報告が予定より少々長くかかり、なのは、フェイト、はやての三人は逸る気持ちで地上本部に移動する。いや、逸る気持ちなのは、姉が心配なフェイトと命の危険を感じるはやてであり、なのはは未だ、二人より遅れてついていっている。
「……(早い。早いよ二人共……さ、最近ちょっと体力付いてきたと思ったのに、まだまだかなぁ? あ、そう言えば、デザートフェアって週末までだったよね? 二人とは休み合わなかったし、シュテル誘おうかなぁ)」
そして早歩きの二人についていきながら、全然関係ない事を考えていた。
本局から地上本部訓練場への道はそれなりに距離があり、三人が訓練場に辿り着くと、観戦スペースは静かなもので、強化ガラスの前にはヴィータとヴァイスの姿があった。
「ヴぃ、ヴィータ! どうなった!?」
「……」
はやてが慌てた様子でヴィータの元に駆け寄るが、ヴィータは沈黙したまま。乱入等をしていないと言う事は、やばい事態にはならなかった筈だが……
そして沈黙の中で、独り言のようにヴァイスが口を開く。
「……すげえ」
「「「え?」」」
「パワーもスピードもテクニックも、シグナムの方が圧倒的に上だ。なのに、なのに……やりやがった」
「「「!?」」」
ヴァイスの呟きに三人が首を傾げ、直後にヴィータの呟きを聞いて、驚きと共に三人も訓練場を覗き込む。訓練場は大きな煙に包まれており、次第にそれが晴れて来ると大きな声が聞こえてきた。
「やっっったあぁぁぁぁぁ!!」
煙が晴れ三人の視界に映ったのは、微かに涙を流しながら、両手を天に突き上げて咆哮しているアリシアと、地面に倒れているシグナムの姿であり……それがどういう結果かすぐに理解する。
「ほ、ホンマに勝ったんか!?」
「シグナムさんに勝つなんて、アリシアちゃん。凄いね」
「……お姉ちゃん」
三者三様の驚きの声を上げるが、そこではやてはある事実に気が付く。アリシアは……泣いている。誰がどう見ても嬉し涙だが、泣いている。それが意味する所を考え、はやての顔はどんどん青ざめていく。
普通ならこれは嬉し涙で、先の話はなしになる筈だが……フェイトがどう判断するか分からない。はやては青ざめた顔で恐る恐る隣に視線を動かす。
「って、あれ? フェイトちゃんは?」
「え? さっきまでここに……」
いつの間にか隣に居たフェイトが消えており、なのはとはやてはキョロキョロと視線を動かす。すると『訓練場の中から』声が聞こえてきた。
「お姉ちゃあぁぁぁぁん!」
「うぉっ、フェイト!?」
「はっやっ!? いつの間に、移動したんや!?」
観戦スペースから訓練場内に移動するには、一度外に出て別の入り口から入り直す必要がある。広い訓練スペースなので、移動にはそれなりに時間がかかる筈だが……フェイトは正しく閃光の如く移動し、アリシアに飛びついていた。
あ、ありのままに今起こった事を話すぜ。私はシグナムとの戦いに勝利し、地面に着地したと思ったら、横から飛びつかれて吹き飛んでいた。な、何を言ってるかわかんねぇと思うが、私も何をされたのか分からなかった。てか、フェイト本当にどこから現れたの!?
「お姉ちゃん、凄い! シグナムに勝つなんて本当に凄いよ!」
「あはは、お姉ちゃん頑張ったでしょ?」
「うん!」
まぁ、フェイトが可愛いし、胸の感触が柔らかくて素敵なので気にしない事にしよう。いや、それにしてもギリギリだったね。しばらく足に力入らないや。
「……やっぱり、お姉ちゃんは、私の予想なんて簡単に越えて行くんだね。まさか、もう『私やなのはよりずっと強くなってる』なんて思わなかったよ。やっぱり、お姉ちゃんは凄い!」
「ファッ!?」
何言ってるんだ? うちの妹……なんで人が苦労して、本当に苦労してハードル越えたら、更に倍位高いハードル用意してくるの!? その内、私が世界最強だとか言い始めるんじゃなかろうか……や、マジ勘弁してください。
「あ、そうだ! お姉ちゃん怪我してない!? どこか痛かったり……」
「いや、非殺傷なんだし怪我はしてないけど、まぁ節々は流石に痛いね……え?」
心配するフェイトに対して、出来るだけ明るく答えたんだけど……その直後フェイトの姿が消える。あ、あれ? どこ行ったんだろ?
そして数秒後、フェイトは再び目の前に現れた……シャマルを抱えて。
「シャマル! お姉ちゃんの治療を!!」
「……あ、あれ? 私今、休憩に入って、はやてちゃんの言葉が気になったから、訓練スペースに向かってたのに……何でもう居るのかしら?」
「はやく! お姉ちゃんを!」
「あ、はい!?」
拝啓、母さん。うちの妹、どんどん速くなってるんだけど……と言うかそろそろ、人類の限界を越えた速度で動きそうなんだけど……
フェイトの剣幕に押されながら、シャマルは慌てて私の方に治療をしようと歩いてくる。
「あ~私は、後で良いよ。先にシグナム見てあげて……うちの妹が、ごめんね」
「分かったわ……フェイトちゃん、以前より倍ぐらい速くなってない?」
「なってるよ。てか、倍じゃ済まないかも……」
シャマルには先にシグナムを見てもらう。と言うか魔力ダメージで怪我なんてないんだから、大丈夫なんだけど……過保護な所は母さんに似てるね。てか、やっぱり、私よりフェイトの方が母さんに似てない?
そしてシャマルの気付け魔法でシグナムが目を覚まし、なのはとはやて、後ヴィータと……ヴァイスくんだったっけ? 四人が歩いてくる。そしてそれぞれ一言二言労いの言葉をかけてくれ、あんまり話した事無いヴァイスくんが少し興奮した様子で話しかけてきた。
「いや~凄ぇ戦いを見せてもらいました。シグナム姐さんとの試合運び、勉強になりました『アリシアの姐御』!」
「ファッ!?」
おいこら、どういう事だ? こんな愛くるしい美少女捕まえて、そんな物騒な呼び名を付けるなんて。舎弟か? 舎弟なのか? じゃあ、焼きそばパン買ってこい。
「了解っス!」
「いやいや、本当に行かなくて良いからね!?」
私の冗談を真に受けてダッシュしようとしていたヴァイスくんを止める。てか私たぶんヴァイスくんより年下だよね? いや、まぁ本人が良いならそれでいいけど……
そして少し呆れている私の元に、シグナムが歩いてきて握手を求める様に手を伸ばす。
「素晴らしい戦いだった。私も色々と勉強できた……出来れば、また剣を交えたいものだな」
「こっちこそ、いつでも受けて立つよ!」
「そ、そうか! では、さっそく今から、再戦を……」
固く握手を交わしながら、シグナムが凶悪に見える笑みを浮かべながら告げて来る。うっわ、この人マジモンのバトルマニアだよ。ホント困っちゃうよね。私なんてシャマルのお陰で少し回復したとは言え、魔力殆ど残ってないんだから。
「ちょお、シグナム。無茶を……」
「よっし、やろう!」
「ほら、アリシアちゃんも困って……やるんかい!?」
やれやれ、さっき以上の逆境じゃないか……この全然万全じゃない状態で、シグナムと戦うなんて……超燃える展開だね! 才能の差が、戦闘力の決定的な差ではないと教えてえ上げよう。
あの後シグナムと決着の早いポイント制で5戦して、王様への報告があるからと、皆と別れて本局の廊下を進んでいた。
「おう、さ、まぁあああああ~」
「ぬぉっ!? なんだ、貴様! どこから沸いた!?」
前方に歩く王様を発見したので、助走つけて飛びつく。後ろからおんぶみたいな形で抱きつき、王様の首筋に顔を埋めながら言葉を続ける。
「王様、勝ったよ~」
「分かったから、ひっつくな! お、おい!? どこに手を入れておる!」
「うっわっ!? 王様の肌、すべすべだ!」
「こ、こら! き、貴様……いい加減に……デモンズゲイト!」
「ぎにゃあぁぁぁ!?」
調子こいてたら、詠唱省略した暗黒魔法で壁に叩きつけられた。くっそ痛い。もうちょっと優しく引き剥がしてくれてもいいのに……いや、でも、本当に王様の肌すべすべだったなぁ。栄養バランス良い食事に、美容にもやっぱり気を付けてるのかな? 流石だ。
「うぅ、王様のいけず……」
「黙れ! 盛りのついた犬か貴様は!!」
「え? 子犬みたいに可愛いって?」
「……一度死なねば、その馬鹿は治らんらしいな……」
いつも通り、王様と会話のドッジボールを交わした後で、簡単に今回の顛末を説明する。ガチのノックダウン制で何とか勝利をおさめた事。その後のポイント制でも3;2で勝ち越した事。これで第一の関門を突破できたので、正式に局員を目指す事。
王様は私の報告に何度か頷いた後、軽く微笑みを浮かべる。
「一先ずは、よくやったと褒めておこう。貴様の努力が報われたな……我も己の事の様に嬉しく思う。良く頑張ったな、アリシア」
「ふぇ!? あ、ああ、うん。あ、ありがと……」
「……どうした?」
「ど、どうもしないもん!」
あ、あれ? 何だろうこれ、上手く喋れないし、何か顔が熱い気がする。ちょっとアタフタしている私を、王様はしばらく眺め、何かを思いついた様に尋ねてくる。
「……貴様、もしかして……褒められて、照れているのか?」
「ち、ちげぇし! そんなんじゃ、ないし!」
「思い返してみれば、以前ユーリに褒められた時も、目線を逸らしておったな。それに我が遠回しでは無く褒めたのは初か……普段茶化すように自分を可愛いとか言ってるのは、逆にそう言われない為か……」
「だ、だから、そう言うのじゃなくて……」
まずい、これは不味い。いらんとこに気付かれた。フェイトの賞賛は身の丈に合ってないレベルなので、恥ずかしいと言うより呆れる方が多いし、妹だから尊敬されるってのはちょっと嬉しかったりもする。
でもあくまでそれはフェイトのフィルターで見ている結果であって、私自身が褒められる様な要素は全く……
「なんだ……可愛い所もあるではないか」
「にゃっ!? ち、違っ……ほら、私生意気でお調子者だし、可愛いとかそんなの無いって」
「まぁ、それは確かに」
「そこは否定しろよ!?」
ぐぅ、この流れはやばい。いつもと攻守が逆転してるってか、全然思考に余裕がない。あかん。これ後で思い出して身もだえするやつだ。
私が引き続き混乱していると、王様は優しげな笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
「だか、そんな所も含めて……お前の強さは、心から尊敬している」
「あうぅぅ……」
「く、くく、ははは」
「王様!」
「すまん、すまん。いつもとのギャップが面白くて、ついな」
今まで見たことない様な笑顔で笑ってやがる。むぅ、このままで良い筈がない。なんとか、何とか逆転しなければ……
必死に頭を回転させ、ひたすら打開策を考える。今の流れで何と言おうと、王様は私を褒めてくるだろう。それは駄目だ……恥ずかしい。よっし、あの手だ。覚悟しろ王様。
「すぅ~」
「うん?」
「誰か~! 貧乳ツートンが、私の貞操を狙って襲いかかってくる~!」
「お、おい、貴様何を……」
思いっきり大声で叫ぶと、廊下を歩いていた何人かの局員が振り返り、その視線が私達に集中する。
「私の体が欲しいとか言って、迫ってくる~!!」
「なにっ!? ま、まて、我はそのような事は……」
「ぎゃ~肩を掴まれた! 押し倒される~!」
「いい加減にしろ貴様! 我を社会的に殺す気か!?」
数人の視線が注がれて、先程のとは逆に王様が慌てふためく。ふふふ、私をいじろうとするからこうなるんだ。よっし、このままさっきの分も取り返すぐらい……
「デモンズゲイト!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」
しかし例の如く私は物理で黙らされ、昼下がりの本局に、私の叫び声が木霊した。
予定通り、次回よりアリシアは局員を目指します。
残念ながら既に言っている>世界最強。
アリシアは自分で茶化す分には問題ないですが、褒められるのが苦手で、すぐ真っ赤になります。