□主人公視点
六月末。
おでん屋からクレープ屋に屋台を変える。この時期になると、中忍試験にあわせて知らない人間もチラホラと見えるようになる。
人も多くなるから、片手で移動しながら食べられるものの方がよく売れる。
「すみませんお姉さん。その、チョコバナナクレープってやつ一つ貰える?」
『はい、かしこまりました』
タイムリーに現れたのは、砂の里の額宛をして四つのボンボンを頭に付けた、大きな扇を持った少女。テマリちゃんか。忍びと言っても女の子。
甘いモノの誘惑には勝てないのだろう。
『はい、お待ちどうさまです』
「ありがとう」
『彼処に居るのはお連れさんですか?』
「え、……って、カンクロウ! すみません、お姉さん。お代ここに置いておきますね」
カンクロウ君がぶつかった木ノ葉丸君たちに絡んでいた。
コレは、まずい。何がまずいかと言うと木ノ葉丸君は今や“木の葉のジェイソン・ボーヒーズ”。ジェイソンが使うのはチェーンソーではなく鉈だというのは置いておいて、木ノ葉丸君は私が教えた技を見事吸収してしまった。いやはや猿飛の血筋は恐ろしい。
本職でない私が教えてもここまで伸びるのにアカデミーは何をやっているのか? 木登りの修行までくらいはやらせてもいいと思う。
木ノ葉丸くんに教えた技は発動範囲こそ短いが当たれば致命打に成りかねない。
木ノ葉丸君はまだアカデミー生。中忍や上忍なら問題ないと思うが下忍なら“油断していた”なんていう事もあるだろう。
「ジェノサイド・チェーンソー!!」
「うぉっ!」
カンクロウ君に胸ぐらを掴まれた木ノ葉丸君は技名を叫びながらラリアットのようにカンクロウ君の首へチョップを放つ。
技のネーミングは聞かれたときに、とっさに言ってしまった。あの、キラキラした瞳で名前を聞かれたとき、名前の無い、ただのチャクラを回転させながらするチョップです、とは言えなかったのだ。喜んでくれたのはせめてもの救いだ。
狙われたカンクロウ君は流石に下忍。嫌な予感がしたのか、当たる直前にクナイの腹で首を守った。
ガキィイイッ! という音を立てて弾き飛ばされる少し削れたクナイ。まだまだ回転数が未熟なのだろう。切断には至らなかったようだ。
それに、強力な技を覚えてもまだまだ木ノ葉丸君に扱う技量はないな。
カンクロウ君の手から木ノ葉丸は脱出すると、シュタッ! と猫のように着地した。
「危ないじゃん! ぬァッ!?」
カンクロウ君が追い討ちをするようにクナイで木ノ葉丸君を狙おうとするが、外から飛んで来た手裏剣によって阻止された。
「何やってんだよ。ウスラトンカチ」
「サスケェ!」
「へぇ、平和ボケしてると思ってたけど。木の葉の忍びもけっこうやるじゃん?」
サスケ君の登場にカンクロウ君の警戒が高まる。烏を構え、まさに一指触発だ。
しかし、それも直ぐに終わる事になる。我愛羅君の登場に動きが固まるテマリちゃんとカンクロウ君。まるで蛇に睨まれた蛙だ。我愛羅君に睨まれ、笑顔が引き攣っているテマリちゃんは、少し可愛いと思う。
我愛羅君にたしなめられカンクロウ君の怒りも鎮静化する。最後に何故か、サスケ君と我愛羅君が名前を交換し合い、この場は安全に解散となった。
なんだこれ。決勝戦で会おうぜ! みたいなノリだろうか。
テマリちゃんは我愛羅君が登場した時にクレープを落としてしまい、少ししょんぼりしていた。
私は肩を落として去っていくテマリちゃんの手を引いた。
「えっ?」
『落としちゃったでしょ?』
『他の人には秘密ね』
そう書いて、テマリちゃんが落とした時に作ったクレープを渡した。
「お姉さん……。ありがとう!」
たとえ忍びだとしても、やっぱり子どもには自然な笑顔の方が似合う。
「テマリ、何してんだよ。おいていくじゃん?」
「あ、ああ。すまないカンクロウ。じゃあ、ありがとうね。お姉さん」
呼ばれたテマリちゃんは、先に進むカンクロウ君と我愛羅君を追いかけて駆けていく。
さて、もう一つフォローしなくてはいけないことが残っている。
腐っても一応私も先生。たまには先生らしいこともしないといけない。
□
木ノ葉丸君を追いかけ、少しして、一人のところを見つけた。先を行く木ノ葉丸君の手を引いて止めた。
「先生! 何してるんだこんな所で」
私はこちらに振り向いた木ノ葉丸君に拳骨をした。
「イテッ! 先生、何するんだコレ!」
『何するんだ、じゃありません』
『アカデミーを卒業するまで人に使うのは禁止したじゃないですか』
「み、見てたのか。う、……でも」
『でも、ではありません』
『良いですか?』
『さきほど、木ノ葉丸君は彼の首を狙っていましたが当たれば死んでいたのですよ』
言われてようやく、自分がした事に気が付いたのだろう。今更恐ろしくなり、その瞳に涙を浮かべて震える。
もしかしたら、アカデミーが強い術を覚えさせないのは、このせいかも知れない。子どもにはまだ物事の分別が付いていない。力があっても振り回されるだけだ。
そして、力に振り回された先に待っているのは、決して拭えない重ねた罪過への懊悩。それを抱えながら生き続ける事になる。それは、力に振り回された私が一番良く知る事だ。
『いいですか』
『貴方は忍びです』
『いつかはそれも避けられない日が来るでしょう』
『でもね、木ノ葉丸』
『なぜ、その拳を振るうのか』
『なぜ、戦うのか』
『なぜ、殺すのか』
『その意味を考えなさい』
『貴方は火影になるのでしょう?』
そう、私と違って。
原作のように進めばナルト少年が火影になるだろう。そして木ノ葉丸君が火影になるとしたらナルト少年を継ぐことになる。ならば、そこに修羅は要らない。
『自分の中で、その答えが見つかるまで私が教えた技は禁止にします』
『いいですね、木ノ葉丸』
「ゔゔ……。はい。ぜんぜぇ!」
泣き出してしまった木ノ葉丸君の頭を撫でると、胸の中に飛び込んできた。
根はいい子なのだ。ヒルゼンさんの孫でナルト少年の弟分だから、悪い子なはずが無い。
木ノ葉丸君が落ち着くまで、背中を撫でてあげる。やはり、子どもは良いな。
いっその事、私の権限で石の国にでっかい孤児院を作ってしまうか。
他の国より軍備費と建築費が浮いているから、そこを上手く回せば。……うん。行けるかもしれない。計画を練って止められる前に一気に進めてしまおう。
落ち着いた木ノ葉丸君を家まで送り届け屋台に戻る。殆どそのまま出てしまっていたが、何も手をつけられ無かった。他国の人間が増えている時期なのに、木の葉の里は本当に治安が良いと思う。うちの国も見習わなくては成らない。
因みに石隠れの里は修練所と居住施設が有るだけで、治安も何も無い。これはうちの里だけでは無く、何処も似たようなものだ。例外的に五大国の隠れ里だけがちゃんと人里の形になっているに過ぎない。
「あれ? おでん終わっちゃったの?」
『あ、カカシさん。お久しぶりです』
『暖かくなったので、おでんも売れ行きが落ちてしまいましたので一旦終了しました』
「そっか、残念だなー」
『そう言えばカカシさんは甘いのはお嫌いでしたね』
「うーん。ま、食えない事は無いんだけど、どうにもね」
『そう言えば初秋刀魚仕入れたのですが、良かったら貰って下さい』
「え? 良いの?」
『はい』
『偶然頂いたもので、以前カカシさんが好きだと言っていたのでお裾分けです』
「悪いね。じゃ、有り難くいただくよ」
本当はわざわざ元渦の国の海から仕入れて来たのだ。
秋の季語にもなっている秋刀魚。実は夏が一番美味しい。夏の初めにとれる秋刀魚はまるまる太っていてたっぷり油がたっぷり乗っている。
夏秋刀魚は近海では取れず、保存もきかない為に一部の人しか食べられない。だから、一般的に秋刀魚と言えば秋なのだ。
そんな夏秋刀魚を入手する為に、わざわざ漁船に同行して捕ってきたのだ。
だけど、こうして好感度上げて、上手いこと情報をもらして貰えれば安いもの。情報が貰えなくても仲良くしていて損は無い。
『カカシさんはナルトくんたちの担当上忍でしたよね?』
『今年は中人試験受けるのですか?』
『あ、この秋刀魚は足が早いので早めに食べて下さいね』
『お腹を壊して仕事に影響したら大変です』
「りょーかい。そう言えば、おねーさんってナルトと知り合いだっけ? なんか、ナルトの奴おねーさんの事、師匠って呼んでるけどどういう意味なの?」
上手く誤魔化されてしまったようだ。やはり仕事の事はあまり話してはいけないのかな。
『秘密です』
『師匠なんて柄じゃ無いのですけどね』
本当にそうだ。エロ忍術の師匠なんて不本意で不名誉に過ぎる。
私がナルト少年のエロ忍術の師匠だなんて言えるはずもないので、私も笑いながら誤魔化す。
「まー、ナルトの事だからろくな理由じゃ無いんでしょ。じゃ、俺はここら辺で。秋刀魚ありがとね」
……鋭いな。
『はい。また遊びに来てください』
『ナルトくんもビシバシ鍛えて下さいね』
「アハハ。ご希望にこたえてビシバシ鍛えに行きますか。それじゃ、また」
そう言い残すとカカシさんは、スッと瞬身の術でその場から立ち去った。
聞かずともナルト少年は中忍試験に出るだろう。そして例のあの人もここに来るはず。ヴォルデモートでは無くて大蛇丸の事だ。どちらも似たようなものだけど。
大蛇丸の事は嫌いでは無いが、私もまだ死ぬ訳にはいかない身だ。私は私のために、大蛇丸の命を奪う。
日も落ちて、お客さんも来ないだろう。今日は店仕舞だ。
店を仕舞い闇の中に身をゆだねる。
影渡り。その身を影に同化させることで影を移動する新しい能力だ。
戦いの前に出来ることは、やっておく。仕事で私がやる事は今も昔も誰が相手でも変わらない。やれることをやるだけだ。やった事の上に結果が生まれるのなら、ベターを積み重ねていくしか無いのだ。
私はもう、後悔はしたくない。