パッと見るだけで豪華だと分かる広い部屋。窓からは絶景と言える景色が広がっている。そんな普段はそうそう来ない高級ホテルに私、フェイト、王様、ユーリの四人が来ていた。
「でも、ディアーチェ。私まで一緒に来ても良かったの?」
「レヴィが自業自得ではあるが、貯め込んでいた仕事のせいで今日も出勤になった故、空きができた」
「そうそう、そもそも。王様が私に負けたから、デザートバイキングに来てるんだし、遠慮する必要はないよ」
「ぐぬ……」
そう、以前王様が私が勝ったらデザートバイキングに連れて行ってくれると言った件で、私が勝利した。王様は約束はちゃんと守る人だから、予約してくれて今日連れてきてくれた。レヴィは残念ながらさっき王様が言った様に休日出勤で、半泣きになってたらしい。で、予約枠が空いたので、王様がフェイトを連れてくればいいと言ってくれて、フェイトもうまい具合に有休が取れてこの場に居る。勿論王様はシュテルも誘ったみたいなんだけど、何か先約があるとかで出かけちゃったみたい。
「ディアーチェ、あまり単独での戦闘に向いてないんだから、お姉ちゃんと一対一で戦うのは無謀だよ。せめて5対1くらいで戦わないと……」
「あ、あぁ……そうだな」
「……アリシアさん、大変ですね」
「……ホントね」
クソ真面目な顔で王様に話す我が妹を見ながら、私は大きなため息を吐く。どうやらフェイトの中では、私は王様を遥かに上回る強者にカウントされているらしい。2000敗以上してる私に何言ってんだこの子……
いやもう、ある意味いつも通りのフェイトに苦笑しながら、バイキングが始まるまでの時間に席を確保したりして待つ。
どうやら私達はかなり早く到着したみたいで、窓際の良い席を確保する事ができた。6人用テーブルだけど、完全予約制のバイキングなので相席になるほど埋まる事は無いから安心だ。景色を眺めつつ、順々に埋まっていく席を見ながら雑談をしていると……聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、もう良い席は埋まっているね」
「ええ、ですが十分空きは……おや?」
「うん?」
聞き覚えのある声と共に、まるで姉妹の様に似た二人が歩いてきて目が合う。少しの沈黙、驚いてる凄く見覚えのある二人。
「……なのは?」
「それに、シュテル。どうしてここに?」
硬直する空気の中で、フェイトとユーリが呟く。なのはは少し青ざめた顔をしているが、シュテルの方は全く気にした様子も無く口を開く。
「いえ、以前からナノハに誘われておりまして、休みを合わせて来ました。成程、ディアーチェ達が出かけると言っていたのはここでしたか……でしたら、初めから同行すれば良かったですね」
「……へぇ、なのはが誘ってねぇ~」
「え? あ、えと……アリシアちゃん?」
「さあ! 丁度ここ二席空いてるし、折角会ったんだから座りなよ。ほら、なのは、私の隣空いてるよ」
これは何とも面白そうな場面に遭遇した。ちょっと意外な組み合わせではあるけど……成程ねぇ、それで最近シュテルが教導官資格の勉強だとかしてたんだ。
今私達が座っている席には、私とフェイト、王様とユーリが向かい合って座っており、私は笑みを浮かべながら隣の席を叩く。
「あ、い、いや……私は、ディアーチェの隣に……」
「失礼します、ディアーチェ」
「うむ」
「あ、ちょっ!?」
私の好奇心満々な気持ちを察したのか、なのはは私の隣に座る事から逃げようとするが……そんななのはの心境を全く理解して無いシュテルが、さっさとディアーチェの横に座ってしまう。
もうこれで別の席に逃げる事も出来なくなり、なのははガックリと肩を落としながら私の隣に座る。そんななのはの肩に手を回しながら、私は笑みを浮かべて呟く。
「ごめんね~なのは。折角の二人っきりを邪魔しちゃったかな?」
「ふぇっ!? い、いや違うから、そう言うのじゃないからね!?」
「そう言うのってどうゆうのかな~? 他の人を誘わず二人で休み合わせてきてるのに~?」
「あぅ、あぅぅ……」
私の言葉を聞いて、なのはは面白い位に慌てふためき、顔を真っ赤にして俯いてしまう。う~む可愛い。確かにそう言う、色恋沙汰とか苦手そうな雰囲気あるけど……ここまで分かりやすく慌てると、それは非常に面白い。
「お姉ちゃん。あまりなのはをいじめないであげてよ」
「……フェイトちゃん」
「別になのはとシュテルは最近、なのはが誘って一緒にご飯いってたり、一緒に執務官資格の勉強したいって誘ったり、前に病室でりんご食べさせてって甘えてたぐらいで……別におかしい所は無いと思うよ」
「フェイトちゃん、それフォローじゃないからね……トドメだからね……」
流石高速機動型魔導師。私ですら寒気のする急所への一撃……私から初めといてアレだけど、なのはがちょっとかわいそうになってきた。まぁ、止めるかどうかは別として……
結局なのははバイキングが始まるまで、アリシアにいじり倒され、真っ赤な顔で机に伏していた。
デザートバイキングが始まると、それぞれ好みのものを取りに移動し、順々に席に戻ってくる。ビターなものが好みのディアーチェは甘さ控えめのチョコレート菓子を数点。果物が好きなユーリはタルトを二つ。普通に甘いものが好きななのはとフェイトは、それぞれケーキを一つ。食べる事にも効率を求めるシュテルは、一口サイズの焼き菓子を数点と、それぞれ個性に合わせたものを選んでくる。
「……あれ? お姉ちゃんは?」
「……あそこだ」
アリシアがまだ戻ってきていない事に首を傾げるフェイトに、ディアーチェが遠方を指差し、全員の視線がそちらに向く。視線の先では焼き菓子のライブクッキングをしており、アリシアがパティシエに話しかけていた。
「おぉ~凄い! 精巧な技術って感じですね~」
「分かるのかい? お穣ちゃん」
「ええ、カッコイイですよ」
「ははは、可愛い子にそう言われると照れてしまうね。っと、ほら出来たてだよ」
「やった~ありがとう!」
パティシエの男性は明るく話すアリシアに笑顔で答えながら、出来あがったお菓子の中でも一番良くできたものをアリシアに渡す。
「アリシアちゃん、もう仲良くなってる」
「……彼女の社交性は凄まじいの一言ですね」
「黒ひよこも、あそこまでとは言わんが……少し見習うべきかもしれんな」
「あはは、返す言葉も無いよ」
その男性だけでなく、ウェイターの女性などとも楽しそうに会話しているアリシアの姿。マッハで打ち解ける才能とすら言える社交性を見て、5人は苦笑する。
アリシアはあちこちで雑談をしている様で、戻ってくるまではもう少しかかると思い、5人はそれぞれデザートを食べながら言葉を交わす。
「そう言えば……もうすぐ奴の結婚式だな」
「うん。来月だね」
「私の所にも招待状が来てたよ。楽しみだね」
五人の話題の中心は、間もなく結婚式を行うクロノとエイミィの件。当然アリシアを含めて全員招待状は貰っており、その日を楽しみにしている。
式は色々と相談した上、出来れば身内のみでと言う事で地球でとり行う事になり、今頃現地の関係者は忙しくしている事だろう。
「でも、こうして機会があると……何も変わってないようで、着実に変化してると実感しますね」
「そうだな。出会いを昨日の事に思い出せる反面、変化もまたすぐ訪れた様に感じるな」
「出会いか……懐かしいね。フェイトちゃん」
「うん。クロノと出会った日の事は、今もしっかり覚えてるよ」
どこかしみじみした様な会話と共に、この中でクロノと一番早く出会った二人……なのはとフェイトは、かつての出来事をそっと頭に思い浮かべる。
ジェエルシートを前にして対峙するなのはとフェイト、そしてその場に横やりを入れて現れるクロノの姿。なのはとフェイト……その両者の間に佇む様に現れた貫禄すら感じる姿。
黒いバリアジャケットに包まれ、幼さを残しながら鋭さがある顔……
現れたその男は――マッスルだった。見る人が見ればキレてると叫びたくなるバンプした上腕二頭筋。アップの効いた黒光りする三角筋。
魔導師……その言葉と相反する鍛え上げられたバルクは、正しく時代への反逆と言えるだろう。そう、その男は――マッスル……
「お姉ちゃん……変なナレーション入れて、クロノをマッチョにしないで」
「いや、何か湿っぽい空気だったんで、つい」
「ぷっ、くく、ふふ……」
そしてやはりシリアスな空気を台無しにしたのは、アリシア・テスタロッサその人だった。フェイトは呆れた様に溜息を吐き、なのはは口元を抑えて肩を震わせる。
「なのはには、受けたみたいだよ」
「ふふふ、だ、だって……顔はそのままで、筋肉モリモリのクロノくん想像しちゃって……あはは……」
どうやら先程のアリシアのナレーションは、なのはのツボに入りこんだ様で、なのはは目に涙を浮かべる程笑いを堪えている。
「もぅ、なのは……」
「ごめん、ごめん」
「その男は、マッスルだった!」
「ぶふぅっ!? アリシアちゃん、もうやめ、あははははは……お腹痛い」
何とか持ち直そうとしたなのはの耳元で、アリシアの追い打ちが炸裂。限界となったなのはは、思いっきり笑い転げる。
なのはが収まるまで数分をかけ、アリシアは持ってきた大皿を置きながら席に着く。
「おい、チビひよこ……なんだその山は……」
「え? ほら、パティシエさん達がいっぱいくれたし」
アリシアが置いた皿の上には、山の様にケーキやら焼き菓子やらが積まれており、その量は今まで五人が食べた合計よりも多かった。
それに唖然とするディアーチェを尻目に、アリシアは次々デザートを口に運んでいく。
「いや~可愛いとこう言う時得だね。や、別に食べ放題なんだけど……う~ん。でもさ、冗談は抜きにしても……私ってそこそこ可愛い顔してると思わない? ねぇ、フェイト」
「世界一だと思う!」
「……あ~ごめん。聞く相手間違えた」
「え?」
あっさりと先程までの話題を変え、おどけた様に告げるアリシアの言葉。フェイトが目を輝かせながら即答するが、アリシアは呆れた表情を浮かべて聞く相手を変える。
「どう思う? 王様」
「うん? まぁ、顔だけなら整っている部類だろう。喋ると台無しだがな」
「なんだ王様と一緒か」
「よし、貴様叩き潰して……いや、我が悪かった。だからその凶器を降ろせ黒ひよこ」
いつものアリシアの軽口に、ディアーチェは即座に食ってかかろうとしたが……直後首の少し前にフォークが付きつけられているのと、それを構えているフェイトを見て即座に謝罪する。
そしてその行為で、丁度スイッチが入ったのか……そこからシスコンは多いに甘えて、イチャついた。
「お、コレ美味しいよフェイト……ほら、あ~ん」
「あ、あ~ん。お、お姉ちゃんもどうぞ……」
「あ~ん」
仲睦まじく、互いに食べさせ合う二人の姿は微笑ましく映るかもしれない。アリシアの前に空の大皿が10以上重なってなければ……
ただ、なのはは羨ましくなった様で……少し考えてから勇気を振り絞り、対面のシュテルに話しかける。
「……あ、シュテル。コレも美味しいよ……た、食べてみる?」
「結構です。栄養バランスの観点から、これ以上食すつもりはありません」
「……あ、はい」
そしてそれは速攻で却下され、なのははガックリと項垂れるが……意外な所から助け舟が現れた。
「なのはは友達と美味しいのを共有したいんだよ。ミニケーキ一つ分位、シュテルなら簡単に調整できるでしょ?」
「……成程、そう言った考えには至りませんでした。友人の願いを無碍にする所だったとは……感謝しますアリシア。ナノハ、身勝手ですがやはり頂いてもよろしいですか?」
「あ、うん! どうぞ」
アリシアが出した助け船により、シュテルは先程の言葉を撤回。そして更にアリシアが巧く誘導し、なのはが手を添えて出したミニケーキは、シュテルの口に入る事になった。
まさかあれだけ自分をからかっていたアリシアが、自分を助けてくれるとは思っておらず、なのはは感動した様な視線をアリシアに向ける。
「えっと、なのはとシュテルのイチャラブと……映像保存完了」
「……え?」
「後ではやてに送って上げよ~っと」
「ちょっ、ちょっと!? アリシアちゃん!?」
感動したのも束の間、アリシアはどうやら今のシーンを録画していたらしく、保存したそれをあろう事かはやてに送りつけようと画策している。当然そんな事をされる訳にはいかず、なのはは必死に周囲を見るが……フェイトは、もう完全に蕩けた顔で甘えているので無理。ディアーチェは先程の件を思い出したのか、なのはから目を逸らす。ユーリは全く状況が分かってない様で、アリシアに「どんな映像ですか?」とか尋ねている。
そうなるともう頼れるのはシュテルだけで、なのははシュテルの方に視線を向けるが……
「来られなかったハヤテの為になら、食べ物の映像の方が……いや、それでは嫌味になりますね。アリシアのものが最善ですね」
「全く分かってない!!」
「あはは、冗談冗談。そんなことしないよ。はい、なのは……マスターデータ送っとくね」
「ふぇ?」
どうやらシュテルはこの場にこれなかったはやての為に、アリシアが現場の様子を送ろうとしたのだと勘違いし、なのはは誰も味方がいなかった事に絶望する。しかしアリシアはあっさりと映像のデータをなのはに送り、なのはの目の前で自分の端末のものは削除する。
「じゃ、後はご自由に……消すのも……鑑賞するのも~」
「ッ!? もう、アリシアちゃん!!」
「あははは」
デザートバイキングの会場に、なのはの叫びが木霊した。
そしてアリシアが食べた大皿が、30枚を越え全員が目を丸くしたのは……また別の話。
なのシュテである。
そしてフェイトは安定のシスコン。