ユグドラシルでバランス崩壊がおきました   作:Q猫

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ゲームの運営に詳しいわけではありませぬ


魔王誕生編
事の始まり


10年以上の長きにわたって運営されてきたDMMORPG<ユグドラシル>の中の人こと運営の人間である高橋は、その日上司に呼び出された。

 

上司曰く、一月後にユグドラシルの終了を告知する。終了はそれから更に半年後になる、との事だった。

 

高橋はゲームの終了そのものは驚くほどあっさりと受け入れられた。

運営が対応しなければいけない問題がどんどん減っていることから、毎月報告される稼動人数の低下を肌で実感していたからだ。

 

だが次の辞令は完全に予想外だった。

 

「そういうわけで、俺は2週間後には次のプロジェクトに異動になる。

だからな、高橋。お前が終了までの責任者になる。頑張れよ」

「……は? いやいやいや、いきなりすぎませんか!?」

 

慌てる高橋だったが上司の説明によると、次代の管理職を育成したいという会社の思惑があるらしい。そのために終了するユグドラシルが利用されることになったというわけだ。

失敗しても問題がない状況でキャリアアップのチャンスが貰えるなら、と了承したところで上司から更なるオーダーが追加された。

 

「じゃあ、最初の課題だ。1週間後までに収益の低下を可能な限り抑えるためのアイディアを考えて提出しろ。

採用するしないは別にしてあまり変なもんは出すなよ? 最低限実現可能なプランじゃなければだめだからな」

 

無茶振りか、と言われれば実はそうでもない。

運営の対応案件が減少傾向なのは先に書いたとおりであるのでアイディアを捻出したり、レポートを作る時間がないと言うことはない。

またユグドラシルは長く稼動しただけあり、過去のリソースを利用すれば短時間でイベントを立ち上げることが可能であり、上司としては企画立案の訓練のための課題のつもりであった。

元より収益低下を防ぐと言うのは「できればいいな」程度のおまけくらいの意味合いであったのだ。

 

 

 

しかし、高橋は変な意味で真面目であった。

本気で収益の低下を防がねば評価されないと思い込み行き詰ってしまったのだ。

 

彼の真面目さがユグドラシルに最後の、そして大問題のアップデートをもたらすことになる。

 

 

*   *   *

 

 

あれから3日が過ぎた。

高橋は全くレポートができていなかった。

 

「ちくしょう、どうしろってんだ……」

 

そもそも終了するオンラインゲームで収益低下を防ぐのは困難である。

まず、プレイヤーのモチベーションが一気に低下する。他のゲームと掛け持ちしているようなプレイヤーは月額料金を払うのを止めて完全に引退してしまうだろう。

課金アイテムの売れ行きも当然落ち込む。ただでさえ単なる電子データに金を払うのは馬鹿馬鹿しいと課金アイテムを嫌うプレイヤーがいるくらいだ。買う人間が全くいなくなることすら考えうる事態である。

コラボキャンペーンも意味がない。これからなくなるゲームにどれほど宣伝価値があるか怪しいし、新規コラボのためのデータなんぞ作っている時間がない。

結局なんらかのイベントで興味がある人間を釣るぐらいしかないわけだが、プレイヤーからはお茶を濁そうとしているように見られるだけである。実際そうだし。

 

 

そんな悩みを抱えていても仕事はしなければならない。

今日は久々に【永劫の蛇の腕輪】が使われたためゲーム内に出向くことになった。

 

(面倒な願いじゃなければいいなあ……)

 

公式に運営がプレイヤーの要望を聞かなければならないという仕様ではあるが、当然ゲームとして成立させるために無理な願いは却下しなければならないこともあるのだ。

その場合延々クレイマーになったプレイヤーの相手をしなければならないこともあるので一日仕事にならない可能性すらある。その対応が運営の仕事だといわれたらそうなのだが。

 

(なんかいいアイディアがどっかに落ちてたりしないものか)

 

こちらが願い事をかけたい気分だと思いつつ高橋はため息をついて対応に入った。

 

 

*   *   *

 

 

「……では以上の内容をギルドに1年間適用する、でよろしいですね?」

「はい、それでお願いします」

 

【永劫の蛇の腕輪】を使ったのはユグドラシルでは珍しい部類になる異形種のプレイヤーだった。

その外見に似合わず、と言ったら偏見になるが対応も至極まともで、願い事は運営が十分許容できる範囲であった。

 

(こんなプレイヤーばかりならいいんだが)

 

それはありえないな、と思いつつも対応が早く終わったのは喜ばしいことだ。

だからというわけでもないのだが、高橋からとある言葉が口をついて出た。

あるいはプレイヤーが提示した1年という期限が永遠に来ないことを知っていながら、口に出せないことに若干の後ろめたさを覚えたからかもしれない。

 

「もし、ですが。あなたがユグドラシルにプレイヤーを呼び戻す企画を立てるなら、どうしますか?」

 

対応規約からすれば重大な違反である。

願い事を聞く以外でプレイヤーと会話することは(クレーム対応を除けば)禁止されていたし、こちらから願い事を誘導するようなことはもってのほかだ。

運営から変な期待をプレイヤーに与える事はしてはならないのである。

そもそも自分が3日も悩んでいるのだからこの場で即座に答えが返ることを期待していたわけでもなかった。

失言を取り消そうと口を開きかけたとき、予想外の問いかけに固まっていた相手のほうが先に口を開いた。

 

「そうです、ね。考えていたことなら、あります」

 

本来なら改めて余計なことを言ったことを謝罪して立ち去るのが正しい対応ではあった。

しかし悩み続けていた高橋は答えてしまった。

 

聞かせてください、と。

 

 

*   *   *

 

 

デスクに戻った高橋は猛然とレポートを書き始め、無事期限内に上司に提出することに成功した。

 

「お前、本気でこれやる気なの? これはある意味ユグドラシルの否定なんだぞ?」

 

上司の口調は完全に否定の方向に向いていたが高橋はひるまなかった。

 

「はい、今だからこそ。終了間際になった今だからこそ、このアップデートができます。ユーザーが不均衡に不満を抱く前にゲームは終了してしまいますから」

 

そして自信をもってそのアップデート名を口にした。

 

 

「わたしはこの『限界突破キャンペーン』が収益低下を防ぎつつ、ユグドラシルを終わらせる一手だと確信しています」

 

 

それは今までレベル上限を100に固定し続けてきたユグドラシルにおいて初のレベル上限開放のアップデートだった。




なんとなくではじめてしまいました。
とりあえず終わりはゲーム終了日になるはずなので、エタはない……と思いたいです。

レベル上限開放は間違いなくゲームバランスを崩壊させますが、この制限が今まで厳密だったからこそプレイヤーは強くこう思ったはずです。

「あと少しレベルが上げられたら」

自由度が高いゆえにバランスを取る上で絶対必須だったんでしょうね。

でも、もうゲームが終わるならやっちゃってもいいよね?

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