俺とアストルフォの第四次聖杯戦争   作:裸エプロン閣下

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始めて早々ですが、一話と二話の細かい部分を多数修正しました。やはり一度も読み直すことなく投稿するといろいろ粗が出てしまいますね。今回は一度読み直したのでよほどおかしな点はないとは思いますが……もしあれば遠慮なくご報告ください。


大丈夫、心配いらない。どこにもいかない。約束しよう……賭けてもいい。 byシンヴェル

「朝起きたら鞄に大金入ってた件」

「マスターが昨日やったことを覚えていない件」

「覚えてるよ。ホテルで色々やっただろ」

「そっちじゃないよ。昨日の……ヤクザ屋さんだっけ? その人たちの事務所ってところでしたことだよ」

「昨日……? 昨日はキャバクラで女の子とキャッキャしたあとホテルでやって寝ただけじゃないのか? あとヤクザに“屋”も“さん”も要らんと思う」

「うわぁ……ホントに覚えてないよこの人」

 

 あ、どうも、アストルフォです。ただいま駅で新幹線と言うものを待っています。マスターについては色々ぶっ飛んでいる人だな、とは思っていましたが正直ここまでぶっ飛んでるとは思わなかったよ。正直昨日のあの光景はボクでも色々思うところがあった所業だよ。そりゃあ向こうもちょっとのお酒で人から大金をだまし取ろうなんていう連中だから、自業自得感もあるけどそれでも……うん、ひどいね。

 

「全員骨折とかで全治に半年程度はかかるレベルだったんだよ」

「たったの半年か。ずいぶん俺はやさしい事をしたんだな」

「……全治六カ月がやさしいの?」

「やさしいだろ。なにしろ俺は母上から四十八の拷問技と五十二の殺人拷問技を教わったからな。どの程度で治るか分かってるということは相手は五体満足で生きているんだろうし、精神が崩壊しているわけでもなさそうだ」

「いろいろ言いたいところがあるけど……その二つってどう違うの」

「前者は“生きたい”という執着から聞き出す方法で、後者は“死にたい”という逃避から聞き出す方法だ。ちなみに親父を放置したあの部屋も母上の物だ」

「何それ怖っ! あと君の家全体的におかしくないっ!?」

「自覚はあるが何か」

「自信満々にいう事じゃないよ!」

「そんなことより、新幹線が来たぞ」

 

 ギギギィ……、と音を立てて鉄の塊が僕たちの目の前に止まり、扉が開く。一応聖杯からの知識で知っているとはいえ、どうやって動いているかはさっぱり分からない。まあそんなことより、

 

「さて、また駅弁食べて、酒呑んで、アストルフォとやるか」

「えー…………。さすがにそろそろ疲れたんだけど……」

 

 このマスターと付き合っていくのは色々と骨が折れそうだ。ていうか既に折れてる気がする。盛大に五、六本くらい。

 

 

※※※

 

 

「アサシン……時臣はどうだ……」

『動きが無い。相も変わらず引きこもったままだ』

 

 この時点でサーヴァントを召喚しているマスターは三組。それは衛宮切嗣とランサーの組と、シンヴェルとライダーの組と、間桐雁夜とアサシンの組である。

 なぜ雁夜がそれほどまでに早い段階でサーヴァントを召喚することになったかというと、ある日の鍛錬という名の実験の最中、雁夜の体内の蟲が複雑に絡み合い、本人が激痛のあまり発狂寸前になる代わりに膨大な量の魔力を生成するという異常事態になったのだ。サーヴァントは基本、マスターが優れていれば大なり小なりサーヴァントも強くなる。その時は触媒がまだ届いていなかったが当時の雁夜の魔力量を考えれば悪くない手だった。

 そして雁夜は蟲が全身を掻き毟る痛みにも、体内魔力の限界を越えながらも過剰すぎるまでに生産し続ける魔術回路の破裂寸前の激痛にも、時臣への憎悪で精神を保ち、見事サーヴァントを召喚してみせた。事実、召喚したサーヴァントはアサシンというクラスの中ならばかなりの強さを誇ってみせた。正直全マスター中最弱最低と言ってもいい雁夜からすればサーヴァントを従えて正面切って戦う、という戦法は不可能なものでそう言う点でも不意を突いてマスターを狙うアサシンというクラスは最適だったであろう。

 

「そうか……ならそのまま監視を続けてくれ。時臣がもしのこのこと出てきたら……なんとしてでも殺せ……っ」

『それはもう耳にタコができるくらいしつこく言われたから分かってるよ。あんたも今は身体を休めておけよ』

「……ああ、分かった。頼んだぞ……」

 

 現在雁夜はアサシンと比較的にいい関係を保っている。いくつか理由はあるがこのアサシン、比較的にまともな人物で雁夜に対して同情的で協力しよう、という意思が大きい。そしてなにより間桐臓硯個人が気に入らないという点。アサシンが所属していた教団の教義と臓硯の恐怖による支配という方法は真っ向から対立している。そこにさらに幼い少女を人質にするという下種な手段を取る始末。アサシンとしてはそのような者は叶うならば今すぐ殺しておきたいものだ。

 事実、アサシンは己の宝具なら臓硯を殺せる可能性が高い、と雁夜に進言した。

 

「まったく、難儀なもんだな」

 

 しかし『まずは時臣』と言われ、現在アサシンは遠坂邸を見張っているが成果は全然。そもそも家から出ようとすらしない始末だ。あまりにも出る気配がないため『これが噂の引きこもりという奴か』と思わずにはいられなかった。

 結局その日も遠坂時臣が出てくることはなく、ちょうど見張りを初めてから四十度目になる朝日を見た。

 

 

 ※※※

 

 

「ではソラウ、私たちも始めようか」

「ええ……」

 

 ケイネスと二人きり(・・・・)で一緒に狭く暗い工房にいる。正直それはあまり好ましい状況ではない。彼が私に好意を持っていることは分かっているしそれ自体は別にかまわない。だけど私は彼といて楽しいとは思えない。

 

「何も恐れることはないよソラウ。私が考案した召喚方法は確かに特殊だが、この私に失敗はない」

 

 今も私の内心を勘違いしているし。確かにケイネスが考案した普通の魔法陣とは違う変則召喚、そちらに対する不安、恐れが無いわけでは無いがそれは些細なことだ。

 

「ええ、期待しているわ。ロード・エルメロイ」

「ふ、存分に期待してくれたまえ」

 

 私の声援(と解釈して受け取ったらしい)を聞いて傍目からでも分かるほどに上機嫌になるケイネス。ため息を吐きたくもなるが近くにケイネスがいるので自重する。

 

「(シンヴェルにでも会いたいわね……)」

 

 良く勘違いされるから言っておくけど、私はシンヴェルに恋慕の類の感情を抱いていない。ソフィアリもクラムベルクと繋がりがあるから小さい頃から会うことはあったがそれだけで、友人という関係でしかない。確かに彼はルックスは良いし話してて楽しいと思うけど……女癖が悪い。『私だけを見て!』とは言わないが、せめて抑えるのであればおそらく恋仲になることもなくはなかった。それもケイネスの、いやアーチボルト家の婚約者となった以上手遅れだが。

 

「(普段一緒にいるのだから、ケイネスもシンヴェルのようになれとは言わないけど、見習ってほしいわね……)」

 

 張り切るあまりこちらに目も向けないケイネスが、少しでも異性として素敵になることを切に願う。…………期待は薄いが、それもかなり。

 

 

 ※※※

 

 

「次で降りるぞ」

「え、まだ冬木じゃないよね」

 

 アストルフォの疑問は尤もだ。俺たちはこれから冬木へ向かい聖杯戦争に参加するために日本に来ているのだから。しかし言っていなかったがそれ以外にも日本へ来た目的があったりする。あくまでついでだが。大量の空箱と床下を転がる空瓶を一つに纏める俺を見てようやく本気だと分かったのか、アストルフォも下車の準備をする。酒の臭いが充満し誰も寄り付かないので急ぐことではないが、何事も早いに越したことはないだろう。

 

「でも何をしに行くの?」

「昔の友人にちょっとね」

「ふーん」

 

 扉が開くと同時に出る。大量のゴミを駅にあるゴミ捨て場で分別して捨てていき街並みを眺める。うん、普通だ。特に見どころのない景色からアストルフォへと視線を変える。

 

「さて、アストルフォ。俺はこれから友人に会いに行く。気難しい奴だし、サーヴァントを連れて行くのもなんとなくあれなのでお前はここで待っていろ」

「えー……。いいけど、すぐに帰ってきてよね」

 

 そう言い僅かに頬を膨らませるアストルフォ。なんというか、最近本当に女らしくなってきたな。 いや女だけどさ。

 

「ああ。多分一時間程度だから。暇だったら店で買い物してもいいぞ。どうせ互いの居場所の感知はできる」

 

 そう言い俺は百万円の札束を渡す。俺でもなければ一時間程度でこんなに消費するやつはいないだろうが、まあ念を押して。ステータスが低いと言ってもサーヴァント、スリや物取りに遭うことはないだろう。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

 平日で人もそう多くないので脚力を軽く強化(エンチャント)し、百メートルを大体四秒ちょっとで駆け抜ける。正確に位置を聞いたわけでは無いがどこにいるかは簡単に分かった。わざわざ町中に人払いの結界張るなんて魔術関係者からすれば見つけてくれというものだ。

 

 

 ※※※

 

 

「……行っちゃったか」

 

 整備されてほとんどないはずの砂を蹴り上げて遠ざかっていくマスターを眺める。そして完全に見えなくなったとき、ボクの胸中に一割の寂しさをと九割の解放感が生まれる。思えば召喚されてから令呪で女性にされたり、時と場所を選ばずやられたりと散々な目に合ってきた。たったの一時間でしかないが解放されたのは良かった。

 

「あ、そう言えば自由な時間もこれが初めてだっけ」

 

 召喚された初日は令呪で女性にされてその後はベッドでその……あれをして、翌日は朝食を食べたら――本質的には食べる必要はないがやっぱり食べたいのだ――荷物を纏めて車で空港まで行って鋼鉄の塊の――飛行機? に乗せられて翌日まで座りっぱなしで。そして昨日は新幹線で座りっぱなし、その後はキャバクラってところでヤクザの人たちを蹴散らして――とてもそんな表現で済む所業ではなかった気がするが――大金をせしめて最後に…………その、ラブホテルってところで…………。

 

「これ以上考えるのはやめよう」

 

 頭を左右に振って気分を変える。折角の自由なんだ、今の時代でしかできないことをしよう。ボクは早速、目の前の洒落たお店に入った。

 

 

 ※※※

 

 

「やっほー橙子。久し振りー」

 

 従業員も客もいない廃ビルの事務所。そこの社長室らしきところに座る友人にフランクな感じで挨拶をしたのだが相手は机に顔を乗せたまま、どこか色のない瞳でこちらを見る。

 青崎橙子――封印指定を受けた最高位の人形師でその手の人間には有名である。

 

「久しいな。まずは金を出せ」

「二言目にそれって随分貧窮してるなオイ」

 

 とりあえず言われたとおり、札束を五つほど橙子に放り投げる。正確に放たれたそれは橙子の机の上で綺麗に積まれたが、無反応。

 

「あと何か食べ物を」

「空腹かよ。妹の金はどうした」

「止められた。今度会ったら頭蓋骨が砕け散るまで殴っておけ」

「うん、それやったら死ぬよね俺。さすがにまだ死にたくないわ」

「なんだ、存外臆病だな」

「誰がそんなことを好き好んでやるんだよ。度胸試しならまだしも、自殺は無理だよ」

「煩い。それより飯」

「…………ビールとつまみでいいなら」

 

 机の上にどん、と来る直前に買ったビール一パックとサラミやスルメなど、様々なつまみを置くと、瞬く間にそれらを口に詰め込みビールで腹を満たす。なんとも淑女らしからぬ荒々しい喰い方である。それほどお腹が減っていたのだろうか。

 

「――それでいいぞ」

「食ってから言うなよ」

 

 橙子の隣に立ち、散らばったスルメを口に入れてビールのプルトップを開けてジュワ、と溢れた泡を啜る。うん、旨い。

 

「それで例の物は」

「…………?」

 

 こちらが本題を切り出すとなぜか呆けた顔をする。こいつ、まさか……。

 

「…………例の物は、即時着装可能の義手義足」

「……………………あ、ああ。あれだね、ちょっと待ってくれ。どこ置いたかな~?」

「作ってないんだな」

「いや待て、ここのところ忙しかったからちょっと頭がこんがらがっていて、」

「忙しかったならお金持ってるよね」

「いやその、良いものを買っちゃって……」

「結局、出来てないんだろ」

「………………………………正直、悪かったと思ってる」

 

 なんという事でしょう。この女、人の依頼を忘れていやがった。大方仕事が入った時に俺の方を顔見知りだし後でもいいだろうと思って、その後良い物とやらを買って空腹になって忘れていたのだろう。幸い今すぐでないと困る物ではないし、実際に使う機会があるかは分からないし、それまで待つとしよう。

 しかし触媒の件と言い、キャバクラでの件と言い(覚えてないが)、ここと言い、最近買い物で苦労することが多いな。

 

「兎に角、来週までには完成させて、ここに届けてくれ」

「……ここにか。そうか、お前も参加するのか……」

 

 机に置かれたメモを一枚取り、住所を書く。ちなみに配送先はクラムベルクが所有する冬木の家で俺たちも其処を拠点にするつもりだ。親父が六十年前に使った拠点なのでボロじゃないかと心配である。というか残っているかすら不明だが親父にそこへ行けと言われていたので一応行ってみるつもり。

 

「今更だが、そうならそうと言ってくれれば他の仕事を放りだしてでもやったのだがな……」

「一応ここ会社だろ。社長がそんなこと言うなよ」

 

 少しばつが悪そうな顔をするので頭を撫でてやった。最近アストルフォのおかげで身長差がある相手(橙子は今椅子に座っているため頭二つ分くらいは低い)を撫でる癖がついたな。

 

「……どうせ碌に仕事も来ない会社だがな」

「そりゃあ人払いの結界なんて張ればそうだろ」

 

 元々こんな中途半端に建設された廃ビル、人がいてしかも事業所になっているなどと誰が思うだろうか。わざわざこんなことをして世俗から離れるとは、それなりにショックだったのだろう。封印指定をされたこともそうだが、魔法の継承を認められなかったことが。

 

「……帰ってこいよ」

 

 橙子の腕が俺の首に絡み着く。まるで存在を確かめるかのように。

 

「帰ってくるよ。当然だろ」

 

 俺も背後から抱きしめてやる。その後、俺たちが行為に入るのは当然の帰結だった。

 

 

 ※※※

 

 

「なーに、やってんだが」

 

 アストルフォと繋がっている魔力供給の経路(パス)を通じてやって来た場所は日本、ということを考えれば中々に洒落たカフェで、アストルフォはそこで現地の高校生からナンパをされていた。確かに今は召喚した時とは違いちょんと現代の(・・・)女の子らしい格好しているし、彼女自身も綺麗だし、これまた当然の帰結だろう。

 

「だーかーらー! ボクは人を待ってるの! だから君たちに付き合ってる暇なんてないの!」

「い―じゃん別に。待ち合わせの時間過ぎてるし」

「仮にそうだとしても、一人でカフェにいるって誘ってるもんだぜ」

「そーだよ。こんなことに一人で居ると誘われちゃうよ。こんな風に」

 

 そう言いゲラゲラと笑う三人。とりあえず何が面白いのか全然分からない。あと遊んでいるような雰囲気に見えるがこいつら全員童貞だ。綺麗な人見つけたんだし、勇気出してみようぜ、的なノリでやった結果完全に間違った方向に進んでしまっていて、正直超痛ましくて見ていられない……。周りの客も笑いを必死にこらえてるし。中にはトラウマ抉られてるやつもいる、同じ道を辿る前に止めてやれよ、救ってやれよ。

 とにかく、アストルフォは困ってる(というより戸惑ってる?)し助けてやるか。最近はちょっと態度があれなので、ここは紳士らしく、ちょっと格好いいところを見せるとしよう。

 

「すまない遅れたな……アスト」

 

 彼等はどうせ知らないだろうけどアストルフォと呼ぶのもあれなのでアストと呼ぶことにした。椅子に座るアストルフォに手を差し出し、優しく立たせる。

 

「え、あ、ありがと……?」

 

 どこか困惑した様子のアストルフォ。無理もない、自分で言うのもなんだが平素の俺は酷いとまではいかないがちょっと骨が折れる相手だったかもしれないからな。

 

「会計を頼めるかな」

「ハ、ハイ!」

 

 勘定を頼むと店員の可愛い女性が上擦った声で答える。普段ならば軽く口説いてメアド――ケータイは普通に持ってる、便利だし。ていうか他の魔術師も持て。何が悲しくてボタン一つで連絡できる道具があるのに態々使い魔に使いを頼まねばならんのだ――を聞いたりするのだが今の俺は紳士なので、女性がいる前では遠慮する。

 この対応をかつて友人のソラウに見せた時、『普段からそうしてなさい』と言われたが正直言って面倒くさい。それにこういうのは時々見せるからドキッと来るんだと俺は思う。

 

「では行こうか」

「う、うんっ」

 

 アストルフォもグッと来たのか、自覚はないだろうがいつもよりも女の子らしい振る舞いとなっている。

 そんな俺たちを見て呆然としている店中の者を置き去りにして早足に駅へ向かった。

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「それで、どうだったかな。先ほどまでの俺は」

「うん、紳士的でよかったよ……。いつもそうしててほしいくらい」

 

 電車――あとちょっとなので新幹線でなくてもよかった。あと急ぎだったから酒も駅弁もない為、他の乗客もいる――に乗り、席に着くと同時に平素の状態に戻る俺の問いにちょっとご機嫌斜めに答えるアストルフォ。

 紳士的で良かったならば、何故機嫌が悪いのだろう。自分でも対応は完璧で、満足させれたものだと思っているが……。

 

「…………別の女の臭いがする」

「ああ……」

 

 そう言えば先ごろ、俺と橙子は体を重ねたのだった。いかに相手が紳士的でも別の女の臭いがしたらそれは当然、嫌だろう。俺としたことがそんな単純なことを失念していた。

 

「それは悪かった。お詫びに何かしようか」

「何か……ね。それはボクが指定してもいいかな?」

「構わないが……」

 

 元よりそうするつもりだったしそれ自体は構わない。が、あまり無茶なものは困る。

 

「そ、それじゃあ――――」

「うん? もう一回頼む」

 

 おそらくお詫びの指定だったとは思うが、あまりにも声が小さくて今一聞き取れなかった。今度は聴覚を強化して尋ねる。

 

「その……」

「その?」

 

 顔を近づけて耳を傾ける。別に嫌がらせのつもりではなく聞き逃したりしないようするだけだ。

 

「や、やっぱり後で決めるよ」

 

 しかし結局、口にすることは無かった。まあ、本人がそう言うならばいいだろう。

 強化の魔術を解除して、特にすることも無いのでアストルフォを膝の上に乗せて車窓を眺めることにした。

 

 

 ※※※

 

 

「…………ここ、なの?」

「…………ここ、であっているはずだが」

 

 十時を過ぎたあたりでようやく冬木について親父が使っていた拠点へ向かい歩いて一時間ほど――途中何度も警察に呼び止められた。なんでも最近殺人が横行しているらしい――で着いたのだが……。

 

「古いどころか……」

「超豪邸……」

 

 土地面積の広さもそうだが拠点の豪華さもすごい。途中寄ってきた遠坂――間桐も寄ったけどなんか雰囲気悪かった――の邸宅にも劣らぬ気品だ。

 

「とりあえず、ベル鳴らすか」

 

 まずは玄関のベルを鳴らす。ここが本当に親父が言っていた拠点なら誰もいないはずだ。豪邸の中でベルとは思えない豪快な音が俺の耳が聞き取り、すぐさま三十代程度の男が出てきた。とりあえずメモを書いた親父を殴り倒すことを決心した。

 

「お待ちしておりました。どうぞお入りくださいシンヴェル様」

「……? 分かった」

 

 適当な言い訳を考えていると男から待っていたと告げられて少々戸惑う。俺は相手の事は何も知らないのだが俺の名前も知っているし、敵マスターの罠にしてはやり方が凝り過ぎてるし、問題ないだろうと思いアストルフォを連れて拠点に入る。豪邸の中は外観通り、内装もとても豪華だった。天井に飾られたシャンデリア、赤いカーペット、美しい彫像。文句なしの邸宅だが、戦時の拠点にしては些か凝りすぎている。

 

「ここは先代様が第三次聖杯戦争の折に使用し、その後はその……愛人の皆さんと別荘に使っていましたので……。まあここと居間以外はちゃんと魔術師らしい工房となっております」

 

 なるほど、納得した。親父も若いころは今の俺みたいだったし理由は分かる。ただどんだけ金掛けてんだよ。これ絶対家傾けてるレベルだぞ。どんだけ見栄っ張りなんだよ。

 いやそれはいい。工房さえしっかりしていれば問題ない。

 

「それとこれを。先代が聖杯戦争中愛用していた礼装です」

「礼装……?」

 

 そう言い差し出されたのはこれまた豪華な箱、幅は縦1.5メートル、横5メートル程度で結構な重さがあるだろう。

 礼装とは、魔術師が己の力を最大限に発揮するための武器である。例えばケイネスは自分の水と風の属性を最大限に利用するために水銀を利用して礼装を作り上げた。遠坂ならば自慢の宝石を使用して礼装を作るだろうし、銃を使う者もいるだろう。しかし俺たちクラムベルクの人間が使える魔術は強化、弱化、定着化のほかには誰でも使える初級魔術のみだ。その初級魔術を強化して、威力を高めて攻撃に応用することはできるがそれは魔術の規模が大きくなっただけで初級の簡単な物には変わりない。俺が工房に仕掛けた即死魔術だって低級の呪いを強化したものだ。要するに俺たちの魔術は幅が無く、一点を突きつめたものだということだ。これが流体操作や炎熱操作ならばまだやりようはあったが強化の魔術となると、元から殺傷能力のある槍や剣と言った普通の武器となる。

 さて、ここで問題。槍を持ってたり腰に剣を差したりする人間がいたとしよう。一般人の目はどうとでもなるが魔術師相手にはそうはいかない。そしてそんな武器を持っている人間が迫ってきているとなったらどうする?

 答えは簡単、工房に籠る。工房に籠られると結界破りに時間はかかるし、対応できない罠もあるだろ。俺たちはそれを突破し、疲弊した状態で相手のマスターと戦うことになるのだ。そうなるとさすがに体力には自信のあるクラムベルクといえど限度がある。

 だから俺たちはあえて礼装を装備せず、五体を利用しての奇襲が主となるのだ。まあ今回に限って言えばアストルフォがすべての魔を打ち破る宝具を持っている為さほど苦労することはないだろうが。

 

「(親父なら身を持って知っているはずだし……半端な礼装をわざわざ預けたりしないだろうし期待してもいいかな)」

 

 僅かな期待を胸に箱を受け取る。想定していた通り結構な重さがある。やはり礼装は剣か槍、はたまた鈍器なのかもしれない。気になるがそれは後にしよう。

 

「工房はどんな風になっているんだ?」

「工房は魔術経路で起動する方式なので、最初に経路(パス)をつなげてください。そして使用する際は魔力を流してくださるだけで全自動で起動いたします。外出時も屋敷の近くによるものがいれば経路を通じて察知しますので、その際も経路から魔力を流せば遠隔操作が可能です」

「なるほど。それだけ分かれば十分だ」

 

 それなりにいい工房らしい。複雑な魔術式は組めていないだろうが元より期待していない。少し敵の足を引っ張ってくれれば俺たちにはそれで十分だ。

 

「では、私はこれで」

「ご苦労だ」

 

 最後に鍵を渡してきて男は去る。しかしいったいあの男いったい何者なのだろう。俺の事や工房、そして聖杯戦争を知っていた以上クラムベルク所属の魔術師なのだろうが見たことが無い。

 

「もしかして敵とか?」

「たぶん違う。親父と同じ匂いがしたからな」

 

 うちにも家政婦や従者は要るがどうもそんな雰囲気ではなかった。普段は人を使う立場の者だろうし、それなりに上等だとは思うが……。

 

「まあいい。何度も事情聴収受けたりして疲れたから今日はもう寝るか」

「あれ、今日は抱かないの?」

「なんだ、抱かれたいのか?」

「いや」

「……そう切って捨てるなよ。まったく……アストルフォは好きにしていいぞ。ただし御三家に行ったり、敵サーヴァントに喧嘩を仕掛けるような真似はやめろよ。あと目立つ行動もなるべく控えろ」

「は~い」

 

 気の抜けた返事が返ってちょっと不安になるが、さすがに単独でケンカを売りに行くほどバカではないだろう。礼装を片手で持って様々な部屋を開け、ベッドを探すことにした。

 

 

 ※※※

 

 

「さて……」

 

 本日二度目の自由時間。寝るということは少なくとも六時間くらいは自由なのだがボクも特にやることがないので手持無沙汰である。街に繰り出してもいいが今は夜中で立て続けに起こった殺人事件の影響で街も暗い印象で楽しめる気がしない。

 他にも探せばあるんだろうけど、頭を使う事には慣れてないし……。いろいろ考えていると、なんだが自分の匂いが気になってきた。そう言えばこの三日と半日の間、シャワーを浴びただけだった。ボクの世界ではそれだけでも十分まともな方だったけどこの世界では毎日お風呂に入れるんだし、入ってしまおう。

そう思い浴場を探し、衣服を篭に入れて――、

 

「……匂いを気にするなんて、どんどん女の子みたいになってきた気がする……」

 

 ――軽く自己嫌悪に入ってしまう。

 

 

 ※※※

 

 

「ふぃー、危なかったー。別荘に残しておいたへそくりがばれたら絶対盗られてたじゃろうし」

 

 冬木市郊外。先ほど三十代だった男は突如として老け始め、本来の年相応(・・・・・・)の姿へと戻っていく。彼の名はバルド・リンドブル・クラムベルク。クラムベルクの六代目当主でシンヴェルの父である。

 

「…………あの礼装は儂が大枚叩いて手にいれた概念武装じゃ。かつての聖杯戦争ではあれで敵の防御を突破し、敵マスターを屠ったものよ」

 

 昔を懐かしむように語る老人だが、どういう訳かヨボヨボの枯れ木のような体は段々と太くなり、丸太のような大きさへと変化し、小さかった背丈も二メートルを超す大男に、禿げていた頭には金髪がたなびいている。その姿はもはや武人と言っても過言ではない。

 

「クハハ、あの時の事を思い出したら血がたぎってきおった! 久々に執行者の仕事でも手伝ってやるか!」

 

 バルド・リンドブル・クラムベルク、かつて“金髪の野獣”と呼ばれ第三次聖杯戦争ではセイバーのマスターとして並み居るマスターはおろかサーヴァントとも拮抗するほどの腕前を誇った豪の者だ。

 




感想、評価待ってます!

※オリジナル設定

>親父が六十年前に使った拠点
>途中寄ってきた遠坂の邸宅にも劣らぬ気品だ。
分類:冬木市
オリジナルの拠点。時臣君が対抗したりしてそう。

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