ふと、視線を向ければ、そこにいたのは一人の少女。以前の高校でも見慣れなかった金髪をカールさせつつ長く伸ばし、引っ込むべきところは引っ込み、出るべきところは出ているスタイル。
楯無や千冬には一歩劣るかもしれないが、それでも、もしも悪友がいたなら、やはり突撃していきそうな美少女だ。友人ならば、すぐにその雰囲気に気付いて、ものすごく嫌な顔をするだろうが。エリートでありながら、エリートはクズだと言っている友人のことだ。それこそ、見た瞬間に辛辣な言葉を浴びせただろうが、ここにいるのは草十郎。特に気にした様子もなく、はて、と首を傾げ、
「うん?何か用かな?」
「まあ!なんですのその返事は?わたくしに話しかけられているのですから、光栄に思って、それ相応の態度というものがあるのでは?」
「?、もしかして、君は有名人なのか?ふむ、有名人には初めて会ったな。よければ、名前を教えてくれないだろうか?」
言われて首を傾げる草十郎だが、何かに思い至ったようで、期待の眼差しで少女を見る。ちなみに、この時IS学園関係者(女性限定)で初めに会った千冬も有名人だということ自体、草十郎はすっかり頭から抜け落ちていた。
「ふん、わたくしを知らないとは、やはり極東ともなると、情報も遅れますのね。まあ、良いですわ。わたくしの名前はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にして、入試主席ですわ」
「なんと」
全く知らない。しかしまあ、恐らく有名な人物なのだろうし、入試主席ということは頭も良いのだろうと一人で納得して、はた、と気付いた。
(入試…受けなくとも良いのだろうか…)
草十郎は入試を受けていなかった。急な二人目ということもあり、一人目でもギリギリ間に合ったくらいだったので、草十郎に対して、その辺の準備をしている暇が学園にはなかったのだ。その入試を行ったせいで一夏は一人目であるにもかかわらず、草十郎よりも入寮が遅れることになったのは皮肉な話だが。
しかし、草十郎はすぐに千冬にも特に何も言われていないし、もしあったとしても、後で知らされるだろうし、気にしなくても良いかと思い直し、更にセシリアとの話でふと疑問に思ったことを口にする。
「…代表候補生?すまない、それはIS用語か何かだろうか?まだ、教科書を覚えきれていないんだ」
そう首を傾げて問う草十郎。それに対し、セシリアはと言うと、唖然としたように口を抑え、やがて頭痛をこらえるかのように、頭を押さえたのち、
「あ、あなた…そんなことも知らずにこの学園に来ましたの!?」
「なんと、これも都会の常識なのか」
多少は慣れてきたと思っていたが、まだまだ都会は未知でいっぱいらしい。草十郎は一人納得したかのようにふむふむと頷く。ちなみに、代表候補生についてはISの教科書に名前は出てくるものの、説明は乗っていない。言ってしまえば、テレビを多少見てれば分かるような常識だからだ。
(はあ、何だか本当に頭が痛くなってきましたわ…)
対してセシリアの胸中はといえば、男にも拘わらず、IS学園に入学してきたのだから、多少は物を知っているかと思い、声をかけてはみたが、この体たらく。何だか自分が空回りしたのち、一周回って冷静になって来た気さえする。
「先程から頭を押さえているが、どうかしたのか?体調が思わしくないのなら、あまり無理をしてはいけないと思う」
「誰のせいですかっ!誰のっ!!」
「うん?そんなことをいきなり聞かれても俺には分からないぞ?」
セシリアの言葉に怪訝な顔をする草十郎。
それに対し、セシリアは思わず膝から崩れ落ちそうになった。皮肉も通じなければ、挑発も通じない。プライドの塊が歩いているような上流階級において、セシリアのやり方は、どんなに物腰の柔らかな人物であっても効果的なものであったが、そもそも上流下流という概念さえ存在しているかどうか怪しい目の前の男にはまったくと言っていい程通用していなかった。セシリアにとってみれば、このような人間自体触れ合ったことがない珍獣のようなものであった。
しかもそれが、計算などでなく、至極当たり前のごとく受け流す。セシリアにしてみれば、最高に相性が悪く、最高に相性が良いとも言える人間であった。
だが、
(所詮は男。媚びへつらうだけが能の人間に決まってますわ)
そう自分に言い聞かせることで、持ち直す。仮にも自分はオルコット家の当主。毅然とした態度で、貴族然として振る舞うのが正しいはずだ。そう考え、心を落ち着ける。
「とにかく、代表候補生というのは、国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……単語から想像すれば分かるのではなくて?」
「国家代表…?ああ、そういえば、ISというのは今は競技として使われているんだったね。運動会のクラス代表みたいなものかな?」
「う、運動会って、貴方……」
もうちょっといい例えだってあったろうに。セシリアのみならず、その場で話を聞いていた全員がそう思った。しかし、セシリアは必死に気を持ち直す。もうこうなれば意地だ。
「とにかく、私はエリートなのですわ!」
「ふむ、エリートか…」
エリートはクズだと友人は常々言っていたが、これを口にしたとして、はたから見れば、ただの悪口だ。空気の読めない草十郎でも、相手を傷つけないようにとする思いやりはそこらの人間よりもはるかにある。それに、友人はエリートだが、クズではない。そう草十郎自身が思っていることもあり、特に反応を示さなかった。
そして、調子を取り戻し始めたセシリアは、人差し指を草十郎の顔に向ける。そのあまりの近さに、少し、草十郎が驚くが、こういうのも常識なのかもしれないと思って、一人納得する。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とクラスを同じにするだけでも幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「なんと、それほどに凄いことだったのか」
セシリアの言葉に素直に目を見開き驚く草十郎。その様子にセシリアは気分を良くしたようで、先程から乱されてばかりのペースを何とか取り戻す。
「まあでも?わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」
「そうか、君はいい人なんだね」
セシリアの言葉に対し、一切邪気のない和やかな笑顔を向ける草十郎。セシリアはあまりの素直さに一瞬怯みそうになるが、気を取り直し、
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよろしくてよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
「なんと、それはすごいな。ぜひお願いしたいが……ううむ…」
セシリアの言葉に顔を明るくさせたかと思うと、すぐに思い悩むような顔になる草十郎。その様子を怪訝に思ったセシリアは、疑問を投げかける。
「あら?どうかしましたの?素直に泣いて頼まれれば、わたくしも――」
「ああ、そのことなんだが、泣いたのなんて、随分昔のことだから、いまいち泣き方というものを思い出せそうにない。おお、そうだ。どうだろう、一つ俺を脅かしてみてはくれないだろうか。もしかすれば、涙も出るかもしれない」
「…………ふざけてますの?」
流石に馬鹿にされているのだろうかと思うレベルだ。何というか凄く疲れた。その一言に尽きる。
「むっ、そんなことはない。俺は真剣だ」
いや、そこでむっとされても。ずれにずれまくっている草十郎の言葉に盛大に溜息をつくセシリア。しかし、ここで折れるのも負けたようで癪だ。セシリアはそう思い、草十郎に問いかける。
「一応、聞いておきますけど、最後に涙を流したのは、どんな状況でしたか?」
「うーん、確か小さい頃に腹を空かせた熊に真正面から間近で会った時だったかな?ああ、いや、野犬の群れに襲われて、怪我をした時だったかな?」
「何でそんなViolenceでSurvivalな日々を送ってましたの!!??」
思わず母国語も交えて突っ込んでしまった。目の前の男は想像以上にハードな日々を送っていたらしい。今になって気付いたが、首周りに包帯をしている。もしかしなくとも、それは襲われた時の古傷か何かなのだろうか。というか、その状況レベルの恐怖を与えるってどうやっても無理な気がする。一人出来そうな人物に心当たりはあるが。言ったら、きっと出席簿が飛んでくるので言わないが。
「いえ、もういいですわ…普通に頼んでくれれば、教えて差し上げますわ…」
「なんと、良いのか?是非とも頼みたい。早速で悪いが、先程の授業に関しての質問いいだろうか?」
「ええ、どうぞ…」
セシリアはついに折れた。敗北したとかそういうことではなく、そもそも同じ土俵にすら上がってこない相手とどうやって戦えというのだろうか。セシリアは少し大人になった気がした。こういう男がいたのだな…という感じで。
ちなみに、草十郎の質問に答えていってはいたが、一つの質問だけで、更に派生して別の質問まで問いかけてくるため、まったくと言っていい程進まなかったどころか、尚更疑問が増えるような結果に終わり、次の休み時間にまで続くことと相成った。
それに加え、セシリアは純理論派であり、どちらかといえば、感覚派な草十郎に教え込むのは一苦労だった。
ただ、彼は何事にも興味を示してくるので、教える側としては、頭が痛い生徒であり、教えがいのある生徒でもあったため、それなりに、セシリアの機嫌は上方修正されたりもした。
パァンッ!
…余談だが、もう一人の男は相も変わらず、脳細胞を破壊されていた。
えんとつそうじ、NGCN@満足同盟、七里一、転身火生三昧、案外ジオラマ、風神ぷー、ぐにょり、銀羽織(敬称略)の皆さま、感想ありがとうございます。
また、再度感想をくれた方々にもお礼申し上げます。
それから、言及されていた青子や有珠についてですが、今のところ出そうとはあまり考えていません。彼女たちは魔法や魔術ありきの存在だと思っているので、ISの世界観を壊さないようにとなると、自分には少しばかり荷が重いと感じているためです。
仮に彼女たちが出演したとしても、本筋ではなく、番外編的な扱いでかと。