アリシアお姉ちゃん奮闘記   作:燐禰

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拝啓:母さん、皆やる気一杯です

 大規模模擬戦が終わった後も、しばらく周囲はお祭りみたいに騒がしかった。それだけ、フェイトの戦闘が与えた影響は大きい。たった一人で50人の魔導師を破る。言葉にすればたった一言だけど、それを実現できる者はこの世界に何人いるだろうか? フェイトはその領域に踏み込んだ……うちの妹半端無いね。

 

 しばらく経って見学者は帰り始め、それから更に少し経って参加者達が訓練場から出てくる。どうやらこれから反省会を行うみたいだ。

 

「あ、フェイト。勝利おめでとう。文句なしのMVPだね」

 

「お姉ちゃん! ありがとう。まだまだ、お姉ちゃんには敵わないけど、頑張れたよ」

 

「……」

 

 会議室への移動の合間に、少しだけ顔を出してくれたフェイトに祝いの言葉を伝えたんだけど……返ってきたのは恐ろしい言葉。まだまだ敵わない? え? ちょっと、何言ってるか分かんないです。

 

 やっぱフェイトは、本気で私の方が強いと思っているらしい。いい加減この認識を改めないと、私のストレスがマッハだよ。

 

「い、いや、流石にもうフェイトの方が強いんじゃないかな? あんなすごいスピード、私じゃとても反応できないだろうし……」

 

「私の事気遣ってくれるんだね。やっぱりお姉ちゃんは『謙虚』で優しいね」

 

「……あ、うん」

 

 駄目だこの妹、話通じねぇ! 違うからね! 今のは謙遜とかじゃなくて、魂の叫びだからね! そんなキラキラした目を向けないで!?

 

 もはやフェイトの異次元フィルターは、解除不可能であると言う事を理解して私が絶望していると、私達の居る場所にレヴィが近付いてくる。そう言えば、最初は騒がしく喋ってたのに……フェイトが活躍した辺りからずっと黙ってたような気がする。

 

「……フェイト」

 

「だから、フェイトじゃなくてへいと……あれ? あってる?」

 

 レヴィが顔を俯かせながら発した言葉。いつもの『へいと』と間違えた呼び方では無く『フェイト』と正しく名前を呼びながら……

 

「凄かったよ。あの魔法……ボクにはあんなスピード出せない。多分、フェイトは今、世界で一番速いと思う」

 

「……レヴィ?」

 

 静かな声だ。だけど、その静かな声には、とてつもなく大きな感情が込められているように感じる。普段は耳にする事の無いレヴィの真剣な声。私とフェイトは勿論、レヴィと一緒にこっちに来た王様やシュテル、ユーリも一言も発さずレヴィの言葉を待つ。

 

 レヴィはそのまましばらく沈黙し、少しして激情の浮かぶ顔を上げ、フェイトの顔を睨みつけながら叫ぶ。

 

「だけど、今だけ、負けを認めるのは今だけだ! 負けない……絶対に負けない! 今はフェイトの方が速い、でも絶対に追いついて、追い越してやる!」

 

「……」

 

 例えるのならそれは宿命のライバルとでも言うのだろうか……レヴィが模擬戦の最中に沈黙したのは、誰よりもフェイトの力を理解したから、今の自分では勝てないと認めたから。

 そして今、ライバルに引き離された悔しさを顔に浮かべながら……強くなると、決意を叫んでる。あまりにも真剣で、そして真っ直ぐな激情。それを受けたフェイトは……

 

「私も、負けないよ」

 

 フェイトは、本当に強くなったと思う。体だけじゃなく心も……少なくとも、前のフェイトならこの言葉を返す事は出来なかったと思う。フェイトは力だけじゃなく『強さ』をしっかりと身に付けた。こりゃ、本当に敵わないかもしれないね。

 

 そしてフェイトは反省会に参加する為に去っていき、その後姿を見送ったレヴィはシュテルの方を振り向いて頭を下げる。

 

「シュテるん、今までボクが報告書遅らせたり、サボったりで……シュテるんには、いっぱい迷惑かけたよね?」

 

「……ふむ」

 

「けど、これからは……サボらないし報告書も遅らせない。もう、二度と……休日に穴埋め出勤なんて、無駄な時間はすごさ無い! だから、えと……」

 

「……謝罪は不要です。その目……労力以上の見返りがありました」

 

 今回のフェイトの戦いはレヴィの心に火を付けた。レヴィは、間違いなく強くなると思う……むぅ、私にもそういうライバル居ないかなぁ? うん、居ないね。王様は、ライバルって言うか相方みたいなもんだし、シグナムはライバルって言うよりはバトル仲間っていった方がしっくりくるね。というか、私と同じ戦闘スタイルの魔導師が居ないよ!

 

「……貴様の妹には感謝せねばならんな。レヴィは、強くなるぞ」

 

「……そだね」

 

「……で? その妹の期待を一身に背負う姉君は、どうするのだ?」

 

 いつの間にか私の隣に居た王様が、どこか試す様な口調で問いかけてくる。

 

「いや、別にどうもしないよ。いつも通りだね」

 

「うん?」

 

「……私の辞書にはさ、不可能って文字は赤の太字で書かれてるけどね……諦めるって言葉は無いんだよ」

 

「……」

 

 そう、別に何も変わりはしない。フェイトがどれだけ強くなって居ようが、私の身の丈に合わないハードルがどんどんでき上がってきても、結局の所私は変わらない。

 

 文句も言うし、肩も落とす。絶対無理だなんて叫びもする。でも、私が足を止める事は無いだろう。私は紛う事無き凡才だ。届かない場所も、立てないステージも山ほどある。だけど……

 

「何も、変わらないよ。どれだけ目の前にそびえ立つ壁が高かろうが、挑み続けるだけだよ。それを、越えられるか越えられないかなんて、壁の前で考えるのはナンセンスだね。私が考えるのは『どうやって壁を越えるか』だけだよ」

 

「……相変わらず、難儀な性格をしておるな。だが、それでこそか……」

 

「と言う訳で、王様。訓練付き合って」

 

「……よかろう」

 

 そう、何も心配する事なんてないよフェイト。私はちゃんと、フェイトが胸を張って自慢できるお姉ちゃんになって見せるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局にある訓練場の一つ、そこで二色の閃光がぶつかり合う。遠目に見てもどちらも確かな実力者と理解出来る二人の魔導師。既にエースとの呼び声も高い高町なのはと、シュテル・スタークスの二人は、激しく模擬戦を行っていた。

 

「今日は、随分と気合が入っているようですねナノハ」

 

「うん。ちょっと思う所があってね」

 

「……フェイトの大規模模擬戦を見て、火が付いたと言う訳ですね」

 

 二人は休憩の為に地面におり、スポーツドリンクを片手に腰を下ろす。シュテルの言葉通り、今日のなのははいつもより気合が入っている様で、訓練に対する熱も普段以上に感じられた。それはやはり親友であるフェイトの、あの強さを目の当たりにした事が原因だろう。強くなったフェイトに影響されたのは、レヴィだけでは無かったようだ。

 

「……うん。思いだしたんだ。まだそんなに昔じゃない筈なのに、いつの間にか忘れてたあの時の気持ち。フェイトちゃんは凄くて、私よりずっと前に居て……それに追いつこうって、頑張ってた時の気持ち」

 

「……」

 

「うん。やっぱり、凄くしっくりくる。私は追いかけられるより、追いかける方が性に合ってるみたいだよ。今度も、ちゃんとフェイトちゃんに追いついてみせるよ」

 

「レヴィの激情とはまた違う。静かながらも炎の様な向上心……私も負けてはいられませんね」

 

 やる気に満ち溢れているなのはを、シュテルは好ましく感じながら見つめる。彼女にとって、なのはは友であると同時に生涯の好敵手でもある。そんな相手がより高みへと登ろうとしている姿は、彼女の心にも炎を灯してくれる。

 

「まぁ、教導官試験も近いし、そっちの勉強もしなくちゃだけどね」

 

「そう言えば、ナノハ。教導官となり正式に管理局へ進路を決めるのであれば、やはりこちらに住んだ方が色々と都合が良いのでは?」

 

「う~ん。確かにそうなんだよね。はやてちゃんもその内ミッドに引っ越すらしいし、フェイトちゃんもこっちで部屋を買ったみたいだしね。まだしばらくは地球から転送ポートを経由して通うつもりだけど……中学校卒業したら、私もこっちに住もうかなって思ってるよ」

 

 現在なのはと八神家の面々は地球に住んでおり、そこからミッドチルダに通っている。フェイトも以前は地球に住む事になったハラオウン家の面々と一緒に暮らしていた。現在は姉であるアリシアが、あくまでハラオウン家とは友人関係であり家族では無いと地球に移り住む気が無い為、アリシアと一緒に暮らしたいフェイトはミッドチルダから地球の学校に通うと言う形式を取っている。

 

 なのはも現状では地球からミッドチルダに通っているが、シュテルの言う通り完全に将来の進路を管理局員へと定めるのであれば、いずれミッドチルダに拠点を持った方が都合が良い。家族が心配する事もあり、すぐにこちらで一人暮らしと言うのは難しいだろうが、中学校を卒業する頃にはこちらに移り住む予定で、家族の了承も既に得ていた。

 

「成程……では、一つ提案があるのですが」

 

「うん?」

 

 なのはの説明を聞きシュテルは納得したように頷き、それを確認してなのははスポーツドリンクを飲み始め……シュテルの発した言葉を聞き、それを全部噴き出した。

 

「貴女さえよろしければ、その際には私と一緒に住みませんか?」

 

「ぶぅっ!?」

 

「大丈夫ですか? 疲労している体で一気に飲んでは危険ですよ」

 

「げほっ、げほっ……しゅ、しゅしゅしゅ、シュテル!? い、いいい、一体何を?」

 

「いえ、ですから疲労時に水分を摂取する際は……」

 

「そっちじゃなくて!?」

 

 シュテルが発した言葉は、なのはにとっては予想外も良い所であり、なのはは顔を茹でダコの様に真っ赤にしながら慌てて聞き返すが、相も変わらずシュテルは全く分かっていない様子だった。

 それでも少しどこか期待の様な感情を抱いてしまうのは、乙女心からだろうか? 少なくとも、シュテルが今までそういった提案をしてくる事は無かった。食事等誘えば付き合ってくれるが、あくまで誘うのはなのはからばかりであり、シュテルからなのはに対しての好感度がいまいち分からなかった。

 

 シュテルは自分の発した言葉を曲げる様な人物ではない為、以前なのはと友人になると宣言したから誘えば付き合ってくれるだけで、そこまで親しいとは思われていないのではないかと不安に思う事もあったが、こうした提案をしてくると言う事はシュテルの方も多少なりとも……

 

「そっちじゃない? ああ、成程。ほら、教導官となった後はコンビを組む約束ですし、それなら同じ拠点で暮らした方が何かと都合がよいでしょう?」

 

「……ア、ハイ」

 

 しかしやはりシュテルは、シュテルだった。何事もあくまで効率的に……そう、この提案もあくまで教導効率を考えての提案だった。

 なのはも分かってはいたが、少し肩を落としてしまうのは仕方がない事と言えるだろう。

 

「……都合が悪い様でしたら、無理にとは言いませんが?」

 

「ううん! 平気だよ。私もいきなり一人暮らしは、少し不安だったし、シュテルが一緒なら安心できるよ」

 

 なのはが肩を落としている様子を見て、シュテルは先程の提案に乗り気ではないのかもしれないと考えて問いかけるが、なのはは慌てて首を横に振りながら言葉を返す。

 勿論それは本心だ。一人暮らしをするより、しっかり者のシュテルが一緒の方が安心感がある。提案自体は非常に嬉しいものだ。そう、あくまでなのはが、シュテルに好かれているかもしれないと期待し過ぎただけ……

 

「それは良かった。貴女と共に居る時間は、楽しく感じておりますし、提案を受け入れてくれた事に心からの感謝を」

 

「ふぇっ!?」

 

「まだ先の話ではありますが、よろしくお願いします……おや? ナノハ? 顔が赤いですが?」

 

「にゃっ!? なんでもない!?(ど、どうしよ! 嬉しい……シュテル、私と一緒に居て楽しいって思ってくれてたんだ。うわ、ちょっと、本気で嬉しい)」

 

「そうですか? 体調が悪いようなら、無理せず申告してくださいね」

 

 なのはは今までシュテルにどう思われているか、ちゃんと以前より仲良くなれているのか不安に感じている部分があった。しかし今の発言とシュテルの表情を見る限り、少なくともなのははシュテルにとって一緒に居て楽しい存在と認識されている事が分かった。

 

 その後、再会した模擬戦。なのはは終始嬉しそうな表情を浮かべており、時折シュテルに心配される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳でね。閃光系魔法使える様になったんだけど、なんか良い練習方法無い?」

 

「……それを、わざわざ聞きに?」

 

 リニスと契約したお陰で、私は閃光系魔法の補助を受けられるようになった。それは大きな利点だし、そっちの方を伸ばしていこうと思うんだけど、それにあたって一つの問題がある。

 閃光系魔法はリニスの得意魔法だから、リニスに教わるのが一番良いんだけど……リニスとは夢で話が出来ると言っても、一日一時間程度だし、夜寝るまで話が出来ないので疑問をすぐに尋ねる事が出来ないのと、夢の中ではすぐに実践できないと言う部分がある。

 

 となればせめて誰か一人閃光系魔法が使える人で、定期的にアドバイスが貰えそうな人物を確保したいと思ってこの場に来ていた。

 

「うん。王様が閃光系魔法については、自分より詳しいだろうって」

 

「確かに、ディアーチェは暗黒魔法を得意としているし、私の方が得意と言えば得意だけど……専門と言う訳じゃないんだけどね。まぁ、私で力になれるなら、いくらでも相談に乗るよ」

 

「ありがと~」

 

 私の言葉を聞いて苦笑する女性。その首と両手両足には魔力を抑え、緊急時に拘束具となるリングを付けており、どうしても囚人と言う風に見えてしまうが、実際の所間違っては無いんだろうね。

 

「にしても、相変わらず不便そうな格好だね」

 

「不便は不便だけど、仕方がないさ。私は『闇の書事件の主犯』な訳だし、むしろこの程度で済んでいるのはリンディ提督達が尽力してくれたおかげ、感謝しているよ」

 

「私がはやてから聞いた話だと『主犯だって主張して罪を一人で被った大馬鹿』って事だったけど?」

 

「あ、あはは……まぁ、あと数年辛抱すれば、色々と制限は付くけどある程度の自由は与えてもらえるんだし、私に不満は無いよ」

 

 そう、かつて地球で起こった闇の書事件は『主犯の逮捕』と言う形で解決を迎えた。そして今、私の目の前に居るのは、その主犯として管理局の軌道拘置所に収容されている人物で、今は面会中だ。

 大きな事件の主犯だけあって、厳重に拘置されているけど、今までの態度から更生の余地ありと評価を受けており、あと数年経てば嘱託職員として管理局に従事する事を条件に、ある程度の自由が約束されることになっている。その話ははやてが嬉しそうに何度も話してきたので、もう耳にタコが出来てるよ。

 

「はやて、嬉しそうだったよ。それに合わせて自分達もミッドチルダに移り住むって、これで家族が全員揃って一緒に暮らせるんだって……」

 

「……ディアーチェにも改めてお礼を言わなくちゃいけないね。彼女のお陰で、今の私がある様なものだし」

 

「王様はツンデレだから、どうせ『ふん、ユーリを救うついでに、あまった制御プログラムを流用しただけだ』とか言いそうだ」

 

「はは、確かに言いそうだね。」

 

 はやての名前を聞き、女性は心から嬉しそうな顔で笑う。私は当時その場に居た訳じゃないので、あくまで聞いた話にはなるけど、この人も色々と大変な思いをした人物で、本来なら消滅している筈だった……彼女自身消滅するつもりだったらしい。

 だけど王様とはやてがそれを許さず、U-Dと言うシステムに使った制御プログラムを流用、改良してその問題を解決してしまったって話だ。

 

「……償わなくちゃいけない罪が沢山あって、返さなくちゃいけない恩も同じ位あって……難しいけど、これが生きるって事なんだろうね」

 

「そうだね。生きるってのは難しいものだよ……」

 

 全てを捨て消滅する道から外れ、多くのものを背負いながら歩く事を決めた女性は苦笑する。生きると言う事を実感し始めた彼女は、もう人間と呼んで構わないだろう。

 人生に選択肢はいっぱいあって、選んだものが全て正解なんてのはあり得ない話だけど……この人の選んだ道は間違いでは無かったのだと私は思う。

 

 少なくともその選択のお陰で……そう遠くない未来、彼女の待つ家族の元に……再び祝福の風は吹くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




謎の女性……一体何者なんだ?



フェイトの影響

レヴィ:【強化フラグ】ライバルの活躍で火が付き、以後は仕事も真面目にこなすようになる

なのは:【強化フラグ】フェイトの影響で訓練に熱を入れる

シュテル:【強化フラグ】なのはがやる気を出したので、同様に訓練に熱を入れる

お姉ちゃん:【平・常・運・転】特に変化なし

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