おれがあずみさんに振られた傷を慰めようと向かった風俗街で出会ったSM嬢の亜巳さんにホイホイと釣られて訪れた先でホモに掘られそうになり、やけっぱちになった挙句に出くわした行きずりの女の子と付き合うことになるという正気を疑う顛末の夢を見た。
朝起きて鏡の前に立つおれの顔はひどかった。ひどいと言っても普段が100点だから総合的に82点あるのだが陰りが見られた。
あんな夢を見たせいだ。幾ら何でもあれはない。おれは面食いだ。選り好みだってするし、決してホモじゃない。
あんな夢を見るなんてフロイト先生にかかったら男に身をゆだねてみたい破滅願望があるとかとか、おれがまるであの夢でも発情する変態かのように診断されてしまうではないか。
夢は実生活で抑圧された願望の表れであり、人は無意識のリビドーによって突き動かされているとエロい人は言ったけれど、男なんて十分に一回くらいはエロいこと考えてるじゃん。
そもそも抑圧されてない人なんている? 自分を曝け出したい願望を抱えながらも意識してリビドーを迸らせてる人が大半じゃないの?
まったく、おれが抑圧してる願望を夢にしたら、R18じゃないと描写できないことばかりになるに決まってるだろうに。なぜあんな夢を見せたんだ。
無意識に夢の中でもおれを苦しませようとMの本能が暴走でもしたのだろうか。さすがにそれはおせっかいが過ぎるし全然嬉しくないぞ、もうひとりの僕。
記憶がないほどろくでもない週末を過ごした所為か、月曜日の登下校はうんざりしていた。踵を返してサボタージュしたかった。
風間ファミリーの面々はいつも通りだった。先週喧嘩した京、壁ドンふぇらのコンボですっかりおれを落とした気でいる姉さん以外は平素と変わりない。
ただ河川敷を我が物顔で歩く風間ファミリーを見る川神学園生の目がいつもと違った。
見られてる……注目を浴びて然りのメンバーが集まっているとはいえ、その視線は普段のそれとは質が違った。
おれはこの視線の正体を知っている。先週ずっと苛まれてきたからだ。
彼らはおれを見ているのだ。みんなのアイドルだったおれの無様っぷりを眺めているのである。
まぁ、振られたからね……仕方ないよ。
しかしである。一過性の視線だと思って知らんふりをしていた先週のそれより、今日の視線とひそひそと耳障りな噂話は、再燃したかのように熱を取り戻していた。
なぜだろうか、検討がつかない。
さっさと飽きないかな、とうんざりしていたおれに大和が神妙な顔をして言った。
「千が小笠原さんと付き合ってるって噂が広まってるんだが、本当か?」
奇しくもそれは夢の内容と合致していた。
「すごい偶然もあるものだな。今朝、おれも噂と同じ内容の夢を見たよ」
「それ本当に夢か?」
大和が疑心に満ちた目でおれを見た。おれは何も答えられなかった。
昨日の記憶が薄氷のごとく曖昧模糊で、現実感が皆無だったからだ。そもそも昨日の記憶がなく、夢の方しか覚えていない。
――あれ?
嫌な結論に達した脳みそをシェイクして振り払い、おれは言う。
「大和、おれは愛とは大勢の中から一人を選び、他の者を顧みないことだと思っている」
「なんだよいきなり」
新興宗教の勧誘に引っかかったような顔をする大和に真面目に問いかけた。
「そんなおれが、昨日今日出会った女と付き合うような男に見えるか?」
「うん」
大和は即答した。おれは天を仰いだ。空はとても青かった。視線を戻し、ジトッと大和を睨んだ。
「おれのケータイを見てくれ。連絡先に小笠原さんの名前がないだろ? 付き合ってない証拠だ。なのにどうして大和はおれを信じてくれないんだ?」
「いや、どこを信じていいか分からないんだが」
おれはどうしてコイツと友達だったんだろう。お互いの性癖を打ち明け合った仲じゃないか。確かにおれはすぐ京に大和がアナルファッカーだということをバラしたけれども、それはそれ、これはこれだろう。
秘密を明かしても良い間柄だということ、信頼関係を築けている事実が大切で、おれたちはそういう友情を育んできたはずなのに。
おれは悲しくなった。最近、おれを取り巻く人間関係が、おれに厳しい気がするのだ。振られるし、京と喧嘩するし、姉さんに襲われるし……誰かおれに優しくしてくれてもいいのよ?
いや、ほんとに。
「ところで、その噂の出所はどこ?」
「さぁ。知り合いの女子から、俺に確認のメールがうんざりするほど来たけど、誰が広めてるのかまでは」
「ふーん」
人間関係かき混ぜ棒になる人っているよねー。そういう人はたいてい愉快犯のくせに自分たちに正義があると思い込んでるからたちが悪いんだよなぁ。
「何の話をしてるんだ、千」
「大和が『恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものに過ぎない』って言うから議論してたんだよ」
「言ってねえよ! 言ってねえよ!!」
「そうだぞ千。大和は『愛など幻想に過ぎない』派じゃないか」
「やめろ。やめろ」
大和の黒歴史をからかいながら日常を演出する。もしかしたらおれの黒歴史は今かもしれない。そんな考えがふと頭を過ったが、深く思考することを感情が拒否した。
風間ファミリーの日常は何事もなく回っている。あとはおれと京が仲直りすれば元通りだ。
おれの風評が著しく被害を被ったが、じきに元通りになるだろう。おれはイケメンだし。
そんな感じに軽く物事を考えていた。事実、おれの見通しは甘かった。
●
校舎に入ってすぐひそひそと話す雑音は大きくなった。聴覚を強化する修行でもしようかと思ったが、全部聞こえたらおれのメンタルが死ぬかもしれないのでやめた。
姉さんと別れ、一年生の階に足を運ぶ。すると廊下で頭の赦そうな派手な女子グループが喧々に盛り上がっていた。
「チカリン、いい加減嘘だって認める系。今なら冗談だったって誤解を解くの手伝ってあげるから」
「だーかーらー! 全部ホントだっつーの! てか何で一晩で学年中に広まってんだよ! 見世物じゃないってば」
小笠原さんが質問攻めにされて面倒そうに受け答えしていた。おれは足を止めて大和と顔を見合わせた。
「なんだなんだ。女同士で吊し上げかよ、おっかねえ」
「うわあ……あんまり関わりたくないなぁ」
ガクトとモロが敬遠気味に言う。嫌な予感がした。というか悪寒がした。
悪夢が現実になる恐怖というか、現実だと思いたくなくて夢だと思っていたことがやはり現実だったというか――
「チカリンいつまでも意地張ったってしょうがない系。ていうか妄想にしても三河千は夢見すぎ系。川神先輩が何年も落とせない男をチカリンが食えるわけねえし」
「嘘じゃねえしって何回言わせんの。めんどいなぁ、早く三河くん来て――」
ふと小笠原さんと目が合った。風間ファミリーの面々もおれの名前が出たのでおれに目を向けた。
目が合った瞬間に小笠原さんの顔が明るく染まった。おれは血の気が失せた。小笠原さんが軽快な足取りで駆け寄っておれの腕を抱いた。
「ねえ三河くぅん。あたしたち付き合ってるよね?」
「え? マジで!?」
ガクトが吠えた。みんなも一様に驚いた顔をしていた。おれは押し付けられている真新しいおっぱいの感触に打ち震えていた。
慣れ親しんだ姉さんのそれとはちがう新鮮なサイズとやわらかさ。それだけで男は興奮できるんだ。
ご満悦な気分に浸っていたおれだが、周囲と小笠原さんに無言で返答をせっつかれて視線を落とした。
え、あれ夢じゃなかったの? エッチさせてくれるからって理由で傷心してた所を狙って襲いかかってきた肉食系女子に告白されてOKしたの?
これじゃおれ、ただのスケベじゃん。いいのか、それで。お前は自分の性癖に誇りを持っているんじゃなかったのか。こういうカースト上位の気の強い女の子が変態なプレイに付き合ってくれるとほんとうに思うのか。きっと普通のエッチの延長戦上にあることしかさせてくれない。それでもいいのか。お前の性癖にかける情熱はそれまでだったのか。
いったいどうなんだ、三河千――ッ!
「あ、うん……昨日そういうことになった……ような」
「嘘ォ!?」
「マジかよ!?」
「ちょっと、何で黙ってたのさ千!」
自信のない最後の言葉は途中でさえぎられた。おれはエロには勝てなかった。おれにカノジョが出来たと知って、風間ファミリーやその場にいた女子が大騒ぎになった。
小笠原さんが得意げな顔をしていたが、おれは彼女の丁寧に手入れされた髪から香る匂いや躰のやわらかさ、高校一年生とは思えない色気の方が気になっていた。
●
「三河くん、誰でもいいのなら、私が恋人になって慰めてあげてもよかったの――」
「うるせえだまってろ」
おれはホモを一蹴して席についた。おれと小笠原さんが付き合ったことは瞬く間に拡散され知らぬ者のいない事実になった。
S組の鼻持ちならないエリート軍団も聞き耳を立てているようだった。他人の恋愛事情がそんなに面白いかお前ら。
「人気者はつらいね~」
「泣いてる女子もいたぜ。やっぱ年増はダメだな。女の嫉妬はかわいくむくれる程度じゃないと」
「準は修羅場になって刺される心配しなくていいもんね」
「すぐ傍に嫉妬した武神に殺されそうな人がいるしな。いやぁ、ロリコンでよかったぜ」
「……姉さん学校にいないよ」
「ああ、川神先輩なら、泣きながらトイレに駆け込んで、しばらくえずいたあと帰ったそうです。よほどショックだったんでしょうねえ」
気配がないからどうしたのかと思えば、あの武神メンタル弱すぎないか。おれも人のこと言えないけれど。
「なんとなく想像つくが、どういう経緯で付き合うことになったんだ?」
ロリコンのくせに他人の恋愛話に興味がありそうな井上が言った。
「ナンパしたお姉さんの家にお呼ばれして、そこでホモに掘られそうになって命からがら逃げ帰ったところでばったり出会って、そんで告白されてなんとなくOKしてしまってさ……」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
井上は引いていた。
「ねえねえ、それで君は後悔しないの? 恋人にこだわりがあったんじゃないの?」
榊原さんが小首をかしげながらおれの目をじっと見据えた。おれは自嘲気味に笑った。
「そりゃあったけどさ……でも、おれ、童貞じゃん。童貞が愛だの恋だの偉そうに語ったても何の説得力もないじゃん。しかも恋人はできないんじゃなくてしないだけって格好つけてる一番かっこ悪いタイプの童貞じゃん、おれ。童貞でかっこいい男なんてニュートンとかダヴィンチとかカントくらいだよ。ほんと、情けないよな、童貞って。童貞と書いておれと読むくらい情けねえよ」
「ええい、人の席の横で童貞童貞やかましい! そういう猥談は此方の耳に入らない場所で山猿たちとしておれ! 存在がS組の恥じゃ、このスケベ!」
「うっ、くぅぅ……!」
「な、なぜ顔を赤らめておるのじゃこやつー!」
不意に罵られて性的に興奮してしまったのはさておき、それでもおれは童貞を卒業したかったのである。
最短の道のりを敢えて避けて、回りくどい道のりをさまよって時間を無駄にし、それを何度となく繰り返しても、童貞喪失を諦めようとしなかったのである。
十五歳になったかくいう今もおれは童貞を捨てる方法を探していた。
それもただの童貞卒業ではない、特別な始まり方を、だ。だから理想を追い求めて、ドラスティックかつサディスティックに全てを奪った上で捨てられるという、荒唐無稽な脱童貞の夢を叶えてくれる年上の女性を探し求めていたのである。
一番かっこ悪い童貞から非童貞へ。少年から男へ。いつか羽ばたく姿を夢見る芋虫から一足飛びにパピヨンへと。0から1になりたくておれは童貞から男になる術を探し求めていたのである。
その最善の方法が失われたけれど、それでも目的が達成できるなら何でもいいと思い始めてもいたのである。
風俗で童貞を捨てようと思った。けれど商売女でも捨てられず、挙句の果てに何を血迷ったか処女を失いそうになった。そして学年のマドンナに告白されてOKしたんだけど……。
もう、いいじゃん。これだけやったんだからさ、ちょっとくらい、妥協しても……ええやん。
非童貞になったら世界が変わる……そんな気がするんだ。具体的には風間ファミリーの全員を鼻で笑えるようになれると思う。
月曜日の朝は嫌いだが、今だけは好きになれる気がした。
●
やっぱり月曜日は嫌いだ。放課後に秘密基地に呼びだされてから心変わりした。毎日が日曜日でいい。
「ただいまより、三河千の裁判をとり行うッ!」
なぜかおれは立たされていた。テーブルを挟んで対面に座る京裁判長が何かを強いられているかのような威厳ある声で叫んだ。
「裁判の一連の流れはめんどいからカットだッ! 島津検事、事件の説明をお願いします」
「はい。被告人、三河千は風間ファミリーに内緒で女の子と付き合い、それを秘匿していました。しかもその相手が学年で一番ヤりたい女ランキング暫定一位の小笠原千花でした。我々風間ファミリーとしても、学年の野郎ども代表としても、とても看過できるものではありません」
ガクトが真面目な顔で馬鹿なことを言っていた。いつものことだった。
「あ、被告人には弁護人いないからセルフ弁護してね」
「おい、なんだそ――」
「静粛にしなさいッ!!」
おれが抗議すると迫真の声でうやむやにされた。なんだよこれ……モスクワ裁判かよ。この裁判は早くも終了ですね。
言論が封殺されているこの裁判とも呼べない、帰りの会での晒しあげられているかのような状況におれはうんざりしていた。
やたらと張り切っている京が、急に相好を崩して言った。
「島津検事、罪状はテキトーにでっち上げるからさっさと求刑してよ」
なに言ってんだこいつ。
「異議あり!」
「却下します、島津検事どうぞ」
ひでえ。
「あー……じゃあ、とりあえず死刑で」
「ガクトてめえ、よく分からないからってノリで死刑にするのやめ――」
「だまらっしゃいッ!!」
京裁判長に怒鳴られて、おれは口を閉ざした。なんなんこれ、マジで。
「では判決を言い渡します」
「異議あり!」
「【有罪】。被告人を死刑に処する」
判決が決まったと同時に脇に控えていたモロとワン子がクラッカーを鳴らした。
「……」
「三河死刑囚、最期に何か言い残すことは?」
「なんすか、この茶番」
「羨ましいんだよこのバカ!」
「ほんとビックリしたよ。何で報告とかしなかったの?」
「千、千! お姉様が大変なのよどうしよう!」
終了と同時に詰め寄られて腰が引けた。そういや姉さんがいないが、結局お家に帰ってからなにしてるんだろう、あの人。
「あ、モモ先輩は千を寝取られたショックでゲロ吐いて寝込んでるから来てないよ」
「メンタルよわっ」
というか夫婦や恋人でもないのだから寝取られとは言わないのでは。釈然としないものの半泣きのワン子をなだめる。
「姉さんはおれが何とかしとくから落ち着け。ったく、情けない姉だな……」
「千も失恋しておかしくなってたし、似た者姉弟だろ」
大和が呆れた調子で何か言っていたが、おれの都合のよい耳には届かなかった。
「いや、モモ先輩がああなるのは無理もないよ……何年も片思いしてたんだしさ」
モロが姉さんに同情的のようだった。おれを責めるつもりかとも思ったが、言葉の節々にそういったニュアンスは見られなかった。
「最近は妙に舞い上がってたしなぁ。しかしモモ先輩じゃなくてチカリンに行くとは、ウチの色男はやるねえ」
「うぅ、お姉様。アタシ、恋愛はよく分かんないけど本当にかわいそうだったわ。千、早く慰めてあげてね」
ガクトは嫉妬と祝福半々、ワン子は姉さんが気がかりでそれどころじゃない。
「分からん……どうして人は色恋なんぞに現を抜かすのか……分からん」
「そろそろキャップに性教育した方がいいのかな、でもなー」
キャップは馬鹿なりに必死に考えて頭がおかしくなっており、大和は無関心を装っていてよく分からなかった。
「あー。ちくしょう、羨ましいぜ。チカリンが彼女とか。絶対エロいし、意外と尽くすタイプとみた。毎日のように盛るんだろうなこいつ」
「ちょっと、やめてよガクト。あまり千のそういうとこ考えたくないんだからさ」
「お前は千にどんなイメージ持ってたんだよ。こいつドが三つつくくらいのドスケベだぞ。性欲に関しちゃ俺様より上かもな」
「ガクトと千じゃ全然ちがうんだよ。同じことしてても嫌悪感とか気持ち悪さが。だからこそ、もう少し落ち着いてほしい」
「なんだ。あまり言いたくないが、モロや京は昔の千への思い入れがアレだな」
妖精だった頃のおれが美化されているのはさておき、おれが袋叩きにされるのかと思ったがあまり反発は見られなかった。人望って大事ね。
「もう帰っていい?」
気が抜けたことに加えてリア充の仲間入りをしたおれにはやることがあった。彼女を家に呼ぶために自室に溢れているAVやアダルトグッズを片づけなければいけない大仕事が待ち受けていたのだ。
それに彼女と寝落ちするまでメールや電話をしたり、デートの予習もしなければいけない。かーっ! やることが多くて困っちゃうなー、かーっ! リア充も大変だぜ。
「いやいや待て待て。これから一応大事な話もしなきゃならねえんだ」
慌てた様子のガクトに呼び止められ、それに京が続けた。
「とりあえず、千は小笠原さんと別れなよ」
「は?」
声に出したのはおれではなくガクトだった。一人だけ納得いってない顔をしていたが、突然なに言い出すんだこのキノコ女。
「どうせヤらせてくれる女の子なら誰でもよくて、深く考えずにオーケーしちゃったんでしょ。付き合っても後悔しかしないだろうから、早めに謝って別れなよ」
「いやいや、急になに言ってんだ京」
「なにって、ここ最近メンタルがおかしくなってた千が、斜め上の方向に着地したから矯正しようとしてるだけだよ」
「だからって何でそれで別れさせようってなるんだよ。おかしいだろ」
京とガクトが当事者であるおれをそっちのけで言い争いを始めた。話についていけない。
「何がおかしいの。千がモモ先輩以外と付き合って、今後ギスギスしそうなのをどうにかしようってことでしょ」
「それがどうして別れさせることになるんだよ」
「だって上手くいかないの分かり切ってるし、それなら傷の浅いうちに止めてあげるのが有情かなって」
「だめだ、さっぱり理解できねえ」
何となくだが、拗らせた姉さんが不和の元となりそうなので、それを巡っての方向性の違いで揉めているらしいことは把握した。
と言っても、結局はおれと姉さんの問題なのでおれ以外にどうこうしようがない筈なのだが、どうして揉めているのかイマイチ分からない。そして京にめちゃくちゃ失礼なことを言われている気がする。というか言われてる。
身に覚えがありすぎて反論できないけど。
京はやれやれとばかりにため息をついた。
「ぶっちゃけさ、みんなだって納得行ってないでしょ。モモ先輩じゃなくて、昨日今日知り合った人と付き合うの。モモ先輩なら喜んで祝福できたよ。それなのにどうして? 自暴自棄になってたのなら、うじうじ悩んでないでファミリーの誰かに相談しなよ。どれだけ馬鹿なの」
「私は馬鹿ではございません」
「うるさいよクソ馬鹿」
ちょっと空気を和まそうと茶目っ気を出してみたが、取り付く島もなかった。本気で怒ってるな。最近喧嘩してたのを差し置いても怒ってる。
あまり見覚えがないくらいキレてる京は、他のメンバーにも目をやった。
「モロとワン子もそう思うよね」
「え!? うーんと、えーと」
「……いや、ぼくはそこまで思ってないよ。モモ先輩が元気になって、元通りになりさえすればいいや」
「なんでそうなるかな……ワン子は?」
「あの……あ、アタシはその、千が楽しそうなら別に……お姉様が悲しんでるのはかわいそうだけど、千が選んだことなら応援するわ」
「ダメだね。全然わかってない」
「わかってねえのは京、オメーだろうが」
ガクトが眉を吊り上げながら再度京に食って掛かった。京は不服そうに眼を眇めた。
「わたしが言ってること間違ってる? もし傷心中のワン子がそこらへんのDQNにナンパされて付き合い始めたら止めないの? それでも仲間?」
「ワン子が悪い男に騙されてるなら止める。もちろん千でもな。でも千のカノジョがそういう悪い女か? むしろ羨ましくて千をド突きたくなるくらいエロくて良い女じゃねえか! 俺が彼氏なら自慢しまくる自信があるね」
「これだから下半身で物事を考える男は」
「言ってろ。だいたい今の京こそ、俺様には、千を他の女に盗られて嫉妬してるようにしか見えないけどな」
「は?」
京の表情と声は、虚をつかれた驚きと怒りが入り乱れていて判断に困った。
いつ「やめて! 私のために争わないで!」と介入するか機を窺っていたのだが、場が段々とマジトーンになっていって居た堪れなくなった。
今まで黙りこくっていた大和が口を開く。
「京、落ち着け」
「何なの、大和まで」
京は心外と言わんばかりに視線を送ったが反応は芳しくなかった。
「あのー。小笠原さんは店がウチの近所だから知ってるけど、そこまでワルイ人じゃないと思うわ」
ワン子がおっかなびっくりに言った。
「ぼくはあまり関わりたくないけど、千がいいなら、まぁ大丈夫だと思うし」
視線を合わせずにモロが続いた。
「俺は前々から恋愛は自由だって言ってるし?」
腕組みして頭を悩ませているキャップが喧嘩はよくないと言うが、なぜ揉めているのはまではわかっていないようだった。
「先に言っておくが、もし俺様にカノジョが出来て、そのコをお前らが気に食わないから別れろと言ってきても俺様はカノジョの味方をするぜ。当然だろ、惚れた女を信じたいと思うのはよ」
「……」
「その仮定は無意味だと思うけどね。ガクトに言い寄る女の人なんて宗教勧誘のコくらいだろうし」
「うるせえ! 騙されても良い思い出になるならいいんだよ!」
孤立した京は口を噤んだ。瞳にはまだ何か納得していない感情が見え隠れしていた。
得心がいかない京を気遣ってか、場は漫才でいつもの空気を取り戻しかけようとしていた。
騒動の発端であるおれと、納得のいっていない京とこの場にいない姉さんを置いてではあるが。
「京、このあと少しいいか?」
「……いいけど」
大和が京を呼び出す。それをきっかけに臨時集会は解散になった。
京は大和に任せていいと捉えていいのかな。
「じゃあ、おれは姉さんのケツを叩いてくるわ」
気が進まないけれど、行かないとどうにもならないので重い足を踏み出す。
おかしい、童貞を捨てたかっただけなのに、どうしてこんなことになってるんだ。
ワン子の激励を背にふと後ろめたさが過ぎった。
ネギま……いちご100%……ハヤテのごとく……うっ、くぅ……