一章 1-1
◆20XX年 自宅◆
『俺』――■■■■が、この世界で五反田(ごたんだ)澪(れい)として生きると決めた日から数カ月。
手術も無事成功し、後遺症らしきものも得には残らなかった『オレ』は、女子としての生活を始めるようになった。
そんなオレの日常には、ある変化が表れ始めた。その一つが女の子としての振る舞いだ。
だがこれが中々にきつく、特に口調や服装という問題が出てきた。
が、これまで男として生きてきたオレがそう簡単に価値観を変えることが出来るはずもなく。結果、以前一人称はオレのままだし、服装も男物を好んで着ている。
その辺りを全く考えていないのに女性に転換したので、溜息が絶えない毎日だ。
とりあえず朝食を取るために一階へと降りていく。
「あら、おはよう澪。今日はいつもより少し早いのね」
「おはよう母さん。まぁ、今日は大切な日になりそうだからね。父さんとお爺ちゃんも、おはよう」
「あぁ、おはよう」
「おう」
一階に降りると、そこには既に両親と祖父の姿があった。そんな彼らと、自然に挨拶を交わす。
手術を終え退院をしたオレは、両親と祖父にオレの事を話した。
といっても、全てを話すことは流石に躊躇われたので、”夢の中で自分ではない自分の人生を見る”というような曖昧な話し方をした。
それでも三人はどこか納得した様子で、そしてオレを受け入れてくれた。その日、受け入れてもらった事が嬉しくて泣いてしまったのは、オレの中では軽く黒歴史となっている。
「そろそろ弾と蘭の二人も起こしてきてくれないかしら?」
「ん。了解」
母さんの言葉に生返事を返しながら、再び二階へと上がっていく。
程なくして辿り着いたのは弾の部屋。ちなみに兄である彼は非常に寝起きの行動が遅いので、少々過激(物理的)な起こし方をしている。
今頃は部屋で悶絶していることだろう。
そして蘭のほうはというと
「蘭、起きてる?朝ごはん、そろそろ食べないと時間なくなるよ?」
『……うん、分かった。ありがとうお姉、すぐ行くから』
「了解」
寝ぼけた様子の彼女の言葉に、思わず笑みが零れる。
退院後、これまでの態度を改め出来るだけ家族との関わりを持つようになってから、彼女ともこうして話すことくらいは出来るようになった。
まだどことなくぎこちない所はあるけれど、それも自分の行動が招いた結果。それに、その辺りはこれからの態度で改善していくことが出来るだろう。
取り敢えず起きたことを確認したオレは、再び一階へ。朝食を手早く済ませ身支度を整えると、皆に一声かけた後、一足先に家を出る。
何故なら今日はオレにとって、大切な日なのだから。
◇
「はぁ……」
俺――織斑一夏は、心の中にポッカリと穴が開いたような感覚を覚えていた。それは、幼馴染であった少女――篠ノ之箒が転校してしまったことにある。
そもそも彼女が転校しなければならなくなった理由は、彼女の姉である篠ノ之束が開発したIS――インフィニット・ストラトスの存在が原因だ。
詳しい事は良く分からないけど、何でもつい数日前、日本に向かって世界中からミサイルが放たれたらしい。あわや大惨事になろうとしたその時、束さんが開発したISが現れ、たったの一機で2000発を超えるミサイルを撃ち落したのだ。
これによって世界はISを求めるようになった。けれど開発者である束さんはどこかへと姿を眩ましてしまう。
その後、箒やその家族は、要人保護プログラムとかいうのによって身の安全を守るために家族バラバラに引き離されてしまったのだ。
別れの挨拶をする事も無くいなくなってしまった幼馴染。特に仲が良かっただけに、何も出来なかった事がたまらなく悔しく、そして何時も隣にいたはずの存在がいないと言うのは、俺に大きな心の傷を残した。
そんな日々を送りながら数日が経ったある日の事だ。
「はーい、皆席についてね。さて、今日は授業を始める前に皆に新しいお友達を二人紹介します」
担任が柔らかな声で告げたその一言に、教室はざわつく。珍しい時期の転校というのもあるが、一度に二人も同じクラスになるという事が、皆を驚かせた。勿論、俺もその一人だったが。
何時までも話し声の収まらないので先生がパンパンと手を叩い場を納める。少しして静かになると、先生は扉の方へ向かって声をかけた。
「それじゃあ入ってきて」
「「はい」」
返って来たのは二つ分の声。一つは女の子特有の高めの声。けれどもう一つは、高くも低くも無い、中間辺りの声だ。男か女かは、見てみるまで分からない。
ガラリと音を立てて入ってきたのは、二人の生徒。
「中国から来た、鳳鈴音(ファン・リンイン)です。宜しくお願いします!」
先に挨拶をしたのは、茶色っぽい長い髪をツインテールにした少女。デカイ声から、パワフルな印象を受ける。
何と無しに見ていた俺はもう一人はどんな奴だろうと視線を向け―― 一瞬首を傾げそうになった。というのも、正直にいって男か女か良く分からないのだ。
紫がかった黒髪を肩の辺りにまで伸ばした、隣の”ファン”、だったか?よりも背の高いソイツは、男にも女にも見える顔つきをしている。その上服装もどちらかというと男っぽいものを着ている。ズボンを履いている時点で、多分男だと思うんだけど……。
俺の感じた疑問は他の奴も同じようで、まだ自己紹介をしていない方を見てはヒソヒソと話し声を上げる。けれどソイツは、そんな俺達に構う事無くその口を開いた。
「隣町から来ました、五反田(ごたんだ)澪(れい)です。あぁ、こんな格好をしていますが、一応女なのでそこの所は間違わないように。どうぞ宜しく」
見た目と同じく男か女か分からない声でソイツ――五反田はふっと笑みを浮かべながら自己紹介をした。
――これが、後に長い付き合いとなる二人との出会いだった。
◇
「あー。疲れた……」
オレ――五反田澪は、正直言って今の状況に参っていた。というのも、転校初日恒例という名の質問責めやらにあったためだ。小学生というものがここまでパワフルだったとは……正直侮っていた。
色々な質問をされているが、中でも多いのが
どうして隣町から来たのか
どうして男みたいな恰好をしているのか
というものだった。
それに対してオレは、出来るだけ当たり障りのない答えを返して何とか場を凌いでいる。きっと苦笑を浮かべていた事だろう。
そういったイベントを何とか消化し、授業もそれなりに過ごした今、本日の授業を全て終え放課後に突入。
元気が有り余っている小学生達について行くのが思いのほか疲れたため、オレは一緒に帰ろうと誘いをかけてくれたクラスメイトに丁寧に断りを入れ、少し図書室で時間を潰した。
その後、帰ろうかと思ったところで忘れ物をしていることに気がついた。
そして現在、教室へと向かい辿り着いたのだが――……
(……何だか取り込み中?)
教室から微かに聞こえてくる誰かの話し声。だがそれは、穏やかなものではなく、寧ろ”言い争っている”という表現が適切だろう。
面倒事は御免だと思いつつ、取りあえず教室の中をソロリと覗き込む。
中にいるのは三人のクラスメイトである男子と―― 一人の女子、名を鳳鈴音(ファン・リンイン)。オレと同じく今日転校してきたばかりの外国人の少女だ。
そこで漸く、心の中で納得がいった。しかし同時に疑問を感じる。
納得いった理由は、現在の彼女は日本語を話せるといっても若干訛りがある状態。それ故、上手く意思の疎通を図ることが出来ない部分もあったせいか、転校初日から若干浮き気味であった、という点から。
恐らくあの少年達は、言葉を上手く話す事の出来ない彼女をからかっているだけなのだろうが、彼女にとっては違う。
ただでさえ異国の地で一人、友達もいない状況でそんな目にあえば、心の中に溜まっていた不安が爆発するだろう。そして恐らく、それらが作用し合った結果、険悪な状態へと発展してしまったのだろう。
逆に疑問に思ったこと。それは
(”原作”の回想の時に、イジメみたいなのを受けていたって表現なんてあったか?)
”自分が持っているこの世界の記憶”との齟齬が発生している事に他ならない。
確か、語尾の事やら中国だから笹がどうのこうのというのがあるっていうのは覚えているんだけど……。
だが悩んでいたところで事態は好転しないし、個人的には早いとこ忘れ物である今日の宿題を取りに行きたい。そして何より
(こんなとこ見ちゃったら見過ごすわけにもいかないよな)
”正体”を偽りこそすれ、自分の心までをも偽りたくはない。この世界で生きていくことを決意したあの日から、そうすると決めたのだから。
すぅっ、と大きく深呼吸を一つ。直後に扉を勢い良く開けた。
◇
「うわぁっ!?」
「な、なんだ!?」
「げっ、転校生……!」
バァンッ!という音に驚いた彼等は、ビクリと体を振るわせた後コチラを見ると、決まりが悪そうな表情を浮かべる。まぁ無理も無い。こうも完璧にイジメの現場を押さえられたら、共犯でも無い限り誰だってそうなるだろう。
そしてイジメを受けていた鳳はというと、どうすればいいのか分からないといった状態だ。
「やぁ。何だか随分つまらない事をしているみたいだね」
そんな彼等に構う事無く、オレは彼等に歩み寄る。同時に、少しでも鳳を安心させるために笑顔を向ける事も忘れない。
「な、何だよ。お前には関係無いだろ?」
「そ、そうだそうだ!」
突然のオレの登場にどうするべきか悩んでいる彼等を他所に、オレは自分の机の中を漁ると目的の物を取り出し鞄に詰め込む。そうする間にも会話を続けることでコチラに注意を促し続ける。
「いや、流石に関係無いとは言えないかな」
同じ転校生として仲良くしたいしね、と言いながら鳳の手を取る。一瞬だけ驚いたようだったけど、彼女はオレの手を握り返してくれた。
「じゃ、オレ達は帰るから」
ピシャリと一言告げ、彼女の手を引きながら扉を目指す。――が、当然と言うべきか、イジメっ子三人はオレ達の道を塞いだ。
「ちょっと待てよ」
「俺達、ソイツに用があるんだよ」
「関係ない奴は引っ込んでろ!」
「って言ってるけど、実際どう?何か話すこととかある?」
振り返り確認するも、彼女は首を大きく横に振る。否定の意志を大きく表していた。それを確認すると、オレは彼等三人を小馬鹿にするように
「だってさ。残念、振られちゃったね」
と肩を竦めて見せる。それが気に食わなかったのか、三人は顔を真っ赤にして逆上する。
「その上怒るって。わぉ、格好悪い」
それがトドメの一言になったようで。
「何だと!?」
「男みたいな格好しやがって!」
「ぶっ飛ばしてやる!」
アニメやなんかに出てくる三下の様な台詞を吐きながら、彼等は同時に襲い掛かってきた。全く、子供とは言え男が集団で女子に襲いかかるって……情け無い事この上ない。
取りあえず痛いのは御免だし、何とか鳳だけでも怪我の無いように立ち振舞おうとした、その時。
「グエッ!?」
と、蛙の潰れたような声を上げながらイジメっ子の一人が倒れこむ。突然の事に驚く残りのイジメっ子達。振り返って見ればそこには、義憤を滾らせる黒髪の少年――織斑一夏がいた。
彼の登場に、オレは内心で舌打ちする。何故なら彼はオレにとって、最も関わりたく無い人間の一人なのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。
「げ! 織斑!」
「何だよ! 篠ノ之の時みたいに、また正義の味方気取りかよ?」
と残る二人は苦々しげに彼に向かって言葉を発する。というかこの三人がこの場にはいないあの娘(こ)にまでちょっかいを出していたのか。
「うるせえ! お前等こそ、懲りずにまたこんな事しやがって!」
などと、幼いながらも正義感溢れる台詞を恥ずかしげもなく言い放つ。
「いやぁ凄い、これが若さか」
「アンタも同じ年でしょ!?というか、どうするのヨ?」
そんな感じで観戦モードに入っていると、後ろに控えている鳳が少し慌てたような声を上げる。ふむ、確かにこの状況はよろしくないね。
最初にダウンした後復活した男子を含め三人の注意が織斑少年に向いている間に、オレは鳳に話しかける。
「そうだね、早いとこ終わらせようか。ところで鳳さん」
「鈴でいいわ。っていうかアイツ、いい加減助けないと!」
「そう、それじゃあオレの事も澪で。丁度いいから、男子に対するとっておきの撃退方法、見せてあげる」
「えっ?ちょっと!?」
ウィンク一つしながら彼女の側を離れたオレは、織斑少年ににじり寄る男子達の背後にコッソリと回り込む。オレに気付いた織斑少年に静かにという意味を込め人差し指を手に当てる。
そして未だオレの存在に気付かないイジメっ子の一人に向かって――
「ふっ!」
「~~~~~~っ!?」
――股間に鋭い蹴りをお見舞いする。
一撃(一応手加減した)を喰らった少年は、声にならない悲鳴を上げてノックアウト。そして自身の股間に手を当て、魚のようにピクピクと小刻みに痙攣している。
そんな彼を見た織斑少年と残るイジメっ子二人は、その痛みが分かるが故に自らの股間を押さえている。心なしか顔色が悪い。
「お、おい!? しっかりしろ!」
「くそ、卑怯だぞ!? よりにもよって……!」
と残るイジメっ子は蹲った少年を気にかけながらオレを罵る。でもね
「三人がかりで女の子一人をいじめるような君達に、言われたく無い。あぁ、ところで――」
――まだやる?
小さく呟きシャドーキックを虚空に放つと、イジメっ子二人は顔面蒼白になりながら高速で首を振る。そして仕舞いには、倒れた少年に肩を貸しながら「覚えてろよ!」という捨て台詞と共に去って言った。
そんな彼等を、織斑少年は涙を浮かべながら見送っていた。
それから暫くの後、オレに”クラッシャー五反田”などという不名誉な渾名が付いたりするのだが、この時のオレはまだ知る由もなかった。
◇
「ねぇ」
「!?」
取りあえず事が済んだので織斑少年に声をかけると身構えられた。失礼な。
「大丈夫、もうしない」
「あ、わ、悪い」
漸く警戒を解いてくれた織斑少年。しかしこのままではつまらないので
「……君が敵対し無い限りは」
と小さく呟くと、彼は「そ、そうか。ははは……」と笑っていた。まぁ”アレ”は男にしか分からない痛みだからねぇ。
「ところで鈴、大丈夫?」
「え!?あ、うん。だいじょぶ」
話題を切り替え、鳳さん改め鈴に声をかけると、少し驚いたように返事を返した。
「じゃあ、お礼。彼に言わないとね。ということで、ありがとう」
「あ、そうね。ありがと、えっと……」
「織斑一夏。一夏でいいぜ」
と、織斑少年改め一夏は爽やかな笑みを浮かべる。
うぅむ、流石将来のイケメン。小五でここまで爽やかな微笑とは……やりおる。まぁ、オレは何とも思わないんだけどね。
「どういたしましてって言いたいところだけど、結局俺は何もして無いしな。寧ろお礼を言うなら五反田に言うべきだろ?」
”てか、アイツが可愛そうになってきた”という呟きは無視する。あれは自業自得というものだ。そんな事を考えていると、鈴はオレに向き合うと、恥ずかしいのかモジモジしだす。
「えっと……。アンタも助けてくれてありがとう、澪」
「どういたしまして。今度何かあったら、一発かませばいい」
シュッと蹴りを繰り出すと、二人は「うわぁ……」と言いながら何とも言え無い表情でオレを見つめてきた。
正直色々と思うところがなかった訳では無いが、此処でこのまま時間を潰すのも勿体無い。そう思ったオレはランドセルを手に取り二人に声をかける。
「それじゃあ、一緒に帰ろう」
その何気ない一言にしかし、鈴は「えっ……?」と声に出す。
見れば彼女の表情に浮かぶのは、ホンの少しの期待と、ホンの少しの戸惑い。先ほどのこともあるせいか、どうやらオレの言葉の意味を捉えきれていないらしい。
そんな彼女の様子に、”原作”では鈍感と呼ばれ続けてきた彼でも流石に気付いたようで。オレ達は顔を見合わせるとプッと吹き出す。
「何言ってんだよ?」
「オレ達はもう友達。友達が一緒に帰るのは、当然の事」
そう、何でも無い一言を放つ。その何でも無いはずの一言はしかし、今の彼女には一番欲しかったものの様で。
「あっ――……うん!」
そこで漸く、鈴は笑顔を浮かべた。それはまるで、花が咲いたような飛び切りの笑顔だった。
◇
本来であれば、出来るだけ関わらないようにしようとしていたはずの二人。けれどそれも、自分自身の選択で断ち切ってしまった。
きっとこの選択は、”原作”とは違う未来を引き寄せる事となるのだろう。
そしてこの選択が後にオレの人生に――ひいては世界にどのような影響を与えるのか……。それは、誰にも分からない。
悩みもある。不安もある。
けれど、それでも。出来る限りの事をやっていこう。
何故始まったか分からない”二度目の人生”。それを少しでも平穏無事に過ごせるように――
澪を転校させた理由。
・ほぼ確実にイジメにあうだろうから
いきなり知っている人物の性別が変わっていたら、小学生という幼い彼等では受け入れられないだろう、と。
また、中には面白半分でイジメる奴もいそうだから。
などの理由から、澪自らが両親を説得した、という設定。
大人でさえ受け入れられないのが大半なのに、子供であったらいったいどれほどの事がおこるだろうか……。
澪の性格は基本お人好しです。
頭では原作、特に一夏に大きく関わるだろう鈴と関わるのは危険、と考えています。ですが
・同じ転校生
・彼女とのみ個人的な友人になれば問題なし
という考えの下、割って入ることに。
この選択が意外と今後の展開で重要だったりします。
と言いつつ、一夏と良好に見えます。
が、実際はそんなこと無いです。次回辺りで明らかになります。
ついでの補足。
澪の容姿、というか髪の色は父親譲りの黒髪。瞳は若干紫がかっている。
双子の弾と違うじゃねぇかというツッコミは無しでお願いします。
だってそのくらい変えとかないと、蘭と被りそうなんですよ、奥さん。
感想・指摘等お待ちしております。