平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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時間が結構飛ぶので分かり難いかもしれませんが、どうかご容赦のほどを


序章 0-2

◆20XX年 夏休み◆

 

 小学二年生へと進級した『オレ』は、夏休みだというのに噛り付く様に机に向かっている。依然として家族に心配をかけない程度に友人達との付き合いを保ってはいるが、正直それも、そろそろ限界を感じ始めている。

 

 その理由は一年前、図書館で見つけた一つ記事が原因だ。

 それは、篠ノ之束によるIS――<インフィニット・ストラトス>の発表に他ならない。

 

 では何故、『オレ』がこの記事に悩まされているか。その理由は”この世界”が前世の『俺』――■■■■が生きていた世界において、所謂ライトノベルの、フィクションの世界であるからだ。

 最初こそ、そんな馬鹿なという思いであったが、現在の『オレ』の家族が、物語の主人公に大きな関わりを持つ存在である事が判明した時から、その考えは吹き飛んだ。

 

 そしてその時初めて気が付いた。『俺』はこのフィクションの世界に転生し、『オレ』として生きて行かねばならなくなったのだという事に。

 

 そうした経緯があったからこそ、『オレ』は前世の記憶を取り戻してから今日に至るまでの間、必死になって知識を掻き集めてきた。何故ならこの世界の主人公は、極普通に命の危機に関わるような人生を送るようになるからだ。

 そしてそんな奴に関わる家族に生まれ変わった以上、何時コチラに問題が飛び火しても可笑しくは無い。だからこその、知識の蒐集だった。

 

 だが同時に、『オレ』は何処かで楽観視していたのかもしれない。

 というのも、転生した『オレ』の家族には本来、『オレ』という人間は存在しない。だから心のどこかで、この世界は『俺』が知る物語に良く似た世界というだけで、ISなんて”物騒なもの”は開発されることもないのではないかと思っていた。

 

 しかしその思いはものの見事に砕かれた。所詮は、『オレ』の都合の良い思いこみに過ぎなかったのだから――……。

 

 大いに焦った『オレ』は、数年後に控えるだろう”世界の革新”に備え、今まで以上の努力を積まねばならない。数年先の未来には、不条理且つ理不尽な理由で、”男”は蔑ろにされるのだから。

 

 そうして一年後の小学三年生に上がる頃には、学習スピードを更に上げている自分が居た。その頃にはもう、家族の『オレ』を見る目など気にしている余裕などなかった。

 

◆20XX 某日◆

 

「それで、話って?」

 

 夜。小学四年生ももう半ばを過ぎた頃の『オレ』は今、両親と祖父に呼び出され食堂を兼ねている自宅の一階、そのカウンター席に腰掛けている。

 ”あの事件”が起こる正確な日にちは分からないが、記憶が確かであればまず間違いなく来年に事は起こる。

 

 だからこそ追い込みに更なる追い込みをかけた『オレ』は、その成績や言動から周囲からは”天才”などと呼ばれ始めた。が、そんなものに興味はなかった。

 所詮『オレ』がそう呼ばれるのは、単に他の同年代の少年少女と違い二度目の経験をしているからに過ぎない。だというのにそれで慢心などするのは、単なる目立ちたがりか馬鹿のどちらか、或いは両方だ。

 何より『オレ』は、それに気を良くして慢心することが怖かった。それでふと気を抜いた瞬間、何か取り返しの付かない事件に巻き込まれてしまいそうで――――……。

 

 とどのつまり、今の『オレ』を突き動かしているのは”かもしれない”という自分で勝手に決めつけた脅迫概念でしかない。そうと分かっていながらも同じ事を続けている辺り、『オレ』も相当救いようの無い馬鹿ではあるが。

 

 そう考えたところで、一度思考をカットする。余計な事に思考を割くよりも、今は目の前の問題を片付けるとしよう。

 

 だが、そんな『オレ』とは対照的に、両親と祖父は悩んでいるようだ。その態度が、『オレ』をイラつかせる。

 呼び出しておいて何なんだ、こっちは一分一秒も無駄には出来ないのだと、声を大にして言いたいのを何とか堪える。只でさえ『オレ』は双子の兄や一つ下の妹と違い、両親や祖父との関係は良好とは言え無い。

 一応子供であるという理由から、兄と妹とは出来るだけ良好な関係を築いてはいるが、それでも世間一般で言う兄弟の関係よりは、ぎこちないものだろう。

 

「”澪(れい)”。アナタに言っておかなければいけないことがあるの。落ち着いて聞いて頂戴」

「……うん」

 

 やがて意を決したのか、それとも『オレ』が苛立っていることに気が付いたのか。代表して母がその口を開いた。

 その妙な言い方に引っかかりを覚えたが、話をこじらせるわけにも行かなかったので、取りあえず頷く。

 さて、一体なんだというのだろうか?

 

「澪。アナタの体はね――今は男の子でも女の子でも無いの」

 

 どうせ他の子供より病弱とか何かだろうと高を括っていた『オレ』は、思いがけない母の一言に言葉を失った。

 

 

「――は?」

 

 『オレ』は今し方両親に言われた言葉の意味を理解出来ずにいた。

 何かの聞き間違いかと思い――いや。そうであってほしいと願いながら両親と、そして祖父の顔を窺う。

 

「いや、だって――……え?」

 

 が、『オレ』を見つめるその表情に張り付いているのは、”申し訳無い”というもののみ。

 

 その瞬間、『オレ』は家族が伝えた言葉が真実である事を悟る。

 

 考えもしなかったその言葉に麻痺する心とは別に、頭は高速で思考する。こんな事が出来るようになったのは、皮肉にも第二の人生を送るに当たって様々な事を考え込むようになったためだろうか。

 そうして暫くの間、様々な考えを巡らせていく内に、ある一つの可能性に辿り着く。

 

「IS、”インターセックス”……」

 

 絞り出すように呟いた言葉に、母は悲しみに表情を歪める。その態度こそ、『オレ』が導き出した答えが正解である事の証拠だった。

 

 インターセックス。

 半陰性、或いはインターセクションなどとも呼ばれるコレは、両性具有という呼ばれ方もする。厳密には違うのだが、男としての機能と女としての機能を備えている存在だと言う事。

 雌雄同体である事はどこかの宗教などでは完全な存在を現すと言うが、実際のところコレには多くの問題点が存在する。

 

 一つは、生殖器の未発達。

 どちらの性でもない半陰性は、その殆どの場合において生殖器が未発達である状況が多いと聞く。

 

 一つはホルモンバランスの異常による体調不良。

 これについての詳しい知識はなかったが、確かどちらでも無い状態であるが故に、ホルモンバランスがうまく取れず、体調が崩れやすいというもの。

 更に加えていうと、生殖器の未発達により命の危険があることも、過去のケースにあったという。

 

 そしてもう一つは、肉体と遺伝子上の性別の不一致。

 例えば、体つきや心の面では男性であったとしても、実の所遺伝子上は女性である。そしてその逆もあるというケースも存在する。性同一性障害とは厳密にいうと違うのだが、似通う点も多い。

 そしてこの性別の不一致こそが最も大きな問題とも言える。

 

 例えば、肉体も心も男性だとしよう。生殖器も一般的な平均に比べれば小さかったとしても、十分に男性生殖器の形を保っているとする。にも関わらず、遺伝子上は女性であり且つ、女性としての人生を選択したとする。

 ここで生じる問題が、女性生殖器の未発達の可能性。場合によれば、最悪女性としての人生を選択しても、その体に子を宿すことが出来ない、という可能性もあるのだ。コレは一つ目の問題にも大きく関わっている。

 

 この辺りまでの知識を思い出し、だからこそ否定したかった。

 

「いやでも……『オレ』の男性生殖器はちゃんとあるし。それに、”インターセックス”の多くはもっと幼い頃に体に何らかの不調が出てるケースが多いって……!」

「っ、澪……」

 

 どうやら『オレ』は、自分で思っている以上に動揺していたらしく、普段振舞っていた出来る限りの同年代の子供と同じような言動をかなぐり捨て、矢継ぎ早に言葉を放つ。自分の耳に届く微かに震えた声が、自分の物とは思えなかった。

 

 一瞬の躊躇いを見せた父はしかし、言葉を引き継いだ。

 

「確かに、お前の言う通りだ。だがお前の場合は非常に珍しいケースで、本当にどちらの性別も取れる状態に体が出来ている。だから遺伝子上でも……どちらでもあり、どちらでもない」

「……何で、今『オレ』にこんな話を?」

「っ、……本当であれば、私達がお前がもっと幼い頃にどちらかに性別を決めてしまえば良かったのかもしれない。だが、果たして生まれたばかりの子供が手術の負担に耐えられるだろうか?その心配がどうしてもあった。

 だからこそ、出来るだけ早く、けれど遅すぎないうちにお前自身に選ばせようと、そう決めていたんだ」

「………」

 

 父の言葉に、『オレ』は目に見えてうろたえる。

 そんな『オレ』を見た三人の表情はといえば、次男の”初めて取り乱した”姿を見て困惑しているといった様子。だがそれも当然か。

 『オレ』はこれまで出来るだけ同じ年頃の子供と同じような言動を取ってきたとはいえ、殆ど我が儘も言わず、喚き散らすこともなく、焦った様子すら見せた事がないのだ。

 そんな、”異常に成熟した息子”が見せる戸惑いの姿は、彼等にはさぞ滑稽に映ったことだろう。そう、自分自身を嘲笑う。

 

 

 グルグルと頭の中で思考が渦を巻く。

 突然告げられた言葉は、今まで持っていた自分の価値観というものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくようだった。

 

 転生などという可笑しな状況に、更にその世界が物語の中。加えて自分が男でも女でもない?

 

(何なんだよ、これは……)

 

 心の中で今自分が置かれている状況に悪態を吐く。そうでもしなければ平静を保つ事が出来ない。

 

 数秒か、或いは数分か……。少し間をおいた俺は、これからどうするべきか思考する。

 未だ頭の中は混乱しているし、思考が纏まりそうもない。それでも何か考えていないと、今にも発狂してしまいそうになる。

 

 まず考えるべきは、どちらの性別を取るか、だ。正直な話、この先の未来が小説|<インフィニット・ストラトス>と同じ道を辿るのだとすれば、どちらを取ってもデメリットしかないように思える。

 

 この先の未来、来年か、早ければ今年の終わりごろには<インフィニット・ストラトス>という兵器が世に放たれる。

 この兵器の特性は、女性にしか扱うことが出来ないという事。この事実により、世界は急激に女尊男卑の社会体制を形成していく。

 

 ここで女性として生きていく場合、社会から優遇される地位に立つ事が出来る。が、デメリットとして、いつ女尊男卑の社会が崩壊しても可笑しくないということ。

 小説内にて描かれている男性の扱いというものは、正直馬鹿にならないほどに酷い。普段であれば只の創作物における内容を面白くするためのエッセンス程度にしか考えないのだが、実際に自分がその世界で生きるとなればそうもいかない。

 

 そんな抑圧されてきた世の男たちが、いつどんな形で女性――いや、世界に牙を剥くか。それは現時点では計り知れない。

 

 では男性を取ればどうなるかというと、こちらは殆どデメリットしかない。

 先にも纏めたように、女尊男卑の社会の中、男性の社会的地位というものはかなり危うい。それ故、当面の間は苦しい人生を送る事となるだろう。

 

 だが逆に、もし万が一の確率で女尊男卑社会がひっくり返る出来事が起こった場合、その怒りの矛先が自分に剥くことはなくなる。

 つまりはいつ訪れるか分からないものを長い目で見れば、というのが後者の選択。

 

 だが、『オレ』の場合はどちらに該当するか分からない。

 というのも、この<インフィニット・ストラトス>の世界では、中間にあたる性別の人間を全くスポットに当てていない。

 この場合、仮に女性としての人生を送ることを選んだところで、果たして世間がそれを受け入れるかという問題が生じる。

 

(問題だらけの人生だな……。本当、洒落にならない……)

 

 思わず両手で顔を覆い天を仰ぐ。

 中間の性別である『オレ』にとって、どちらの道を選ぼうとも茨の道となるだろう。

 

(――ふざけるな)

 

 自分の預かり知らないところで未来が決まっていく事に、胸の奥底から怒りが湧き上がる。

 これではまるで何者かに操られている操り人形(マリオネット)か、舞台上の道化(ピエロ)ではないか。

 冗談ではない。只でさえ転生などという不可解な状況の中で生きていかなければならないというのに、これ以上踊らされてたまるか。

 

(では一体、”自分一人”で何が出来るというのか?)

 

 ――考えろ。

 ――考えろ!

 ――考えろ!!

 

 そして、ある一つの答えに辿りつく。

 だがそれは、”『オレ』一人”では決して出来ないこと。だが、”『オレ』一人ではなければ”可能性は段違いに上がる。

 

 『オレ』は、自分の出した答えを三人に告げる。

 

 

 この選択が正しいかどうかは分からない。

 それでもやってやる。『オレ』がこの世界で生きていかなければならないのならば、出来る限りの手を打ち尽くしてやる。

 

 例えこの選択すらが、誰かによって描かれたシナリオだったとしても。

 自分自身が選んだ未来だと、いつか胸を張って『オレ』の人生を誇れるように――……。

 

 

 20XX年 某日。小学四年生のある日。

 

 それは、過去の自分である■■■■としての人生を捨て、『オレ』――五反田(ごたんだ)澪(れい)として生きることを決意した日。

 

 




後書き

澪は現在、非常に余裕の無い精神状態をしています。
というのも、自分のおかれている状況が普通ではないからに他ありません。
故に澪は、自分が出来るだけ平穏無事な人生を送れるように、過去の知識もフル活用し、今後の人生に備えようとしています。

そんな彼に、家族からの突然の告白。
彼が選んだ答えというものは、後の物語でも大きく関わってくるものであり、私がこの作品を書くにあたって考えているもう一つのテーマに沿うものでもあります。

その辺りについては、またいずれ。
それと、澪は最後に”この世界で五反田澪として生きると決めた”と言っていますが、それでも過去の自分と完全な決別をした訳ではなく、また、平穏無事な人生を送ることを諦めた訳ではありません。

感想・指摘等お待ちしております。



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