とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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切歯扼腕

 

 

 

 

 

 

 夏休みのとある日。

 太陽が真上に到達してから五時間経った時間にとある少女が男たちに囲まれている。

 人目のつかない薄暗い通り。

 互いに違う意味を含んだほほ笑みを少女と男たちは浮かべている。

 

「あなた方、わたくしを常盤台の婚后光子と知っての狼藉ですの?」

 

 この上なく堂々と名乗った少女は抹茶色の豪奢な扇子を開き、高慢な態度で相対する。

 それに対し、男は鼻で笑い、

 

「ロウゼキ? 流石はお嬢様は俺たちと違う、お言葉をお使いだ。なぁ!」

 

 横の男に顔を向け、共に高らかに笑う。

 間接的に中傷するように言うが、少女には虫の寝言としか届いていない。

 

「どうやら日本語が通じない方のようねぇ」

 

 こちらも見下すような視線を向け、先ほどまで顔を覆っていた扇子をずらし、わざとつりあがった口の端を見せる。

 言葉が通じないと呆れ果て、

 

「ならば、お相手いたしましょう」

 

 彼女の能力は大能力者(レベル4)空力使い(エアロハンド)

 本気を出せば車をも吹き飛ばせる。相手はたかが無能力者(レベル0)が数人、と高を括っていると突然、視覚からではない脅威が襲ってきた。

 

「!? あ、ぐっ………?」

 

 激しい頭痛。

 プロセスは分からないが、脳内に直接響くような甲高い音が原因とは感じ取れた。

 

「どうした? 頭が痛えのか?」

 

 もちろん男たちの悪事によるものだ。

 彼らに痛みはない。ただの聴覚を刺激する振動としか影響していない。

 

「う、……これは……?」

 

 婚后は男たちを除去するのに不可欠な演算が行えない。

 このような現象は未体験だった。

 痛みで大切な扇子を落とし、しゃがみ込んでしまう。動けなくなってしまう。

 

 能力者が足元に見えることに男たちは笑みが止まらない。自分たちを見下し、侮蔑してきた者が崩れ落ちている。

 さらに笑みを強めたとき、

 

 

「おいおい、女の子にちょっかい出すってのは、いただけねえな」

 

 Gパンに黒いライダーズジャケット、燃え上がるような紅い髪をしつつ、見た目とは裏腹に涼しい声をかける男が現れた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「おい花瓶、さっさとコーヒーをいれやがれ」

 

「私は花瓶ではありませんー!」

 

 ソファーに足を投げ出し、どこかの独裁者のようにドデカい態度で一方通行は見た目花瓶の少女、初春に苦い飲料を求める。

 処罰となっている風紀委員活動五日目。

 巡回から帰ってきて一方通行はわざとらしくお疲れモードになっていた。

 初日から行った仕事のほとんどが向こうからやってきたガラの悪い者の相手。初春たちは知らないが狭間に一千万の懸賞金が消滅したと情報が流されたのだがその手のものは絶えない。

 目立つ髪をした第1位が街を毎日義務的に一周しているのだ。このチャンスは彼らには逃せない。例え金銭的事情が無くても名誉という形のない報酬が得られるのだから。

 自然と彼らを護送車に詰めることが一方通行と美影の仕事となってしまったのだ。

 

 プンプンと頬を膨らませ、仕方なく用意する初春。

 二日目ぐらいからこの呼び方で相手にされるようになってしまった。

 

「そういうなって一方通行」

 

 なだめるように美影は言うが、

 

「お前はあれ見て思わなかったのかァ? 花瓶って」

 

「え? ………………思ったけど」

 

「えー!? み、美影さんまで!」

 

 内心思っていた美影が意外だったのかフリーズドライのインスタントコーヒーを入れたマグカップに熱湯を注ぎながら大声を出す。

 すぐに我に返り、なんとか熱湯がこぼれないように立て直すがショックは抜けない。

 

「お兄様まで、……まぁ、あれは正直そうお思いになっても仕方がないとおもいますが」

 

 小さく同意する白井。

 彼女にとってもあの花については謎のままで、手入れや購入先については知らない。

 ひとつ、初春の栄養分を頭部から吸い取って着々と成長しているという説もある。

 

「オーオー、オセロもそう思うか?」

 

「ムキー! オセロって言うな~ですの!!」

 

 こちらも定着してしまった愛称を述べられ、ツインテールを未知の原理で逆立て、怒りをあらわにする。

 このやり取りはこの数日で二ケタに及ぶ。

 鉄槍でも体内に空間移動してやりたいが彼は第一位。それは大変残念なことに通用しなくて、演算の無駄になるだけだ。

 

「お前は白井黒子だよなァ? 略して白黒、やっぱりオセロで~すの」

 

 悪ふざけに口調の真似が導入され、さらに腹を立てる白井。

 

「美影も思うよなァ?」

 

「え? ………………思ったけど」

 

「ガーン!! お兄様までそんな……」

 

 感嘆や驚嘆を表現する擬態語を口に出してしまうほど心外なコメントだったようだ。

 白井は床に手をつき、背後に雨が見えるのではないかというほど落ち込んでしまっている。

 

「はいはい!、いじめはそこまでよ一方通行君、御坂君も」

 

 そこに仲裁に固法が入り、一方通行は初春が入れたコーヒーを口に含む。どうやら意趣返しとして同系色の異物は入れられてはいないようだ。

 ちなみに固法も少し笑ってしまったのは内緒だ。美影は見逃さなかったが。

 

「今日で五日間終わって、あと二日よ。くれぐれも逮捕時に重傷者を出さないように」

 

 一方通行は機嫌が悪い時、襲撃者は取調室よりも先に病室に送られないといけないことになったことがここ四日間で三回あった。正当防衛とされたので特別な処置をとられてはいないが、社会的には責められるべき失態だ。

 対して美影は最低限の傷を負わせるだけで留めるよう心掛けている。そういった器用な制圧は美影の能力よりも一方通行の能力を使った方が数倍楽なはずなのだが一方通行の機嫌のアップダウンはランダムであるため難しいのに差はないのだ。

 

「ハァ、まだ二日あンのかよ。めんどくせェ」

 

「どうせ暇だろ? 夏休みなんて」

 

「わかってねェなァ、美影。暑い夏はダラダラと過ごすことで忙しいンじゃねェかよ」

 

「わかりたくねえな、そんなダメ人間まっしぐらな生活は」

 

 多くのニートやフリーターが激しく同意しそうな発言に美影は呆れ、目の前のコーヒーを口に含む。

 多分これが終わったらその生活になるだろうなコイツ、と心の中で自信を持って宣言する。

 

「お前宿題は?」

 

「あンなモン二日で終わらせた」

 

 真面目な人間なのか怠惰な人間なのか、という葛藤が心の中で一瞬起こった。

 おそらく、というより九分九厘後者だろうが。

 

(…………、)

 

 その会話の脇で固法は美影を見る。

 その眼鏡の奥に感情を映し出さないようにするが気づいた美影は目を合わせ、

 

「どうした?」

 

「いえ、御坂君は一方通行君と違って真面目そうだなって」

 

 誤魔化すために適当に言葉を発する。

 できるだけ自然なことを。

 

「俺も風紀委員なんてやる気がないんだけどね」

 

「お兄様、そう言わずに是非、正式な風紀委員に……」

 

 やはりその話題には白井が突っかかり、無駄と分かっていても勧誘してしまう。

 それもこの4日間で何度あっただろうか。

 とにかく、美影は人助けをするだけの義侠感を持っていてもタダ働きを進んでやるような正義感は兼ね備えていない。

 

「帰るか、一方通行」

 

「無視しないでほしいですの!」

 

 無言の拒絶を繰り出し、腕章をポケットに押し込んだ美影は支部から出て行った。

 その対応が無駄な労力を使わず、かつ迅速で(自分だけに)適切な対応だと美影は学んだのだ。

 

(もし、黒妻を知っているとしたら…………)

 

 固法はこの一週間の初日にあったらしい美影の発言が頭から離れなかった。

 思い切って尋ねれば少しはスッキリするのだがそれでは自身の秘密も知られてしまうため、実行できないでいた。

 

 

 

 そこでピピピ、と通報を告げるアラーム音が鳴り、固法は白井と初春とその現場に向かった。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

「まさか婚后光子を狙うとは……。このところ頻発していたスキルアウトによる能力者狩りもどうやらこれで打ち止めですわねぇ」

 

 目の前の光景を眺め、白井は思う。

 普段いがみ合っている関係だが同中学に所属している彼女の実力は認めている。一方通行や美影のほどではないが卓越したものといえよう。

 武装無能力集団(レベル0)が相手をするのは無謀だ。

 

「それが、違うのよ。彼女が言うには自分は能力がうまく使えなくなって、そこに謎の人物がやってきて……」

 

「それって……」

 

 白井は心当たりがあった。能力が使えなくなるということに。

 数日前、美影が説明してくれたことだ。

 そしてさらに情報を聞き出そうと、初春が事情聴取をしている。

 

「何と申しましょうか……あの皮で出来た、……自動二輪車に乗る殿方が着ていらっしゃる……」

 

「皮ジャン?」

 

 おでこに指を当て、あと少しでのどから出てきそうな重要単語(キーワード)を、初春が推測し、述べる。

 どうやら明察だったようだ。

 

「そう! それですわ。 黒い、カワじゃん、それと、それを持った殿方の背中に黒い大きな蜘蛛の刺青をみたような……」

 

 なれない言葉にイントネーションをずらしながらも当時の状況を言葉で表現する婚后。

 その言葉に過剰に反応したのは目の前の初春ではない。

 

「! …………、」

 

「固法先輩?」

 

 婚后の言葉に不思議と反応した固法に白井は首をかしげる。

 

「どうかなさいまして? 先ほどから何か、」

 

「ううん、なんでもない、」

 

 気づかれたことに焦り、静かに必死に茶を濁そうをする。

 それで白井は言葉通りとらえたのか、追及しなかった。

 だが、固法はさらに心中で頭を抱える。

 

(……万が一、……でも……御坂君が…………)

 

 その時、固法はどこともとれない空中を見ながら誰も知らないことで苦々しく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(このあとなにしようかな~)

 

 美影は一人夜の街を歩いていた。愛用しているアナログ式の電波腕時計を見たところ時刻は十九時ジャスト。夏なのでまだ街灯がなくても周囲は不都合なく見渡せる。

 一方通行に強引に焼き肉屋に連れられたため、満腹状態だ。帰ってパソコンでも弄るか、適当な店に入るか、悩んでいた時、

 

 

「あのぉ、すいません。ちょっと道を聞きたいんですけどぉ」

 

 不意に背後から声をかけられる。

 ん? と美影は疑問に思う。

 今は風紀委員の腕章は付けていない。

 自分に道を尋ねた理由が見つからない。周りには少ないが人もいる。

 なんとなく美影が近くにいたから尋ねたのか。

 別に自分は学園都市の地理は裏路地を含め大体頭に入っているため道案内には困らない。

 だから多分質問には答えれるだろう。

 

――――――ここまでの思考にかかった時間、〇.三秒

 

 そして美影は後ろに振り向く。

 

――――――その所要時間 〇.五秒

 

 声の主を見て硬直する。

 

――――――その時間、二.五秒

 

 

 

「やっぱり美影さんだぁ☆」

 

 その発言を聞き、逃亡初めの一歩をするのにかかった時間、〇.六秒

 声をかけた者が発声から美影の腕をつかむのにかかった時間、〇.四秒

 

 つまり美影は捕まったのだ。

 美影の高速移動は自身にかかる重力を下げることで可能になる。一方通行のように脚力そのものを飛躍させたわけではなく、美影の体重を軽くしての行動のため、簡単に動きを止められるのだ。たとえ女性でも。

 

「…………なんでしょうか、食蜂サン?」

 

「やっぱり私のこと知っていたんだねぇ!」

 

 声の主は先日一目見ただけで美影が逃亡を開始した少女である、美影と同じレベル5の食蜂操祈だ。

 彼が欲する行動は今回も変わらなったが見事に防がれ失敗に終わった。

 

「……どこで俺の名前を知ったかはあえて聞かないが、とにかく離してくれないか?」

 

「どうして逃げるんですかぁ?」

 

「頭ん中を見られたくないから」

 

 率直に正直に心情を述べた。

 美影がそうすることはほとんどないが相手は学園都市最高の精神系能力者。

 彼女にとって言葉は鼓膜を震わせるものであって情報を得る手段としてはほんの一部にしか過ぎない。

 言葉に表そうが表わさまいが関係ないだろう。それが美影の考えであった。

 もしかしたらすでに脳内にハッキングをかけているかもしれない。それは避けたい。

 

「じゃあ私はぁ、美影さんに能力は使わないよ☆」

 

 だが、返ってきた言葉は意外なものだった。

 もしそれが本当ならこの上なくありがたい。本当なら、だ。

 美影は食蜂の顔を見る。

 

「…………、」

 

「やだぁ、そんなに見つめないで☆」

 

 異性としての感情を含まないジト目に彼女はなぜか照れている。

 好かれるようなことはした覚えがない。それどころか言葉を交わしたこと自体これが初だ。

 なぜか分からないがフラグを立ててしまったことに美影はこの瞬間気づいた。

 そして先ほどの言葉も嘘とは捉えなかった。

 もしかしたらこの感情も食蜂によりインプットされたものかもしれないが、とにかく信用できた。

 

「……とにかく離してくれない?」

 

 これでもかというくらい力強く腕に抱きつかれている。

 それはつまり、彼女の、美琴にはない豊かな胸も押しつけられているということだ。

 

「もしかしてぇ、ムラムラしてますぅ?」

 

 自覚はあったのか、わざとなのか、さらに力を強め、美影より頭一つ分低い食蜂は上目づかいで誘うように言う。

 

「イライラする」

 

 マイペースすぎる食蜂に若干嫌気が指していた。

 食蜂がいうような感情は米粒ほど抱いていない。とにかく離れてほしい美影は何とか策を練ろうとする。

 

「もぉ~、照れちゃってぇ」

 

 照れているのはそっちだ、という言葉はのどから出てこなかった。何も言わずにこの場から離れたくなった。

 振りほどこうにも腕は完全にロックされている。それは腕全体にかかっているためちょっとした衝撃では外せそうにもない。

 

 

「美影さん! どこかで食事でもどうですか?」

 

「さっき食べた」

 

「じゃあどこ行きますかぁ?」

 

「帰りたい」

 

「なら私も一緒に……キャ☆!」

 

 素っ気ない態度で覇気のない返事を淡々と述べる美影。食蜂は美影の家への同行を提案したが頭の中でなにやら妄想が暴走してしまって頬をピンクに染めている。

 精神系の能力を所有していない美影もその妄想は読み取れるがそうは絶対にならないようにしたい。

 家の扉もくぐらせたくもない。

 現時点で遺伝子レベルで彼女を苦手としてしまっている。

 以前あった超能力者の襲撃について安否の確認なんてしたらどうなるだろうか。『心配』なんてしたらそれこそ面倒な反応をされてしまうだろう。

 見るからに何もなかく杞憂だったようなので聞かないが。

 

「……、」

 

 どうやってこれを撒こうか、と思案していると二人に夏の日差しにも負けない暑苦しい声がかけられた。

 

「キミ、かわいいねぇ、」「俺たちと遊ばない?」「そんな男よりもたのしいよ~!」

 

 この上なくナンパである。それも他の異性と触れ合っている場面に登場する最悪の部類のだ。

 美影にとって吐き気がするほど煩わしく感じる。

 男が三人、見た目発育の良い美少女な食蜂を連れて行こうとし、美影を邪魔者扱いしている。

 正直、彼女を同道してくれると美影にとってはありがたいが、先ほどまでの食蜂から推測するにそうはならないだろう。

 それ以前にそうするのはまず、男として不名誉であり、美影としても自分を許せない。

 さっさとこいつらも食蜂も追い払おう、と決断し、行動に移そうとしたとき

 

「ねぇ、今、私はこの人と夜のデートに行くところなんだけど……」

 

 美影よりも先に食蜂が男たちに反応を示した。

 

(違うからな)

 

 美影が心の中で全否定しつつ、腕を掴む食蜂に怒りが感じられた。

 男たち(・・・)に危険を感じる。

 食蜂は美影から手を離し、肩から下げている星ガラのバックの中からとあるモノを取り出した。

 

(……リモコン?)

 

 テレビのかエアコンのか分からないが機械の遠隔操作に使われるであろう四角形の小さな箱だ。

 ますます彼女のことが痛い子に思えてくる中、彼女はピッ、とボタンを一つ押した。

 するとどうだろうか。まさしくリモコンによって操られた機械のそれに等しく男たちはスイッチが切られたように顔から表情が消え、目に彼女にあるのと同じような星が浮かんだ。

 リモコンは自分だけの真実パーソナルリアリティを最適化するためのものなのか、それとも対象者への集中力を高める指揮棒のような役割をするのだろうか、と美影は考察する。

 

「私たちのを邪魔するとぉ、ゆるさないんだからぁ☆」

 

 男たちは何の行動をインプットされたかは知らないが、ロボットのようにたどたどしく韋駄天走りを

開始した。信号も無視し、このままではいつか車にはねられるかもしれない。

 

「じゃあ、美影さん! このあと――――」

 

 リモコンをバッグにいれ、この後の楽しい楽しい二人だけの夜を持ちかけようと振り向いたとき、

 

 

 

 

 

 その場には誰もいなかった。

 手を離され、食蜂の能力を一通り見たところで音もなく逃亡を達成したようだ。

 

「…………ぅもお!」

 

 食蜂は地団駄を踏み、恋心をメラメラを燃やし、決意を改めて固める。

 

「絶対、私の恋愛力で虜にしてみせるんだからぁ☆!」

 

 

 

 ◆

 

 

(何か変な奴に好かれたなぁ……)

 

 精神的にも身体的にも全力で逃走(飛翔を含む)をした美影は、先ほどの少女を通したくない自身の家の玄関に入り、帰宅を見事に達成した。

 好意をもたれることは悪くはない。自慢じゃないが学園でも慣れている。しかも彼女は美影には能力を使わないと言っていた。保証はないが。

 自分を一人の女として認めてもらおうとする努力は感嘆に値するが、なんとなくあのまま行動を共にしたらいろいろと危ない予感がした。

 美影が現在いるところを知っているのは学生では美琴と一方通行の二人だけだ。おそらく二人には食蜂の能力は通じない。それは彼にとってかなりの救いとなっていた。食蜂に家に押しかけられたら敵わない。

 何度も携帯を壊された経験があるが、美琴が電撃使い(エレクトロマスター)であることに初めて感謝した美影であった。

 

(とにかく、あの事(・・・)だけは、な……)

 

 彼の脳に浮かんだのは彼女に知られてはいけない情報。もしそれが知られたのなら何らかのリアクションを見せるだろうからおそらく視られてはいないと内心胸を撫で下ろす。

 美影はパソコンの電源を入れ、起動するまでにコーヒーを一杯作り、それをデスクに置いて腰をおろし画面に向かった。

 最近は毎日こうして風紀委員の操作状況を研修では分からないとこまで探ってる。

 初日以外に事件に関する行動は個人的にはしていない。

 残り二台のキャパシティダウンの破壊もしていない。

 命令が違っていたため、超能力者である美影や一方通行にはなんの危害も加えていない。被害者はどこにでもいるような能力者だけだ。

 

(…………あいつ、)

 

 目の前の画面にはこう映し出された。

『某中学の女子生徒が能力者狩りの対象となった。そこへ一人の男が乱入し、スキルアウトを一蹴。

 その男の特徴は黒色革製のジャンパーを着用。背中には大きな蜘蛛の刺青』

 

 それを見た美影は脇に置かれた携帯電話を手に取り、電話をかけた。

 コールは二回、野太い声が聞こえてきた。

 

『よー、御坂か。ひさしぶりだなぁ!』

 

「……黒妻、お前今なにしてる?」

 

 黒妻綿流。

 狭間よりは後であるが彼と同じく美影が仕事で関わった武装無能力集団の一人だ。

 

『牛乳買っているだけだが。やっぱり牛乳はむさs』

 

「お前、今日の夕方ちょっと暴れたみたいだな」

 

 決め台詞とも口癖ともとれるフレーズの途中で美影は本題に入った。

 美影が風紀委員の活動を終えてから通報があった事件についてだ。

 

『……ああ、お前の耳にも入ったのか、それ』

 

 耳ではなく目からだが、ここでは割愛しよう。

 

「革ジャンに蜘蛛のタトゥーなんてお前ぐらいだろ。つーか、なんでお前は服脱いでやるんだよ? 露出魔か」

 

 服の下を見られるなんて服があってはありえない。

 男の背中なら尚のこと。

 

『あっはっは! 悪ぃな。女の子守ろうとしてつい本気になってよ』

 

 反省は声に現れていない。

 というかそれが反省すべき点とも考えていないだろう。

 彼には本気になると服を脱ぐという癖がある。美影は詳しく知らないことだが。

 

「……言うの遅いかもしれないけど、俺、今お前が言っていたやつの元で仮だけど風紀委員やってるから」

 

『! 美偉とか?』

 

 陽気な声色が一変し、低い声がさらに低く聞こえた。

 それだけ彼には気がかりなことだという証拠だ。

 それを案じての報告である。

 

「ああ、もうすぐ風紀委員ごっこはやめるけど。どうする? この番号でも教えておこうか?」

 

『いや、それはやめておいてくれ』

 

 それは美影が予想した返答であった。

 

「まあ、どうせいつか会うことにはなるだろうけど。で、元子分たちには会ったのか?」

 

『いやまだだ。明日顔を見に行こうと考えていたところだ』

 

「あー、そう。……一応言っておくけどあまり派手に動くなよ。また捕まるから」

 

『考えておくよ。で、用件はそれだけか?』

 

「……いや、それだけだ。じゃ、」

 

 最後に不自然な沈黙があったがそこで電話は切られたため、黒妻はそれ以上何も問うことができなかった。それ以上聞く必要性も感じられなかったが。

 閉じた携帯を見ながら美影は思う。

 

(…………あいつ、)

 

 

 

 

 

 

 

 




雨がヤバい。

とにかくヤバい。

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