IS乗りの夜   作:幸海苔01

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これでまだ一日目なんだぜ、驚きだろ…?


草食動物ともう一人の男性操縦者

 

 

 

 

 

 そういうわけで始まった二時間目の授業。

 

 相も変わらず付いていくのが精一杯な草十郎だが、ここには更なる猛者がいた。

 

(やばい…全く分からん)

 

 そう、一人目の男性操縦者こと織斑一夏である。

 焦りを感じた彼は誰か仲間がいないものかとチラリとクラスに目を向けるが、他の生徒たちはノートに時たまサラサラと書き込み、後は真耶の話に耳を傾けていた。ならば、もう一人の男はどうかと思えば、麻耶の話を聞きつつも、ノートを常に熱心に書き込み、その手を止めることはない。どことなく、他の生徒たちよりも必死さと真摯が感じられた。

 その違いが出ている理由として、彼女たちは予習を行い、基本的なことは頭に入れており、草十郎はまだきちんと頭に入れきれていないためだ。まあ、草十郎ならば、たとえ頭に入れていたとしても、熱心であることには変わりなかっただろうが。

 

(もう一人が熱心なのに、なにやってんだ俺は!)

 

 そうだ。まずは自分のことを何とかせねば。そう決意するものの、

 

(って、単語すらも全く理解できない話をどうやって理解しろって言うんだよ!?)

 

 少しでも取っ掛かりがあるなら別だが、ものの見事に教科書をダストシュートし、超エキサイティングしてしまった彼には取っ掛かりすら存在するわけがない。

 

 そんな彼の様子がおかしいことに気付いたのか、救いの手を差し出したのは、他ならぬ授業を実施している教師である、山田真耶であった。

 

「織斑くん、何か分からないところがありますか?」

 

「あー、えっと…」

 

「わからないところがあったら聞いてくださいね、なにせ私は先生ですから」

 

 その言葉に希望を見出した一夏は、意を決して発言する。

 

「先生!」

 

「はい!」

 

「ほとんど全部分かりません」

 

 そう口にした、張本人の顔は無駄に爽やかだった。

 

「え…あの、全部、ですか…?」

 

 希望が一瞬で潰えた瞬間だった。

 

 一方、真耶は一夏の発言に戸惑いを隠せずにいた。普通なら、必読とされているはずの教科書で予習しているはずだ。全てが理解できなくとも、ある程度はできる。できるはずなのだが、想像の埒外がここにいた。一気に不安になった真耶は、念のため、他の生徒に確認をとる。

 

「えっと、今の段階で織斑くん以外で、分からないっていう人はどれくらいいますか?」

 

 その言葉に手を挙げたのは、やはりと言うか、草十郎一人。一夏は少しだけ仲間がいたことに目を輝かせる。

 ちなみに、セシリアはその光景に頭を抱えていた。その草十郎本人に真耶が問いかけるよりも早く、口を開いたのは、教室の端で控えていた千冬。

 

「静希、お前は織斑のように全部わからないのか?」

 

「ああ、いえ、大体は分かりますけど、細かいところが少し…」

 

「なら、構わん。放課後か休み時間にでも私たちか、先程の休み時間のように他の生徒にでも聞くと良い」

 

「はい」

 

 ちなみに一夏はそのやり取りの間、仲間を見つけられた喜びから、裏切られた絶望へと心境の変化があったが、それを知る者はいなかった。

 

「あとは…織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 何故か草十郎の時と違い、わざわざ千冬が近付いてきたが、一夏は躊躇わず正直に答えた。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 パアンッ!

 

 ちなみに草十郎はその際、これはもしや、夫婦漫才ならぬ姉弟漫才という新ジャンルなのだろうかという、ひどくどうでもいいことを真剣に考えていた。

 

 その後の問答で、一週間で分厚いテキストを覚えることと相成った一夏はこの世の終わりのような顔をしていたが、まあ、自業自得だろう。そして、千冬は口を開く。

 

「ISは機動性、攻撃力、制圧力とそれまでの兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則はそういうものだ」

 

 その言葉に対し、大半が神妙な顔でもって納得していたが、ここには例外が二人いた。一人は理解していても、少し不満そうに。もう一人はそれ自体に疑問を持つように。千冬は、ふとその、もう一人が持つ疑問が気になった。もしかすれば、千冬が求めている本当の『目的』を理解しているのかもしれないと、微かな望みを抱いて、問いかける。

 もう一人の不満はその気になれば正論で押しつぶせるというのもあったが。

 

「静希、先程の言に疑問があるのなら、構わん、言ってみろ」

 

「ええと、じゃあ、一つ質問なんですが、ISって『兵器』何ですか?」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 その場の千冬を除く全員が目を丸くして驚いた。大半が草十郎の言に対し、逆に疑問を持った。なぜ、分かり切っていることを疑問に感じるのだろうか、と。ただ、真耶だけは前に一度千冬自身に聞かされた話を思い出したことによる別の驚きを感じていた。

 

「静希、続けろ」

 

「?、いや、だって、元々、ISって宇宙空間を想定した、まるちふぉーむ・すーつ?なんでしょう?勉強してからずっと思っていたんですけど、何でわざわざ『兵器』にするんですか?()()()()()()()()()なのに。作った人の考え方と違う使い方をして、良いのかなって…」

 

 一瞬、草十郎の声のトーンがある所で変化したことに気付いたのは、千冬のみ。そのことが少し気になりもしたが、草十郎の言は千冬にとって何よりも求めていたものでもあった。

 

 今も尚不明とされる、篠ノ之束の失踪した原因。親友と互いに認めているであろう千冬でさえもきちんと本人に聞いていない。だが、予想することはできる。もしかすると、彼女はそんな風にしか自らのIS(子供たち)を見ることをしなかった世界を見限ったからではないかと。千冬一人が言うだけなら簡単だ。だが、きっと、彼女は気付いて欲しかったのではないだろうか。

 誰かに言われたからなどという受け身な理由ではなく、自らの考えでもって。しかも、思うだけでなく、たとえ世界最強(ブリュンヒルデ)相手でも真っ向から反論や疑問をぶつけるような人間が欲しかったのではないかと。

 ほんの少しだけ、千冬は草十郎がISに呼応できた理由が分かった気がした。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 その場にいる生徒全員が沈黙する。ISに比較的疎い、一夏もまた例外でなかった。彼もまた頭のどこかで、ISは『兵器』なのだという思いが強かったからだ。ただ一人、草十郎と似た雰囲気を持った少女はなるほどとばかりにうむうむと頷いていたが。

 

「フ、そうだな。まったくもって静希の言う通りだ。先程の言葉は訂正しよう。現行兵器を上回る『宇宙空間を想定した、マルチフォーム・スーツ』だとな。ただ、やはり一歩間違えれば危険な事故も起こりうる。そのことを肝に銘じておくように。山田先生、話の腰を折って悪かった。進めてくれ」

 

 千冬は薄く微笑み、そう口にする。その微笑みに、幾人かの生徒が何故か唐突に下を向き、鼻を押さえていたが、千冬は見なかったことにした。せっかくの気持ちを台無しにはされたくなかった。手遅れな気もするが、気のせいだと強く思い込むことにした。何より、弟の顔も多少はましになった。草十郎の言に何か感じるものがあったのだろう。

 

「あ、はい。じゃあ、えーっと、話を戻しますね。じゃあ、織斑くんと静希くんは放課後に教えますね」

 

「ああ、いや、山田先生、すまないが、そこの馬鹿者はまったくもって知識がないから、一から教えることになると思う。それでは、周りの足を引っ張てしまうだけだろう。そこで、他の生徒、及び静希に関してはしばらくの間は、私が質問を受けつける。静希、それで良いな?放課後分からないところをまとめて聞きに来い」

 

「はい」

 

 その後、真耶が少し妄想をたれ流したりと言ったことがあったが、千冬により話は戻され、二時間目が終了した。

 

 そして、二時間目の休み時間。一夏はようやく、もう一人の男性操縦者こと静希草十郎のもとへと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、静希草十郎さん、ですよね?悪いんですけど、少し良いですか?」

 

 草十郎本人が勉強中だということもあり、どう声をかけていいものか悩んでいた一夏だったが、意を決して声をかけることにした。ちなみに草十郎が年上ということもあり、一応、さん付けで呼びかける。

 

「うん?そういう君は…えっと、織斑一夏くんだったね。ああ、別に敬語でなくても構わないよ」

 

 セシリアとの勉強中だった草十郎は特に迷惑そうな顔もせず、一夏へと目を向ける。ちなみに隣のセシリアは、そういえば、もう一人にも声をかけるつもりだったと思い出す。草十郎に気をとられ、それどころではなかったのだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。俺のことは、一夏でいいよ。俺以外の男がいないってこともあって、一応、声かけとこうと思ってさ」

 

「ああ、確かに。俺のことも草十郎で構わないよ。しかし、見事に女性ばかりだ。先生も男の人がいなかったようだけど、わざとなのだろうか?以前、友人が『男でも女子高に入れるのは教師しかない!という訳で草十郎、俺は教師になるぜ!女子高のな!』と言っていたが、IS学園にはどうやら適用されないらしい」

 

「お、おう…なんていうか、変わった友人だな。でも、確かに男の先生っていないよな。何でだろ?」

 

 一夏は何だか似たようなことを言いそうな自分の友人が頭をよぎったが、流石に女子高の教師になるとまでは言ってなかったのだから、幾分かましだろうと思い直した。その時、まったく別々の場所で、ある男子生徒二人がくしゃみしていたが、今は置いておく。

 ちなみに、厳密に言えば、IS学園は女子高ではない。女性しか操縦できないからこそ、結果として今まで女子高になっていただけの話なのだ。現に規定としては、女子という語句をはっきり明記してはいない。まあ、制服に関する校則に女子はともかく、男子は規定自体存在しないが。元々制服に関しては自らで改造することも認められるほどにかなり緩いので、その校則自体あってないようなものだが。

 

「ちょっと、よろしくて?まず静希さんに挨拶するより先に、まず挨拶する人間のことを忘れているのではなくて?」

 

 そんな風に男二人がIS学園に男性教員がいない理由を考えていると、横から声がかかる。そこにいたのは勿論、セシリア・オルコット。草十郎の時は常にペースをかき乱されたが、今度はそうはいかない。内心、そう思いつつ、一夏に対して声をかける。しかし、そもそも、草十郎(てんねん)の前で話すことがすでに失敗なのだということに彼女は気付いていなかった。

 

「うん?ああ、一夏、そういえば紹介していなかったね。彼女はセシリア・オルコットさん。勉強を教えてもらうことになってね」

 

「ああ、そうなのか。えっと、よろしく、オルコットさん」

 

 そういえば、とばかりに隣のセシリアを紹介する草十郎。それに対し、一夏もぺこりと頭を下げつつ、挨拶する。

 

「まあ、いいですわ。しかし、男性操縦者というのですから、もう少し知性や気品を感じさせてくれるかとも思いましたが…」

 

「俺に何かを期待されても困るんだが」

 

「ふん、まあいいですわ。あなたもこのイギリスの代表候補生がいるクラスに所属できたことを光栄に思うと良いですわ」

 

 そこで、一夏は怪訝な顔をする。そして、素直な疑問を口にする。

 

「あの、さ、代表候補生って、何?」

 

「…………」

 

「うん?何だ一夏も知らなかったのか。決して都会の常識というわけではないのかな」

 

 セシリアは気が遠くなった。二人のあまりの無知さに、もしや自分の方が間違っているのではないかとも思ったが、周囲がずっこけているのを見るに、どうやら、自分は間違っていないらしい。再確認したところで、

 

「あなた方は、少しもう少しメディアに関心を持ったほうが良いと思いますわ…」

 

「むう、そうは言っても、バイトで忙しくて、今まではあまりテレビだとか見ている時間がなかったんだ。まあ、そもそも、テレビ自体持ってなかったけど」

 

「え、マジか。草十郎ってテレビ持ってなかったのか。あーでも、バイトの話は共感出来るわ。俺も中学時代、バイト三昧だったからな」

 

「なんと。一夏は中学の時からやっているのか。俺は始めたのは高校生になってからだな」

 

「へえ、そうなのか。でも中学生じゃ、雇ってくれるところも少なくて、探すのが大変だったよ」

 

「お互い、お金には苦労するな」

 

「まったくだな」

 

 そう言って、ハハハ、と笑いあう二人。二人とも家庭環境を考えれば、まったくもって笑い事ではないのだが、草十郎はそのこと自体苦に思ってなかったし、一夏としても、今では良い思い出になっているので、特に気にしていないからこそ話せる内容だった。

 

「そ、そうですの…お二人とも苦労してましたのね」

 

 セシリアとしては、別種ではあるが、若い頃から苦労しているという意味では、二人に共感できる部分もあったので、それ以上何も言えなかった。流石にここで、高飛車な上から目線で、相手を挑発するほど、彼女は空気を読めないわけではないし、鬼畜でもない。

 

「あ、勉強の邪魔して悪かったな。何て言うか、互いに頑張ろうな」

 

「ハハハ、一夏はまず教科書を覚えなきゃね。流石に捨てるのはまずいと思う」

 

「まったくですわね。どうやったら間違えるのか理解できませんわ」

 

「うっ、それを言われると…。でも、大丈夫!山田先生がきっとなんとかしてくれる!」

 

 それだけ言うと、席に戻る一夏。見れば、そろそろ休み時間も終わりに近づいていた。流石にこれ以上叩かれるのは一夏としても御免だ。いや、そもそも、一回だって叩かれたくないのだが。

 

 少しして、セシリアも席に戻る。まったくもって草十郎への指導は進まなかったが、まあ、草十郎も今のところは授業に付いていけているので、問題ないだろうと思い直す。その後、すぐに何故面倒を見る前提なのかと頭を抱えたくなったが。

 

 そんなこんなで授業開始のチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 


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