異界、影に生きる   作:梵唄会

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11話・白銀の夢

■白視点

 

 

 世界が彩り始めたのはいつ頃だろうか?

 以前の僕にはこの世界に何も無かった。真っ白な――。まるで白銀の雪景色のように。

 

 母が血継限界を持っていた事に気付いた父はその手で母を殺した。そして、その血を受け継ぐ僕を殺そうとした父を殺してしまった。

 信じられなかった。あんなにも愛して居たはずなのに人とは違う特異な能力を持つだけで殺せてしまうのだろうか。そして、僕自身も死の恐怖だけで愛していた父を殺せてしまうなんて。

 最後に見た、僕を見る父の瞳は息子を見る目ではなく、まるで人では無い何かを見る様な目だった。

 その時の僕には父と母が全てで、彼から必要とされて無い僕は、世界から拒絶されているように感じた。

 そんな時に出会ったのが影姉さんだった。

 

『一緒に来る?』

 

「……はい」

 

 最初からそこに居たかのように佇み、この現状に何も聞かず、ただ一言黒く浮かぶ文字と一緒にそこで僕を見ていた。

 抵抗する気は全くしなかった。

 僕を見る影姉さんの目は、僕と同じ世界に拒絶され孤独を知る人の目だった。だから、自分と同じ匂いを放つこの人に自然と惹かれてしまったのかもしれない。

 

 初めて合った時の影姉さんは、殆ど笑わず、それどころか表情すらあまり変えることの無い人だった。

 そして、その時の影姉さんは、まるで死に急ぐかのように自ら進んで危険な仕事をこなしていた。

 

 ある日、任務に同行していた僕が傷付けられると、影姉さんは鬼のような形相で、傷付けた忍び達を皆殺しにした。声の無い慟哭を上げながら、一瞬で全てを斬り捨て。……それこそ、肉片すら残らないほど切り刻み殺した。その時初めて影姉さんにも感情が有るのだと知った。

 その日の夜、影姉さんは僕の布団の中に潜りこんだまま寝た。

 隣同士に寝具をひいていたため、その時は間違えたのかと思ったが、その日から人を殺した日には、決まって僕を抱き締めながら眠るようになった。

 しばらくして眠っている影姉さんの、小さな背中が震えている事に気付いた。冷徹で誰よりも強い人のはずなのに、僕にはそれがとても弱々しくうつった。

 影姉さんは心が弱った時に隠さず、僕だけに縋る。それが、誰にも、父にすら必要とされていなかった僕が必要とされたようで嬉しかった。

 

 人の温もりという支えが無ければ、明日にも潰れてしまう。そんな危うさを持つ影姉さんと、誰かに必要とされなければ自分すら消えてしまいそうな僕。

 僕らは必要とし必要とされ、互いに依存し合う関係だったろう。いや、それは今でも変わらないかも知れない。むしろ、年月が経つにつれて影姉さんへの想いの深さは大きくなったと思う。

 

 変わったのは、影姉さんに感情がよく見え始めた事だ。

 時が変えたのか、何かきっかけがあったのか分からない。ただその時の影姉さんはこう言っていた。

 

『白、私はね、昔はただ生き残れば良かった。良いと思ってた。だけどね、この世界の大切な人達が死んで、私って何だろうって。……決められた運命を傍観する為だけに生まれてきたのかな? って。だけどね、白と出会って今度は失いたくないと思っている事に気が付いたんだ。私は何人も人を殺している。きっとろくな死に方はしない。でもね。気付いて初めて、この世界でこうしたいって夢が出来たんだ。白のいる……ううん。やっぱり秘密』

 

 その時の影姉さんは、いたずらっ子のような、それでいて優しい綺麗な笑顔で笑っていた。

 

 ああ――。それからだ。僕にも世界に色がついたのは。

 そして僕にも目標が出来た。影姉さんの夢が何か分からないけど、その夢ごと影姉さんを支えたい。と。

 

 

 

『白、おはよ』

 

「おはようございます、影姉さん」

 

 僕は揺すられながら目を覚ます。

 となりには姉さんの顔。成長して少し恥かしくなったが、それ以上に影姉さんが傍にいる事が何よりも嬉しかった。

 

『もう少し、ねる?』

 

「いえ、微睡むのも良いですが、今日は影姉さんと沢山過ごしたいので」

 

『そう?』

『白の寝顔を見られないのは少し残念』

 

「ふふ、それは少し恥ずかしいですね。では、朝食を作るので待っていて下さい」

 

『実はもう出来てる』

 

「え? 影姉さんが作ったんですか?」

 

『そう』

『今日は私と白が初めて出会った日だから』

『白にとっては素直に喜べないと思うけど』

『二人で過ごしたいと思って』

 

 勿論覚えていた。確かに、両親の命日でもあるが、影姉さんと初めて出会った日でもある。忘れるはずがない。

 

「いいえ。とても嬉しいです」

 

『それで』

『あの』

『プレゼントを用意したのだけど』

 

 そう言って影から装飾された箱を取り出す。

 箱を開けると、そこにあったのは雪の結晶を形どった髪飾りだ。僕の能力を見て選んでくれたのだろうか?

 昔はこの血継限界も忌み嫌うものでしか無かった。だけど、たった一人。影姉さんだけは、綺麗だと、好きだと言ってくれた。

 

『えっと』

『嬉しく無かった?』

 

 僕が黙っていると珍しく、オロオロする影姉さん。とても愛らしい。

 

「いえ、……とても、嬉しいです!」

 

 自然と涙がこぼれる。

 嬉しくないはずが無かった。影姉さんのプレゼントという上に、雪の結晶は影姉さんが僕の全てを受け入れてくれた証だ。

 影姉さんは、何となく感覚で選んだのかも知れない。それでも、むしろ、知った上で気にせず選んでくれたのが何よりも嬉しかった。

 

「ありがとう……ございます」

 

『よかった』

 

 安心したのか優しく微笑むと、影姉さんは何時ものように優しく、僕を抱きしめる。

 

 ――いつまでも、こんな時間が続けばいいのに。




次回、中忍試験に入ります。

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