が加わり、笑顔になった彼女はお願いをする。

 

「お兄ちゃん手伝ってくれるかー?」

 

 なぜか美影を『お兄ちゃん』と呼び、土御門は目を輝かせる。

 もしかしたら彼女は年上の男性なら誰でも『お兄ちゃん』と呼ぶのかもしれない。土御門元春とは全く違う枠組みにいる美影をそう呼ぶことに歓喜しているように見える。というような考察結果は今の美影にはなんの手助けにもならない。

 

「お兄ちゃん言うな、あといきなり常盤台の料理が作れるわけないだろ」

 

 一言、某シスコンの妹に忠告し、却下の意を四人に伝える。

 ここは常盤台。料理は全て本格的。飛び入り参加が力になれるとは思えない。

 

「心配しなくていいわよ土御門。そいつは教えれば大抵のことはこなしてしまう嫌味の塊のような奴なんだから」

「それじゃあ、お兄ちゃん、仕事はいっぱいあるぞ」

 

「お兄ちゃん言うな、ていうか美琴は俺に恨みでもあんのか? ちょ引っ張るなって土御門妹!」

 

 頼れる助っ人が(つか)まり、土御門は美影を引っ張っていく。マイペースすぎる彼女に美影は為す術がなかった。

『お兄ちゃん』という呼び方も外せないらしい。

 

「さ、初春さんと佐天さん、次行きましょ」

 

((美影さん、頑張ってください))

 

 美琴は拉致された兄のことを気にすることなく次の目的地へと進んだ。

 盛夏祭の見どころはそう簡単に制覇できない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ちょ、っと待てって土御門の妹!」

 

「何だー、お兄ちゃん? 心配しなくても私が丁寧に教えるし、お兄ちゃんなら皆快く受け入れてくれるぞー」

 

「いやそういうわけじゃないって、とにかく手を離してくれって」

 

 寮というよりは庶民は入ることはできないレストランのそれに近い厨房へと近づく間、美影は土御門舞夏から一秒たりとも自由を許されず、女子中学生とは思えない握力で誘拐されていた。

 

「離したらお兄ちゃんも白井みたいに―――」

 

 突如、土御門舞夏の言葉が止まった。

 言葉だけではない。足も動かなくなり、石のように廊下で姿勢を変えずに立ち尽くしている。

 

「ん?」

 

 ぶつかりそうになるも何とかブレーキをかけ、手はするりと抜けだすことが出来たがやはり土御門妹は何のリアクションも見せない。

 

「おーい、土御門さーん?」

 

 広いおでこを軽くノックしても反応はない。

 すると、

 

「美影さん、みーつけたぁ!」

 

 常盤台中学のもう一人の超能力者、学園都市最高峰の精神系の能力を所持する少女、食蜂操祈がリモコン片手にそこにいた。

 

「お前の仕業か、これ」

 

 広いおでこを人差し指で突っつきながら美影は指摘した。

 何も感じないどころか意識すらない土御門舞夏の体は突っつかれるとミリ単位で前後に揺れた。

 

「そうでーす。私の派閥の子がぁ、美影さんを見たって教えてくれたから急いできちゃいましたぁ☆」

 

 なぜか横ピースをしながら経緯を物語る。

 そして今度は食蜂が美影を逃がさないよう腕を固定し、誘惑するように胸を押し付ける。

 常盤台の施設に足を運ぶ已上、この少女と出くわすのではないかという危惧はしていたが、流石に一般人で溢れるこの時に彼女が暴走することはないだろうとタカをくくっていたのだ。

 

「離しなさいって」

 

「このまま常盤台(ウチ)の生徒に私たちの恋愛力を見せつけますぅ!」

 

「お前、んな冗談は止め―――」

 

「それじゃぁ美影さん、最初はどこに行きますかぁ?」

 

 マイペースに食蜂は笑顔で進みだした。

 彼女個人に限らず、美影は今の願いを率直に嘆く。

 

 

 

「頼むから誰か俺の意見を最後まで聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「は~ぁ、もう帰りたくありません! いっそここに住みたーい♡」

 

 お昼時となり、三人は常盤台女子寮の食堂に来ていた。レストランといっても差し支えないほどの広さだ。

 初春はバターロールを取りながら歓喜に震える。

 盛夏祭を満喫するにつれ、常盤台に魅せられ、気にいったようだ。

 

「私、先行くね」

 

「あ、はい」

 

 美琴はなにやら気がかりになっている事柄があるようで席に着いた。何かは分からないが失礼な話、美影のことではないのは確かだ。

 初春は次に何を取ろうか考えていると佐天がトングをカチカチと動かしながら苦慮していることに気付いた。

 

「佐天さん? 取らないんですか?」

 

 彼女の目の前にあったのは一つのケーキ。中央に『盛夏祭』と描かれ、おそらくシュガークラフトの花で飾り付けられていた。

 それを食べるということはその『作品』を壊すことになる。

 そのため彼女は手が出せないでいるのだ。

 

「じゃあ、私が、」

 

 初春はそれに構わずナイフを手に取り、一刀両断、どころかきれいに八等分し、自分の皿に盛り付けた。

 

「こんなきれいなケーキになんてことを!!」

 

「それ、シュガークラフトを食べた人が言うことじゃないです」

 

 評価する第三者はいないが、どちらかといえば初春が正言だ。展示物よりは食堂に並べられたものを口に入れるべきなのは間違いない。

 

「そんなにたくさん食べられるのぉ?」

 

 佐天がそう言うのは無理もない。

 彼女が盛り付けた数は5切れ。ワンホールの半分以上。

 それだけで満腹になってしまうかもしれないし、それ以前にそれだけ同じ甘味を食すれば通常なら飽きてしまう。

 

「甘いものは別腹なんです!」

 

 初春は佐天の問いに大手を振って女子の世界では万能な言葉を言いきる。

 確かに、『別腹』というものは科学的に証明されている。しかし、それは胃の中に少し空間が開くだけ。大量に食すことが可能になるわけではないという事実は女子の世界では何の効力も持たない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 仲良く食べたいものをさらに盛り付けている柵川中学のコンビがいる席からは少々距離のある席で美影は腰を下ろしていた。

 対面する席には先ほどから奔放自在に彼を引っ掻き回した食蜂がケーキを数個乗せられた皿をテーブルに置きながら座っていた。

 

「美影さんはぁ、何か食べないんですか?」

 

「食欲ないんだよ、今は」

 

 彼の前にはミルクティだけがあり、食べ物と呼べるものは食蜂の前にしかない。

 

「ちゃんと食べないと、元気力出ませんよぉ?」

 

 と、食蜂は自分の皿の一枚を美影の手元にスライドさせてきた。

 そこにはモンブランが乗っていて、見るからに女子には人気が出そうである。

 食べろと言うのか、と美影がスプーンを手に取ったところ、その予想を彼女は文字通り正面から裏切っていた。

 

「……なぜ何も手に持たずに口を開けているのでしょうか?」

 

 正確には、口を開けながら顎を少々上げており、両手をテーブルにつけて身を乗り出しつつあった。

 

「あーん、」

 

「スプーンやフォークはそこにも」

 

「あーん、」

 

「…………、」

 

 やなり話を聞いてくれないと帰納して渋々スプーンでモンブランを掬い取る。彼女の口の大きさに合わせて多すぎない量を調節して。

 

「…………………はい、あーん」

 

「あーん♡ ん、おいしいぃ!」

 

 この上なく喜びに満ち溢れた笑顔で食蜂はモンブランを味わう。

 両手を淡く染めた頬に当て、よく噛み呑み込んだのち、今度は素早くモンブランを引きもどした。

 そして一口分をスプーンで掬い取り、今度は、

 

「はーい、美影さんもぉ」

 

「いや、ちょっと待て」

 

「あーんして下さぁいっ!」

 

 着々と迫りくるスプーン。

 輝き続ける少女の笑顔。

 口に入れなければ今にも欠片が零れ落ちそうなクリーム。

 ちょっと近くでなんか微笑ましくこちらをチラリと見ているどこぞの招待客。

 

「あの、ちょ取りあえず、ね?」

 

 あと数センチほどで美影の意志に関係なく口内にスプーンが突っ込まれそうになり、躱そうと顔を横に向けたとき、ちょうど美琴が初春と佐天から心残りがありそうな複雑な表情で分かれているところだった。

 

「なあ、食蜂。美琴ってこの後何かするのか?」

 

 昨日の彼女の反応からも彼女の意に抗する出来事があることは簡単に予想できた。

 しかしいざ詳細を尋ねたところ黙秘権を行使されてしまったため美影は詳しくは何も知らないのだ。

 

「あぁ、御坂さんね。なんかこの後、ヴァイオリンの独奏をするみたいですよぉ?」

 

 話題を変えられ、食蜂はスプーンを美影の口に入れることなく手元に戻し、どこかつまらなそうに小耳にはさんだ情報を教えた。

 

「へぇ……、美琴がねぇ……」

 

 すでに美琴の背も見えなくなったが、美影は彼女が進んだ方角をぼんやりと眺めながら興味深そうにつぶやいた。

 

「あぁぁ!!」

 

 すると食蜂は突然なにかに気づいたらしく、大きな声を出した。

 

「な、何?」

 

「美影さんのほっぺたにぃ!」

 

「え?」

 

 美影が眼球だけを下に向けたとき、辛うじて見える程度に頬にクリームが付いていた。先ほどスプーンからはみ出していたモンブランが美影が顔を向きを変えたときに付着したのだろう。

 

「私が舐めとってあげるぅ!」

 

「いやそれはマジでストッ―――」

 

 この後どうなったかは、この二人しか知らない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「やばー、何か胸がどきどきしてきた、」

 

 美琴は自分の部屋で、白を基調としたドレスにちょうど着替え終えたところだった。

 先ほどまでチャリティーオークションを開催していた庭は美琴の話題で持ちきりだ。

 会場はほぼ満席。

 中央には白井など見慣れた顔ぶれがある。

 

「あー、もう! しっかりしろぉ!」

 

 顔を両手で叩き、気持ちを入れ替えようとする。今のままではいけない。感極まって裏目に出てしまうかもしれないという気がしてならない。

 その時、彼女の部屋に誰かがノックしてきた。時間が近づいてきたことを知らせにきたのだろう、と美琴はドアノブに手をかけ、開けたところ、

 

「へぇ、ここがお前の部屋かー」

 

 このイベントでは部外者に近い美影がそこにいた。

 美琴の気持ちなどいざ知らず、彼は部屋へと入って行った。

 

「ちょ、ちょっと何勝手に入ってんのよ!?」

 

「結構いい部屋じゃん。広くてきれいで」

 

「こんな大事な時に―――」

 

「おっ、きるぐまーじゃん。これまだ持ってたの?」

 

 先ほど自分の意志を完全に無視されたことの腹いせなのか、美影は構わず部屋の中を彼方此方見て、ベッドの下に押し込まれていた、フランケンシュタインを模したようなファンシーな仕上がりとなっている熊のぬいぐるみを引っ張り出してきた。

 

「ちょ、いい加減にして!!」

 

 美琴は髪からバチバチと電気を走らせ威嚇する。

 恐縮するかのように美影はベッドに腰を下ろし、きるぐまーを膝の上に置いた。

 

「……落ち着いた?」

 

「え?」

 

 不意を突かれたその一言で美琴は気づいた。

 手元の振るえは止まり、肌でも感じ取れるほど大きく刻まれていた鼓動は通常通りのテンポで稼動していた。

 

「どうせお前のことだから、過剰に期待されているとか思って緊張してたんだろ?」

 

 見透かされたようなその言葉に口を噤む。

 美影はきるぐまーを脇に置いて立ち上がり、美琴の正面に立つ。

 そして彼女の頭の上に、ポン、と手を乗せた。

 

「皆も、お前が上手く引いている姿より、お前が楽しんで引いている姿を期待しているんじゃないか?」

 

 優しく、なだめる様に彼女の頭を撫でる。

 美琴は次第に心が安らいでいくのを感じた。深く考えることなく、自分にできることだけをやればいいと考えられるようになった。

 美影は机に置いてあったヴァイオリンを美琴に手渡し、云う。

 

「行ってこい。俺も楽しみにしているんだから」

 

 素直にヴァイオリンと彼の気持ちを受け取り、彼女は舞台へと移動し始める。

 二人(きょうだい)は同じ笑顔を浮かべ、その時が来るのを待った。

 

 

 

 

――――数分後、美影の耳に、穏やかな音色が届きだした。

 

 

 

 

 

 

 




 美影の傍にメードハーレム。
 のちに妹的少女たち。
 のちに食蜂


 にじファン時代から結構作り変えましたよ。その時書いたやつには食蜂は登場しませんでしたし。まあ、ほかの形も書いてみたかったので。はい。


 第二章もあと数話ですね。

 そのあとの話はにじファン時代の読者様方は分かるでしょう。




………………土御門妹はどうなったのだろうか、と書き終わって思いました。


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