平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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悩みは尽きない。
 罪悪感は心に重く圧し掛かる。

 それでも――――出来るだけ平和な日常を得るためには、時に割り切ることも必要だと、自分の心に無理やり言い聞かせる。



二章 2-3

◆7月某日◆

 

 御手洗数馬との接触から既に数ヶ月。季節は夏へと移り変わり始め、オレ達は暑い日差しの中学生生活をそれなりに謳歌してた。

 

 そんなある日の、夜10時を回る頃。何時ものように店の手伝いを終え、勉強に励んでいたオレの携帯が着信音を鳴らす。誰かと思い画面を見れば、相手は鈴だった。

 

『こんばんは、澪。今大丈夫かしら?』

「こんばんは。あぁ、別に構わないよ。それで、どうしたの?」

『あー、えっとね……。出来れば今度、勉強を教えてくれないかな~、なんて』

「へぇ……」

 

 珍しい申し出だと思ったが、納得する。中学生最初の期末テストまで、今日でちょうど二週間を切ったのだ。今日のSHRで担任がその話をしていたし、範囲と曜日が書かれたプリントを渡されもした。

 だが、普段から勉強を嫌っている彼女からの申し出としてはいまいち理由が弱い。尤も、その理由についてもある程度心当たりがあるのだけれど。

 

「成程。つまり、テストの結果が悪過ぎて夏休みの部活に参加出来ない、なんて事が起きるのは御免だって事かな?」

 

 オレの通う中学校では、定期テストの結果が悪過ぎると補習がある。鈴は中間テストの時にあまり宜しく無い結果だったので、二の舞を避けたいのだろう(因みにこの時は数枚のプリントで済んだらしい)。

 

『さっすが澪!話が早くて助かるわ』

「これでも一応生徒会役員兼クラス委員だからね、情報は嫌と言うほど入ってくる。それで?どっちの家で勉強する?」

『その事なんだけどさ。どうせだったら他にも何人か呼ばない?

 ほら、何人かいれば分からないところは教え合えるし。そうすれば澪の負担だって少しは減るんじゃない?』

「人数が増えたら結局はオレが教える負担は増えるんだけど。……まぁ、いいよ。この際まとめて教えたほうが後々楽になりそうだしね」

 

 残り数日になって泣きつかれるよりも、そのほうがよっぽど建設的だ。

 

『ありがと!それじゃあアタシは何人かに声かけてみるから。悪いんだけど澪は一夏に声かけといてくれる?アイツの家って結構広いから、それなりに人数いても大丈夫そうだし』

「……一応聞いておくけど、そもそも一夏はこの話に賛成なの?」

『まだ話してないわ。まぁでも、澪が説明してくれれば大丈夫でしょ』

「何の根拠があって言ってるんだか……。取りあえず、他の人に連絡するのは少し待って。一夏に確認するから」

『はーい。あ、一応日程は今週と来週の土曜日って事で。それじゃあまた後でね♪』

 

 通話を終え、苦笑と共に溜め息を一つ。

 彼女は考えるよりも行動といったタイプでもあるので、今回のようにちょっと穴があるのがたまにキズだ。まぁその辺りはオレがカバーすればいいだけだ。さしあたってまずは一夏に連絡を取るのが先だろう。

 

 

「?誰だろう?」

 

 庭で素振りをしていると、突然携帯が鳴る。

 こんな時間にかけてくるとすれば、弾か数馬くらいかな?何て思いながら携帯を手に取ると、画面に表示されているのは澪の名前だった。

 

 電話の相手が彼女だと分かった途端、俺の心臓が一瞬高鳴る。素振りをしていた事とはまた別の胸の高鳴りに、妙な緊張感を覚える。そして意味も無いのに、服装は大丈夫か?汗臭く無いか?と身なりが気になってしまう。

 けれど何時までもこうしていたら澪に悪いと思い、深呼吸を一つしてから電話に応じる。

 

『もしもし一夏?こんばんは』

「あ、あぁ。こんばんは」

 

 何とか発した最初の言葉は、情けない事に若干震えていた。俺はそれが澪に気付かれていたらと、堪らなく恥ずかしくなる。

 

『もしかして、素振りでもしてた?』

 

 こちらの様子を窺うような一言に、思わずドキリとする。

 

「な、何で分かったんだ?」

『少し息切れしているように聞こえてね。もしかしたらと思ったんだが』

 

 幸いにして彼女は気付いていなかったようで、至って普通に返事を返してくれた。その事にホッと胸を撫で下ろす。

 

『お邪魔だったかな?それほど急ぐ用でも無いし、明日にでも……』

「あぁいや!全然!全然大丈夫だから!」

『そ、そうか?』

「あ、あぁ。それでどうしたんだ?澪から電話してくるなんて珍しいじゃん」

 

 普段積極的にメールも電話もしない彼女の事だ。何かそれなりの理由があるのだろうと思っていると、電話越しに少しだけ申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 

『もうすぐ期末テストがあるだろう?それでどうせだったら皆で勉強しようかという話になったんだが。一夏もどうだろう?』

「あぁ。それなら俺も参加するよ。丁度勉強しないとヤバイかなって思ってたところだし」

『そうか。それで申し訳無いんだが、出来れば一夏の家で勉強会を開きたいんだ。……今週と来週の土曜日は大丈夫か?』

「えっと……あぁ、大丈夫。部活は午前中で終わるから、時間は取れるよ」

『ありがとう。それじゃあ詳しい時間とかはまた明日学校で。おやすみ一夏。頑張るのもいいけど、程ほどにね』

「あぁ、ありがとう」

 

 おやすみ、と一言告げ電話を切り、フラフラとした足取りで家の中に戻り風呂へ直行。

 湯船に浸かりながら先ほどのやりとりを思いだす。それと同時に頬が緩み、胸の中が温かくなる思いを感じる。

 

 ここ最近はずっとこうだ。

 澪を見るだけで、彼女の声を聞くだけで心臓が高まる。笑顔なんて見た日には、それこそ顔に火が着いた様に熱くなる。そんな彼女が俺の家に来てくれるなんて……。

 

「って、こうしちゃいられねぇ!」

 

 風呂から上がった俺はさっさと着替えを済まし、慌てて自室へ。

 まだ彼女(他数名)が家に来るのは先だが、その前に色々と隠しておかなければならない。俺も中学生になってからというもの、それなりにそういった事に感心を持つようになった。だからこそ、隠し通さないといけない物がある。

 部屋にまで上がらせるつもりはないけど、万が一の可能性を考えたら対策をしておいても損は無い。

 

 結局その日の夜、俺が寝付いたのは夜中の12時を過ぎてからだった。

 

◆土曜日 午後◆

 

 勉強会当日、俺の家には既に弾と数馬という帰宅部組みが揃っていた。が、俺達だけで勉強など捗る筈も無く、部活組である彼女達を待っている間、俺の部屋でゲームの真っ最中。

 因みにソフトは『IS/VS(ヴァーサス・スカイ)』というゲームで、第一回IS世界大会のデータを下に作られている。何でも現在は続編の『VS2』が製作中だそうだ。

 そうして俺達三人にCPUキャラを交えてのタッグマッチをやっていると、呼び鈴の鳴る音が聞こえてきた。

 

「あー。アイツ等もう来たのかー。じゃあゲームは終わりにしないとなぁー」

「あぁー!?くっそもう少しで勝てたってのに電源切りやがって!卑怯だぞ弾!てか棒読みすぎてバレバレなんだよ!」

「知らねぇなぁ?そもそもゲームはアイツ等が来るまでって話だろ?」

「なにおう!?」

「じゃあちょっと出てくるから、お前等も勉強の準備――――って、聞いちゃいねぇ……」

 

 未だにギャアギャアと文句を言い合っている二人を無視し、俺は一階へと降りる。

 

「はいはい。今開けますよーっと……」

 

 声をかけながら扉を開ける。すると暑苦しい外気がブワッと入り込む。

 その暑さと明るすぎる日差しに一瞬目が眩み、直ぐに慣れた俺の目に飛び込んできたのは――――

 

「やぁ一夏、こんにちは。さっそくで悪いが、お邪魔させてもらうよ」

 

 ラフな格好に身を包む、薄らと汗を掻いた何れも美少女と呼べる五人(・・)の姿。中でも一際俺の目を引くのは他でも無い、澪だ。

 中学校に入ってからというもの、久しく見ていなかった彼女の私服姿――それも大胆にもそのスラリと伸びる長い足と中学生にしては均整の取れたプロポーションを目立たせる格好は、俺の目には眩しすぎる。思わずゴクリと生唾を飲み込む。

 

「一夏?」

「ハッ!?」

 

 澪の訝しげな声に現実に引き戻される。慌てて何でも無いと返事を返すと、少しだけ首を傾げながらも澪はそれ以上追求してこなかった。

 ……危ないところだった。もう少し遅かったらもっと食い入る様に見ていたかもしれない。自重しろ、俺の情熱。

 と、思っていた時、思わぬ伏兵が。

 

「ちょっと一夏?アンタ何時まで突っ立って――――……ははぁん?」

 

 澪の影からひょっこりと姿を現した鈴は、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「な、何だよ鈴」

「いや~、別にぃ~?ただアンタが澪に――――……」

「うおおおおっ!?」

 

 慌てて鈴の口を塞ぐ。これ以上先を言われるのはマズイと俺の直感が叫んでいた。

 

「い、いらっしゃい。シホとメグ――――と、蘭も一緒だったんだ。もう他のメンバーは来てるから、とりあえず上がってくれ」

 

 ハハハと乾いた笑いを浮かべ、無理やり話題を逸らす。若干引かれている気もするが、鈴にこれ以上何か言われるよりかはマシだ。

 

「ありがとう。それよりも一夏」

「な、何だ?」

「そろそろ鈴を離してあげたら?顔色、悪くなってる」

「えっ?」

 

 見れば鈴は若干涙目になりながらもがいており、その顔は青くなり始めている。慌てて鈴を解放した俺は直後、鈴から報復を受けたのは言うまでもあるまい。

 

 そんなやり取りをして、現在は全員リビングに。適当に場所を取りながら勉強の道具を出している間に、俺はキッチンへと向かう。

 このバカみたいに暑い中歩いてきたんだ、何か飲み物でも用意しないと。そう思い準備をしていると

 

「一夏、手伝うよ」

「澪」

 

 何時の間にか俺の後を付いてきた彼女は、俺に確認をしつつ食器棚からコップを出し始める。が、流石にこれには俺も戸惑う。俺からすれば彼女達は客人だ。そんな彼女に手伝ってもらうのは、流石に気が引けてしまう。

 そう思い断りを入れようとしたのだが

 

「流石に8人分も運ぶのは大変だろう?それに、今日は態々勉強する場所を提供してもらったんだ。この位しないと、オレとしても申し訳が立たない」

「……じゃあ頼むわ」

 

 流石にそう言われてしまうと俺としてもそれ以上強く言えず、結局手伝ってもらう事に。

 折角澪が飲み物の用意をしてくれているのだ、俺はその間に適当にお菓子を用意する。何か無いかと探している間に、チラリと澪を見る。

 キッチンに立つ彼女の後姿は何とも様になっていて、その手つきにも迷いが無い。というか、凄く似合っている。

 

(何か良いな、こういうの……)

 

 普段俺しかいない筈のキッチンに他の誰か――しかも女の子がいるというのは、何と言うかこう、胸にグッとくるものがある。

 何となくやる気が出てきた俺は、この後に向かえるであろう地獄の時間を少しだけ忘れる事が出来た。

 

 

「お姉、ちょっといい?」

「ん?――――あぁ、ここはね……」

 

 少し自信がない問題の答えを、お姉に確認してもらう。 

 因みにお姉は勉強の時は眼鏡をかけるようにしている。普段以上に”年上のお姉さん”といった知的な姉の姿はとても新鮮で眩しいです。

 

 私は今、お兄とお姉のお友達である一夏さんのお家にお邪魔している。

 理由は、私が進学したい中学校が所謂お嬢様学校で、面倒な入学試験がある為だ。そんな時に飛び込んできた、勉強会の話。

 元々日頃から勉強をするようにしているけれど、こうやって長い時間を使ってお姉に勉強を見てもらえる事は少なく、そして一つ上の学年であるお姉達の勉強を一緒にやれば私自身の成長に繋がるだろうと思ったからだ。

 

 結果は……正直微妙だ。

 お姉の学力は他の人達と違いずば抜けていると言っていい。そんなお姉に時々勉強を見てもらっている私には、他の人達の進行速度が酷く遅く感じた。お姉には程遠いとはいえそれでも十分な学力を持っているメグさんだけは例外だったけど。

 現役の中学生の姿に少しだけ幻滅をしつつ、チラリと視線を動かす。

 

 視線の先には、お兄や一馬さんと一緒にうんうんと唸っている一夏さん。私は、この人の存在が気になっている。

 と言っても、それは異性として好きだとかそういう浮ついた感情では無い。確かに顔は良いし優しいかもだけど、八方美人過ぎるのはちょっとね。……兎も角、今気になっているのはそういった感情ではない。

 

 寧ろこれは――懸念。

 そう感じるのは、そこにお姉の変化が関係しているから。

 

 お姉がまだもう一人の”お兄”だった頃、正直私は距離を図りかねていた。

 必要以上に喋ろうとしないし、何を考えているか分からない。そのくせいっつも何かに追い詰められているように余裕の無い姿は、幼い頃の私に僅かながら恐怖を与えていた。

 それでも心から嫌うことが無かったのは、何だかんだで優しい一面を持っている事を知っていたから。

 

 例えば、学校で男子にからかわれていた時。

 例えば、折角買ってもらったクレープを落としちゃった時。

 例えば、お母さん達が忙しくて私にかまっていられなかった時。

 

 仏頂面で何を考えているのか分からなかったけれど、それでも私が困っているときには必ず助けてくれた。だから私は、何だかんだで”澪兄”の事が好きだった。

 きっともう少し大人に近づけば、”澪兄”が何に悩んでいるか理解する事が出来るかも知れない。そう思えるようになった矢先だった。性転換手術の事を聞いたのは。

 

 はじめは戸惑った。只でさえ距離が遠い”澪兄”がお姉ちゃんになってしまうなんて、と。余計に距離を取り難くなってしまうと。

 けれどその戸惑いも、”澪兄”が病室で告げた一言を切欠に受け入れる心構えが出来た。

 

 そうして”澪兄”が”お姉”になってからの私達の関係は、まさに激変したと言える。

 男の子だった頃よりも会話は増え、笑顔が増え、絆は強まった。けれどそれでも――お姉が何かに悩む姿だけは変わらなかった。それどころか、表に出さなくなった分余計に深刻さを感じさせる。

 

 そしてそうなった原因は恐らく――一夏さん。この人との出会いがきっと関係している。

 根拠という根拠は無い。けれど、恋人でもないのにこの人の為にお弁当を作ってあげたり何かと手を焼いたりと……。何かあると思うのが当然だ。

 

 一体この人の何がお姉をそこまで駆り立てるのかは分からない。

 けれどもしこの人がお姉を傷つける様な事があったその時は――私はこの人を絶対に許さない。

 

(今はこうやって様子を見ることしか出来ないけど)

 

 いつか絶対に証拠を掴んでやる。そうやって一人、心の中で誓いを立てる。

 けれど先ずは、目先の問題である受験。これをクリアしないことには話しにならない。だから今は受験勉強に専念しよう。

 そしてトップの成績で合格してお姉に褒めてもらう。一先ずこれが私の最優先事項。

 

 

 現在、一夏や数馬と一緒になって取り組んでいるのは数学。

 勉強は好きではないし、特に数学とかの小難しい学問は俺の肌に合わず頭が痛む。澪が時々勉強を見てくれるおかげでコイツ等よりはまだマシだけど……ぶっちゃけ大差ねぇしなぁ。

 

「(なぁ、弾。ちょっといいか?)」

「んあ?」

 

 何て考えていると、隣で一緒になって頭を抱えていた一夏が小声で話しかけてくる。その視線はチラチラと、澪と蘭に向けられている。

 澪は丁寧に教えているが、教えられている側の蘭は時折一夏に鋭い視線を向けていた。

 

「(前から思ってたんだけどよ、俺って蘭に嫌われてる?)」

「(……あぁ、なるほどね)」

 

 そこまで言われて、コイツが何を言いたいのか理解する。

 蘭が一夏に向けている視線が好意から来るものでないのは、俺も理解している。というか、気付いていないのは澪位だろう。まぁそれは蘭のやつが澪にすら気付かれないほど巧妙に一夏に睨みを利かせているからなんだが……。

 

(さて……どうしたもんかねぇ)

 

 蘭が一夏に敵意に近い視線を向けている理由は、なんとなく理解できる。

 蘭は澪が女になってからというもの、ベッタリだ。だがそんな妹に――いや、双子の俺やお袋達にすら、澪は絶対に弱みを見せようとはしない。

 

 家族である俺達にすら弱みを見せず、どこか距離を置きがちな澪。そんなアイツが妙に肩入れしているのが一夏だ。おそらく蘭のやつは、姉である澪が一夏に取られるとでも思っているんだろう。

 ……実際はそんな浮いた話じゃないんだがなぁ。 

 

 蘭のやつは気付いていない様だが、澪が一夏に向けている視線、態度というのはどちらかといえば探りを入れるようなもの。

 一夏の何がそうまで気になるのかは、俺では理解することは出来ない。だがきっと、澪にとって一夏には何かしら思うところがあるのだろう。

 特に問題が起こっているわけでもねぇし、なら今の俺に出来るのは成り行きを見守ることくらいだ。

 

「(まぁ、アレだ。お前が気にすることじゃねぇって)」

「(そうは言ってもだなぁ……)」

「(強いて言うなら……そうだな。お前が千冬さんに向けてるもんと同じだって事だよ)」

「(……何だそれ?)」

 

 良いんだよと、未だに悩む一夏に答える。下手に突付いて俺にまで問題が飛び火したらたまらねぇからな。

 

「(なぁなぁ、さっきから何の話してんだ?)」

 

 そんな時、俺達の小声が聞こえたのか数馬が肩を寄せてくる。だがコイツに話すのもどうかと思い、とりあえずはぐらかすことに。

 

「(いや、まぁちょっとな)」

「(何だよ。俺も混ぜろって)」

「(おいおい、そろそろ真面目に勉強しねぇと)」

「そこの三人。お喋りとは随分な御身分だね?」

「「「あ」」」

 

 頭上からかかる声に顔を上げてみれば、そこには兄である俺から見ても可愛いと思えるほどの笑顔を浮かべた澪の姿。

 尤も、その目は全く笑っておらず、寧ろ俺達を射殺しそうなほど冷たい目をしているが。

 

(あ。これ死んだわ)

 

 その後、三人揃って説教と肉体的制裁を食らったのは言うまでもない。解せぬ。

 

 それから二週間後に行われたテスト。

 澪の奴はぶっちぎりの全教科満点で一位。他のメンバーもそこそこの結果を残せたが、俺、一夏、数馬の三人は結局補修を受けるハメになった。ちくしょう。

 

◆二週間後◆

 

 深夜の12時を回った頃。オレは枕を力の限りベッドに向かって投げ飛ばす。

 今感じている憤りを何とか発散させようとするが、やはりこの程度では駄目だ。ぶつけ様の無いそれに更にイライラはつのり、オレは頭を掻き毟る。

 

 今日をもって期末テストは無事終了。結果も返ってきた。

 オレが怒りを感じているのは何もテストの結果が悪かったわけでは無い。寧ろ全教科満点を取れたのだ、文句など着けようはずも無い。

 ならば何に対して怒りを覚えているのか。それは、一夏の家で何の手掛かりも掴めなかった事だ。

 

 篠ノ之束の残した言葉。アレはオレに途轍もない不安を残した。

 オレの持つ”原作”の知識から明らかにずれている彼女の言動、そして彼女の語った言葉。それはオレに、暗闇の中を歩かせるような不安を抱かせた。

 

 いや、元々未来というものは先行きが見えず、不透明なもの。だが中途半端に先の事を知っているオレにとっては、とんでもない爆弾に等しい。

 そんな時に舞い込んできた、勉強会の話。それは正に、幸運としか言いようが無かった。

 

 何故なら今現在、最大の障害になり得るだろう織斑千冬は不在。つまりは一夏しかいない。

 篠ノ之束に最も近い位置に存在にして”白騎士事件”の直接的な関係者であった彼女の部屋ならば、何かしらの手掛かりがあるのでは無いかと踏んだのだ。

 

 だが結果は全て空振り。彼女の部屋には入る事すら出来ず、探れる範囲内にもそれらしい情報を見つける事は出来ずに終わってしまった。

 元々それほど期待をしていなかったとはいえ、いざ何も無いと知ると苛立たずにはいられない。これでは何の為に一夏に近づいたのか、分かったものでは無い。

 

「……っ」

 

 いや、苛立っているのはそれだけが理由では無い。

 周囲には良い顔をしておきながら、結局は他人を騙して自分の利益となるものを得ようとする狡賢い事を平然としている、そんな自分に腹が立つ。

 こうしなければならない、大人になれば多少汚い手を使うことなどザラだと理解しておきながら、その一方で罪悪感を感じている。結局割り切る事の出来ていない、自分自身の甘さにも腹が立つ。

 

 最近、自分は本当は何をしたいのかが分からなくなる。

 

 一夏との関係を少し改めたのだって、元は彼に取り入り出来るだけ有益な情報を吸い上げるためだ。そこに他意は無かったし、割り切っていた筈だ。

 だというのに、此処最近はそんな事を忘れて今という時間を楽しみたいと思っている自分もいる。少し周りよりも頭の良いだけの、普通の学生でいたいと思っている自分がいる……。

 

 ぐるぐると思考が渦巻く中、オレはベッドに倒れ込み身を預ける。

 

「オレは一体、この先どうしたいんだ――……?」

 

 答えなど返って来る筈も無いのに、オレは一人呟いた。

 

 




後書き

・若干下心の見える一夏
・シスコン【極】になりつつある蘭
・意外と鋭い弾
・甘い話には裏があった(澪ver.)

簡単にまとめるとこんな感じですかね。
鈴、数馬、志穂、恵の四人が空気になってしまった……orz
でもここでこの四人を下手に動かすとグダグダになる気がしたので。すみません。

それでは毎回恒例の補足をば。因みに一夏については特に語る必要がないので省かせていただきます。

・IS/VS
原作では第”二回”大会をゲーム化したものとなっていますが、この作品内ではその前作である”1”が出ているという設定に。
売れ行きやら各国の反応やらは原作とほぼ同じ。
ただし
・ラスボスが千冬であること(千冬を倒さないと彼女を使う事は出来ないという無理ゲー仕様)
・タッグマッチ対戦プレイが可能
・”1”データを”2”に引き継ぐ事が出来る
などのどうでもいいオリジナル要素もあり。

・蘭の考察

 実は手術を受ける前の澪は、無口で無愛想なお兄さん。でも良い所が結構あったので、蘭はそこまで澪を嫌いではなかったという設定。
 その後、手術後家族関係が徐々に良くなっていく事で、今まで押さえ込んできたブラコン魂がシスコン魂に変換。今ではベッタリな状況。
 そんな二人の仲を割く(蘭視点)一夏は邪魔な存在。こんな感じです。

・弾の考察

 原作よりも少しだけ周囲に敏感な彼。それ故に蘭や澪の心情を何となく察している。が、下手に手を出すと話がこじれる可能性があるので今は傍観に徹するつもり。
 因みに一夏がそれとなく澪の事を異性として見始めている事に多少思うところはあるものの、それほど気にはしていない。寧ろそれで澪の抱えているものが消えるならそれで良しと考えるくらい実は寛大。
 尤も、その対象が蘭だった場合確実に原作同様に何かしらのアクションを起こそうとするのだが、双子の妹が寧ろ姉なんじゃね?というくらい落ち着きがあるので、澪に関してはそれほど心配をしていない。

とりあえず今回はこんなところでしょうか。

感想・指摘等お待ちしております。

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